カオスの侵攻〜血色の空に響くは哀歌
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■イベントシナリオ
担当:まどか壱
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:28人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月11日〜03月11日
リプレイ公開日:2009年03月21日
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●オープニング
●終幕の序
「行くの」と彼女に尋ねられ、「行く」と彼は迷わず答えた。
「どうしても行くの」とまた尋ねられて、「どうしても行く」と彼はやはり迷わず答えた。
決意を見て取ってか、彼女は三度は彼を止めなかった。涙の滲む青い瞳を見つめて、「必ず帰って来る」と言い残して彼は戦場へ向かった。約束を破ったことがないのが誇りだった。だから、この約束も絶対に守るのだと胸に誓った。
次元転移門前での罪を唆す者との熾烈な戦いの中、気付けば彼は赤い空の下にいた。敵を追って、彼は口を開けた転移門を知らない内に潜ってしまっていた。戻ろうにも出口は無く、仕方なく彼はその世界を彷徨った。数多くのカオスの魔物と遭遇し、戦い、傷つきながらも彼はその世界の出口を探し続けた。戦いの行方、仲間のこと、そして一人無事を祈っているだろう彼女のことを想いながら。
しかし、限界が訪れた。彼はとうとうその場に倒れる。多勢に無勢、無限に襲い来る魔物から逃げ続けることは不可能。受けた傷は、彼の命を奪うのに十分だった。
「(‥‥ここまでか‥‥)」
最早指の一本さえも動かすことが出来ない彼は、倒れたままで絶望を味わった。戦場で死ぬでもなく、こんな場所で死ぬことになるとは考えたことも無かった。何より――
「(‥‥クラリッサ)」
愛しい恋人の顔を思い浮かべて、無念が滲む。一番大切な約束が守れない、それが何より辛い。彼女を悲しませてしまうことが、悔やんでも悔やみきれない。
「(‥‥死にたくない‥‥)」
死んだら彼女が一人になってしまう。悲しむのだろう、泣くのだろう。その時、傍にいれないなんて。まだ死にたくない、帰りたい。会いたい、会いたい――繰り返していた時、それは現れた。
「――死を受け入れられぬか」
重厚な声が降って来た。彼の霞んでゆく視界の中には、馬の蹄しか見えなかった。
「繋ぎとめてやろうか? 汝が望むならばその命、繋ぎとめてやろう――我が僕として」
どうする、と声は彼に尋ねた。彼は――その相手が何者であるかを見る力も、考える力も失っていた彼は、ただ己の望を叶えたくて答えた。死にたくないと、帰らなければならないのだと。
「よかろう――汝の願い、我が叶えん」
その答えが意味することを後に知り、彼は大いに後悔する。だが今は、これで彼女を悲しませずに済むのだという安堵で一杯だった。
そして今。青年は血の赤に似た色の空を見上げて願う。
「(――クラリッサ)」
恋人に殺されることを待ち望む――自分が消えてなくなる前に。
●彼女の決意
首飾りを見下ろして、クラリッサは静かに一度目を閉じた。
『殺してくれ、君の手で』
何て酷い願いだろうと思った。それを伝える為だけに毎夜自分を呼び続けたなんて、酷すぎる。偵察から帰った彼女は、怒りと悲しみで涙を流し続けた。そして、気付けば涙は涸れていた。
「(フランツ‥‥)」
クラリッサは幸せだった日々を思い返していた。帰りたいと願うけれど、もう戻らない時と、思い出。
瞼を開けた彼女は、首飾りを身につけると立ち上がった。
「(それがあなたの願いなら、私は)」
そして彼女は家を出た。愛する人の、最期の願いを叶えるために。
●決戦へ
「‥‥やるの?」
「やるしかないでしょ」
「でも、」
「二度も偵察はさせてくれないと思うよ?」
「‥‥そうね‥‥」
ウィルの冒険者ギルド。その奥の一室でテーブルを挟んで向き合う二人は、深く溜め息をついた。テーブルの上には偵察で得られた情報が広げられている。優位に立つというには足りない情報だが、これで戦うしかない。
