病は冷えから?

■ショートシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月16日〜02月21日

リプレイ公開日:2009年02月25日

●オープニング

「‥‥というわけなので、よろしくお願いしますね」
「はい、わかりました」
 ウィル冒険者ギルド。受付係はぺこりと頭を下げてギルドを後にする女性を見送ると、手元の羊皮紙の束を見下ろして溜め息をついた。
「二日で五件、全部内容は同じ、か‥‥」
 どうしたもんかなぁ。呟きながら見つめるのは五件の依頼書。取るに足らないといえば足らないけれど、しかし気になるといえば気になる。でもなあ、うーん‥‥
「こんにちは〜! ‥‥あれっ、モーリスさん、どうしたの?」
 考え込んでいた所へ元気のいい声と共に現れたのはドジっ子ウィザードのカリンと、何故かよくよく不運に見舞われる弟のマノンの姉弟冒険者である。受付係のモーリスは「よう」と挨拶し、そして怪訝そうに首を傾げた。
「何だ、マノン。顔色悪いぞ?」
「ども‥‥いや、何かずっと体調悪くて」
「昨日まで寝込んでたんだけどね〜。寝てると病人みたいで嫌だって言うの。もー、お姉ちゃんは寝てなさい、って言ったのに‥‥」
「‥‥一連の家事をお前に任せたが故に我が家のキッチンが今大惨事になってることは、勿論承知の上での発言だろうな?」
「‥‥あうぅ」
 じろりと弟に睨まれ、姉はしゅんと小さくなった。そうだろうとは思ったが、やっぱり家事は弟担当だったらしい。ドジっ子をキッチンに立たせるとまあいいことはない。その判断は正解だ。
「具合悪いならしっかり食って、寝て、早めに治した方がいいぞ?」
「そーなんだけど‥‥この馬鹿から目を離すのも怖いし、寝ても治らないしでさ。気分転換に、何か簡単な依頼でもないか? 猫捜しとか、遺失物捜しとか、バイトとか‥‥モンスター相手にしなくていいやつなら大丈夫だと思うんだよ」
「あー、だったらその辺に確か結婚指輪失くしたって依頼‥‥が‥‥」
 依頼書を取りに行ってやろうとして、モーリスは足を止めた。そして、今手の中にある依頼書を見下ろして、マノンの顔を見た。
「‥‥寝ても治らない、って言ったか?」
「言ったけど、何?」
「風邪でもなく、ただだるくて?」
「そうそう! すごいねぇ、何でわかったの? モーリスさん」
 感心するカリンを受け流し、モーリスは羊皮紙の束を二人に見せた。
「張り出し前の依頼書だ。見てみな」
「んん〜? なになに‥‥」
「依頼人‥‥あれ、これって」


■依頼:息子の具合を診て欲しい(依頼人:ケビン)
・一ヶ月以上体調不良を訴えている。
・風邪だと思って医者に診せたが、「わからない」と回答された
・顕著なのは体のだるさ
・息子は以前山でハイキング中に行方不明になり、後日氷の洞窟で発見・保護された


■依頼:祖父の具合がおかしい(依頼人:アンネ)
・以前は元気な人だったが、ここ一ヶ月くらいはずっと寝ているか起きていてもぼうっとしている
・散歩に行こうと誘っても「だるい」と断られる
・医者に診せたが異常はない
・祖父は以前、山でハイキング中に行方不明になり、後日氷の洞窟で発見・保護された


■依頼:おかみさんを診て欲しい(依頼人:コニー)
・宿屋のおかみさんが、ずっと具合が悪いと言い続けている
・医者に見せたが、医者からは特に異常はないと言われた
・旦那さんも心配しているので、病気かどうか診て欲しい
・おかみさんは以前、キノコ採りに山へ入って行方不明になり、後日氷の洞窟で発見・保護された


