【急募】臨時スタッフ募集

■ショートシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月17日〜02月21日

リプレイ公開日:2009年02月25日

●オープニング

 古今東西、一瞬で自分のいる世界が変われば戸惑うのが当たり前。まして、それが元々いた世界とかけ離れた世界であれば、現実として受け入れがたいと思うのも致し方のないことだろう。
 『彼女』もそんな一人だった。こちらの人々には天界と呼ばれる世界の日本という国で夜の仕事をしていた『彼女』は、早朝アパートの自室へ向う階段を上っている途中でこの異世界へ召喚された。漫画かゲームの中のような世界観に多様な人種――救世主って何のこと?
 まったくもって、『彼女』も最初はこの世界について行けなかった。帰りたいと涙を流す日々が続いた。だが、『彼女』はある日唐突に理解した。救世主と期待される理由を、そして、自分がこの世界に呼ばれた理由を。


「そう、つまり、世界は愛と癒しを求めていたのよっ!」
「はぁ、そうなんっすか」
 ウィルの冒険者ギルドである。その受付係を勤めるロイスは、依頼を出しに来たという人物の熱い語りに対して適当に相槌を打った。金髪でクセの強い巻き毛に真っ赤なナイトドレス、濃い目の化粧という出で立ちの、その人物はとにかく見た目が派手だった。
「暗い情勢、うまく行かない自分への苛立ち、そして他者への反発や八つ当たり‥‥心の中にある優しさの泉は枯れ、どこか荒廃した雰囲気の中で明日への希望を口にする人を鼻で笑う人々。でも、そう、あたしはわかってるわ。本当は皆寂しいの。愛に飢え、癒しを求めて彷徨う旅人達がいるのは、どこの世界も変わりないのね‥‥だからあたしは立ち上がったわ、枯れた泉に愛という名の水を注ぎいれるために! 愛と癒しの伝道師――それが、あたしがこの世界に召喚された理由だったのだとっ!!」
「‥‥で、結局御用は何ですか?」
 ギルド内に響いてこだまする程の声量で自らの使命とやらを宣言したその人は、周りから向けられる奇異の視線ももろともせずに「あらやだ」と頬に手を当てた。
「ごめんなさい、直ぐ熱くなっちゃうのがあたしの悪い所なのよ。それで、用件は‥‥そうそう、用件はね、臨時のスタッフを募集したいのよ」
「臨時スタッフ?」
「そう、あたしのお店の‥‥あっ、これ名刺よ。名刺っていうか、何かしらこれ、名札? まあいいわ、はいどうぞ」
 笑顔で差し出されたそれを受け取って、ロイスは眺めた。

『愛と癒しの充実空間・ラブ☆マッスル
 ママ バービィ』

「スタッフが調理場と接客とで六人いるんだけど、その内四人が一斉に風邪引いちゃったのよ。無理はさせられないから休ませてるんだけど、お店が開けられないのよねぇ。あ、あたしのお店はね、美味しいお酒と美味しいお料理、そして愛と癒し満載の楽しいトークが売りのお店なのよ。夜から朝まで営業してるわ」
「つかぬ事をお聞きしますが‥‥店、繁盛してるんですか?」
 怪しさてんこ盛りの名札を持ったまま、ロイスは自称バービィに尋ねた。バービィはきょとんとすると、笑顔で手を振った。
「勿論よお〜! 繁盛してなかったら閉めてるわ」
「繁盛‥‥してるのか‥‥」
「常連さんも多いのよ? だからねぇ‥‥スタッフが復帰するまでお店を閉めることは出来るけど、愛に飢え癒しを求めてあたしのお店に来る人が、閉まってるのを見て悲しい思いで夜道を帰っていく姿なんて見たくないの。耐えられないわ! だって、あたしはそんな人達を救うためにいるんだもの!」
 ぐっと拳を握り締めるバービィ。少なくとも、その志はもの凄く立派である――志は。
「調理場二人に接客が四人だったんだけど、残ってるのは調理場・接客一人ずつよ。接客はあたしも手伝うけど、お客さんの多い日は手が回らないかもしれないの。だから、出来れば接客が出来る人がいいわね。勿論、調理場でもいいわ」
 ロイスは羊皮紙にペンを走らせつつ、最も重要なことを尋ねた。
「バービィさん、あの‥‥接客担当者なんですけど、やっぱり」
「勿論、全員男の子希望よ」
「‥‥デスヨネー」
「大丈夫よお。オイタをするようなお客さんはいないし、いてもお帰り願うから! 洋服やお化粧の心配も要らないわよ。出来るならそれに越したことはないけどね」
 そういうわけでよろしく、と言い残してバービィはギルドを出て行った。ハイヒールでジャイアント並みになっている身の丈に、ナイトドレスに包まれた逞しい体。その背中を見るに、確かに悪さをする客に「お帰り願う」ことは容易いだろう。

