カオスの侵攻〜戦場に混沌は戯れ
|
■イベントシナリオ
担当:まどか壱
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:15人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月24日〜12月24日
リプレイ公開日:2008年12月31日
|
●オープニング
アトランティス各地にて起きている、カオスの魔物の大攻勢。ある場所では勝利し、ある場所では劣勢に、ある場所では遂に敵本拠への進軍が開始されたとの報せもある。
その中の一つ――先手を討てぬままに後手後手に回っていた王都近郊の戦場では、冒険者達の功績によって状況が好転していた。大きかったのは、拠点の特定。敵がどこから現れるのか、それを突き止めたことは大きかった。月道に似た不可思議な穴は一定の時間を置いて開き、魔物達を吐き出して数分後にはその口を閉ざす。場所さえわかれば、万全の体制で迎撃することは左程難しいことではない。事実、拠点特定以降のこの場所における戦況は人間側が優勢であると言っていい。
だがしかし、拠点を封鎖する方法だけは未だわからず――好転したとはいえ、迎撃する以外に対処の術がないことは変わりがなく。
侵攻が終わる気配は未だ見えてこないままであった。
ウィル王都近く。壊滅した四つの村の中心部にある平原で、冒険者達とカオスの魔物達との戦いは続いていた。人と、魔物と、そしてゴーレムとが入り乱れる戦場。また一つの侵攻を何とか退けた冒険者達はベースキャンプへと戻り、次の攻勢に備えて休憩と治療とを行っていた。
「それにしても、いつになったらこの戦いは終わるんだ?」
キャンプの中、冒険者の一人がそう呟いた。誰しもがどこかに抱く気持ちを口に出した彼に、聞きつけた仲間は肩をすくめた。
「いつだと? 決まってる、敵を殲滅したらだ」
「一回の戦いはな。俺が言いたいのは、この侵攻の話だ。あの拠点‥‥やつらを吐き出すあれを封鎖しない限り、延々と戦いは続くぞ」
「封鎖出来るならとうにしてるさ。それが出来ない以上、守る為にはひたすら殲滅するしかない。この先にもまだ集落はあって、その先は王都だ。あちこちの戦場も、防衛戦は似たようなもんだろうよ」
封鎖する方法がわかったならば情報が伝わってくる筈で、その報せがないということはとにかく戦い続けるしかないということだ。
「わかっちゃいるんだが‥‥こうなってくると、ボスでもいてくれりゃいいのにと思うな」
「ボスだあ?」
「天界人のゴーレム乗りが言ってたんだよ。『こういうのは、ボスを倒せば大体閉じるもんなんだ』ってな」
「‥‥なんだそりゃあ?」
「お約束、ってやつなんだと」
「天界式の冗談か」と返そうとして、ふと彼らのいる場所に大きな影が差したことに気付いた。
「‥‥何だ?」
雲だろうかと思いながら上を向いて、彼らは瞠目した。そして、次の瞬間には慌ててその場から飛び退く。直後、轟音と共に巨大な剣が大地へと振り下ろされた。剣の主は、紛れもない味方が載っている筈のバガンだった。
「おい! 敵がいないからって何やってんだ?! そいつは玩具じゃねえんだぞ!」
仲間に向けて叫ぶが、どういうわけか風信機から返答はない。
「おい!! 聞こえて‥‥っ?!」
再度呼びかけ、しかし言葉は途中で切れた。驚いた顔で下を向くと、腹から剣が生えていた。後ろを振り向けば、そこには驚いた顔の仲間の顔。
「ち‥‥違う! お、俺じゃない、俺の意思じゃ‥‥っ?!」
青い顔をした仲間の腕が動いた。確認出来たのはそこまでで、「何故」と問うことも何が起きたのかを把握することも出来ないまま、彼の命はそこで終わった――共に戦った、仲間の手によって。
『絶景哉、絶景哉』
人と人が争い、ゴーレムとゴーレムが争い、あるいはゴーレムが逃げ惑う仲間達を薙ぎ払い、踏み潰す。突如起きた同士討ちに混乱する冒険者達を、上空から眺めるものがいた。それは大きな犬の姿をしていて、その背には鷹のような翼が生えている。
「あそこだ!」
誰かが気付き、声をあげた。だが、攻撃を試みたものはそれを仲間に遮られた。その様を見て笑い、それは冒険者達へ言った。
