弟くん、危機一髪?

■ショートシナリオ&プロモート


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月28日〜11月03日

リプレイ公開日:2008年11月05日

●オープニング

●姉弟コンビの冒険者
「そぉーれっ!」
 元気な掛け声と共にジャイアントラットがメイスで殴り飛ばされた。モンスターを倒して満足そうに笑むのは蜂蜜色の髪に愛嬌のある顔立ちの娘。
「ちょろい、ちょろいっ!」
「・・・・調子乗ってんなよ、馬鹿」
 メイスを振り回す少女へとしかめっ面で声をかけるのは、同じく蜂蜜色で短髪の青年。似た顔立ちの二人は姉と弟という関係であり、冒険者としてコンビを組む相方でもある。
「こ〜ら、マノン! お姉ちゃんに対して馬鹿とは何ごと?」
「お前はしゃぎすぎなんだよ。姉なら落ち着き持てよ」
「お・姉・ちゃん! でしょ!!」
「・・・・はあ・・・・」
 鼻先に指を突きつけて「めっ」という姉の幼い顔立ちを見て、弟は心底面倒くさそうに溜め息をついた。
「わかったから、はしゃいでないでモンスター探してくれ。日が暮れちまう」
「お姉ちゃんお願いします、って言って?」
「・・・・頼むから早くしてくれ、姉貴」
「ぶー・・・・」
 つまらなそうに唇を尖らせる姉だが、弟の冷たい視線を受けて渋々とバイブレーションセンサーを唱えた。
 笑顔がデフォルト、ウィザードの姉・カリン。しかめっ面のレンジャー、弟・マノン。
 二人は今、とある依頼を受けてこの場所にいた。


 ここはウィル王都より一日ほど歩いた先にある町の、そこから更に半日くらい行った場所にある天然の洞窟である。一年を通して涼しいこの洞窟は、町からの近さも手伝って食料の保存庫として利用されており、収穫を終えたこの時期は来る冬に備えた食料がたっぷりと置いてある。保存庫として利用するようになってからつけたらしい鍵つきの扉を開けた先は広い空間になっていて、そこから伸びる五本の通路の突き当たりは改造され部屋のようになっている。その部屋の入り口にも鍵がついていて、中に食料がたんまりとあるという造りだ。
 その町から冒険者ギルドへと一つの依頼がきた。依頼人は町長で、曰く、その保存庫にジャイアントラットの群れが住み着いてしまい食料を食い荒らされているとのこと。住民の安全のためにも食料のためにも、これを殲滅して欲しいというのが依頼の内容だ。それを見て、ジャイアントラットくらいなら、と軽い気持ちで引き受けたのがこの二人だった。
 依頼内容が殲滅ということで、二人は左から順番に通路を隈なく捜索して見つけたものから退治していた。視認できるものがいなくなると、隠れているものがいないかどうかをカリンが魔法で確認する。いないとなれば次の通路へ、という風にして現在掃討作業は三本目の通路まで進んでいた。まったくもって順調に進んでいたのだ・・・・その時が訪れるまでは。


