ダリオ・マルーカの憂鬱

■ショートシナリオ&プロモート


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月22日〜07月27日

リプレイ公開日:2008年07月31日

●オープニング

「ああ‥‥何てことだ‥‥」
 私室の自分の机に座り、彼は頭を抱えてそう呻いていた。
「何てことだ‥‥困った、これは、困ったぞ‥‥」
 そう呟いて視線を上げれば、目の前には蓋が開いた木箱が置かれている。
「困った‥‥」
 同じ言葉を繰り返して、彼はまた視線を落とした。彼の憂鬱の元凶は、この目の前の木箱にある。正しくは、木箱の側面にぽっかりと空いた穴に、だ。
「仕方がない。こうなったら、彼らに頼むか‥‥」
 深く溜め息をついて彼は木箱に蓋をすると椅子から立ち上がった。

「おや、これはマルーカさんではないですか」
 冒険者ギルドに一歩踏み入れた彼に、馴染みの受付が笑顔を浮かべた。荷物を持った年配の従者を引き連れた彼‥‥ダリオ・マルーカは片手を上げて会釈をすると、真っ直ぐに受付のもとへ向かう。その顔色は主従共に悪く、受付は目の前に立ったマルーカ達を見て首を傾げた。
「どうしました? 元気がないようですが」
「ああ、実は少し‥‥いや、かなり困ったことになっていてね」
「困ったこと、と言いますと?」
「私の仕事は知っているだろう?」
 マルーカは宝石の売買を主に取り扱う宝石商だった。専用の工房を抱えていて、その品々には高い評価と信頼を得ている。マルーカ商会と言えば、宝石好きの富裕層にはちょっとばかり名が知れていた。
「先日、得意先のご夫人から注文があってね‥‥夜会を開くので、そこで身につけるためのアクセサリーを作って欲しいと言われたんだ」
「奥様の好きな六つの宝石をあしらった、豪奢なネックレスの依頼でした」
「丁度仕入れに行こうと思っていたところでね、依頼には使わない分も含めて仕入れるために、ここからはちょっとばかり遠いところにある町へ行ったんだ。中々いいものを買い付けて、私は意気揚々と戻って来たんだが‥‥」
 そこで一旦区切り、マルーカは表情を暗くした。
「‥‥帰り道で、モンスターに襲われてね‥‥いや、私にも連れのものにも幸い怪我はなかったんだ。ほっとして家に着いて、買ってきた物を確認しようとしてみたら‥‥」
 マルーカが従者に目配せをした。頷いて、従者は抱えていた包みをカウンターに置き、広げる。そこから出て来たのは立派な木箱だったが、下の方が壊れていてぽっかりと穴が空いていた。どうかしたのか、と問うより早く、両手を戦慄かせたマルーカは震える声で言った。
「落としてしまっていたんだよ‥‥! しかも、よりによってそのご夫人に依頼されていた宝石だけを落としてしまったんだ‥‥!!」
「‥‥襲われた時は必死で逃げることだけを考えておりましたもので、荷にまで気が回らなかったのでございます。箱が壊れていると気付いた時には既に遅し、でございました」
「夜会まで、もう二週間を切っている! 加工してネックレスに仕上げる時間を考えると、仕入れ直しに行く余裕はない。しかし、モンスターがうろつく所だから私達だけで探しに行くのは難しい‥‥そこで、だ!」
「冒険者の出番‥‥というわけですね?」
 マルーカと従者は受付の言葉に大きく頷いた。
「頼む! ご夫人は期日に厳しい方だから、少しでも遅れれば次からはもう私たちの所には注文が来なくなってしまうだろう‥‥これは、痛い。我がマルーカ商会の未来がかかっているんだ! 落とした宝石を全て回収してきてくれ!」
 マルーカの必死の形相に、若干顔を引き攣らせながら受付は了解の意を示した。
「わ‥‥わかりました。では、依頼を確認させてください‥‥探して欲しいものは六つの宝石ということですが、内わけはどうなっていますか?」
「ルビー、サファイア、エメラルド、ラピスラズリ、アメジスト、ダイアモンドの六つでございます」
「ふむ‥‥落とした場所に心当たりはありますか?」
 マルーカと従者は顔を見合わせて、当日のことを思い出そうと頭を捻った。
「魔物に襲われたのは山の中だった‥‥その時はまだ昼前で、馬を飛ばして町に着いたのは夜だったな」
「人の足ならば、一日から一日半程かかるでしょうか」
「襲ってきたモンスターがどんなものだったかは、覚えていますか?」
「黒かったな」
「はい。大きなカラスのようでございました」
 二人の証言を書きとめて、受付は安心させるべく笑顔を作った。
「確かに承りました。六つの宝石は、必ずマルーカさんの所にお届けしますよ」
「よろしくお願いいたします。それから、宝石を加工するための時間も必要でございますので、夜会の二日前までには届けていただきたいところでございます」
「私の命運は、君達に託したぞ! くれぐれもよろしく頼む!!」
「わ‥‥わかりました」
 念入りに、というよりも強い圧力をかけてマルーカたちはギルドを後にした。それ程に依頼主のご夫人はマルーカにとって大きな存在ということなのだろうが、ああ言われてはこの依頼、絶対に成功させなければならない。押し付けられた責任に嘆息し、受付はメモを片手にマルーカの命運を託される冒険者を募り始めた。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4637 門見 雨霧(35歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●情報収集
「おお! 君たちが依頼を受けてくれた冒険者か?!」
 探索へ向かう前に、まずは襲撃当時の情報を集めようと工房へやって来た彼らを、年配の従者を引き連れたマルーカは両手を広げて出迎えた。あまり時間を取らせないためにも、早速本題に入ろうとエリーシャ・メロウ(eb4333)は口を開いた。
「捜索を行う前に、いくつか確認しておきたいことがありまして‥‥よろしいですか?」
「おお、勿論だとも! 宝石を回収してくれるためならば、何でも協力しよう! ささ、何でも聞いてくれ!」
「では、早速」
 エリーシャが皆を代表する形で当時の状況を一つずつ確認していく。依頼書に書かれていた以上の情報は、彼の口から特に語られなかった。
「宝石が見つかったという知らせも届いていないな‥‥」
「そうですか‥‥襲ってきたものは、カラスの様なモンスターだったのですね?」
「ですが、大きさはカラスの二倍はございました」
「ふーむ、なるほど」
 マルーカと従者の説明に、モンスター知識のあるアシュレー・ウォルサム(ea0244)は目星が付いたらしく頷く。すかさず、門見雨霧(eb4637)がアシュレーを見た。
「アシュレーさん、モンスターの目星がついたみたいだね?」
「多分、ジャイアントクロウかな。あれは光物を集める習性があるからね。さて、他に聞いておくことはなかったかな?」
「そうだね、時間がないんだしね。もう捜索に向かってもいいんじゃないかな」
「ああ、その前に」
 晃塁郁(ec4371)が自分のバックパックから宝石を六つ取り出してマルーカに差し出した。首を傾げる彼に対して、
「これは、私が以前某所で入手したものです。回収には全力を尽くしますが、もしもの時を考えて、保険として預けておきます」
「保険‥‥わかった、預かっておこう。だが、これらの出番がないことを祈っているよ。やはり、自分の目で選んだものを商品として納めたいからな」
「ええ、勿論です」
「くれぐれも‥‥くれぐれも、よろしく頼んだぞ! 我が商会の命運は君たちに託したのだからな!」
 一人ひとりマルーカから強く念を押されて、彼らは工房を後にしていよいよ宝石の捜索へと向かうことにした。