「‥‥で、あんたもやるの?」
「その気がなければ来ないわ」
ライザはクラリッサからの返事に顔を顰めた。既に準備を整えているクラリッサは、当然決戦に参加するつもりだ。その顔を睨んで、しかし今回はライザは何も言わなかった。泣き腫らした酷い顔だったけれど、その瞳には確かな決意が浮かんでいた。その決意が何なのかは、想像がつくので敢えて聞かない。
「‥‥きっちりけじめ、つけてきなさいよ」
後悔だけはしないように。
「ええ‥‥勿論よ」
ライザを真っ直ぐに見返して、クラリッサははっきりとそう答えた。
※フルカス邸全景
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□│ D │□
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□│ │ C │ │□
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□● B ●□
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□ A □
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□□□□□□┤| 門 |├□□□□□□
□:塀 ●:入口
A:前庭エリア B:正面ホール C:中庭エリア D:本邸
■偵察の結果判明している敵戦力及び配置
【A地点】:ズゥンビ、餓鬼、インプ
【B地点】:ズゥンビ、スカルウォーリア、グール、グレムリン
【C地点】:フランツ、グレムリン
【D地点】:フルカス、スカルウォーリア、グール
・総数不明。ただし、アンデッドはフルカスを倒さない限り次々に湧いて出てくるので注意
・フルカスの戦力は不明。アンデッドを操る能力のみ判明
・上記以外の敵が出現する可能性高。ただし、場所は不明
●リプレイ本文
●憤怒の騎士と
「我が主は倒されたか」
広大な邸の最奥にてどっしりと椅子に座るフルカスは、ディーテ城砦前での戦いの結果を知らされると拳を握り締めた。
「たかだか人間に滅ぼされようとは。その無念、如何ほどか」
目を閉じ、そして大鎌を手に取るや報告に訪れたデビルの首を一息に刎ねた。
「‥‥主が無念、晴らさねばなるまい。我はモレクの騎士。主に変わって彼奴らを討ち、その首をディーテの門前に並べてくれようぞ」
仇討ちに燃えるフルカスは、控えていた配下に散れと命じた。こそこそと偵察に赴いてきた冒険者達は、モレクを討った勢いのままに攻め込んで来ることだろう。庭先までの侵入は許したが、この領域の蹂躙は許さない。まして、この首をくれてやるわけにはいかない。
「汝の仲間が増える。嬉しかろう、フランツ」
その場に留まっていた青年に声をかけたが、返答はない。当然だ、この鎌で首を落とし、既に一度死を与えられている。今の青年に自我はない――フルカスの知る限りは。
「あの娘、どれ程の人間を連れてくることか――我が大鎌は、血を求めて疼いておるぞ」
くつくつと、フルカスは低く笑った。青年は、無言で主が笑うのを見ていた。
「(――クラリッサ)」
恋人に殺されることを待ち望みながら。
●時、迫り
「侍の鳳・双樹です。よろしくお願いします」
「白の神聖騎士、サクラ・フリューゲルです。どうぞよしなに‥‥」
「ナイトのセイル・ファーストだ。よろしくな」
転移門を抜けてアケロン川の上を飛行するフロートシップ。その中で、鳳双樹(eb8121)、サクラ・フリューゲル(eb8317)、セイル・ファースト(eb8642)らが戦いの参加者と挨拶を交わす。背を預け、命を預けることになる仲間達の顔を見て、集う面々に頼もしさを覚える。
その輪から離れて、クラリッサは外にいた。フロートシップの甲板から見える空は赤い。荒れた大地を見下ろしながら、首飾りを握り締める。その表情には、揺ぎない覚悟が現れて見えた。
「――クラリッサさん」
呼びかける声に振り向いたクラリッサへ、アリシア・ルクレチア(ea5513)は歩み寄りながら言葉をかけた。
