【乙女と悪霧】峠に消える乙女
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■ショートシナリオ
担当:まどか壱
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月09日〜02月16日
リプレイ公開日:2009年02月17日
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●オープニング
「よう」
その日、ウィルの冒険者ギルドの受付へやって来た青年を見て、受付係はつい大きな声で「あっ」と言ってしまった。
「エッジじゃないか! 怪我は? 村は? もういいのか?」
青年は冒険者を生業とするファイター。もう三月近く前になるだろうか、故郷が賊に襲撃を受けて娘達が攫われ、助けようとした彼が重傷を負うという事件があった。冒険者達のお蔭で事件は一応の解決を向え、エッジもその時に傷を治してもらったのだが、村の復興やら何やらがあって療養も兼ねて今日まで故郷に滞在していた。
「ご覧の通り、もう平気だ。村の方も何とか、な」
「そりゃ良かった‥‥で、今日はどうしたんだ? 早速依頼探しか」
「正確には、依頼を出しに来たんだけどな‥‥彼女が」
「彼女?」
受付係が首を傾げると、エッジの後ろから小柄な娘が現れた。ややぽっちゃりした茶髪の、気の弱そうな娘だった。
「あの、私、メイリンと言います。えっと‥‥西の町から来たんですけど、その、依頼を‥‥ええと、友達を、捜して欲しくて‥‥」
下を向いてもごもごと話されては聞き取りにくい。気の弱さからくるのだろうけれど、と思いながらエッジに目配せした。エッジは苦笑して頷くと、メイリンの背に手を置いた。
「メイリン、慌てなくていいから少しずつ、最初から話してくれ」
「あっ‥‥はい、ごめんなさい‥‥」
メイリンは頭を下げて謝ると、今度は頭から話し始めた。
その峠は、常に霧に包まれていることで有名な場所だった。王都と西の町とを結ぶ最短距離にあるのだが、晴れた昼間でも濃い霧のお蔭で視界は悪い。一旦方向感覚を失い道から外れてしまうと迷い、霧の中を当ても無く彷徨う羽目になる。そうして亡くなる旅人が多く出たので、今は進行方向を記した看板を置いたり道の両側に柵を設けて、峠で迷わないよう努力されている。努力の甲斐あってか最近は行方不明者の数は格段に少なくなっていたのだが――
「最初に人が消えたのは、今から一月ほど前でした」
椅子を用意されたメイリンはそこに座り、相変わらず下を向いて聞き取りにくい声で話していた。
「結婚間もない、若い夫婦でした。王都へ出かけると言って町を出て――帰って来たのは旦那さんだけでした」
予定よりも早く帰って来た夫は、青い顔で「妻が消えた」と出迎えた人々に言った。的を得ない彼の話を根気強く聞くと、霧の中を通る前にはいた筈の妻が、霧を抜けた時には姿を消したという話だった。呼んでも見つからず、彼は捜索の手を借りるために急いで戻って来たのだという。
「早速皆で捜しました。でも、何しろ濃い霧の中ですから中々進まず‥‥結局、捜索は打ち切られてしまいました」
捜索隊の命にも関わることだけに、夫は泣く泣く打ち切りを受け入れた。この時町の者達は、妻は霧の中夫と逸れて迷ったのだ、と過去の事例と重ねてそれ以外の要因など考えもしなかった。
「奥さんが行方不明になってから暫く‥‥二週間近く経っていたでしょうか。また、人が消えるという話が出ました」
それは、旅芸人の一座だった。道具やら野営用具やらを積んだ荷車を囲んで、団長と軽業師、楽師の男が三名に、踊り子の女が二人で峠を越えていた。しかし霧の中を抜けた時、踊り子二人の姿が見えないことに気付いた。
「奥さんの時と同じ様に、皆さん捜したそうですが見つからなくて。手伝ってくれと言われて町からも捜索隊が出ましたが、奥さんと同じくやはり見つかりませんでした」
