プロポーズ大作戦 〜レンヌの姉妹
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■イベントシナリオ担当：姜飛葉 対応レベル：フリーｌｖ 難易度：普通 成功報酬：4 参加人数：11人 サポート参加人数：-人 冒険期間：10月26日〜10月26日 リプレイ公開日：2009年11月08日 |
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●オープニング
ゆるゆると風にたなびく薄雲が流れる空は、深い深い夜色を淡やかに染まる。淡い紫紺に染まる宵の空には、まるで貴婦人がショールを纏うように薄雲を纏った月が灰かに輝き、星々も綺羅と光を零す。空から降る優しい光とともに、大地に灯るのは月道渡りの東国で仕立てられた色紙に覆われるキャンドル達。飾らぬ光に照らされて、夜闇に姿を見せるのは、この季節にこそうつくしい庭を持つノルマン王国の離宮の１つ。王家に仕える事を誉れとする国でも指折りの庭師達が、情熱を注いで作り上げた庭は、秋の絢爛に華やぎ、黄金から深紅に染められた峻峰をそのまま写したかのよう。けれど、鮮やかな色彩の見事な庭は今、やわらかな光によって優しい色に染められていた。
かように優麗な庭には繊細なつくりの東屋が置かれ、そこへと至る遊歩道は愛らしくも珍しい薄紅の岩敷き作り。ふらりと散策に足を踏み出せば、染まる樹木に劣らぬ見事な貴紫色が広がる。咲き誇るのはアメジストセージ。ベルベットのごとき花弁を、涼やかな風に揺らし優しげな音を奏でる。花の音色に負けず涼音を響かせるは、秋の虫達。誘われるままに庭を抜け、薄紅の道を辿れば、壮麗さは王宮に叶わぬまでも、直線ではなく曲線を交えて描かれる造りがとても女性的な趣を与える優美な宮がそこにあった。
優しい色合いに満たされた、優しい造りのうつくしい宮ならば、若い男女が恋を語らうにどれほどふさわしい事だろう‥‥。
●
「漸く離宮の出番がきた」
重々しく口を開いたのは、フランと楽しい仲間達筆頭・通称‥‥赤様。
別名・お見合い爺。
隊の中枢メンバーが勢ぞろいしているのは、かの英国を倣った円卓‥‥ではなく、赤様が絶対的な位置取りを占めている長テーブル。末席を占めるのは、赤様に頭のあがらない独身者ばかりである。
「無論、差配に抜かりはございませんとも」
世論を問う為、まずは民に近く貴族に近い冒険者達に王妃候補について是非を問うた仕掛け人は、にっこりと人の良い笑みを浮かベカ強く請け負った。かの人物、通称・灰。
王家の離宮の１つを整える采配を終え、冒険者酒場での集計結果を仲間達にまわす藍は秘密結社的な雰囲気に馴染めないのか、あるいは赤様のプレッシャーによってか、眉間にしわが寄っている。
「新たな自薦、推薦候補者はなく。フラ‥‥灰殿が挙げられた候補者それぞれに賛否含めて票が入っている」
赤様の鋭い眼光をかわす様に、さらりと羊皮紙に視線を落した橙は結果を見て僅かに首を傾ける。
「冒険者達の支持は、圧倒的に聖女殿‥‥か」
「けれど、藍殿が言われるとおり支持者のいない候補者もいないんだね」
相応の視点をもって捉えられた意見が並んでいるのをみた緑がぽつりと呟いた。
「それぞれ、利点、難点がある。全て踏まえた上で陛下に決めてもらい、決まらねば先の公約どおり我らで決めた候補を王妃としてもらうしかあるまい。情勢からやむをえなかったとはいえ、春から秋まで随分延びたが‥‥今年中には妃を決めてもらわねば！」
卓が軋むほどの勢いで、拳を叩きつけた赤様は、断固とした口調で宣言した。
４日間、王は執政後に離宮に渡る。
離宮で開かれる今回の夜会は、戦役の慰労を兼ねて開かれる。
離宮の警備は、ブランシュ騎士団が行うため、騎士や貴族、冒険者達は夜会を十分に楽しんでもらいたい。
というのは表向きの理由。
