●リプレイ本文
●【調査班】
襲撃があった村々の東。山が連なる場所の上空に、グリフォンに乗ったアシュレー・ウォルサム(ea0244)とソフィア・カーレンリース(ec4065)の姿があった。優良視覚スキルでもって下方向に目を凝らすが探す敵らしき姿はなく、目に入るのは襲撃を受けた村の無残な姿のみ。
「これ以上被害を広げない為にも必ず位置を突き止めましょう!」
気合十分に口を開いたソフィアの指には石の中の蝶があるが、未だ羽ばたくところを見せていない。一方、テレスコープのスクロールで遠方を見るアシュレーも、月道らしきものもカオスの魔物の姿も、その跡も見つけられずにいた。
「月道らしきものはない、ね。カオスの魔物も」
「山側ではないのでしょうか‥‥林方面に移動してみます?」
「そうだね‥‥いや、向こうは林担当に任せよう。それより、村に近付いて足跡でもないか探してみようか」
「はい!」
ソフィアが元気よく頷き、アシュレーは村へ向うようにグリフォンに促した。命じられてグリフォンは翼を広げて集落跡地へと向う。
「何か月道に関わる伝聞知識が無いかと思い出してるんですけど‥‥駄目です〜」
「そもそも、月道ってどういうところに開くものかがわからないしね」
「そうなんですよね‥‥う〜ん‥‥」
眉を寄せて何気なく遠くへ視線を向け、ソフィアは「あれ」と怪訝そうに声をこぼした。
「どうしたの?」
「何だか向こうに黒い光が見えた気がしたんですけど‥‥気のせいかな?」
「光‥‥?」
首を傾げながら、ソフィアの指差す方を見た。うっすらとだが、北西の平原に何かが見える気がする。肉眼では限界なので、グリフォンをその場に留まらせテレスコープのスクロールを広げた。
「どれどれ、何かあるかな」
格段に上がった視力で再度北西へ視線を向けて、アシュレーは眉を寄せた。
「あれは‥‥」
一方、こちらは東にある林地帯。
「魔物なぞの好き勝手にはさせぬぞえ。一刻も早く魔物の発生場所を見極めるのじゃ」
「たいした事は出来ないけどカオスの魔物討伐の為なら頑張っちゃうわ!」
それぞれに強い決意を口にするのはヴェガ・キュアノス(ea7463)とマリー・ミション(ea9142)。被害のあった近くから探索しようということで地図の南西林側の村へとセブンリーグブーツで向い、そこで目にしたのは無残な集落の姿だった。倒壊した家屋に、壁や地面に残る血の痕には心を痛めつつ、何か手掛かりはないかと目を凝らした。
「あっ‥‥! 遠くだけど、いるみたいよ」
祈りを捧げていたマリーが、指に付けた龍晶球を見て声をあげた。その光は弱々しいが、確かに宝石部が輝いている。
「方向は‥‥東ね。そんなに数はいないみたいよ」
「残党じゃろうか? 上手く泳がせれば、拠点に案内してくれるかもしれぬのう」
「そうね。行きましょう」
ヴェガに借りたセブンリーグブーツでマリーが先行する。時折止まってはデティクトアンデッドで方角を確認するのは忘れない。マリーとヴェガと、二人で交互に使うことで魔力の消費は最小限で抑えられていた。飛ぶように移動する彼女を追いかけながら、「それにしても」とケンイチ・ヤマモト(ea0760)が呟いた。
「拠点は謎の月道と言われていますが‥‥月道ではないかもしれませんね」
「ケンイチさん、それはどういうこと?」
「道中、月精霊に呼びかけてみたのですが」
足を止めてヴェガ達が魔法を使っている間、ケンイチは音楽を奏でて月精霊達との接触を試みていた。たまたま応じてくれたものからテレパシーで情報を得ることが出来たのだが、その内容が。
「月道はこの近くでは開いていない、と言っていました。カオスの魔物達の移動拠点は、月道によく似た別の術なのかもしれません」
「別の術‥‥」
「ふむ‥‥まあ、発生場所を突き止めればわかることじゃ」
「そうね。距離的にそろそろ見える筈だから、デティクトアンデッドを‥‥?」
足を止めて、マリーは視界に飛び込んできたものに目を見開いた。後に続いていた二人も、正面にあるものを見て同様の表情になる。林の中にいたために気付かなかったが、林を抜けて目に飛び込んで来た光景は――
「‥‥見つけたのじゃ!」
場所はまた変わって、平原北部。村と村とを横に結ぶ中間地点の上空で、テレスコープによる遠視を行っていたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が口を開いた。
「五体程、南から北上しているのじゃ」
「残党でしょうか」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が呟いて下を見下ろすが、肉眼ではまだ見えない。
「そうじゃのう‥‥む?」
視界の中でこちらへ向って来るものを見つけて、ユラヴィカが一瞬身構えた。近付くそれがペガサスに乗った仲間であることを確認すると、直ぐに表情を弛めたが。
