寒中飲み比べ・どっちの酒豪ショー

■イベントシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月20日

リプレイ公開日:2009年01月28日

●オープニング

「寒中飲み比べ・どっちの酒豪ショー‥‥って、何これ?」
 新たな年を迎えて早二週間が経過した頃。ウィルの冒険者ギルドの職員は、自らが手に持つ羊皮紙に書かれた文字を目で追いながら眉を寄せた。
「何って、読んで字の如しだよー」
 けろりとして答えるのは、「港のアイドル」を自称する黒髪おさげの少女で、名を藍芳蕾(ラン・ファンレイ)という。自称の通り、大抵は港にいるところを目にする機会が多い娘である。その腕には、職員が眺めているものと同じ内容が記された羊皮紙の束が抱えられている。
「つまり、何だ‥‥飲み比べをやるから参加者を募集する、っていう、そういうこと?」
「まあまあ、ちょっと話を聞いて欲しいんだよー」
 怪訝そうな顔をする職員に、芳蕾はことの経緯を説明し始めた。


 ことの発端は、芳蕾の顔見知りの漁師がした話だった。彼は王都から少しばかり離れた所にある小さな町の出身で、年に数える程度の頻度で里帰りしていた。つい最近も年始の挨拶をしに実家へと帰ったらしいのだが、その故郷では今、ちょっと困った事態が起きていた。
「それが、この「寒中飲み比べ・どっちの酒豪ショー」なんだけどね」
 ぺし、と羊皮紙を叩いて芳蕾は続ける。
 町では年に一度、年の初めのこの時期に他所から客を招いて自製の酒を使っての飲み比べイベントを開催している。酒は町の特産品の一つで、このイベントは町興しと特産品のアピールを兼ねたそれはそれは力の入ったものであるらしく、今年でめでたく13回目を迎えるのだとか。
「13って‥‥半端な数だなぁ」
「おっと、それを言っちゃ駄目だよー」
 町民一丸となっての努力が実り、着実にこの町の酒の銘柄は浸透しつつあり、毎年少しずつだが受注は増えているらしい。その一方で、大会は徐々に盛り上がりを失いつつあった。理由は一つ‥‥マンネリ化してきているのだ。
「実行委員はおじちゃんおばちゃんで毎年同じ顔ぶれ、やることも飲み比べと無料試飲会くらいらしいんだよ。飲み比べへの参加者も代わり映えしない面子だから、観衆も飽きてきちゃったんだね」
「あー‥‥いかにも田舎にありがちなパターンにはまっちゃったわけか」
「そういうことだねー‥‥で! その漁師さんも困ってたからね、ここは私も一肌脱ごうかと思って」
 胸を張り、芳蕾は羊皮紙を職員の眼前に突きつけた。
「早速、イベントスタッフ募集と参加者募集のチラシを作ってみたんだよ。それが、これ」
「成程ね‥‥ちなみにこれ、報酬出るの?」
「スタッフには実行委員から出るよー。参加者には出ないけど、3位以内に入ればお店では売ってない、ちょっと珍しいお酒が貰えるそうだよ」
「‥‥そこは、町の特産品じゃないんだ」
「気に入ったのなら買ってね、ということなんだねー」
 中々の商売人根性だと苦笑する職員に「チラシ、貼り出しておいてね」と言い残し、芳蕾は風のようにギルドを出て行った。おそらく、大通りでもあのチラシを配るのだろう。
「飲み比べかぁ。あの町の酒、結構うまいんだよな‥‥」
 「俺も出ようかな」などと呟きながら、彼はチラシを貼る場所を探すべくギルド内を見回した。

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ 倉城 響(ea1466)/ アトス・ラフェール(ea2179)/ 赤坂 さなえ(eb4538)/ ギエーリ・タンデ(ec4600

