【黙示録】仄暗きまどろみの中で

■ショートシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月29日〜12月06日

リプレイ公開日:2008年12月07日

●オープニング

●始まりは静かに
 ウィル国の、とある町。百と少しの住民を抱えるその町は、ごくごくありふれた町の一つだった。目立つことはなく、しかし悪いこともない。時間はのんびりと過ぎて行き、これからもそんな日々が続くことを誰も疑わない。
 そんな町で、怪異は突然に――しかし静かに、それと気付かれないように密やかに――前触れもなく、始まった。

 はじめは一人の子供だった。若い夫婦の間に生まれ、愛情を一心に受けて育った活発な少年。まだ七歳だったその少年は、ある日突然深い眠りについて目覚めなくなった。気付いたのは母親だった。常ならば朝食の時間になれば起きてくる筈の息子が、いくら声をかけても起きて来ない。業を煮やして怒鳴ったが、それでも起きない。どんなに名前を呼んでも、揺すっても起きない息子に、母親は不安になって夫に助けを求めた。しかし、夫にも何が起きているのかわからない。町中の人間に話したが、誰も処置を知らなかった。
 悪夢を見ているのか、ひどい顔色で目を閉じたままうなされ続ける息子の手を握り締め、その名を呼び続けるしか夫婦に出来ることはなかった。見守る人々は、ただただ精霊に祈りを捧げるしかない。
 そして、少年が眠りについてから八日目の朝――幼い少年は、遂に目を開けることなく苦悶のうちに息を引き取った。
 町中が悲しみに暮れた。一体少年の身に何が起きたというのか、嘆く夫婦に答えられるものは誰もいなかった。

 しかし、悲劇は終わらなかった。少年が息を引き取ったその日、新たに二人が少年と同じ症状に襲われる。老人と、若い娘だった。少年と同様、彼らもまた深い眠りについて何をしても目覚めない。

 またあくる日、更に四人が目覚めなくなった。翌日にもまた二人。次第に増えていく被害者に、人々はこれが何らかの異常である可能性に思い至った。正体不明の事態に、人々は恐怖を抱き、そして混乱が始まった。
 自分達の町に何が起きているのか。これは奇病なのか、それとも人の手による呪術か。奇病だとしたら、誰が町へ持ち込んだのか。人の手によるのならば、我々が何をしたというのか。特定の誰かを狙ってのことか、それとも無差別なのか。

 哀れ知識のない彼らは、突然に発生した異常にただ震え、次は己が番かと嘆くしか出来なかった。


●伝染する恐怖
 ウィルの冒険者ギルド。その奥にある椅子に、無精ひげの青年が座っていた。三十路一歩手前の年齢なのだが、どうにもそのくたびれた雰囲気から十は上に見られる。あるいは、彼の民俗学者という生業がそう見せるのかもしれない。
「昏睡事件、‥‥ね」
 彼が呟くと、テーブルを挟んで向かいに座っていた女性は厳しい表情で頷いた。年の頃は彼とそう変わらない、彼にとってはギルドで受付を勤める顔馴染みの一人で、名をライザと言った。常は気さくな笑顔を絶やさない彼女が重苦しい口調で語ったのは、帰郷した際に故郷で聞いたという集団昏睡事件についてだった。
「隣町だから、話が伝わるのは早かったそうよ。あっという間に町中に広がって、以来誰もその町には近付いていないんですって」
「まあ、感染性の病気だったら危険だからね・・・・正しいといえば正しい判断かもしれないけど」
「あなたは病気だと思う? レジー」
 名前を呼ばれて、レジーはライザの目を見た。そして、首を横に振った。
「わからないよ。僕は医者じゃなくて、民俗学者だからね‥‥ただ、そんな奇病の話は今まで聞いたことがない。それは確かだ」
「そうよね・・・・私も、そんな病気は知らないわ」
 レジーは伝承や御伽噺の類に詳しいのだが、彼の記憶が正しければ昔話に似た事例はなかった。
「もっと恐ろしいのは、何ものかによる作為の場合・・・・だね」
 「何ものか」が何であるかは敢えて口にせずにレジーは言った。予測はつくのだろう、ライザは問い返しはしなかったが、その表情は一層硬くなった。
「‥‥奇病の噂で、近隣の町は大混乱よ。近くにいたらうつるかもしれないって、町を捨てて逃げようという人も出ているらしいわ。事態を解明して混乱を収めて欲しいって言うのが近隣の町村からの依頼だけど‥‥他人事じゃないわ。放っておけば、直にここもその噂に侵食されるでしょう」
「噂も良くないけど、実害が及ぶのはもっと良くないね」
「ええ。どちらであっても、良くないわ。今のうちに何とかしないと」
 感染性の病気だとしても、レジーとライザが想像するものの仕業だとしても、この王都には指先さえも触れさせるわけにはいかない。
「調査団を組んで、直ぐにも調査に」


