【聖夜祭】撤収も忘れずに
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■イベントシナリオ
担当:まどか壱
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月01日〜01月01日
リプレイ公開日:2009年01月10日
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●オープニング
「‥‥田舎だよなぁ」
「何を一人で呟いているのですか、アキラ?」
ここはウィルの片田舎。領主の館の隣にある、私設騎士団詰め所である。そこで暖炉の火に手を翳しながらしみじみと呟いたのは、先日王都の某子爵邸で行われた聖夜祭の会場仕切り役、山本アキラ。その彼の発言に眉を顰めたのは、同僚の紫色の髪の長身美女、エリアス・エデルである。
「王都、すっげー華やかだったんだぜ? 物多くて、建物ぎっしりで、派手で、人多くてさ‥‥変な奴もいたけど」
「王都ですから、様々な人がいるでしょう。それから、私から見ればあなたも十分変人です」
「何言ってんだよ、俺なんか普通も普通だって」
アキラはむっとしてそう言ったが、風の噂によると王都では既にかの有名な珍獣氏と同列に扱われているのだとか。知らぬは本人ばかりなり、である。
「あっ! そう言えば、アキラ」
「ん?」
「後片付けまできちんとして来たのでしょうね?」
「‥‥後片付け?」
眉を寄せて振り返ったアキラに、エリアスは当然そうに「後片付けです」と頷いた。
「天界人のかえで殿‥‥でしたか? その方より会場担当を頼まれたと言っていたでしょう?」
「ああ、そうそう。会場設営の仕切り役」
「設営したのであれば、責任を持って片付けるのも担当の仕事でしょう?」
「‥‥‥‥あー、あー、うん、そうだよな、片付けな。片付け‥‥」
「‥‥アキラ、あなたまさか‥‥」
アキラは冷汗を流しながらエリアスから視線を外した。それで全てを察したエリアスは、拳を握るとアキラの頭に叩き落した。
「後片付けを忘れるとは何事ですか!」
「いってえ!! ばっか、お前の力で殴られたら死ぬだろ?!」
「自称救世の勇者でしょうが、この程度で死ぬわけがありません。それは置いておいて‥‥聞けば、結構な人数が集まっての大規模なパーティーだったのでしょう?」
「派手に飾りつけたしなあ‥‥あ、そういや天井からキャンドル吊るしたりしたんだよ。あそこのパラメイドじゃ、外すの苦労しそうだな」
今更メイドの苦労に気付いたらしいアキラに心底呆れて、エリアスはこめかみの辺りを押さえた。
「イムンのルオウ伯爵のご子息のお邸ですよ? そこで好き放題に騒いで片付けもせず戻ってくるなどと‥‥何というご無礼を」
「‥‥いや、あいつ結構楽しんでたけどおっ?!」
ごつ、と鈍い音と共に二度目の拳骨がアキラの頭に落とされた。
「〜〜っ?! 〜〜っ!!」
「あいつとは何事ですか! フロルデン子爵、もしくはウルティム様とお呼びしなさい‥‥はっ?! あなた、まさかずっとそんな失礼な呼び方をしていたのではないでしょうね?!」
「‥‥っ、俺は誰でも平等に呼び捨てたよ。知ってるだろ?」
「‥‥っっ!! 大馬鹿者っ!!」
「痛゛あ゛っ?!!」
今日一番の威力の拳が脳天に叩きつけられて、流石のアキラも頭を押さえて悶絶した。その襟首をがしっと掴み、エリアスはアキラを引き摺って廊下へ出た。
「わ、割れる‥‥っ、頭が割れる‥‥っ?! っていうか、どこ行くんだよ?」