「残党を見つけましたよ」
「おお、おぬしもか」
襲撃を受けた村まで探索しに行っていた導蛍石(eb9949)は、迎えたユラヴィカの言葉に一度瞬きをした。
「も、ということは何か見つけましたか」
「残党を見つけたそうです」
「現在北上中なのじゃ」
なるほど、と頷いて蛍石はスクロールを取り出して広げた。ユラヴィカ達が覗き込むと、地図上北側には×印がいくつか描かれている。
「×印は私がカオスの魔物を発見した場所です。何れも、南から来ているようでした」
「では、南に絞って探してみましょうか」
頷き、蛍石はスクロールにユラヴィカが見つけた魔物の位置を書き込んだ。そして、並んで平原を南下する。
「南となると、アシュレーさん達かヴェガさん達の方が何か見つけているかもしれませんね」
「収穫があればいいのじゃが」
そんな会話をしながら南へ向った彼らもまた、ある場所で進みを止めることになった。
彼らが目にしたもの――それは一瞬にして地面に突き刺さった、空から降る一筋の黒い光だった。
ベースキャンプにて合流した調査班の面々は自分達の調査の結果を報告しあい、その都度蛍石がスクロールに情報を書き込んでいく。その結果自分達が西で、東で、そして北で彼らが目にしたものは全く同じ一つの光景――つまり、あの黒い光だったことを知る。
「見たものと方向を合わせて考えると‥‥ここでしょうか」
話し合いの結果を纏めた蛍石は、拠点と思しきポイントに大きく丸を付けた。
●【討伐班】
平原――壊滅した村々のほぼ中間地点に、討伐班へ志願した冒険者達の姿があった。
「‥‥まだ‥‥現れていないようですね」
石の中の蝶に動きがないのを見て、イシュカ・エアシールド(eb3839)は小さく息を吐いた。移動手段のない彼を同乗させて到着したソード・エアシールド(eb3838)と合わせて、これで討伐班は全員が集まったことになる。
「しかし‥‥ここまで、情報の正確さが心配なく戦える戦はめったにないよな」
グライダーの横に立つキース・ファラン(eb4324)は調査班の顔ぶれを思い出してしみじみと言った。どの顔も信頼を置くには十分過ぎるほど頼もしく、自分は討伐班で最大限の能力を発揮するよう努力をした方が良さそうだと思わせるほどだった。
「そうだな。私達は迎撃に全力を尽くそう」
同じくグライダーに搭乗するリール・アルシャス(eb4402)はライフエアバッグを装備した姿で頷いた。
「‥‥厄介なのは、各地で報告される黒い霧のようなものに包まれた、と言う話だが‥‥」
「そうだな。そこは、仲間との連携を大事にして、臨機応変に動こう」
やがて、その場に何かが軋むような耳障りな音が響き始めた。何かが起こりそうな気配に、それぞれが戦いが近いことを察する。
「俺たちみんなで勝利して、反攻の一歩を踏み出したいところだぜ」
キースが呟いて、それに仲間達も同意して大きく頷いた。
息を呑んで待つ彼らの目の前で、空から一筋の光が振り下ろされた。戦いの合図を告げるかのようなそれを見つめる彼らの前で、景色は軋む音を立てながら縦へ横へと裂けて行く。
「流石」
誰かが調査班を褒める言葉を放ち、そして戦いは始まった。
「カオスの魔物共に、人々の魂を奪わせはしないッスよ‥‥!」
暗い穴から湧き出すカオスの魔物達を見据え、フルーレ・フルフラット(eb1182)がまず動いた。オーラエリベイションをかけてランスを構え、グリフォンのギルガメシュを駆って群の中へと突っ込んで行く。まずは隊形を乱すことが目的なので、留まらずに一気に突き抜けた。二度三度と繰り返せば、敵は統率をなくして個々に動き出す。
「‥‥リーダーはいない、と見ていいでしょうか」
方々へ散って戦う魔物達の中には同胞へ指示を出すようなものの存在は確認出来ない。目に入った人間へと襲い掛かっていくのみだ。
「一撃で仕留めるッスよ、ギルガメシュ!」
助走に十分な距離を置き、フルーレはチャージングでの重い一撃を一体へと食らわせた。
オルステッド・ブライオン(ea2449)のダガー投擲が毛むくじゃらの魔物に当たって体勢を崩した。すかさず、オーラパワーを付与したセシリア・カータ(ea1643)の剣がその魔物の肩を切裂く。苦しげに呻きながら、魔物は二人の方を睨んだ。
『グゥッ‥‥コウナレバ、ワレラガホンタイのチカラヲカイホウシテクレル!!』
「本体の力‥‥?」
「! ‥‥黒い靄、か‥‥丁度いい」
各地の戦いで見られたという現象。詳しく調べてみたいと思っていたが、これは願ってもない機会か。
(「‥‥何かの防御魔法のようだが‥‥さて」)
攻撃の手を止めて見守る中、魔物は腕を組んで集中し始めた。時間にして十秒程だろうか、魔物の体が黒い靄のようなものに包まれた。
『ククッ‥‥オナジヨウニハイカンゾ』
魔物は気味の悪い笑みを浮かべる。聞いた話では、こうなると武器や魔法が効かなくなるということだが。