 何ものか――混沌の魔物の仕業なのか。
 最悪に近い事態が、起きようとしているのかもしれない。

●今回の参加者

 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5470 ヴァラス・シャイア(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)

●リプレイ本文

 町は暗く沈んでいた。冒険者たちを出迎えた町長の言葉によると、今日までの間に更に六人の死者が出て、現在も十人がこん睡状態にあるという。早速調査と治療を行うべく、彼らはもっとも長くこん睡状態が続いているという少女の家に向かった。


「気のせいかもしれませんけど、なんか魔物が絡んでいるような気がします。何かあった時は全力で守ります」
 道中、ヴァラス・シャイア(ec5470)が呟いた。
「原因不明の昏睡‥‥断定はできませんが病気以外にも魔物の仕業、という可能性もあるかもしれませんね」
 同意したのは晃塁郁(ec4371)。ふむ、と思案顔でサイクザエラ・マイ(ec4873)は自身の持つ天界の知識の中に心当たりを探した。
「睡眠がらみの病気があったが‥‥なんかそれとは違うような気がするな」
 サイクザエラは医学については浅く知識を知っているに過ぎない。言及は避けるが、と言って富島香織(eb4410)の方を見た。
「まずは富島殿のお手並み拝見といこう」
「そうですね‥‥眠ったまま目覚めなくなる病気として、考えられるものはあります」
 しかし、と香織は表情を曇らせた。
「不謹慎ですが、何らかの魔物が引き起こしている、とした方が希望があると言えるでしょうね」
「何故だ?」
「私が思いつくのは原因不明の病気ですから。倒して解決する方が、まだ」
「‥‥なるほど」
「確かに、そうですね」
 確かに、そちらの方がましだろう。それは決して間違ってはいなかったけれど――多少見立てが甘かったことを、彼らは後に知ることとなる。



 手製のマスクと手袋をつけた香織は、寝台に横たわる少女の顔を覗き込んだ。その幼い顔は苦しげに歪み、肌は青白いを通り越して土気色に見えた。
「どうですか? 原因はわかりますか?」
 不安げな両親が香織に尋ねる。彼らも、そして仲間達もマスクと手袋を着用していた。伝染病である場合、怖いのは二次感染。素肌で触れることは危険であり、手洗いとうがいの徹底を香織は彼らに頼んだ。大切な家族に対してそんな行為をすることに抵抗があるだろうことは十分に理解出来るけれど、患者を増やさないためにはそうしなければならない。
「昏睡による衰弱が激しいことはわかりますが、原因は」
 脈や熱、胸の音を聞くなどして、診察していた香織は見守る人々を振り返って首を振った。
「テレパシーへの応答はどうですか?」
 共通の夢、もしくは夢に共通して登場する人物でもいれば魔物か病かの判断も出来るかもしれないと香織が提案し、寝ている患者の意識と直接接触を試みたのだが、残念ながら失敗に終わった。
「スリープで相殺効果を狙えないかと試してみたのですが、そちらも駄目でした」
「皆さん」
 声を抑えて塁郁が皆を呼んだ。小さく手招きをする彼女の周りに集まると、塁郁は患者の少女を示しながら言った。
「カオスの魔物の存在を感知しました」
「やはり‥‥!」
「どこですか?」
「彼女のいる場所からです」
 魔物の仕業であることも考慮し、念のためにと塁郁はデティクトアンデッドで周囲を探査していた。その結果、少女が寝ているのとまったく同じ場所にそれらしきものの存在を感知した。
「これから魔物を患者の方から引きずり出します。迎撃の準備をお願いします」
「わかった」
 頷き、サイクザエラはランタンを取り出して火をつけた。
「患者の前でファイヤーボムをやるわけにもいかないから、魔物が逃げないようこの火をファイヤーコントロールで操って捕縛する事を試みよう。一応は魔法の炎だから、魔物にも効果はある、はずなんだが」
「火を使うならば、外の方がいいですね。逃がさないように気をつけましょう」
 香織が纏めて、同意すると彼らは行動を開始した。



