ウィルカップ観戦〜フオロVSリグ

■ショートシナリオ


担当:マレーア1

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月04日

リプレイ公開日:2006年09月07日

●オープニング

●ウィルカップを観に行こう
 開催までの道のりは必ずしも平坦なものではなかったが、ともあれウィルカップは開催した。
 ウィルカップの競技場が設営された王都ウィルは、大勢の貴族や大商人や各界の名士達が集まる場所だ。国王エーガンのお膝元たるフオロ分国内のみならず、富や権力や名声を手にしたお偉方達は、遠く離れた分国からもやって来る。戴く王を異にする異国からの来訪者も珍しくはない。
 そういったお歴々の集まる王都の貴族のサロンでは、ここのところウィルカップの話題が絶えることがない。
「まったく野暮ったいにも程がある! ばかでかいだけが取り柄の人形共が、土埃をまき散らして球を追いかけ回すなど、何が面白いのだ!? むさ苦しくて見てられんわ!」
 言葉の主は偉そうに構えた老貴族。新発明の魔法アイテムたるゴーレムを快く思わぬ者も、古い世代の中には少なからず存在する。
「まあ、そんなに非道いものですの?」
 傍らで話を聞いていた貴婦人達は、あまりにも悪し様な言われようのお陰で、かえって好奇心をかき立てられたご様子。
「自分の目で確かめるために、ちょっとだけ観戦してみようかしら?」
「滅相もない! 埃を被ってドレスを汚すのが関の山ですぞ!」
「騎士同士がランスでぶつかり合う馬上試合と、どちらが面白くて?」
「それはもう馬上試合の方に決まってますぞ! 2頭の馬の上で騎士同士が繰り広げる真剣勝負ほど、迫力がありまた絵になるものはありませぬ! それに引き替え、うどの大木どもの泥仕合ときたら‥‥」
 すると、ハチミツたっぷりの甘いお菓子をお茶請けに、ジェトの高級紅茶を味わっていた貴婦人の一人が、うっとりした表情を見せながら老貴族の言葉を遮った。
「でも、見てくれが部細工でも中味はいい男かもしれなくてよ。私の親戚の男爵様が新しくお抱えになった騎士も、それはそれはいい男。何でも騎士学院を出てから遍歴の旅を続けてきた鎧騎士で、本当はもっと大きなご領地を持つお殿様にお仕えしたかったらしいのだけれど、生憎とその方面への伝がなくて。今、お仕えしている男爵様の人柄に対しても、決して不満がある訳ではないけれど、何かと言えばこう言っていますのよ。『自分は死ぬまでに一度でいいからゴーレムに乗ってみたい。ああ、我が男爵様がゴーレム持ちの男爵様となるのは、果たして何十年先になることやら』と」
「ふん! 鎧騎士ふぜいが‥‥!」
 老貴族は小声で毒づいた。騎士の世界での花形といえば、やはり正騎士。鎧騎士は概して、それより格下の存在と見なされる。
 しかし貴婦人方の関心は、もはやゴーレムの中の人に移っていた。
「何でもウィルカップでは、1つの試合につき12体ものゴーレムが出場するそうですわよ」
「12体のゴーレム? ということは、最大で12人の『いい男』が試合を繰り広げるわけね?」
「もっとも、その半分以上は冒険者ギルドへの登録者で、鎧騎士だけではなく天界人もかなり混じっているという話ですの。それに男性ばかりではなく、女性もいるのだけれど‥‥」
「でも、冒険者ギルドに依頼を出した私のお友達の話だと、冒険者の中にはいい男やいい女が沢山いるそうよ。お友達の所へやって来た冒険者の中にも、それはそれはいい女がいて、自分が男だったら惚れてしまいそう‥‥なんて話してたわ」
「つまり最大で12人の、ゴーレムに乗った『いい男』に『いい女』がいるわけね?」
「これは絶対、観戦に行かなきゃならないわ! やっぱりゴーレムは見てくれより中味よ!」
「それに試合の後にはヒーローインタビューもあるって聞いてるわ!」
「まあ! 『いい男』に『いい女』へのヒーローインタビュー!?」
「行きましょう! 行きましょう! 観に行かなきゃ勿体ないわ!」

