お嬢様の剣術修行

■ショートシナリオ&プロモート


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月29日〜10月04日

リプレイ公開日:2008年10月08日

●オープニング

 サラ・ドゥッティはお嬢様である。
 ふわふわと風に踊る栗色のツインテール。長い睫に縁取られた大きなブラウンの瞳が愛らしさをより際立たせる、そんな整った顔立ちの少女だ。その白く細い肢体はいかにもか弱く守りの手を必要としそうに見え、桜色の唇が笑みの形を作ればその美しさは溜め息をつかずにはいられない。白い犬と戯れるのがよく似合う、そんな絵に描いた様なお嬢様。それがサラだった。
 ‥‥ただしそれは、その容姿だけを見て彼女へあらぬ夢を馳せる者にとっては、だ。
(夢は所詮は夢なのよね‥‥)
 箒を握り締めて、ドゥッティ家のメイドであり幼少の頃からのサラのお世話係でもあるリムは、どこか遠い所を眺めながら一人ごちた。
「リム〜!! ‥‥あら? リム? リームー?!」
 リムが青春を費やしたお嬢様は、彼女が目指した淑女とはほど遠い、大きな声で騒ぎ足音を立てて歩くような、そんな娘へと成長を遂げていた。
「リームー?!! どこに行きましたの〜? あなたがいないと何も始まりませんのよー?」
 そっと伺うと、サラは大股で廊下を走っていた。栗色のツインテールはサラが動くたびに尻尾のように跳ね回る。
「リム〜? もうそろそろ出ていらっしゃ‥‥」
「‥‥ご用ですか、お嬢様」
 目の前を通り過ぎていこうとしたサラに声をかけると、サラは勢いよく振り返った。その拍子に髪が盛大に跳ねて、一瞬視界を覆った。
「あら! そんな所にいましたのね、リム!! 探しましたわ」
「ええ、聞こえておりました。‥‥それで、いかがなさいました?」
「先ずはこれをお持ちなさい!」
 「はい?」と瞬きをするリムの手を取ってサラが強引に握らせたのは、木の棒だった。形状からして、木刀以外の何ものでもない。
「持ちましたわね? さあ、それではお庭へ参りましょう!」
「え、え、え? お嬢様、私は事情が飲み込めないのですけれども‥‥」
 そのまま手を掴んでぐいぐいと引っ張って行こうとするので、リムは慌てて尋ねた。
「本日はどういった趣旨なのでしょうか?」
「まあ、リム! 木刀を持ってお庭へ行ったら、することなど一つですわ!」
 足は止めずに顔だけ振り向いたサラは、当然とばかりに言った。
「修行ですわ!!」
「‥‥はい?」
「ですから、修行ですわ、リム! ええ、修行なのですわ!!」
 それだけで十分と思ったのかサラは顔の向きを直してずかずかと進んで行く。突拍子もない発言にただただぽかんとしていたリムは、庭へ出てから漸く我に返って青ざめた。
「はい?! 修行って、まさか私とお嬢様とでですか?!!」
「あら、何を驚いていますの、リム? あなたがいないと何も始まりませんわ、とわたくし言いましたでしょう」
「いえ、確かに聞きましたが‥‥どうしてまた、急に修行などと‥‥?」
 まあ、サラに限っては突然でないことの方が少ないのだが。
「よくぞ聞いてくれましたわ、リム」
 何かする前から既に疲労を覚えつつあるリムを見て、サラは拳を握り締めると瞳を閉じた。
「先だってのゴブリン退治、わたくしさっぱり戦力になれませんでしたわね」
「はぁ」
「盗賊団を退治したのは、冒険者の皆さまでしたわ。志はあれど、わたくしには力がなかったのです‥‥そう、口だけの正義では何も守れない。正義を口にするに十分な力を得なければ、困っている人を助けることなど夢でしかないと!! わたくし、気付かされたのです!!」
「は、はぁ」
「ですから修行なのですわ! 困っている人を助けてあげられるくらい、わたくしは強くならなければならないのです!!」
「は、はぁ‥‥」
「‥‥と、わかったところでさあ! 修行ですわ、リム!!」
「私ですか?!!」
 くわっと瞳を開けて、サラは愛用の自分用木刀を取り出して構えた。長い演説の内容は理解したけれど、そんな、修行の相手なんてリムには荷が重すぎる。
「お嬢様、私では修行のお相手は無理です!」
「‥‥何故ですの?」
「私には格闘の心得がありません。お相手をすることも、お教えすることも私には出来ないのです」
 当然のことを説明すると、サラは「あら」と呟いて眉間に皴を寄せた。
「そう言えばそうですわね。困りましたわ‥‥どうしましょう」
「‥‥私としては、お嬢様には二度と危険な真似はしていただきたくないのですが」
 ゴブリン盗賊団と対峙した時のことを思い返して、リムはぶるりと震えた。
「冒険者の皆様がいらしたから無事でしたけれど、もう止めましょう。まだお嫁入りの前なのですから花嫁修業の一つでもした方が‥‥」
「それですわ!!」
 いいのでは、と続けようとしたリムの言葉を遮ってサラが叫んだ。
「え? 花嫁修業をしてくださるのですか?」
「何を言ってますの、リム。違いますわ、修行ですわ。名案を思いつきましてよ」
 ふふふ、と笑みを浮かべると、サラはリムの手から木刀を奪った。そして、手を引いて歩き出す‥‥門の方へと。
「お、お嬢様? どちらへ?」
 嫌な予感を覚えつつ尋ねると、サラは満面の笑顔で答えた。
「冒険者ギルドですわ! そう、冒険者に教師を依頼すればよろしいのよ。どうして直ぐに思いつかなかったのかしら? 彼らに教わるのが一番実践的ですわ!!」
 ウキウキとステップを踏むような軽い足取りで先へ進むサラの後頭部を見て、リムはうっかり「冒険者」などと口走ってしまったことを深く深く後悔した。