■依頼:孤児院の風邪(依頼人:院長)
・孤児院の世話係の娘(二十歳)と子供(女の子・六歳)が風邪を引いたらしく医者に診せたが、風邪ではないと言われた
・一日中からだが重く、だるさが付きまとう
・病気らしい症状はない
・二人は以前、ハイキング中に山で行方不明になり、後日氷の洞窟で発見・保護された


 五枚に目を通し終えた二人は揃って眉を寄せていた。
「この人達って、もしかして全員あの時の迷子さん?」
「症状も同じ‥‥ついでに、マノンとも同じだ。何か気にならないか? たまたまって言えばそうかもしれないけど、全員ってのが‥‥医者は風邪じゃないと言ってるみたいだが、ほれ、新手の病気かもしれないしな」
「病気なの?! まままマノンっ! やっぱり帰って寝た方がいいよ! 大丈夫、お姉ちゃんやれば出来るから!」
「任せられるか! ‥‥それはともかく、気にはなるかな」
 自分も無関係というわけではないし、という弟の顔を覗き込んでカリンは頷いた。
「えっと‥‥じゃあ、これ受ける? マノンのこともわかるかもだしね」
「お前らだけじゃ病気診れないだろ? 協力者募集しとくから、それまで寝てな」
「‥‥いや、寝るの嫌だから出て来てるんだって」
 モーリスの言葉に溜め息をつくと、二人はよろしくと言ってギルドを出て行った。とりあえず大惨事のキッチンの片付けでもしようか、などと暢気に考えながら。

●今回の参加者

 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●訪問診察
「それでは、少しの間じっとしていて下さいね」
 王都の中にある孤児院の一室。普段は院長が書斎として使うその部屋で、二人が椅子に座って向き合っていた。一方は幼い少女で、もう一方は富島香織(eb4410)だ。
 香織は少女に口を開けてもらって舌を見、目をじいっと見ると少女から手を離した。
「はい、もういいですよ」
 香織が笑顔でそう言うと、少女は緩慢な動作で頭を下げた。
「‥‥どうでしょう? 何が原因か、わかりそうですか?」
 見守っていた院長の不安そうな顔を見て、香織は苦笑を浮かべた。
「大きな病気の兆候は見られませんが‥‥大事を取って、安静にしていて下さい。何かわかったらお知らせしますから」
「そうですか‥‥」
 院長は完全には安心することが出来なかったが、とりあえず大病を患ったわけではないという点についてはほっとしたらしい。幾分肩の力が抜けた様子になると、少女と世話係の娘を促して部屋を出て行った。


「病気、という前提は完全に消えてしまいましたか?」
 手拭用の布を渡しながら元馬祖(ec4154)が問うと、受け取りながら香織は頷いた。
「薬物摂取の疑いが強いと感じましたので、他の可能性も考慮しつつ診てみましたが‥‥そういう兆候はありませんでした」
「そうですか‥‥」
 馬祖はあくまでも病気という前提でこの依頼を受けた。医学には携わっていないけれど、看護治療で少しでも患者の状態を良くしてやりたかったのだが、それは適わなくなってしまった。
「病気じゃない、かぁ‥‥それじゃあ、原因って何なのかな?」
 むう、と腕を組むのはカリン。この孤児院が訪問診察の五軒目だったのだが、全ての患者に対する香織の診断結果は「病気ではない」というもの。事前にマノンも診てもらっていたが、やはり体に異常は見られなかった。
「原因不明の新病という可能性は捨て切れませんけれど」
「えぇ?」
「でも、限りなく低いと思います」
 香織は初め、患者は何らかの薬物摂取による禁断症状に陥っていると予想を立てた。体のだるさはその一種ではと考えていたのだが、その様子は見られなかった。
「医学的見地からは解決法が見当たりません。そちらは、どうでしたか?」
 お手上げであることを暗に示し、香織は雀尾煉淡(ec0844)へ視線を向けた。広げていたスクロールを巻き取っていた彼は、彼女達を見て一度頷いた。
「魔法の反応がありました」
「ほんと?!」
「じゃあ、呪いの方だったってことか?」
 ぎょっとしている姉弟に「はい」と答えると、煉淡は自分を注目する仲間達に説明し始めた。
「リヴィールマジックで魔法にかかっていることは確認出来ましたが、試してみましたがニュートラルマジックでは解除出来ない類のものでした」
「えぇっ?! 大事っていうこと?」
「あくまで推測ですが、患者さん達の症状も鑑みて考察しますと――氷の洞窟で発見されたこの患者さん達とマノンさんは、全員デスハートンの魔法にかかっていると思われます」
「デス‥‥?」
「はーとん??」
「カオスの魔物が使う魔法の一種です」
「とても厄介な相手です。しかしデスハートンとなると‥‥魂はカオスの魔物が持っていますから、捜して取り返さなければなりませんね」
「そうなると、怪しいのはやはり共通していた点でもある氷の洞窟、でしょうか」
「氷の洞窟‥‥どうする? 行ってみる?」
 何かあるとすればおそらくそこ以外にはない。顔を見合わせた彼らは、時間的にも余裕があること、現場が近いということを踏まえて相談した末に、残りの時間を洞窟の探索に当てることを決めた。
 

