●リプレイ本文
●各国名代も動く
リッパー家の館跡が忽然と地中に消え、突如貴族街に出現した平地に、今や十台近いフロートチャリオットが運び込まれ、各国GCR代表用の練習場となる。古くなりそこかしこに穴の開いた外壁は修理され、荒れ放題だった庭は人の手が入り、整備され、間隔を置いて各チーム用の小屋が作られていた。
そして中央には競技場のコースを仮想した楕円型のコースが造成され、新たに作られたフロートチャリオットの試験走行が何度も繰り返されていた。
土煙を発て、走り抜ける数台のチャリオット。それらを眺めつつ、ふとこの話題が昇った。
「聞きましたぞ、メーアメーア男爵」
「あら? アレックス男爵」
「今度、ショア港に開設されるゴーレム工房、見学されるそうではないか」
「あらあら」
カラフルな羽の扇で口元を隠し、メーアメーア男爵はちらりと流し目をした。
空気の気配が変わり、遠くに煌く物が見えた。
「わ〜い、海だ海ぃ〜っ!!」
疾走するフロートチャリオットから身を乗り出し、とんがり帽子を風に押えた。
「こうしてみると、何だか懐かしい感じがするからおっかしいわね♪」
ポンと更に帽子を押える手が。
「や〜ん、前、見えな〜い♪」
小津野真帆(eb4715)はキャッキャと笑いながら、メーアメーアと一緒になって身をよじる。
「ほ〜らほらほら☆」
「わ〜♪ 揺らさないで〜落ちる、落ちちゃ〜う♪」
そんな二人を眺め、チャリオットの反対側に座すセシリア・カータ(ea1643)は目を細めクスリと笑う。何となく自分より年下に感じた。
「笑い事じゃねぇーの」
そう言い、オラース・カノーヴァ(ea3486)はサッと腕を伸ばし、二人をひょいと車体に引き戻した。
「あらあら☆」
「ほっわわーん♪ 」
コロコロと笑いながら、見上げる四つの目。
がっくりと力の抜けるオラース。
「あのなぁ〜、もうちょっと落ち着けねぇーの? あんた、話に聞いてんのと、えらく違うな?」
「何かしら、それ?」
(「エキゾチック? どこが?」)
黒い瞳が、ふふんとばかりに見上げて来る。
健康そうな小麦色の肌。艶やかな、腰までもあろう黒髪を後ろ手に結い、豊かな肢体を小奇麗な礼服に包み、真帆と絡み合う様に尻餅を着き、伸びきった脚をゆっくりと引き寄せる。
それを正視しない様、オラースは車外の風景に視線を投げた。
「さーな」
「サーか」
パッと目を見開く二人。
「サーねぇ〜」
「サーさんか〜♪」
プーっと笑い出す二人。
そんな様を、ジッと影からサラ・ミスト(ea2504)が、微動だにせず見つめていた。会話に『ノワール』の一言が上らないか、それだけが気がかりだった。
(「私の取り越し苦労か? しかし‥‥」)
後続の事を考えると、油断出来ない。闇のゲームが、いつどこで誰と関わりを持ち始めるか。
が、サラのそんな懸念を他所に、真帆とメーアメーアは無邪気に振舞う。もうすぐ、その様な振る舞いがゆるされなくなる事が判っているからか‥‥
「ねぇねぇ! もしも、メーアメーアさんじゃ質問し辛い事があったら、私が代わりに何でも聞いてあげるよ〜。困ったら言ってね♪」
「ほほぉ〜、真帆ちゃん。大きく出たわね☆ じゃあ、その時はお願いしちゃおうっかなぁ〜♪」
「ホントだよ! 絶対だよ!」
「よ〜し、じゃあ。指きりしようか?」
「うん!」
真帆の子供っぽい言動が移ったかの様に、二人は右手の小指を絡め、楽しげに違う節の童謡を歌い出し、互いにぷ〜っと吹き出した。
先頭の後部席でそんな騒ぎが起きている事など知るべくも無く、後続の二台目と三台目には、トルク以外のGCR関係の各国名代達がぎっしりと乗り込み、一台目に乗り損ねた、というか夜光蝶黒妖(ea0163)は1台目をサラに任せ、エルシード・カペアドール(eb4395)はアレックス男爵に引っ張られ、フォーレ・ネーヴ(eb2093)は何となしに黒妖の乗る方へと乗り込んでいた。
「これから戻ると、そろそろ第5回GCRですね」
「ええ。日程の方はどうなってるのかしら?」
