【潮風を纏う姫】小さな灯火絶やさぬために

■ショートシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月21日

リプレイ公開日:2009年11月24日

●オープニング

 執務用の文机に置かれた1通の書簡。
 貴族達が遣り取りするあざやかな文や、あるいは役所などで取り交わされる書類に使われる紙ではない。
 一般に流通する『手紙』としての役目を最低限果たせる位の紙が使われた書簡は、文机の主に似つかわしくないものだった。
 けれど、宛名は間違いなく文机の主――マーシー1世に宛てられたもの。
「北海が荒れていた時のお前の話を聞いて、私を頼ってきたらしい」
 マーシー1世は、私室に呼び出した娘を見つめ、小さく笑って端的に説明する。
 書簡の送り主は、レンヌ領とは離れた海沿いのとある街の長らしい。実際救いを求められて、応えられるのならば応えるのが貴族の役目とマーシー1世は言うが、現在のノルマン王国内の政治的な情勢により、手を差し伸べる事を決めたのだろう。
「教会が建つ領地の主には、私からも言い添えておこう。お前が気に掛けるべきはレンヌの民。王妃になれば国の民を平等に見なければならないが、お前は未だレンヌの公女」
 淡々と父親が語る言葉は事実ゆえに、フロリゼルは特に表情を変えることなく小さく頷く。
「王妃になったとて、一つところばかり手を差し伸べるわけにはいかないのだよ。王妃は国の母‥‥民を助けたいのならば、根幹を正さねばならない。よくこの国の有り様を見ておくことだ、このままで良いのかどうか‥‥わかるな?」
 マーシー1世の静かな声音は、地上にある多くを飲み込んでも揺らがぬ深い深い海底からの響きのよう。長くノルマン王国の政治の一線に立ってきた強い瞳と真向かいながら、フロリゼルは再び「是」と答える。
「承知しております」
「ならばいい、行ってきなさい」



「ある教会の慰問に、一緒に行ってもらえないかしら」
 冒険者ギルドを訪れ、そう切り出したのはレンヌの公女・フロリゼル。
 相も変わらず、冒険者をしている騎士だといえば通じてしまいそうな格好をしている。冒険者ギルドに訪れていても何の違和感も無い。蜂蜜色の髪を無造作に東ね、黒い騎士装束に身を包んだフロリゼルは、慰問に向かう教会について説明を始める。
「パリよりも北‥‥海に近い街にある教会で、それなりの規模の教会なのだけれど‥‥」
 教会は年老いた神父と修道女が一人。彼らは大部分の時間を、奉仕の勤めとして子供たちに割いていた。教会には親を亡くし、あるいは捨てられて‥‥など、いわゆる孤児達を引き取り、面倒を見ていた。賛沢などする余裕も無く、慎ましい生活を送っていたが、北海の混乱で親をなくした子供達が一時に増え、今までの教会の備えでは賄いきれずに、援助を願い出たのだという。
 勿論最初に庇護を願い出たのは、その土地の領主へ。けれどその土地で被害を受けたのは、その街だけではなかった。
「昨年、私が北海の被害を確認しがてらドレスタッドヘ行った時の話を聞いたらしくて。だから、もしかしたら‥‥と、駄目で元々援助を願う手紙を貰ったのよ」
 そしてその後のデビル達の侵攻と、災厄はノルマン全土に及ぶ。
 1年はあっという間に巡り、もうじき本格的な冬になる。
「もし一緒に行ってもらえるなら、子供達と一緒に遊んでもらえるとありがたいかしら。後はそうね、得意な人がいればだけれど、教会の傷んだ屋根や壁の修繕、冬に備えての支度の手伝いをしてもらえれば。給金は私から支払うから」
 手伝う事に決めたのだから、やるならば聖夜祭が来る前に修繕を終え、無事新年を迎えられるようにしたいのだという。
「それと1つだけお願いがあるの、私はマーシー1世の遣いの騎士か冒険者ということにしておいて欲しいの」
 フロリゼルは、話を聞いてくれていた冒険者らに願う。
 本当は求めてきた1つだけではなく、全てが悲嘆にくれず笑って過ごせるようになれば、なるようにできればいいのだけれど‥‥とフロリゼルは小さく息を吐き、吹く風が冷たくなってきた窓の外を眺めるのだった。

