お嬢様の恋人探し
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:まどか壱
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月22日〜12月25日
リプレイ公開日:2008年12月30日
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●オープニング
サラ・ドゥッティはお嬢様である。
ふわふわと風に踊る栗色の長い髪。長い睫に縁取られた大きなブラウンの瞳が愛らしさをより際立たせる、そんな整った顔立ちの少女だ。その白く細い肢体はいかにもか弱く守りの手を必要としそうに見え、桜色の唇が笑みの形を作ればそれはさながら花が綻んだよう。たっぷりのレースがあしらわれた白いドレスを纏えば、それは夜会を彩る一輪の可憐な花。そんな絵に描いた様なお嬢様。それがサラだった。
「やっぱり、白いドレスよね‥‥」
仕事を終えた自室にて、リムはそう一人呟いていた。純真無垢の少女にはやはり白しかない。
「今日のドレスも素敵だったけど」
貴族達は何かと理由を付けて、もしくは理由がなくとも度々大人数を集めたなパーティーを開く。本日も開かれていてサラが出席しているのだが、来週はドゥッティ氏が主催する。他所様の邸であればサラのドレス姿を見ることは出来ないが、ここなら存分に見れるということで、リム達お世話係は楽しみにしていた。
「うん、やっぱり来週のパーティーは白だわ‥‥?」
思い浮かべてリムはにんまりとする。そこへ、ノックする音が聞こえた。控えめな音に扉を開けると、邸の主でありサラの父親であるケネス・ドゥッティが穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
「旦那様、いかがなさいましたか?」
「遅くにすまないね。‥‥明日でいいんだけれど、冒険者ギルドに行ってくれるかな?」
「依頼ですか?」
「うん。君達も聞いていないかな? 最近貴族街で多発しているあの話」
「あの話‥‥ああ!」
リムは直ぐに思い至った。連続放火未遂事件――狙われるのは決まって、貴族達が大勢集まるパーティーが開かれる邸で、しかも夜に限る。火の気のないところから出火するということで、不始末ではなく放火だろうという見方が強いが、犯人の姿を目撃したものはいない。一度に多数の箇所から火が出ることもあるらしく、複数犯だとも、更には化け物の仕業ではとも言われている。
「来週は私が主催だからね。用心に用心を重ねて、うちのものの他にも用心棒を雇おうと思って。最近は色々物騒だし、化け物の仕業なんていう噂もあるからね」
「集まる貴族達に何かあっては大事だし」と言われて確かに、とリムは頷いた。
「あ、サラには秘密だよ? 首を突っ込みかねないからね」
「た、確かに‥‥はい、かしこまりました」
サラが知れば、確実に犯人探しを始めるだろう。ケネスは「頼んだよ」と言って部屋を出て行った。一礼して見送ってドレスに視線を戻――す暇もなく、再びドアが大きな音を立てた。
「リームッ!!」
「は、はいっ?!」
噂をすれば何とやら。扉を蹴破る勢いで入って来たのはサラだった。もう帰って来たのかと驚きながらリムは振り向き、その顔を見てぎょっとした。
「お、お嬢様? どうなさいました?」
「どうもこうもありませんわ!」
ぷりぷりと怒るサラは大股にリムに歩み寄り、とんでもないことを言い出した。
「今すぐに‥‥いえ、来週のパーティーまでにわたくし、恋人を作りますわ!」
「‥‥え?」
今までどんなに素敵な殿方にも見向きもしなかったサラが、恋人を作ると。しかも来週までにと言う。
「お、お嬢様? 急に恋人などと‥‥どうされましたか?」
「どうもこうもありませんわ!」
きっとリムを睨み、サラは怒りのままに怒鳴った。
「アデルですわ! 性悪女の、アデレード・レンツォです!」
それは、サラと同年代の貴族の娘にして宿敵の名前だった。アデレードはサラに負けず劣らずの美しい娘で、大事に大事に育てられたためかその性格はかなりわがまま。自分第一で人の迷惑を考えない。世のため人のためが信条、正義感の塊であるサラとはゆえに険悪な仲だった。