それぞれの王妃候補者が想いを告げる手伝いをして欲しいというのが本当の依頼。
各日、それぞれの候補者が王と語らう時間をもてるよう協力して欲しい。
離宮の夜会には貴族や国の有力者が集うため華やかな席にはなる。
そのため、王が王妃候補と過ごす時間を妨害したり、夜会に参加する他者の迷惑になる行動を取る者がいた場合、問答無用でブランシュ騎士団が叩き出すので注意されたし。
●今回の参加者
ディアルト・ヘレス（ea2181）／ ユリゼ・ファルアート（ea3502）／ アレーナ・オレアリス（eb3532）／ 鳳 令明（eb3759）／ レオーネ・オレアリス（eb4668）／ ヴェニー・ブリッド（eb5868）／ ジャン・シュヴァリエ（eb8302）／ ククノチ（ec0828）／ ラルフェン・シュスト（ec3546）／ リュシエンナ・シュスト（ec5115）／ レオ・シュタイネル（ec5382）●リプレイ本文
●2nd day ―衣装合わせ―己を応援する冒険者達の見立てた衣装を前に、エカテリーナ・ラ・フォンテーヌ（ez1210）は微笑んだ。
異国の衣装は、珍しくも目に新しい。
色合いも鮮やかなエカテリーナの髪の色にとても合う品だった。
夜会の席で踊るには向いていない衣装かもしれないが、もとより会話を楽しむつもりであったエカテリーナには問題はない。
何より、この異国の衣装はノルマン王国にも馴染み深い場所のもの。
会話を楽しむ場に相応しいだろう。
「共に上位ドラゴン派として、振袖へのお召しをお勧め致します」
「ええ、是非」
ジャン・シュヴァリエ（eb8302）の薦めにおっとりと頷いたエカテリーナは、でも‥‥と首を傾げた。
「‥‥大丈夫。私が手伝いを‥‥できる限りのことはする」
ククノチ（ec0828）が小さく頷いてみせながら、請け負うとエカテリーナの笑みが優しく深まる。
「貴女の装いもとても素敵ですのね、ふふ‥‥同じ色合い、お揃いですわ」
神霊に仕える者が着る衣装、故郷の衣服を纏うククノチに微笑みかける。金糸で意匠が綴られた振袖は決して華美にならず、ジャパン特有の美しさを描いている。洋服にも小物を合わせる楽しみがあるように、振袖にも一色変えるだけで目に斬新であったり、美しかったりと小物合わせの楽しみは多い。
ジャパンに詳しい女官の助けも得て、エカテリーナ達は夜の支度へと取り掛かった。
●2nd day ―夜会での語らい―
マーシー１世譲りの燃える様な見事な赤毛の持ち主であるエカテリーナは、今日の夜会でジャパンの民族衣装である振袖を纏っていた。
エカテリーナを彩る粧いは、決して華美ではなく。エカテリーナの纏うやわらかな雰囲気に合う淡やかな色合い。あたたかみのある紅の色合いは、上品でナチュラルな色だった。
普段は大きく巻いてある髪も、衣装に合わせて結い上げている。衣装の裾捌きに合わせて楚々と歩み、あるいは席に座ってふわりと小首を傾げれば、髪に飾った簪から下がる石達が揺れ、耳に優しい音を立てる。おっとりと微笑むエカテリーナの涼声も相まって、ウィリアム３世を囲んで穏やかに言葉が交される一刻が流れていた。
「陛下と姫君は、『冒険者』とはどのようなイメージをお持ちでしょうか？」
「自由で柔軟な人たちだと思いますわ。‥‥冒険する心があれば誰でも冒険者だとは思いますけれど」
「私は、自由な存在ゆえに、いろいろできるのではないかと思う」
エカテリーナの答えに質問者たるレオーネ・オレアリス（eb4668）は得たりと頷く。
自由――最高位の権力をもつゆえに約束された豪奢な暮らしのかわりに、重責を負う王とは真逆の言葉。王は微笑を絶やさぬまま、エカテリーナの話に耳を傾けていたが、明確な答えを返す事はなかった。
「エカテリーナ姫は、上位ドラゴン派とか」
さり気無くジャンが水を向ければ、エカテリーナは膝の上に乗せていたぬいぐるみの口をぱくぱくと動かしてみせた。
「がおー‥‥ですわ」
