カオスの侵攻〜君想ふ故に我はなく
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■ショートシナリオ
担当:まどか壱
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:02月23日〜02月28日
リプレイ公開日:2009年03月04日
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●オープニング
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ウィル王都。冒険者街の一角にある棲家で、クラリッサは窓の外に広がる夜の空を眺めていた。
「‥‥フランツ」
消息を絶って二月。戦死しただろうという報せを受け入れたつもりで、しかし受け入れられずに戦場跡へと彼を捜しに行った。共に生死不明の恋人を捜してくれる優しい冒険者がいたけれど、見つけられたのは首飾りの一つだけだった。
それでも諦められず、帰って来るかもしれないと待った彼女は、夢で恋人の声を聞いた。彼が自分を呼ぶ声に、いても立ってもいられなくなって地獄へ行った。冒険者達の力を借りて、偵察を兼ねてフランツを捜した。そして、彼女は遂に恋人と再会を果たせた――けれど。
「‥‥っ」
クラリッサは目を瞑った。瞼の裏に蘇るのは、駆け寄る自分に剣を向けた愛しい人の姿だけ。
どうして、どうして、とクラリッサは一人繰り返した。
(「私を呼んだのに、何度も私の名前を呼んだのに。 私は会いたかったのに、会いたくて会いたくて堪らなかったのに、あなたはそうじゃなかったの? どうして魔物と一緒にいたの? どうして‥‥‥どうして私を呼んだの、フランツ――」)
クラリッサは苦しそうな顔で首飾りを掴んだ。フランツが戦場に残したものを握り締めて問いかけてみても、答えが返ってくるわけはない。
(「どうしてまだ――――私を呼ぶの?」)
夜毎夢の中でクラリッサを呼ぶフランツの声。気のせいか、日に日に声は遠くなっていく。
その切迫した声は、自分に何を求めているのだろう――
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冒険者ギルドの受付嬢ライザと、彼女と顔見知りの民俗学者レジーは、テーブルを挟んで座るクラリッサを渋い表情で見つめていた。
「‥‥呼んでるから行きたい、ってね‥‥危険すぎるから駄目って、何度言ったらわかるの?」
「わかってるわ」
「わかっていたら、そんなこと言えない筈よ!」
だん、と手のひらをテーブルに叩きつけたライザの剣幕に、レジーは慌ててその肩を押さえた。
「あんたのことだけじゃないのよ? あんたがフランツフランツってなってるお陰で、フルカスから逃げる時に同行者に迷惑かけたの、忘れたの?!」
「忘れたわけじゃないわ! だから、一人で行くって言ってるじゃない! それなら誰にも迷惑はかからないでしょう?」
「そういう問題じゃないのよ!!」
「あ〜‥‥二人とも、一応ギルドの中だからね? 落ち着こうね?」
平行線の睨み合いをレジーは何とか宥めようと試みるが、頭に血が上っている状態の女性二人を落ち着かせるのは難しい。やれやれだ‥‥と心の中で嘆息しつつ、レジーは二人に言った。
「妥協案を思いついたんだ、聞いて?」
「‥‥妥協案?」
「クラリッサには、前回調べられなかった門‥‥フランツとフルカスが居た場所にあった門の、その奥を偵察しに行ってもらうのはどうかなって」
「偵察?」
訝しげな二人に、レジーはうんと頷いた。
「その奥がフルカスの邸になっている可能性が高いと思うんだよ。内部構造や敵の配置なんかの情報が手に入れられれば、攻め込む時に使える」
「そんな重要なことを、クラリッサに任せるの? 隠密技能なんて無いのに?」
技能的にも、彼女一人に任せられる仕事ではない。当然、冒険者に協力を求めることになる。
「偵察の機会はきっとこの一回きりだ。出来るだけ多くの情報を持って帰って来て欲しいねぇ。構造、配置、敵戦力‥‥もしかしたら、その過程でフルカスやフランツと見えるかもしれないね」
「レジー?!」
「そこで話がしたいならすればいいよ。でも、撤退の指示には絶対に従うこと‥‥フランツを連れ戻せなくても、ね。約束出来るなら、この依頼を君と同行者に託す」
不服そうなライザの視線を無視して、「どうする」とレジーはクラリッサに尋ねた。クラリッサは逡巡の気配もなく、首を縦に振った。
「やるわ」