●冒険者ギルド職員の憂鬱
 ‥‥とまあ、今はウィルカップで王都が盛り上がる最中。観戦にあずかるお偉方のみならず、王都の下町に住む庶民達も、噂に聞くゴーレムを遠くからでもいいから一目でも見んとものと、ウィルカップの競技場近くに我も我もと足を運ぶ。
 そしてここ冒険者ギルドでも‥‥本来ならばウィルカップの観戦依頼が次々と、掲示板に張り出されているはずだった。
 ところが冒険者達にとって不幸なことに、冒険者ギルドは降って湧いたペット問題の渦中。時と場所と相手も弁えず、魔獣・猛獣のペットを連れ出す一部冒険者のお陰で、冒険者ギルドには各方面からの苦情が嵐のように押し寄せ、冒険者街と一般庶民の住む街との境目も衛兵に封鎖される有様。
 当然、ウィルカップに関わる王都のお偉方からも物言いがついた。
「危険なペットを連れ込みかねない冒険者の観戦など、断じて認められるか!」
「観戦中のマリーネ姫殿下に万が一の事があったら、どう責任取ってくれる!?」
「やって来るお客様方を、ペットの餌にするわけにはいかんのだ!」
 そんな訳で、ウィルカップの第1試合が始まる頃になっても、観戦依頼はさっぱり出る気配もなし。
 ところが程なくして、冒険者ギルドのパトロンたるトルク分国王からの使者が、冒険者ギルドに現れた。
「この度の騒動は既にジーザム陛下のお耳にも届いており、陛下は一刻も早い問題解決を望んでおられます。こと、王国を挙げての一大イベントたるウィルカップを、冒険者が観戦できないという異常事態は早急に解消さるるべき。冒険者ギルドにおいては、問題解決のために全力を尽くさるることを望みます」
 騒ぎの余波がトルク分国にまでも届いた今、ギルドが何もしないでいては責任問題にも発展する。早急に各方面との取りまとめが行われ、ようやく観戦依頼が出される運びとなった。
 危険なペットの同伴は禁止。同伴ペットとして認められるのは、観戦中に競技場の係員が預かり可能な騎乗動物(馬、ロバなど)と愛玩動物(犬、猫、鳥のヒナなど)のみとなる。
 なお、観戦依頼に参加する冒険者に対しては、冒険者ギルドにて事前のチェックが行われ、危険なペットを同伴する冒険者が見付かった場合、観戦よりもペットとの絆を大事にしているものと判断し、ペットと共に冒険者街の住処にお帰りいただく。
 正体不明の卵、不思議な光を放つ球、トカゲなどの小動物の扱いに対してはギルド職員の間でも意見が分かれたが、一般観戦者の感情を考慮し、同伴を許可するのは身近に知られている騎乗動物および愛玩動物のみとなった。