目の前に出された愛らしいドラゴンの姿に、ウィリアム３世がくすりと笑う。
「陛下はペットは何派ですか？」
「来るもの拒まず派‥‥かな？」
ジャンが訊ねると、ウィリアム３世は真意の見えぬ笑みと共に新たな派を設ける。
共に過ごす冒険者達の冒険譚や何気ない思い綴りの会話に聞き入りながら、偶に言葉を挟み、あるいは頷きながらエカテリーナは「街下にはこんな思いが散らばっていますのね」と微笑んだ。ウィリアム３世とて、自分のことばかり突き詰められるこの頃にうんざりしている頃。そんな時でも人々のことにも目を向けてほしいという想いを込めて。
こと、話題がパリの街へのお忍びに及ぶと、ウィリアム３世はそ知らぬ表情で、酒杯を傾ける。流石にこの４日間に関しては、ギュスターヴやヨシュアスからきつく言い渡されているのだろう。困った病が発病しないように、あえて何も触れずにいるようだ。その間に、ククノチが借り受けたパリの裏地図を、エカテリーナの方が興味深げに見入っていた。
「裏道については、無いようにみえても色んな道があるものですわね‥‥この裏地図の有り様はまるで人間の生きる道についても重なるようですわ」
感心した呟きを零す。話の種にでもなればと広げられた裏地図は２枚。もう１枚はククノチが旅立ってきた国のもの。
「パリの裏地図は借りた品だから差し上げられないが、江戸の裏地図なら差し上げられる。今は国の覇権を巡って混乱の最中だが、市井の人々は逞しく、季節を愛で生活している。何れ出かけてみては」
つと小さく首を傾けククノチが示した江戸の裏地図を、どこか懐かしむように瞳を細めウィリアム３世は見つめ、微笑む。
最もウィリアム３世ならば、描かれた裏道以上の抜け道を知っているかもしれないね‥‥と冒険者の中で小さな笑いが生まれる。ウィリアム３世のお忍び好きは、パリの冒険者達には親しみをもつべき点であり、有名な話だからだ。
穏やかな会話のなかで、ひっそりとエカテリーナはウィリアム３世に囁くように告げる。
「今度、お忍びで外を案内してもらいたいですわ」
こっそり街を見聞するくらいの余裕はいつでも持っていてほしいものですものね、と微笑んだエカテリーナは、お忍びという言葉には瞳をきらりと光らせて。まるで子供の計画のようにひ囁く。まるでとっておきの密談風に。密談を共有してしまった、エカテリーナを応援する冒険者達はそれぞれに瞳をゆるませ、あるいは微笑む。
けれど、たった一人‥‥ウィリアム３世は、どこか寂しげに見える表情で口を開いた。
「王妃となられましたら、とても苦労しますよ。公女であるよりも」
「勿論、承知しております。‥‥決断を迫るような台詞は言いませんわ。それは仰っていただくものですもの」
ゆるゆると微笑む、異国の晴れ着姿を纏うエカテリーナの言葉に、ウィリアム３世は穏やかな笑みを返すのだった。
●interview ―幕間劇―
「復興戦争を戦いぬいた世代の方と比較的新しい世代の方にインタビュウを試みて、王妃に抱くイメージとか、外国への感情とこれからの外交のあり方などを聞いてみようかしら。‥‥治世とか外交関係の改善とかも入れて広く欧州の平和を実現していく未来のヴィジョンを示してもいいかなって思うのだけれど」
艶やかに波打つ銀の髪を揺らし、特徴的な瞳を細め微笑むヴェニー・ブリッド（eb5868）が問い掛けると、貴族達は曖昧な返答ばかり。
というよりも、参加している紳士淑女は、比較的若い世代ばかり。復興戦争を知っているであろうエルフの子弟達は‥‥なぜか、令嬢方に追われていた。
王国に春を齎すギュスターヴ赤分隊長の包囲網は、王だけではなかったようだ。
今回の夜会の出席者の多くは大半がブランシュ騎士団やその関係者‥‥赤様達選りすぐりの紳士淑女ばかり。特定の対象を妨げるような事もなく。逆に一部では今回のパーティを利用した赤様によりお見合いパーティー状態になっていて、夜会参加者の多くは誰も候補や陛下に構っている場合ではなかったようだ。冒険者達が懸念していた事項の多くは、杞憂に終わったけれど、妨げる事もないかわり――王妃候補を助ける事もないのが、夜会の参加者達の実情だった。