「同行者に迷惑をかけて、依頼を失敗させないように。二度内部を探らせてくれる程、寛容じゃない筈だ。この機会、次の戦いで優位に立つためにも無駄にはしないで欲しい」
「わかったわ‥‥‥‥ありがとう」
レジーは苦笑した。クラリッサのためが三割、残る七割は彼女を利用して敵の情報を得たいという気持ち。ライザ程には、レジーはクラリッサに親身になっているわけではない。
そうと決まれば準備をする、と言ってクラリッサは椅子から立ち上がった。
「クラリッサ」
三歩進んで振り返ったクラリッサを睨んで、ライザは厳しい表情で言った。
「あんたの我侭を聞くのはこれが最後よ。意味、わかってるわね?」
ライザの言う「意味」とは、これで駄目ならフランツのことは諦めろということ。
「ええ――わかってるわ」
クラリッサは頷くと、二人に背を向けて部屋を出て行った。
●リプレイ本文
淡い菫色の空の下。月精霊の支配する時間は終り、陽精霊の時間が始まろうとする頃。
「‥‥そろそろだな」
夜と朝の合間の空を見上げてオルステッド・ブライオン(ea2449)が呟いて間もなく、天から光が降って来た。大地に刺さった剣は景色を縦へ横へと音を立てて切裂いて、そこに赤黒い異界への入り口をこじ開ける。
「長くは開いていないのでしたか。皆さん、準備はよろしいですか?」
シャルロット・プラン(eb4219)が仲間達に声をかけた。大丈夫だと頷くのを確認すると、精神を集中させてチャリオットの起動に取り掛かる。
「地獄の偵察か‥‥なかなかハードな仕事ね」
「隠密行動を得手とする人がいないから、一層厳しい依頼になりそうよ」
サイレントグライダーを起動させた加藤瑠璃(eb4288)が呟くと、その声を拾ったクラリッサが付け加えた。それならそれで、出来る限りのことをすれば良い。収穫が僅かであろうと、ゼロより悪いことはない。とは言え、皆出来る限り多くの情報を持ち帰るつもりではいるのだが。
「行きますよ」
ふわっとチャリオットが地面から浮かび上がる。
「これぐらいしか出来ぬが‥‥皆、必ず戻ってくるのじゃぞ」
これから地獄へ向う仲間達へ、せめてもとヴェガはレジストデビルを付与した。アケロンの川を越えるまでの間でもいい、彼らが神の加護を得られるようにと祈りながら。
「クラリッサさんもどうかご無事で」
夫と言葉を交わしていたアリシアがクラリッサにも声をかけた。相変わらずの青白い表情ながらしっかりとクラリッサが頷き返すと、チャリオットは転移門へと進みだした。
「‥‥気をつけて」
チャリオットが転移門に呑まれていく。その口が閉ざされるまでを両手を握り締めて見守る二人は、ただただ仲間達の無事だけを願った。
●
その門は地獄門の裏側にひっそりとあった。ひっそりと言っても大きさまで控えめなわけではない。縦四.五メートル、横は六メートルには届かないくらいだろうか、両開きの立派な門は閉じられたまま青白い光を放っている。
「この門の先にフルカスの本拠地が‥‥」
アレクシアス・フェザント(ea1565)は向こう側の見えない門を見上げて表情を引き締めた。その横では、瑠璃とシャルロットが門の幅を視ている。
「グライダーは何とか入れそうね」
「ゴーレムは‥‥グラシュテまではなんとかいけそうですが、それ以上は無理ですね」
ゴーレムを使うような戦闘になるか、出来るかということは先に進まなければわからないが、逐一調査しながら進むに越したことはない。しかし、と瑠璃は眉を寄せた。
「この門を開けたらいきなり玄関ホールだったりしたらどうしよう‥‥」
「‥‥あり得なくはない、ですね」
その可能性も完全には否定出来ないだけに――サイレントグライダーを使用するか否かは、少し考えた方が良いかもしれない。
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門は意外にもすんなりと開いた。総出で力一杯押す必要があるかと思ったので、彼らは拍子抜けした。見た目だけが重厚なのか――それとも、もしかしたらフルカスが既に偵察に気付いていて、誘うためにわざと開けたのか。どちらにしろ、進むしかない。
門の先にまず広がっていたのは広大な庭だった。貴族の邸にどこまでも似た造りだが、草木は全て枯れ果てていて池にも水はない。庭というよりも墓場に近い印象を受けた。門から真っ直ぐに続く白い石畳の向こうには、やはり立派な館が構えている。四方は高い塀に囲われていて、自力で飛び越えて逃げるのは不可能そうだ。
「‥‥隠れる場所がほぼないな‥‥」
「出来る限り静かに進むしかないだろう。入り口が正面だけということもないだろうが‥‥」
オルステッドとアレクシアスが先導して、見晴らしの良すぎる前庭を慎重に進み始めた。申し訳程度に残っている痩せた木の幹や枯れた茂みだけが唯一の遮蔽物である。