「王都です。あなたの数々の無礼をフロルデン子爵とお仕えする皆様に心より深くお詫びした上で、きっちりと後片付けをしなければ。私も同行しますから、ちゃんとお詫びをしなさい」
「はあ?! 何で俺がウルティムに詫びなん」
「‥‥もう一発ですか?」
にっこりと笑顔で拳を突きつけられて、アキラは「うぐっ」と呻いて項垂れた。もう一撃食らったら多分瀕死だ。
「わかったよ、謝るよ、謝ればいいんだろ! で、片付ければいいんだろ?」
「そうです。というか、そもそもそこまでが仕切り役の責任ですよ」
「すーっかり忘れてたなー。‥‥じゃあ、人呼んでか。あ、折角だから打ち上げやるか」
「やるなら会費はあなたのお財布から出してくださいね」
「‥‥はあ?!」
「フロルデン子爵にこれ以上ご迷惑はおかけ出来ません。あなたの非礼無礼はハーヴェイ様の非礼と取られることもあるのですよ。ハーヴェイ様に申し訳ないと思わないのですか」
じろりと睨まれ、更には領主の名前を出されてはアキラも黙るしかない。沈黙を了解と受け取って、エリアスは王都行きの許可を得るために団長の部屋へと(アキラをずるずると引きずりながら)向う。
「‥‥お前の考えてるような人とは違うと思うけど」
「何か言いましたか?」
「いいえー? 何にも申しておりませんよー?」
怪訝そうなエリアスを唖然とさせるために、実物に会うまではその人物像は黙っておこうとアキラは固く思った。
●リプレイ本文
●撤収開始‥‥のその前に
ウルティム・ダレス・フロルデン子爵邸(通称珍獣邸)。その立派過ぎる玄関ホールで冒険者達を出迎えたのは紫髪の長身美女と、始める前だというのに何故か既にボロボロになっている仕切り役。その周りでは、箒を持ったメイド達が妙にスッキリした顔で掃除をしている。
「あらあら‥‥始める前からお疲れですね、アキラさん」
「アキラにーちゃん、何でぼろぼろ?」
「やー‥‥メイドの皆さんのお怒りはすさまじいものだった、とだけお伝えしとく」
挨拶のついでに倉城響(ea1466)とフォーレ・ネーヴ(eb2093)に尋ねられ、アキラはメイド達をちらりと見て溜め息をついた。どうやら、後片付け放置に対する何がしかの報復が行われたようだ。
「そうそう、ウルティム様はどちらにいらっしゃるのでしょうか? この馬鹿者の非礼無礼を誠心誠意お詫びしなければ」
「えぇ? マジで俺、あいつに謝んの?」
「あいつではありません。フロルデン子爵、もしくはウルティム様とお呼びしなさい」
エリアスがぎろりと睨むその後ろで、かつんと靴の音が響く。
「皆、いらっしゃい〜‥‥って、おお?! 紫髪のお姉さん、何と立派なそのメロン! 是非とも我が手に‥‥っ♪」
「はっ‥‥?」
登場したのは勿論邸の主、ウルティム氏。彼は初顔の紫髪の美女の豊かな胸元を見、鼻の下を伸ばしてまっしぐらに突撃を開始した。
「はい、失礼致しますね」
ぽかんとその子爵(認めたくない)を見つめるエリアスの前に、クンフーマスターを取り出した晃塁郁(ec4371)が立ち塞がった。その大胆な衣装にウルティムは「WAO! 」と一声上げるや喜色満面・即効で目標を変更、そのある意味パラダイスへ両手を広げて突っ込んでいく。だが、彼の手が楽園を手に出来るわけはなく。
「おおっ! 塁郁たん、何というセクシーパラダイすでぶぼぁっ?!!」
「ご無沙汰してますウルティム様。淑女へのご挨拶はご静粛に願います」
青筋立てた表面笑顔でお願いしつつクンフーマスターでめきょりと叩き沈めた塁郁と、沈められた邸の主とを見て、エリアスはますます驚き、混乱する。
「あはは。ウルティムにーちゃんは変わらないね〜♪」
一方で、見慣れているフォーレはいつものことにけらけらと声をあげて笑う。