『我、「罪を唆す者」也。争いを煽り、争いを好む者。汝ら、我が配下では些か物足りぬ様子なれば、この門を預かりし我が戯れの相手となろうぞ』
●リプレイ本文
依頼を受けた冒険者達がベースキャンプへ到着した時には既に、キャンプの中は怒号の嵐と化していた。
「誰か! リカバーが使える奴はいないか?!」
「ポーションでもいいわ! それから、こっちにメンタルリカバーも!」
「おおい、誰か、こいつも回復してくれ!!」
「新しい怪我人だ、くそっ‥‥何がどうなってるんだ?!!」
担架に乗せられた怪我人が運び込まれては寝かされているが、回復の手はなかなか追いついていかない。何人がカオスの魔物の手にかかり、何人が仲間の手にかかったのだろうか。
「‥‥あっ! あなた達、増援?!」
忙しく怪我人の間を走り回っていた一人が、彼らに気付いて声をあげた。
「回復の手が足りないの。誰か、手伝える人はいない?!」
「では、わたくしが。すべての傷を癒すとはいきませんが」
切羽詰った声に反応して前へ出たのはミスリル・オリハルコン(ea5594)。「十分よ」と頷き、ミスリルを怪我人の下へ案内する。元よりベースキャンプに留まるつもりだったミスリルを置いて、残った面々は未だ剣戟が響く戦場へ視線を投げた。その目前で、丁度一体のバガンの腕が仲間を薙ぎ払っていた。
「同士討ちを仕掛けるとは魔物らしい悪趣味っぷりじゃの」
「‥‥護るべきタメにあるゴーレムや兵を操り弄ぶ等、さすが魔物と言われるだけのことはある。品性のかけらも無い」
ヴェガ・キュアノス(ea7463)とシャルロット・プラン(eb4219)の表情は至って静かであったが、声の中に――あるいはその瞳の奥には卑劣なる魔物への怒りが確かに感じられた。
「カオスは卑怯な手段を使ってくるようになったか。元から断つことで、今後の脅威を減らしたいぜ」
「‥‥味方同士で同士討ち‥‥しかも意識ははっきりとしていて、さらにゴーレムまで操られたのか‥‥魔法ではない可能性もあるな」
キース・ファラン(eb4324)が決意を新たにする後ろでは、オルステッド・ブライオン(ea2449)が眉を寄せている。その言葉に「そうですね」と同意した上で、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が口を開いた。
「有効かどうかは分かりませんが、希望者や騎乗動物に【レジストメンタル】をかけて防御しておきます」
「レジストデビルは私とヴェガさんで分担しましょう。後は、例の黒い靄に対処出来ないか試してみます」
導蛍石(eb9949)がペガサスの背を撫でて言う。あの黒い靄を解除することが出来れば大きな前進となるだろうが――果たして。
「準備の整ったものから、レジストメンタルをば。これで少しは対抗出来る筈じゃ」
「カオスの封印に向けて、一歩でも前進したいところだな」
ヴェガと蛍石の側に集まりながら、キースのこぼした呟きに皆大きく頷いた。
●
「うおおおっ!!」
オラース・カノーヴァ(ea3486)が太刀を振るうと、衝撃波が向って来る魔物の群れへ襲い掛かった。スマッシュEXの効果が上積みされたソードボンバーは扇状に広がり、敵を一掃する。
「誰も俺に近寄るなよ! 寄ってきた奴は敵と見なすからな」
この戦い、敵と同等に注意を払わなければならないのが同士討ち。魔法をかけてもらっているとは言え、警戒してし過ぎるということはない。一人突撃したオラースを援護しようとしていた冒険者は、その言葉を聞いて慌てて向きを変えている。
「操られるかもしれないんだ、組んで戦う方が危険だぞ! この状況じゃあ一人の方が安全だ!」
「おっと、危ない危ない」
近い味方に警告を発しながら敵の攻撃を回避するオラース。戦闘の流れでオラースと合流しかけていたエイジス・レーヴァティン(ea9907)は足を止め、逆方向にいる魔物を標的に据えた。
『ケケェッ! ネズミに変えテやろうカァッ?!』
「!」
けむくじゃらの魔物がにたりと笑い、魔法がエイジスへ向けて放たれる。地獄へ攻め込んだ時の苦い記憶が蘇り身構えたエイジスだったが、蛍石がかけたレジストデビルのお蔭でその身には何も起こらない。