近い間に二度の不幸。看板がずれたか柵が壊れたかしたのだろうか、そろそろ修理をしようか――そんな話をしていた頃、三度峠で人が消えた。
「王都へ行くという旅人でした。町の者は峠を通らずに迂回する道を勧めたのですが、旅人は最短の道を選んだのだそうです」
男が一人に女が三人。内男と女一人は冒険者を生業とするファイターで、だから多少のことがあっても大丈夫だと高を括っていた。結果、峠を超えた時にその場にいたのは男一人となっていた。
「三度目になって、おかしいのじゃないかという話になりました」
「おかしいって‥‥霧のせいだろう? 何て言うか、不幸な事故というか‥‥」
「事故にしてはおかしかったんです。だって、消えたのは全員女の人だったんですから」
当然、調査するべきじゃないのかという話になった。件の男ファイターと、その時たまたま滞在していた三人の冒険者に町では調査を依頼した。三人の内、クレリックの女が一人いたのだが、調査に赴いた中で彼女だけが姿を消した。ファイター達は全く気付かなかったと言う。
「声もなく、消えたと言っていました。その後男性だけで調査に行ったのですが、何度行っても誰も逸れたり消えたりしなかったんです。女の人だけが消えるんです」
「おかしいだろう?」
「‥‥確かに、妙な話だな」
「それで、冒険者ギルドに依頼を出そうという話になったんですけど‥‥私の友達が一人、飛び出して行っちゃって」
メイリンの声が震えた。
「彼女、今までも何度も捜しに行こうとしてて、でも止められて‥‥皆が依頼の相談をしていた時に、一人で捜しに行ったみたいなんです。でも、帰って来なくて‥‥お、オルカもきっと‥‥霧に呑まれて消えちゃったんだ‥‥!」
わあっ、と顔を覆ってメイリンは泣き出した。落ち着けるためにお茶の一杯でもと職員に頼み、受付係はエッジを見た。
「で、エッジはその町からメイリンさんを護衛して来たのか」
「いや、途中で会って‥‥急ぎならと思って勝手に同行させてもらった。話に興味もあるしな」
「ん‥‥? じゃあ、メイリンさんは迂回してきたのか?」
霧の中を通れば女は消える、ということは霧の中を通っては来れないということ。だと思ったのだが。
「い、いえ。私は最短距離で‥‥あの、」
「え? でも、消えるって‥‥」
「‥‥消えたのは皆、若くて綺麗な女の人ばかりなので‥‥オルカも含めて。わ、私は、あの、ちょっと‥‥た、体格が」
別な意味で泣きそうになったメイリンと半眼のエッジの視線に、受付係は余計なことを言ってしまったと気付くと慌ててお茶を淹れるという名目でその場を離れた。
●リプレイ本文
●峠・王都側
昼間だというのに、その場所はひどく視界が悪かった。緩やかな上り坂は上に行く程に濃い霧覆われ、今立っている場所からは何も見つけることが出来ない。
「これは、確かに看板や柵が無ければ迷うな」
防寒具を身につけた飛天龍(eb0010)が辺りを見回しながら呟くと、シルバー・ストーム(ea3651)も同意を示して頷いた。
今彼らがいるのは、峠の王都側入り口である。そこから見ると、実に峠の八割が霧に包まれているのが分かる。辛うじて霧から逃れているのは赤色で大きく矢印が描かれた木製の看板と、左右に設けられた1.5m程の高さの柵の一部のみだ。
「俺達も方向に気をつけながら始めるか」
「そうですね」
目は生かせない状況だ、頼れるものは音と、シルバーの持って来たスクロール。仲間達と合流する前に何かしら得られるものがあればいいけれど――
そう思いながら、二人は早速捜索を開始した。
●西の町
イシュカ・エアシールド(eb3839)とフレッド・イースタン(eb4181)、そしてケンイチ・ヤマモト(ea0760)は西の町にいた。それぞれ移動手段を使って来たので、大分時間は短縮出来ている。
到着したのは、一人で暮らすには十分な小さな家の前である。
「‥‥こ、こんにちは‥‥? あ、あの、どなた、ですか‥‥?」
出迎えたメイリンは、知らない三人の姿に思い切り戸惑っていた。ついでに、ケンイチが連れていたイーグルドラゴンパピーも彼女の怯えに一役買ったかもしれない。