アレックス男爵に相槌を打ち、チャイナドレス姿のエルシードは車外の流れ行く風景を眺めた。
風の匂いが既に、海辺である事を告げていた。
「Wカップ関係で、少し調整している様ですね」
「ふぅ〜ん‥‥へぇ〜‥‥調整中ね‥‥」
長い銀の髪が、潮風の気配がひそむ風にたなびき、吹き流される。
もう一人のエルフ、ベルゲリオン子爵は静かに沙羅影と向き合い、瞑想を習っている。
そんな様を、黒妖はちらりと見る。
「あの、黒妖さん。もしかしてそろそろでしょうか?」
にっこり、サファイアの様に青く瞳を輝かせるフォーレ。黒妖はいつもの無表情で頷く。
「‥‥かも‥‥」
ひゅ〜い♪ 口笛を吹くフォーレ。
「だと思ったんだ! 何となく空気がそれっぽいよね☆」
軽くウィンク。グッと親指を立てた。小さく頷く黒妖。そんなちょっとした仕草に、100倍の明るさでフォーレは話し掛けた。
「う〜ん、私、そんなに礼儀作法を知ってる訳じゃないから、不安だな〜♪」
「‥‥大丈夫‥‥伯爵様は‥‥」
「本当!?」
「‥‥うん‥‥」
そんな言葉を交わしながら、黒妖は同乗した沙羅影となのる黒装束の男を、常に視界の隅に捉える様にしていた。
イムン分国公爵家名代として、GCRでの応援団の指揮をする為に送り込まれた男。天界人であり黒子衆の生き残りと名乗ったと聞くが、ジ・アースにおける伊賀甲賀風魔根来etc、その中でそんなラッパスッパの名を聞いた事が無い。
(「‥‥出来る‥‥そう感じさせない‥‥」)
忍びの術はあらゆる事象を味方に付け、厳しい修行の積み上げにより、不可能を可能とする。故に、一部も周囲の気配、揺るぎ無きは逆に怪しくも想える。例えるならば、常人は小さな鈴をちりちりと鳴らして歩くに等しく、練達の騎士はその気配の大きさ故に、大鐘を叩くが如くありありと感じられもする。が、目の前で瞑想する黒子は、明らかに己と同じく闇に生きるべく訓練を受けたもののそれに思えた。
修験者や高僧の中には、瞑想の中にそれと同じ境地に立つ者も居ると聞いた事があるが、素顔を見せぬ黒装束、如何にもな格好だ。
(「イムン分国‥‥この様な人物を送り込んで来るとは‥‥侮れぬ‥‥」)
そして三台のフロートチャリオットは、ショアの港町の西門をくぐり、グリガン・アス男爵が馬を走らせ先導をする中、左右に割れる人込みにゆっくりと突き進み、盛大なファンファーレと楽の音に迎え入れられた。
城門前では 恍惚の表情を浮かべ、天を仰ぎ、リュートベイルを掻き鳴らすトリア。もうノリノリだ☆
「わぁ〜、流石はトリア卿! 頑張ってねぇ〜☆」
真帆とメーアメーアは手を振ってその横をすり抜ける。すると、トリアはその身を180度よじり、妙な調子で歌い掛けた。
「そんな〜、メ〜アメ〜ア様ぁ〜♪」
次々と三台のフロートチャリオットは城門をくぐる。これと入れ替わりに、パレード用に装飾が施されたバガンが、ゆっくりと城門の外へと進み出る。パレードの開始だ。
「トリアさん、楽しそうだね☆」
真帆はにっこり。サラやオラースは苦笑しながらも、そしてセシリアはにこやかに頷き返す。
「もしかして、私達の到着がパレード開始の合図だったのかしら?」
メーアメーアは閉まり行く城門と、その向こうの騒ぎへと目を向けた。
●ゴーレム工房見学御一行様☆
「第2回東方小貴族会議では、イムンにも心を砕いて戴き、ありがとう御座いました」
「いえいえ。名代殿には、我等の提案を快諾戴き、あり難き事と想っております」
名代のメーアメーアとショア伯の会合は、建造ドッグのすぐ目の前に設置された天幕の中で行われた。無論、各国名代とも同様である。
それから次に、同行する冒険者達となる。
「我が主‥‥この度のゴーレム工房新設及びバガン購入‥‥おめでとう御座います‥‥ショアに繁栄の光があらん事を‥‥」
「うむ。ありがとう。黒妖。共に良き光の中を歩もうぞ」
「はは‥‥」
かしこまり一礼する黒妖の肩を、伯の大きく熱い手がポンと軽く叩く。
「頼んだぞ」
にこやかに輝くショア伯の青い瞳。