●捜索
 時刻は昼前、マルーカたちが通ったのと同じ道を、周囲へ目を向けながらゆっくりと彼らは歩いていた。見落としがないように、地面を注視し、道をそれて草を掻き分けて捜索しながらなので、その歩みはとても遅い。
「‥‥ないなあ」
「こちらにもありません」
 門見の落とした呟きに、反対側で槍の石突で草むらを探っていたエリーシャも同意して残る二人へ視線を向けた。
「アシュレー殿、晃殿、見つかりましたか?」
「ん〜、ないね」
「私の方も、見つかりません」
「そうですか‥‥」
「一旦、休憩しようか?」
 門見の提案に否を唱えるものはなく、休憩のために彼らは集まって腰を下ろした。
「やっぱり、中々見つからないね」
「そうですね‥‥もう二日も使ってしまいました」
 一日目は仕入先の町へ向かうルートをじっくりと捜索しながら進み、二日目はその道を戻って再度宝石が落ちていないか探してみたが、今のところ一つも発見できていなかった。
「時間も無くなってきたことですし、おびき出す作戦に切り替えましょうか?」
「そうだね。仕掛けて直ぐに掛かってくれたりはしないだろうし‥‥それじゃあ、晃さん」
「はい」
 アシュレーに促されて、晃はバックパックからクリスタルとトパーズを取り出して木の根元に向かう。空から来ることを考えて、出来るだけ見つけやすいような位置を考えて配置した。
「あとは、掛かるまで身を潜めて待ちましょう」
「掛かってからの流れは‥‥」
「とりあえず、掛かったらわざと逃がす。それで、巣まで案内してもらうと」
「私はフライングブルームで先行して追いかけます。一番早いでしょうから」
「よし、そこは晃さんにお願いして‥‥後は、見失わないといいんだけどね。仲間に紛れてしまうかもしれないし」
「それは、俺に任せてもらおうかな」
 そう言って、門見が矢を取り出してそれに布を巻きつけた。
「これを足か、致命傷にならなそうなところを狙って撃ってみるよ。目印があれば見失わないで済むだろうからね」
「名案ですね。後は追いかけて、巣を見つけたら速やかに掃討し、宝石を捜しましょう」
「それじゃあ、獲物が来るまで待機しようか」
 各々は頷き合うと、罠から距離を取って身を潜めた。