●リプレイ本文

●広報活動はコスプレで?
 ウィル王都にある酒場の一つ。賑わうそこへ美しいリュートの音色が突然流れ出した。そんなサービスやってたっけ、などと思いながら客達がきょろきょろと音の出所を探り出すと、バーンと入り口を開けて小柄な少女が青年を伴って入って来た。
「お酒をお楽しみの皆さんにお知らせだよー♪」
 港のアイドルを自称する藍芳蕾と、アシュレー・ウォルサム(ea0244)の二人である。その芳蕾は、着ぐるみのようなウサギの衣装に全身を包んでいる。あたたかそうなもこもこの腕に抱いているのは、例の手製チラシの束だ。
「美味しいお酒で通の間じゃちょっと有名なあの町で、お酒のイベントが開かれるよー。その名も『寒中飲み比べ・どっちの酒豪ショー』! お酒好きさん、是非是非お出でだよ!」
「当日は酒豪達による飲み比べの他にもイベントがあるよ。それから無料の試飲会もね。詳しくはこのチラシを見てね」
 名工の作であるリュートの耳に聞こえのいい音にのせ、アシュレーは巧みな話術で「参加してみたい」「見てみたい」気分にさせながらチラシを渡して行く。
「へえ、あの町今年もやるんだね」
「おや、行ったことがあるのかい?」
「酒がタダで飲めるのかい? そりゃあいいね」
「タダだよー! 美味しいおつまみも用意して待ってるから、よろしくなんだよー♪」
 ぐるりと店内を歩いて宣伝を終えると、再度よろしくと言って二人は酒場を後にした。
「やー、アシュレーさんの話術は流石だね。一人でやるより一杯宣伝出来たよー」
「お役に立てたようで何より。お礼はバニーコートでいいよ?」
「だから、セクシーは着ないよ?!」
 宣伝活動には目立つ服装をする必要がある‥‥とか何とか言って、芳蕾にバニーコートを着せようと画策していたアシュレー。体のラインにぴったりの服はちょっと恥ずかしい、と抵抗する芳蕾とのちょっとしたバトルの末、可愛いまるごとウサギさんを着るということでその争いは決着していた。
「ファンファンの年ならもう大人だよー?」
「そう言われても着ないんだよー! さあさあ、次に行くんだよ!」
 えー、という顔のアシュレーの背中を押して、広報班は次なる酒場へと向うのだった。


●一方その頃会場は?
「冬の無聊を慰める、心浮き立つ催しですねぇ。是非ともご協力させて頂きましょう」
 会場となる町で、ギエーリ・タンデ(ec4600)が実行委員の老人達を前にまずは一言。飲み比べへの参加は遠慮したものの、運営のお手伝いならばとアイディア持参でやって来た。
「例年は飲み比べと試飲会だけなんだが、他にも企画を持って来てくれたんだって?」
「そりゃ助かるよ。なんせ年寄りばかりで頭がこっちこちに固まっちまってなあ」
「どんなイベントをやろうってんだい? というか、そりゃ私らでも出来るもんなのかねぇ」
 期待と不安の入り混じった視線がギエーリに集う。ギエーリは「勿論ですとも」と頷くと、考えてきた企画を語りだした。
「例えば、そうですねぇ‥‥同じ飲み比べでも量だけではなく、他に趣向を加えてみてはいかがでしょう」
「他って‥‥飲み比べの基本は量だろう?」
「ええ。しかし折角の自慢の味です。同じ形の杯に余所の産のお酒と混ぜて並べ、呑んで町のお酒を当てた者が勝ち抜いていく‥‥『違いの判る飲み比べ』、というのはいかがでしょうか」
「おお、それは新しいね!」
「また、一杯呑む毎に離れて置いた大樽の間を往復し、先に10往復+10杯呑み干した者が勝つ『テン・ドリンカー』というものもあります」
 他にも幾つかの案を提案されて、実行委員は目から鱗が落ちる気持ちだった。成程成程、とすらすら出て来るイベント案に感心しきりだ。
「私らじゃあ思いもつかなんだねえ」
「もしよろしければ僕が司会にて盛り上げさせて頂きますよ」
 更に付け加えた一言に喝采が飛ぶ。
「よしっ、それじゃあ試しにやってみようか! 兄ちゃん、ルールを詳しく‥‥あと出来るだけ簡単に教えてくれるかい?」
 こうしてギエーリを中心に自然と構成された企画班は、早速場所を移して当日のデモンストレーションを開始した。