「アデレード様がどうなさいました?」
口げんかの応酬は毎度のことだが、これほど機嫌を損ねるのも珍しい。一体何をされたのかと問えば、サラはわなわなと手を震わせた。
「アデルに‥‥あの性悪女に、恋人が出来ていましたのよ! ルーディ様といって、中々端正な顔立ちの騎士様でしたわ」
「‥‥そうなんですか」
「リム、反応が薄すぎますわよ?」
「そう仰いますけれど、アデレード様もお年頃ですからね‥‥恋人の一人や二人いるでしょう」
「ですけれど、まさかアデルに先を越されるなんて思いませんでしょう?! アデルときたら勝ち誇った顔で「お先に失礼しましたわ」などとわたくしに‥‥! アデルに負けたかと思うとわたくし、悔しくて悔しくて‥‥つい言ってしまいましたわ」
「何をですか?」
「恋人くらいいましてよ、と」
「え」の形に口を開けて、リムはサラの顔をまじまじとみた。
「・・・・いると言ってしまわれたのですか?」
「勢いで言ってしまいましたの。そうしたら、ならば紹介してくださるかしらと言われて、では来週のパーティーでお披露目しますと‥‥撤回など出来ませんわ」
撤回すれば見栄を張ったのかと二重に馬鹿にされる。アデレードはそういう人で、サラはそんな屈辱は我慢出来ないだろう。気持ちはわかるが、リムは慌てた。
「お嬢様、急に殿方をあつらえろと言われましても難しいですよ」
「わかっていますわよ。でも、言ってしまった以上は探すしかないでしょう? ルーディ様よりも素敵な殿方を探して、アデルに参りましたと言わせるのですわ!」
サラは握り締めた拳を高々と突き上げて宣言した。あてもないのにどうするつもりかとリムは呆れた。見目良く礼節を弁えた殿方が、その辺りにごろごろと転がっているわけがない。
「というわけですから、明日朝一番に冒険者ギルドへ行きますわよ!」
「‥‥え?」
「依頼を出すのですわ。わたくしの恋人になってくださる方を募集するのです。冒険者の皆様であれば、ルーディ様に負けませんわ!」
「ええ?! 見栄にお付き合いいただくなど‥‥」
「冒険者の皆様は心優しい素晴らしい方ばかりですもの。きっと、ご協力くださる方がいらっしゃいますわ」
何だかんだとお世話になることもあって、サラはすっかり冒険者が好きになってしまったらしい。リムとて冒険者には好感を抱いているけれど、だからこそこんなことに付き合わせることには抵抗がある。まあ、ケネスの警護の依頼を兼ねれば、少しは望みがあるだろうか。
「‥‥どうせギルドには行きますから、いいですけど」
「何か言いまして?」
「いいえ、何でも」
サラは怪訝そうにしつつ、「明日は早いですわよ」と言い残して部屋を出て行った。
気のせいだろうか。その足取りは少し――いつもよりも少しだけ楽しそうにリムには見えた。
●今回の参加者
ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
ec5913 ディートリヒ・リューディガー(21歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
●リプレイ本文
ウィル王都、貴族街にあるケネス・ドゥッティ氏の邸。その広いダンスホールには、美しく着飾った貴族の子息令嬢がワイン片手に和やかに談笑している。おっとりとした空気が占めるその場所のど真ん中は、しかしそこだけ何故かどす黒い空気を醸し出していた。
「本日はお招きいただきまして光栄でしてよ、サラ・ドゥッティ」
きつく巻かれた金髪を払いながらそう言ったのは、青いドレスの少女。若いけれども、そのドレスの下の豊満な体といいふっくらした唇といい、中々に艶めかしい。
「まあ、よくいらっしゃいましたわね、アデレード・レンツォ。今日のドレスは一段とあなたの品のない体を強調するデザインで、よくお似合いですわ」
大胆に胸の谷間をアピールする衣装にこめかみの辺りを引き攣らせつつも、何とか笑顔を張り付かせて応じるのは白いドレスが清楚さを一層際立たせるサラ・ドゥッティである。
「まあまあ、あなたもその白いドレスがよくお似合いでしてよ。その胸のフリルは、あなたの貧相な胸のかさ増しのためですかしら?」
「あなたこそ随分ウエストがゆったりしていますけれども、それでお腹の贅肉を誤魔化しているおつもり?」
