アネモネはただあなたを待つ

■ショートシナリオ&プロモート


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月04日〜10月07日

リプレイ公開日:2008年10月13日

●オープニング

「レンはね、別にお兄ちゃんに迷惑をかけたいなんて思ってないのよ」
 薄暗い場所に重ねられた樽の上にちょこんと座って、レンはそう言って肩を竦めた。腰まである長い黒髪に真っ赤なカチューシャが映える、少し生意気そうな顔立ちの幼い女の子だ。
「そう、迷惑をかけたいわけじゃないの。ただ、最近ちょっぴり寂しいなって思ってるだけなのよ」
 レンの家は、10歳離れた兄とレンとの二人暮らしだ。レンの面倒を見るために、兄は毎日毎日仕事に精を出している。お蔭で朝夕の食事時しか時間を共有することが出来なくて、レンはちょっと不満があった。
「わかってるのよ? お兄ちゃんは、レンのために働いてるの。だから、ワガママなんて言っちゃ駄目なのよ。ただでさえ疲れてるんだもの、レンはいい子でいなくっちゃ」
 レンはかなりのお兄ちゃんっこである。それは、でも仕方がないことなのだ。生まれて直ぐに両親と死別したレンにとって、兄は唯一無二の人なのだ。
「でもね、でもね? ‥‥年に一度や二度くらいは、いい子のレンもやってられない日があるのよ」
 ふっくりとした頬を膨らませて、レンは顔を顰めた。
「もう一度言うけど、レンはお兄ちゃんに迷惑をかけたいわけじゃないのよ? 本当よ? ‥‥ただ、ちょっぴり寂しいから、構って欲しいだけなの。それだけよ。‥‥本当よ?」
 言い訳のような言葉を繰り返して、レンは首を傾げて抱えていたものを持ち上げた。
「‥‥聞いてるの? シラタマ」
「‥‥にゃぁ」
 レンの胡乱な視線を受けて、ぽっちゃり気味の愛猫シラタマは迷惑そうな顔で欠伸をした。