黙礼し、それから黒妖はメーアメーアの傍らへと立つ。
「ご苦労様です」
「うむ。サラ卿も、忙しいのだな」
「は‥‥では、これにて」
ショア伯と握手を交わし、素っ気無くサラは挨拶を終える。
「セシリア卿。これは驚いた」
「この機会に、きちんと見学をしておこうと思います」
「それはそれは。各名代の方々と共に、ゆるりと回られるが良い。本来ならば、見られぬ所故」
たおやかな微笑みでショア伯に会釈し、セシリアは下がった。
「オラース卿!」
「今回は美しき貴婦人の護衛役でお邪魔致しますぞ」
「成る程。これは適任か、はたまた‥‥」
「いやいや、本日は実に良き日で‥‥」
ニヤリ。握手する手に、自然と力が入る。
「初めまして、フォーレ・ネーヴだよです」
「おお、これは可愛らしい冒険者だ」
「‥‥フォーレはとても優秀な‥‥冒険者です‥‥」
握手を交わす二人の横に、そっと歩み寄る黒妖。
「そうか、黒妖の知己の者か。宜しくな、フォーレ卿」
「はい! 以後、見知りおき下されい!」
はつらつとした元気っぷりに、ショア伯も弾む様にシェイクハンド。ニパッと笑い、黒妖と共に下がった。
「おや?」
「会議ではどうも」
ニコリと握手を交わすエルシードとショア伯。
「これからゴーレム工房について、お話をうかがっても宜しいのかしら?」
「ええ。その為に、各国名代の方々がいらしてる。そして、それらを国元へ持ち帰り、色々と役立てて戴く事になるでしょう」
「どこまで見せて戴けるのかしら?」
「それは‥‥私にも判りません」
「まぁ」
「そういう事です」
にこやかに離れる二人。
そんな大人達を、真帆は眉を寄せ、下方から見つめていた。そして、ショア伯がこっちを見たのにハッとして、手にした帽子を取り落としそうになりながらも表情を作り直した。
「はじめましてー! 私、真帆です♪ ゴーレム工房の開設おめでとうございます! 今日はお世話になりま〜す☆」
ピッカピカ新品の礼服にきゅっと口元を真一文字に結んだ真帆は、にっこりと微笑む。
すると、ショア伯もにっこりと微笑み返した。
「ありがとう、真帆卿。ショアへようこそ。全部を見て貰う訳には行かないが、トルク側が見せて構わないというレベルまで、私も一緒に見せて貰うよ」
「そうなんですか。わーい、楽しみです♪」
きゅっと握手を交わし、いよいよである。
それが済むと、仮面を付けローブを纏った人物がこの天幕に現れた。
「皆様、仮面にて失礼致します。初めましてで御座います。ここのゴーレム工房をジーザム陛下より任されました『ヌル』と申します」
くぐもった声で、物腰の柔らかな物言い。それぞれと二言三言挨拶を交わす。
「それでは、皆様。この出張所で作られる主なゴーレム機器のご説明に移らせて戴きます。こちらへどうぞ」
●そしてゴーレム工房の一画へ
仮面を付けたゴーレムニストらしき人物が先頭に立ち、まだ未開封の木箱が並ぶ薄暗い倉庫の様な部屋を案内された。
ぞろぞろと続く一行は、そこで壁に立てかけられた、大きな木組みの板状の物を見せられた。
「これが水流制御板です。水の精霊力により、水の流れを操り、船を進めるのです。これが船底に左右二枚一組が取り付けられ、制御球を通して船を動かします。これがゴーレムシップの基本的な仕組みですが、皆様、ご質問はありませんか?」
ヌルの言葉に、数名が手を挙げ質問する。
「はい!」
元気な真帆の声に、ヌルは思わず指差してしまう。
「この工房では何人で働くの?」
「それは秘密です」
仮面の下から、ちょっとした含み笑いがもれ出た。
「じゃあ、一度に何隻作れるの? 1隻を作り終える時間は?」
「う〜ん、難しいですねぇ〜。この制御版を作るのと、制御装置を作るのと、更にそれを全部取り付けるのと‥‥やってみない事にはまだ良く判りませんね。それに、この部分は軍機に触れるので詳しくお話出来る物では‥‥申し訳ありません。それをこれから、割り出して行きたいと思います。