「依頼を受けた冒険者です」
「あ‥‥ぼ、冒険者の‥‥」
「依頼を受けた冒険者か‥‥ん? あんた‥‥」
呼ばれて顔を出したエッジは、イシュカの顔を見て笑顔になった。
「あの時世話になった人か。久し振りになるが、覚えているか?」
「‥‥ええ。村はもう落ち着いたそうで‥‥」
「お蔭様でな。それで‥‥情報だな?」
「はい。集めていると聞きましたので」
「‥‥‥あ、あ、それじゃ、立ち話もなんですし‥‥どうぞ。何か飲み物、出しますね」
三人を招き入れると、メイリンはばたばたと飲み物を用意し始めた。
広くはない家でテーブルを囲んで座る五人の前に飲み物が並ぶと、「では」とフレッドが口を開いた。因みに、メイリンは最初邪魔になるからと下がろうとしたのだが、引き止められて緊張した面持ちでエッジの隣に座っている。
「早速ですが、得られた情報がありましたらお願いします」
「‥‥エッジ様、王都でも情報を集められましたか‥‥?」
何を話そうか、と腕を組んだところへイシュカが尋ねた。
「‥‥判っているのは、西の町から行こうとして行方不明になった方だけのようですし‥‥」
最初の事件と思われる行方不明者が出たのは一月前。依頼書では行方不明者の合計は七名だったが、その全てが西の町から峠を越えようとした人だった。もしも王都から峠に入った人の中に行方不明者がいなければ、町から峠を越えようとした人だけが消えたことになる。
「‥‥行方不明になった方は、十代後半から二十代前半の美人だけ、でしたね‥‥該当する方が王都方面から峠を越えて、町に着いていれば‥‥町から峠越えの人だけが消えてる事に‥‥」
「そうなると、この町に内通者がいる可能性が出て来ますね」
イシュカの説明を受けて、フレッドがふむと思案気に眉を寄せた。
「条件に合う女性を見繕い、その人が町を出たことを峠に連絡するとか」
「‥‥はい。あり得なくはない、かと‥‥」
「え‥‥な、内通者って‥‥」
びくりと震えたメイリンの顔色がさあっと青くなった。
「町に、ひ、人攫いの仲間が‥‥‥?」
「あくまでも推測だよ、推測」
怯えた表情のメイリンに苦笑して、エッジは三人の方を向いた
「俺もその可能性は考えた。だから王都からここへ来るまでの間に色々話を聞いて来たんだが‥‥どうも、不明者は実際もっと多いらしいことがわかった」
「そうなんですか?」
「ああ。王都方面から峠を越えた、もしくは越えようとした中に、捜索願が出されている人がいたよ」
「‥‥何人でしょうか‥‥?」
「五人だ。やはり十代後半から二十代の、若い美人ばかりだな」
皆、王都側から峠を越えようとしたところで行方不明になったという。最も古い件で四週間前というのだから、西の町の事件と関連していると考えることに無理は生じない。
「そうすると、行方不明者は実際には十二名ということですか」
「そうなるな。もっとも、捜索願を出していない件もあるかもしれないからな‥‥」
「‥‥増える可能性もある‥‥ということですね‥‥」
「‥‥‥」
一様に険しい表情になった冒険者達。伺うメイリンもまた例に漏れず、不安そうに話し合いを見守っていた。
●峠・西の町側
一通り情報収集を終えて捜索に戻ることにした冒険者三人にエッジを加えた四人は、西の町側から捜索を行うことにした。相変わらず濃い霧だが、エッジが聞いた話によると行方不明者が出る時はもっと濃いのだとか。
「この一件、事件とすると犯人は何者でしょうね」
ケンイチがパーストで最新の被害者――オルカの痕跡を探す後ろで、フレッドがイシュカとエッジに尋ねた。
「私は、カオスの魔物が絡んでいるような気がしますが」
「カオスの魔物? 野盗ではなくてか」
「もしくは、類する野盗の類かもと危惧します」
もっとも、フレッドは専門家ではないしモンスターについての詳しい知識も持っていないので、推測の域は出ない。
「‥‥来る途中にデティクトアンデットを使ってみましたが‥‥」
その時には反応が無かった、とイシュカは続けた。
