お嬢様のゴブリン退治
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:まどか壱
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 56 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月01日〜09月07日
リプレイ公開日:2008年09月10日
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●オープニング
サラ・ドゥッティはお嬢様である。
ふわふわと風に踊る栗色の長い髪。長い睫に縁取られた大きなブラウンの瞳が愛らしさをより際立たせる、そんな整った顔立ちの少女だ。その白く細い肢体はいかにもか弱く守りの手を必要としそうに見え、桜色の唇が笑みの形を作ればそれはさながら花が綻んだよう。白いワンピースがよく似合いそうな、そんな絵に描いた様なお嬢様。それがサラだった。
‥‥ただしそれは、その容姿だけを見つめるものにとっては、だ。
「リム! リム、どこにいますの?!」
バタバタと、ドタドタと。荒っぽくも喧しい足音が耳に届いて、リムはそっと溜め息をついた。
リムは少女の頃からサラのお世話係を務めてきたメイドだ。サラの父親であるドゥッティ氏から、どこに出しても恥ずかしくない淑女に育ててくれと頼まれ、そうするべくこの十年間、自分なりに色々と頑張ってきた。青春をふいにして、サラをお淑やかなお嬢様にしようと頑張ってきたのだが、彼女の努力は残念ながら実らなかった。
不良に育ったわけではない。むしろ彼女は非常に正義感の強い娘に育った。いや、正義感が強すぎる娘に育ってしまった。東に困った人がいれば助けようと赴き、西でケンカがあれば木刀片手に仲裁しようと向かう。たちの悪いことに、その正義感に見合っただけの力を持っていないのに、だ。故にサラが行くと事態は往々にして悪化することが多かった。
「リム‥‥ああ! いましたわね!」
息を切らせて駆け込んできたサラは、紅潮した顔に笑みを浮かべた。見つかったか、と胸中で呟いて、リムはサラの方を向いた。この様子だと、またどこかで揉め事の情報を仕入れてきたに違いない。早くも憂鬱になるリムだった。
「いかがなさいました、お嬢様‥‥と言いますか、邸の中を走り回ってはいけませんと申しましたでしょう? はしたないですよ」
「そんなことはどうでもいいのですわ! 出かけるから、準備なさい!!」
「‥‥は?」
突然出かけると言われてリムは瞬きをした。
「お嬢様? 出かけるとは、どういった‥‥」
「ゴブリン盗賊団を退治しに行くのですわ!!」
リムは耳を疑った。
「‥‥はい? お嬢様、何と言われましたか?」
「ですから、ゴブリン盗賊団を退治しに行くのですわ! と、言ったのですわ」
「‥‥誰がですか?」
「わたくしとあなたに決まっているでしょう?」
言って小首を傾げた拍子に、サラのツインテールが尻尾のように揺れた。
「盗賊団が現れたという場所は、ここから馬車で一日半ほど行った先の森の中だそうですわ。武装したものがいたそうですから、こちらも武器を持っていかなければなりませんわね。馬車と‥‥食料は、六日分もあれば十分かしら? 後は何が必要なのでしょうね?」
「おおおお嬢様?!! 本気で言っておられるのですか?!」
細いあごに指を当てて思考するサラの様子に、リムは血相を変えた。リムは生まれてこの方武器らしい武器を持ったことはない。この、正義感だけは人一倍、けれど実力は平均以下のお嬢様を一人でモンスターから守りきる自信は、まったくない。
「駄目です、駄目です、絶対駄目です! というか、無理です!!」
「‥‥何故ですの?」