 晃がフライングブルームをいつでも使えるように準備して身を潜め、残りの三人はアシュレーの持っていたインビジブルのスクロールで姿を消してジャイアントクロウが来るのをひたすらに待つ。身を潜めてから暫しの後。
「‥‥来ました!」
 小声で、しかし鋭く晃が注意を促した。口を閉じて、息を潜める彼らの前にカラスによく似た黒い羽の、しかしカラスよりも大きな鳥が舞い降りてきた。
「やっぱり、ジャイアントクロウだ」
 アシュレーの言っていた通り、現れたのはジャイアントクロウだった。降りたつや、光を反射して輝くクリスタルをその口に咥え、左足でトパーズを鷲掴みにすると直ぐに飛び立とうと翼を広げる。丁度背後に潜んでいた門見は、布を巻きつけた矢を番えるとジャイアントクロウの足へ狙いを定めた。
「当たりであって欲しいな」
 そう呟いて矢を放つ。まだ彼らに気づいていないジャイアントクロウの右足に、門見の矢は見事に突き刺さった。

 門見の矢に射られ、ジャイアントクロウは驚いてその場から飛び立った。待機していた晃は手はず通りにジャイアントクロウの黒い姿を追いかける。その姿が、一箇所で急に下降し始めた。
「そこが巣ですか」
 目を細めた彼女の視線の先で、ジャイアントクロウは一本の樹の枝へと降りた。枝を伝って向かう太い幹には自然に空いたのだろう穴があり、どうやら巣はその奥であるらしい。仲間が気付く様に枝の先に布を巻きつけて、晃はそっと巣穴を覗き込んだ。
 薄暗い巣の中に、矢が刺さったジャイアントクロウがじっとしている姿が見える。下を伺ってみるが、仲間の来る様子はまだない。
「このまま見張って‥‥!!」
 身を潜めて仲間の到着を待とうかと思った瞬間、はっとして顔を上げた。どうやらここを巣にしていたのは例の一匹だけではなく、他にもまだ三匹がいたらしい。出かけていて帰ってきたのだろう三匹のジャイアントクロウが、晃の方を睨んで身構えていた。
「時間を稼がなければいけませんね」
 仲間が来るまで引き付けておかなければならない。晃はバックパックを下ろすと、来る攻撃に備えて身構えた。

「いた! あそこだ!」
 晃を追いかけていたアシュレーたちが合流した時、晃は手負いの一匹を含めたジャイアントクロウ四匹に囲まれてその攻撃を避けている所だった。
「助けるよ!」
 弓に矢を番えて、アシュレーが一匹に狙いをつけて矢を放つ。気付いて避けようとしたそれの翼に矢が当たって、一匹がバランスを崩して落ちてきた。
「やあっ!」
 落ちてきたそれへ、エリーシャが槍で止めを刺してまず一匹を仕留める。
「それ!」
 続いて門見が射落とすために次々に矢を放つ。晃がジャイアントクロウを自分に引き付けつつ回避し、彼女に当たらないように注意しながらアシュレーと門見がジャイアントクロウを撃って落ちたものにはエリーシャが止めを刺す。四人のコンビネーションで、ジャイアントクロウは一匹、また一匹と絶命していく。
「これで最後!」
 そして残った一匹の脳天を、アシュレーの放った矢が見事に貫いて戦闘を終了させたのだった。