「クラリッサさん、貴女の冒険もこれで最後なのね」
「‥‥そうね。あなたは、結局ここまで付き合ってくれるのね」
境遇をクラリッサに重ね、夫共々協力してくれた。その仲睦まじい姿に切なさを覚えなかったわけではないけれど、それ以上にクラリッサは感謝していた。
「最後まで貴女の戦いを見守りたいの。こんな‥‥」
こんな結末になるなんて――
呟いて、アリシアは目を伏せた。かけてあげたい言葉は数あれど、うまく形になってくれない。
「本当に残念だけど、それでも私は最後まで愛する人の役に立てるって‥‥なんと言っていいか‥‥」
言葉に出来ないもどかしさを覚えつつ、アリシアはクラリッサの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「素晴らしいことだと思いますわ」
「こんな事しか出来なくても?」
「ええ」
アリシアは頷いた。自分も――自分も、夫と共にありたい。死を迎えるその時まで、彼の役に立ちたい。どこまでもついて行きたいと願う。それは全て、夫を愛しているからこそ。そして、クラリッサの決意もまた、彼を愛しているからこそ。
――自分が同じ立場であったら、果たして選ぶことが出来るだろうか。
シャルロット・プラン(eb4219)は二人のやり取りを眺めながら思う。
目の前にはフルカスの邸へ続く門が見えて来た。高度を下げるフロートシップは、あの向こうには入れない。その閉ざされた門が開かれる時が、彼女の決着の時。そして、冒険者達の決着の時。
●突入
「‥‥多いわね」
バガンで先陣を切った加藤瑠璃(eb4288)は思わず一人ごちた。
フルカス邸前庭は、大量のアンデッドで埋め尽くされている。偵察の時とは大違いだが、目新しいものがいないことは幸いか。大半を占めるのはズゥンビで、そこに餓鬼が混ざっている。ちらちらとアンデッドの頭上を飛んでいるデビルの姿はそれほど多くない。
「さて‥‥やるわよ!」
自前のレミエラを付与した剣を構え、足元に群がるズゥンビ達を踏み潰し、切り払う。
『前庭は任せて!』
風信器に向けて叫びながら進む。差し当たっては門から離れ、後続の道をバガンの巨体が塞がない場所を陣取らなければ。
バガンが突入したのを皮切りに、続々と冒険者達は前庭へと駆け込んで行く。
ゴーレムに続いて進入したオラース・カノーヴァ(ea3486)は、目に入った餓鬼へスマッシュEXを叩き込む。オーラを自身にかけたセシリア・カータ(ea1643)も、前衛の務めを果たすべく後に続く。
「位置把握、などと言っている場合ではありませんね」
グリフォン乗ってそうこぼすのはソペリエ・メハイエ(ec5570)。デティクトアンデッドで索敵を行いつつ味方の戦いを援護するつもりだったがこの数――どうやら、その必要は無いらしい。それならそれで、味方を守ることに専念出来るというものだ。
「準備はよろしいですか?」
イシュカ・エアシールド(eb3839)、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)、土御門焔(ec4427)が頷いたのを確認して、シャリーア・フォルテライズ(eb4248)はチャリオットの起動を試みる。広いA地点はバガンに任せ、生身の人間でB地点を制圧してそのまま奥へなだれ込む、というのが作戦である。その人員輸送に使うのは、三機のチャリオットだ。
「突入します! 捕まっていてください!」
シャルロットが仲間へ告げ、フロートチャリオットが敵陣へ突っ込んで行く。彼女の駆るチャリオットに乗るのはクラリッサ、アリシア、オルステッド・ブライオン(ea2449)、ヴェガ・キュアノス(ea7463)ら第二班所属の面々。続いて飛び出すもう一台を操るのはシファ・ジェンマ(ec4322)で、アシュレー・ウォルサム(ea0244)、ファング・ダイモス(ea7482)、リール・アルシャス(eb4402)の第三班に属する三人が乗り込んでいる。同じく第三班のアレクシアス・フェザント(ea1565)と導蛍石(eb9949)はそれぞれ同行させたペガサスに騎乗して、先行する仲間を追いかけていた。
「退かないものは轢いてしまいますよ!」
