カオスの侵攻〜君想ふ故に我はゆく

■ショートシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月12日〜01月18日

リプレイ公開日:2009年01月20日

●オープニング

●序
 「行くの」と彼女が尋ねると、「行く」と彼は迷わず答えた。
 「どうしても行くの」とまた尋ねると、「どうしても行く」と彼はやはり迷わず答えた。
 その目に固い決意を見て取って、だから彼女は、三度は彼を止めなかった。「必ず帰って来る」という、その言葉を信じて彼を見送った。約束を破ったことなどない人だったから、絶対に帰ってくるのだと彼女は信じた。最後に見たのは、いつもと同じ優しくも力強い笑顔で。

 それから二週間。彼は未だ戻らない――忌まわしきあの戦場から。



 クラリッサ・デナンは冒険者を生業とするジプシーの女性である。艶やかな金髪の美人で、その明るい笑顔と人好きする性格で常に輪の中心にいるような人だった。しかし、一度舞えばその表情は一辺、近寄りがたい神秘的な雰囲気さえも滲み出し、その姿はさながら人の姿を模した精霊のようだと称する人までいる。人々は時に彼女の明るさに、時に彼女の神秘的な美しさに魅了された。
 そんなクラリッサには、冒険者として行動を共にする恋人がいた。ファイターで名をフランツという彼とクラリッサは、冒険者街に棲家を借りて二人暮らしをしている。仲間からは式はいつ挙げるのかと度々冷やかされ、その都度照れて笑みを浮かべていたものだった。
 そんな幸せは、しかし先月に突然終りを迎えた。
 カオスの魔物の突然の大侵攻である。各地で激戦が繰り広げられたが、戦場の一つは王都近辺にもあった。フランツは王都を守る為、そしてクラリッサを守る為にとその大規模な戦闘に参加していた。多数の死傷者を出したものの戦いは勝利という形で終り、ウィルは新年を迎えた。
 だが彼は――フランツは、クラリッサの元へ戻って来なかった。
 参加した冒険者達に、クラリッサは何度も何度もこう尋ねた。
「フランツは? フランツはどこにいるの? 戦いは終わったのでしょう? どうして、どうしてフランツは帰って来ないの?」
 誰も答えることが出来なかった。それは、仕方がないことだった――何故ならば、誰もフランツの姿を見ていなかったから。迎撃戦にもその後の「罪を唆す者」との戦いにも彼は参加していた。けれど、戦いが終わった時には彼の姿はどこにもなかったという。つまり彼は、戦場で行方不明となったのだ。
 もしかしたら、激しい戦闘の最中に仲間と逸れてどこかの森か山の中で迷っているのかもしれない。だが、戦場で行方不明になったと言われれば可能性が高いのはその正反対のことの方。
 フランツは、戦死したのだろう。その遺体は収容されたけれども、身元が分からなくなる程に引き裂かれていたのかもしれない。焼き尽くされたのかもしれない。あるいは、主戦場から離れた場所に今も放置されているのかもしれない。――何れにしろ、逃亡するような男ではないのだ、生きていないだろうことは明らかだった。
 それが伝えられた時、ある程度覚悟は出来ていると言ったクラリッサはしかし、衝撃のあまりその場で倒れた。次に目を覚ました時、クラリッサの表情からは人を惹き付けてやまなかった笑顔は消えていた。瞳は光を失くして、顔色は白く、その視線の焦点は定まらず――この世ではないどこかを見ているようだった。
 何かを起こすかもしれない、そう感じて周囲は彼女の動向に気を配った。日に日に生気を失くしていくクラリッサの姿は痛々しくて、しかし励ましても彼女に笑顔が戻ることはなく。
 そして、年が明けて幾日かが経過した頃、クラリッサは独り王都から姿を消した。


 誰かが言った。「ああ、彼女はフランツを捜しに行ったのだ」、と。
 未だカオスの傷痕残る戦場へと、たった独りで。


■襲撃された村周辺図

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‖∴∴∴∴×∴∴∴∴∴∧∧∧∴
‖●∴∴∴∴∴∴∴∧∧∴∴∧∴
∴∴∴湖∴∴∴∴●∴∴∴∴∴‖
∴∴川∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴‖‖
∴川∴○∴∴∴∴∴∴∴∴∴‖‖

‖:林 ∴:平地 ∧:山 ●:村 ○:避難先の村
×:門のあったポイント(主戦場)