 同日、夕刻。仕事を終えて妹が待つはずの家に向かっていた彼は、道端ですれ違った妹の友達から衝撃的な言葉を聞かされた。
「‥‥家出?」
 唖然として呟いた彼に、妹の友人である少女はこくりと頷いた。
「レンが? 家出するって言ったの?」
「うん、そーだよ。レンちゃんは、家出するんだって」
 側頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受け、彼は猛ダッシュで家へと急いだ。ただいまと声をかけて乱暴に開けた玄関の向こうではいつもの出迎えがなく、しんと静まり返って誰もいない。
「‥‥レ‥‥レン‥‥?!」
 狭い家の中をくまなく探したが、愛する妹の姿もぽっちゃり系愛猫シラタマの姿も見えない。暫し呆然とした後、彼は慌てて家を出た。
 自慢ではないが、兄妹仲はかなり良好だ。それなのに、家出。
(レン‥‥お兄ちゃん、なんかしたか?)
 何かお気に召さないことでもしただろうか、と朝家を出るまでの日々を振り返ってみたが、彼には妹の家出の動機が全く見えてこなかった。とにかく街中をしらみつぶしに探すかと思った彼は、ばったりと馴染みの娘に出くわして足を止めた。
「ああ! アニー!!」
「あら、あんた丁度いい所に‥‥って、どうしたの?」
 天界人のクレリックが建てた教会とかいう、実情はほぼ孤児院になっている所で孤児の面倒を見ている娘アニーは、汗だくの彼を見て怪訝そうにした。
「いい所に‥‥レン、見なかった?!」
「レンちゃん? 昼間見たわよ」
「その時、何かこう‥‥様子が変だったとか、そういうことはなかった?!」
「変っていうか、あんたに伝言みたいなの頼まれたのよ。それを伝えようとあんたの家に」
「どんな?!!」
 アニーの言葉を皆まで聞かず、彼は勢い込んで彼女に詰め寄った。アニーは眉を寄せつつ、頬に手を当てて答えた。
「えっと、そう、確か‥‥『アネモネの前で待つわ』って」
「‥‥アネモネ?」
「そう。アネモネ」
 アネモネは妹の好きな花だった。特に紫のアネモネを好み、そう言えば家の近くの花壇にはアネモネを植えていたような気もしたが‥‥
「今は時期じゃないだろ?」
「そうなのよね。でも、レンちゃんはお兄ちゃんならわかるはず、って」
「アネモネ‥‥? って言われても、あと思いつくのは子守唄くらいだよ」
 レンが寝る前にせがむ子守唄。亡き母自作のその歌の名もアネモネである。しかし、その場合『アネモネの前』とはどこを示すのかがわからない。
「お兄ちゃんってば、わからないの?」
「‥‥頭を使うことは苦手なんだよ‥‥くそっ、こうなったら最終手段だ!」
 からかう調子のアニーに背を向けて、彼は拳を握り締めた。
「困った時は冒険者ギルドに頼む!!」
「えっ」
 金はかかるが、それは頑張って稼げばいい。それよりも、何よりも、妹の無事が彼にとっては最優先だ。
 思い立つと、彼はぽかんとしているアニーを残し、そのまま猛然とその場から走り去った。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ec5471 コウガ・ムラサメ(26歳・♂・ウィザード・人間・アトランティス)
 ec5590 レイ・ファンダリア(35歳・♂・ファイター・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●捜索開始
 今か今かと依頼を受け付けてくれた冒険者が訪れるのを待っていたレンの兄は、やって来た二人の冒険者の姿を見るやすぐさま縋りついた。
「待ってたよ! ・・・・もう、さっぱりわからなくて途方に暮れていたんだ」
「探し物ならお任せなのじゃ!」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の言葉に、彼は「頼もしいなあ」と返した。流石冒険者だ、と感心している彼に、
「早速ですが、まずは状況を確認しましょう」
 ともう一人の冒険者、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が声をかけた。
「妹さんは、自主的に家出をされたんですよね?」
「ああ、そうだよ・・・・レン・・・・」
 一体何が気に入らなくて・・・・と彼は何度と無く繰り返した自問を胸中で繰り返した。そんな彼の様子を見て、「ふむ」とユラヴィカは腕を組んだ。
「そう言えば、妹御は確かヒントのようなものを残しておったのう」
「アネモネの前で待つ、でしたか・・・・どうですか? 思い当たるものはありませんか」
「考えてはいるんだけどね・・・・」
 ストレートに花を指してのものなのか、それとも何かの隠語なのか。二人の視線を受けても、彼は頭を抱えるだけだった。
「花ではないと思うんだよ、多分。時期外れだからね・・・・どこにも咲いていない」
「花の前で待て、と言われても場所が特定出来ないわけですね」
「そう。そうなると、子守唄の方かな・・・・」
「確か、お母さんの自作でしたか」
「・・・・でも、子守唄の前ってどういう意味なんだろう?」
 眉間に皴を寄せて悩み始めた彼に、「そういう意味ではなく」とディアッカが言った。
「特定の場所や出来事を示すものが、メロディーや歌詞に隠されているのかもしれませんよ」
「あ、なるほど・・・・」
 納得しかけて、いや、と彼はディアッカを見た。
「いや、でも、歌を作ったのは母さんだよ? レンが作ったわけじゃないのに、自分の居場所を隠せるかな?」
「ヒントとして妹さんが残したのですから、何かあると思っていいのではないでしょうか」
「う〜ん・・・・確かに」
「試しに、その子守唄を歌って見せてくれんかのう?」
 そうすれば、何かわかるかもしれない。ユラヴィカがそう言って、ディアッカも同意を示すように頷いた。一理あるかと思い、彼は妹に歌ってやる子守唄を口にした。


