●リプレイ本文
●準備
パリの下町にある銀花亭。
冒険者ギルドのある地区から離れているため、店の客層は一般市民の方が多い。
小さな舞台がある店内は、それなりの客を受け入れられる広さをもつのだが、その店内は‥‥といえば、綺麗に整えられているか問われれば微妙なライン。
厨房の外である店の中に関して、普段は給仕に任せきりだったため、店主一人では慣れず手がまわらずといった状態だった。
夜の仄かな灯りの下ならばともかく、昼の光の下で見てしまうと‥‥。
「不安な顔してちゃダメよ、マスター。はい、笑顔笑顔〜♪」
シアン・ブランシュ(ea8388)が、どこか申し訳なさそうな、心配そうな表情の店主の肩をぽんと叩く。
受けた依頼は、やり遂げるのが冒険者。
店内の様子も彼らには予想済み。
予想が当ってためいき半分、けれど、それ以上のやる気でもって1週間頑張ろうと冒険者達は営業に向け動き出すのだった。
「食べ物を扱う店ですもの清潔感は大事ですよ。さあさ、お掃除は基本基本」
グリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)が手を叩き皆を促す。それに端を発し、まずは店内の掃除が始められた。
本当に厨房の外は門外漢な店主は、レイン・フリートウッド(ea7523)と共に黙々と彼女の指示に従い、まずはテーブルを動かし掃除をしやすく場所を広げる。
『飲食店は清潔第一』と、この時期冷たくなってきた水に弱音をはく事無くシアンはテーブルやイスを拭き、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)は、床をブラシで磨きモップをかけていく。
グリシーヌの配慮を活かし「こざっぱりした過ごしやすい空間になるように」という場を整えていった。
さて、次いで厨房の方。
給仕役を買って出たハルワタート・マルファス(ea7489)は「自分の店の料理も勧められないようでは給仕失格」と勤勉に店のメニューを把握出来るように、店主のお勧めという料理を試食していた。
その他に、種族も多様であれば出身の国もさまざまな冒険者達の自国の料理を、店の目玉に出来無いかと井伊 貴政(ea8384)が店主に相談を持ちかけていた。
提案に対し考え込む店主に、ハルワタートやシアンも助言する。
「即席で慣れないものを作るよりも、店の看板メニューをしっかり作った方がいいと思うぜ」
「そうね。マスターのお得意なら、いっそジャンボメニューっていうのも有じゃないかしら」
冒険者達はあくまで臨時の手伝いであって、ずっと手伝えるわけではないのだ。
目玉料理は面白い試みかもしれないが‥‥。貴政が試しに‥‥と作った数種類の料理を見て、食べて‥‥果たして自分に作りつづけることが出来るのか‥‥という点が何より店主に難しい顔をさせていた。
「店が忙しい時間になればなおさら私の性分じゃ、あんたみたいに作れやしないだろうからなぁ‥‥」
「そうですねぇ〜‥‥まずは、無事お客の注文に応えさばく事が第一だからなぁ‥‥」
貴政自身も料理を生業としている。定番料理もある程度は作れなくては‥‥と確認したレシピや主人の腕に合せる必要を考える。
結果、ノルマン出身のグリシーヌらの助言も受け、調達のし易い融通の利く材料でパリの街の人の嗜好に合わせ、かつ彼らが離れた後店主が独力で作れるものを中心にメニューを決めるのだった。
そして、歌姫が不在となる舞台はといえば。
「じゃじゃーん♪」
目に鮮やかな布々を纏いひらりと皆の前で回ってみせるターニャ・ブローディア(ea3110)。
舞台用の化粧を施したらさぞ映える事だろう―今でも十分可愛らしいターニャにカノン・レイウイング(ea6284)とグリシーヌが感嘆を拍手でもって応えた。
踊り手であるターニャ自身の手持ちの衣装に加え、室内という限られた空間に合わせ、衣装の心得のあるグリシーヌが舞台の演目に合せ、幾分しつらえなおしたのだ。
無論、カノンの衣装もターニャや演目に合せ、かつ彼女の雰囲気に合うものを用意済みである。
「わたくしは不在の歌姫さんの代わりに拙いながら歌と音楽をお客様に提供させていただきますけれど‥‥。ターニャさん、最終的な演目の詰めと確認をいたしましょうか」
「そうだね、その時の店の雰囲気、盛り上がり具合に合わせて踊りを選択したいから‥‥」
流石に生業を活かした担当である彼女らもプロである。舞台の方もつつがなく用意は整えられていった。
そして、冒険者達は各自役割分担を確認し合い、やがて辺りは夕闇に包まれ銀花亭は営業時間を迎える‥‥。
●只今、営業中!
