カオスの侵攻〜君想ふ故に我はよぶ

■ショートシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月31日〜02月06日

リプレイ公開日:2009年02月08日

●オープニング

●声が聞こえる
 その平原に、クラリッサは独りでいた。
 踏み荒らされた草に、抉られた大地。そこに残るのはまだ新しい戦いの跡。その中を彼女は一人進む。立ち止まってはしゃがんで草むらへ手を入れたり、岩陰を覗き込んだりしながら進む――捜す。ここで姿を消した、首飾りの一つしか残していかなかった愛しい人を。
「フランツ‥‥」
 その名を呼んでみるが、返ってくる声はない。もうどれだけの時間をそうして過ごしただろう。昼と夜を何度迎えただろう。それでも彼女は捜し、呼び続けた。諦めたくなかった。また会えると信じていたかった。

――クラリッサ‥‥

「!!」
 その彼女の耳に、愛しい人の声が聞こえた――気がした。フランツが自分の名前を呼んでいる。空耳だとは思えなくて、クラリッサは振り向いた。そして、見た。
 その先に広がっていたのは、暗い空に赤い大地――この世とは思えない世界。聞こえてくるのは不気味な呻き声と獣の鳴き声。それに混じり、愛しい人の声が聞こえる気がする。
「‥‥フランツ? フランツなの?」
 彼女は赤い大地へ一歩踏み出す。その恐ろしい景色の中に恋人の姿を探し、彼女の目は忙しく周囲を伺う。
「フランツ? どこにいるの?」

――クラリッサ‥‥クラリッサ、どこに‥‥

「ここにいるわ! フランツ‥‥っ、迎えに来たわ、どこにいるの?!」
 ともすれば紛れて聞こえなくなってしまう声を頼りに、彼女は異界を彷徨う。その前に大きな川が見えた。更に向こうには、巨大な門のようなものもある。その川の対岸を見て、彼女は目を見開いた。
「フランツ!!」
 彼女に背を向けて、愛しい人が立っていた。クラリッサの声が聞こえていないのか、その足は門へ向って進んで行く。
「フランツ! 待って、行かないで!! そっちへ行かないで!!」
 何故かはわからない。けれど、その向こうには行ってはいけない、そんな気がした。クラリッサは引きとめようと叫びながら川へ足を入れて――
「っ‥‥?!」
 引き摺られるようにしてクラリッサの体は赤い川の中に沈んだ。それでも、溺れながらも彼女は彼の背に手を伸ばしてその名前を呼ぼうとする。けれど、それらは全て音にならない。
(「フランツ‥‥っ!!」)
 心の中で呼ぶ声に、彼が足を止めて振り返る。その顔がもう少しで見える――というところで、クラリッサの体は川の中へと完全に消えた。



 ウィル王都の冒険者ギルド。受付嬢であるライザは今、渋い顔でジプシーの女性と向かい合っていた。整った容貌に美しい金髪、以前までは明るい印象を振りまいていた瞳は憂いを帯びてそこにある。
「‥‥夢でフランツが呼んでいたから地獄へ迎えに行く、って?」
「ええ、そうよ」
 ライザの問いに淡々と返すのはクラリッサ・デナン。カオスの魔物との戦いで恋人が行方不明となり、その姿を求めて独り主戦場を捜し回っていた女性だ。
「無謀すぎるわ」
「だから、同行者を募りに来たのよ。依頼内容は私と一緒に地獄へ行くこと‥‥別に、フランツを捜すことに協力しなくてもいい。地獄の調査、したい人もいるでしょう。私を口実にして、自分の目的を優先してくれていいわ‥‥私は、あの川を越えられればそれでいい」
 自分の命への頓着が薄いクラリッサの言葉に、ライザは思わず顔を顰めた。
「‥‥門はあれきり動きがないのよ。行っても開いてない可能性の方が高いし、次にいつ開くかもわからないわ。どこに繋がっているのかも不明。もしかしたら、帰って来れなくなるかもしれない」
「門は開くわ。帰って来れない‥‥構わないわ。あの世界にフランツがいるなら、私は」
「クラリッサ!!」
 黙っていられなくなってライザは声を荒げた。薄い笑みを浮かべていたクラリッサは口を閉ざすと、そのままライザに背を向けた。
「クラリッサ、待ちなさい! 話を‥‥」
「依頼、貼り出しておいて」
 言い残して、クラリッサはギルドを後にした。見送ったライザは深く溜め息をついて羊皮紙を見下ろした。
 主戦場から連れ戻された時。フランツのものと思しき首飾りを持って帰って来た彼女は、保護した冒険者の人柄もあったのかいくらか落ち着いているように見えた。しかし、今去って行った彼女は前にも増して危うい雰囲気を纏っている。
 夢が、彼女を悪い方へと連れて行こうとしているのではないのか――ペンを握るライザは、そんな嫌な予感を覚えずにはいられなかった。