「‥‥というわけで、対処法について簡単に説明していきますね」
 所かわって集会所の一室。酒飲みイベントということになれば当然必要となってくるのが救護班だ。天界ではナースとして、ウィルでは救護院勤務であることから、赤坂さなえ(eb4538)が講師となって救護担当者に対処法を教える会が開かれていた。
「まず、危険と思われるのは急性アルコール中毒でしょうか。あとは‥‥」
「二日酔いへのいい対処法なんかは?」
「そうですね、それもお教えさせていただきましょうか」
 ぱらぱらとあがる質問に答えつつ、どう対処するべきかを時折動きも合わせて丁寧に説明するさなえ。
「水分の補給も大切です。それから、寝かせる時ですが横向きに寝かせて気道を確保してください。嘔吐物が喉に詰まって呼吸困難に陥ることがあります。他には‥‥」
 難しい言葉は出来る限り使わずに分かりやすく、そして専門家でなくとも無理なく出来る範囲の事柄を。医学と天界知識、応急手当の知識などをフルに活用したさなえの講義は、熱心な聞き手の前で続けられた。


 さて、いよいよイベント前日のこちらは集会所にある調理室。村をあげてのお祝い事や祭りの祭にご馳走を作るために使われることが多いその場所で、倉城響(ea1466)は料理自慢のおばあさん方と共に明日の料理の下拵え中である。
「いやー、あんた方みたいな若い人に手伝ってもらえるなんてありがたいねぇ」
「ほんとにねぇ。いつものお祭りとは比べ物にならないくらい、今年は準備から賑やかだよ」
「これも、お嬢さん達のおかげさね」
「いえいえ♪ その分、明日は美味しいお酒を思う存分頂きますから」
 山菜を洗いながらおっとりとした笑顔で答える響は、当日は飲み比べに参加することにしている。
「試飲の肴はどうしましょうか?」
「例年は、薄く焼いたパンに魚や魚の卵の塩漬けをのせて配ってたね。あたしらの手作りなんだが、味見してみるかい?」
「あら、いいですか?」
「あとは、そうだね‥‥山のものも使ってみようかね」
「冬だから、温かいものもあった方がいいだろうねぇ」
「‥‥あら♪ 美味しいですね、これはお酒に合いそうです」
 他にもあれがあったこれがあった、と年配特有の賑やかさの中で時々つまんだりしつつ、響はおばあさん方の輪の中で楽しみながら準備を進めていった。


●いよいよ開催!
 晴天のよき空の下、さして広くない町の中に特設舞台が作られていた。この日のために冒険者と実行委員とで作り上げられたセットの前には、例年にない人だかりが出来ていた。その中には、ウィルの酒場でもらったチラシを持っている人の姿もちらほら見えている。
「えー、紳士淑女の皆々様! 本日はこの素晴らしいお日柄のもと、ようこそお出でくださいました! 私司会を勤めさせていただきます、ギエーリ・タンデと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 メインの舞台の真ん中に立って挨拶をするのは、今イベントの総合司会を担当するギエーリだ。礼をする彼に、観衆から拍手が注がれる。
「本日は遠路よりはるばるお越し頂いた方々にもお楽しみ頂けるイベントをご用意致しました。日が暮れるまで、心行くまでお楽しみ下さい!」
 わあっと拍手が起こり、再びギエーリが頭を下げる。かくして、第十三回目を迎えた町興しイベントは賑やかに開会した。


「うーん‥‥この味、この色、この香り。これは純度百のこの町の酒じゃない!」
「大正解〜っ!!」
 ギエーリが拍手を交えて発表すると、観衆からも大きな歓声が起こった。
 舞台上に置かれているのは横長のテーブルが一つ。その上には酒の入った同じ柄のグラスが十個並べられている。舞台の奥には手書きで『違いの判る飲み比べ』と書かれた看板が掲げられていた。
「さあ、現在四連勝中の挑戦者ですが、そろそろ難しくなってくる頃合‥‥次はどれを選ばれますかな?」
「むう‥‥もう色で区別は出来ないなぁ」
 真剣な面持ちでグラスを見比べ、飲み比べる挑戦者。観客もどきどきしながら見守る中、彼は左から二つ目のグラスを掴んで思い切って掲げた。
「よし、一か八かだ‥‥これは、この町の酒じゃない!!」
「よろしいですか? もう変えられませんよ?」
「男に二言無しだ!!」
「わかりました。さてさて、果たして正解か不正解なのか‥‥」
 たっぷりと間を置く間、挑戦者と観客席からはごくりと唾を飲み込む音が。じれったい間をとった後、ギエーリは大きな仕草と共に答えを発表した。
「残念、不正解です〜っ!」
「ええーっ?! しまった、迷ったんだよなぁ‥‥」
 頭を抱える挑戦者に、「嘘つけー」と野次が飛ぶ。その瞬間、会場がどっと笑いに包まれた。