「「いらっしゃいませ〜♪」」
時は夕刻。酒場は賑わいだす頃合。
その日訪れた客は、すこぶる美形の若いエルフの女給仕の声に迎え入れられた。
しかも二人。‥‥ふたり?
一人は、元気で明るいはきはきとした対応が好もしい、シアン。
新しいメニューを案内し、注文を受けている彼女。
「今週から、新しいメニューも始まりましたので如何でしょう? ただし『投げキッス0C』は、単品でのご注文はお断りします♪」
「ノリいいね〜、姉さん♪ じゃまずはワインを頼むよ」
「ご注文ありがとうございます☆」と客捌きも上々だ。
もう一人は、溢れんばかりの笑顔を振りまき客を迎え入れている。
普通の娘よりもある上背も種族性を思えばそんなものなのかもしれないし、声が低いのはそれぞれだろう。‥‥と、客は思うことにしたらしい。
元々評判は悪くない銀花亭。
歌姫の不在の影響か‥‥開店後すぐ、とはいかないまでもゆるやかな人の入りは止まらず。
一刻もすれば空席は僅かとなっていた。
ふと、目に映るところに飾られた花が客の心を和ませた。
店内に酒を、談笑を誘うかの軽快な曲が流れていた。
ミランダが不在の舞台から聞こえるそれは竪琴の音。
重なり響くのは、件の歌姫の声とは異なる、けれど軽やかで綺麗な歌声。
1曲歌い上げたカノンへ客からの賞賛と拍手が送られる。
貴族の集う社交場と違い、美辞麗句で飾られる賞賛ではないけれど‥‥率直な言葉に裏は無い。
「もし、お楽しみいただけましたのなら吟遊詩人として無上の喜びでございますわ」
微笑みと共に、客の要望に答えた彼女の故国であるイギリスの民謡歌を奏で始めるのだった。
「近頃景気が悪くてさ、このまんまじゃ新年もむかえられやしない」
嘆息半分、悪態半分。酔っぱらいの愚痴は聞き苦しいのだが、客ともなれば無碍には出来ない。給仕の彼女は、注文された品を男へ運んだ。
「ご注文頂きました、新メニューのピロシキです」
「お、姉ちゃん、新人か? 姉ちゃんみたいな別嬪さんが酌でもしてくれりゃあ俺のツキもあがりそうだな」
酔った顔した男は皿を並べた彼女の手をとった。
「おほほほ。お客様、当店はそういうお店じゃありませんわ〜」
「まあまあ姉ちゃんもちょっとくらい座って休んでも‥‥」
ぎこちない笑みを浮かべ、身を引こうとする彼女の手を撫で触り引こうとする男には彼女の遠慮など聞こえてはいない。
「姉ちゃん、ちょっと手が固てえなぁ‥‥もうちょっと肉つけねえと男みたいな手じゃ‥‥」
手どころか他所にまで手をまわしかねない男のしつこさに、彼女のこめかみに青筋が見えた気がした。
「‥‥やめ、、」
「だんなさん、彼女には仕事を続けさせてやってくださいな。ほら、新人だから頑張らないと給金さげられちゃうんです‥‥ああ、奥で上司が睨んでるわ」
ぶちきれそうになった相方に気付き、慌てて間に入ったシアンの視線の向こうには、厨房から顔を覗かせるヴィクトルの姿。
彼としては、睨んでいたのではなく、酔っ払いの無用な騒ぎを避け、また彼女自身が暴れやしないか心配して見ていただけなのだが‥‥強面なヴィクトルの視線は、それだけで効果覿面だったらしい。
「‥‥あ、ああ。そういや、もうすぐ新しく入ったって踊り子の舞がはじまるんだっけか?」
そそくさと手を離し、男は視線を誤魔化すかのように舞台に目を向ける。
「美人は辛いわね〜」
「売上UPのため‥‥売上UPのため‥‥」
ぶつぶつと苦虫噛み潰した顔して呟く美人給仕・ハルワタートの肩をぽんと叩き、シアンは次の客へと注文を受けに行った。
客席もほぼ埋り、やがて陽気な喧騒に満ちる店内に賑やかな音楽が流れ出す。
カノンの奏でる音楽に賑やかな重ねの鐘の音が加わり、りんと澄んだ鈴音が響いた。
「背に美しき羽根をもつ、可憐なシフールの舞姫の舞いを暫しお楽しみくださいませ」
カノンの紹介と同時に、ふわり舞台に姿を現したのは、滑らかな褐色の肌に鮮やかな赤毛の小さな舞姫だった。
にこりと満面の笑みを客席に向け、彼女が優雅に礼をとったのを合図としたか‥舞が始まった。
店の灯りを引き描かれる羽根の陰影。
小さな舞台に留まらず、中空までも舞台に色とりどりの領布を纏わせ、舞わす。