●フオロVSリグ観戦
 この観戦依頼は、各方面で力を尽くす冒険者を労うべく、フオロ王家が10名の冒険者を観戦に招待するものである。冒険者達の観戦席は、貴賓として観戦に招かれたマリーネ姫の近くに設けられている。日頃よりマリーネ姫と親しい冒険者達ならば、マリーネ姫と親しく言葉を交わすことも出来るだろう。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6239 昼野 日也(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6428 アドラ・ウルファス(25歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6451 佐藤 悠一(26歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●冒険者ギルドの大失敗
 冒険者ギルドの事務員は頭を抱えていた。
「そんなぁ!? ‥‥フオロ対リグの試合が27日だったなんて!」
「どうして誰も気付かなかったんだよ!?」
 王都を揺るがしたペット騒動のおかげで、王都のお偉方から冒険者のウィルカップ観戦禁止を言い渡され、その事態を憂慮したトルク分国から善処するよう圧力をかけられて、すったもんだの末にばたばたと募集をかけた観戦依頼。状況的に手違いが起きても不思議はなかったが。
「依頼に応募した冒険者達の半分は、別件の依頼で27日までに戻って来られない人ばかりじゃないか!」
「残る半分はみんな、9月1日から冒険を始める新人さんだぞ!」
「これじゃ27日に間に合わない!」
「でも、フオロとリグの試合観戦ということで、依頼を出してしまった‥‥」
「‥‥もう後の祭りだよ」
「ああ、どうしたらいいんだぁ!?」
 困り果てた事務員達は、雁首揃えてギルド長のところへ相談に行った。
 貫禄たっぷりのギルド長は、おろおろする事務員達をじろりと睨め付けて、野太い声で一言。
「おまえ達全員で詫びを入れろ」
「わ‥‥私達がですか?」
「これだけの失敗をやらかしたんだ。袋叩きにされる事は言うに及ばず。ペットの餌にされることも覚悟しておけ」
 そんなわけで事務員一同、ギルド内に設けられたウィルカップ入場券配布所にずらりと並び、びくびくしながら待っていると、真っ先にやって来たのが鬼面男爵の異名を取るベアルファレス・ジスハート(eb4242)。この日、ワンド子爵領での依頼を終えて戻ってきたばかり。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 恐ろしき鬼面で素顔を隠したその姿を見るや、事務員達は平身低頭してひたすら平謝り。
「これは何事だ?」
 ベアルファレスの鬼面が、事務員の一人にぐぐっと迫る。鬼面の奥から自分を見据える目の色に恐れをなし、事務員はかすれた声で答えた。
「と‥‥当方の手違いにより‥‥フオロ対リグの試合観戦は不可能となり‥‥ま、ま、真に申し訳御座いません! そ、その代わり、トルク対セレの試合を‥‥」
「で、フオロ対リグの試合結果はどうなった?」
「ひ、引き分けでございました」
「引き分け? ‥‥面目は保てたか。まあ、そんなものか。で、我が友人ゲイザーの活躍ぶりはどうだった?」
「聞くところによれば、試合前半で力尽き、交代したご様子で‥‥」
「試合前半で交代か。不甲斐ないな。それでトルク対セレの試合、マリーネ姫殿下もご観戦なされるのであろうな?」
「はい。そのように伺っております」
「ならば問題はない」
 鬼面男爵は入場券を受け取り、事務員一同ほっと胸を撫で下ろした。
 その後にやって来た冒険者達も紳士的な態度の者ばかりで、事務員達はタコ殴りにもされずペットの餌にもされず、代わりの入場券全てを配り終えたのである。

