お嬢様の放火魔捜し

■ショートシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月26日〜01月30日

リプレイ公開日:2009年02月03日

●オープニング

 サラ・ドゥッティはお嬢様である。
 ふわふわと風に踊る栗色の長い髪。長い睫に縁取られた大きなブラウンの瞳が愛らしさをより際立たせる、そんな整った顔立ちの少女だ。その白く細い肢体はいかにもか弱く守りの手を必要としそうに見え、桜色の唇が笑みの形を作ればそれはさながら花が綻んだよう。窓辺に静かに佇むその姿は、さながら一枚の絵のように見える。
 ――もっとも、それはサラが黙って、動かないでいればの話。
「‥‥お嬢様、本日は何をなさっているのですか?」
 掃除をするために箒片手にサラの部屋を訪れたドゥッティ家のメイド、そして幼少からのサラのお世話係であるリムは、窓枠の前に立つサラの姿を見て心からそう思った。
「まあ、リム。いい所に来ましたわね。誰かに伝言を頼まなければと思っておりましたの」
 振り返ったサラは、リムの姿を確認してにこりと微笑んだ。栗色の髪はツインテール、服は動きやすい乗馬スタイルに似た服装で、背中には皮袋を背負っている。その細い腰にはショートソードまで提げてあった。そんなサラの格好を見れば、嫌な予感を覚えずにはいられないリムである。
「‥‥お嬢様、伝言の前に確認をさせてくださいませ」
「何ですの?」
「その、今にもちょっと冒険にでも出かけそうな格好はどうなさいました?」
 質問に、サラは心外そうに眉を寄せて答えた。
「まあ、リム。冒険などと、わたくしそこまで短慮ではありませんわ。修行中の身ですもの、己の身の程は弁えております。第一、登録も済ませていませんのよ。依頼は受けられないでしょう?」
「冒険に出るわけではないのですね?」
「ええ。違いますわ」
 きっぱりと冒険を否定され、リムは心から安堵した。何せサラときたら窓枠に両手と片足をかけ、今にも窓から外へ出て行こうかという様に見えたのだ。
「安心しました‥‥私はてっきり、またどこぞへ盗賊退治にでも行くのかと」
「あら、それは惜しかったですわね。今回は盗賊退治ではなく、放火魔退治ですわ。捕まえたら戻りますから心配しないでくださいませ、とお父様に伝えてくださいな」
「ああ、放火魔ですか。それでしたら街中ですから安ぜ‥‥‥って、放火魔?!!」
 一瞬流しそうになったリムは、台詞の重大性に気付いてぎょっとした。
「放火魔?! お嬢様、今放火魔と仰いましたか?」
「あら。あなたはご存じなくて? 最近、パーティーの日を狙って貴族の邸に火をつける不届き者がいるそうですのよ。今の所は小火騒ぎのみで怪我人は出ていないそうですけれども、取り返しの付かないことが起きる前に犯人は捕まえるべきですわ!」
 ぐっと拳を握って、サラは熱く語った。それも全ては放火魔許すまじという正義感から来ることで、決して悪いことではない。ただ、久方ぶりに燃えているサラには申し訳ないが――
「お嬢様、大変申し上げにくいのですが‥‥」
「どうしましたの?」
「その事件、昨月に既に解決しております」
 幸運というべきだろうか、その放火魔は先月ドゥッティ家で開かれた夜会の折に、冒険者達によって捕縛されている。サラは宿敵と火花を散らしていたので、今日までそのことに気付かなかったのだった。
「その騒ぎも既に収まっております。ですから、ご心配は無用です」
「‥‥解決?」
 きょとんとして首を傾げるサラに、リムは大きく頷いた。大きな目をぱちぱちと瞬き、サラはリムに向き直ると不思議そうに言った。
「それはおかしいですわ、リム。だって、わたくしがその噂を聞いたのは今朝ですのよ」
「今朝?」
「ええ。日課の走り込みの途中で、ご近所の使用人達が話していましたの。つい一昨日のことと言っていましたわ」
「えぇ? ‥‥それは初耳です」
 犯人は捕まった筈なのに、とリムは眉根を寄せた。これは後で主に報告しなければならないかも――などと考えている間に、サラは窓を豪快に開けてその枠に足を置いていた。
「解決していないではありませんの。さあ、いざ聞き込みですわ! 王都を騒がす不届きものは、このわたくしが許しませんわよ!!」
「おおおおお待ちくださいませっ!!」
 今にも飛び降りようとするサラを、リムは慌てて押し留めた。
「そこは玄関ではありません‥‥ではなくてっ! そのような危険なこと、お嬢様がおやりにならずとも誰かがしてくれます。お嬢様は危険なことに首を出してはいけません!」
「‥‥何故ですの?」
「旦那様が心配するからです! そうです、それに‥‥」
 リムは先月の事件の時の噂を思い出して体を震わせた。
「最近は物騒です。あの時も、化け物が火をつけて回っているのでは、なんて噂もあったのですよ? お嬢様、ゴブリンにさえ手も足も出なかったのをお忘れですか。それ以上に恐ろしいものだったらどうなさるのです。怪我では済まないかもしれないのですよ」
「化け物‥‥」
「ええ、ですからどうか関わるのはお止めになって‥‥」
 途中で、リムは己の失言に気付いてはっとなった。放火魔だけでも十分なのに、この上化け物などと付け足すのは、サラの燃え上がる正義の心に油を注ぐ行為に等しい。しかし、気付いた時には既に遅し。
「それは‥‥それは、一層見逃すことなど出来ませんわね! ええ、人々の平和の為、見過ごすわけには参りません。いざ、聞き込みですわ!!」
「おおおおお待ちくださいお嬢様あああ?!」
 きらきらと瞳を輝かせ、サラは再び窓から飛び降りようとする。必死でそれは阻止したリムだったが、いくら説得してもサラの放火魔退治への情熱を冷めさせるには至らず――まあ、分かりきったことではあったのだが。
「わ、わかりました! ではこのリムが助っ人を呼んできますから、それまでお待ちくださいませっ!!」
――という所で妥協してもらうのが限度だった。

