【乙女と悪霧】導く乙女

■ショートシナリオ


担当:まどか壱

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月16日〜03月21日

リプレイ公開日:2009年03月25日

●オープニング

 その日、彼女はとうとう我慢が出来なくなって町を飛び出した。何にかと言えば、友人の悲嘆にくれる顔を見続けることに、だ。
 町の東にある峠は、昔から霧が濃いことで有名だった。行方不明者も多く、それでも近年は両端に設置した柵や看板のお蔭でその数はぐっと減少した。しかし、また最近になって行方不明者がぽつぽつと現れるようになる。
 彼女の友人の妻も、行方不明者の一人だった。笑顔で見送った筈の新婚の二人の内、町へ帰って来たのは夫のみ。峠で妻が消えたと訴える夫に連れられて捜索隊が出たけれど、妻はついに見つからなかった。
 その後も行方不明者は続き、そして一人も帰ってくるものはなかった。友人は妻の身を案じ、最悪の事態を想定し――しかし諦めることも出来なければ朗報が届くことも無く、日に日に心労を重ねていった。励ましながら見守っていた彼女は、そんな友人の姿をただ眺めていることに耐え切れなくなった。そして、制止を振り切って峠へ向った。

 峠の霧は本当に濃かった。自分の爪先はおろか、指の先も見えない。それでも彼女は意を決して霧の中に足を踏み入れた。探すのは柵の向こう側。妻の名前を呼びながら霧の中を彷徨った。
 そうしてどれくらい歩いただろう――少し薄くなった霧の幕の向こうに、一軒の小屋を見つけた。二階建てで、それほど広さはない。見張りがいないことを確認して、彼女はそっと小屋へ近付いた。
 中を覗き込んで、目を見張った。そこには、友人を含めて行方不明と思われていた娘達の姿があったのだ。ドアには見るからに逞しい体つきの男が立っていて、寄り添いあって震える娘達を見張っている。彼女は確信した。一連の出来事は事故ではなく、事件だったのだと。
 流石に一人で救出しようと思うほど彼女も馬鹿ではない。町に戻ってこのことを伝え、対策を立てようと静かに小屋を離れようとして――しかし不運にも犯人一味に見つかった。



「気付かれた私は必死で逃げました。一応ウィザードですから、時折魔法で牽制しながら必死で走りました‥‥何とか情報を町に持ち帰らないと、と思って」
 王都から峠を越えて西の町。そこにある小さな民家のベッドの上で彼女は――オルカ・ベルは自分が見たものを話していた。
「でも、途中で木の根に足を取られて転んで‥‥その時に頭を打ったみたいです。気がついたら、ベッドの上でした」
「‥‥成程」
 ベッドの横で話を聞いていた冒険者・エッジは、話を聞き終えると頷いた。
「やはり、事故ではなくて事件だったわけか」
「そ、そんな‥‥ああ、でも、オルカが無事に見つかって良かったよ‥‥」
 エッジの隣で話を聞いていた娘、この家の主でありオルカの友人でもあるメイリンは蒼白になりつつも、友が無事だったことを喜んだ。
「ごめんねメイリン。心配かけて」
「ううん‥‥無事で良かったよ」
「それで」
 エッジは微笑んでいるオルカに尋ねた。
「君が見た娘達は何人いたんだ?」
「十人はいたと思います‥‥正確でなくてごめんなさい。二階部分にも、もしかしたらいるかもしれないです」
「犯人の数は?」
「追いかけて来たのは四人でした。もっといると思います」
「娘達に怪我をしている者は」
「見た限りでは、いませんでした。震えていて、顔色は悪かったですけど」
 ふむ、とエッジは腕を組んだ。攫っておいて手は付けず、傷も負わせず。比較的大事に扱われているということは、娘達はおそらく『商品』。見目のいい娘ばかりが狙われているのだから、好色家に売るのが目的と推測出来る。犯人達はオルカを取り逃がしたことから、アジトの位置がばれているかもしれないと危惧しているだろう。のんびり構えていては、娘達諸共逃げられる可能性が高い。
「‥‥王都に戻って応援を連れて来よう。何人いるかわからないのじゃ、一人で行くわけにもいかないしな」
「助けに行くんですね?」
「ああ。急いだ方が良さそうだ」
「私も同行させてください」
「‥‥‥は?」
 エッジはぽかんとオルカを見つめた。黒髪の美人は、意志の強い瞳を彼に向けていた。
「私、迷わないように印を付けて来たんです。印を辿ればアジトには迷わず着けます。案内しますから」
「いや、だが危険じゃあ‥‥」
「水の魔法が多少使えます。足手纏いにはなりません――連れて行ってください。私、友達を助けたいです」
 真摯な視線に、エッジは困って頬を掻いた。
「気持ちはわかるが、危ないものは危ない。印だけ教えてもらって、後は‥‥」
「だったら、印教えません」
「‥‥」
「パッドルワードとアイスコフィン、あとアイスチャクラが使えます。お願いです、連れて行ってください」
 メイリンへ目で助けを求めると、そっと視線を逸らされた。
「連れて行ってください」
 繰り返すオルカに、エッジは額を押さえると大きく溜め息をついた。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb4181 フレッド・イースタン(28歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●導かれるままに
 件の峠は、今日も霧が濃くかかっていた。しかし状況は前回と同じく、自分自身の居所までもを見失うほどのものではない。とは言え三メートル先はもう真っ白で何も見えないのだから、救出側が有利とは言えない。