「おーい、生きてるかー? ウルティムー?」
「ぐふっ‥‥僕の墓標には、「萌は永遠に不滅です」と刻んで欲しいと」
「おや、こんにちは、アキラさん、ウルティム様。昨年は『色々と』お世話になりました‥‥早速、リカバーですか?」
そこへひょっこりと顔を出すのは導蛍石(eb9949)。その黒――慈愛に満ちた笑顔は既にトラウマである。「呼んでねえー―――?!! 」というアキラの絶叫がその場にこだました。
「‥‥こ、これはどういう状況で??」
目の当たりにする地獄絵図に、一人激しく動揺するエリアス。その横を通って、アシュレー・ウォルサム(ea0244)は屍と化したウルティムに軽く挨拶をした。
「やほー、珍獣。遊びに、じゃなかった。掃除の手伝いに来たよー」
「珍‥‥? って、アシュレー殿までウルティム様に何と失礼な」
「やほー、アシュレー君いらっしゃい♪」
「‥‥ええ?!」
どう見ても身分ある貴族に対して失礼極まりない言葉にも関わらず、しかも珍獣などという絶対に褒め言葉ではない呼ばれ方をされているというのに、(瀕死の)ウルティムは怒るどころか楽しそうに手を振り替えしている。エリアスは唖然とした。
「ほら、だから言ったろ。あいつは別に気にしないって」
「あ‥‥あなた方は貴族に対する礼儀がなっていません! 二人ともここにお座り下さい! いいですか、そもそも何故貴族に対して礼を持つかと言うと」
「あ、そうだ。聖夜祭の時にイロイロ写真撮ったんだよね。見る?」
「マジで? 見る見る‥‥おお! これは非常にいいトナカイガール!」
「ドレスも皆綺麗だよね」
「あ、これはカップルか‥‥いいなぁ、こんな可愛い彼女いて」
「この子、可愛いよね〜♪」
正座しつつも誰もエリアスの話など聞いていない。アシュレーの取り出したデジカメを見て盛り上がるいつもの三人(あれ、いつの間に復活したんですか珍獣さん)の姿に、エリアスの顔はこみ上げる怒りで徐々に紅潮していく。
「あなた方、いい年をしてお説教を黙って聞けませんか?!」
「まあまあ、落ち着いて」
「あなたにも言っているのですよ?!」
宥めるように肩に手を置くアシュレーをきっと睨んで怒鳴るエリアス。そんな彼女を真っ直ぐに見て、アシュレーはすらすらと言葉を紡ぎ出す。
「俺達のこの口調、確かに貴族に対しては失礼かもしれない」
「かも、ではなく確実に失礼です」
「でも、珍じゅ‥‥ウルティムがそれを望んでいるとしたら、どうだろう? そう、友人同士なのに畏まった言葉を使われるなんて嫌だと思わない?」
「‥‥確かに、それはそうですが」
「そんなことよりほら、後片付けをしに来たんだよ? いつまでもお喋りしていないで、手を動かそうか」
「‥‥あ、そうですね」
「はい、やろうやろう〜」
無理やり納得させて、アシュレーはエリアスの背中を押して奥へ向かっていく。それを見届けて溜め息をつくと、アキラは響達を見て肩を竦めた。
「‥‥んじゃ、始めるか」
「は〜い」と口々に頷いて、彼らは邸中に散らばっていった。
●撤収作業
「クリスマスの後にすぐ月霊祭で、お祭り続きで飲んだり食べたり歌ったり踊ったりで遊んでばっかりだったんだけど‥‥そっか、会場そのままだったっけ」
いけないいけない、とラマーデ・エムイ(ec1984)が言えば、その隣でギエーリ・タンデ(ec4600)が楽しげに続く。
「祭りが楽しく賑やかである程、その後は寂しく感じるもの。アキラさんがいつまでも祭りを終わらせたくなく、つい片付けを失念してしまったお気持ちはよぅく分かりますとも!」
「と言いますか、完っ全に忘れていただけだと思うのですが‥‥」