●今回の参加者

 ea9494 ジュディ・フローライト(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb4219 シャルロット・プラン(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec6040 江崎 優也(23歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●お嬢様と合流
 王都の貴族街、その一角にて。
「さあ! 今日も張り切って聞き込みに参りますわよ!」
「お、お待ち下さいお嬢様! 今日から冒険者の皆様がお出でになると」
「いざ行かん! ですわ!」
「あああ‥‥」
 ショートソードを提げた元気一杯のサラの姿と、制止に失敗して溜め息を零しつつサラの後を追いかけるリムの姿があった。
「元気な方ですね」
「元気と言うか、暴走しやすい人のようですね」
 ドゥッティ邸へ向う道の途中で既に行動開始しているサラを発見した晃塁郁(ec4371)と富島香織(eb4410)が、サラ達の姿を眺めながら苦笑しつつ呟いた。
「ドゥッティ様達のお姿が見えなくなる前に、早速合流しましょうか」
「では、声をかけてきましょう」
 ジュディ・フローライト(ea9494)が提案すると、シャルロット・プラン(eb4219)は颯爽とサラ達の元へ近付き、そして二人に声をかけた。
「―お急ぎのようですが、まずは落ち着いて香茶でもいかがですか」
 塀を乗り越えようとしていたサラと彼女を抑えていたリムは、シャルロットの顔を見てどちら様かと首を傾げた。