●今回の参加者

 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

「お待ちしておりましたわ、皆様!」
 待ちかねていたサラが、元気に訪れた彼等を出迎えた。後ろのリムも頭を下げる。よろしくと挨拶するリール・アルシャス(eb4402)に続くようにして一人一人と挨拶を交わしていたサラとリムは、見覚えのある顔を見かけて「あら」とこぼした。
「…また会ったか」
 フッ、と笑いそう言ったのはオルステッド・ブライオン(ea2449)。
「まあ‥‥お久し振りですわね!」
「また、お請けくださったんですね」
「前回、偉そうな事を言った手前、私も出来るだけの事をしましょう」
 もう一人、アトス・ラフェール(ea2179)もサラたちとは面識がある。前回‥‥サラが力が必要だと痛感するに至った件で世話になった冒険者たちの内の二人だ。
「その節はお世話になりましたわ。また、よろしくご教授くださいませね」
 「皆様も」と六人を順に見るサラは、誰が見ても明らかなほどにこれから始まる修行に胸を躍らせていた。

●修行開始
「サラ殿は、やはり剣がお好みなのだろうか?」
「そうですわね‥‥剣は好きですわ。ただ、重いものは持てませんけれども」
「威力重視ならば通常の剣、動きに重点を置くならばショートを薦めるが‥‥今は、軽めのショートかな?」
 個人的には切れ味のいいものが好ましい、というリールの話をふむふむと聞いていると、「だが」とオルステッドが口を開いた。
「‥‥理想も大事だが、人にはすべからく己の天分というものがある。天分が無ければ理想があっても伸ばしていくことができん」
「まずは、適性を見ようか」
 そう言ったのはキース・ファラン(eb4324)だ。
「お嬢様の性格からすると格闘武器での戦いが向いているようだけど、才能によっては別の道もある」
「そうですね。適性によりますが、色々な戦い方があるというのを知って考えて貰うのは悪い事ではないと、私も思います」
 シルバー・ストーム(ea3651)が同意を示して、「例えば」と続けた。
「私の場合は軽めの接近戦は回避を念頭に置きつつ、投げる事も出来るダガー等で手数を多くして捌き切れずに当たれば良いというかんじですが、接近戦を意識させておいて防御し辛い投擲をする為の布石の意味合いが強いですね‥‥まあ、回避も射撃もと全てを伸ばしていくのは中々難しいことですがね」
「なるほど‥‥そういう戦い方もありますのね」
 一通り話を聞いてから、とりあえず石を投げてみたり、木刀を振ったりして見せてくれということになってサラは言われた通りにしてみせた。結果、本人の希望と合わせて得物は剣で、ということで落ち着いた。