その中で追跡から逃れた高名者をヴェニーは見事捉まえた。
白い水鳥の羽根を集めて作られた扇子を優雅な仕草で向けて、問う。
灰色の君の回答。
「王妃に抱くイメージ、というか希望ですか？ ――困ったときに困らない（余計な心配を持ち出してくることのない）人でしょうか。外国への感情とこれからの外交のあり方については、ノルマン冒険者による他国へのイメージアップ戦略は着々と進んでますからご心配なく」
にっこり淀みなくつらつらと返る答えは流石、ブランシュ騎士団随一の社交家。洒脱な受け答えは、真意を読み難くく、参考になるかは微妙なところだったが。
続いて話を伺えたのは、ウィリアム陛下が幼い頃からずっと見守っている、じいとじいじい‥‥赤様と団長様の回答。
王妃様については『度胸が必要』と即答されたのが赤様で、本物のヨシュアス君は『人前で堂々と振る舞える方』と答え。外交について特に明言されませんでしたが、『平和が保たれるのが一番』という向きの返答。
得られた回答は、高い身分になればなるほど、当たり障りのないようなものばかり。夜会が公の場である事も一因かもしれない。
「‥‥陛下へ結婚観とかインタビュゥしてみたいかったけれど」
小さく嘆息を溢したヴェニーが見つめる先は、いずれの日も候補者と応援する冒険者に囲まれ、常に変わらぬ微笑を浮かべるウィリアム３世がいるばかりだった。
●3rd day ―励ます言葉―
「漸くね、ユリゼにもドレス姿をお見せ出来たわ。一応貴族の子女らしいでしょう？」
深く広い湖のような青色に染められた裾の広いゆったりしたドレスを身につけたフロリゼル・ラ・フォンテーヌ（ez1174）は、いつもの闊達な騎士然とした振る舞いではなく、楚々とした物腰で離宮のあちらこちらで別に手伝いに駆け回っていたユリゼ・ファルアート（ea3502）やリュシエンナ・シュスト（ec5115）達を出迎えた。
ドレスを見立てた鳳令明（eb3759）の満面の笑みが、その選定眼の正しさを伝えている。
「ほら、やっぱりフロリゼル様はとってもおきれいです」
「王子様も素敵よ、お姫様でも大丈夫ね」
かつての遣り取りを思い出してユリゼが感想を伝えると、さらりと返されて頬に朱が走る。
「‥‥う、このドレス一式は久々に着たのよね」
イブニングドレスの裾を摘んで、我が身を見下ろすユリゼの仕草にフロリゼルが笑う。
「とても貴女に似合ってる。贈り物なら、その人はとても貴女の事をみている人ね」
立て続けに先手を取られて慌てる鼓動を落ち着けて、ユリゼは今日この場に立つ事を選んだ想いを、ようやっと伝える。応援できる候補者は一人だけ。迷い悩んだけれど‥‥。
「覚悟した道より望んだ道をって言うのは今も変わらないわ。でも、これを乗り越えなくちゃ何処にも行けないもの‥‥応援します」
「東屋の準備はばっちりですよ」
「ありがとう。今日は兄君と一緒なのね」
「ええ、夜会なんて滅多にご縁はないし、１人だと緊張するから兄様について来て貰っちゃった」
実は意外と人見知りっ子なリュシエンナは、傍らの兄を見上げてくすと笑み零す。
兄妹揃って応援してくれる気持ちにフロリゼルが感謝を伝えられて、澄み渡る空のように明るい笑顔が広がる。
「フロリゼル様には良い風が吹いてると思うの。その風は悪いものを洗い流せるくらい清々しくて、安堵できる程優しくて‥‥そんな風が皆の心に満ちればいいなって思う」
故郷で見上げた空と、吹く風を好むリュシエンナらしい喩え。
「だからどんな時でも自由な気持ちでフロリゼル様らしくいてくれたら私は嬉しいです」
「本当にありがとう。でも私の中に吹く風があって、貴女がそう感じてくれたのならば、その風はきっと貴女の中にもあるはずのものだから‥‥この国を渡る涼やかな風のままの貴女でいて頂戴ね」