今日が終わっても
夜が明けても
浮かぶ姿は
変わりはしないの
いつまでもいつまでも
出会った日のまま
まるで変わらない
続いていくの
私たち永久に


「・・・・子守唄というか・・・・」
「ラブソングのようじゃのう」
 歌とメロディーを聴き終わった二人の感想に、彼は苦笑を浮かべた。
「それは僕もそう思う。・・・・もしかしたら、本当にラブソングだったのかもしれないなあ」
「・・・・どういうことでしょうか?」
「いや、この歌は両親が結婚する前から歌っていたものらしいから。もしかしたらお互いに向けた歌だったのかな、ってね・・・・と言っても、前半部分の歌詞は違うけど」
 そこは好きに変えていいと言われて、だからいつもそこの歌詞は異なった。今歌って聞かせたのは、レンが作った歌詞だ。どこかで恋人同士の愛の囁きでも聞いて、真似てみたのだろうと彼は思っていた。
「お互いに・・・・そうですね、そんな歌詞ですね」
「愛を伝える歌というわけじゃな」
「そうそう、愛を・・・・」
 二人にそう説明して、「ん? 」と何か引っ掛かりを覚えた。
「・・・・あれ、何か・・・・それ以外にも何かあったような・・・・?」
 何だっけ、と首を傾げる彼に二人の視線が集まった。
「やはり、歌詞に何か秘められておるのじゃろうか?」
「・・・・ああ、何だっけ・・・・歌詞は歌詞なんだ。何だっけなあ・・・・」
 母さんが言ってたような気がするなあ」
「思い出してください。関係があるかもしれません」
「確か、場所・・・・そうだ、場所が入ってるんだ」
「場所?」
「デートの待ち合わせの場所が隠されてるんだ。二人だけの秘密の暗号よ、って・・・・それが、どこにあるんだっけ?」
「がんばって思い出すのじゃ!」
「きっと、妹さんはそこにいますよ」
「う〜ん・・・・」
 二人から応援を受けて、彼は子守唄を母親から教わった時の記憶を探る。うんうんと唸りながらとうとう頭を抱えて蹲った彼が何か思い出してくれることを祈りつつ、ユラヴィカたちは気付かれない程度にそっと彼から距離を取った。


 不審に思われない程度に離れると、ユラヴィカは金貨を取り出した。サンワードを唱えると、金の淡い光が彼の体を包む。金貨を通じて、依頼書に書かれていたレンの特徴を太陽に告げる。日陰にいるようなことがなければ、これで位置がわかる筈だがさて、どうだろうか―。
「・・・・教会だそうじゃ」
 レンの兄には聞こえないように、ユラヴィカがディアッカにだけ聞こえるように呟いた。
「妹さんの場所ですか?」
 ユラヴィカは頷いて、サンワードの魔法で使用していた金貨をしまった。
「猫も一緒に教会におるそうじゃ」
「場所が特定できましたが・・・・」
「魔法で見つけられるのは、妹御の望むものではないじゃろう」
 レンは、兄に子守唄のメッセージを解いて欲しいのだろうから、謎が解けていないうちから答えを彼に与えるのはレンの意に反する。教会に繋がるヒントを与えるくらいで、答えは自力で辿り着かなければ意味がない。
「ああ・・・・ここまで出てるんだけどなあ」
 髪をかき回す彼を見て、どうヒントを与えたものだろうかと考える。
「妹さんの伝言は、『アネモネの前で待つ』・・・・子守唄の名前はアネモネでしたね」
「アネモネと子守唄を入れ替えてみたらどうじゃ? そうすると・・・・『子守唄の前で待つわ』?」
 何のことだかわからない文になってしまい、二人は顔を顰めた。
「子守唄の前・・・・?」
 だが、彼はそこで不意に顔を上げた。
「前・・・・そうだ!!」
 大きな声で立ち上がって、勢いよく二人を振り向いた。
「それだよ! それだ、思い出した!! ありがとう、お二人とも!」
「・・・・もしや、解けたのか?」
「ああ! 前・・・・歌詞の頭文字を取って繋げて読むんだ。『今日が終わっても』なら『き』っていう風にね」
「それで、場所はどこですか?」
 もしも間違っていたら正してやらなければならない。そう思いながら待つ二人に、彼ははっきりと答えを叫んだ。
「教会だ!!」