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3759 鳳 令明(25歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ec5115 リュシエンナ・シュスト(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec6207 桂木 涼花(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●北の海に近い土地
 教会への慰問という依頼内容にあわせた物資を積んだ馬車を中心に据えたパーティを組み、内陸にある都パリから北海方面へ旅立った冒険者達は、さして障害も無く、目指すべき教会へと辿り着いた。
「マーシー1世の遣いとして参りました」
 声を掛けながら、飾りなどない質素な作りの扉をリュシエンナ・シュスト(ec5115)が叩くと、ややあって扉が開かれた。
 教会は常に救いを求める人々に向けて開かれている門戸を閉ざす事など無く。単純に寒風を避ける為に閉められていた扉が開けば、そこにいたのは年老いた神父の姿。冒険者達の姿を認め、神父は教会内へと招きいれた。
 桂木涼花(ec6207)が見回した室内は、飾りなどまるでないがらんとした堂に、小さなセーラ神の像と晩秋の花だけが飾られていた。
「‥‥暖は入れられていないのですね」
「ええ、まだ今日は天気も良くて温かいですし」
 頷く神父はやや口ごもり。普通に過ごす事が出来るならば、暖を取る燃料も節約しておきたいという事なのだろう。
 寒風を避ける為に入り口の扉が閉められていたはずなのに、教会内に冷たい空気の流れを感じて、鳳令明(eb3759)がふわりと飛ぶ。目の良い令明には灰暗い教会内でも建物が傷んでいることが見て取れた。
 教会で保護しているという子供らの姿がない事をアレーナ・オレアリス(eb3532)が訊ねると、神父は小さな窓からみえる小さな家を指し示した。裏手にある小さな家が、神父らの居住空間らしく、子供たちはそこにいるとのこと。
 挨拶をするため修道女が子供達をつれてくるが、見知らぬ大人がいるのを見つけた途端、人見知りな子供は修道女の背に隠れてしまった。
「ほら、ご挨拶なさい」
 修道女の背に隠れてしまった小さな子達の姿に、ユリゼ・ファルアート(ea3502)がくすりと笑う。「気にしないで下さい」と修道女に告げてしゃがみこむ。
「ユリゼよ? 宜しくね」
 子供達の目線に合わせてユリゼが挨拶をすると、笑みに誘われるように、おずおずと子供達が修道女の影から顔を覗かせる。
「‥‥お姉ちゃんの目、不思議。‥‥きれい」
 はにかむ様に微笑んで、小さな子供達はユリゼに名前と年を告げる。一方、もう傍らでは、名乗るや否や子供達に追われるまるごとわんこ‥‥ならぬ、令明。
「にょにょ〜おりは令明にょ〜わんこをしてるにょじゃ〜」
「わんこ、わんこー!!」
「にょにょ〜〜!?」
 シフール目線で見上げれば、3歳児も大きい。遠慮なく「わー!」と追いかける子供達から逃げるように駆け出せば、自然追いかけっこになり、いつの間にか加わる子供達も増えて、教会内には瞬く間に子供の声で満たされる。
 そんな中、修道女が連れてきた子供達に目を配り数えると――12人。
「こちらで保護している子供達は14人と聞いたが?」
「‥‥ああ、すみません。ちょっと事情がありまして‥‥」
 ディアルト・ヘレス(ea2181)が訊ねると幾分答え難そうに、修道女が口を開いた。親を亡くしたばかりの姉弟が住居の一室にいるのだという。そして、母親の遺体の下から見つかった男の子は、決して人と口を利こうとしなかった。泣く事もせず、人と交わる事もせず、ただ姉弟二人きりで寄り添い夏から秋を過ごしてきたらしい。家族を亡くした理由は、珍しいものではなかった。
「‥‥デビル、か」
「はい。この辺りも大分被害を受けた場所がありまして‥‥」
 領内を見回る騎士の数も十分ではなく、デビルが相手となれば只人では一矢を報いる事すら出来ない。この場所だけを襲った悲劇では無い事を、冒険者達は身を持って知っている。だが、事実を盾に傷ついた子供に正論を告げたところで、心の傷を癒す事はできない。
 防寒を兼ねたとあるものを身につけていたディアルトは、考えるように装備を見下ろした。