頷く妹の肩にそっと手を置いて、ラルフェン・シュスト（ec3546）も訥々と想いを伝える為に口を開いた。
「俺の最初の結婚も互いの意志とは関係ない所で決まっていたものだが、向き合ってその手で触れられるなら、心を通わせるのはそう難しい事ではないんだ。動物とだって心は通じるもの‥‥人と人、言葉を交わせるならば尚更な。夫婦に限った事でもないが、大切なのは一個の人として互いに信頼し尊重し合う事だと思う」
「そうよね、動物だって心は通じるのだから。でも、人は言葉があるから逆に難しいのかもしれない‥‥だからこそ、信頼する心、ね」
言葉に頼りすぎれば心を見失う。大切なのは相手と、自分と向き合うこと。
「想いいだく心は強い。フロリゼルの心は陛下に届くものと信じている」
冬を越え、春を過ぎて夏に支えをえたラルフェンの心は、また季節が巡り冬を迎えようとした今も、とても前向きなまま。
「若輩だが俺もこの国の騎士。そうして芽吹き育まれる希望を支えてゆけるよう、力を尽くそう」
「同じこの国の騎士として心強いわ、どうぞよろしくお願いするわね。今日も、これからも」
貴重な黒真珠を惜しみなく連ねたネックレスを身に着け、耳朶を飾る真珠玉も今日は黒。身につけている真珠達は麗々しい光沢を帯びて輝き、フロリゼルの美貌を彩る。元々が整った顔立ちであるため、纏う粧いに鮮やかな色合いを乗せるととても華やかな印象の美しさになる。けれど、ドレスの深い青色が全体的な雰囲気を、華美ではない落ち着いたうつくしさにしていた。貴族としての振る舞いに長けたディアルト・ヘレス（ea2181）も、これなら大丈夫と頷いたから、夜会の場でもきっとウィリアム３世の目に留まるはずだ。
アレーナ・オレアリス（eb3532）は、令明が差し出した美の女神の祝福を受けたといわれるのも納得するくらいに鮮やかに咲く魔法の薔薇の花を、結い上げられた陽光を束ねたような艶やかな髪に飾ってやった。
「真珠もバラも良く似合うよ」
短いが心からの感想に、鏡に映る自身の姿を確かめてフロリゼルは微笑んだ。
「素敵よね、令明が纏めてくれたのよ」
「真珠はレンヌ、花はパリ、蒼は海の民であるノルマンということにょ。人と人を繋ぐ国を現すにょにょ」
「人を繋ぐ‥‥それは良いね」
令明の解説にアレーナが頷くと、フロリゼルも素敵よねと笑う。
「フロリゼルどにょ頼もしいし、やさしいからきっとみんなを幸せにできると思うにょ〜」
「お姉さんはフロリゼル嬢が皆に優しくしてるのを知ってるから、その優しさでノルマンの皆を幸せにして欲しいと思う。でも、それ以上にフロリゼル嬢自身が幸せになって欲しいと思うんだ」
絹の手袋包まれたフロリゼルの手をとって、励ますようにぎゅっと握る。一言一言噛み締めるようにゆっくりと伝える言葉が届くように。
「勇気の出るおまじない。今日だけは飾らない自分で貴女自身に優しくしてあげて」
「皆にこんなに優しくしてもらっていて、自分でまで優しくしたら甘やかされすぎな気もするけれど‥‥ありがとう。私はたくさんの兄弟姉妹がいるけれど、貴女はパリの姉上ね」
「‥‥うん、青がよく似合う。とびっきり綺麗だ――俺の彼女の次くらいに」
「ありがとう、最高の褒め言葉ね？ 好いお嬢さんへ向ける気持ちも最高の、良い男だわ」
幸運を願う言葉と共に差し出された四葉のクローバーを受け取ったフロリゼルは、いつも明るさを湛えた碧玉の瞳を見返し笑う。
きれいな女性が好きといっていたレオ・シュタイネル（ec5382）が特別を見つけた事を知って、嬉しそうに微笑む。貴族の子女であれば、楚々と微笑むべきかもしれないが、冒険者達と過ごす時に見せるいつもの笑顔を見上げ、レオは澱みなく心に留めていた想いを告げる。
「キミには他に一緒に居たい人が居るのかもって‥‥思った事がある」