●洞窟と猫と少女と
 久しぶりに訪れた氷の洞窟は、相変わらず一面がびっしりと氷に覆われていた。
「足元が凍ってるからね〜。皆気をつけて歩わひゃあぁっ?!」
 知った顔でマノンを含めた四人に注意しようとしたカリンが、すってんと派手にその場で引っくり返った。「学習しろよ」という弟の呆れた顔に頬を膨らませるカリンを見て、香織達は気をつけようとこっそり思った。
「デスハートンで取り出されたと思われる魂、ここにあればいいんですけど」
「そうですね」
 あって欲しいと思いながら、慎重に一歩一歩進む。
 ちらりと、馬祖は自分の指についた石の中の蝶を確認した。その羽がぴくりとも動いていないのを確かめると、足元に集中しながら歩を進め始めた。


 迷いようのない一本道を進むと、その先には広いフロアが広がっている。通路の出入り口には動く石像が置いてあった台座が四つ並んでいる。魔物がいないことに安心しつつ、しかしすっかり忘れていてスクリーマーの菌糸を踏んで驚いたりしながら、彼らは奥へと進んだ。
 そうして行き着いた先にあったのは、行き止まりだった。念のために氷漬けの壁へと煉淡がリヴィールマジックのスクロールを試したが、何の反応も返ってこなかった。それはつまり空振りということで、思わず口から溜め息が漏れた。
「何もない、か‥‥」
「既に手掛かりは処分された後なのでしょうか?」
「もしくは、アジトが別の場所にあるのか、ですね」
「そんなぁ‥‥」
 わざわざ来たのに、とカリンはがくりと肩を落とした。このまま帰るのも何だし、広いフロアも隅々まで確認してみようと彼らは来た道をフロアまで戻る。
「スクリーマーは‥‥関係無いか」
 一応弓矢で仕留めてみたから、マノンはやれやれと肩を竦めた。
 その時。

 ――ちりん。

 高く短い音がその場に響き、彼らは反射的に身構えた。
「鈴の音‥‥?」
「どこから‥‥」
 辺りを警戒しつつ手元を見て、馬祖がはっとして声をあげた。
「カオスの魔物が近付いています!」
「え?! カオス‥‥って」
 強く羽ばたく石の中の蝶の様子に、一気に緊張が高まる。
「どこにいるんだ?」
「後ろということはないですよね。今見て来たばかりですし」
 香織が奥へ続く通路を一瞥して頭を振った。不審な箇所がなかったことは確認済みだ。
 五人で固まって入り口を見つめた。いったい何が現れるのか――当然カオスの魔物だろうけれど、と思いながら固唾を呑んで待った末に、やっと「それ」は姿を見せた。