 基本はやはり体力づくりだということで、邸の広い庭を使って走った。
「これは、全ての基本となることです」
「わかりましたわ!」
 これぞ修行、というメニューに始めは元気に走っていたサラだったが、そこはまだ体力が未熟。一緒に走る彼らに必死について行くのにも精一杯で、息が切れる。なかなかきついメニューだった。
「ただ走るだけでは駄目ですよ。呼吸が乱れたら直ぐに整える! 常に動ける状態を保つのです」
「はい!」
「瞬間的な動きは瞬時に負荷がかかります。その時の為にダッシュ!」
「はいっ!」
「次はゆっくり走って下さい。私が合図したら左右にステップしながら素早く動くのですよ」
「はいっ!!」
 指示に従って走りこみのメニューはどんどん消化されていく。根性はあるほうだと自負するサラだったが、流石に段々きつくなってきた。だが、途中で音を上げるわけには行かない。
「俺たちも一緒にやるから、がんばろう」
 同じメニューをこなしてくれるキースにそう言われては、がんばらなくてはと思う。何より、走り続ける間に芽生えた「負けてはいられない」という気持ちが、サラにギブアップという選択肢を許さなかった。


「現状のままで何か身につけたいのであれば、護身術の段階から始めた方がよろしい気がするが如何かね? ‥‥無手、即ち武器を持たない状態でも身を守ったり相手を無力化することは可能でね」
 街で暴漢に襲われたとしても上手くすれば返り討ち、怪我無く逃げられれば上出来だ、と長渡泰斗(ea1984)が言う。向かい合って立つ泰斗に、サラはつい疑わしげな視線を向けた。
「そうなんですの?」
「嘘だと思うなら、打ちかかって来るといい」
「‥‥よろしいの?」
 木刀を構えたサラは遠慮がちに確認したが、泰斗はかかってこいと挑発する。では、と遠慮なく打って出たサラの木刀はしかしあっさりと泰斗に避けられて、更にはその勢いを利用して投げられた。
「わかったか?」
「‥‥身に染みましたわ」
 自分の身に起こったことを理解するのに少々の時間を要したサラは、転がったままでそう返した。モンスターはともかく、悪漢はこれで撃退できるかもしれない。基本の範囲で、サラは熱心に泰斗から護身術を学んだ。