※参考:襲撃された村周辺図

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‖∴∴∴∴×∴∴∴∴∴∧∧∧∴
‖●∴∴∴∴∴∴∴∧∧∴∴∧∴
∴∴∴湖∴∴∴∴●∴∴∴∴∴‖
∴∴川∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴‖‖
∴川∴○∴∴∴∴∴∴∴∴∴‖‖

‖:林 ∴:平地 ∧:山 ●:村 ○:避難先の村
×:門のあったポイント(主戦場)

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea5513 アリシア・ルクレチア(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文


 川下の村から北上すること暫し。戦いの爪痕がそこかしこに見られる平原に立って辺りを見回すと、遠くに林や山の緑が臨める。そこが戦場だったと言われなければ、至ってのどかな景色と言えただろう。もっとも、その景色の一部は巨大な何かに抉られたかのように赤黒く変色している――いや、赤い世界へと繋がる口を開けていると言った方が正しいか。
「‥‥あれが、あの赤い世界が‥‥地獄」
「そうだよ」
 円形に抉り取られた向こうに広がる異界を覗き込むクラリッサを見つめて、アシュレー・ウォルサム(ea0244)が頷いた。一心に地獄を見つめるクラリッサは今にも飛び込んで行きそうで、故にいつでも阻めるようにと彼女から視線を外さないようにしていた。
「あそこに‥‥‥フランツ」
 ふらりと門に近寄っていくので、アシュレーはクラリッサの細い腕を掴んで止めた。
「入るならしっかり調べてからにしないと」
「でも、フランツが」
「まあまあ。急がなくても、彼は逃げないよ」
 多分、と心の中で付け足してクラリッサを門から話した。逃げるも逃げないも、あの向こうに生きた人間がいるとは考えにくいのだけれど――。
「夢で逢えたら‥‥というわけだったけど、やっぱ現実で逢いたいものなんだろうねえ」
 今もアシュレーの声に気付かず門だけを見つめるクラリッサは、それでも生きての再会を諦めることなど出来ないのだろう。