 こつ、と氷の地面をブーツが打つ。
 それは、少女の形をしていた。肩口で切り揃えられた濃紺の髪に、黒いローブを纏った十代半ばくらいの年齢。その足元には少女に擦り寄る二匹の黒猫の姿もある。

「あれ? 女の子だよ?」
「あの子ですか?」
「石の中の蝶は反応していますが‥‥どう、なんでしょう」
 少女が反応の元なのだろうか、と顔を見合わせるカリン、香織、馬祖の三人。少女の姿を持ったカオスの魔物の可能性もあるが――と思案していると、マノンが「あっ」と声をあげた。
「あの時‥‥俺があの奥に逃げた時、あそこにいた子か?」
「え、誰かいたの? 初耳だよ?」
「何かひっかかってはいたんだけど‥‥今思い出したんだよ」
 すまなそうに言って、マノンは少女に近付いた。
「いたよな? あのさ、俺達気になることがあって調べてるんだけど、何か知ってることないか?」
「‥‥」
「マノンさん、危険ですから近寄らない方が」
 石の中の蝶の反応を見るに、少女と猫の内の何れかが、もしくは何れもがカオスの可能性がある。警告したが、マノンは振り返って眉を寄せた。
「いや、でも女の子だし‥‥」
 大丈夫じゃないか、と続けようとしたマノンの後ろで少女が動いた。ん、と思う間もなく、ぶわっと黒い霧のようなものがマノンの体から抜け出した。
「な、何?!」
 驚く彼らの前で、霧は吸い寄せられるように少女の手元へ。霧は白い玉に姿を変えて、少女の手のひらに納まった。と同時に、マノンがふらりと前によろめいた。
「マノン!? ‥‥ちょっと、私の弟に何したの?!」
「カリンさん、いけません!」
「危ないですよ!」
 慌ててマノンを支えながらカリンは少女を睨む。突っ込んで行きそうな気配を察して、馬祖と香織がカリンを制した。
「デスハートン‥‥ということは、カオスの魔物か」
「‥‥カオス?」
 白い玉を持った少女は、自分を見据える煉淡の台詞に眉を寄せた。
「私はそんなもの知らない」
「知らない?」
「知らないって‥‥でも、その魔法はカオスの」
「違う。これは、竜の顔の精霊様に借りた力。願いを叶えるための神聖な力」
「竜の顔の、精霊――?」
 少女の言っている意味を解しかねて、彼らは眉を寄せた。
「玉を奪いに来たんでしょ? ――渡さない。これは、‥‥‥のために必要なんだ」
 玉を抱き締めて彼らを睨むと、少女の体が薄い青い光に包まれた。何らかの攻撃の気配に、煉淡は杖を握り締めると高速詠唱を併用してブラックホーリーを唱えた。手から黒い光が少女へ向けて放たれたのだが――少女に届く前に、何かに弾かれて光は消えてしまった。
「なっ‥‥」
『ホーリーフィールドを張っておいて正解だったようだな』
『そのようだな』
 しわがれた声がしたかと思うと、足元の黒猫の体が変化した。体が膨張した末に現れたのは猫ではなく、二体の黒い豹だった。
「カオスの魔物――!」
 瞬時に戦闘準備に入る冒険者達。だが、少女に戦う意思は無かった。
「霧を――」
 少女が唱えた魔法によって、周囲があっという間に深い霧に包まれて、少女達の姿が隠されてしまう。
「忠告――邪魔しないで。次に邪魔をしたら、許さないから」
「ま‥‥待って!」
「行くよ」
『戦わないのか、残念』
『仕方がない。帰ろう、セリナ』
 ミストフィールドの霧に遮られた中、少女――セリナと黒猫達が去って行く気配が伝わる。逃すまいと彼らも追いかけようとするが、視界不良に比べて足場が悪い。氷に備えた靴など用意していないので、急ごうと思えば思う程氷に足を取られてしまう。


 苦心しながら洞窟を入り口まで戻った時には、セリナ達の姿は既に山中のどこにも見えなくなっていた。