何しろ、造船ドッグに引き上げて、船底に取り付けなければなりません。今まで使っていた船ならば、船底の修理が先でしょう。まあ、きっと大変でしょうが、このショアには熟達した船大工さんが一杯居る様なので、本国の工房で作業するよりかは、その点においては楽なのではないでしょうか?」
「じゃあゴーレムシップの寿命やメンテナンス期間は?」
真帆の矢継ぎ早の質問に、ヌルは他の方々の様子を窺うが、当然この事も知りたい内容に含まれるので、誰もが頷いて質問に答える様に促した。
「コホン。これはまちまちでしょう。嵐に遭った後は点検が必要でしょうし、フナクイムシに船底をやられる場合もあります。制御板に使う、木の性質にも左右されるかも知れません。その点は海辺の皆様の方がお詳しいでしょう。そして船は当然、座礁する場合もあるでしょう。勿論、ゴーレム機器は定期的にメンテナンスを行う必要があります。そうしないと性能維持が期待出来ないのも現実です。それは海戦騎士の皆様と多くのデータを集め、一定の基準を求めていかねばならないでしょう」
そこへエルシードが挙手し、にっこりと微笑んだ。
「聞いたお話ですが、既存の船のゴーレムシップへの改造は結構簡単らしいけど、改造費用は如何ほどのものなのでしょう?」
するとヌルは仮面を僅かに左右に振った。
「その点は、上の方でお決めになる事と存じ上げます。ですが、単純に考えれば船体の建造費用に、設置の際の船底の修繕費を差し引いた額が、同規模の艦船をゴーレム化する時の費用の差額になるでしょう。無論、船体の状態にもよりますが」
エルシードはその答えに頷き、次の問いを。それはワンド子爵領や内陸の河川沿いの領地での運用を念頭に置いたものだった。
「成る程‥‥言われてみればそうですね。では、もう一点。河川用の船をゴーレムシップ化する事は出来ますか?」
「出来ますよ。ですが、掛けた費用と維持費が割に合うかは別の問題です。また、河川では前例が無いから成功の保証は出来ません」
「それはどういう事でしょう?」
「先ず、座礁の危険が海以上です。それに従来の船と比べると金食い虫。高性能で便利であることと、それを使って商売が成り立つことはイコールではありません」
「この工房ではどんなことが出来るのですか?」
「グライダーやチャリオット、バガン等のメンテナンスも有料で承ります。ドッグが御座いますので、フロートシップ等のメンテナンスも可能となりますね。作業時間は本国と比べて、どうしても人手不足で遅れてしまうでしょうが」
それから、一行はドッグへと移動した。
先頭を行くヌルは、巨大な巻き上げ器によりドッグへ引き上げられた、小型の帆船を指し示した。その向こうには、更に大きな建造中の艦船、ラバキン1、ラバキン2の船体も見えた。
「現在、この船のゴーレムシップ化に取り掛かっております。と言っても、船底の藻や貝、フジツボの類を剥がし、虫に喰われた所等を修繕している最中です」
船底は何十本という丸太で押し支えられ、すっかり汚れを殺ぎ落とされた船底には、何やら妙な匂いのする液体が塗りたくられている。中のバラストもすっかり入れ替え、燻蒸消毒した後で船内を床を舐めれる程に大掃除してあると言う。
そこで暫く黙っていたショア伯が語り始めた。
「この『カトルフィッシュ』号で先ずは訓練を始めたいと、ギル子爵と相談しております。海戦騎士団の中で扱える者を増やそうという考えです。そして、各国の帆船を改装に持ち込んだ場合、その乗組員は暫くこのショアに逗留し、あの船で基礎的な訓練を受けて戴く」
「成る程‥‥」
各国の名代達も感心の言葉をもらした。それならば、ゴーレムシップへの改装が完成してもすぐに航行が可能となるだろう。
「わ〜、凄いなぁ〜♪」
「だね!」
真帆とフォーレはぱたぱたと船の舳先から船尾へと、その横を走り抜けた。
それ程に、陸に上がった船は大きく思えた。普段、見ることの出来ない、喫水より下の、竜骨へと伸びるなだらかなラインが、独特のまろみを帯びて新鮮に映った。
「やれやれ‥‥特に変わった事が無ければ良いのだが‥‥」
