【黙示録】奏でよ旋律、捧げよ歌を

■イベントシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:11人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月20日

リプレイ公開日:2009年01月27日

●オープニング

 その地の空は血の色に染め上げたかの如く赤く、炎の燃えるが如く紅かった。荒涼とした大地には異形の魔物共が蠢き、その大地も空気も黒く澱んでいる。この世とは思えない恐ろしい世界がそこにあった。
 その血色の空を、白銀の体毛に包まれた長い生き物が飛んでいた。この地には似つかわしくない美しい体は大蛇のように長く、その頭部は犬によく似ていた。
 不意に、その白銀の胴から何かが落ちてきた。ぽたりぽたりと珠を成して落ちてくるのは、赤黒い血の雫。柔らかな体毛を赤く染め、その身には大きな穴が四つ空いていた。
『‥‥力を』
 苦しげに、それは呻いた。血を流しながら、呻いていた。
『‥‥力を。私の力の源を‥‥源は、いずこに‥‥』
 嘆きにも似た響きは何度も繰り返されこだましながら、赤い空へと溶け大地へと染み込んで――


●旋律を
「‥‥という夢を見たわ」
「奇遇だね、僕もだよ」
 ウィルの冒険者ギルドである。その奥でテーブルを挟んで向かい合う二人の男女は、互いの顔を見て溜め息をついた。くたびれた印象の男性は冒険者で名をレジー、女性はギルドの受付係でライザと言う。
「ただの夢と思うには、あんまりにも意味深なのよね‥‥」
「見たって言う人も多いしねぇ‥‥」
「お告げか何かの類なのかしら」
「というよりは、助けを求めているようにも思えるかな」
 レジーが呟き、僅かに間が空いた。この所、仲間に同じ夢を見たと言うものが増えてきていた。他愛もない夢ならば気にも留めないが、内容が内容だけに流してしまっていいものか、と二人は悩んでいた。
「‥‥あれは、どこなんだろう」
「赤い空、黒い大地、蠢く魔物‥‥もしかして、あれが‥‥地獄?」
「だとしたら、あの白銀の存在は? 地獄で傷を負い苦しんでいたあれは」
 力を、力を、と。失った力を求めるように嘆いていたもの。夢を介して助けを求めてきたあれは、魔物と対極にあったあれはもしや――
「‥‥精霊‥‥?」


 傷ついた精霊は。白銀の精霊は人の夢を渡り、願う。
『歌を紡げ、音を奏でよ。舞踊り、祈りを捧げよ。私の力の源を、私に捧げよ。月の力を、私に捧げよ。その旋律で、私は今一度彼のものに一矢報いろう』

●今回の参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ シン・ウィンドフェザー(ea1819)/ ミスリル・オリハルコン(ea5594)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ フィニィ・フォルテン(ea9114)/ ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)/ レア・クラウス(eb8226)/ 木下 陽一(eb9419)/ ギエーリ・タンデ(ec4600)/ ミーティア・サラト(ec5004

●リプレイ本文

●精霊は乞う
 血の色で塗り潰された空を、白銀の精霊が弱弱しく飛んでいた。
『‥‥力を、私の力の源‥‥歌を。音を。踊り、祈り‥‥月の力を』
 人の夢を渡りながら願いを口にする。届けと願う。捧げよと。どうかどうか、混沌を退ける力をと精霊は乞い続け――

 その耳が、この世界に似つかわしくない美しい音色を捉えた。


●月を望む場で
 見上げれば、そこに広がるのは雲の無い夜空。故郷で言うところの星の瞬きによく似た月精霊の輝きを見上げ、木下陽一(eb9419)は一息ついた。少し前までかかっていた雲は、陽一のウェザーコントロールで晴れている。
「同じ祈るなら、晴れにした方がいいよな」
「そうね、月の精霊様ですものね」
「そうですね」
 ミーティア・サラト(ec5004)に続いて同意するミスリル・オリハルコン(ea5594)の手には、ジ・アースはジャパン産の白い餅を載せた盆がある。
「ミスリルさん、それって餅?」
「はい。お月様への願いが込められたお餅なのだそうです」
 ジ・アースで受けた依頼で貰ったという兎餅。願いが込められているのならば、これも精霊の力になるかもしれない。そう思って持参したものだった。
「月の精霊様に直にお会いできれば得意のお料理を召し上がっていただくことも出来たのですが、‥‥今回はお供え物で我慢です」
 その心遣いも含めて精霊を想う気持ちを祈りに捧げよう、と思いながら視線を人が集まっている方へと向けた。