●閉じた扉を開くには
 元来、聞き上手なディアルトは根気強く幼い姉弟の元を訪れていた。
 神父と修道女は、どれだけ心を割こうとしても「皆の神父、皆の修道女」であって、ずっと傍にいてくれた「自分達の父母」にはなれない。付ききりでいるには、子供達の数は多く。子供が頼れる大人が絶対的に足りなかった。それを理解していた彼は、他の子供たちを仲間に任せ、心を閉ざした姉弟と共に過ごす事を選んだ。
 常に落ち着いた静かな眼差しは、子供にとっては冷たく見えることもある。けれど、かわいらしいまるごとぎんこに包まれた騎士様は、子供にとってとても親しみがもてる姿。
 まるごとぎんこの温かい毛に顔を埋め、すすり泣く子供の背を優しく叩いてやる。
「守りたいものを守れるようになるんだ。必要なら私のもつ知識を伝えよう。だが、己の血肉とするには自分の意思が何より大切だ」
 泣きたいだけ泣ければ大丈夫だと、毛皮が涙で濡れるのも構わず泣き止むまで肩を貸し続けるのだった。


●冬空の下で
 ぷにんと頬に押し当てられた感触に、フロリゼルは瞳を瞬かせた。
 黙々と屋根の綻びを直していた手が止まり、ぷにぷに肉球がさりげなく癒し感触で相好を崩す。子供達を連れて出かけていたはずの令明がいるということは、皆戻ってきたのだろうと察する。空を見上げれば、大分傾いた太陽が見えた。
「ひとりで悩むにょよくないにょ〜、ともだち頼るにょいいとおもうにょ」
「そうねぇ‥‥悩んではいないんだけど‥‥」
 令明のぷにぷに攻撃は考え事の余地もなく黙々と作業をしている様子を気に掛けての事。
 道具を置いて一息吐くと、少しだけ考えるように首を傾げる。
「王妃になれなかった時にはレンヌに帰る事が‥‥今は少しだけ残念で。なれない時を考えてる事が、だめかもしれないんだけど」
「でも、私や皆がフロリゼル様が好きだって事はずっと変わりませんよ」
 盗み聞きするつもりはなかったのだけれど、とちょっとだけ困った様に眉をよせ微笑むユリゼは「お茶が入ったんで、休憩しませんか?」と、本来の用事を伝えた。