ふらり、サラも一行に合流。
ショア伯の護衛の騎士と、少し話し込んでいたのだ。
急激なショアの変容は、地元の騎士達にとって、様々な思惑が絡み合い、多少の危なっかしさを感じずにはおかない様だ。
●メーアメーア男爵、七つの秘密、その‥‥☆
祭りの余韻が港中を覆い尽くしていた。
パレードが行われたのは、ほんの数時間の事だったが、それだけで十分な程に盛り上がった人々は、何時に無くこの港町に溢れ出ていた。
「さ〜てと‥‥」
そんな人ごみをメーアメーアとその一行は楽しげに練り歩いて行く。
「すごいなぁ〜、お船がこんなにいっぱいだよ♪」
「走ると危ないですよ〜!」
ぴょんと飛び跳ねるフォーレ。呼びかけながらも微笑むセシリア。視界の向こうまでず〜っと帆船が並んでいた。
サラと黒妖は、護衛らしく緊張した面持ちで数歩後ろを歩き、真帆はメーアメーアと手を繋ぎ、にこにことしている。
「改めてこうして見ると、壮観な眺めですね?」
「ええ。活気に溢れていて、いい感じよね。私、こういうの好きだわ」
話し掛けるオラースにさらりと返し、メーアメーアは居並ぶ船を楽しそうに眺めた。
確かに見ているだけで楽しくなる光景。
そしてある所でピタリと脚を止め、メーアメーアは愉快そうに指し示した。
「さて、皆様。左手をご覧下さい」
そうすると、全員で、自分の左手をじっと見つめた。
「フォーレさ〜ん! こっちこっち〜!」
「は〜い!」
くるっと180度。こちらへパタパタと駆け戻る。
そこには、そこそこに大きな帆船が、波にゆっくりと揺れていた。
船尾を街へと向け、桟橋が船体の横へと伸びている。
タンタンと軽やかな音を発てて進むと、数名の船乗りがだらしなく寝転がり、パイプをくゆらせのんびりしている。その数人が、こちらに気付き飛び跳ね、一人が海中に没した。
「お〜っす!」
「「「オッス!!」」」
朗らかに手を挙げるメーアメーアに、荒くれ水夫がサッと敬礼。
船名は黒い字で『タイドリップ』号と舳先に書き記されている。二本マストの船足の速そうな帆船だ。紋章は青地にマルにY、そして波間に人魚が星を一つ手にしている。そしてイムン分国の所属を示す旗。男爵位を示す旗。カラフルな旗が幾つか風になびいていた。
横っ腹から桟橋へ渡された板を前に、くるりと振り向いたメーアメーアはにこやかに全員へ告げた。
「では、諸君等の乗船を許そう」
「おっじゃましまーっす☆」
真帆は差し出されたメーアメーアの手をサッと握り、ゆっくりと揺れる板の上を、危なっかし気にとことこと渡った。
出迎えたのは、明らかに海の男と言った赤銅色の肌をした男達。
その中より、明らかに騎士身分と思しき壮年の男が、ピッと敬礼しメーアメーアを出迎えた。
「お久し振りです、お嬢様」
そんな熱気むんむんとした雰囲気の男達を前に、メーアメーアは涼しげに微笑んだ。
「皆、変わり無いか?」
「はい。全く無いとは言えませんが、さしたる欠員も無く、何とかやっております」
「そうか。半年とはあっと言う間だな、アーガス」
「はっ! 副長アーガス、ここに全権をお返し致します」
差し出された羽根付き帽子を、苦笑しながら受取るメーアメーア。
「また、すぐ預ける事になるのだがな」
「ほんの数日でも、お嬢様にお返しするのが筋で御座います」
「ありがとう」
そう言って少し気恥ずかしそうに、それでいてメーアメーアはしっかりと帽子を被った。
「では、皆様には客人として、当船にてゆるりとくつろいで戴きたい。ショアを発つのは明後日の昼頃を予定している。護衛任務、ご苦労でした」
「う〜む。しかし、その任務、王都に着くまでは完了したとは言えねーな」
胸を張って足を30cm開いて足先を外側に向ける。そんな決めポーズで、目を瞑ったままにオラースは首を左右に振って見せた。
「そうか。そうだな。では、そういう事で、あと数日だが宜しく頼む」
「ふ‥‥任せて貰おうか」
「ならば、アーガス! とりあえず彼等の部屋を用意してくれ!」
「お嬢様‥‥実はお耳に入れて置きたい事が、一つだけ‥‥」