●本日のメインイベント!
「紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせしました!」
 再び場所は特設舞台へ移る。中央には細長いテーブルが二つ並び、後ろに掲げられた看板に書かれたタイトルは『寒中飲み比べ・どっちの酒豪ショー』へと変わっている。舞台の左右には山積みの酒樽と配膳係が控える。
「いよいよ本日のメインイベント! 飲み比べを開催致します!」
 歓声と共に拍手が舞台上へ注がれる。既にテーブルを前に腰掛けている出場者達は、各々その声援に応えている。
「それでは出場者をご紹介いたしましょう! まずは常連、昨年は開始五杯で即寝落ち、今年はどこまで頑張れるのか、マイクさんとルイズさん!」
「どうもー!」
「よろしく!」
「続いてそろそろ中堅、独身酒豪のミレイさん〜!」
「独身は余計よっ!」
「‥‥あいや、これは失礼。続きましては昨年の準優勝、今年は優勝を目指すランチさん!」
「飲むぞーっ!」
「そして昨年度優勝者、酒豪中の酒豪ログさん! 以上が常連の皆様です」
 既にお馴染みの面々の紹介に、無料で配られたおつまみ片手の観衆からは温かみのある野次が飛ぶ。試飲か他のイベントで酒を飲んだのか、客席には赤い顔もちらほら目立つ。
「続きましては今年初参加の皆様の紹介です。癒し系ムードメーカー・響さん! 疾風の黒獅子・アトスさん! そして最後は西萌不敗・マスターウィル・アシュレーさん! 以上三名、果たして未知なる実力で嵐を巻き起こすのでしょうか?!」
 響、アトス・ラフェール(ea2179)は参加者、アシュレーは盛り上げのためのサクラとしての参加である。
「それでは皆様ご注目あれっ! 一杯目は行き渡りましたか? ‥‥では、始めっ!!」
 ギエーリの掛け声と共に、熱戦の火蓋が切って落とされた。


「うぅっ‥‥やばい、もうやばい」
「おーっと、現在六杯目のルイズさんが早くも危うい顔色です! 最初の脱落者となってしまうのでしょうか?」
「‥‥‥ぐー」
「いや?! 既にマイクさんが寝ています。マイクさん、今年は四杯目でやっぱり寝落ちです!」
「何やってんだマイクー!!」
「いいぞー、期待を裏切らないっ!」
「そしてその間にルイズさんがギブアップっ! 早くも二名が脱落しております」
「‥‥あら、美味しいですね♪ これ」
「おおっと、その横では笑顔が素敵な響さんが七杯目を空けました! まだまだ、表情が変わる気配がありませんね〜」
 マイペースに杯を重ねる響。入選には拘らず、他の参加者のペースに巻き込まれることもなく、自分の速さで美味しそうに酒を飲んでいる。時折飛ぶ「響さん頑張って」の声には笑顔で手を振って応える。
「お嬢ちゃん、頑張って〜」
「ツマミが欲しけりゃ持ってくよーっ」
 その中に共に今日の料理を作ったおばあさん方を見つけて、響は更に表情を和らげた。


 酒が注がれたグラスを持ち上げ、アトスはまずじっくりとその豊かな香りを確かめた。
「酒飲みは飲み方にこだわる。勿論私もです」
 そう、誰しもそうであるように、アトスも自分流の酒の楽しみ方というものを持っている。
 大量の酒を一杯でも多く飲めば良いというものではない。この一杯のグラスから感じられる穀物や果実の味を楽しみ、それらの栽培される様子、収穫の様子に思いを馳せながらありがたく頂く――それが彼のこだわりである。
 飲み比べとは言えども譲れないものがある。そして、譲れないからこだわりと言うのだ。
「‥‥ふんっ、若造が‥‥わかったようなことを」
 む、と眉を寄せてアトスが見た先にいたのは、しかめっ面でグラスを傾ける優勝候補。自称か他称か、酒豪中の酒豪と呼ばれるログ(五十七歳)。
「その若さではこの一滴の持つ骨にまで染みる生命力にまでは気付くまい」
「私のこだわりはまだ甘いと?」
「当然じゃ」
 鼻で笑うログとアトスの間に見えない火花が散った――ような気がした。
「酒の一滴は血の一滴。僅かでも無駄にする事無く昇華させる。この気持だけは誰にも負けません!」
「若造ごときには負けんぞ!!」
 舞台のほぼど真ん中で突如始まった男と男の静かなる熱い戦い。――果たして、勝つのはどちらだろうか。