●寒い風を遮って
「お茶、入れました〜‥‥」
 小さな給仕さんの頑張る姿は、とても可愛らしい。涼花もリュシエンナも針を持つ手を止めて、子供達から木杯を受け取る。彼女らと一緒に針仕事をしていた少女らも休憩時間だ。
「フロランス様も、どうぞ」
「ありがとう‥‥良い香りね」
 屋根から下りてきたフロリゼルも、工具類の代わりに良い香りを漂わせる木杯を受け取る。軽く首を回すと、思っていたより根を詰めすぎていたのか、鈍い音が響いて眉を顰めた。ユリゼが子供達と一緒に摘んできた香草類は、珍しいものではなくありふれたものばかり。それでも組み合わせや使い方によって、とても飲みやすく良いお茶になる事を学べるように教える。珍しくない雑草にもみえる草々が、お茶になる事に子供たちは興味津々だった。一歩間違えると、口にしてはいけないものまで入れかねない興味を上手く導いていれたお茶は美味しかった。
「子供達と周りの森を散策していて良いものをみつけたから、午後からは私もお手伝いしますね」
「ありがとう。でもアレーナも一緒だし、令明や涼花も手伝ってくれているから、目処はつきそうよ」
 揃って壁の隙間を埋める修復作業をしていたアレーナも今は、膝の上に乗せた小さな子供と語らいながらお茶を飲んでいる。和やかな一時に、ユリゼから伝えられた伝言にフロリゼルは小さく笑う。
「ユリゼ達が一緒だもの、慰問の旅は私にとっては楽しみな時間だから大丈夫よ」
 と、大きく扉を開く音が聞こえ。続いて、ばたばたと駆け込んでくる足音が幾つか。「にょにょ〜♪」という楽しげな声音が幾つも重なったハーモニーは令明と一緒に釣りに出かけた子供達。ユリゼに言われたとおり外の井戸で手を洗ってきたらしい。
 涼花が年長の少年が抱えた桶を覗くと、ぽちゃんと跳ねる魚影が幾つも。
「たくさん獲れたんですね」
「獲り方を教えてもらったんだ、虫を使ってね‥‥」
「筋が良いんだにょ〜♪」
 成果を嬉しそうに『報告』する子供達の話を聞きながら、獲った魚をいかに食べ命を繋ぐかを伝えるべきとリュシエンナは桶を受け取る。今夜は子供たちにとっては、久しぶりに豪勢な食卓になりそうで‥‥糧を得るべき方策を、少しずつしっかりと冒険者らは伝えていた。
「それはそうと、ここに禁断の指輪があるのだけれど、ひとつ変身してみないか?」
「‥‥‥‥」
 アレーナの白い指先に摘まれた青色と銀色の金属が複雑に絡み合った魔法の指輪を見て、フロリゼルは盛大に眉を顰めた。軽いお遊びのつもりだったアレーナの方が、彼女の反応に逆に驚かされる。そんな彼女をみて、今度はフロリゼルが目を覆うように顔に手を当て「まって、まってね」と繰り返した。
「‥‥ごめんなさい、貴女の提案は面白いものだと思うわ。でも、その指輪を手に入れたくて‥‥あの人が色々してた事を聞ちゃったものだから、つい」
 離した手をひらひらと振って笑う顔には、先ほどの険はなかった。
「私は私のままで大丈夫。‥‥偽名を使っている時点で説得力はないかもしれないけどね」
「ふふ‥‥ノルマンの地位ある方というのは、お忍びがお好きと見えます」
「そうね」
 涼花がふわりと微笑むと、フロリゼルは小さく肩を竦めて見せる。
「でも、ヨシュアスの気持ちもわかるような気がするわ」
 空になった木杯を子供達へ返し、もう一頑張りだと寒風吹く外へと出て行った。


●冬篭りの準備
「皆さん、お好きな植物や動物はありますか?」
 縫い物の手は止めずに涼花が訊ねると、傷んでしまった生地に当て布代わりのアップリケをつけていたリュシエンナが顔を上げる。釣られるように、手元を眺めていた子供達も涼花を見遣る。
「私は‥‥馬かしら? でも、鷲も捨て難いですねぇ」
「馬派かわんこ派は迷うなあ‥‥」
 興味津々に伸ばされる子供たちの手を大人しく受け入れ、ふっさりした尾をぱたぱた振るボーダーコリーのラードルフを見遣り、リュシエンナは小さく首を傾げる。けれど、本人至ってわんこ属性な彼女の目は、自然わんこに惹かれるもので。
「にょにょ〜‥‥もふられまくりにょ〜っ」
 リュシエンナの視線の先には、本物の犬よりも興味を惹かれたらしい幼児達の遠慮の無い追跡に、ぱたぱたと駆け回る令明がいた。自分とは違う、小さなお兄さんに遊んでもらう子供達の姿についつい笑みが浮かぶリュシエンナを見上げ、傍らにいた少女が首を傾げた。
「お姉ちゃんにもお兄ちゃんがいるの?」
「うん、とても大切な兄様がいるわ」
「‥‥一緒じゃなくて、寂しくない?」
 躊躇うように問う小さな女の子に、思い出が重なるようで。リュシエンナは微笑んだ。それは向日葵のような明るく人に向かう笑顔。
「寂しくないと言ったら嘘になるかもしれないけれど、別々でも灯火守る為、兄様も命懸けで戦ってるから、私も出来る事があるならそれに精一杯を注ごう思うの」
 子供達に伝えるように、自分に言い聞かせるように語る間にも、リュシエンナの手により布を渡る針が、布を結び繋いでいく。
「長い道のりも小さな一歩の積み重ね。辿り着く結果がどんなものであれ最初の一歩を踏み出さないと何も始まらないし‥‥後は自分の努力次第。心の風が導くように、何事も信じて前向きに頑張る方が私らしいから‥‥ほら、出来た!」
 リュシエンナが色鮮やかな端切れを繋ぎ合わせたパッチワークを広げると、少女達の温かな拍手が小さな部屋に溢れるように響き渡る。
 寒い冬に備えた衣服の支度が着実に、暖かに、部屋の片隅に重ねられていくのだった。