「‥‥私は、オルカ様の方が気になりました‥‥」
思案するようにイシュカは口元に手を置いた。
「オルカは‥‥オルカは、一件目の夫婦と友達だったんです。凄く正義感の強い子で‥‥止めたんですけど、自分は平気だ、彼女を探しに行くって言って‥‥落ち込んでる旦那さんを見ていられなかったみたいです‥‥‥だから、皆が相談で注意が逸れてる隙をついて出て行ったんです、きっと」
オルカは危険と知りながら何故そんなにも捜しに行こうとしていたのか。そう尋ねたイシュカに対して返ってきたメイリンの答えがこれだった。
「メイリンの話では、彼女はウィザードだったらしいな」
「‥‥そうだったのですか‥‥?」
「だから、多少の危険はどうにか出来ると思ったのかもしれない。それ以外に何か考えがあったかどうかは、わからないな」
エッジも気にはなるのか、腕を組んで考え込んでいる。
「‥‥駄目ですね。どうしても霧が邪魔をします」
過去視を終えたケンイチが、成果が無かったことを示すように頭を振った。視覚情報を得ようとしても、常に立ち込めていた霧が邪魔をして難しいということだ。
「こうなると、頼みはシルバーさんですね」
溜め息をついて、彼らは王都側と思しき方を見た。
●霧の向こう
一方、天龍とシルバーは霧の中の捜索を続けていた。と言っても霧のお陰で天龍の高い視力は生かせない。何か見つけられるとすれば、可能性が高いのはシルバーのエックスレイビジョンを始めとした探索用のスクロールの方だ。
「どうだ、シルバー? 何か見つかったか?」
音に注意を払いつつ、何度目とも知れない問いを天龍はシルバーに投げた。
「いえ、相変わらずですね」
霧に遮られないシルバーの視界の中には、両側に続く木製の柵とその向こう側に生い茂る林が見える。地面に咲く草花も見えるが、他の生き物の姿はない。
「やはりイシュカの言っていた通り‥‥全員男では、行方不明の原因は姿を見せないのかもしれないな」
別れる前に仲間が呟いていた危惧。どうやら、それが当たってしまったようだ。戦いの準備は整えて来たけれど、こうなると原因をどうこうすることは諦めざるを得ないだろう。
「せめて、娘達の姿でも見つけられればな‥‥」
「そうですね‥‥」
何者かが意図的に霧を発生させていることも考慮してリヴィールマジックのスクロールも試したが、怪しい反応は無かった。標的となるような者がいないためかもしれないが、最悪収穫が無いことも覚悟しなければならないかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。シルバーは林の中に、明らかに草木ではない何かを見つけた。それは木の根元に落ちていて、人の腕のように見えた。
「天龍さん、人がいます」
どこだ、と問い返す天龍に付いて来るように言い、シルバーは柵を乗り越えた。逸れないように気をつけつつ木に近付くと、天龍にもそこに誰かがいるのを確認することが出来た。もっと霧が濃かったら、あるいは見落としたかもしれない。
それは、黒髪の娘だった。長い黒髪に白い肌、目はきつく閉じられているが、その顔立ちは中々の美人。手足には、草木によるものなのか浅い切り傷がついていた。
「大丈夫ですか?」
「‥‥‥ぅ」
シルバーが声をかけると、少女の瞼がピクリと動いた。しかし、衰弱が激しいのか目を開けることはない。
「シルバー、もしやこの娘は」
「行方不明者の一人、でしょうか‥‥」
霧の中に娘を置いておくわけにも行かず、二人はここで捜索を切り上げることにした。仲間と合流し、行方不明者であるかどうかを確認するために西の町へと戻った彼らを向かえたメイリンは、抱えられた意識のない娘を見て「オルカ!」と叫んだ。
どうやら彼女がオルカだったらしい。行方不明者が帰還したということは、彼女の口から何かしらの情報を得ることが可能になったということ。ただ、霧の中を迷い彷徨っていたという結果も考えられなくはない。
たがまあ――全ては、彼女が目を覚ましてからの話になるだろう。