「現在の途中経過です。脱落者はマイクさん、ルイズさん、ミレイさんと三名になりました。いやあ、熱戦が繰り広げられておりますねえ!」
 ギエーリの経過報告を聞きながら、アシュレーは自分のグラスを手に持った。そろそろ二十を超えようかというところだが、その顔色は一向に変わりない。それもその筈――半分以上は飲んだ振りをしているのだ。
(「あくまで盛り上げ役だからね」)
 サクラはサクラの役割を果たさなければならない。得意の手品で観客を沸かせたりして引き付けに協力していたが、残りの顔触れを眺めてグラスを置いた。
「本気の勝負は参加者間で、と」
 聞こえないように呟くと、配膳係にギブアップを告げた。


 舞台袖に転がるは空になった酒の樽。舞台上に残る参加者の数はいよいよ減って、響、アトスとそしてログの三名となっていた。ここで、自分の速度で飲み続けていた響がグラスを置き、いよいよ戦いは終局へと向う。
 勝ち負けである以上、そして男である以上は勝ちたい。その気持ちで二人は飲み続ける。それはこの十三回の歴史の中で稀に見る激戦であった。どちらかが一歩前へ出ようとすれば追いすがり、これを逆転する。そんな世紀の名勝負を前に、いつしか観客は勝負の虜となっていた。


 ――そして、終りは静かに訪れる。
「勝つ事は当たり前。ですが、自分に嘘はつけません」
 ことりと、先にグラスを置いたのはアトスだった。
「何じゃ、口ほどにもないな」
 ログが更に一杯を重ねて言う。アトスとて勝負である以上、勝ちたい気持ちは人一倍ある。あるけれど、しかしだ。
「限界がくれば盃は置きます。美味しく飲んでこその命の雫ですから」
 酒を楽しめなくなる前に盃を置く。それが彼のこだわりである。ログは新しいグラスの中身を飲み干すと、それを静かにテーブルに置いてアトスを見――手を差し出した。
「あんたのこだわり、天晴れだ」
 それを見て、アトスも手を差し出す。
「良い酒でした」
「ああ。まったく、今日の酒は格別に美味かった」
 二人が握手を交わした瞬間、固唾を呑んで行方を見守っていた人々の中から今日一番の歓声と拍手が沸き起こった。


●祭りの後の後日談?
 アシュレー、響、さなえ、ギエーリの四人はスタッフ報酬、更にアシュレーは参加賞の発泡酒、響は三位の賞品としてハーブワイン、そして準優勝のアトスはシェリーキャンリーゼが実行委員からそれぞれの手に渡されている。勿論、溢れんばかりの感謝の気持ちも同梱だ。
 こうしてイベントは大成功の内に幕を下ろした。ウィルで待つ芳蕾はその報せに、その場に行けなかったことを残念に思いながらも喜んだ。

 ところで、王都に戻った彼らを向かえた芳蕾により、ちょっとした慰労会が行われたりしたのだが。
「いやー、本当にお疲れ様だったねー。また何かあったらよろしくだよ♪」
「どういたしまして。それより、ファンファンこそお疲れ様でした」
 その席で気付かないままに魅酒「ロマンス」を飲まされ口説かれた芳蕾が本人もあずかり知らぬところでアシュレーに「お持ち帰り」されて翌日、
「アシュレーさん?! 昨夜何かあったの、無かったの、どっちなんだよー?!!」
「どっちも何も‥‥ご馳走様」
「キャー?!!」
 などというやり取りが真っ赤な顔の芳蕾と笑顔のアシュレーの間で行われていたりしたのだが――真相は闇の中。

 大方にとっての楽しい祭りは、最初から最後まで楽しいままに過ぎ去って行ったのだった。