●リプレイ本文
●力の続く限り討て
「まだ未練がましくうろついておるのかえ? ‥‥民達が安心して暮らせるよう綺麗さっぱり大掃除をせねばのぅ」
「ざんとーのたいじなのー、いっぴきのこらずおしおきなのー♪」
主戦場の東側、林と山々を見下ろしながら飛ぶ影が空に三つ、並んで飛んでいた。ヴェガ・キュアノス(ea7463)と、無邪気にも聞こえる台詞は義父シン・ウィンドフェザー(ea1819)のペットであるムーンドラゴンパピーに乗ったレン・ウィンドフェザー(ea4509)のもの。しかし、その目は残党の姿を見逃すまいと眼下に向けられている。
「れーちゃん、ふーちゃん、ざんとーがいたらしらせてなのー。ちょっとだけこわいかもしれないけど、ちゃんとレンがまもってあげるの♪」
同行させた地のエレメンタラーフェアリーとアータルは、レンの願いに頷いて答える。探知アイテムやスキルはないものの、自分達よりは精霊達の方が魔の気配に敏感だということは経験で得た知識だ。
「ちび助の精霊はまだ反応なしだな。そっちはどうだ、ヴェガ?」
グリフォンの背からシンが問うと、リール・アルシャス(eb4402)の操縦するグライダーの後部で、ヴェガが首を縦に振った。
「おったぞえ。向こうの林の中に八、山側に七体じゃ。山側はまだ遠いのう」
「では、先に林の中のものを片付けよう。降りるよ、ヴェガ殿」
ヴェガが頷くのを見て、リールはゆっくりと降下する。同乗者の安全の為、その操作はより慎重だ。
「さてと、1日でも早く復興を成す為にも、手早く片付けるとしますかね」
グリフォンに指示を出し、シンとレンもグライダーを追って林へ。
場所は変わり、主戦場に近い平原。
「悪魔の這い出す門、かぁ」
双眼鏡を首から下げて、木下陽一(eb9419)は一人呟いた。まるでゲームのような話だが――
(‥‥けど、俺にも村の人達にとってもリアルなんだから、そんな事言ってちゃいけないよな)
馬の背に乗って、バードウォッチングならぬデビルウォッチングか、などと思いながら双眼鏡で索敵する。
「――右方向から十!」
そこへ、テレスコープのスクロールで遠視していたアシュレー・ウォルサム(ea0244)の声が響いた。向けた双眼鏡の中では、まだ黒い小さな塊だ。ちらっと晴れた空を見上げて、陽一はウェザーコントロールを試みた。
「いい天気なんだけど‥‥雷落とせるくらいに曇らせておかないと」
空は少しずつ雲が増えていく。一方、アシュレーは馬上で弓を構えて射程距離に入った魔物を狙い撃っていく。
『グアッ‥‥オノレェ!!』
「おっと」
肩を射抜かれた邪気を振りまく者が怒りを露に向ってくるのを見事な手綱捌きで避けると、その後も馬を走らせながら相手を翻弄させる。そうしながらも随時矢を番えては敵の数を減らし続ける。
『チィッ‥‥一度退クカ‥‥』
戦況に、不利と見てか傷ついた一体が翼を広げて逃げようとする――だが。
「ヘブンリィライトニング!!」
上空から落ちた稲妻が、その体を一瞬にして消し炭へと変えた。
「左からも来ていますよ! こちらは六体です」
「オレに任せな!」
デティクトアンデットで敵を感知したアトス・ラフェール(ea2179)が報告すると、オラース・カノーヴァ(ea3486)は勢いよく馬を走らせた。向う先には種類は違えど何れも小さい魔物が群をなしている。
「うおおおっ!」
馬の疾走する勢いを使ってのチャージングで、羽のない小鬼が腹を深々と貫かれて吹き飛んでいく。
「私達も負けてはいられませんね‥‥ベルトラン! 思う存分暴れますよ!」
魔物の退治こそが己の天職。愛馬を駆り、アトスもオラースに続く。剣で、弓で、魔法で――敵の合わせて手段を変えつつ、群の中で戦う二人。
「うじゃうじゃといますね。数多くいるのも結構。それならそれで叩きがいがあります」