●ある種の悲劇は一方にのみ起こる
「トロルが出たって? 五体?」
「そうなのー! 大変だよ〜っ!!」
 場所は変わって王都ウィル。冒険者ギルドに、蜂蜜色の髪のウィザード・カリンの姿があった。
「ジャイアントラットの殲滅じゃなかったっけ?」
 顔馴染みの受付係は、切羽詰った様子のカリンの話を聞いて眉を寄せた。
「ジャイアントラットもいたんだけど、トロルが出て来たんだよ、急に!!」
「腹を空かせてるところで食物庫を見つけた、ってところかな・・・・大変だ」
 何せ町までの距離が近い。放っておいてトロルが町へ侵入したら大惨事だ。想像して顔を顰めた受付に、カリンは身振りも大きく言った。
「一応、一応ね! 入り口はストーンで封鎖してきたの」
「ああ、そうなのか? カリンにしては機転が利いたじゃないか!」
「・・・・ひどい・・・・」
 普段はどこか抜けていてフォロー役が必須のカリンにしては上出来だと褒めたつもりだったが、カリンは不服そうに唇を尖らせた。
「封鎖したなら町の心配は要らないけど・・・・食料保存庫なんだよな。そうすると、永遠に封鎖しとくわけにもいかないし、人を募って退治しないと」
 早速依頼書を作るべく羊皮紙を取り出した受付に、カリンが短く「あ〜」と呻いた。ん、と彼女を見れば、指を組んであからさまにもじもじしている。
「・・・・どうした? まだ何かあるのか?」
「あう〜・・・・あのぅ、何て言うか・・・・ま、マノンがね・・・・?」
「マノン? ・・・・あれ? そういや、マノンどうした?」
 フォロー役である弟の姿がそう言えば、ない。今更気付いてどうしたのかと尋ねると、カリンはしばらく「う〜」とか「あ〜」とか唸った末に実に言いにくそうに口を開いた。
「何かね、閉じ込めちゃったの」
「・・・・・・・・え?」
「わたしも慌ててたから・・・・マノンが出てくる前に入り口、封鎖しちゃった」
 「てへ」と何故か照れたように笑ったカリンをまじまじと見つめた受付は、たっぷりの間を置いた後に悲鳴交じりの怒声を上げた。


 その頃、件の洞窟では。
「あの馬鹿・・・・覚えてろよ・・・・!!!」
 取り残された弟が石化した扉を前にそう呟いていたが、その声は悲しいかな、誰の耳にも届かなかった。

●今回の参加者

 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea9142 マリー・ミション(22歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●封印解除
 保存庫として利用されているという洞窟に到着すると、カリンは自分がストーンをかけて石化させた扉の前に立って彼らを振り返った。
「はい、到着〜! この中にトロルがいるよ」
「・・・・弟君、大丈夫だといいけど」
 入り口を眺めながら加藤瑠璃(eb4288)は呟いた。既に結構な日数が経過しているが、果たして無事でいるかどうか。カリンは瑠璃の言葉に「あぅ」と短く呻いた。
「言いたいことは山ほどありますが・・・・まずは扉ですね」
 白銀麗(ea8147)は冷汗を流すカリンをちらっと見て、一歩前へ進み出た。
「そうそう・・・・トロルについては道中お話しましたが、皆さん大丈夫ですね?」
「火傷以外は再生するのよね? ええ、大丈夫よ」
 マリー・ミション(ea9142)が頷き、
「そう聞いたので私は参加した」
 サイクザエラ・マイ(ec4873)は不遜に答えた。トロルについてはここに来るまでに銀麗と、それからアトス・ラフェール(ea2179)から聞かされている。それに対しての作戦も立てたので万全だ。
「まずはマノン君を見つけたいところだけど‥‥」
「今頃どうしているかしら」
「トロルに捕まっていなければいいですね」
「‥‥あうぅ‥‥」
 扉の前で、カリンはどんどん小さくなった。まあ、彼女へのお説教は後に回して、だ。
「皆さん、準備はいいですか? よければ、封印を解除しますよ」
 バックパックを下ろして戦闘体勢になった彼らが、問いかける銀麗に対して一度頷いた。
「では・・・・ニュートラルマジック!」
 見守る一同の前で、扉の石化は解除された。