「うん、ここがいいと思うわ」
 草原をあちこち移動して見回していたレア・クラウス(eb8226)が満足げに足を止めた。そこは上に遮るものはなく、月精霊の光がたっぷりと注がれる場所。
「さあ、始めましょうか」
 そのレアの言葉に、ルーナのルミナスが嬉しそうに頷いた。


●想いよ届けと
 ちりん、と美しい音が響く。妖精の声に似た音色が奏でられる中、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が奉納舞を踊る。踊る度に鳴る鈴の音は、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)の奏でる伴奏と合わさって、透き通るような音をなす。
(「精霊殿‥‥」)
 祈りながら舞う側では、ユラヴィカの半分ほどしかない辰砂が主を真似て楽しそうに踊っている。踊れないアルシノエも、同じ属性のものへ祈りを捧げていることだろう。
(「生きて頑張って欲しいのじゃ」)
 明珠と銀華を伴うディアッカも共に祈りながら奏でる。精霊に届くようにと、力の限りに。


「さーて、それではあの犬っころに一泡吹かせるため一曲奏でるとしますか」
 ユラヴィカとディアッカによる奉納舞の後を継いでバイオリンを取り出したのはアシュレー・ウォルサム(ea0244)。その弦を引いて奏でるのは明るい曲調。畏まった音ではなく、それは思わず踊りだしたくなるような、楽しさを振りまく軽快な音色。
「さ、皆踊って」
「踊りや歌で誰かを救えるならやらないわけにはいかないわね。ルミナス、私達も踊りましょう」
 レアがルミナスの手を取って踊り始めると、アシュレーのペットである月華と月丸もそれに加わる。更に人と精霊が入って、思い思いの踊りを続ける。決まった形などはない。この場に、上手も下手もない。精霊が求めるままに、思うように奏でて踊る。
「夢の中で語りかけてきた方にとって私の歌がお役に立てるのなら‥‥」
 フィニィ・フォルテン(ea9114)は夜空を見上げ、すうっと息を吸い込んだ。
「どういう歌が良いのか分りませんが、原点に返って冒険者になったばかりの頃に作った歌を歌おうと思います」
 演奏に合わせて、踊りに合わせて、フィニィは自作の詩を音に乗せて歌い始めた。その隣でフィニィを真似て歌おうとするリュミィの愛らしさを見、自然と笑顔をこぼしながら。


 ♪お陽様の様に 実りを運ぶ
 輝きは無いけれど
 夜空に光る あの月の様に
 優しく力になりたい

 お陽様の様に 全てを照らす
 輝きは無いけれど
 夜道を照らす あの月の様に
 道行く力になりたい

 闇夜を照らす 月の様に♪


「‥‥思えば、俺のアトランティスでの冒険は、シーハリオンへのドラゴン探索から始まったんだったな」
 フィニィの類稀な歌声は心に響き、冒険者達は経験してきた冒険の記憶を揺り起こされた。シン・ウィンドフェザー(ea1819)もアトランティスでの冒険を思い出しながら、ガグンラーズを見やった。
「そして巡り巡って、今じゃ隣にゃエクリプスドラゴンから預けられた仔竜がいる‥‥こういうのを『縁』ってのかねぇ?」
「キュア?」
 ガグンラーズは主を見たまま首を傾けた。シンは仔月竜を撫でると、ハーモニカを取り出した。
「演奏は、下手の横好き程度の腕しかないが」
 だが、ここはプロの演奏会ではない。技術の前に、大切なのはそこに込められるもの。己の想いを演奏に、歌に、舞に込められるか、それが最も重要なことの筈。
 シンはハーモニカに息を吹き込んだ。奏でられる音は達人級の音色には及ばないながらも、想いが技術を補って余りある。冒険の中で得た希望、歓喜、時に怒りや悲しみ、落胆もあったろう。その全てを調に変えて、シンは『それ』に願う。再び飛び立つことを。
「キュアア!」
 その演奏に合わせて、ガグンラーズが鳴き声を――いや、歌を歌う。それは、仔月竜の短い人間界での体験から得た想いだろうか。

 気付けば音楽が大きくなるに合わせて精霊達が、そして仔月竜達の鱗が、柔らかな輝きを放ち始めていた。


●旋律は地獄の空へ
『おお‥‥おお。歌が聞こえる。旋律が、幾重にも合わされる合奏と、人の子の踊りと‥‥祈り』
 人々の紡ぐ旋律、まだ小さく個々のものであるそれを、精霊は異界の空で確かに感じた。傷ついたその体は、届く調によって少しずつだが力を取り戻していく――だが、まだ足りない。
『歌え、奏でよ。踊り、祈りを捧げよ。私と同じ月の眷属も、共に』