 門がいつ開くか、その間隔も含めて入念に調査してから出なければ地獄へ赴くのは危険。一致した見解のもと、冒険者達は門を確認できる場所に野営をしていた。
「‥‥まったく、主戦場に飛び出していったと思ったら、今度は地獄巡りか‥‥」
 門が口を開くのを待ちながら、オルステッド・ブライオン(ea2449)は溜め息混じりに呟いて妻を見た。アリシア・ルクレチア(ea5513)はそんな夫を見つめてだって、と視線を伏せる。
「クラリッサさんのことは、決して他人事ではありませんもの」
「‥‥クラリッサさん、か」
 戦いの中に身を投じる以上、夫婦にとってクラリッサの姿には他人事と思えない部分もある。彼女は、未来に起こるかもしれない最悪の姿の一つとして映っていた。
「‥‥それにしても、クラリッサさんもいつまで過去に囚われているのか‥‥」
 オルステッドが視線を向けた先では、クラリッサが背を向けて座っている。会話が聞こえているだろうに全く振り返る素振りも無かった。
「この人、と思い定めた人と添い遂げるのは生物としてのメスの本能、女の幸せですわ。それが叶わなければ‥‥」
 その時が、死ぬ時。出来ることならばその瞬間を、死ぬ時までを共にしたい。けれど、とクラリッサの暗闇に溶けて消えそうな細い背中に思う。もしも夫がいなくなったら、取り残されたら、自分の後姿もこんな風に見えるのだろうか。こんな風に、皆に迷惑をかけながら。それならば――
「気持ちを未来へと向けることだ‥‥」
 はっとして夫を見ると、オルステッドもまた妻の顔を見ていた。
(後を追って死なせるよりは記憶を忘却させる方がいい‥‥)
 それはクラリッサへ向けた言葉でもあり、そしてまた、妻に伝えたい言葉でもあった。口に出さない想いも含めて、それらは全て互いを愛するが故。
「‥‥未来」
 ぽつりと、振り返らないままでクラリッサはその一言だけを小さな声で反芻した。



 門は一日に四回、朝・昼・夕・夜に口を開き、それ程長い間をおかずに閉じるらしい、ということが判明した。測ったような等間隔で口を開き、閉じる。
 門の通じる先も明らかになった。アケロン川の手前である。川を越えた先には巨大な門が臨める場所で、クラリッサが夢で見た風景にひどく似ていた。

「門は長い間開いていないようです。速やかに突入した方が良さそうですね」
 本格的な調査を前にレジストデビルを全員にかけ終えた導蛍石(eb9949)が言うと、それぞれペットに騎乗した仲間達は頷いた。そうしつつ、オルステッドは妻と共にペガサスに乗っているクラリッサへ視線を向けた。
(‥‥夢と同じ光景‥‥か)
 おそらくフランツのことだけを考えているのだろうクラリッサの様子。夢と同じ形で目の前に現れた現実。
(既にカオスに囚われているのか‥‥?)
 アリシアも同様の懸念を抱いていた。もしもそうだとすれば、夢を見せた相手はクラリッサを地獄へ誘おうとしているのだろうか。それとも、また別の思惑を持っているのか。
 何かが待つのか、それとも何も待たないのか。それらは全て、この門を潜れば明らかになることだ。
 ――どんな形であれ。



 黄昏に騎乗して、そこから見える範囲を蛍石はスクロールに書き記した。現在地は門を抜けた先からアケロン川を越えた場所――ケルベロスがいた場所である。番犬亡き今、門は開かれてその奥へと続く道が明らかになっている。
「夢で見た門はここだと思うんだけど‥‥クラリッサ?」
 どうだと尋ねるアシュレーに、クラリッサははっきりと首を傾げた。
「ここじゃないわ」
「ここじゃない?」
「川を越えた門と言えばここかと思いましたが、そうするとどこになるでしょうか」
「‥‥石牢付近にも、何も無かったしな‥‥」
 近くには天使の囚われていた石牢もあったがそこは既に調査を終えていて、目ぼしいものは無いという結果が出ている。そうなると、残すは地獄門の先ということになる。
「この門の先、か。偵察も兼ねて、行ってみようか。‥‥敵と出くわしたら、戦わずに逃げる方向で」
 地獄へ来てからは蛍石のデティクトアンデットやアシュレーの石の中の蝶で敵の接近を警戒し続けているが、場所は何せ本拠地と言える場所。絶えず反応がある状態で、一々戦うのは悪戯に時間と体力を消費するだけである。
「いいですか? クラリッサさん」
 クラリッサが頷き、彼らは慎重に地獄門の先へと進み始めた。