『何ダトッ?!』
「ああ、びっくりした。お蔭で、嫌なことを思い出したよ‥‥でも、今度は力強い味方が居るから安心して、地上の敵の掃討に専念できそうだね」
驚愕する魔物に対し、改めて剣を握り直すエイジスは笑顔を浮かべた。
「地獄じゃ手も足も出せなくやられちゃったけど、今度はそうはいかないよ。さて、リベンジマッチといこうかな」
『‥‥チィッ!』
じり、と後退する魔物めがけて剣が振り下ろされる。回避する間など与えずに、エイジスの剣は魔物の体を切裂いていた。
「グラナトゥム!」
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の指示に、彼女を乗せる白馬が空中で体を捻る。一瞬前までいた場所を通り過ぎていくのは、羽を生やした小鬼の鋭い爪だ。門を目指す彼女の前には、三体の「邪気を振りまく者」が行く手を遮っていた。
「そこを通してもらう‥‥セクティオ!」
十分な助走を取って白馬が魔物へ向けて空中を駆ける。COの合成技をもろに食らって、一匹が乱戦となっている下へと落下した。地べたに激突した魔物は、ルエラによって大きなダメージを被り息も絶え絶えになりながら上空を睨み、
『ギィッ‥‥‥オ、ノレ‥‥ガッ?!!』
『‥‥止めになったかしら』
加藤瑠璃(eb4288)の繰るバガンの大きな拳に叩き潰されて絶命した。見下ろして一息つこうとしたのだが、すぐさま風信器越しに切迫した声が届く。
『そこのバガンっ! 危ないわ、止められないの‥‥お願い、避けて!』
言うが早いか、斧が瑠璃機へ向けて振りかざされている。
『操られてるバガンか‥‥止めなさい!』
向き直り、盾で受けた。みしりと軋む音を聞きながら、瑠璃は対峙するバガンを強く押し返す。
『しっかりしなさい!』
『わかってる‥‥わかってるけど、勝手に動くのよぉっ!!』
叱咤し、悲鳴交じりの声を聞きながらバガンを空いた地面に押し倒して組み敷いた。抜け出そうともがき暴れるゴーレムの拳に殴られながらも退かずに留まる。仲間を攻撃し続けたためか、風信器からは恐慌状態に陥った乗り手の声が響き、悲痛な叫びに瑠璃は思わず顔を顰めた。と、その時。
「ニュートラルマジック!」
蛍石の声が降ってきて、次いでゴーレムの動きが止まった。
『‥‥ぁ‥‥?』
「効いたようですね」
ペガサスで上から戦況を窺っていた蛍石が安堵の息をついた。ゴーレムが敵に回るのは大きな痛手となるだけに、魔法で解除出来て何よりだ。
『瑠璃さん、大丈夫か?』
『私は大丈夫だけど‥‥彼女は、駄目そうだわ』
キースの心配そうな声に返して、瑠璃は組み敷いていたゴーレムから離れて身を起こした。乗っていた者の精神的なダメージは、相当に深刻そうだ。
『止められたんだ、良かったよ。‥‥そうだ、空の魔物はグライダーが、どんどん落として行くから、落ちた奴を頼んでいいか?』
瑠璃機の上では、飛んでいるものをグライダーに乗ったキースとリールが蹴散らして叩き落している。了解を伝え、そして瑠璃は空を見上げて眉を寄せた。
(「罪を唆す者は、どこに潜んで‥‥?」)
●
『‥‥見つけたのじゃ!』
「! 見つけたそうです」
上空より偵察していたユラヴィカ・クドゥス(ea1704)からのテレパシーを受けて、ディアッカは罪を唆す者を探していたアシュレー・ウォルサム(ea0244)とアリオス・エルスリード(ea0439)に知らせた。放っておけば味方がどんどん混乱し、被害は増していく。ここはボスを仕留めることが先決と、開戦からずっと姿の見えないボスの姿を探していたのだ。
「どこ?」
グリフォンに騎乗し上空に待機していたアシュレーが目を凝らす。フレイムエリベイションのスクロールを自身にかけ、弓には既に稲妻の矢が番えてある。レミエラの効果も引き出して、いつでも攻撃できる体勢だ。
「向こうに‥‥グライダーが飛んでいる辺りの」
「あれか‥‥」
弓に矢を番えながら、アリオスは視線を上へ。リール・アルシャス(eb4402)のグライダーだろうか、旋回するグライダーの間に、翼を背に持つ犬の様な風貌の魔物がいるのが見えた。側にはオルステッドの乗る天馬の姿もある。