(「‥‥早速、始まったなぁ」)
開始早々に始まったサラとアデルの全開の舌戦を前に、さてどうしたものかと思いながら観戦するのは、頭の先から靴の先までを完璧に整えた姿のアシュレー・ウォルサム(ea0244)。アデルの豊満な体を眺めつつ、その頭の中では挨拶した時の光景が蘇っていた。それは、挨拶の場における「気の強そうなのは好みだがね」と前置きした上でのディートリヒ・リューディガー(ec5913)の、
「いかんせん身体つきが細っこいのが。オレはやっぱこう出るトコ出てる、抱いて柔らかそうなのがいいわ」
という台詞。えらく落ち込んでいたサラは華奢なことを気にしているのかと思ったが、どうやらアデルに対しての劣等感からだったらしい。将来性について語るサラは、それにも疑問符を投げかけられてまた落ち込んだりしていたのだが――まあ、それは置いておいて。
「ふーむ、まあとりあえずできる限り恋人役を勤めさせてもらうのでよろしくお願いするよ、お嬢さん」
と芝居がかった調子で気取って挨拶した手前、今宵はサラのをしっかりとエスコートしなければならないのだが、この舌戦の止めどころ――というかどこで自己紹介するべきだろうか。探っていたところ、丁度良くアデルがアシュレーを見た。
「ところでそちらの殿方は? まさか、恋人ではないでしょう?」
「そのまさかでしてよ。紹介しますわ‥‥わたくしの恋人の、アシュレー様ですわ!」
「初めまして、アシュレー・ウォルサムと申します」
ふっと勝ち誇ったようにサラが胸を張る。オラース・カノーヴァ(ea3486)達に最低限の作法は教えてもらったアシュレーは、その通りにアデルに礼をした。アデルは品定めをする様にアシュレーを見つめ、ふんと鼻を鳴らした。
「まあまあかしら?」
「ま、まあまあですって‥‥?!」
アシュレーに失礼だというものと、アデルの態度が気に入らないという二つの思いが半々か、サラは眉を吊り上げた。
「アシュレー様にご紹介するついでに、あなたにも改めて紹介して差し上げますわ、サラ。私の恋人ですわ! ルーディ、ご挨拶なさい」
アデレードは後ろに控えていた青年に声をかけた。「はい」と言って前に出た青年は、金髪で大層――十人中十人が認めるだろう、それはそれは端正な顔立ちをしていた。
「本日はお招きありがとうございます、サラ様。お初にお目にかかります、ウォルサム殿」
完璧な騎士の礼を取って、青年はその端正な面を上げた。
「ルーディ・マグナスと申します。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧に」
にこりと微笑むルーディに対し、アシュレーもサラの手前微笑んで返した。
「アシュレー様も素敵な殿方で・す・が! 申し訳ありませんが私のルーディの方が上ですわ!」
「まああ! 確かにあなたのルーディ様は素敵ですけれども、アシュレー様も素敵でしてよ?! 負けるところなど見当たりませんわ!」
「何ですって?!」
「何ですの?!」
ばちばちと火花が散る。そろそろ止め所かなと思いながらふと視線を向けると、ルーディと目が合った。苦笑めいたものを浮かべる彼は、「お互い苦労しますね」の様なニュアンスの言葉を言っているような気がする。
(「まあ、ここは大人の対応で、だね」)
今夜は何度こんなやり取りをすることになるのやら、などと考えながらアシュレーは娘達の間に割って入ると、やんわりとサラを宥めるお仕事に取り掛かった。
一方、警護を選んだ二人はドゥッティ家の用心棒と共に邸の東側を巡回していた。
「‥‥メイドの言う通りかよ」
「どうした?」
「いやな、これ‥‥招待客のリストを借りたんだが」
尋ねるオラースにディートリヒが見せたのは、ずらりと名前が記された一枚の羊皮紙。被害にあった場所で開かれていたパーティーに共通して招待されている客をチェックしようとリムに借りたものなのだが、「あまり参考にはならないと思いますけれども」と控えめに言った彼女の言葉の通り、ほとんどの客が被っていてあまり役には立たなかった。
「個人を狙ってる、ってわけではないとかか?」
「とりあえずパーティーやってる貴族が狙いって? ‥‥計画性がねえな」