「どうだろう。リム殿も少しだけでもやってみないか?」
 張り切って走り込みをしているサラを見守っていたリムは、リールに声を掛けられて驚いて目を瞬かせた。
「えっ? 私ですか?」
「俺も賛成だ。今後のことを考えると、回避主体の最低限の護身術でも身につけていたほうがいいと思う」
「いえ、でも‥‥今回は、お嬢様の修行ですし」
 キースにも言われて、しかしリムは困って眉尻を下げた。そもそも運動に自信がないということもあって、出来ればこのまま見守っていたいのが本音だ。
「…私としては、サラお嬢様以上に、リムさんのほうも気になる、な…」
「えぇ‥‥っ」
 オルステッドも加わって、三人に修行へ誘われてリムはいよいよ困った。
「これからもお嬢様に付き従うわけだろう? リムさんも何か身に着けてサラお嬢様のバックアップをするのは戦術上も非常に有効だ‥‥連携できるスキルを身につけられれば尚いい」
「いえ、ですけれども‥‥」
「剣を持つのは無理かもしれないが、‥‥例えばシルバーさんの様にダガーと投擲とかはどうだ?」
 名前をあげられたシルバーを見れば、彼も賛成らしく頷いた。
「う〜ん‥‥」
「それに、サラ殿と行動を共にするのであれば、自分の身はある程度守れた方が、日常生活にも役に立つだろう。どうだ? リム殿」
 確かに、サラがリムを置いて一人で行動することは考えられないし、恐ろしくてそんなことはさせられない。しかし、付いて行ってもサラの足を引っ張るのではかえって二人とも危険だ。
「サラさんの為にがんばってくれないか?」
 護身術は、身につけて損にはきっとならないだろう。それに、大事な大事なサラの為と言われてしまっては―
「‥‥わかりました。では、あの‥‥お手柔らかに、お願いします」
「まあ! リムも参加しますの?」
 やり取りに気付いたサラが嬉しそうな笑顔を見せた。
「では、共に己を磨きましょう、リム! 切磋琢磨ですわ!」
「は、はい‥‥」
 サラの勢いに押されながら、リムは複雑な表情で「がんばります」と何とか口にした。
「何だか、友の姿を思い出してしまうな」
 そんなサラとリムのやり取りを見、リールはそう呟いて苦笑した。その横で、キースがサラに言った。
「がんばるのはいいことだけど、お嬢様」
「はい?」
「いつでも、何でも、リムさんを巻き込むことが正しいことかどうか‥‥これは、一度考えたらどうだろう」
 キースの言葉に、サラは首を傾げた。
「主従でも、やっていいことと悪いことがあるんじゃないかな? そういうことさ」
「‥‥」
 サラはちらりとリムを見た。そして眉間に皴を寄せたサラは短く一言、
「‥‥考えたこともありませんでしたわ」
 と、いかにもお嬢様な返事を返すと、黙って走り込みを再開した。


 リムも途中から参加して、修行は続いた。体力作りの走り込みは一緒に、その後はサラは敏捷性を生かす形での術を、リムは短刀の扱いや投擲を、それぞれを得意とする者から徹底的に教わった。
 戦闘に対するものの考え方も教わった。
 日々の一人で行う修行用にと、リールから木の枝を利用した修行法も教わった。

 様々なことを教わりながら、厳しくも充実した修行の日々はあっという間に最終日を迎えた―


●修行の日々は終わらない
 彼らに協力してもらっての修行もいよいよ終了。きつい修行の日々だったことを物語るかのように、リムは若干疲れた表情を浮かべていた。その前に立つサラはと言えば、打って変わって清々しい笑みだ。
「充実した日々でしたわ! ねえ、リム!」
「‥‥私には‥‥苦しい日々でしたが‥‥」
「皆様、本当にお世話になりましたわ! ありがとうございました!」
 疲労感がにじみ出るリムの言葉に首を傾げ、サラは彼女の前に立つ冒険者たちに向き直って礼を言った。
「皆様に教えていただいたことを胸に、日々努力を積み重ねていくことをここに誓いましてよ!」
 指先を空に突き上げて、サラはそう宣言した。
「リムも、共にがんばりましょう! 全ては、困っている人を助けるために!」
「‥‥ええ、はい‥‥」
 疲れきっていたリムはそんな言葉を返すのでやっとだった。だから、「そういうわけですから」とサラがリムの腕をがしっと掴んだ時には反応が一歩遅れた。修行終了の安堵に浸っていたリムが嫌な予感を覚えて視線を向けると、主のその目はきらきらと輝いていた。
「継続は力なり、ですわよリム! さあ、いざ修行の続きですわ!!」
「えっ? い、今からですか?! 今日はもう無理」
「皆様、心から感謝いたしますわ! それでは、わたくしたちは修行の続きをしに行きますのでこれで」
「‥‥ちょっ‥‥お嬢様あ?!!」
 リムを引き摺るようにしながら颯爽とどこかへと走って行くサラの背を見送るしかなかった彼らは、忙しない主に従うしかないリムの姿を見送って苦笑を浮かべたのだった。