 王都側入り口で合流したエッジ、オルカの二人と冒険者達は、柵を越えて霧の中を進んでいた。道案内役のオルカを挟むようにしてフレッド・イースタン(eb4181)と加藤瑠璃(eb4288)が三人で前を歩き、雀尾煉淡(ec0844)が二列目、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)とゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)を挟んで殿をエッジが歩いている。その陣形は小さく纏まっていた。
 それも当然。何せ救出班の中にはオルカを含めて女性が三人居る。悪い視界の中で離れて歩けば、知らない内に攫われているということは十分に考えられる。助ける側が捕らわれては元も子もない――のだが。
「狙われたら困るけど、狙われなかったらそれはそれでムカつくという辺り、痴漢に近いわね」
 周囲を警戒しつつ瑠璃がこぼした。美女だけが行方不明になる霧の中、無事に事を成し遂げたいけれどそれはそれで複雑、という女心か。
「まあ、その時は冒険者だってことで向こうが怖気づいたんだと思えばいいんじゃないか?」
「女性冒険者の被害者もいたわね」
「‥‥ま、まあ、運が良かったと思って」
「そう、女性冒険者も捕まっているのですよね‥‥」
 微妙にフォローしきれなかったエッジが苦笑する前で、ゾーラクが眉を寄せた。それに、瑠璃も頷く。
「何人もの女性冒険者が音も無く攫われるなんて普通じゃ考えられないわ。よほど腕のいい魔法使いか、特殊な能力を持つ魔物でもいるんじゃないかしら?」
「魔物か‥‥前も気にしていたな」
 その時はフレッドがカオスの関与を疑っていた。今回は救出に意識を集中していたので、そこまで考えていなかったが――
「私が見た限りですが、小屋の中に怪しいものはいませんでした。少なくとも、モンスターのような異形のものは」
 見ていない、とオルカがはっきりと言い切った。とは言え、途中で逃げたので内部にいる全てを見たわけではない。それに、あれらは姿を消すことが出来る。冒険者が大人しく連れ去られるなど考えられないだけに、単なる賊以外の何者かが手を貸している可能性は捨てきれない。
「今のところ、周囲に何かがいる気配はありませんね」
 デティクトライフフォースで探りを入れながら進んでいた煉淡が告げる。残念ながらというか、このまま行けばどうやら誰も欠けることなくアジトに到着出来そうだ。



●霧の中のアジト
 オルカは迷いなく冒険者達を導いた。木の幹につけた×印、この霧の中でも見失わないようにとの配慮か、赤の着色料が付けられている。
「逃げてる最中なのに、よく気が回りましたね」
「自分でもそう思いました。私、意外と度胸が据わっているみたいです」
 感心したように言うフレッドの言葉に、オルカは照れながら微笑んだ。