「全て滅ぼしてやるぜ!」
吠えてオラースの放った矢が、また一体の魔物を射落としていく。
再び、場面は変わって東側の林。
「ハァッ!」
シンが魔物の首と胴を切り離す。グリフォンを自在に駆り、数がどんどん減らされていく。その中には黒い靄に包まれたものの姿もあったが、シンの刀は変わらずに敵を裂いている。
「ニュートラルマジックは効かぬのか‥‥ホーリー!」
その靄の解除をヴェガが試みるが、解けない。直ぐに切り替え、距離を置いてホーリーで応戦した。大きくダメージを負ったものは、リールが止めを刺していく。
「門より戻っていた方が命が長らえたかもしれなかっただろうに」
憐れむように告げる前で、塵となり消えていく魔物。村人が安心して暮らせる日々を取り戻すためにも、大人しく地獄へ逃げ帰ってくれていた方が良かったろう。一息つきながら思うリールの耳に、ヴェガの声が届いた。
「左に七体、近付いておる!」
はっとして顔を向けると、視界に飛び込んで来たのは向ってくる邪気を振りまく者の群。迎撃を、と思う間もなくその前に割り込むのはレンの姿だ。
「レンにおまかせなのー♪」
距離を取っていたレンが魔法を放つ。一塊となって突っ込んで来ていた魔物達はグラビティーキャノンをもろに食らい、木屑が飛ばされるかのように面白いくらいに吹き飛ばされていった。
北西の村。昨月の襲撃の跡が生々しく残る中を訪れたのはグラン・バク(ea5229)とエレアノール・プランタジネット(ea2361)の二人だ。グラン達は壊滅した村々を巡回しながらカオスの魔物達を討ってまわっていた。
「建物はほとんど全壊ね。井戸も壊されているし‥‥」
エレアノールは破壊の跡を見て回ってはその被害状況を確認する。カオスの魔物の討伐だけであればグランの石の中の蝶の様子を伺えばいいのであって、村の中にまで踏み入る必要のない場合もある。それでも逐次村に立ち入るのはエレアノールの希望あってのこと。復興プランの資料になれば、との思いからだ。
「何事も十全ではないわね」
村の状況を羊皮紙に書き留め、エレアノールは吐息と共にこぼした。
「これは、ぬいぐるみか‥‥」
一方、グランは炭化した家屋の近くで小さなぬいぐるみを見つけていた。元は白かったのだろう愛らしい兎のぬいぐるみ。煤と土で汚れて、耳は半分黒く焦げている。女の子の持ち物だったのだろうか――などと考えながらバックパックに詰め込んだ。エレアノールの護衛にも気を配りながら、持ち帰れそうな品々を見つけては確保していた。
「次の村に行きましょう、グランさん」
一通り見分を終えたエレアノールが声をかけた。彼女を馬に乗せようとして、グランは石の中の蝶が羽ばたいているのを見つけた。
「いや、その前に‥‥悪魔が来たようだ」
オーラパワーを付与した聖剣を抜き払うと、横から躍り出て来たけむくじゃらの小鬼の胴が切裂かれ、気味の悪い呻き声を漏らしながら一瞬にして小鬼の死体が消える。だが、その後ろにはぞろぞろと同じ姿の魔物が湧いてくる。
「アイスコフィン!」
次の村へ行く前に――まずは、目の前の魔物を片付けなければならないようだ。
●心の安らぎのために
主戦場より南西、湖から流れる川伝いに更に南下した場所にある川下の村。人口六十人そこそこの小さな村には現在、壊滅した村々から逃げ延びてきた二十名程の避難民が加わって普段よりも騒々しくなっている。更には支援班の冒険者達と――
「皆、昼食を運ぶのじゃ」
「はーいっ!!」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)からの指示に元気よく答えるのは十数人のシフール達。出来立ての食事を避難中の人々に運んで回る彼らは皆、『とちのき通り』にあるしふ学校の卒業生達だ。ユラヴィカの召集に応じて集まった彼らは、故郷を追われた苦難を避難民達の姿に重ねたか、日々積極的に雑用に励んでくれている。