「‥‥試してみればわかる‥‥か」
オルステッドは武器を短刀に持ち帰ると、一気に距離を詰めて魔物の首を切裂いた――筈だったが、
「‥‥?!」
『クケッ! キカンゾ!』
魔物は平然と笑っていた。オルステッドの手にも手応えは残っていない。魔力の込められた武器で、先程までは傷を与えられていたものなのに、だ。
『コチラノバンダナァッ!』
理由を考えたいところだが、それは後に回せざるをえない。鋭い爪を避けて距離を取ったオルステッドと入れ替わり、セシリアが前に出た。
「オーラを付与した剣で‥‥っ!」
オーラパワーで威力を上げた剣が余裕の表情の魔物の体に吸い込まれて、その体が切裂かれた。魔物は驚いた顔で切裂かれた己の体を見下ろし、ぐらりと後ろへ倒れた。
「魔力が込められただけでは無効‥‥ということか?」
「そういうことになるのでしょうか」
見下ろす二人の前で、絶命した魔物はチリが崩れるようにして跡形もなく消滅した。
仲間へグッドラックとレジストデビルをかけたイシュカは、前衛と魔物とが本格的に戦始めると後方へ下がっていた。
(「‥‥怪我人は‥‥今の所、出ていませんか‥‥」)
仲間達は回避しながら確実に敵の数を減らしている。それでも移動拠点は口を開いたままなので、増援が来れば状況は変わらないか――などと考えていると、こちらへ向かってくる魔物の姿が見えた。
「‥‥ホーリー!」
イシュカはそれに向けてホーリーを放った。魔力こそ絞ったが、カオスの魔物には有効な白の神聖魔法――それなのに、魔物は平然と向って来てイシュカは目を見張った。
「そんな‥‥っ」
驚く彼へと迫る魔物が腕を振り上げた。ホーリーフィールドを張るだけの時間はなく、イシュカは思わず目を閉じた。
『クラエ‥‥アギャッ?!!』
にいっと笑みを浮かべた魔物が、一瞬の後には苦悶の顔になって地に伏した。よく見れば、その体は黒い靄に包まれている。
「‥‥黒い靄‥‥魔法を無効に‥‥?」
「大丈夫か?」
はっと顔を上げれば、親友のソードが心配そうにイシュカを見ていた。
「大丈夫です‥‥すみません」
「気にするな。お前は俺が守るから、気にせず自分のやるべき事をやればいい」
新たに向ってくる魔物と対峙する親友の大きな背に、イシュカは感謝の言葉を口にしようとした――その時。
再び、あの軋む音が聞こえた。
「あ‥‥!」
視線を向けたイシュカは、一部分のみ切り取られたような空間の裂け目がじわじわと閉じていくのを見た。
グライダーに乗るリールとキースは、交互に空襲を行いながら敵の数を減らしていた。また一体を降下しながらのスマッシュで切り倒したリールは、ふと顔を上げてその光景を目にした。
「閉じるのか‥‥!」
魔物達を吐き出していた裂け目が閉じていくところだった。封鎖することまでを考えていたのだが、どうやら拠点は想像していたようなものとは違っていたらしい。
『一定時間を置いて開いて、また一定の間隔で閉じる仕組み‥‥ってところか?』
『力技では封鎖出来ない類ということか』
『まあ、これ以上増えないのはいいことだな!』
風信器越しに会話を交わすと、キース機は空襲を再開した。件の「黒い靄」を纏うものの姿はリール達も何体も確認しているが、持って来た武器が魔力を帯びたものだったためか無効化されるような事態は今のところ起きていない。
『ガアアァッ!!』
「!」
翼を生やした小鬼のような魔物が、リール機へ飛んで来た。グライダーごと横へ避けて、リールはその魔物へ声をかけた。
「お前達が通ってきた様な道は、次々に作られているのか」
『ケケッ‥‥アルサ、タクサンアルサ。セカイジュウニ、アラユルバショニナ』
「誰が作っている? 封鎖の術は?」
『シランナァアッ!!』
本当に知らないのか、それとも知らされる立場にいないのか。何れにしても、情報を教えるつもりがないならば倒すまでのこと。グライダーで勢いを付けると、避ける隙も与えずにリールは魔物を群の中へ叩き落した。
調査班から継続して討伐に参加するものからの援護も受けて、冒険者達は常に優位に戦いを進めた。各々出来ることに全力を尽くした結果、遂に彼らは魔物を殲滅することに成功し、迎撃戦は勝利で終わることとなった。
だが、カオスの魔物との戦いは終わったわけではない。今は一度の侵攻を防ぎきったに過ぎず、謎の月道が封鎖されない限り終りは来ないのだ。
蛍石が書いた魔物が出現するポイントの記された地図は、その後新たに派遣された防衛部隊へと受け継がれた。地図と、そして彼らの調査を元にした戦いが今後は行われることになるだろう。後手後手だった戦いは、これでやっと体勢を整えて迎え撃つことが出来るようになったのだ。
だが、――実はこの勝利こそが、後に同じ場所で起こる更に大きな戦いの引き金となるのだということを、この時はまだ誰も知らなかった。