言いながら、シファのチャリオットが餓鬼二体を撥ね飛ばす。彼らも、フルカスによって操られている哀れな犠牲者と言えるのかもしれない。
「――弔いは、後程必ず」
四肢を吹き飛ばされて地べたで蠢くアンデッドへ晃塁郁(ec4371)は小さく呟くと、シェンツーと共に死者の海を駆け抜ける――目指すは、開かれた館の正面入口だ。
●待ち構えるもの
館の内部は事前情報の通り、A地点よりも充実した戦力が冒険者達の訪れを待ち構えていた。ズゥンビ、スカルウォーリア、グール、そしてアンデッドの統率を任されているのか、グレムリンも何体かいる。
「うぉおおっ!!」
オラースがソードボンバーでグレムリンとスカルウォーリア達を吹き飛ばす。デビルの動きはやや悪い――ヘキサグラムタリスマンへ捧げた祈りが効力を発揮しているようだ。
「ここは引き受けました。第二班、第三班はこのまま奥を目指してください!」
セシリアが声を上げ、敵の注意を引きつける。その隙に、第二班と第三班は中庭へと真っ直ぐに突き進む。
『ギィイッ!』
進ませまいと、グレムリンの鋭い爪が伸びた。だが、デビルからの攻撃はヴェガが突入前にかけたレジストデビルの効果で大したダメージとはならない。
遮る敵を切り捨て、薙ぎ払いながら冒険者達は中庭へ到達する。一気に開けた場所の奥には、おそらくそこがフルカスのいる場所へ繋がるのだろう入口が開いている。そして、その前には――
「‥‥フランツ」
足を止めたクラリッサは、背後の入口を守るようにして立つ恋人の姿を目にして一瞬、小さく震えた。しかし直ぐにナイフを抜くと、フランツを見つめて口を開いた。
「来たわ。あなたの願いを叶えるために」
フランツは何も言わない。何も言わずに剣を構える。
愛しき者の望み。余りにも悲しい事だが――
「クラリッサ殿、貴女の役目だ!」
リールが声をかけると、クラリッサは視線をよこさないまでもしっかりと首を縦に振った。
「クソじじいに囚われし魂達を解放する為に――聖なる母よ、我らに力を」
ヴェガがホーリーフィールドを張り、雀尾煉淡(ec0844)は高速詠唱を併用してブラックホーリーをグレムリンに向けて放つ。
「ここは任された! 行け!」
セイルが道を塞ぐグレムリンをソードボンバーで吹っ飛ばす。力強く頷くと、仲間達が開けた道をアレクシアス達は駆け抜けた。
第三班の五人が到達したのは館の最奥。謁見の間を模したように広く、天井は高い。入口から真っ直ぐに赤絨毯が伸びる先では、老騎士が彼らの到着を待ちかねていたのか、青白い馬に跨った姿でいた。
「我が配下、屍が海を渡りここまで踏み込んだか」
赤い目が五人を眺め、そして髭に隠れた唇は薄く笑みの形を作った。
「‥‥我もなめられたものだ。たかだか五人。それで十分と見なされたとは我も落ちたもの」
「――フルカス!」
剣を抜き、切っ先をフルカスへ向けてアレクシアスはデビルを見据えた。
「これまで犠牲となった者達の弔いのために、これからの未来のために――その野望、ここで打ち砕かせてもらう!」
「命落とした方に二重三重の苦しみを与えるとは許せない。その無念、代わって晴らす!」
リールが、アシュレーが、そしてファングがそれぞれに武器を構える。フルカスは順に顔を眺め、ゆっくりと大鎌を持ち上げた。
「無念は汝らだけに非ず。たかだか人の子にその首を落とされた我が主の無念こそ、いかばかりか‥‥計り知れぬ、計り知れぬぞ!」
ぶぉんっと、振られた鎌が空を切る音を立てる。フルカスの怒りに呼応してか、空気がびりびりと震えるようだ。
「必ずやその首、貰い受ける‥‥いざ」
ずるり‥‥と、左右からアンデッドが現れる。その数、数十。
「死の舞踏を。我と汝らとの、仇討ちの儀を始めようではないか」
黒い靄を纏い、フルカスは大鎌を振るう――床を抉るその一撃が、長い戦いの開始を告げるものとなった。
●各所での戦い
門の前で停まっているフロートシップの上空では、集まってきたインプ達をグライダーに乗ったリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が蹴散らしている。フロートシップの護衛は他にシャリーアと元馬祖(ec4154)が務め、同時に一旦戻って来た仲間への応急手当、ポーションでの回復も行う、簡易救護所の役割を果たしていた。