 バービィ(本名:田中邦夫、ラグビー名門校出身)を見送りつつ、世の中いろんな趣味の人がいるんだなあ‥‥と遠い目をしてしみじみ思うロイスだった。

●今回の参加者

 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●新人、練習中
「いらっしゃいませぇ〜☆」
「いらっしゃいませ。ラブ☆マッスルへようこそお越しくださいました」
 片や自然に、片や硬い笑顔で出迎えの練習をするのは共に金髪。フリルとリボンがたっぷりあしらわれたミディアムドレスにブーツ、そしてヘッドドレスまでが全く同じ作り。天界ではこれをゴスロリと言うらしい――と、それはまあおいておいて。
「‥‥っていやいや、エリス‥‥じゃねえ、エリザベスったら口調が固すぎだって。もっとソフトに、柔らかくでいいんだよ」
「いえ、そう言われましてもアリ‥‥ではなく、アンジェリカさん。私はこれでもかなり柔らかくしているつもりですが」
「もっと、何て言うかこう‥‥女性らしくだよ」
「いらっしゃいませー」
「違ーうっ! 『いらっしゃいませぇ〜☆』だよ!」
「い、いらっしゃいませえ?」
「うーむ、硬いな‥‥」
「はあ‥‥普段が普段なもので、どうにも、難しいですな」
 店内と調理場との間はカーテンで仕切られている。そこに一旦引っ込んで、『アンジェリカ』ことアリル・カーチルト(eb4245)とエプロン装着の藍芳蕾は、硬さが抜けない『エリザベス』ことエリスン・グラッドリーの口調指導を行っていた。ちなみに、黒ゴスロリがアリルで白ゴスロリがエリスンである。
「もういっそのこと、エリザベスちゃんはその硬さで売った方がいいんじゃないかと思うんだよ」
「うむ、俺も今そう思ったところだ。不自然になるよりはいいんじゃねえかな」
「ふむ、それはありがたいですが‥‥それよりも、私は『げんじな』とやらに慣れないのですが。呼ばれても無視してしまいそうになります」
「心配するな、それは俺もだぜ」
「そこは笑顔で言うところじゃないと思うんだよ?」
 エリスンの肩をぽんと叩いて親指を立てるアリル。芳蕾がツッコミを入れたところで、カーテンからママ・バービィが顔を出した。
「こらこら二人とも! お客さんが来てるからお迎えしてちょうだいね。芳蕾ちゃんも、調理場のお手伝い!」
「あっ、はーい‥‥じゃあ、二人とも引き続き頑張って、だよ♪」
 ひらひらと手を振って、芳蕾は調理場へ向ってしまう。
「仕方ない、戻るか‥‥やるからには売り上げ一位を狙うわよ、エリザベス!」
「はっはっは、実は意外とノリ気なのではと疑いを抱いてしまいますな」
「仕事だからな‥‥多少の無茶は、マンハッタンから飛び降りるくれぇの覚悟で、ナンでもやってやんよ」
 そう覚悟を決めなければ、こんな格好を甘んじて受け入れることは出来ない。
「頼もしいですな」
「はっはっはっ。まあ、お前も山ほど読んだ本の知識を生かして頑張れよ」
 ただし、とアリルはエリスンを真剣な眼差しで見つめて、強く言った。
「男には、絶対に譲れない一線がある‥‥そこだけは、なんとしてでも死守するんだぞ」
「はて‥‥譲れない線、とは?」
 ど天然男にははっきり言わなければ通じないのか。ともあれ、大事なことだからアリルは言い方をより簡潔なものに変えて言った。
「男の一番大事なアレだ。つまり――ケツは死守だ」
 再三このテの場所で何に気を付けるべきかを説いた甲斐があったのか、それとも男と言う生き物としての本能か。
 アリルの言いたいことを完全に理解したエリスンは、力一杯頷いた。