●今回の参加者

 ea5513 アリシア・ルクレチア(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 ec4065 ソフィア・カーレンリース(19歳・♀・ウィザード・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

●川下の村で
 主戦場より南西、湖から流れる川伝いに更に南下した場所にある川下の村。
「金髪の女の人、かい」
「はい。見かけられませんでしたか?」
「一気に人の出入りが増えたからねぇ‥‥見た気もするし、見なかった気もするし」
「‥‥そうですか」
 悪いね、と申し訳なさそうに言った中年女性に首を振り、アリシア・ルクレチア(ea5513)はその場を離れた。避難民に加え、残党に備えて武装した人の姿もちらほら見える。これだけ人がいれば、余程目立った動きをしない限りは記憶に残りはしないだろう。
「あっ、アリシアさん」
「いかがでしたか?」
 集合場所で待っていたソフィア・カーレンリース(ec4065)とジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の問いに無言で頭を振ると、二人とも小さく溜め息をついた。
「私も、見かけたというお話は聞けませんでした」
「僕もです‥‥」
 残念そうに息をこぼして、ソフィアは連れていた狼を撫でた。
「フランツさんのお話も、聞けませんでしたわ‥‥」
 同士討ちの危険を孕んでいた二度目の戦いの報告を思い返し、アリシアは視線を下げる。
(「あの戦いの様子では、彼を手にかけてしまった人がいるかも」)
 その可能性も考慮して、主に警護のために残っていた冒険者達へ話を聞いたのだが、集めた情報の中にはそんな話はなかった。
「‥‥お待たせしました‥‥」
「ああ、イシュカさん。どうでしたか?」
 最後に戻って来たイシュカ・エアシールド(eb3839)は、アリシアの問いに小さく頷いた。
「デナン様を見た、という方がいました‥‥」
 その報告に、アリシア達は顔を見合わせた。
「いつ頃のことですか?」
「‥‥昨日、だそうです‥‥フランツさんを探して‥‥ここにいないとわかると、北へ向ったと‥‥」
 北、と各々呟いて頭の中に地図を描いた。
「北というと、主戦場跡ですわね。やはり、そちらへ」
「まだ魔物も残っているらしいですから急ぎましょう!」
 ソフィアの言葉に大きく頷き、四人は村を出てそれぞれの移動手段で四方へと散らばって行った。
「すぐに見つけられると良いのですけれど」
 それが、全員の一致した思いだった。


●彼女はどこに
 フライングブルームで壊滅した東の村へやって来たアリシアは、その惨状にそっと目を伏せた。襲撃を受けての二度の戦いに、アリシアの夫もまたフランツと同じく参加していた。日に日に強まるカオスの脅威に、次は夫の番かもしれないと思えばクラリッサの気持ちは痛い程によくわかる。とても他人事には思えず、つい持つものも持たず――保存食を忘れるほどに、彼女はクラリッサ達のことで頭が一杯だったのだろう。途中で気付き、慌てて買い揃えたのだった。
「ここにはいないでしょうか‥‥」
 気持ち一つで参加したアリシアは、目で探す以外に探査方法がない。視力の良さを生かして、崩れた家の影などを隈なく探すしかなかった。同時に、徘徊しているというカオスの魔物にも注意を払わなければならない。遭遇したら逃げるしかないのだ。
(「お二人とも、無事であればよいのですけれど‥‥」)
 フランツの生存も信じ願いながら、アリシアは次の村へと向った。


 何かを守る為には戦うことも必要、けれど、戦いによって引き裂かれる者が増えて良い筈がない――ジャクリーンはその想いを抱えて、愛馬セラブロンディルで戦場を駆けていた。見晴らしのいい平原は、例えば人が倒れていれば直ぐにわかりそうだった。今の所、見渡す視界の中にはそういうものは入ってこないが。
(「クラリッサ様は随分と御無理をされている様ですが」)
 フランツを探す前に倒れてしまうのではないか。そもそも、この辺りは残党がいる。カオスの魔物に出くわしているのでは、などと当たらない方がいい予測を立てていた、まさにその時だった。
『――クラリッサさんを見つけました!』
 ヴェントリラキュイを使用してのソフィアの声が愛馬の背から響いた。声からは緊迫した空気が感じられる――どうやら、当たらなくていい予測が当たってしまったようだ。


