求ム、お料理自慢!

■ショートシナリオ&プロモート


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜09月25日

リプレイ公開日:2008年09月30日

●オープニング

「料理上手を紹介して欲しい?」
 問い返した言葉にこくりと頷いたのは、八の字眉が特徴的な気の弱そうな少女だった。ここは冒険者ギルドの受付。受付係である彼の目の前に立っているのは、14、5歳の黒髪の少女で、仕事着なのか店名入りのエプロンを付けていた。
「あたしの家、食堂をやってるんです‥‥あ、食堂って言っても小さいんですけど。15人で満席になる、っていうくらいで。ママが厨房担当で、あたしは給仕担当なんですけど」
 おさげに編んだ髪をいじりながら、伏し目がちに少女は続けた。
「むかしは賑わってたんですけど、ここ最近でお客さんががくっと減っちゃって‥‥このままだと、お店閉めなきゃいけなくなるかもしれなくて」
「はぁ‥‥それは、大変だね」
「ここに来れば、色々な人がいるって聞いて‥‥もしかしたら、お料理が上手い人もいるかなって思って‥‥」
「ふむふむ‥‥確かに、料理自慢な人はいるよ。えーと‥‥」
「あ、エイミーです」
 名乗るのが遅れました、とエイミーは小さく頭を下げた。
「エイミーちゃんだね。ええと、依頼の内容を簡潔に纏めると‥‥つまり、コックが欲しいと。そういうことでいいのかな?」
「あ、いえ、そうじゃなくって‥‥コックじゃなくて、お料理が上手な人を‥‥あと、教えるのが上手いともっといいんですけど」
「‥‥うん?」
 どういうことなのか、と首を傾げるとエイミーは「説明不足でした」とまた頭を下げた。
「あの、あたしがお願いしたいのは厨房を手伝ってくれる人じゃなくって、ママに料理を教えてくれる人、なんです」
「‥‥あれ? でも、厨房担当はエイミーちゃんのママなんだよね?」
「はい、そうです」
「ママはプロでしょ? プロに教えるようなことなんてあるかなぁ‥‥」
「あ、いえ、ママは‥‥」
 エイミーは只でさえ下がっている眉尻を一層下げた。
「‥‥ママが厨房に立つようになったのは、ここ最近の話なんです。その前まではパパが厨房で、ママはお会計、あたしが給仕だったんですけど‥‥パパはちょっと前に、病気で‥‥」
「‥‥それは、悪いことを聞いちゃったね。ごめん」
 いえいえ、とエイミーは寂しそうに頭を振った。
「パパの料理は、味は高級なレストランには及ばないですけど、豪快な男の料理っていう感じが受けてて、だから生前はお店も賑わっていたんです。でも、ママはその、ちょっと‥‥うぅん、かなり、結構‥‥その、下手で」
「‥‥料理が?」
「はい‥‥お店でも家でも、料理って名前のつくものは全部パパ任せでしたから」
「それで、今は厨房に? ‥‥大分、無茶だね」
「はい‥‥簡単な料理さえ作れない、くらいの腕前なんです。包丁は扱えない、食材の名前はわからない、調味料の区別はつかないで‥‥ただの卵料理でさえ失敗するんです」
 遠い目をして語るエイミーを見て、そんな顔をするほど不味い卵料理ってどんなだろうか、とすごく味が気になった。
「‥‥食べてみます?」
「えっ、あるの?」
「持って来ました。ママの卵料理」
 これで少しでも切実さが伝われば、と言ってエイミーは弁当箱を取り出した。どれどれ、と興味だけで蓋を開けて、彼は二秒で蓋を閉めた。言葉ではなんとも形容するのが難しい状態の、恐らくこれが卵料理であると視覚から認識することは誰にも出来ないであろう代物がそこにあった。試しに少しだけ齧ってみたが、飲み込むことは体が拒否したので、エイミーの許可を得て吐き出させてもらった。
「あたしの言いたいこと、わかってもらえました?」
 青い顔で深く頷くと、沈痛な面持ちでエイミーは溜め息をついた。
「ママは一生懸命なんです。パパの遺したお店だから、閉めたくないんです‥‥でも、どんなに本気だって出すものがこんなのじゃあお客さんは離れちゃいます」
「まあ、そうだね」
「あたしが厨房やろうか、って言ったんですけど、ママは自分がやるって言って聞かなくって‥‥まあ、確かにあたしだってお店開けるだけの腕はないんですけど‥‥普段はぼんやりしてるくせに、これだけは頑なで。それもこれも、パパを想ってのことだから」
 不味い料理を作ろうと思って作っているわけではないだろう。夫の店を守りたいという気持ちもわかる。ただ、店である以上は代金に見合ったものを出さなければ客は逃げていく一方だ。
「本当はコックを雇えばいいんですけど、そんなお金ないですし‥‥誰かに厨房を譲る気がない以上、ママの料理をどうにかするしかないかなって。‥‥あ、何もいきなりプロ級の腕前にして欲しいって言うんじゃないんです。段階っていうものがあると思うので、まずは基本の基本をママに教えて欲しいんです‥‥多分、それだけでも時間、かかると思うので」
 「お願いできますか?」と首を傾げるエイミーに、受付はわかったと言って頷いた。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