「罪を唆す者か!」
『如何にも。我は罪を唆す者也。汝ら、我の興を妨げに来た者か』
リールがきっと睨むと、罪を唆す者がぐるりと辺りを見回した。
『我が楽しみを奪うは如何に? それとも、我が戯れに加わりたいか』
「‥‥戯れ、だと‥‥?」
「下衆が」
不快気に眉を潜めて、アリオスは弓を射た。真っ直ぐに飛んで、矢は罪を唆す者の翼へと突き刺さる。
『ヌゥ‥‥っ』
「戦場で戯れるってことがどういうことになるかしっかりレクチャーさせてもらうよ」
アリオスに続き、アシュレーはシューティングPAEXで胴体を狙い撃つ。命中した場所が良かったか、魔物が低く唸った。
「授業料はその命でね」
COを使いすぐさま二射目を放つ。続いてオルステッドが天馬を走らせ、リールのグライダーが切りつけては離脱する。畳み掛ける攻勢に、魔物の体がぐらりと傾いた。そこへ、サイレントグライダーに乗ったシャルロットが上空より勢いを付けて魔物めがけて降下する。
「安心しろ、貴様の処刑方法は決まっている」
『グッッ‥‥!』
グライダーランスの先端が魔物の胴体に突き刺さり、シャルロットは怒りに燃える瞳でそれを睨み、冷えた声で短く告げた。
「 磔 刑 だ 」
どずっと、彼女の言葉の通りに罪を唆す者が大地へ磔となった。グウッ、と呻いて魔物はだらりと力を抜いた。そのままじっと、動きが止まる。
「‥‥止めになった?」
「どうでしょう」
「死んだなら消える筈だ。残っているのだから、まだ生きているんだろう」
「じゃあ、もう一度畳み掛けて‥‥」
『‥‥効かぬ』
「!」
「‥‥あれは‥‥」
ゆっくりと身を起こす罪を唆す者。その体が、黒い靄に包まれている。
「‥‥あの靄、か‥‥だが、魔力を帯びた武器ならば」
前回、魔力のない武器はあの状態になった魔物には効かなかった。だが、魔力の込められた武器は効いていた。
「これで‥‥!」
「仕留めるよ」
弓を構えアリオスが、そしてぎりぎりの射程からアシュレーが矢を放つ。魔力を帯びた弓、無効化される筈はないのだが――
「――何?」
アリオスの矢は罪を唆す者の体に深々と刺さり――しかし、アシュレーの矢は何かに押し戻されるようにして弾かれてしまった。
「効かない? どうして‥‥」
『シャルロット殿! 私達ももう一度行こう!』
『ええ、次で‥‥!』
グライダーが上昇し、二機が時間をずらして魔物へ向う。――しかし。
『えっ?!』
『何っ‥‥』
二人共に、手応えが全く無いことに驚愕しながら離脱する。魔力は帯びているのに、何故――
『我が配下に通ずれば、か? 甘く見られたもの也』
「‥‥まだ弱い、ということか‥‥?」
やはり効かなかったオルステッドも距離を置き、武器を見下ろして呟いた。
「試してみるだけは‥‥」
射程距離ぎりぎりから、蛍石は黒い靄の解除を目指してニュートラルマジックを試みた。だが、黒い靄は消えたりはしなかった。
『汝ら、我に戯れの何たるかを教授するとな? ‥‥愉快也』
くつくつと、罪を唆す者は不気味に笑った。
『なれば、汝らがその身でもって教授せよ』
「‥‥ぅ‥‥っ?!」
にいっと笑った魔物と目が合い、ユラヴィカの動きが止まった。ゆらゆらと不安定に体を揺らしたかと思えば、くるりと後ろを振り向く。
「ユラヴィカさん?」
「どうしたんだ?」
「‥‥焦点が合っていないような‥‥」
ディアッカが覗き込み、その瞬間全員がはっとした。
「‥‥操られたのか!」
ユラヴィカの目はとろんとしていて、まるで何かに心を奪われた様。
(「円陣も魔法詠唱もなかった‥‥罪なる翼の使ってきた術とは異なるのか?」)
リールは以前似たような状況に陥った時のことを思い出し、それに備えていた。だが、今はただ目が合っただけ。かつ、ユラヴィカの様子はあの時の自分とは異なっている。
『一旦離れましょう。危険です』
武器を携えてはいないものの、同士討ちを避けるために彼らはユラヴィカから距離を取った――だが、
『ククッ‥‥汝らに用などない』
「‥‥何だと‥‥?」
『撃て、撃て、撃て‥‥多く、より多く討て!』
「‥‥まさかっ!!」