ずっと微笑を絶やさなかったフロリゼルの瞳に、ほんの少しだけ陰が差した。真っ直ぐに向かい合うレオだからこそ分った小さな変化。
「でも、そういうのあっても無くても‥‥自分の立場や親父さんの事、この国の事、自分の心の事全部ひっくるめて考えて、この道を選んだんだろ？ だから、これが一番正しいんだ。他でもなくキミにとって」
小さく首を傾げ、微笑を浮かべたまま。レオの気持ちに向き合うように、フロリゼルは綴られる言葉を待つ。
「全力で応援するよ、今日は自分の事だけ考えて、思い切り我侭になってくれ」
真っ直ぐ心を伝えるように語られた言葉に、フロリゼルは金に縁取られた蒼い瞳を閉じた。
長い時間だったのか、あるいは瞬きほどの間だったのかわからない時間が過ぎて――開かれた瞳はレオが纏う外套と同じ、鮮やかな海の色。
「ふふ、この国で１番偉い、たった一人だけの人を独り占めしたいなんて‥‥とても贅沢で我侭なことだもの。頼りにしてるわ、ありがとう」
今まで冒険者達と過ごしてきた時間の中で、おそらく１番の笑顔で、フロリゼルは応援してくれる仲間達へ感謝を伝えた。
「何度も同じ言葉になってしまうけれど、だってそれしか言えないんだもの。パリに来て良かったわ、ありがとう」
●3rd day ―伝える言葉―
華やかな夜会を彩る音楽が始まると、形式通りにウィリアム３世は今日の主賓であるフロリゼルを踊りの輪の中へ誘う。主賓たちが踊り始めれば、夜会の場にいる紳士淑女もそれぞれに踊り始める。
余程不快な思いをしなければ、１曲目が終わった後にまた同じ相手を誘うもの。ウィリアム３世と続けて数曲を踊ったあとで、フロリゼルは離宮の広間から抜け出した。
音楽が流れる広間を、てくてくと歩く長靴をはいた猫ならぬ、わんこの姿に感嘆の声をあげる淑女達の声に、夜会に参加する人々の視線は可愛らしいわんこ紳士に集まる。見つめる人々の視線に応えるように、わんこ紳士となった令明は、銀糸の見事な刺繍が施された白いシルクハットを愛嬌たっぷりにとって挨拶をしてみせた。
ずっとフロリゼルを見守っていたからこそ抜け出した事を知っていたのは、深紅に染められた礼服に身を包んだディアルトだった。複雑な想いを抱えた心の内をおもてに見せる事無く、フロリゼルを応援する仲間へ合図を送れば、ユリゼが小さく頷いて、優美な裾をふわりと翻しそっと広間を出て行った。
今日は３日目、候補者の後を追うのを、たった一人だけにするために。
ユリゼを送り出しだし、レオは広間の様子をラルフェンと一緒に注意して目を配る。それぞれの姫の応援や警護や王様の心を癒してきたりして忙しい冒険者に短くてもご挨拶と労いの言葉を贈るエカテリーナの傍らにいるククノチの姿が視界に入った。
「プロポーズ‥‥か」
「酔いを醒ますには良い場所だね」
現れた待ち人の姿に、フロリゼルは晴れやかな笑みを浮かべ、柔らかな灯りに染め上げられた東屋へ迎え入れた。
晩秋の屋外を渡る夜風は身体を冷やす。けれど、冒険者の気遣いで火の女神の力に守られた東屋はとても暖かく、過ごし易い場所になっていた。念のためにとフロリゼルは広げた外套を羽織らせながら、ほんの少しだけ視線を上げて問う。
「お疲れ様、今日で３日目だけど決められそう？」
東屋の卓に用意していた温かいお茶とお菓子を勧めながらも、ずばり斬り込むフロリゼルの言葉に、ほんの少しだけ目を瞠ったウィリアム３世は、けれど微笑みを浮かべた。
夜会が催されている華やかな離宮の広間の中では決して崩される事はなかった、模範的な貴族子女らしい振る舞いは止めて語りかけられる言葉が、フロリゼルの本音と伝わったからだろうか。
「それが１番貴女らしいのでしょうね‥‥ドレス姿もよくお似合いですが」
「結婚しても仮面夫婦よりは、本音で付き合える戦友でありたいと思ったから」
いずれ出る答えを急かしている訳ではないらしい。返らぬ答えを気にした風もなく、褒め言葉には小さく笑う。
「王妃になっても苦労しますよ」