●まずはご挨拶
 依頼人親子の経営する食堂は、依頼書の通りがらがらに空いていた。というか、一人も客はいなかった。
「‥‥開店前でしょうか?」
「それなら、閉めてあると思いますが‥‥」
 開けっ放しの入り口から店内を眺めてケンイチ・ヤマモト(ea0760)とイシュカ・エアシールド(eb3839)が戸惑いがちにこぼした。
「人の姿が見えないが、依頼人たちはどこだ?」
「声をかけてみればわかるよ‥‥こんにちわー」
 店内へ踏み込んだ飛天龍(eb0010)が首を傾げて言うのを受けて、アシュレー・ウォルサム(ea0244)は店の奥へと声をかけた。程なく、布で仕切られた奥から足音が聞こえてきて黒髪の女性が姿を見せた。
「あらあら〜! お待ちしてました、先生方ですね〜?」
「‥‥いらっしゃいませ」
 にこにこと明るい微笑を浮かべる女性の後ろからは、気の弱そうなおさげ髪の少女が顔をのぞかせる。
「依頼人のエイミーです。‥‥こっちがあたしのママ」
「エイミーちゃんのママです〜。よろしくお願いしますね〜」
「しふしふ〜! 飛 天龍だ、宜しく頼む」
 のんびりとした口調のエイミーママは天龍からの挨拶に笑顔で頭を下げた。
「思っていたよりも大勢集まってくださったんですね〜。嬉しいわ〜」
「‥‥早速お願いして、いいですか? よければ厨房にご案内しますけど‥‥」
「厨房‥‥来客があったらどうするんですか?」
 ケンイチからの質問に、エイミーはきっぱりと、だが憂鬱そうに答えた。
「大丈夫です、来ないと思いますから」