「元気な人達なのね」
「‥‥そうですね‥‥」
避難所である集会所の外には、炊き出し用のテントが設営されている。簡易竈の火にかけられた大鍋の前でスープをよそうミーティア・サラト(ec5004)とイシュカ・エアシールド(eb3839)は、飛び回るシフール達の姿に微笑を浮かべた。
ちなみに、テント設営は力仕事を買って出たソード・エアシールド(eb3838)とオルステッド・ブライオン(ea2449)の手による。現在、ソードは足りない防寒具や毛布を買いに行き、オルステッドは村の警護中である。
「それにしても、オルステッドさんは随分心配していたわね」
「心配しているだろうとは思いましたけれど」
ミーティアに話をふられて苦笑するのはアリシア・ルクレチア(ea5513)。実はここに来る前、人捜しの依頼を受けて残党の徘徊する主戦場付近を探索しに出かけていた彼女。夫のオルステッドがそのことを知ったのは川下の村に到着し、警戒中の冒険者に妻からの伝言を聞かされてからだった。
「なんて言って謝ろうかしらって考えていたのですけれど、そもそも謝ることかしら‥‥って」
「心配する気持ちは良くわかる」
大量の毛布を抱えて戻って来たソードが、イシュカをちらりと見て言った。残党が村を襲う可能性も考慮し、民が安心できるよ守る者も必要だろうと支援班に参加したソードだが、実際には親友が心配だということの方が大きかったりする。
(「人見知りの癖に他人が困ってたら見過ごせない奴だから‥‥」)
まったく、と思いながらソードは集会所に毛布を運んだ。途中では、愛犬カルが子供達と遊んでいる。遊ばれているとも言うかもしれないが、村を訪れたばかりの時は暗い顔をしていた子供達の顔が、今は楽しそうだ。遊び相手が出来ただけでも、気持ちは大分明るく変わるようだ。
村の広場に、子供達を中心とした人々が集まっていた。避難民もいるが、もともとの村人の姿もある。その中心では、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)がメロディーで心安らぐような優しい曲を奏でていた。魔力のこもったその旋律は、ともすれば顔を合わせることさえ嫌に思い始めていた人々の心を落ち着かせ、共に耳を傾けさせている。
「村々で見つけたものだが、見覚えのあるものはあるか?」
別の場所では音楽の流れる中、討伐班のグランとエレアノールが一旦村へ戻って来ていた。グランが広げられるのは、村々を回って拾って来た雑貨類。集まった人々は自分のものがあるのではと覗き込み、持ち主の手へと、主を失ったものはその家族の手へと渡されている。
「あ! わたしのうさぎさん!」
耳が焦げたうさぎのぬいぐるみは、無事持ち主の手に返された。幼い少女は、汚れたぬいぐるみを嬉しそうに抱き締めて礼を言う。
「ありがとう!」
「もう大丈夫だ」
力強く保障されると、本当に大丈夫なのだという気持ちになるから不思議だ。
「いえね、わかるのよ。辛いんだって事はね? でも、生活が変わったのはこっちも同じなのよ」
「分けてあげたくてもできないものだってあるし、ねえ‥‥食料や水なんて限りがあるじゃない。冬なのよ?」
「そうね、皆さんも大変よね」
音楽を遠くに聞きながら、ミーティアは村の奥様方と共にいた。鍛冶師を生業とする彼女は包丁を研いでやりながら、話に頷いたり同意したりをしている。こういう時は無理に特別なことをしようとしなくてもいい。不満を話し、そうだねと言って聞いてもらえるだけでも大分心は救われる。
「そうなのよ、わかる? ‥‥まあ、本当に大変なのも苦しいのも、あの人達なんだけどね」
「‥‥そうね」