●競技場のマリーネ姫
 8月30日。Wカップ7日目、トルク対セレの試合当日。
 ギルドで用意した送り迎えの馬車から降りると、そこにはだだっ広い競技場が広がっていた。
 フィールドは縦200m×横100m。その周りには緩衝地帯が設けられ、さらにその周りを観客席が取り囲む。
 マリーネ姫の貴賓席は、ひときわ高い位置に用意された王族用ボックス席の中にあった。それだけに見晴らしは格段に良く、フィールド全体を一望のもとに見渡せる。
「あそこにいらっしゃるのがマリーネ姫ですか。以前の依頼で侍女の方とはお会いしたのですが、挨拶はしておきますか」
 進みかけたケンイチ・ヤマモト(ea0760)の歩みを、ベアルファレスが引き留めた。
「私の後に続け。それが順序だ」
 例の如く、マリーネ姫の近辺には一目でも姫に相見えようと欲する下級貴族のご子息やご令嬢でごったがえしていたが、バードのケンイチを従えたベアルファレスが近づくや、周囲の視線が一斉に集まり、その行く先にさっと道が開ける。
「あれが、姫の覚え目出度き鬼面男爵よ」
「まあ、恐ろしそうなお方」
 そんな囁きがひそひそと交わされる。
 マリーネ姫は早々と、ベアルファレスとケンイチの姿を認めた。
「あなた達も来てくれたのですね」
「はい。我等2人、ワンド子爵領よりつい先日戻ったばかり」
「さあ、こちらに来て。あなた方の席はここです」
 ベアルファレスにもケンイチにも、マリーネ姫に近い上席が与えられた。
 試合開始の時間は刻々と迫り、フィールド上にゴーレムが次々と姿を現す。白の六角形と黒の五角形を組み合わせた、独特のデザインのサッカーボールも、フィールドの中央に運び込まれる。
「これがサッカーですか。以前、天界人から話は聞いていましたが」
 勿論、ジ・アース出身のケンイチにとって、サッカーを観戦するのは初めての体験だ。
「止まれぇ!! 貴様ぁ、何者だっ!?」
 マリーネ姫の側に控えていた衛士が、宙を飛んできた小さな影の前に立ちはだかり、怒鳴りつけた。
「うわぁ、びっくりしたのじゃ。わしは冒険者ユラヴィカ・クドゥス、怪しいものではないのじゃ」
「なんだ、おまえだったのか」
 やって来たユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は、ベアルファレスにとっては見知った仲。先の依頼でワンド子爵領での行動を共にしている。と、その手がユラヴィカに伸びて。
「待て、なにをするのじゃ?」
「念のため身体検査だ。マリーネ姫親衛隊隊長として、姫に近づく者には誰にでもそうする」
 不審な物品を所持していないことを確認して口添えする。
「彼は怪しい者ではない。身元は私が保証しよう」
 これでようやく、ユラヴィカも姫の間近で観戦にあずかることになった。
「しかし、どうしていきなり空からやって来たのだ?」
「うみゅー。プロフィット殿を見物しようと思ってたのに、迷子になってこっちに来ちゃったのじゃ」
「プロフィット殿? ‥‥ああ、トルク王の覚え目出度き高名なるゴーレムニスト殿か」
「そうじゃ。わしらと同じく、イギリスから来たらしいという話もあるのじゃ」
「するとプロフィット殿は、ジ・アースのイギリスを故郷とする天界人というわけか。成る程な」
 聞いたその話を、ベアルファレスは記憶の隅にメモしておく。