ギエーリの言葉にエリアスは眉を寄せて溜め息をついた。
「あら、この会場設営はラマちゃんが意匠したの? 見慣れない雰囲気だけど綺麗に出来てたのね」
ミーティア・サラト(ec5004)がにこにこしながら会場を眺め回す。天井から吊るされたキャンドルに、色鮮やかな布飾り。中でもやはり、大きなクリスマスツリーは目を引く。
「綺麗に飾り付けられているものを外すのは勿体無い気もしますが‥‥」
「折角作ったんだから再利用できる飾りを取り外して、丁寧に布に包んで仕舞っておきましょ。来年からまたクリスマスのお祭りする時、今年よりは手間を掛けずに済むようにしなくっちゃ」
「飾りを再利用するなら、混ざらないよう最初にざっとゴミを除けちゃうわね。仕舞う物を仕舞ったら、それから本格的に片付けましょうね」
「では、私は箒を借りてきますね」
「私も行くー♪」
「あ、じゃあアキラも一緒に行って、整理するための箱とか布とか貰ってきてね」
「ん? いいぜ」
「じゃあ、一緒に行きましょうか♪」
フォーレと響に付いてアキラが整頓用の必要品を取りに行き、ラマーデ達はとりあえず大きなゴミを拾い集めることにした。
箒に雑巾、桶に箱と用具が揃い、手分けしてクリスマスツリーの飾りが外されていく。高所はペガサスに乗った蛍石が担当。鮮やかだったその枝から華やかさが消えていくのは、楽しかった聖夜祭が終わってしまったことが身に染みて、ほんの少し寂しくなる。響お手製の布飾りの最後の一つが箱にしまわれると、そこにはただのモミの木だけが残った。
「この木はさすがに来年は使えないわね?」
「そうよねー‥‥どうするの?」
「あー‥‥これからが冬の本番だし、薪にしてウルティムに寄付するか」
「そうですね、それがいいでしょう。では、庭を借りて薪を作りましょうか。運び出す人手は‥‥メイドの皆さんや響殿達では難しいですね。私とアキラと‥‥」
「力仕事あれば、近場で人手を調達してきましょう。うってつけの方々がいます」
全イベント参加を達成してやり遂げた感一杯の信者福袋(eb4064)が、ぽんと手を打ち合わせた。
「うってつけ、ですか?」
「それって、もしかして‥‥」
「そう、嫉妬団の方々にお手伝いいただきます。もちろん報酬はお支払いしますよ」
「男手が増えるのは助かりますよ」
「コントロールは私にお任せ下さい」
にっこりと笑顔を浮かべる信者。ウィルの経済活性化という野望を抱くジャパニーズ・サラリーマンは、片づけにも手は抜かない。
(「片づけすら経済効果を発生させるんですから」)
その眼鏡がきらりと光った――様な気がしたとか。
「さて! では、真面目にお掃除しますかね‥‥そこ! 掃除は上からが基本ですよ」
張り切って仕切るのは家小人のはたきを片手に持ったアシュレーである。その指示に従って、後片付けは滞りなく進んで行く。
「はい、嫉妬団の皆さーん! まずは小分けにするところから始めましょう‥‥あ、そちらの方々は男性用トイレの掃除をお願いします。それから、あなた方は厨房を」
「お嬢さん、これにも名前をお願いします」
「はいはい、クリスマス用飾り(キャンドル)‥‥っと。メイドさん達〜、これの取り置きをよろしくお願いね」
「こっちの箱にもお願いね?」
「あらあら、ちょっと詰めすぎたでしょうか」
「重い? 手伝い呼ぶ?」
「荷物運びですか? お手伝いします」
「わーい、塁郁たん隙有りボバァっ?!!」
「ウルティムー?!」
「はーい、お待ちかね☆ どんな瀕死も一発で元通りの、今年最初のリカバー巡りでございまーす」
「「地獄の案内人がキター―――?!!」」