ミーティアは人当たりのいい笑顔を浮かべながら、話が尽きるまで彼女達に付き合った。
集会所の中のゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)と導蛍石(eb9949)の耳にも、外で奏でられる音楽は聞こえている。穏やかな静けさの中、医者であるゾーラクは病気の診察を、蛍石はリカバーやメンタルリカバーを使って怪我や心の傷を治して回っている。
「風邪ですね。お薬を処方しますから、食事の後に飲んでくださいね」
「お医者さんが来てくれるとは、ありがたいねぇ」
時期もあって風邪を引いている人が何人かいた。防寒が万全でないためだろう。追加の毛布はイシュカとソードが配って回っているので、大分ましになる筈だ。
(「あとは、衛生状態も改善して」)
写本「薬物誌」を使って薬を作りながら、ゾーラクはすべきこと、出来ることを考える。
(「ゴミの集積場所は必要。あとは、換気と‥‥」)
集積場所の設計は可能だから、作製は力仕事担当のソード達と協力して行おうか。食材と生ゴミは近くに置かない、とは炊き出し班にも伝えた方が良さそうだ。
「病原菌は澱んで乾燥した空気が好みなので、換気と濡れ布で部屋の湿気と空気の鮮度を保つようにしてください」
気付いた都度に必要なことを教えつつ、診察を進める。可能な限りの人々を診察して、少しでも病気の状態がよくなるよう支援するのが、ここでのゾーラクの務めだ。
「宗派は異なりますがお赦し下さい」
墓地にて、身内を亡くした人々に蛍石が断りを入れると、構わないと口々に返ってきた。取るものも取らず逃げて来て、遺品はおろか遺体を迎えに行くことも出来ない。きちんと弔えずにいた人も多く、宗派が異なろうとも儀式を行えるだけでもありがたい話なのだ。
「尊き魂よ、安らかに‥‥」
僧侶の蛍石は儀式の最後にそう呟いた。願わくば、少しでも犠牲者や遺族達の心が救われますよう。
キース・ファラン(eb4324)とオルステッドは、村に近い場所で敵の姿がないかと目を凝らしていた。討伐隊は順調に残党を片付けているようだが、追われて川下の村へ敵が来ないとも限らない。
「そもそも、嫌がらせは相手の十八番だし、拠点の襲撃は遊撃の基本だ‥‥」
「防衛も必要な役回りだな」
そのオルステッド、妻が村を訪れるまでは若干落ち着かない部分もあった。捜索班を助けに行こうか、しかし村を離れるわけにも‥‥などと一人悩んでいたようだが、無事に妻が目的を達して帰ってくると普段の落ち着きを取り戻した。
「警備をしているところを見せるだけでも、安心してもらえるだろうし」
「そうだな‥‥」
少しでも、街の人達の為になるように。それが、ここにいる冒険者たちの総意だ。
「‥‥こっちを見ている者がいるな」
ぐるりと視界を一周させたオルステッドが、村の方を示して言った。キースが振り向くと、三、四人の子供達が手を振っているのが見えた。側にいる犬は、ソードのカルだろうか。しふ学校の卒業生達の姿も見える。
「軽業でも見せてやろうかな」
「それは、喜ぶだろうな‥‥」
動けることのアピールにもなるし、と手を振り返しながらこぼしたキースだったが、身につけていた石の中の蝶を見て表情を引き締めた。
「‥‥と、敵のお出ましだな」
「やはり、来るか‥‥留まって正解だったようだ‥‥」
薄っすらと見える黒い影。幸い、数は大したことがなさそうだ。武器を構えて、守るための戦いが始まる。見守る子供達を安心させるためにも、ここから先へは進ませない――
討伐班は順調に残党の数を減らし、支援班は人々の心身の安定と安全に務めた。それぞれがやるべきこと、やれることを実践して時間は過ぎていく。
――そうして、人々は大小の傷を負いながらも少しずつ確実に、多くの手に支えられながら本格的な復興へと踏み出していくのだった。