●腕前拝見
「まずは今の腕前が見たいので、一番自信のある料理を作って貰えるか?」
 場所は変わって厨房。アシュレーが貸したふりふりエプロンを身に付けたママは、天龍の言葉に生徒らしく「はいっ」と頷くと、台の上に野菜と肉を並べた。次に深底の鍋に水を張って火にかける。
「野菜スープですか?」
「はい〜。メニューになっているので、よく作るんですよ〜。卵焼きもよく作りますね〜」
 ケンイチの問に答えながら、ママは野菜を籠に入れて流し場へ。
「ギルドに持って来たって言う卵料理なのかな?」
「はい、そうです‥‥多分」
 アシュレーから訊かれて、エイミーが頷いた。
「言葉では形容しがたい、というあれですね」
「・・・というかあれだよね。普通に料理作ってそんなになるというのもある意味才能だよね」
 感心半分の言葉に「確かに」と苦笑を浮かべたイシュカは、そう言えばとママに声をかけた。
「‥‥あの、普段味見されておられますか‥‥? 後、今3度のご飯も、お母様が作っておいでなのでしょうか‥‥?」
「味見ですか〜? ‥‥あら、そう言えばしてないですね〜」
「‥‥してないのですか‥‥」
「ご飯はエイミーちゃんが作ってますよ〜。私はお店の方だけです〜」
「イシュカさん、ママは自分の料理を味見してないからこそ出せるんですよ」
 エイミーの言葉に、「なるほど」とイシュカは納得した。どうやら、ママは別に味覚障害というわけではないらしい。
 野菜を洗い終えたママは鍋の前に立った。どうするのかと思って見ていれば、皮をむいたり切ったりという過程をすっ飛ばし、ママは野菜たちを丸のままで鍋へと放り込んだ。
「‥‥あの、せめてたまねぎだけでも皮を剥いた方が」
「待て。とりあえず今はいつも通りに作ってもらうのが目的だ」
「ああ、そうでしたね‥‥しかし」
「口を出したくはなるけど‥‥我慢だね」
 問題点を洗い出すために途中では口は出さないこととあらかじめ決めていたけれど、先生役は早くも横から口を挟みたい気分で一杯だった。
 その後も危うい手つきで肉をかなり大きめに切ったり、調味料と思しき白い粉を計量もしないで適当に入れたりするママの様子をはらはらしながら見守ること暫し。
「出来ました〜!」
 笑顔のママが、そう言ってスープ皿を彼らの前に置いた。丸のままのたまねぎと人参、そしてカブが皿からはみ出している様は、食欲減退に大いに効果があるだろう。
「よし、では食べてみてくれ」
「‥‥あら〜、私が食べるんですか〜?」
「自分で食べてみなければ、問題点がわからないだろう」
「あら〜。確かにそうですね〜」
 納得したママは、早速スープを一口飲んだ。そして、すぐさまくしゃりと顔を歪ませた。
「‥‥とっっっても、苦いわ〜」
「‥‥何で味付けしたんです?」
「お塩のつもりだったのだけど〜‥‥」
「確か、この辺りの‥‥これか?」
 天龍はママが使っていた白い調味料の蓋を開けて、少しだけ手のひらに乗せて舐めた。
「これは、ふくらし粉だな」
「えぇ〜?! お塩じゃなかったの〜?」
「同じ入れ物に入れておくから間違うんだよね」
 ふくらし粉の近くには、白い粉状の調味料がまったく同じ形状の入れ物に入って置かれている。目印も何もついていない上に味見で確認もしていないのだから、間違えるのも当然だ。
「とりあえず、今ので問題点は見えたよね。まずはどこから始めようか?」
「そうだな‥‥」
「やはり、調味料の区別から、‥‥でしょうか」
 スープの後味の悪さに顔を顰めたままのママを見て、先生たちは頷きあった。

●ママのお料理特訓・調味料編
「味付けは大切ですから‥‥調味料の区別から始めましょう」
「は〜い」
イシュカは台の上に白色の調味料を並べた。
「その前に‥‥文字は読めますか?」
「あら〜、ごめんなさい、読めないんです〜‥‥」
「‥‥そうですか」
 文字が読めれば入れ物に調味料の名前を書いて区別出来たのだけれど、文字の読めない人の方が多いのだから仕方がない。名前で見分けることが一番簡単な方法だが、それが出来ないならば他の方法を取ればいい。
「これらは見た目が似ていますね。同じ入れ物に入れていると、区別が出来ないでしょう?」
「はい〜」
「ですから、別の入れ物に入れるとか、模様をつけて区別出来るようにしましょう。違う入れ物に入っていれば、区別はずっと楽になります」
「あら〜、そうですね〜! どうして気付かなかったのかしら〜」
 思いつきもしなかったのか、ママはイシュカの提案に感激してさえいるようだった。
「それと、使ったら必ず同じ場所に戻す様にすれば間違えて使う事は減ると思うぞ」
「なるほど〜!」
「使う前に味見すると、もっといいと思うよ」
「味見ですね〜!」
 教えられることに逐一感激しながら、ママの調味料の勉強は進んでいった。

●ママのお料理特訓・食材編
「さて、次は食材の区別についてだ」
「はい〜」
 台の上に並べられた食材たちの中から人参を選んで、天龍はママに示した。
「この野菜の名前はわかるか?」
「‥‥カブかしら〜?」
「カブはこれだよ」
「あら〜?」
 アシュレーが正しいカブを示すと、ママは眉間に皴を寄せた。
「ずっと、この赤いのがカブだと思ってたわ〜‥‥」
 似ていなくもない、と言えなくもないだろうか。苦しいが、と思いながら天龍はたまねぎ、人参、カブなどなどを一角に集めた。
「この辺りは良く使う食材だから覚えて置いた方が良いな」
「はい〜。‥‥そう言えば、たまねぎってどこからが身なんですか〜?」
 たまねぎを持ってママは首を傾げた。
「茶色い部分が皮だな。白い部分は身だから、どこまでも剥いてしまわないようにな」
「そうだったんですか〜! 私、どこまでが身なのかわからないから、丸ごと料理してました〜!」
 野菜スープを作って見せた時に、皮を剥かずにそのまま入れたのはそういう理由だったらしい。だからと言って丸ごと入れてしまうものなのかと思いつつ、食材の名前を一つ一つ丁寧にママに教え続けた。ついでに、野菜の皮は剥くようにとも伝えた。