後方に戻る前にイシュカやヴェガ、煉淡がリカバーを駆使しているので、ここまで下がる仲間はまだそれほどいない。それでも、多めに備えていた回復アイテムは少しずつ減っていた。
『みんながフルカスを倒すまでの辛抱よ』
Aでは瑠璃のバガンが中心となって戦っているが、稼働時間を考えればいつまでも頼っているわけにはいかない。交代要員はいないのだ、機を見てフロートシップに下がる必要がある。
「くっ‥‥!」
一方B地点。ズゥンビをやり過ごしたソペリエの肩へ、グールの牙が突き立った。
『ソペリエさんが負傷です。治療をお願いします!』
ゾーラクと共に伝達役を買って出た焔がテレパシーで連絡し、それを受けて肩を押さえるソペリエへオラースがポーションを投げ渡す。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます」
ソペリエは受け取って一気に飲み干した。そして、グリフォンの横顔を見て溜め息をつく。
「絆が十分でなかったでしょうか‥‥」
場所柄かそれともフルカスの威圧を感じてか、いつもよりも落ち着きが無く命令を聞かないことがあり、それが怪我に結びついている。危険な場所で心を通わすには足りなかったか、と彼女は心中で己を省みた。
「セクティオ!」
『ギィァッ?!』
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)を乗せたペガサスが駆け抜けて、グレムリンが悲鳴を上げる。中庭の冒険者達は、グレムリンと戦っていた。
「‥‥アシュレーさん達の邪魔はさせません!」
オーラパワーが付与された剣を振るいながら双樹が言い、塁郁はホーリーをぶつける。
「かつて見たあの死者の村の惨劇‥‥あれがフルカスのてによるものだというのであれば‥‥許せませんわ!」
そう叫ぶのはサクラだ。言葉には出さないが、同じく防衛戦に参加したセイルも、同じことをその胸に抱いているだろう。
「邪魔ですわねっ」
その近くでは、見事な甲冑姿からノルマンで戦乙女と称されるリリー・ストーム(ea9927)が豪快にハルバードを振り回している。その麗しい姿とは裏腹に、攻撃はかなり大胆だ。その彼女がちらりと視線を投げた先では、クラリッサがフランツと対峙している。
「(辛くても自らの手で‥‥そう考えているのでしょうね)」
リリーにも、心から愛するセイルという夫がいる。だからこれは同情ではない。皆もフランツには手を出さず、その周囲の露払いに努める。
彼女と言葉は交わしていないけれど、リリーもまたクラリッサの戦いを見届けるつもりでいた。
オルステッドの前では、グレムリン達がオルステッドの持って来た酒に夢中になっていた。そこへアリシアがマグナブローのスクロールを叩き込み、一掃を図る。
「‥‥とうとう最後か‥‥フランツ、貴様の本懐、遂げさせてやる‥‥」
彼らもリリー同様手を出すつもりはない。邪魔なグレムリンを片付けることにだけ集中している――だが、オルステッドには気がかりがあった。
「(フランツはフルカスにとってエサだ‥‥ここに配置されているなら、将として強化されているか、)」
もしくは、伏兵。それを警戒して視線を巡らせる。
果たして、その予想は的中していた。
「――新手です!」
塁郁の声と共にその場に姿を見せたのは、二体のデュラハーン。手に持つジャイアントソードがぎらりと光、獲物を探して首を巡らせる。やはり、と呟いてオルステッドはデュラハーンを睨み据えた。
「‥‥クラリッサの邪魔はさせん‥‥」
そして、もう一体の前にはルエラが立つ。
「残りは私が引き受けます。心おきなくどうぞ」
彼女が声をかけたのはシャルロット。礼を言い、シャルロットはクラリッサの隣に並んだ。
「邪魔する者はいません‥‥決着をつけましょう!」
「――ええ!」
そして、彼女の戦いも始まった。
「はああっ!!」
ファングが気合と共に振り上げた剣を渾身の力でフルカスめがけて振り下ろす。篭手で受けたフルカスは、お返しとばかりにカウンターアタックで反撃。そこへ、逆側からアレクシアスが向かって行く。