●一方その頃調理場は――
「はいはい、注文よぉ〜。豆のスープ三つ、鳥の串焼き四つ、サラダが三つにフルーツ盛り合わせが一つ、よろしくねぇ〜」
「う♪ 了解だよ、だよ」
 リリーが持って来た注文を受け取って、フォーレ・ネーヴ(eb2093)が返事を返す。
「オッキーにーちゃんは串焼き、藍ねーちゃんはスープ、私はサラダで♪」
「私はフルーツね」
 ルスト・リカルム(eb4750)は了解と返事をすると、大皿に下準備の終わっているフルーツを見目良く綺麗に盛り付ける。そのルストへ、鳥を焼きながら調理長のオッキーが声をかけた。
「ルスト、吸いたくなったら休憩して吸ってきてもいいんだぞ?」
「あら、気遣いありがとう‥‥でも、料理に灰が入らないとも限らないし、料理を作りながらタバコは吸うものじゃないわ」
 手元にあるとついつい吸いたくなってしまうかもしれないので、紙タバコはフォーレに全て預けてある。お客に出すものなのだから、少しの異物が入るだけで店の信用に関わってしまう。
「そうかい? ああ、フォーレや芳蕾も、時々は休憩していいからな」
「ありがとう、だよー。でも、まだ大丈夫だよ」
「う♪ 私も大丈夫」
「お前さん達は働きものだな〜」
 感心するオッキーは、バービィやリリーとは違って一人普通に男の格好をしている。一つに束ねた髪といい整えられた髭といい、なかなかダンディーな魅力たっぷりの人。リリーの話によると、一番の要注意人物らしいのだが――

「フォーレ、これ三番テーブルに持って行ってくれるか」
「了解だよ、っと」
 まあ、自分に被害が来ないのであれば別にいい。むしろ起こってくれてもいいくらい――とまで思ったかどうかは定かではない。


●困ったお客の正しい対処法
 さて少しずつ接客に慣れてきた頃のこと。
「ん?」
 ママにボトルのおかわりを貰いに行ったアリルは、別テーブルでお客の相手をしていたエリスンの様子がおかしいことに気がついた。
(「あ、もしやあのお客‥‥」)
 この期に及んでもおそらくそれ程状況を正確に認識してはいないだろうエリスンだが、傍目にも困った様子で応対しているのが見て取れる。
「あらぁ? お客さんったらオイタは困りますよぉ〜」
 助けに行こうかなと思ったが、そこは流石本職のスタッフ。直ぐに気付いたリリーが自然にエリスンとお客の間にフォローに入った。これなら大丈夫かなとアリルは自分のお客の所へ戻ろうとしたのだが――
「邪魔だ! 退けよこの野郎!」
「きゃっ!」
 お客がリリーを力一杯突き飛ばしたのだ。テーブルに肩をぶつけた拍子に、がしゃーんと食器の類が床に落ちて割れる嫌な音が響いた。
「おれはなぁー、エリザベスちゃんに用があるんだよぉ! アゴ野郎は引っ込んでろ!」
「あ、アゴ‥‥酷いわ、気にしてるのにぃ」
 気にしてたの――いや、それはどうでもいいことだ。これは自分もフォローに行った方が良さそうだと判断して、アリルはエリスンにしつこく絡んでいるお客の肩に手を置いた。
「まぁまぁ、お客さん。こちらでわたしとゲームでもしませんか?」
「あぁー?」
 じろりと睨むお客さん。その舐めるような視線に鳥肌を立てつつ、何とか笑顔で我慢するアリル。無遠慮にじろじろ眺めた末に、お客はエリスンに抱きついた。
「俺は美人よりもこっちの方が好きなんだぁー!」
 好みじゃなかったらしい。むしろありがとうと礼を言いたいくらいだが、目を白黒させているエリスンを何とかこの窮地から助けなければならない状況ではちと困る。
(「仕方ない‥‥実力行使で」)
 ぐっと拳を握り締め、一発くれてやろうと構えるアリル。しまいにはちゅーまで要求し始めたお客を昏倒させようとしたところで――