 それなりの広さで民家から離れた場所に少女を横たえて、塁郁は仲間たちを見た。それぞれが身構える姿を確認すると、合図の変わりに一度深く首を縦に振った。
「ホーリー」
『ギィァッ!!』
「出ましたよっ!」
 少女の体から黒い霧のようなものがずるりと這い出てきた。魔法の効果にか苦しげに顔を歪めるそれは、烏のような黒い羽を持つ醜い小鬼の姿をしていた。
『チィッ! 邪魔を‥‥!』
 憎憎しげに呻き、羽を広げる。飛ばれる前にとサイクザエラは火の糸を魔物へ向けて放った。気付き、腕を振って火を払い落とそうとする魔物。そこへ、背後からヴァラスが鉄の棒を振りかざして迫った。
「はあっ!」
 魔力のこもった武器が魔物の頭部を掠める。不意打ちだったために当たりはしたが、大して効いていないらしく魔物は直ぐにヴァラスを睨んだ。しかし、攻撃をする隙は与えない。
「ムーンアロー!」
「ホーリー!」
『ガァッッ!!』
 香織の放った光の矢が魔物の体を貫く。更に、塁郁のホーリーが確実に魔物へダメージを与える。よろめきながら魔物は逃げようと再度羽を広げるが、今度はサイクザエラがしっかりとその体を火で捕縛することに成功した。
「今のうちだ、止めを!」
 サイクザエラが声をあげて、他の三人は頷いてそれぞれに攻撃を仕掛ける。最早避ける気力はないのか、魔物は炎に包まれてただ苦しげにもがくのみ。
「ムーンアロー!!」
『カァッ‥‥』
 最後の一撃がその頭を貫くと、魔物は倒れ伏して静かに消滅した。


「あれが元凶ですか‥‥」
 息を吐いて、ヴァラスは一時前まで魔物の姿があった地面を見下ろした。火で焦げた地面には魔物の欠片も見当たらない。
「患者に魔物が取りついている事がわかったら、他の患者にも同じ事をすれば病気は完治するんじゃないか?」
「そうですね。対処法は見つかりましたから、次の患者の方のもとへ急ぎましょう」
「そうですね‥‥と、その前に、彼女をベッドへ運んできます」
 そう言って、ヴァラスは魔物に憑依されていた少女を抱き上げた。やつれて顔色は悪いけれど、その顔からは苦痛の色が消えていて、安らかな寝息を立てている。
「少しずつ栄養を取ってゆっくり休めば、回復するでしょう」
 覗きこんだ香織はそう判断し、彼らは手遅れになる前に助けられたことに一先ず安堵する。だが、残りはまだ九人もいるのだ。
「是非とも、禍根を断ちたいところですね」
 少女を寝かせると、彼らは次の患者の元へと急いだ。