●発見
 教会を訪れた彼等を出迎えたのはアニーだった。驚いてか瞬きをして三人を見つめるアニーに歩み寄って、彼は口を開いた。
「アニー! レン・・・・いるんだろ?」
「レンちゃん? ・・・・さあ・・・・どうだったかしら」
 アニーはとぼけているのか視線を逸らした。ディアッカは連れていたリキの背中をぽんと叩いた。リキはディアッカの合図を受けてアニーの横をすり抜けると、奥へと駆けて行った。程なくして、リキの吠える声と猫の悲鳴のような鳴き声、そして女の子の声が聞こえてきてアニーは溜め息をついた。
「見つかっちゃったわね」
「アニーの所にいたなんて・・・・何で教えてくれなかったんだ?」
 恨みがましい視線に、アニーは「だって」と肩を竦めた。
「レンちゃんが黙ってて、って言ったんだもの・・・・ねえ、怒らないであげてね」
「うん?」
「寂しかっただけなのよ。あんた、仕事ばっかりで遊んであげなかったんでしょ?」
 アニーに言われて、彼ははっとした。そう言えば、最近はずっと仕事続きで遊んであげる暇がなかった。
「お兄ちゃん、遅かったわね」
 申し訳なさを感じている所へ、リキとまん丸な体型のシラタマを連れたレンが奥から出てきた。その元気そうな姿にほっとしつつ、彼はレンの方へ歩み寄った。
「レン・・・・寂しかったのか」
 屈んで目線を同じくした彼の顔を見て、レンはちょこんと小首を傾げた。
「レンはお兄ちゃんに迷惑かけたくないのよ。本当よ?・・・・でも、ちょっとだけ・・・・ちょっとだけ、寂しかったの。だって、お兄ちゃん仕事ばっかりなんだもの。レンといるよりも、仕事してる方が長いんだもの」
 ぷうっと頬を膨らませたレンの頭を撫でて、彼は「ごめん」と言った。
「子守唄、直ぐにはわからなかったのね? 解き方を教えてくれたのはお兄ちゃんなのに」
「うっ・・・・ごめんって」
 苦笑いして思い出すのは母の残した子守唄。


きょうがおわっても
よるがあけても
うかぶすがたは
かわりはしないの
いつまでもいつまでも
であったひのまま
まるでかわらない
つづいていくの
わたしたちとわに


 子守唄。その歌詞の頭文字を取って繋げると・・・・『教会で待つ』。
 待ち合わせ場所に合わせて冒頭の句を変えて、毎回毎回出だしの違う歌を歌っては二人だけの秘密に酔う。若い恋人達がラブソングに隠した、それは二人にしかわからないデートの約束。二人にしかわからない暗号。
 両親の恋物語の中のその一説が、レンは気に入っていたのだろう。だから、それを真似てみた。両親の恋物語を話して聞かせたのは自分だ。だから直ぐに気付いてくれなかったことにレンは怒るし、兄は兄で申し訳なさで一杯だった。
「・・・・まあ、いいわ。ちゃんと見つけてくれたから、かくれんぼはおしまいね」
 楽しかったわ。そう言ってレンは笑った。寂しい思いをさせてしまったことと、時間がかかってしまったことを申し訳なく感じつつ、彼はレンを抱き上げた。
「でも、次はもっと早く見つけてね?」
 いたずらっぽくそう言って笑ったレンに「わかりました」と返した兄妹の姿を見て、見上げていたシラタマがやれやれだとでも言いたげに「にゃあ」と鳴いた。