●VSトロル5連戦
 入ってすぐの広い空間で、青銅色のいびつな肌をした巨人が座っていた。その手には、奥から頂戴したらしい食料がある。どうやら食事中だったようで、突然現れた人間達に驚いていた。
「ホーリーフィールド」
 トロルが動き出す前に、と銀麗が結界を張った。これで、暫くは安心して魔法が使える。
「先制攻撃ね」
 オーラエリベイションとオーラマックスで攻撃の準備は万端の瑠璃が言い、剣を構えた。
「相手は五体いますからね。一体ずつ、確実に倒していきましょう」
 呼びかけながら、アトスも剣を構える。戦闘開始だ。
「コアギュレイト!」
「グゥ・・・・?」
 マリーの体が淡い光に包まれると、棍棒を振り上げようとしていたトロルの動きが止まった。
「効いたわ!」
「一気に行くわよ!」
 トロルに向かう瑠璃が、まずは一閃。切裂いた箇所はすぐさま再生しようと蠢く。コアギュレイトで、再生能力までは止められないらしい。
「オーラマックスをかけた今なら・・・・回復を追いつかせない!」
「畳み掛けますよ!」
 接近戦向きの二人で、交互にその巨体の腹部や胸部を切り、再生しようとする所から更に切る。呼吸を整えるために一旦離れると、すかさずサイクザエラがトロルの傷口を焼いた。コアギュレイトとサイクザエラの火。これでトロルは更に倒しやすくなる。
「これで・・・・っ!」
 ざくっ、と首に突き立てた。そのまま切裂くと、漸く再生が止まった。絶命したトロルは重い音を立てて背中から倒れていった。
「ふう‥‥」
 久し振りの戦闘で、いい緊張感に包まれているのを感じる。お蔭で、実は大事なことを一つ、彼はここに至るまですっかり忘れていたのだが――戦闘が終了する時まで、それを思い出すことはなかった。


「左から二つ目だ! 二体いる」
 インフラビジョンでマノンとトロルを探していたサイクザエラが、トロルを見つけて仲間達に告げた。ファイヤーボムでの攻撃を提案した彼だったが、話し合いの結果場所が場所だけにそれは控えた方がいいという結論に至っている。過去に覚えがあったのだろう、納得した彼は、魔法での捜索と援護に回っている。
 各々構えると同時に、示した通路から巨体が二つ姿を見せる。倒された同胞の姿を見て、トロルたちは怒りの形相を見せた。
「ウオオオッ!!」
 吠えて、一体が向かってくる。そこへ、マリーはホーリーを放つ。あくまでも牽制用、怯ませる効果は出たが、与えた傷はあっという間に回復してしまった。その間にもう一体はアトスがコアギュレイトで拘束に成功している。再生する相手を一度に複数相手にするのは利口ではない。動きの止まった一体へと、集中攻撃が向かう。もう一体を動きを拘束する為、マリーはそちらへ向けてコアギュレイトを放った。コアギュレイトによる拘束が作戦の根幹の一つである以上は、マリーの役割はひじょうに大きく、やりがいのあるものだ。だが、ホーリーとコアギュレイトのフル稼働は予想以上に激しく魔力を消費している。
「でも・・・・私の力が続く限り、動きを止めて見せるわ!」
 ソルフの実を取り出して、マリーは自らに言い聞かせるように呟いた。


「ホーリーフィールド」
 失った魔力をソルフの実で回復させると、銀麗は持続時間が切れた結界を張りなおした。マリーと同じく、ディストロイとホーリーフィールドで援護を続けていた彼女も激しく魔力を消費していた。
「ホーリー!」
「ええいっ!!」
 マリーがホーリーで体勢を崩したトロルに、瑠璃が連続して三度切りつけた。切られた箇所を再生する前に焼かれて、トロルは思うように受けた傷を回復出来ない。胸から腹へと切られた瀕死のトロルが倒れて、これで倒したのは四匹目。残る一体を探して視線を巡らせ、それがカリンの背後に回っているのを見て、銀麗ははっとして声を上げた。
「カリンさん!」
 声で気付いて、振り返ったカリンが目を見開いた。不運にも、結界の持続時間が丁度切れたところだった。
「カリンさん!!」
 カリンは驚き竦んで動けない。ホーリーフィールドを掛けなおす間に棍棒は振り下ろされてしまうだろう。トロルの腕が、カリンに向けて振り下ろされようとする。
「ひえっ‥‥」
 カリンは頭を両手で覆って目を閉じた。叩き潰されると思われた時、パシっと音がしてトロルの視界を矢が通り過ぎた。不意打ちに驚いたトロルの動きが止まった隙を、見逃すわけにはいかなかった。
「止めですよ! ディストロイ!!」
 銀麗は唱えていた魔法を放った。まともに受けたトロルの再生を防ぐべく、サイクザエラが傷痕を焼くべく炎を操る。だが、どうやらそうするまでもなかったようだ。銀麗の一撃はトロルに止めを刺すのに十分すぎたようで、五体目のトロルはばらばらに砕け散った。