店を狭しと、描かれるターニャの鮮やかな舞は、カノンの奏でる音色に合わせ幾重もの顔を見せる。
陽気で皆が共にに踊ったり歌えるような楽しげな踊りから、静かで落ち着いた雰囲気になれる踊りまで‥‥飽く事無く客達を魅了するのだった。
ターニャの舞の時などは幾分落ち着くものの、カノンの演奏時には酒の注文がすすみ、演目が休みの時にはそれこそひっきりなしに入る料理の注文に厨房は大忙しだった。
定番メニューをマイペースで作る店主の下ごしらえや皿への飾り付けなどを、グリシーヌが受け持ち助ける。
貴政は店主が裁ききれない分までも引き受けながら、けして手を抜く事などなく新たに追加された自分達で提案したメニューの注文をこなしていく。
ヴィクトルは、言い出した都合と食べ慣れている所から自国の郷土料理のピロシキを作りつづけていた。中に入れる具材はノルマンの人に受け入れやすいものと幾分アレンジしているのも効を奏しているようで。
「メニューを絞ったのは良かったかもしれないわね、好評よ♪」
新たな注文を、厨房に告げにきたシアンの言葉に、忙しく働く貴政やグリシーヌの顔もほころぶ。
厨房からは、店内が良く見えない。小さな料理の出し入れの小窓からしかの情報と給仕の仲間からの話しか無いからだ。
「自分の作った料理を食べてもらえる事だけで結構幸せかも‥‥」と貴政はのんびりと、けれど手際よく注文をこなしていくのだった。
黙々と皆を助けるよう、給仕が忙しければ料理を出すのを手伝い、厨房が込み合えば細かな皿の出し入れや補助にとくるくる小回りを利かせ動くレインの働きも大きかっただろう。
そうして酒場の夜はふけてゆき‥‥、日が重ねられていった。
●お疲れ様♪
店員不在のおよそ目安として7日間の依頼であったが、調理補助の者の風邪も治り、給仕の者の怪我も完治とはいかずとも翌週からは店に立てるという。
「本当に助かった、ありがとな」
店主がそう冒険者達を前に笑う。1週間無事乗り切れ、店員が戻る算段が立ちようやく一安心したのだろう。
「それにしても、冒険者ってな本当に器用なんだなぁ‥‥」
「皆がそれぞれ頑張ったからですよ。勿論ご店主さんもね」
感心しきりの店主に、グリシーヌが皆を見回し穏やかに労いの言葉をかける。
「それで、売上はどうだったのだろう?」
そこが皆の気になるところであろう肝心な所をヴィクトルが訊ねた。
「おお、そうだそうだ」
頭をかきながら帳簿をめくる店主。
まず、客の入りが良かった。
ミランダの不在に売上を左右する客数が不安だったが、ターニャの踊りとカノンの音楽は1週間の公演を惜しむ声が聞こえるほど。
そして、料理が良く出た。
良く吟味し、絞った目玉の料理が目を引き。そして定例の料理も普段と変わらぬ味を維持し勧められた事。
また、給仕の手際も良く酒も料理に相乗するように売れた。
「以上の事を踏まえて‥‥結果は上々、だな」
店主の答えに皆から「「やった♪」」と感嘆の声があがる。
ターニャのように跳ねるように飛び全身で成果を喜ぶ者も居れば、ほっとしたように息をつくレインもいる。
成果を喜ぶのは皆同じだ。依頼主の笑顔が何より依頼の成果を現しているのだから。
「本当に、助かったよ」
店主が渡した報酬は、命の危険な依頼に赴く依頼に比べれば、多くは無いが‥‥店の給金としては多い、弾んだ金額である。
それと共に「俺からの心積もりさね」と皆に手渡されたのは、新酒のワイン。
「新年を迎えるようだ。あんたらも大変な稼業。忙しいとは思うがまた顔見せてくれな」
「レインさんも頑張りましたね。どうです、少しはノルマンの雰囲気になれました?」
「不慣れながら頑張り続けたら1週間、あっという間でした」
グリシーヌに労われ、レインは年相応の笑みを見せた。
余り細かい作業は得意ではないから‥‥と、大量に出る洗い物などを億劫がる事無くこつこつと自分のペースで、出来る事から片付けていたレイン。そんな彼をグリシーヌも店主もきちんと見ていたのだ。
「まあ、この界隈はお世辞にもお綺麗なトコとはいえないが‥パリの街もいいもんだろ?」
店主に肩を叩かれ小さく頷く彼にとって、ノルマンが過ごしやすい地で在れば‥‥とグリシーヌは願うのだった。