 『閉ざされていた門の先に、果たして人間がいるのか?』

 その疑問は、気付いても口には出さないようにしながら。



 門を潜り抜けた先は、荒廃した大地が延々と広がっていた。焼き尽くされたのか、木の一本、草の一本も生えていない荒野が続いている。その遠く奥には、薄っすらと壁のようなものが見えた。
「砦かな」
「とすると、壁を越えるのは危険ですね」
「そうだな‥‥大群がいる可能性が高い‥‥」
 周囲を伺いながら少しずつ、砦へと近づいて行く。魔物の反応はあるものの、近付いてくるものは今のところはいない。不思議に思いながら更に進み、肉眼でも壁の姿がはっきりと確認出来る場所まで来ると足を止めて、ペットから一旦降りた。
 見上げるような壁の奥に、建物の影が見えた。長大な壁の奥がどれ程の広さかはわからないが、幅を考えるに相当の広さであることは想像に容易い。そこに魔物がいるとすれば、その数は想像もしたくない。
「門が三つありますね」
「そうですね‥‥もしや、クラリッサさんが見たのはこの門でしょうか?」
「それなら、この付近にいるのかな」
 アリシアが言うと、アシュレーはより遠くを見れるようにとテレスコープのスクロールを取り出した。
「うーん‥‥特に何も見えないかな」
 遠く魔物の姿こそ見えるが、人間の姿は見えない。そのまま何気なく、本当に何気なく地獄門の方を振りかえってアシュレーは眉を寄せた。
「‥‥? 地獄門の近くに何かある」
「‥‥何?」
「本当ですか」
「門、というか扉かな‥‥どこかのお邸にありそうな立派なやつ」
 地獄門のこちらから見て右側に、それよりは小さいが立派な門が一つ見えた。あまりにさり気なくそこにあったので、こうして後ろを振り向くまでわからなかった。
「気付きませんでしたわ‥‥」
「アシュレーさん、人影はありますか?」
「ん、ちょっと待って」
 じっと見て、アシュレーは「あっ」と声をあげた。
「いた! 人が‥‥」
「!!」
 皆まで聞かず、クラリッサは瞳を大きく開くや地獄門へ向って駆け出した。慌てて制止しようとアリシアが手を伸ばしたが、クラリッサはその手をするりとすり抜けて行った。
「あっ‥‥クラリッサさん!!」
「‥‥まだ決まったわけでもないだろうに‥‥!」
「追いかけましょう!」
 顔を見合わせると、冒険者達もペットに乗って急ぎ来た道を戻り始めた。



 制止の声を背中に聞きながら、クラリッサはアシュレーが見つけた門の方へと向けて走っていた。初めはぼんやりとした青い光だったものは、近付くに連れてそれが門の形をしていることが見て取れた。ジャイアントが二人縦に並んでも通れそうな門は、確かに貴族の邸のように立派なものだった。
 けれど、それよりも何よりもクラリッサの視線を引き付けたのは、門の前に立つ青年の背中。いつも見ていた背中だから、クラリッサにはそれだけでわかる。
「フランツ‥‥フランツ!」
 やっと見つけた恋人に間違いない。やはり生きていた、諦めなくて良かった――と涙を浮かべて走る彼女は手を伸ばす。
「フランツっ!!」
 その声に、彼は夢で見たようにゆっくりと振り向いて――