●試合観戦
 程なく試合は始まった。
「おおっ!」
「これは!」
 あの巨大なゴーレムが、やはりゴーレムサイズに合わせた巨大なボールを蹴り飛ばし、ドリブルし、その攻撃を受け止めんと防御側も目まぐるしく動く。その動きは馬上試合に見慣れた貴族達にとっても新鮮に映ったようで、あちこちから歓声が上がる。
 しかし、ユラヴィカといえば、
(「最近、裏でこそこそいろんなところで扇動起こしてる奴らがいるようじゃし。ついでに、貴賓席にも怪しい奴らが動いてないかどうか、目を向けておかないと‥‥」)
 そう思って国王や分国王達の貴賓席に目をやっていると、
「貴様! 何を余所見しているのだ!?」
 衛士に怒鳴られて首根っこを掴まれ、無理矢理真正面のフィールドに向き直させられた。
「やりにくいのじゃ‥‥」
 不承不承、観戦を続けていたユラヴィカだったが、やがて自分の持ち魔法であるテレスコープのことに思い当たる。
「せっかくじゃし、姫君にジッキョウチュウケイとやらをして差し上げるのじゃ」
 あちこち飛び回って仕入れてきた話によれば、天界のサッカーではレポーターなる者の実況中継が入るそうで。
 ユラヴィカは宙に舞い上がり、片手で印を結んで呪文を詠唱。しかしその呪文が成就せぬうちに、
「貴様あっ!!」
 怒鳴り声と共に、衛士が背後からユラヴィカの体をひっ掴み、地面にねじ伏せる。
「痛ぁ‥‥!」
「この貴賓席で魔法を使うとは何するつもりぞ!?」
 貴賓席を始め、要人の近くでの魔法使用は基本的に御法度。不意の敵襲を避ける等の緊急時を除き、魔法を使用する場合には予め許可を受け、時には魔法の知識に通じた責任者の監督を受けねばならない。
「さては貴様、反国王派の手先かっ!? 貴賓席より魔法の火の玉でも飛ばしてゴーレムを損傷させ、試合を混乱させて国王陛下の御顔に泥をぬるつもりだったか!?」
 衛士といえども、呪文詠唱の現場を目撃しただけで、それが何の魔法かを咄嗟に判断するのは難しいものだ。
「ご、誤解じゃ。わしの唱えようとしていたのは、テレスコープの魔法の呪文じゃ」
「テレスコープの魔法だとぉ!?」
 銅鑼声張り上げて問い詰める衛士。その声があまりにも騒々しいものだから、マリーネ姫を取り巻く侍女達も、眉を顰めて囁き合う。
「気が散って仕方ないわ」
「あのシフール、本当に困りものね」
「観戦の邪魔よ」
「出てってもらおうかしら」
 とうとうマリーネ姫も衛士に問い詰める。
「一体、何の騒ぎですか?」
「はっ! このシフールめが、この貴賓席で勝手に物見の魔法を使おうとしたのであります」
「物見の魔法?」
「こやつの言うところによれば、遠くにある物を手に取れるような近さで見ることの出来る魔法ということですが」
 マリーネ姫、くすりと笑う。
「面白い。私もその魔法とやらを使ってみたいものです。さぞや、よく見えることでしょう」
 そして姫はユラヴィカに問う。
「その魔法、この私にかけることは出来まして?」
「お望みとあらば」
 その答に顔色を変えたのは衛士。
「姫、なりませぬ! ここは貴賓席ですぞ!」
「構いません。この私が許します」
 そう言われては衛士も従うしかない。
「分かりました。ですが、万が一のことがあります。先にこの私めが、その魔法の効果の程を確かめることに致しましょう」
 そしてユラヴィカに向かい、自分にテレスコープの魔法をかけるよう命じる。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「勿論じゃ」
「嘘だと分かったら、責任取って首を吊ってもらうからな」
 その命令に従い、ユラヴィカは衛士に魔法をかける。テレスコープの魔法の力を他人にも与えられる程の腕前は十分にある。
「おおーっ!」
 衛士の張り上げた声があまりにも大きかったので、侍女達はびくっと身を縮めた。
「見える! 見える! 見えるぞぉーっ!!」
 手に取るように見えるとは正にこの事。衛士の目には、それまで小さく映っていたフィールド上のゴーレムの姿が、ぐんと眼前に迫って見えていた。初めて体験する魔法の効果に衛士は我を忘れ、フィールド上を駆け回るゴーレムの動きを夢中になって追い回した。
「凄い! これが物見の魔法か!」
 言って、姫にその効果の程を説明しようとしたが、
「うわあっ!」
 途端に体のバランスを失い、つっ転んだ。
「うみゃあっ!」
 その体の下敷きになってユラヴィカも悲鳴を上げる。ユラヴィカ、またもご受難。
「こ、これはどうしたことだ!? 何がどうなっておる!? よう見えんぞ!」
 テレスコープの魔法の欠点は、遠いところから近いところに焦点を合わせ直すのに、1分程の時間がかかること。ユラヴィカがそのことを説明すると、またしても怒鳴られる。
「だったら最初にそう言わんか!」

 その頃。姫の貴賓席から少し離れた貴族達の観戦席では。
「どうも、姫様の観戦席がうるさいですな」
「また冒険者が何やらやらかしたようですな」
「ああ、衛士に取り押さえられているあのシフールですか」
「まったく姫様の御前で。礼儀知らずにも困ったものです」
 と、衛士とユラヴィカの姿を見て、ひそひそと囁きが交わされる。事あらば何かとケチをつけたがる御仁ばかりが揃っているようで。