「動機はなんだろうな。貧乏人の僻みあたりが妥当かね」
「いかにもありそうではあるがな」
共に回る用心棒が笑い混じりに言った時、不意にオラースが足を止めた。「どうした」と尋ねる声に、エシュロンを示す。放火魔のような不届きな輩がいればこの鬼火が追い払ってくれると言って、依頼人には同行の許可を得ている。
「どうやら、不届き者が出たらしい」
「来やがったか。で、どこだ?」
「この先だな――静かに」
頷き、武器を手に取る。出来る限り静かに歩みを進めること十数歩――
「‥‥けっ、何を暢気に騒いでやがるんだ!」
進行方向は曲がり角があり、その向こうから声が聞こえてきた。一気に緊張が増す中、更に声は続く。
「おれらは明日のメシもないってのによぉ‥‥お貴族様は気楽でいいやなぁ?」
「へへっ‥‥そんな貴族が慌てふためく様ってのぁ、どんなもんだかな」
「この火でな。‥‥楽しみだぜ」
げらげらと品無く笑う声に、顔を見合わせる。先頭に立っていたオラースが、大きく一度頷いた。「行くぞ」という、合図だ。
「―そこで何してるっ!!」
「ひぃっ?!」
「な、だ、誰だっ?!!」
オラースが怒鳴り、角を曲がった。続いてディートリヒ達も続く。曲がった先では不審者の一人へオラースが向っているところだった。
「うぎゃっ?!」
一人が正面からまともに食らって、勢いよく引っくり返った。そのあまりにもあっけない様に、オラースは逆に驚いた。
「‥‥随分あっけないな」
「こりゃ、拍子抜けだ」
もう一人を殴って昏倒させたディートリヒが肩を竦める。そうして意識を失った不審者を見下ろせば、その手には酒瓶と火打石が握られている。会話の内容からしても放火しようとしていたのは間違いないだろうが、転がる犯人は赤ら顔で見るからにこれは――酔っ払いにしか見えない。
「そうするまでもなさそうだが‥‥一応、縛っとくか?」
「じゃあ、オレは依頼主を呼んでくる」
ディートリヒはケネスを呼びに行き、残ったオラース達は犯人が意識を取り戻す前に縄で縛り上げて転がした。
「動機は、単なる僻みだったよ」
華やかな灯りのダンスホールの裏で、意識を取り戻した犯人二名が縛り上げられてぐったりとしていた。メイドに呼ばれてやって来たケネスは、ディートリヒの説明に「僻み、というと‥‥」と眉を寄せた。
「どうも、最近仕事に失敗したとかでな」
オラースが犯人を見下ろしながら後を引き継いだ。
「それでヤケ酒を飲んで酔っ払った帰り道にふらふら歩いてたらお邸の灯りが見えて、貴族が気楽にパーティーなんてしてるのを見たら腹が立ったんだと。で、憂さ晴らしに火を付けて脅かしてやろうと思った‥‥で、間違いないな?」
「‥‥間違いありません‥‥」
「‥‥すいませんでした‥‥」
「謝って済むような話じゃないな。小火で済んでるからいいものの、大火事にでもなって死人が出てたら大事だ」
「然るべき所に突き出してやるから、反省しろよ」
睨まれ、二人は「‥‥はい‥‥」と返事を返すと益々小さくなった。すっかり酔いも覚めたのだろう、見つけた時には赤かった顔は青く変わっている。
「突発的な犯行だったわけか‥‥しかし、これでよく今まで捕まらなかったね。他の屋敷の警備は何をしていたのやらだな。まあ、とにかく捕まって何よりだよ。友人達もこれで安心出来る。皆、そしてオラース殿にディートリヒ殿、ご苦労様でした」
連続放火犯を取り押さえることが出来たことに――その犯人の正体には些か首を傾げるところもあったものの、ケネスは微笑んで警護を引き受けた冒険者達に礼を言った。
ちなみにアシュレーはと言えば。
恥をかくことは回避したものの、予想通りというか、ところ構わず開戦する舌戦を制止し宥めることに終始する羽目になったのだった。
ある意味、今宵最もきつい仕事を受けたのは彼だったのかもしれない。
●事件‥‥解決?
宵闇の中、貴族街の外れに大きな影があった。その周りは小さな猿のような影が四体囲んでいる。
「今宵はあなた方の出番はお休みですね‥‥ああ、大丈夫ですよ。次があります」
小さな影達が不満を露に騒ぐのを、大きな影は苦笑を浮かべて宥めた。
「安心なさい‥‥契約は、まだ続いているのですから」
くすりと笑うその視線の先には、脅威が去り賑やかな灯りが未だ灯る――サラ・ドゥッティの邸があった。