 ソフィアも同じく主戦場を探していた。彼女を先導するのは狼のフェンリル。出発前にクラリッサの知り合いから、彼女の棲家にあったハンカチを借りられた。その匂いをフェンリルに辿らせて、クラリッサを探していたのだ。
「今の所、カオスの魔物の気配はなし‥‥?」
 石の中の蝶にも注意を払いながら、時折立ち止まってはブレスセンサーで広範囲を探る。それを繰り返していた彼女は、仲間達ではない呼吸を察知して眉を寄せた。数は全部で五、同じ所に固まっている。しかし、その内の四つの呼吸は人のものとは何か違う。
「クラリッサさんと‥‥まさか、カオスの魔物?!」
 ソフィアは顔色を変えた。直後、フェンリルが勢いよく走り出す。慌ててフェンリルを追いかけて見晴らしがいい平原を暫く走ると、遠くにうっすらと何かが見えた。それに近付くにしたがって、指につけた石の中の蝶の羽ばたきも強まっていく――
「‥‥っ!」
 翼の生えた小鬼が三体に、それより少し大きいけむくじゃらの小鬼が一体。それが、金髪の人間を取り囲んでいる。最も近くにいたジャクリーンにヴェントリラキュイで連絡をすると、ソフィアはその場で立ち止まり、大きな魔物へ狙いを定めた。
「ウィンドスラッシュ!」
『ギャアッ?!!』
「――っ!!」
 差し出した手のひらから真空の刃が飛び、魔物へ命中する。魔物達はソフィアの存在に気付くと、一斉に彼女の方を睨んだ。
「その人から離れなさいっ!」
『ジャマ‥‥』
『ジャマスルナァッ!』
 吠えて翼を広げようとするのは邪気を振りまく者。しかし、飛び立とうとする前にその顔へ弓矢が突き刺さった。
『ギァッ?!』
『グギャァッ!!』
「ジャクリーンさん!」
 矢を放ったのは急いで駆けつけたジャクリーンだった。三本同時に放たれた矢は、的確に魔物の皮膚の薄い部分を貫き、怯ませる。不利と感じたか、邪気を振りまく者達は翼を広げると呻きながらその場から飛んで逃げ去って行った。
「近くにいて良かったです。大丈夫でしたか?」
 逃げて行く魔物からソフィアへ視線を移し、ジャクリーンが尋ねた。
「私は大丈夫ですが、彼女は‥‥」
 ジャクリーンに礼を言い、ソフィアは慌ててそのクラリッサと思しき金髪の女性に駆け寄った。地面に倒れている女性は薄っすらと傷を負っているものの、目立つ傷はない。
「良かった、怪我はないみたいです」
「ですが、お顔色が悪いようですね」
 眉根を寄せるジャクリーンの言葉の通り、女性の整った顔は青白い。
「どこか横になれる場所へ‥‥そうですわね、川下の村へ一旦戻りましょう。アリシア様とイシュカ様にもご連絡をして」
「はい、そうですね」
 クラリッサを見つけたということを連絡すると、セラブロンディルの背に女性を乗せて二人は出来るだけ急いで川下の村へと戻った。