●その人が抱える多面性
「ふふ、こんな事ができるなんて意外でしたか?」
「‥‥ちょっとだけね」
 ディアルトのテンプルナイトという立場を思えば、意外ではないのかもしれないが。自身に向けられる気配りも神の使徒であるならば納得できたし、神に仕える騎士の心は遍く公平なはずだから――そんなフロリゼルの言葉に微かにディアルトの表情が翳った。けれど、瞬く間に面は静かな色を取り戻し、先日の夜会の折に触れると、今度は、フロリゼルの表情が曇る。
「‥‥どのような結果がでても自分は君の味方だから」
 短い言葉に込められた想いに触れて、フロリゼルはそっと息を吐いた。
「‥‥パリに来てから、甘やかされてばかりだわ」
 小さく呟いたフロリゼルの視線の先には、子供達と遊ぶアレーナの姿。絵物語に描かれている神の御使いか、お姫様のような華やかなアレーナの美貌に気後れせずにまとわりつくのは小さな子供。けれど話してみれば気さくで、年頃の少女なら興味を惹かれる理美容について教えてくれる気安さに、今では年上の少女らも彼女を囲んでいる。
 自分にも注がれる気配りと優しさをしっているからこそ、フロリゼルにとっては、その光景がとても温かに見えた。


●冬を越え、春に至れる道
 深くふかく頭を下げる神父と修道女。
 一目で分るほど華やかな変化が教会に齎されたわけではないが、傷み荒れていた建物は修繕され、周囲の草や落ち葉や木々が除かれ整えられた庭は、もうあばら家とは言わせないだろう。
 修道女の背に隠れるように冒険者を見上げる子もいれば、短い間に親しくなった冒険者にしがみついて離れない子供もいる。嫌がる小さな子達を宥める神父の声と、すっかり気に入られてしまった令明の、遠慮ない子供の抱擁への声が響き。取り戻そうと「お願い」しているのは、ユリゼだろうか。
 涼花に好きな花の刺繍を施してもらった少女は、まるでとっておきの一張羅のように大切に着るのだと伝えていた。擦り切れ、穴があいてしまった思い出が詰った服を生まれ変わらせてくれたリュシエンナには、また来て教えて欲しいと別の姉妹がねだる。
 ディアルトの説く言葉に真摯に頷く少年は、いずれ何かを守るための道を選び取るのかもしれないし、アレーナを慕う少女たちは憧憬の中に、自らの現実を見出しすすむのだろう。
 支援の荷を運んできた馬車は空。帰路は冒険者を乗せていく事ができそうで、フロリゼルは3日間ゆっくりやすんだ馬の首を「よろしく」と叩いた。
 着古された衣服は、時間を重ねた分の思いいれも込められている。
 それが権利として許されている貴族や、富裕に暮らす人々は、纏う衣を惜しげもなく鮮やかに、まるで月が満ち欠けるように替えてくが、全ての民にそれが許されているわけではない。
 施しを与える事は、豊かな貧しき民を庇護すべき立場にあるものの役目。けれど、施される事を覚えてしまえば、自立の芽を奪う事にもなる。慰問への同行に応じた冒険者達が、迷う事無く選び取った方法に、フロリゼルは心から微笑んだ。
 度重なる戦続きは国を疲弊させるが、支えあい助け合う事の出来る人々が、王の膝元の都に在る事も知る事が出来たから、きっとこれから先も、悪意に屈する事無く進んでいけるだろうと信じられたから。