●優雅にお茶会――?
 白いテーブルに真っ白なテーブルクロスがふわりとかけられる。小春日和の天気の中、温められたカップに注がれるお茶の香りを楽しむ様はさながら優雅なお茶会の如く――貴族街の通りのど真ん中という、突拍子もない場所であることを除けば、であるが。
「まあ、では皆様が依頼を受けてくださった冒険者でしたのね! 失礼を致しました、わたくしが依頼主のサラ・ドゥッティですわ。そして、こちらはリムです」
「ええと、よろしくお願いいたします」
「放火事件、大きな被害や犠牲者が出る前に、止めたいですね」
「ええ。何事か起きる前に解決しませんと!」
 ジュディの言葉に決意の炎を燃え上がらせるサラ。そんな正義感溢れる彼女の力になりたい、というのもジュディが依頼を受けた理由の一つだった。
(「‥‥とは、いえ。わたくしの方がよっぽど足手纏いにならないかと心配ですけれど‥‥」)
 体力には自信がないだけに、とこっそりと溜め息をついた。
「依頼は放火魔の調査ということでしたが――その噂を聞いたのは、早朝の走り込みの最中だったと伺いました」
「ええ、そうですわ」
 自己紹介を終えて一通りサラが状況を説明すると、シャルロットは成程と大きく頷いた。
「なるほど、早朝の走り込みですか‥‥使用人達の朝は早いですからね。私も朝の日課に組み込んでみましょうか」
 そっちかよ――いや、そうじゃなくて。
「ともあれ、その話をしていた方達のどこの家の方か覚えてらっしゃいますか? ――例えば、今こちらに影から注目している使用人さんたちの中にいるとか」
 後半は声を潜めて、シャルロットはサラに尋ねた。場所が場所で――繰り返すが通りのど真ん中である――お茶会などが開かれていれば、それは周囲の好奇の目も注がれようというもの。ぐるりと眺め、サラは頷いた。
「では、詳しく話を聞きに行きましょう」
 カップの中を空にして、彼女達は立ち上がった。


●事情聴取
「火をつけた時のこと? だから憂さ晴らしを‥‥大事にするつもりはなかったんですよ。ちょっと脅かしてやろうと思っただけで」
「酔ってたから記憶も曖昧なんだけど‥‥邸の明かりを見たら、急に火を付けたくなったんだよ」
 衛兵の詰所にて、捕まった二人は尋ねた彼女達にそう答えた。主に問答していたのは香織で、犯人達が話す時の目の動きや動作に注意を払いながら話を聞いていた。
「‥‥衝動的犯行。これは所謂「魔」が注したということか」
「言いえて妙、ですわね、プラン様」
 精霊のいたずらと考えるには条件が偏りすぎている。魔の仕業ということは十分に考えられるがさて、魔は魔でも、果たしてその「魔」とは何ものか。
「あの方々、自分達がやったのはあの夜の一件のみと言ってましたね」
「連続放火魔ではなかった‥‥ということですの? そうすると、これまでの犯人も別にいる可能性が出て来ますわね」
「そうですね‥‥嘘をついているような兆候も、見られませんでしたし」
 香織の持つ心理学の知識に照らし合わせても、嘘をついている時の特徴は見られなかった。それを信じれば、彼らはあの一件のみの犯人ということになる。
「魔の甘言があったのか、なかったのか‥‥現場に何か残っていればいいのですが」
 話しながら向うのは、五日前に小火騒ぎが起きたという貴族の邸である。


●現場調査
「アルミナ、お願いしますね」
 ジュディが頼むと、アータルのアルミナはアッシュワードを唱えた。殆ど片付けられた出火跡に残された僅かな灰に尋ねるのは、「いつ、何者により火をつけられた」のか。
「‥‥五日前、放火で火をつけられた。何者かはわからない。人ではなく、飛んで逃げた」
「人ではない‥‥?」
「や、やはり化け物が‥‥?」
 サラは灰の答えに眉を寄せて、リムは恐ろしげにぶるりと震えた。
「人ならぬ『化け物』‥‥やはり、カオスの魔物でしょうか?」
「だとすると張り込み、現場近くにいるところを滅するしか手はなさそうですね。とは言え、富島さんの方の結果も合わせて判断すべき事柄ですが」
 サラ達の耳に入らないように会話していた二人は、パーストで過去を視ている香織の様子を伺った。終わったらしい香織は振り返ると、首を縦に振った。
「見えたのですね?」
「はい。小さな影です。子供くらいで、手にふいごを持っていました。火を放って、直ぐに消えてしまいましたが‥‥恐らく、虫か何かに姿を変えて逃げたのでしょうね」
「犯人がわかりましたの?!」
 ぱあっと顔を輝かせたのは会話が聞こえたサラだった。
「それで、香織様! 犯人は何者でしたの?!」
「ええ、犯人は――」
 依頼書を見ての推測と、これまで集めた情報。そこから導き出された答えを――おそらくカオスの魔物の仕業だろうということを伝えようとした香織の言葉に、塁郁の緊迫した言葉が重なった。
「塀の外に反応があります!」
 その言葉で、冒険者達の間に一気に緊張が走った。