 到着した場所は、少し拓けた場所だった。木の影から様子を伺うと、二階建ての木製の小屋の周囲には見張りらしき物の姿は無い。
「いないのでしょうか」
「‥‥いえ、いますね。中です」
 索敵を行った煉淡が言い、間に合ったらしいと彼らは一先ず安堵した。
「何人ですか?」
「十五です」
「十五‥‥とすると、賊は三人か?」
「‥‥腑に落ちないわね」
 確認出来ている被害者は十二名。その中には前述の通り冒険者がいる。拘束されているとしても、たった三人で抑えているというのは妙に思えた。
「他の者は出払っているのかもしれません。そうであれば、これは好機です」
「そうですね。仲間が戻ってくる前に突入した方がいいかもしれません」
 煉淡、フレッドが前向きな推測を立てた。迷うだけ時間の無駄でもある。ならば、突入した方が事態は動くだろう。
「よし、じゃあ行くか‥‥君は、」
「勿論、行きます」
 即答のオルカにエッジは物言いたげな視線を向けて、結局向けただけだった。


 小屋の中はシンプルな造りで、階段とドアが一つずつあるだけだった。フレッド、煉淡、ゾーラクはそのままドアを目指し、瑠璃、ケンイチ、エッジ、オルカの四人は二階へ向った。

「助けに来ました‥‥っ?!」
 ドアを開けて突入したフレッド達三人は、予想していたものとは違う光景に一瞬驚いた。
「来やがったな!」
「待ちかねたぜぇ!」
 そんな台詞が返って来るのは、内通者がいる可能性を抱いていたので驚かない。驚いたのは、そこにいた人間が十人で――全員が男、格好からして賊だったという事だった。
「十五人中十人が賊‥‥では、娘さん達は‥‥」
「――霧に紛れて娘達を攫っていた犯人ですね?」
 嫌な考えが過ぎりゾーラクが顔色を変えたが、冷静に煉淡が賊へ問う。それを受けて、賊はこれが答えだとも言いたげに武器を構えた。
「攫ってきた人達はどこです?」
「教えるとでも思ってるのか?」
「――では、後程教えていただきましょう」
 気を取り直して、ゾーラクが拘束詠唱を併用してイリュージョンを唱えた。怪訝そうに彼女を見ていた内の数人が、途端に「ひぃっ」と悲鳴を上げてその場にへたばる。『無数の剣に貫かれる』という幻覚。その恐怖に、一気に敵が混乱し始める。
 混乱に乗じて煉淡はアイスコフィンのスクロールで敵を凍りつかせ、フレッドは剣で応戦した。戦闘不能にした者の内氷漬けにしなかった者はロープで縛り上げる。今娘達がどこにいるのか、彼らにはそれを喋ってもらわなければならない。

 状況は二階も同じだった。いたのは五人で、全員がやはり賊。ケンイチがイリュージョンでゾーラク同様相手を混乱させると、レミエラを発動させ、オーラマックスを付与した瑠璃が中心となって敵を撃退していった。そして、片っ端からオルカがアイスコフィンで凍らせる。その繰り返しだ。
 敵は威勢の割りに強くはなく――突入から間もなく、あっという間に片付けられたのだった。



●娘達の行方
 娘達を乗せる筈だった馬車に賊を乗せて、エッジとオルカは西の町へ戻って行った。荷台には氷漬けになった十五名の賊が乗せられている。その場で尋問するつもりでいたのだが、張り切りすぎたオルカが縛っていた者まで凍らせてしまったのだ。
「本当に、申し訳ありません‥‥我が侭を言って同行させていただいたのに」
 肩を落とすオルカに、まあ仕方がないと肩を叩いて慰めた。実戦に挑むことはあまり無かったようで、実は彼女も緊張から頭が回らなくなっていたのかもしれない。
「今回は賊を捕まえられたからよしとしよう。後は、氷が溶けたら尋問をして娘達の行方を聞き出さないとな‥‥また力を借りるかもしれないな。その時はよろしく頼む」
 時間的に、この冒険期間中に出来る事はここまでだった。最後まで付き合うことが出来ないのが残念だが、仕方がない。
 馬車が霧の中に吸い込まれていくのを見送って、冒険者達は溜め息を一つ残して王都への帰路に着いたのだった。