動きを止めようとシューティングポイントアタックでアシュレーは馬を狙う。リールも隙があればフルカスを攻撃しようと試みているのだが、如何せんグールの数が多かった。蛍石がコアギュレイトで拘束を試みてくれているのだが、それでもそちらを相手するので精一杯で、援護になかなか回れない。
一体ずつであれば十分に余裕を持って捌ける相手。だが、囲まれて背後を取られたり、死角からの一撃があれば話は別だ。
「くっ‥‥第二班からの援軍は‥‥」
入口へ目を向けるが、まだ姿は見えない。あの数ならば味方の合流は早そうだと思えたが、伏兵でもいたのか。
「目的はなんだった? 何故ウィルへ侵攻して来た?」
ファングに代わって前へ出て交戦しながら、アレクシアスはフルカスの目的を探ろうとしていた。
「死に逝く者がそれを知り、如何にする。屍と化す汝らには不要のことであろう」
アレクシアスの剣がフルカスの脇腹へ突き刺さる――だが、貫けない。一撃目では傷つけられたのに、二撃目はまるで手応えがない。魔法だろうか――仕方なく、大きく後退して間合いを取った。
「屍になるとは限らないよ? むしろ、そうなるのはそっちじゃないの」
「はっ‥‥我が倒されると言うか。あり得ぬ」
「大層な自信だね。甘く見てると足元掬われるよ?」
矢が馬の足を射抜き、僅かに体勢が崩れた。ここだ、とファングが踏み込んでスマッシュEXとバーストアタックEXの合わせ技を胴に叩き込んだ。
「くらええっ!!」
「ぐぅっ‥‥!」
COによりフルカスを護る鎧の一部が破壊され、破壊力抜群の一撃でフルカスが大きくよろめいた。
「いける‥‥っ!」
更にもう一撃。フルカスは呻き、腹からぼたりと血が落ちた。苦い顔をしたフルカスは怒りのままに鎌を振りかざす、と思いきや手を伸ばしてファングの顔を掴んだ。
「――っ?!」
黒い靄がフルカスの身を包み、ファングの身をも包む。振り払い飛び退いたファングは、眩暈を覚えて膝を突いた。
「何‥‥」
目に見えた傷は負っていないが、体力をごっそりと奪われたような疲労感。フルカスを見れば、今さっき与えた筈の傷が消えている。
「回復の術も持っているのか‥‥」
どうやら、一筋縄ではいかないようだ。
●彼女の決着
フランツが剣を振り下ろし、シャルロットはそれをカウンターで迎え撃つ。
クラリッサには事前に介錯役を願い出た。ジプシーの彼女では、頑張ってもファイターのフランツとやり合う事には無理がある。それはわかっているのだろう、クラリッサはシャルロットの申し出を受けた。ただ、最後だけはやらせて欲しいと譲らなかった。
「はっ!」
踏み込んでスマッシュ。力量ではシャルロットの方が上で、受けるフランツは肩に腹にと傷が増えていく。今一振りを受けて、とうとう左腕が飛んだ。
ウィル空戦騎士団の長を務める彼女には、何より優先されるべきものがあった。
「――私には第一に護るべき国がある、民がある」
それは国を、民を護るという揺ぎ無い騎士の誓い。同時にその胸に去来するのは、哀しい結末に向う人を想う心。彼の望みを叶えてあげたいという想い。そして、望みを叶えんとする彼女への想い――ならば。
「だが今――ひと時貴方の剣となりましょう。貴方の剣に意思を。貴方の意思で命を」
剣を構え直す。次がおそらく最後。腕を失ってもフランツの顔に変化はなく――その心にあるのは、終りへ向けての安堵だろうか。
振り上げられた剣を交わし、懐へ踏み込む。そして、シャルロットの剣は深々とフランツの胸を貫いた。
「おおおおっ!」
指輪の力を借りて狂化状態になったオルステッドがデュラハーンの首を落とす。ほぼ同時に、ルエラも「ルケーレ!」と声を上げてもう一体へ止めを刺していた。リリー達が相手にしていたグレムリンも、ヴェガや煉淡らの神聖魔法による援護を受けてほぼ消えている。これで、C地点はほぼ制圧したことになる。
受けた傷をポーションやリカバーで治しつつ一息をついて、冒険者達の視線は一箇所に集まった。
クラリッサはしゃがみ込んで、倒れたフランツの頭を抱いていた。最早その体は動かない。今にも涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて、彼女はナイフを握り締めた。