 ようやく落ち着きを取り戻すと、衛士はマリーネ姫にご報告。
「いや、見事な魔法であります。しかし、遠くから近くへと視線を移す際には、十分にお気をつけ下さい」
 丁寧口調で告げると、今度は威張りくさった口調でユラヴィカに命ずる。
「先程の魔法を姫様にかけてさしあげろ」
「それでは‥‥」
 ユラヴィカはにっこり笑って姫に一礼。そしてマリーネ姫にテレスコープの魔法をかけた。
「‥‥まあ!」
 マリーネ姫の口から驚きの叫び。
「これが魔法の力ですの!?」
 フィールド上のゴーレムの動きを追って、その目線は忙しくあっちに移り、こっちに移り。その様子に周りの侍女達も好奇心をくすぐられる。
「姫様、何が見えますの?」
「ああ、セレのゴーレムがあんなに近くに! ああ! トルクのゴーレムが! 凄い、凄いわ! まるで戦場のただ中にいるようなこの迫力、どう言い表したらいいのかしら!?」
 魔法の効果時間が切れると、姫はユラヴィカに命じる。
「もう一度、魔法をかけて」
 その後もユラヴィカは姫にせがまれ、都合3回もテレスコープの魔法をかけることになった。

 試合の前半戦が終わると、姫は観戦に集中した分、気疲れした様子。
「姫。ここは中座なされた方が宜しいかと。暑い天気故、お体にも障ります」
「でも、せっかくのトルクとセレの試合なのに‥‥」
 侍女長の言葉にも、姫は心残りな口振り。
「姫、お腹の御子の事もあります。今は涼しき場所で御休息を」
 ベアルファレスにも促され、姫はようやく同意した。
「ケンイチ、貴方も一緒にいらして。姫の側で音楽を」
 侍女の一人がケンイチを誘い、居残って観戦を続けるユラヴィカに姫は頼む。
「どちらが勝ったか、後で結果を教えて下さい」

●告知
 試合結果はトルクの勝利。試合の後、ベアルファレスはエーロンと面談する機会を得た。
「例の件ですが、いつまでも先延ばしには出来ません。招賢令後の一段落ついたところで国王陛下へのお知らせと民への公表を、と考えておりますが」
「タイミングはそれが良かろう。だが、国王陛下への第一報を届ける栄誉ある役目は、この俺に担わせろ」
「御意」
 告知の時は近づきつつある。

●初めての依頼
 9月1日。新人の冒険者、昼野日也(eb6239)が最初に受けた依頼は、ウィエ対イムン戦の観戦。
「これが、この世界のサッカー場か」
 ここアトランティスと、日也の故郷である地球とでは、土木技術に天と地ほどの開きがある。スタンドも自然の丘をそのまま利用した感じで、高さも一様ではなくでこぼこしている。自分のいる貴賓席近くはともかくとして、庶民の観戦場所となる一般席では、場所によって見晴らしにかなりの開きがあるようだ。
 それにしても心を惹かれるのはゴーレムの動き。人間の倍以上の背丈ながら、その動きは人間のようになめらか。地球にも人間そっくりに歩行するロボットはあるが、この世界のゴーレムはもっと素早く、もっとバランスよく動く。
「こちらでございます」
 ギルドの案内人に導かれて、2人の新入り冒険者が遅れてやって来た。不慣れなせいで道に迷ったらしい。
「あれは‥‥」
 日也にとっては見覚えのある顔。アドラ・ウルファスと佐藤悠一だった。2人とはギルドで顔を合わせている。

 ウィエ対イムン戦はイムンの勝利。初めて見たゴーレムの姿は、これからも決して忘れることはないだろう。そう日也は思った。