●気が済むまで
 川下の村まで一旦戻り合流すると、クラリッサの浅い傷はイシュカがリカバーで治した。まともな睡眠もとらずに歩き回っていたのだろうか――クラリッサが目を覚ましたのは、明けて翌日のことだった。
「‥‥あなた達、誰?」
 目覚めたクラリッサは、そこにいた見知らぬ顔を見て開口一番そう言った。表情は乏しく、瞳には光がない。抑揚のない声は、話すことが億劫であるかのようだった。
「僕達は冒険者です」
「冒険者‥‥」
 ソフィアが自己紹介をし、全員が続く。金髪の女性は虚ろな視線を彼女達に向けた。快活だったという面影はそこにはなく、青白く痩せた姿は美しいけれども、今にも消えてしまいそうに儚く映った。
「クラリッサさんですわね? ギルドからの依頼で、あなたを迎えに来ました」
 クラリッサの顔を覗き込んでアリシアが言うと、クラリッサは「迎え」という言葉を二度繰り返した。
「迎え‥‥そうよ、私はフランツを迎えに来たの。彼を迎えに行かなくちゃ‥‥ねえ、あなた達も冒険者でしょう? フランツを見ていない? 彼、帰って来ないのよ。ずっと待ってるのに帰って来ないの。どうしてかしら? あんまりにも帰って来ないから私、迎えに来たのよ」
「クラリッサさん‥‥」
「皆は死んだって言うの。でも、私は信じないわ。彼は生きていて、私が迎えに行くのを待ってるのよ。そうに違いないわ。そうでしょう? だからお願い、探しに行かせて。あの人を見つけるまでは、私は町へは戻らないわ。連れ戻されたら、何度でも探しに行くわ。見つけるまで、何度だって」
「‥‥あなたの気持ちはよくわかります」
 縋るように手を伸ばすクラリッサの痩せた腕を柔らかく包んで、アリシアは微笑んだ。
「あの戦い、夫も戦場に立っていました。ですから、お二人のことは他人事ではないのです」
 アリシアの夫は無事に帰ってきたけれど、一歩間違えればクラリッサの立場になっていたのは彼女の方だったのかもしれない。愛する人を大切に思う気持ちの強いアリシアは、人一倍クラリッサの喪失感も悲しみも理解出来た。
「‥‥私も、行動を共にする事の多い親友いますし‥‥」
 目を伏せて、イシュカも口を開いた。
「私達も迎撃戦だけとはいえ、戦場に参加、してましたから‥‥人事ではないんです‥‥だから‥‥」
 一旦口を閉じてクラリッサの顔を見つめながら、続きを口にした。
「‥‥一人で探すのは危険ですから‥‥納得されるまで、一緒に探します‥‥」
「探すの、皆でお手伝いさせて下さい」
 イシュカとソフィアの言葉に、クラリッサは目を見開いた。連れ戻されるに違いないと思っていただけに、嬉しさの前に驚いていた。
「クラリッサさんは、フランツさんの生存を信じているのでしょう?」
「勿論よ‥‥私が信じなかったら、誰が信じるの」
「私も‥‥私たちも、そうですわ」
「‥‥え」
「私も彼の生存を信じたいのです。遺体が見つからないって事は可能性もあるわけでしょう」
 だから、一緒に探そう。そう言って優しい瞳を向ける四人の冒険者に、クラリッサの表情が微かに動いた。大きく開いた目が次第に潤んで、じわりと涙が浮かんだ。
 その肩に手を置いて、ジャクリーンが諭すように言った。
「探す前に、少し休んではいかがですか? フランツ様はクラリッサ様を守る為に戦いに赴く程の方なのですから貴方が御無理をなさる事は望んではおられないと思いますよ」
「‥‥ええ‥‥そうね」
 ぽろ、と涙をこぼしながら、クラリッサは消えそうな声で「ありがとう」と呟いた。


 その日の午後から、今度は全員で主戦場付近へフランツの捜索に向かった。クラリッサの持っていたフランツの上着の匂いをフェンリルに辿らせ、周囲に目を凝らしながら広い範囲を探し回った。
「‥‥主戦場は確かに平原ですけど‥‥重傷を負って、身動き取れない状態になったのが何かの影になる地点でしたら‥‥攻撃されず共に戦った仲間も気付かない可能性がないとは言い切れませんし‥‥」
 戦地に立っていたこともあるイシュカの言葉を参考に、岩や倒木、ちょっとした段差などがある場所は特に念入りに探した。
 敵に遭遇した時は、ジャクリーンはクラリッサを同乗させていたので積極的に戦闘に参加出来ず、ソフィアがライトニングサンダーボルトを、もしくはアリシアがマグナブローのスクロールを使って追い払いつつ逃げた。

 そうして依頼期間も僅かとなった頃、遂にフェンリルの足が止まった。フェンリルがその鼻で探し当てたのはフランツ――ではなく、フランツの身に付けていた首飾り。
「‥‥私があげたものだわ」
 拾い上げたクラリッサは、そう呟いて苦笑した。
「揃いで買ったものは、落ちてないのね‥‥どこへ持って行っちゃったのかしらね、あの人」
「クラリッサさん‥‥」
 気遣うようにかけられた声に、クラリッサは頭を振った。
「戻りましょう。これ以上は、時間も無いし‥‥」
「でも」
「諦めたわけじゃないわ。ただ、今はこれ以上は」
 無理をして倒れることはフランツも望まない。もうクラリッサの体力は限界だった。本音はまだまだ、それこそ本人を見つけるまで探したい。けれど、そうは出来ない。
「また来るわ。それに、その前に家に帰って来るかもしれないから‥‥手伝ってくれて、ありがとう」
 それから、一緒にフランツの生存を信じてくれてありがとう。

 そう付け足したクラリッサは、白い顔に弱弱しく微笑を浮かべていた。