「クラリッサ、危ない!」
 あと少しという所まで迫りながらも、クラリッサは追いついたアシュレー達に止められた。振り解こうとして、しかしクラリッサは驚愕した。何故ならば振り返ったフランツが、愛し合った人が、クラリッサに向けて剣を抜き放っていたから。
「なっ‥‥」
 止められなかったら切裂かれていただろう。間一髪、殺気感知に長けたアシュレーのお蔭で命拾いしたのだ。しかし礼を言う余裕などクラリッサには無かった。
「何、が」
「――ふむ。汝等がカオスを退けし者か?」
 愕然とする彼女達の頭上から、低い声が降ってきた。一斉に顔を上げた彼らは、そこにいた者を見て息を呑んだ。
 青白い馬に跨った、それは年老いた騎士の姿をしていた。長い髭を蓄えた老騎士の手には、大きな鎌が握られている。見るからに人ならぬ者とわかる巨躯、滲み出る威圧感を肌で感じ、自然とこめかみを汗が伝い落ちた。
「数が少ないが‥‥否、否。見た顔がおるな。戦場に立っていた顔だ」
 五人の顔を眺め、老人は一人合点する。その言い方に蛍石が眉を寄せた。
「私達の顔を知っている? 一体どこで?」
「戦っておったろう? あの門を巡り、忘れられし門の守護者と」
「守護者‥‥? 罪を唆す者のことか‥‥?」
「然り」
「じゃあ、あんたはアレの上司のカオスの魔物?」
 クラリッサをアリシアの方へ押しやりながらアシュレーが尋ねる。老人は上司と繰り返して笑った。
「否、否。我はカオスに非ず」
「カオスじゃない?」
「然り」
 笑い、老人は冒険者達へと鎌を向けた。そして、睨み付ける彼らに己の名を示す。
「地獄門を破りし者共よ、ケルベロスを打ち滅ぼししその力を称え、この刃にて我が下僕となる光栄をくれてやろう‥‥刻みつけよ。我が名はフルカス! ディーテの主、血と殺戮の猛将モレクが七つの将の一人なり。我らが悲願たるの前哨に、汝等の命を王に捧げようぞ」
 言い終えるや、フルカスは大鎌を振り上げた。
「――撤退だ!!」
 それを見た瞬間、アシュレーはグリフォンに乗りながら叫んだ。目的は調査とフランツ捜索であって、七将軍と戦うことではない――それ以上に、今戦っても勝利はない。
「アリシア、急げ!」
「ええ、でも‥‥クラリッサさんが!」
 アシュレー、オルステッド、蛍石が騎乗を済ませている中、アリシアは未だ出来ずにいた。クラリッサが従わないのだ。
「‥‥っクラリッサさん! 今は逃げなければ命に関わる!」
「でも、だって‥‥だって、フランツがそこにいるのよ?!」
「わかっています‥‥わかっていますわ。ですけれど、危険です!」
 クラリッサが本人と言うならば、そこにいるのが捜し求めたフランツなのだろう。けれど、ならば何故クラリッサに剣を向けるのだ。事態はわからないが、今クラリッサを彼に近付けるわけにはいかない。
「今は逃げましょう。ここにいることはわかったのですから、次に――」
 アリシアは何とかペガサスに乗せようとするが、クラリッサは彼女を振り切ってフランツに向って駆け出した。
「クラリッサさん?!」
「――黄昏!」
 蒼白な顔のアリシアの横を黄昏が駆け抜けて、蛍石は背後からクラリッサを抱え上げた。そして、そのまま逃げるように黄昏に指示を出す。
「降ろして! フランツが‥‥!」
「申し訳ないですが、そろそろ時間です」
 そう、門が開く時間も迫っていた。今を逃せば、また数時間をこの地獄で過ごさなければならなくなる。それも、フルカスを含めた地獄の住人から逃げながらだ。
「フランツ――っ!!」
 クラリッサはもがきながら叫び、手を伸ばした。彼女の方を見るフランツはしかし、ただ静かに視線を向けるのみだった。



「あの娘は汝を捜しに来た者だ‥‥撒き餌に食いついたというわけだ。さてフランツよ、我が下僕と化したと気付かぬままに、娘は再びこの地を訪れるのか?」
 逃げて行く冒険者達を追おうともせず、フルカスはフランツに話しかけた。しかし、反応はない。気を悪くした風もなく、フルカスは独り続けた。
「何時でも来るが良い、娘よ。自らが餌となり、我らが敵をより多く引き連れて来るが良い。さすればここにて、その身を生きながらに切り刻んでくれようぞ」
 くくっと、悲鳴を上げながら切裂かれる様を思いフルカスは愉快そうに笑った。フランツはフルカスを見上げ――やはり、何の反応も返さなかった。