‥‥まあ、そんなこんながありつつも、こうして(一部除いて)滞りなく撤収作業は進み、お邸のメイド達や嫉妬団の手も借りつつ、聖夜祭の残り香はフロルデン子爵邸より消えて行き――。
全ての作業が終わった後には、見覚えのあるお邸の姿がそこにはあった。
●打ち上げ
さて、時刻は夕暮れ。貴族街から離れて、場所はこじんまりした酒場である。ここ最近飲んだり食べたりが続いたので今回は控える、というラマーデを除いた冒険者達とミーティアが声をかけたフロルデン邸のメイド達、そして嫉妬団が入ると、店内の席はあっという間に満席になってしまった。勿論、スポンサーもちゃんといます。
「えーっと、準備から当日から撤収まで、皆お疲れ様でした」
その輪の中でゴブレット片手に喋っているのは仕切り役だ。その顔は、「やべえ、人数集まりすぎ」という焦りの色が若干浮かんで引きつり気味である。果たして、彼のお財布は大丈夫だろうか。
「今夜は俺のおご‥‥はぁ‥‥やっぱりこれ会費制にしない? ‥‥しない? ですよネー。はい、じゃあ俺のおごりだよチクショー!! 心行くまで飲んで食えよな! ってわけでスポンサー、乾杯の音頭とってくれよ」
「はいはい〜♪」
やけっぱちの仕切り役からご指名を受けて、ウルティムがすくっと立ち上がる。彼がゴブレットを掲げるのに合わせて、皆も飲み物を持つ手を上げる。
「皆、お疲れ様でした〜♪ それでは‥‥ミニスカサンタにかんぱーい!!」
「「「そっちかよ!!!」」」
メイドの皆さんが劇団に所属しているのかと疑うような見事なコケっぷりを疲労して、「乾杯!!」と口々に言いながら頭上でゴブレットがぶつかり合う。騒がしく、そして賑やかに打ち上げが始まった。
「あらあら。お金は心配しなくてもいいんですか? 本当に?」
「あー、もう全っ然、全っっ然気にしなくていいぜ。好きなだけ飲んで食べてくれよ」
どこかやけになりかけているアキラの返事に、同じ卓に座る響とフォーレは顔を見合わせて笑顔になった。
「そうですか? それでは‥‥」
「じゃーねじゃーね。私、これ〜♪」
響は好きな酒を、フォーレはスパゲティとジュースを給仕に注文する。他の卓でも、遠慮なくメニュー名が飛び交っている。
「‥‥今月の給料が‥‥いや、貯金も飛んでくな、これ」
「打ち上げ」などとエリアスの前で口にした自分の愚かさを激しく罵るアキラだった。
「アキラさん、アキラさん」
「ん?」
「ちょっと経費についてお話が」
どんよりとした顔を上げると、そこには信者のスマイルが。
「よければ、お代は私が出しますよ?」
「え?! マジで?」
その申し出は、まさに地獄へ伸ばされた一本の蜘蛛の糸である。
「いいのか? 結構かかるぜ? ‥‥特に、あんたの連れて来た嫉妬団」
「構いませんよ。たっぷり稼ぎましたし」
人の良さそうな信者の笑顔に、喜色を浮かべてありがたく申し出を受けようとした――のだが、その時アキラは見た。信者の眼鏡が怪しく光ったのを。
「‥‥い、いや、エリアスにばれたら怖いし‥‥やっぱ、ここは俺が奢るわ」
「遠慮せずともいいのですよ?」
「いやいやいや。これも仕切り役の俺の仕事だからさ。あんたも気にせず飲み食いしてくれよな!」
ぽん、と肩を叩いてアキラはいそいそと席を立った。相手は営業マン、口では絶対に負けるので、ここは逃げるが勝ちだ。何だか妙に嫌な予感がしたのだが――善意だったら勿体無かったかな、とちょっとだけ後悔した。
「‥‥恩を売ろうと思ったのですがねぇ」
そんなアキラの後ろ頭を見て信者が残念そうに呟いていたりしたのだが、幸いにも耳には届かなかった。
一方、こちらは比較的静かな大人の卓。
「本当に、後片付け出までご迷惑をおかけしまして‥‥」