「あった、あった! 宝石!」
 ジャイアントクロウを掃討し、早速巣の中を捜索し始めた彼らだったが、探すまでもなく宝石は直ぐに見つかった。
「ルビー、サファイア、エメラルド、ラピスラズリ、アメジスト、‥‥に、ダイヤモンド! 全て揃っていますね」
 晃が確認して、それらを袋に詰めていく。
「あれ、何だか他にも落ちてるけど‥‥これはどうする?」
「え? ‥‥本当ですね。でも、マルーカさんの落とした宝石は六つですよね?」
「さっきのやつらが溜めてたんだね。折角だから、持って帰ろうか。ここにあっても仕方がないし」
「そうだね。ついでに全部回収して行こう」
 そうして、全ての宝石を回収したアシュレーたちは、急いで町へと戻ることにした。

●帰還
「おお! 君たち! 待ちわびたぞ!!」
 無事回収した宝石を持って急ぎ工房へ向かうと、以前に会った時よりも若干顔色を青褪めさせたマルーカと従者に出迎えられた。余程心配だったのか、マルーカの目の下にも従者のそこにも、くっきりとわかる隈が出来ていた。
「で、で、どうだったかね?! 私の宝石は見つかったのかね?! ね?!!」
「ま、マルーカさん、落ち着いて‥‥」
「宝石はこの通りだよ」
 興奮した様子で詰め寄って来るマルーカの様子に引き攣りつつ、回収した宝石を詰め込んだ袋を持っていたアシュレーは、それをマルーカの前に差し出して口を広げた。その瞬間に袋に飛びついてきたマルーカと従者は、引っ手繰るようにアシュレーの手から袋を奪うと、中身を確認し始めた。
「‥‥一、二、三‥‥全て揃ってございます!」
 テーブルの上に六つの宝石を並べた従者が、マルーカを見て声を上げた。
「おお! 素晴らしい! よくやってくれたな、君たち!! ありがとう!」
 疲れた顔に喜色を浮かべ、マルーカは一人ひとりに握手を求めた。その目には涙まで浮かんでいた。
「時間が惜しいな! よし、直ぐに加工を始めてくれ!」
「わかりました!」
 従者は宝石を箱に移し変えて慌しく工房へ走って行った。それを見送ってから、マルーカは漸く自分が依頼した分よりも多くの宝石が手元にあることに気付いた。
「‥‥うん? これらは?」
「ああ、それはね、モンスターの巣にあったんだ。マルーカさんのものかもしれないんで、一応持って来たんだけど」
「私が落としたのは、依頼した六つ分だけ‥‥だと思うが」
「では、これらは‥‥どうしましょうか」
「まあ、依頼人はマルーカさんだからね。どうするかはマルーカさんにお任せしよう」
「ううむ‥‥よし、ではこうしよう!」
 どうしたものかと対処に困っている四人を見て、マルーカはうんと頷くと袋に手を入れ、一人に一つずつ宝石を渡して行く。
「余り分は丁度四つだ。追加の報酬として、もらってくれ!」
「えっ? いいのでしょうか」
 落とし主がいるのでは、と真面目なエリーシャが困惑を見せるが、マルーカは頭を振って笑った。
「モンスターの巣にあったものなんだから、気にしなくてもいいだろう。丁度四つだというのも、精霊の思し召しかもしれないしな」
「ふむ‥‥いいんじゃないかな? 落とし主がいればマルーカさんみたいに依頼がギルドに来るはずだしね」
「そうだね。ありがたくもらっておこうよ」
「‥‥そうですね」
 アシュレーと門見にも言われて、エリーシャは戸惑いながらも頷いた。
「ああ、そうだ! 預かっていた宝石を返さなくてはな」
 保険として預けていた晃の宝石を取り出して、マルーカは差し出した。六つあることを確認して、晃はそれらを受け取った。
「確かに。使わずに済んで良かったです」
 まったくだ、と言ってマルーカは改めてアシュレーたちに向き直った。
「いや、君たちのお蔭で助かったよ! 夜会には十分間に合わせられるだろう。本当に、本当にありがとう!」
 満面の笑顔のマルーカに、皆どういたしましてと返した。まだ疲労の色は見えるものの、その顔色はずっとよくなっていた。
「今後、宝飾品が必要になったら遠慮なく言ってくれ。我が商会の恩人だ、割引して請け負わせてもらうよ! 勿論、品質は問題ないから安心してくれ」
「それは嬉しいな。丁度、訊こうと思っていたんだ」
 アシュレーが言って、マルーカは一層笑顔になった。

 こうして彼ら四人の活躍によって、マルーカの憂鬱は見事に取り払われ、商会の評判も守られたのだった。