「フランツ‥‥聞こえる? 私」
冷たい手を握り締めるクラリッサの脳裏を、二人で過ごした日々の思い出が巡る。こんな終りは予想していなかったけれど、せめて最期はこの手で。
「私、あなたといて幸せだった」
「――愛しているわ、フランツ」
クラリッサはフランツの首にナイフを突き立てた。シャルロットに残してもらった止め。二度目の死を与えられて、人ならぬ者と化したフランツの体はさららさらと崩れだした。
消えてなくなる瞬間、フランツの口が動いたように見えた。肉体が消えて後に残ったのは、揃いで買ったペンダント――彼女はそれを灰の中から掬い上げると、顔を覆った。
見届けた冒険者達はそっと目を伏せ、彼が真に安らかなることを祈った。
「さよなら、フランツさん。来世では恋人を離しちゃ駄目ですよ」
来世という感覚はアトランティスの人間である彼女にはわからない。意味を尋ねたクラリッサは、「面白い考え方ね」と微笑んだ。
「‥‥来世でも会えたら、素敵ね」
その時は、今度こそ幸せに。
ペンダントに囁いて。彼と彼女の冒険は、赤い空の下で幕を下ろす――
●騎士の最期
受けた傷を手持ちのポーションで、あるいは蛍石に近付いて治してもらいながら、冒険者達は何度もフルカスに向かう。初めの内こそ補充していたフルカスもそちらへ注意を割く時間を惜しみだしたらしい。一定の時を過ぎて以降、グールの数は減る一方だった。
「む‥‥っ」
馬がアシュレーの矢に首を射抜かれて、倒れる。そこへ、ファングがスマッシュとソードボンバーの合成技を中距離から放つ。
「ぬうっ‥‥小癪!」
顔を歪め、フルカスはリールへ手を伸ばす。体力を奪い取ろうというそれは、しかし飛んできた黒い光によって防がれた。C地点から合流した煉淡のブラックホーリーが見事命中、フルカスは苦しげに呻く。
「‥‥こちらは決着が付いた‥‥残るは貴様だ、フルカス‥‥!」
同じく増援として駆けつけたオルステッドがいい、一太刀をと剣を向ける。
「ぬおおおおっ!!」
反撃のソードボンバーを回避し、アシュレーはここを機と見て虎の子のホーリーアローを打ち込んだ。バーストアタックで破壊された腹へと突き刺ささり、大きなダメージを与える。
「今だ‥‥畳み掛けるっ!!」
ファングが距離を詰めて一撃。更に、アレクシアスが肩を――と見せかけて、大鎌に狙いをつける。攻撃を受けてやり過ごそうとしたフルカスの大鎌が、バーストアタックによって折れた。
「何と‥‥っ?! 我が大鎌が――」
信じられない光景に、フルカスは大きく目を見開いた。驚愕によって生まれた隙を、冒険者達が見逃す筈もない。
「くらえっ!!」
弓が飛び、剣が、魔法がフルカスの体を貫く。
「これが‥‥っ!」
「止めだ、フルカスっ!!」
ファングとアレクシアスの左右からの攻撃。最早避けることも受け流すことも出来ず、フルカスが血を撒き散らしながら倒れていく。
「‥‥ぐうっ‥‥」
それでも何度か身を起こし――しかし、そこまでだった。武器を失い、致命的な傷を受けたフルカスは攻撃する素振りを見せなかった。
「我も負けるか‥‥主の仇を討てぬまま、首を取られるは我の方か」
自らの腕を見下ろした瞬間、その腕に付けていた篭手がごとりと落ちた。包まれていた肉体は、塵となって端から消えて行く。
「主君に殉ずる――それもまた、騎士の姿か」
フルカスは息を呑んで見つめる冒険者達へ目を向けた。
「うぬぼれるな。汝らが命、一時延びたに過ぎぬ。我らは真の王の帰還を迎える。我は見つけた。鍵の一つはアトランティスにあり。七つの冠が揃う時、我らが王は汝らの前に姿を現すだろう――心得よ。その時こそが、忌々しき神々が滅ぶ時。我らが王が神になる時。新たな神の誕生を、そして甘美なる絶望を、その身で味わうがいい」
さらさらと、絶命したフルカスの体が灰となって崩れていく。後に残ったのは、彼が身に付けていた外套と篭手。
「‥‥倒したのか」
「そのようです」
決して無傷とは言えない状態ではあるが、邸の主は姿を消した。
――勝利。
拾い上げた老騎士の遺物の重みが、その二文字を冒険者達にはっきりと告げていた。