「いえいえ、お気になさらず」
「そうですよ。私も楽しん――こほん。人に優しくするのが私の使命ですから」
微笑んで返すのは塁郁と蛍石。むしろそれを楽しみに撤収へ参加したのではと思える程生き生きとしていたように思えるが、気のせいだろうか。
「騎士様はアキラさんの教育係でいらっしゃる?」
「いえ、同僚です。あの様を見られれば、そう思われても仕方のないことでしょうけれども‥‥お目付け役を任されたのに、結局皆様のお手を煩わせて」
「いやいや、しっかりとした方でなくば勤まらぬお役目ですよ。騎士様はしっかりと勤めておられます」
「‥‥そう言っていただけると、ありがたいです」
ギエーリの笑顔につられてエリアスも微笑んだ。その直後、
「‥‥で、響たんを酔わせてこのこっそり持って来た胸チラセパレートミニスカサンタをっ!」
「流石だぜ、ウルティム! お前は出来るやつだと思ってたよ」
「撮影は俺に任せてね。完璧な一枚を必ずゲットして見せるから」
「よっしゃ、行くぜ! メロンをこの手に!」
「メロンをこの手に!」
「ジーク・メロン!!」
などというお馴染みの三馬鹿による馬鹿な会議の内容が漏れ聞こえ、穏やかになりつつあったエリアスの顔に再び青筋が立った。
「‥‥ミーティア殿、ギエーリ殿、少々席を外します。塁郁殿、蛍石殿、よろしければご協力をお願いできますか?」
「はい、私でお手伝い出来ることならば」
「癒しの手が必要ならば」
すっくと三人が立ち上がり、卓の下に潜って密談を続ける者達のもとへ。あとはもう、書かなくとも既にわかる通り。
「巡る〜巡る〜よ慈愛は巡る〜蘇生と死亡を繰り返〜し♪」
「「出たー―――?!!」」
そろそろ懲りないものでしょうか。
その後も、この賑やかな宴は続く。
「響〜、酒足りてるか?」
「あらあら、では、お代わりをお願いします」
「OK〜! ‥‥ってか、強いな響」
「そうですか?」
「フォーレたーん! 今日こそ僕のお膝に乗ってー♪」
「う♪ そのくらいならいいよー♪」
何と、酒場という場所の魔力だろうか。フォーレが進んでウルティムのお膝に乗ってしまった。
「何とぉっ?! ふぉ、フォーレたんとうとうゲットー―――!!」
ウルティム、感激。だがしかし、幸せは長くは続かないものなのだ。
「あははー♪ でも、ここまでだけどねー♪」
けらけらと笑うフォーレに首を傾げつつ、がっちりフォールのウルティム氏。だが、何かおかしい。腕の中の感触は少女の柔らかさやいい香りがまるでなくて――
「‥‥あー―――?!! フォーレたんがアキラ君になった?!!」
「響がウルティムになっとる?!! そして何この体勢、キモッ!!!」
「それ、こっちの台詞ですから?!」
「じゃぁ〜ん♪ ウルティムにーちゃんからの脱出♪」
何ということでしょう。フォーレは得意の手品でウルティムのフォールから抜け出すのみならず、アキラと入れ替わるという離れ業を見せたのだ。
「フォーレさん、上手ですね〜♪」
「う♪」
なんてやり取りがあったり、エリアスが酒の力でかうっかりアシュレーにお持ち帰りされそうになったり、それを目敏く見つけた嫉妬団が、
「打ち上げでカップル成立☆ なんぞさせねぇええええ!!!」
「あまつさえお持ち帰りとかふざけんなぁああああ!!!」
「命賭けて阻止じゃああああ!!!」
と叫んで一波乱あったり。
地獄のお仕置き・リカバー無限コンボがあったり。
笑って怒鳴って、時には一部が本気で涙の懇願(命乞いとも言う)をしてみたり。
思いは来年の今頃へと馳せられつつ――聖夜祭最後の夜は、終幕の寂しさを吹き飛ばすかのように、賑やかに更けて行ったのだった。