●忘れられていた男
「これで全てだな」
「そうですね・・・・しかし、最後の矢は一体?」
 彼らの中には弓を扱うものはいない。カリンの武器もメイスだ。となると、あの矢は誰が放ったものだろうか。
「・・・・言われてみれば、誰かしら」
 顔を見合わせて彼らは首を傾げた。一人、サイクザエラだけが別の方向をじっと見ている。マリーが気付いて、彼に声をかけた。
「サイクザエラさん、どうしたの?」
「先程トロルを感知するためにインフラビジョンを使った時なのだがね」
 彼が見ているのは、一番右端の通路手前。そこには、壁の前に大きな岩が転がっている。
「あの辺りに、トロルとは違う熱源反応があったのだが」
「‥‥トロルではない熱源?」
「そう言えば、矢が飛んできたのも向こう側ですよ」
 トロルではない誰か。ネズミに矢は使えないから、ジャイアントラットではないだろう。それ以外でこの中にいるかもしれないものというのは――
「ねえ、それって・・・・マノン君じゃない?」
 オーラリカバーで自らを回復していた瑠璃が、ここに閉じ込められている筈のカリンの弟の名前を出すと、非情にもその存在を忘れていたらしいカリンが大きな声を上げた。
「ああ〜っ!!! 忘れてた、マノン!!」
「・・・・何か引っかかっていたのですが・・・・そうか」
「アトスさんったら、忘れていたの? というか、カリンさんまで・・・・」
「久しぶりの戦いに夢中になり、つい・・・・まあ、無事で何よりです!」
「まあ・・・・そうね。弓が使えるなら、想像していたよりも元気ということだろうし」
 捜索の前にトロルと遭遇してしまったので、救出と保護が後回しになってしまった。申し訳ないが、それがマノンの不運なところでもある。
「ごめんね、マノン〜?!」
 慌てて岩の方へ走って行くと、その岩陰からぬっと人の頭が出て来た。眉間に皴を寄せた青年は、集まってくる者たちを見ると深く深く溜め息を吐いた。


●これにて一件落着?
 転がっていた岩の後ろ側は抉れていて、上手い具合に体を隠してくれた。トロルたちに見つからないようにこっそりとそこに身を潜めたマノンは、カリンが冒険者たちを連れてくるまでの間、ひたすら息を殺していたのだという。姉が絡まなければ、運はいいのかもしれない。
「無事でよかったですよ」
「本当にね」
「よく無事で・・・・もっとも、そのくらいでなければとっくにあの世行きだわ。このしぶとさは賞賛に値するわね」
 岩陰から出て来たマノンを囲んで、彼らは口々にその無事を喜んだ。
「マノン〜っ! 無事で良かったよ〜ぅ!」
 涙を滲ませつつ、カリンは弟の首に勢いよく抱きついた。そして、ぐりぐりと頬を摺り寄せる。
「ああっ、こんなにやつれて‥‥! もう、お姉ちゃんは心配したよ〜」
「もとはと言えばお前のせいだろ馬鹿姉貴! しかもお前、俺のこと忘れてたな?」
「あうっ‥‥だって、トロルの方を先に見つけちゃったんだよ〜! あ、それにほらほら、隠密行動時のいい修行になったと思えば、どうかな?」
 だから許してくれと言いたげな姉を見て、弟は溜め息をついた。こんなことは慣れっこなのだろう、その顔は諦めの表情そのものだ。
「もういい・・・・片付けてとっとと帰ろうぜ。疲れた・・・・」
「あ、うん! そうだよね、疲れたよね! さくさく片付けて帰ろっか!」
 ここは一応食料保存庫だ。モンスターの死体を放っておくわけにはいかない。
「では、外に運び出して焼却しよう。よろしいかね?」
 サイクザエラの提案に異を唱えるものはない。
「ああ、それから・・・・カリンさんには天の教えをお聞かせしなければいけませんね」
「‥‥はい?」


 かくして全てが無事終了した後には――「天の教え」という名のお説教を受けるカリンの姿がそこにあったという。