「お嬢様も私も、モンスターとまともにやり合うような力はございません! 一捻りにされてしまいます! お嬢様に何かあったら、旦那様に何とお詫びをすればよろしいのですか?! このリムの首ではとても足りませんよ!」
とにかく駄目だと強く主張すると、サラはむうっと頬を膨らませた。
「既に襲われて、大怪我をした方もおりましてよ? そんな話を聞いて、何もしないでいろと言いますの?! ‥‥わたくしは、そんなことは出来ませんわ!!」
「ですが、お嬢様‥‥!」
「‥‥もうっ! でしたら、あなたはついて来なくてもよくってよ、リム! わたくし一人で、ゴブリン盗賊団を退治してみせますわ!!」
「んなっ‥‥?!!」
眉を吊り上げて、サラは華奢な指を天井に向けて掲げた。そのままくるりと背を向けて鼻息も荒く出て行こうとするので、リムは慌ててサラの背中にしがみ付いた。
「お嬢様、考え直してください!!」
「くどいですわ、リム! このわたくしに二言はなくってよ!」
「うぅっ‥‥」
リムはサラの性格を誰よりもよくわかっている。リムが行かないと言えば、本当に一人でゴブリン退治に向かうだろう。それは阻止しなければならない。しかし、二人では危険に過ぎる。かと言って、サラを説得することは経験上不可能だ。
考えて考えて、リムは最善と思われる一つの結論に達した。
「‥‥わかりました。私も一緒に参ります、お嬢様」
「ああ、リム! あなたならそう言ってくれると信じていましたわ!!」
「‥‥ただし、二人ではやはり危険ですから、ここは仲間を募りましょう」
「‥‥仲間?」
不思議そうな顔で首を傾げたサラに、リムはにっこりと微笑んだ。
後日、冒険者ギルドの受付にはメイド服を着たリムの姿があった。彼女が出した依頼の内容は、ゴブリン盗賊団の退治の手伝いと。
自分とサラの護衛というものだった。
●リプレイ本文
●まずは顔合わせをば
「あなた方が、リムの集めた仲間ですのね?」
動きやすそうな衣服を纏ったサラは、腰に手を当てて眼前の冒険者達を眺めた。
「しふ〜。よろしくしふ〜! メイドさんもよろしくしふ〜」
「よろしくお願いします」
明るい声で挨拶をしたのは燕桂花(ea3501)。晃塁郁(ec4371)にも続いて挨拶をされて、リムも慌てて頭を下げた。
「わたくしはサラ。こちらはメイドのリム。以後、よろしくお願いいたしますわ。‥‥さて、それでは揃ったことですし、早速出発いたしましょうか!」
「お嬢様、他に護衛は連れて行かないのか?」
ツインテールを揺らして一歩を踏み出しかけたサラに、賽九龍(eb4639)が尋ねた。サラは大きな瞳を瞬かせると、当然そうに頷いた。
「元より、わたくしはリムと二人で‥‥いいえ、一人でだって行くつもりでしたもの」
「‥‥そうか」
何故そんなことを尋ねるのか、とでも言いそうなサラの顔を見て九龍は呆れてか口を閉じた。
「それでは皆さま、参りますわよ!」
自分に向けられる呆れた眼差しには幸福なことに気付かないまま、サラは意気揚々と馬車の止めてある方へと大股に歩いて行った。
●探索開始
桂花に空からの探索を頼み、残りは工作スキルを持っている塁郁を中心にして森の中をそれらしきものを探して歩き回った。
「お嬢様、私たちよりも前には出ないでください」
辺りを警戒しながら進む中、早速前へ出ようとしたサラを見とめてアトス・ラフェール(ea2179)が言った。
「あら。でも、後にいたのでは探せませんわ」
「それは私たちに任せてください。あまり前に出ると危険です」
「危険は承知の上ですわ」
「いいから、アトスさんの言う通りにさがってくれ」
不服そうな顔のサラに、オルステッド・ブライオン(ea2449)もアトスと同様の声をかけた。
「お嬢様、こういった事態には皆さまの方が慣れていらっしゃるのですから、従った方がよろしいかと‥‥」
「‥‥わかりましたわよ! 下がればよろしいのでしょう?」