はっとして自分達の後方を見、シャルロットが愕然とする。ユラヴィカの目の先にあるものは、怪我人が多数運び込まれて今尚治療中の――
『クククッ‥‥殺し合え、殺し合え。同胞を手にかけよ。嘆き、争う様を我に捧げよ』
「いけない、ベースキャンプが‥‥っ!!」
「なっ‥‥!」
「‥‥くっ‥‥させるわけには――っ」
『もう遅い』
にいっと罪を唆す者が笑い、ユラヴィカのサンレーザーがベースキャンプへ向けて放たれた。
その頃、ベースキャンプでは。
「腹が減っては戦はできぬ、と申します。これを食べて元気をだしてくださいね」
「ああ‥‥シチューか」
「温かいなぁ、ありがとう」
ミスリルが作った熱いシチューが、怪我人や治療に携わる人々に振舞われていた。寒い時季、悴む体が温まる料理は喜ばれた。
(「前線はどうなっているでしょうか」)
配膳をしながら門の方へ視線を投げる。ゴーレムが仲間を攻撃するような光景は見られなくなったものの、大小関わらぬ怪我人は絶えず運びこまれて来ている。その弱い者を狙ってくる魔物も時折姿を見せるので、ミスリルも炊き出しばかりしてはいられずに、剣を取って迎撃もしていた。
「‥‥まだ続いてるわね」
「ええ、そうですね」
「優勢か劣勢かくらいは知りたい所だわ」
治療班の者が言い、ミスリルも同意して苦笑する。
その時、後方から大きな音が聞こえた。
「何‥‥っ?」
「‥‥あれは――」
『クハハッ‥‥‥‥何っ?!』
惨状を思い描いて上機嫌に笑っていた罪を唆す者は、驚愕していた。その予想では、威力十分の達人サンレーザーはベースキャンプを焼き払う筈だった。しかし、現実はその遥か手前で、
「まったく、悪趣味この上ない魔物じゃの」
「おお、ヴェガさん!」
そう、ヴェガの張っていたホーリーフィールドに攻撃は防がれたのだった。こんなことを予測してのことではなかったが、斜線上にいたことが功を奏した。
『何、もう一度‥‥』
ユラヴィカが再度ベースキャンプへサンレーザーを放とうとする。と、その体が急に動きを止めた。
「やっと効きましたか‥‥」
それは蛍石のコアギュレイト。抵抗されて失敗しつつ何とか成功したそれにより、ユラヴィカが動きを封じられる。
「皆さん、今の内に!」
『笑止。‥‥効かぬと言うた也』
「いいや、効いていた」
『何‥‥っ』
アリオスの矢が、罪を唆す者の足を射抜いた。確かなダメージを与えられ、その体がバランスを崩す。そこへ向うのは、邪気を振りまく者を振り切ったルエラとペガサス。
「セクティオ!」
駆ける勢いのままに突き出される剣は身構える魔物へ向けられて、
『‥‥ッグ‥‥?!』
黒い靄にも阻まれることなく、その剣は罪を唆す者の肩ごと腕を斬り飛ばす。
『ヌォ‥‥オオオッ!!!』
「ルケーレ!!」
体勢を崩しながらその腹を抉ってやろうと伸ばされる鋭い爪。しかしそれはルエラの脇腹を掠めて虚しく空を切る。カウンターで振り下ろされたルエラの剣は、罪を唆す者の急所を深々と貫いた。
「やったか‥‥?!」
息を呑んで見守る彼らの前で翼は羽ばたくことを止め、地面へ落下した体は大地に激突して骨の折れる嫌な音を立てた。ごぼっと咽て、罪を唆す者の濁った目が注視する冒険者達を見る。
『ガァ‥‥ッ‥‥おのれ‥‥お、の‥‥レ‥‥』
虚ろな目で憎しみを吐き、自らを囲む冒険者達を睨みながら、罪を唆す者の体は動かなくなった。
その体はさらさらと崩れ、灰か塵と化して静かに消えて行った。
罪を唆す者が倒されると、頭を失ったカオスの魔物達は一気に統率を乱した。魔法ではない術により仲間が操られることはなくなり、レジストデビルをかけ直しながらの戦いは優劣が逆転、多数の死傷者を出しながらも冒険者達の勝利で終わった。
罪を唆す者を倒した翌日からは、このポイントで門が開く様子も見られなくなったという。門を任されたものが敗れたことにより、侵攻の勢いを止めるに至ったのだろう。あるいは、あの門の向こう側――地獄と呼ばれる世界にて、何か動きがあったのか。
一つの戦いを終えた冒険者達は、戦死者へ黙祷を捧げながら次に控えているだろう戦いへ――そして、卑劣なるカオスの魔物達への怒りを胸に、許すまじとの決意を深めたのだった。