●ママのお料理特訓・実技編
「では、いよいよ包丁の使い方を含めた実技を始めるね」
「はい〜!」
「とりあえず、簡単な卵入り肉野菜炒めを作れるようになりましょう」
「はい〜、よろしくお願いします〜!」
 いよいよの実践に、ママは今まで以上に張り切っているようだった。ママとお揃いのふりふりエプロン姿のアシュレーは、まずは、と包丁を持って見せた。
「包丁の持ち方はこう、抑える方の手はこうだよ」
「はい〜」
 アシュレーのお手本を見よう見真似で、ママも包丁を持つ。
「基本の切り方を教えるね。例えば人参」
 皮を剥いた人参をまな板の上に置いて、半分は大きめに、半分は薄く切って分けた。
「スープとかなら大きめで、炒め物なら薄めにね」
「食材の大きさは同じくらいにする事が基本だな」
「同じくらいの大きさで、ですね〜‥‥やってみます〜」
 ぎこちない手つきで、人参を切り始める。包丁を握る方も人参を抑える方も、見ていられないくらいに危うい。
「手を切らないように気をつけてくださいね?」
「はい〜、頑張ります〜」
「あっ、危ない!」
「あらあら〜‥‥切っちゃったわ〜」
「大丈夫か?」
「ちょっとだけだから大丈夫です〜。続きを‥‥あら〜?」
「ああっ、また!!」
「‥‥包丁って、難しいですね〜」
 結局、人参を一本切るだけで大騒ぎになった。危うく指を切りそうになったり、実際に切ったりしつつ、深いものはイシュカに治してもらいながら包丁の特訓は続いた。そして炒め方、煮方、蒸し方の段階に進む頃には、ママの腕前は最初よりも確実にレベルアップしていた。

●どきどき試食タイム
 味見係のケンイチの前に、出来立ての卵入り肉野菜炒めの載った皿が置かれた。特訓の成果か、食欲減退効果のあった野菜スープとは見違える程に美味しそうな見た目に仕上がっている。
「さあ、召し上がれ〜」
「‥‥では、いただきます」
 野菜スープは苦い出来だった。あれから、果たしてどこまで腕は伸びただろうか。緊張しながらケンイチは料理を口に運んだ。彼の反応を見逃すまいと、ふりふりエプロン姿のママはじいっとケンイチを見つめている。その手は祈るように組み合わされていた。
「‥‥ど、どうですか〜?」
「‥‥‥‥」
 心配そうな顔のママの顔を見て、ケンイチはにっこりと笑みを見せた。
「美味しいですよ」
「本当ですか〜?!」
「‥‥本当ですか?!」
 ケンイチの言葉にママは喜色を、固唾を飲んで見守っていたエイミーは信じられないという表情を浮かべた。
「本当に、美味しいですよ」
「どれどれ?」
 二口目を口に運ぶと、先生役だった天龍たち三人とエイミーも料理に手を付けた。
「うん、美味しい」
「美味しいですね」
「上出来だな」
「あらあら〜! 嬉しいわ〜!」
 口々に美味しいと言われ、ママは心底嬉しそうに微笑んだ。
「これなら合格だね。うん、合格の記念に、そのエプロンはママに贈るよ」
「あら〜、いいんですか〜?」
 嬉しいとまた言って、ママはエイミーの顔を見た。
「エイミーちゃん、ママのお料理、どうかしら〜?」
 無言だったエイミーは、ママの顔を見るとにっこりと笑った。
「美味しいわ、ママ!」
「本当〜?!」
「まだまだ離れていったお客さんを取り戻せるほどじゃないけど‥‥段違いだわ! 頑張ればきっと、もっと上手になれるよ!」
 ママにそう言って、エイミーは冒険者たちを見た。
「皆さんのおかげです。あんなに酷かったのに、ここまで上手くなるなんて‥‥本当に、ありがとうございました!」
 このまま潰れていくんだ、と気落ちしていたエイミーの姿とは思えない、明るい表情がそこにはあって、自然と彼らも笑顔になった。
「何かあれば、又来ますから」
 そう微笑んで言われた言葉に「ありがとうございます」と母娘は返して、互いの顔を見て、頑張ろうねと微笑みあったのだった。