リムにまで下がれと言われて、サラは頬を膨らませながらも渋々と自分の位置を下げた。サラの隣にはリムが並んで、下がってくれたことにほっと息をついている。
「まったく、もう‥‥でも、ゴブリン盗賊団が見つかったらわたくしもこの剣で戦いますわよ!」
「正義感があるのは頼もしいことです」
木刀を振り上げて宣言したサラの正義感の強さは悪いこととは思わない。けれど、とアトスは続けた。
「ただ振り回すだけの正義では、周囲に迷惑をかけるだけですよ、お嬢様」
「‥‥どういう意味ですの?」
「力なき正義は正義にあらず、心無き正義も正義にあらず。そういうことです」
むう、と眉間に皴を寄せたサラは、「よくわかりませんわ」と渋面で呟いた。
●探索の合間に
日が暮れて闇が増すと、その日の探索は終了ということになった。何せ一般人のサラとリムがいるだけに、夜間の探索は危険だ。
「しふ〜☆ きのこが生えてたしふよ〜♪」
夕食の準備を始めていたリムのところへ、桂花が採取してきたきのこを持って来た。保存食で何とかしようと考えていたリムは、成果を見て思わず歓声を上げた。
「まあ、桂花様、すごいですね!」
「あたい、こういうことに詳しいしふ〜。料理も得意だから、任せるしふ〜☆」
「では、お手伝いいたします」
「よろしくしふ〜」
料理を得意と言うだけに、確かに桂花は保存食さえもうまく調理して料理と呼べるものに仕上げて見せた。リムは勉強になったり感心したりしたのだが。
「それにしても‥‥メイドさんって、可愛いしふね〜☆」
「えっ‥‥ひぇあああ!」
同時に、色々とちょっかいをかけられて、リムは以降食事の準備の都度に騒ぐことにもなった。
●アジト発見
「アジトと思しき場所を発見しました」
探索三日目。工作スキルを駆使して先行し、周囲を探っていた塁郁がそう言いながら戻って来た。
「どこですか?」
「このまま真っ直ぐに進んだ先です。使い捨てられた山小屋のようなものがありました。盗賊団はその中に」
「数は?」
「リーダーらしきゴブリンが1体と、他のものが5体です」
「いよいよですわね‥‥!」
ぐっ、と拳を握り締めたサラが勢いよく踏み出そうとしたので、塁郁は慌てて彼女を止めた。
「先行してご案内しますから、私の後から付いて来て下さい」
「ああ、そうですわね。場所がわからないのでしたわ」
思い出したように言われて、塁郁はやれやれと息を吐いた。
「私の後を付いて来て下さい。途中、狩猟用の簡易罠を張ってきましたから、はぐれないようお願いします」
「わかりましたわ。さあ、いざ! 参りますわよ!」
逸るサラを抑えながら、塁郁は「こちらです」とアジトへの道を示して歩き出した。
●お嬢様の初めての戦闘
「あっ‥‥メイドさん、危ないしふよっ?!」
「きゃっ‥‥?!」
ゴブリンの斧が、リムの頭の上をすんでで越えていく。危うい所でオルステッドが引き倒さなければ、今頃大惨事になっていた。そう思いながらリムの前に出ると、オルステッドはゴブリンをダガーで切裂いた。
「こいつら『人間』じゃない!」
向かってくるゴブリンの一体を切り伏せて、九龍がこぼす。九龍が止めを刺すのを確認してから、オルステッドはリムに手を貸してやった。
「‥‥大丈夫か?」
「ああ、はい、大丈夫‥‥です。ありがとうございます、オルステッド様」
リムは礼を言うと、蒼白な顔でふらふらと立ち上がった。当然だがこんな場所とは縁遠いのだ、気分が悪くなるのも無理はない。
「リムーっ?! 大丈夫でして?!」
もう一人縁遠い筈のサラはと言えば、緊張で顔を強張らせながらも木刀を構えてしっかりと立っている。アトスと塁郁が傍にいるとはいえ、血を見ながらも倒れる気配がないというのはお嬢様としては如何なものか。
「お嬢様! 人のことを気にしている場合ではありませんよ!」
「危ないですっ!」