「ヴァラスさん、危ないです!」
 香織の声で、眼前に迫る鋭い爪にヴァラスは気付いた。しかし、避けるにはもう遅すぎた。
「ぐあっ‥‥!」
 その爪が腹から肩までを裂き、ヴァラスはその場に倒れる。更なる一撃をと魔物は振りかぶり、しかしその腕は火に絡め囚われる。
「ホーリー!」
『ギァァーッ!!』
 動きを止められた魔物へ、塁郁のホーリーが止めを刺した。断末魔の声を上げて魔物が息絶えると、慌ててヴァラスのもとへ集まった。
「ヴァラスさん、大丈夫ですか?」
「くっ‥‥すみません。年より若いつもりでいるのですが」
 香織と塁郁が直ぐに手当ての用意を始めた。それを眺めながら、サイクザエラは苦い表情を浮かべた。
「これでやっと三体、か?」
 さすがはカオスの魔物。香織と塁郁の魔法は抜群に効果があるけれど、容易く仕留めるとはいかない。先ほどは火の戒めを振り解いて逃げた挙句、ヴァラスが怪我を負った。致命傷ではなさそうだが、まだ患者が七人も残っていることを考えると痛い。
「思っていた以上に、厄介な相手だな」
 意図せず揃って溜め息をついた――その時だった。
「み、皆さんっ! 大変です!!」
 町長が慌てた様子で彼らの方へと走って来ていた。何事かと視線を向けると、町長の顔は恐怖で青く染まったいた。
「ば、化け物が! 家の中か」
 最後まで言えずに町長の体が傾いて、前のめりに倒れた。ぎょっとして塁郁は駆け寄ろうとし、はっとして足を止めた。脇腹を押さえて呻く町長の後ろから例の魔物が姿を見せたのだ。
『キサマら、よくも邪魔をしてくれタナ』
「くっ‥‥ホーリーを」
「晃さん! 左です!」
 香織が声を張り上げる。左を見た塁郁は自分に向って伸ばされる爪を見、兎跳姿で素早くその場から後退した。
「二体も?!」
『いいヤ、違うナ』
 にやりと笑う魔物の背後から更に三体が。そして、塁郁へ攻撃を仕掛けた二体めの後ろからも二体が現れる。
「七体‥‥」
 一体でも大変な相手が一度に七体。状況の悪さに、彼らは一様に険しい顔で魔物を睨んだ。
『そう睨むナ。我々はここから退去スル』
「何だと?」
『この狩場はキサマらに目を付けらレタ。だから、この狩場は捨てル』
「つまり、次の町を襲うということですね? それを見逃すわけにはいきません!」
 香織はムーンアローの印を結び始めた。羽を広げた魔物の一匹へ向けて放とうとしたが、突然に後ろへ引き倒されて魔法が中断される。その目の前で、鋭い爪がヴァラスの肩を貫いた。
「ヴァラスさ‥‥っ!」
 爪が引き抜かれると、ヴァラスは短く呻いてうつ伏せに崩れ落ちた。
『身の程を弁えるんダナ、無謀モノ』
 低く笑い、魔物は次々に飛んで逃げて行く。
「ま‥‥待てっ!!」
 逃がすものかとサイクザエラは火を放つ。だが、あっさりと振り解かれた挙句にカウンターで逆に一撃を食らってしまう。腕と足を切裂かれたサイクザエラは傷を押さえて蹲り、塁郁は追いかけるのを止めて傷ついた仲間のもとへ駆け寄った。


 とある町で起きた昏睡事件は、何人かの死者と何人かの怪我人とを出した末、魔物たちが去ると共に終りを迎えた。人々は目覚め、それが魔物の仕業であったこともはっきりと証明された。しかし、逃げた魔物たちによりまた同様の被害を受ける町が出るかもしれない、という懸念は残された。

 逃げた魔物たちは、嘲笑いながらこんな言葉を残していったという。
『焦るな、焦ルナ。狩りはまだ始まったばかりダ。我らの王の狩りは、これから始まるのダ』
 もしかしたらこれは、混沌の僕たちからの宣戦布告なのかもしれない。