王が全ての候補者に尋ねていた唯一の問い。重責を一人で負い続けてきた身だからこそ、候補者に問うのだ。
けれど、王の言葉に、それこそ今更何をとフロリゼルは微笑んだ。
「前に冒険者に話したのだけど、王妃になるからには出来るだけ賢妃になろうと思って来たわ。この国は未だ平穏じゃないもの」
限られた時間の中で、投げかけ、返された言葉の幾つかにフロリゼルはふわり晴れやかに微笑んだ。
「陛下は‥‥公はとてもしっかりしてるけど、私は本当にすっとこどっこいね。だから皆貴方が好きなのね‥‥きっと。目が離せないんだわ」
貴族の子女らしからぬ、また王へ向けるにも相応しくない言葉を、ウィリアム３世は咎める事もなく、微笑んで聞いていた。
その瞳を真っ直ぐに見つめ、フロリゼルは告げる。
「パリに来たからには妃でなくとも、国のために出来る事があるなら、そこでカを尽くしたいと思ってるのも本当。だから私は全力で貴方のために戦う、そのために私はここにきたのよ」
父に呼ばれパリに来て、出会った人のお陰でより強く思うこと。
誰もが国を動かす駒である前に、一人の人なのだから、幸を願う。好きな人へは微笑んでいてほしいと。
●days after ―レンヌの姉妹―
「ふふふ‥‥夜会の席にお邪魔したのは久しぶりですけれど、冒険者の皆さんと色々お話出来てとても楽しかったわ」
エカテリーナは赤を基調にしたドレスに着替え、私室で寛ぎながら、やわらかな笑みを浮かべる。
レンヌの姉妹は王との逢瀬を終え、夜会は３日目まで終わり、残すところはあと１日。
腹違いの姉が住まう部屋を大きな荷物を持って訪れたフロリゼルも、すでにいつも通りの装束に着替え済みだ。
「父上から言伝が。今回私達のために力を貸してくれた冒険者達に何か礼を‥‥と。ですが、彼らの好意によるものですから‥‥」
「そうね、お金や物品に代えられるものではないもの。今回ご一緒できた記念になる何かと思えば良いのではなくて？ 貴女なら父上の薔薇園でのご縁、私でしたら書籍‥‥あるいは、馬派か上位ドラゴン派らしいものかしら？」
くすくすと笑みを含んだ涼やかな声に釣られるように微笑んだフロリゼルは、持ってきた荷物――壮麗な作りの大振りの宝石箱の蓋を開いて見せた。
「父上から貴石を頂きました。縁ある品に加工しても良いかとは思いますが、これだけのものであればそのままの原石を贈り、冒険者達の好きな形にできるほうが良いかとも思いましたので‥‥。折角ですから縁のある石を選び贈れればと。誕生石かあるいは‥‥、色のイメージはとても大切だと冒険者達から学びましたので」
フロリゼルが手に取ったのは、アメジストとガーネット。
「素敵な色と純度‥‥良い品ね、その２つであればこちらかしら？」
エカテリーナが白い繊手で指し示したのは、ガーネット。マーシー１世譲りの艶やかな赤い髪と同じ燃えるような色。
「フロリゼルならこの石かしら。さすがお父様、星が見える希少なサファイアだわ」
姉の見立てに小さく頷いたフロリゼルが更に手に取ったのはオパールだった。
「幸運を齎すと言われる石も、お礼というのであれば良いかと思うのですが」
「プレシャスオパールの中でも、青色の煌きがきれいなウォーターオパールだったら貴女に似合うものね」
エカテリーナは微笑を浮かべ背の高い妹を見上げ、微笑む。
「貴女は本当に良い子ね。父上に呼ばれたからパリに来たけれど、私は本当に貴女が王妃になってくれれば良いと思っているのよ」
「私は父上のご期待に添えられるものか‥‥」
「フロリゼルは本当にお父様のことが気にかかって仕方ないのね。本当に貴女は昔から変わらないのだから」
碧の瞳を柔らかに細め、口元を隠すように手を添えてエカテリーナはふわりと微笑んだ。
「本当に家族や民想いで優しい子。私とは違う想いが、とても‥‥良い子だこと」
王妃候補が想いを告げる夜会はあと１日。
王が結論を出すまでには――もうじきの事。