リムに気を取られている間に背後を取られたサラへの攻撃を、塁郁が氷晶の小盾で防ぐ。戦いでは、一瞬の隙が命取りだ。
「戦いは遊びではありませんよ!」
「そんなことは、たった今この身をもって知りましたわ!」
アトスの言葉にサラは叫んで返した。間一髪で助かったリムの姿に、どれだけ肝が冷えたことか。自分も、ぼんやりしていては危うい。
「中途半端な志では自分が潰されます‥‥やるなら、とことんやりなさい!」
言って、アトスが迫っていたゴブリンを一刀両断にした。眼前で血を流して倒れたゴブリンの姿にサラは一瞬息を呑んだけれど、すぐさまきっとアトスへ視線を向けた。
「‥‥やってやりますわよ!」
木刀を構えなおして、近くにいた一体へと切りかかった。サラのひ弱な腕力では大したダメージは与えられないだろうが、恐れ逃げないだけ見込みがあるのかもしれない。新たに近付いてくるリーダーらしき一体と相対しながら、アトスはサラに言葉を向けた。
「努力して自分の力の限界を見極めた者だけが、正義という目に見えない武器の使い方を理解します。私にとってもあなたにとっても永遠の課題です」
「‥‥何だか、アトス様って先生のようですわ」
アトスの言葉を聞いて、サラはぽつりと呟いた。
最後の一体が地に倒れると、九龍はその場にしゃがみ込んだ。ゴブリンたちの骸から流れる血の匂いと返り血とで、胃から込み上げてくるものを抑えきれない。
「‥‥九龍様?」
蒼白な顔を上げると、顔色の悪いサラが心配そうに見下ろしていた。
「大丈夫でして?」
「お嬢様は、平気なのか?」
「‥‥全然、平気じゃありませんわ」
二人とも似たような顔をして、襲い来る吐き気と戦っているようだった。
「九龍様、そんな風になっても戦われますのね」
「‥‥強くなりたいからな」
九龍は天界人。元の世界に帰る為にしろ、この世界で生きていくにしろ、強くなければならない。力は、腕力でも財力でも何でもいい。
「力があれば‥‥自分の『正義』なり『主張』なりを通せるんだよ」
そう呟いて、九龍は俯いた。
●これにて一件落着
町へと戻って来た頃には、サラもリムもぼろぼろの姿になっていた。馬車が邸の中で停まると、リムは疲れきった顔でよろよろと馬車を降りた。
「ああ‥‥生きて帰ってこられて良かったです‥‥!」
命の危機を感じたリムは、心からそう思って呟いた。
「ええ、良かったですわ!」
続いて降りてきたサラもやはり疲労の色は濃かったが、リムとは異なりどこか生き生きとしていた。
「ゴブリン盗賊団の退治に成功しましたもの! これで、あの森は一先ず安全になったということですわね! 本当に、良かったですわ!!」
「‥‥そちらなのですか? お嬢様‥‥」
「勿論、あなたが無事で何よりでしてよ。あれもこれも、皆さまのお蔭です‥‥感謝いたしますわ!」
ぞろぞろと馬車を降り、あるいは馬から降りる冒険者たちを見て、サラはにっこりと微笑んだ。
「今回のことで、わたくし一つ学びましたわ」
「もう、こんな危険なことには懲りたのですね?」
「いいえ。とんでもない‥‥むしろ、逆ですわ」
えっ、と目を瞬かせるリムを含めた全員を見回して、サラは人差し指を空に向けた。
「わたくし、力不足を痛感いたしましたわ! 口だけの正義では何も守れない‥‥ならば、修行ですわ! 困っている人々を助けるるのに相応しい力を得なければなりません。さあ、リム! 行きますわよ!」
「ええっ?! ど、どどどこへですかお嬢様?!」
「もちろん、修行ですわ!!」
きらきらと顔を輝かせ、サラはおろおろしているリムの手を引いて風のように走り去って行った。後に残された冒険者たちは、顔を合わせて溜め息をついた。
お嬢様の中の正義というものの価値観は、彼らと出会ったことで少し成長したらしい。
‥‥だからと言ってリムの苦労が減るのかと言われれば、それはまったく別の話になるのだった。