「ふんぬうっ!!」

 ――という雄雄しい掛け声と共に、お客の首に逞しい腕が吸い込まれた。ぼきっと、いやぼきっといってしまうとまずい。とにかく、そんな鈍めの効果音と共にママの鍛え上げられた二の腕から繰り出されたラリアットがお客さんにクリーンヒット。
「ひぶっ?!」
 威力抜群の会心の一撃を食らったお客さんは、二メートルほど吹っ飛んで、椅子に当たって床に落ちた。

「‥‥‥‥」

 沈黙に包まれる店内。ママはずんずんとお客さんに歩み寄ると、その体を軽々と肩に担ぎ上げた。そして、冷たい汗を滝のように流すお客+臨時スタッフにばちんとウィンク。
「んもーっ、オイタはルール違反よ? そ・れ・と! うちの娘達への暴言は聞き流すことは出来ないわ。‥‥聞き分けの悪いコは、力ずくでお帰り願っちゃうんだから☆」
 心得よ、と言いおいてママは気絶したお客を抱えて外へ。お酒は楽しく――基本事項を守るのは、楽しい時間を過ごすコツだ。人々はそれを深々と心に刻んだ。


「おお、残念。出番なかったね♪」
 今日は用心棒役に回っていたフォーレ(男装中)は、笑いながらぱちぱちとママに拍手を贈った。


●お疲れ様でした
 そんなこんなをしつつ、彼らが臨時スタッフを務めた四日間はあっという間に過ぎ去って行った。売り上げ一位を目指したアリルは勿論、エリスンも最後の方になると少し慣れてきたようで、それなりに弾んだ会話も出来るようになっていた。まあ、出来るようになったところで図書館員の彼には何のメリットも生じないのだが。

「ま、アレやソレの話は置いといて‥‥臨時スタッフの皆、お疲れ様でした〜!」
「かんぱーいっ!」
 閉店後の店内では、今日(既に日付が変わっているので昨日か)まで臨時スタッフとして頑張ったアリル達の慰労会がささやかに行われていた。
「ふう‥‥フォーレや芳蕾、ルストが居てくれてマジ助かったわ‥‥」
「アリルさん、お疲れ様だったわね」
「アリルにーちゃんおつかれー♪」
「本当に一番取ったんだねー‥‥すごいねぇ」
 最終日、アリルは念願(?)の売り上げ一位に輝いた。セクハラ的なアレとか限りなくセクハラに近いソレとか、思い返せばこの四日間色々あった。しかし、一位も取れたしある意味貴重な経験が出来たと思えば、これからの人生の糧になるのではないかと――ないかと‥‥うん。
 ならなくてもまあ、貴重な体験の一ページとして心には刻まれたことだろう。
「もー、あんまり皆が働き者だから、このまま雇っちゃいたいくらいよ。特にアンジェリカとエリザベス‥‥どうかしら? 賃金は弾むわよ?」
 ささやかだけどと言いながらボーナスを配るママが笑顔で言った。その目の奥にちょっとの――いやかなりの本気を二人は確かに感じたので。

「「はっはっは‥‥‥断るっ!!」」

 そこは今後の為にも、きっちりかっちり、謹んでお断り申し上げた。