●姿を現した犯人は――
 カオスの魔物の気配を探していた塁郁は、塀の向こう側にそれの気配を察知した。最初は遠かったそれは、少しずつこちらへと近付いてきている。
「塀の外ですわね? 成敗ですわ!」
「あっ、ちょっ‥‥お嬢様あ?!」
 ショートソードを抜き放ち、サラは裏門目指して駆け出した。表門に向うには距離があったためだろうが、慌ててリムもサラを追いかけた。
「ドゥッティ様! ああっ‥‥危険ですから、わたくしはお二人の近くに参ります」
「お願いします、ジュディさん。私達は迎え撃ちましょう!」
「あちらから来るとは、好都合ですね」
 ジュディが二人を追い、その場には三人が残った。
「‥‥近いですね」
 香織の石の中の蝶も強く羽ばたいている。もう直ぐ側まで来ている筈なのだが、姿が見えない。
「姿を変えているのでしょうか‥‥それなら」
 香織は先程パーストで見た存在を対象として、ムーンアローを放った。あれがこの場にいるのならば矢が当たる筈――
『グギャァッ?!』
「! いました‥‥でも」
 香織の放った光の矢は対象に向けて飛び、命中した。だが、それがいたのはあろうことか塀の向こう側。
「急いで外へ出ましょう!」
 頷き合って、三人は今見送ってしまったサラ達を追って裏門へと走って――直ぐに足を止めた。何故ならば、出て行った筈のサラ達三人が戻って来たからだ。
「どうかしましたか?」
 尋ねると、ひどく不機嫌なサラがむすりとしたままで頭を振った。
「どうもこうも、あのアデルが‥‥」
「アデル?」
「実は‥‥」
 ジュディがこっそり語ったことによると、勇んで向った先でばったりと宿敵に遭遇してしまったのだという。アデルという名の令嬢はサラを散々馬鹿にした挙句、「冒険者ごっこはご卒業なさったら」と言い残して恋人と共に去って行ったのだとか。申し訳なさそうな恋人の様子も、サラが不機嫌になった要因の一つで――まあ、この話は置いておいて。
「慌ててどちらへ行かれますの? 犯人は?」
「それを追っている所です。外にいるので‥‥」
「外には何もおりませんわよ?」
「‥‥‥ええっ?」
 そんな筈はない。確かに矢は外へ向ったのだ。だが、サラもリムも、そしてジュディも矢を見ていないという。

 再度塁郁がデティクトアンデットで先程の魔物の気配を探したが、手負いの筈の敵の姿を見つけ出すことは遂に出来なかった。


●捜索は次回で
「逃げられはしましたが、しかし犯人が何ものなのかは突き止められましたもの。成果は十分ですわ!」
 ドゥッティ邸門前にて、サラは冒険者達にそう言った。もともと、今回の依頼は聞き込み調査の手伝いと護衛。その調査の結果、犯人が人でなく『化け物』であることが突き止められたのだ。満足いく結果である。
「捕らえられなかったことは残念ですが」
「どの道、張り込もうにも期間中には開かれるパーティーがありませんの。皆様の心意気は大変ありがたいものと思いますから、申し訳ないのですけれど」
 犯人は大勢集まるパーティーしか狙わない。張り込むにしても、場所は吟味しなければならないのだ。そして、今回は期日の中に都合のいいものがなかった。
「というわけですから、次回は犯人をしかと捕らえて‥‥あら、化け物ということは直ぐに成敗ですかしら? ‥‥ともかく、次は逃さぬよう張り込みですわね!」
「次って‥‥お嬢様、まだ続けるんですか?!」
「まあ。犯人を捕らえるまで続けるのですわ。当然でしょう? 皆様、ご協力ありがとうございましたわ! ‥‥さあ、リム。わたくし達は場所を選定しますわよ!」
「ちょっ‥‥ええ〜っ?!!」
 拳を高く突き上げたサラは、冒険者達が呆気に取られて見守る中、決意新たに悲鳴を上げるリムを引き摺りながら邸の中へ入ったのだった。