「敵の姿が少ないな」
目視出来る範囲の敵は、思っていたほど多くない。これなら侵入するのは容易い――と、そう思わせる罠の可能性も十分にある。結果的に何も起こらなかったとしても、警戒するに越したことはない。
「魔物もいるようだしな」
石の中の蝶はデビルの存在を感じ取って強く羽ばたいている。油断せず、じりじりと進むのがこの場においては良策だろう。
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「正面から五体、こちらに向かって来ています」
「隠れろ!」
デティクトアンデッドで索敵していた晃塁郁(ec4371)が、マッピング用に広げていたスクロールから顔を上げた。直ぐにアレクシアスが近くの部屋のドアを示して、急いで全員そこに駆け込んだ。
外周を見てまわった結果、正面の立派な玄関のほかに左右に一つずつ扉を見つけた。鍵のかかっていないドアを開けると、その向こうには広い廊下が長々と続いている。更に、左右には間を置いてドアも配置されていた。
ドアの向こうがどうなっているのかは、逐一クラリッサがエックスレイビジョンで確認して報告し、塁郁がスクロールに書き込んでいる。敵の溜まり場になっていたり空き部屋であったりと様々だったが、今逃げ込んだのはあらかじめ逃げ場所としておいた空き部屋の一つだった。
「‥‥ズゥンビだな」
僅かに開いた隙間から通り過ぎていく姿を確認して、オルステッドは指を折った。
「‥‥ここまでに見たものは、羽の生えた小鬼にズゥンビ・餓鬼・グール・スカルウォーリアー‥‥防衛戦で見たものばかりだな」
「新手はいない、と考えていいのでしょうか」
「ここはまだ入り口付近だ。奥に進めば、また別の何かがいる可能性は捨てきれないな」
塁郁はスクロールを眺めた。前庭で発見ないし遭遇したのはズゥンビと餓鬼、それに羽の生えた小鬼の姿もちらほら見かけた。それから、内部ではそれらに加えてスカルウォーリアとグールもうろついている。
「配置されている敵は奥に行くに従って強くなっているのでしょうか」
「そうだろうな。デビルかアンデッドかはわからぬが」
「そうですね。それに――」
ちらりとシャルロットはクラリッサを見た。忍犬のローゼンを腕に抱いたクラリッサは、白い顔で大きく息を吐いていた。中断・撤収と休憩を挟みながら進めているものの、相当の疲労が溜まっていることだろう。それでも、彼女の口から真っ先に休憩や撤収の言葉が出ることはない。
「(‥‥ここまで来たら、クラリッサさんの思いの強さを認めないわけにはいかないな‥‥)」
やれやれと思いながら、オルステッドは「そう言えば」と彼女に尋ねた。
「‥‥出発前に聞きそびれたが、夢に出てくるフランツさんの様子はどんなだったんだ?」
もしかしたら何かのヒントが隠されているのでは、と考えたのはオルステッドだけではなかったらしい。
「その夢は、単なる夢ではないかもしれないな。聞かせてもらえるか?」
ここまで来たクラリッサの想いを考えると、出来る限り力になりたかった。もっとも――夢が示すものは、彼女にとって良いものとは限らないが。
「‥‥そうね」
クラリッサはローゼンを見下ろしたままで答えた。
「焦っていると思うわ。早く早くって急かされているような気がする‥‥何を焦っているのかはわからないけど」
少しずつ遠ざかっていく声の理由。呼ぶ理由が知りたくてここまで来てしまったクラリッサ。
待っているのが良い結果であればいいけれど――俯く彼女を見つめていると、そう思わずにはいられなかった。
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瑠璃は館の上空を旋回していた。グライダー騎乗ではなく、ベゾムに乗ってである。操縦の腕に自信がないわけではないけれど、全速で撤退する時に門をうまく潜り抜けられるかはわからない。グライダーは、チャリオットと一緒に隠した。
「(‥‥ここって、どこ?)」
浮かび上がってまず思ったのがそれだった。塀は越えられたが、その向こう側には荒れた台地が広がるのみ。ディーテ砦の姿も地獄門も見られない。
「(門を抜けたら別世界‥‥そんなわけないか)」
離れているのか何なのか。わからないけれど、塀から向こうには行かない方が良さそうだ。そうと判断すると、上空からの偵察に頭を切り替えた。
「(飛んでる敵もいるわね)」
時々降りて身を隠しつつ、じっくりと全景を伺う。上から見ると、館は正面を左に見て縦の長方形部分と、中庭を囲うコの字型の部分とに分かれている。敵の姿は前庭を彷徨うものが多いが、中庭にも見える。