「さあ、私達は月に向かって詩を吟じましょう!」
 ギエーリ・タンデ(ec4600)の呼びかけに、同業者達が大きく頷いた。吟遊詩人ギルドで是非共に、と声をかけて集めた人々だ。人の数も詩の数も、多い方が精霊はきっと喜ぶだろうと思ってのことである。
「先の月例祭では昨年会心の作を捧げましたが、此度は新作。夢に見たあの姿を思い浮かべて詠います!」
 歌の合間に、ギエーリは目を閉じると夢で見た精霊の姿を瞼の裏に思い起こした。白銀を纏うその美しさと荘厳さを、傷つきながらも敵に立ち向かう勇壮さと、それを援ける人々の想い。そして最後に、カオスの魔物に対する勝利を。
 高らかに詠いあげられたそれは、さながら勝利までの叙事詩のよう。
「精霊様も地獄というところで、世界の為にカオスの魔物と戦っていらっしゃるのね。それは是非応援して差し上げなくてはいけないわね」
 詩人達が詩を吟じる間に、ミーティアは月精霊を讃える歌を歌った。昔から伝わる、月霊祭でよく歌われる歌だ。特別音痴でもなければ上手いわけでもないけれど、その分精一杯の心を込めて歌う。精霊への感謝と、傷ついたその体の回復の祈りと、そして最後に無事戻ってこられるようにと願いながら。
 歌に合わせてアシュレーが巧みに伴奏を変え、フィニィがコーラスをつけて盛り上げる。技術のないものは気持ちで、あるものは個々の音が一つになるように努めながら、曲は続く。
(「どうか皆のこの気持ちが、精霊様に届きますように‥‥」)


●想いを重ねて
 踊りの輪が広がる外では、ミスリルとルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が嗅ぎ付けてきたカオスの魔物と戦っていた。剣を振るい戦い続けながらも、その場にも歌声は響いていた。ペガサスに騎乗して儀式の防衛に務めるルエラの声だった。
 その剣が最後の一体を仕留め、ルエラは辺りを見回した。夜の光のなか、敵の姿はなくなっていた。
「打ち止めでしょうか」
「そうだとよいのですが」
 警戒しながらルエラ達は儀式の中心を見て、目を見張った。
「これは‥‥」
 気付かない程度に光を放っていた精霊と仔月竜。その光は儀式の高まりを表すかのように、いつのまにか大きく強くなっていた。まるで、彼らを通じて精霊が働きかけているようで――
「あっ‥‥空!!」
 誰かが上を指して声をあげた。それにつられて空を仰いだ人々は、そこに不思議な光景を目にする。
(「あれって、‥‥ファルコン?」)
 それは白銀の毛並みを持つ長い生き物。その姿に、陽一は自分の世界の物語に描かれた幸いの竜を思い出す。それに似た姿の精霊は、赤い空を背負って飛んでいる。その場に満ちた月の力が、地獄にいる精霊の姿を夜空に映し出したのだろうか。
「あのお姿‥‥月の高位精霊ルーム様!!」

『歌、旋律、踊りと、祈り‥‥続けよ、奏でよ。人の子と、私と同じ月の僕達。この爪が彼のものに届くまで』

「ルエラ、一曲踊らない?」
 ルームの姿をただただ見上げていたルエラのもとに、バイオリンを置いてアシュレーが歩み寄ってきた。差し出された手を見て、ルエラは剣を収めるとそこへ自分の手を重ねた。
「最後は皆で、一つの音を!」
 そして最後の曲が始まる。


 ♪重なる銀の色
 謳う星々
 漂う雲は鏡のように口ずさむ

 惑う声束ねて
 旋律を風に乗せ
 この空を揺らして

 祈れよ
 さあ 時は満ちたこの場所で
 囁け

 踊れよ
 さあ 願う者は集い
 唱えよ
 崇める祈り
 遥か彼方へ
 届けよ


 いつの間にか、旋律は一つになっていた。人と精霊と竜とが重ね紡いだ音楽は夜空に響き渡り、地獄にまで届く。ルームのもとへ確かに届き、そして彼は憎き門番をひたと見据える。
『人の子らよ。その歌、その音、その舞‥‥そしてその祈り。しかと纏めて彼のものを射よう。我等に勝利をもたらすために‥‥!』
 そして精霊は再び戦いの場へと飛び立つ。捧げられた想いを、渾身の力へと変えて。


 それから間もなく、儀式を終えた冒険者達の元へ地獄からの吉報が届けられる。

 ――ケルベロス、撃破。