「(ボスがいる場所となると、やっぱり後ろかしら)」
後ろに回り込んでみようとして、正面が騒がしいことに気付いた。周囲に散らばっていたアンデッド達が群がっている。間違いなく、内部の仲間が見つかったのだろう。
瑠璃は仲間の脱出を手助けするべく百八十度方向転換すると、勢いよく下降した。
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『ゲギャッ?!』
肩を斬り飛ばされた毛むくじゃらの小鬼が悲鳴を上げて転がった場所を、五人は全力で駆け抜けて行った。
瑠璃が見た長方形部分を端から端まで探索し終えた彼らは、小休憩を挟んだ後更に奥に向かうべく道を探していた。正面の大きな入り口から真っ直ぐ進んだ先に扉があるのを発見し、慎重に慎重を重ねて進んだのだが――敵地での偵察、ここまでが力の及ぶ限界だった。
扉の向こうにも敵の気配、隠れようとした所で左右からも接近と挟撃されることになり、致し方なく戦いながら撤退を始めていた。
「‥‥このタイミング、悪意を感じなくもないな‥‥」
「招き入れておいて‥‥というわけか」
小部屋に集まっていたものが一斉に出て来たとしか思えない数が、彼らの行く手を塞ぐ。
「クラリッサさん、大丈夫ですか?」
クラリッサの護衛を買って出たシャルロットは、近付いてくるものをカウンターで斬りながら声をかけた。息が切れて声は出ないらしいが、それでもどうにかクラリッサは頷いた。
「もう少しで外です、頑張ってください」
励ましにもう一度頷いて、クラリッサはシャルロットと塁郁に前後を守られながら走った。何とか大扉に辿り着くと、手をついて息を整える。
「(‥‥会えなかった)」
仲間が重い扉を開けようと試みるのを見ながら、クラリッサは落胆していた。これが最後の機会だったのに、フランツに会えなかった。偵察の収穫以上に、彼女にとってはそれが重要だったのに。
「(諦めるしか、ないの‥‥)」
会えないまま終わってしまう。扉が開いて、手を引かれて外に出ながら溜息を堪える。留まろうとする足を前へ動かす。そして一歩外に踏み出そうとして、彼女は振り返った。
――誰かに呼ばれた気がした。そして振り返った先で見たのは、自分の顔の横に突き刺さる剣と、それを握るフランツの顔。じっと彼女を見つめる彼の口の動きを追って、クラリッサは目を見開いた。
「‥‥フラ」
「――クラリッサ!」
「クラリッサさん!」
呼びかけようとした彼女の声を遮って、シャルロットが二人の間に割って入った。技量ではシャルロットの方が上と感覚でわかったのか、フランツは剣を引き抜いて後退した。その間に、アレクシアスがクラリッサの手を引いて外に連れ出す。
「‥‥フランツさん、一体なぜ‥‥」
去り際に呼びかけたオルステッドの言葉に、フランツが返事を返すことは無かった。
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前庭に出ると、やはりズゥンビの群が待ち構えていた。斬り捨てながら逃げていたが、途中から瑠璃が上昇と降下を繰り返してズゥンビの動きを牽制したり引き付けたりしてくれたお蔭で幾らか進みやすくなった。
一気に門まで駆け抜けると、チャリオットのカモフラージュを外して急ぎ起動。
「振り落とされないようしっかり捕まっておいて下さい――トバシます」
との言葉通り、シャルロットは全速でチャリオットを走らせて、どうにかその場を脱した。
「奥までは偵察出来ずか‥‥」
無念そうな呟きが自然とこぼれるが、それでも収穫が無かったわけではない。得られなかった事柄は残念ながら確かにあるが、次の戦いに活かせるものもあるだろう。
「残念ですが、フランツさんは既に人ではないようです」
帰りの道中、塁郁がデティクトアンデッドの結果を知らせた。望ましい結果ではなかったけれど、報告しないわけにも行かない。
「‥‥そうか」
「クラリッサさん‥‥」
気遣うように彼らはクラリッサを見た。彼女は目を閉じて黙ってそれを聞いていたが、瞼を開けると後ろを振り返った。
「‥‥そう。わかったわ」
飛び降りる気ではと身構えたが、クラリッサは静かにそう言っただけだった。
遠ざかっていく地獄門を眺めながら、クラリッサは思い出していた。
「(‥‥それを伝えたくて、呼んだのね)」
フランツが、彼女に向けて言った言葉を思い出していた。そんなことを伝えるために呼んだのかと思うと涙が出そうなほど怒りと、そして悲しさが込み上げてきた。
『殺してくれ、君の手で』
抱いたままのローゼンの頭に顔を押し付けて、クラリッサは声を殺して静かに泣いた。