大股に歩み寄った副長が一言二言囁くと、メーアメーアは驚きに目を見開き、慌しく船尾の方へ歩き出す。
「あ〜、待って〜♪」
「私も!」
慌てて後を追う、真帆にフォーレも加わり、何だろうと見合わせた五人も、案内しようと近付いて来る船員達を制して、彼女等に続いた。
「わぁ〜☆」
「おっきぃ〜ですねぇ〜♪」
船の艦尾には家畜用の一画がある。
そこへ跳び込んだ一行が目にしたモノは、数頭のちょろちょろ歩き回る豚と、四頭の馬であった。そして、その内の栗毛の一頭は明らかに身重。驚く程に膨らんだお腹に、鼻息もブルルと荒く、気難しげに蹄をガツガツと鳴らしていた。
「モンシェラ‥‥お前‥‥」
メーアメーアが名前を呼び掛け、その頭を抱える様にしてさすると、少し落ち着いた様に見受けられた。
真帆とフォーレが目をまんまるくさせながらそっと近付くと、メーアメーアはその鬣を撫でながらにっこり。
「大丈夫。モンシェラは気性が穏やかだからな。撫でてみる?」
「うん♪」
二人とも元気に首を縦に振る。そして、とことこと近付き、メーアメーアが頭を撫でて何事か話し掛けている傍らで、そっと馬体に手を伸ばした。
触れると思った以上に熱かった。
熱く脈動する気配が、波打つ馬体に、そして大きく膨らんだお腹からもう一つの命が、その大きく蠢く様がはっきりと伝わって来た。
「わぁ〜♪」
「もうすぐかな?」
わくわくしながら撫でる二人に、メーアメーアは口元を引きつらせ、少し離れた一画に並んでいる3頭を見やった。
「みたいね。でも、誰が父親かしら? この種馬野郎〜‥‥」
思わずドキリとするオラース。
正に文字通り。それ以前にオス馬とメス馬を一緒にすると大騒ぎになる所だが、この一室は不思議と静かだった。
「まぁまぁ、もうすぐあなたはお母さんになるのね」
穏やかな口調で語りかけ、セシリアはそのしめった鼻先を優しく撫でてやった。
「いや、実際。お嬢様が船を下りてから、こんな有様で、どう伝えたものかと‥‥」
アーガスも苦笑い。
「ちょっとお願いね」
「良いですわ」
穏やかに頷き、セシリアはモンシェラの頬を撫で、そしてメーアメーアは雄馬達の前に。
黒、栗毛、白ぶちの三頭は、何とも気まずそうに項垂れて見せる。
「さぁ、お父さんは誰かしら? 生まれて来る子を見れば判っちゃうのよ!」
そんな場合もある。
「いい? 今なら赦してあげてもいいわよ〜」
にじり寄るメーアメーア。この緊張感に耐え切れず、その内の栗毛がぶるっと胴震い。
「あ〜、この子が父親だぁ」
「いや、待て! まだ奴が犯人と、いや犯馬と決まった訳じゃねーぜ」
「ふっふっふ‥‥犯人は、自ら名乗り出た、と言ったところかしら?」
「わ〜い♪」
●その夜
数多の船上には、黄色いカンテラの灯りがともり、それが穏やかに揺れる波間に浮かび、幻想的な風景を醸し出していた。
タイドリップ号の甲板でも、簡単な宴席が開かれ、酔って歌う船乗り達の合唱が海風に乗って流されて行く。
皆、床に腰を降ろし、いくつもの車座になり、酒樽のワインを酌み交わす。
(「‥‥こういう時に、傍にいて欲しいものだな‥‥」)
感傷的になり、サラはカップを静かに揺らした。
セシリアは、そんな陰りのある表情を、にこやかに眺めながらも、カップのワインにそっと口を付ける。
穏やかな時が、ただ流れていた。
「イムンがゴーレムに関する報告書を必要としているという事は、何か困り事があるのですか?」
オラースの問い掛けに、メーアメーアはちょっと意外そうな顔をした。
「だって、ウィルの海戦騎士団のゴーレム化をするんだから、イムンとトルク、そしてフオロの三分国がこれに関わるでしょう? 喧嘩にならない様、賢王たるエーガン・フオロ王陛下がそれぞれにゴーレムシップが行き渡れと数を合わせて下さるのよ。ま、トルクは自前でどんどん作れるでしょうから、これに関しては何をしても意味が無い、出来レースだけど。まぁ、風が無くても進める船だから、こちらとしてはこれ以上に望まないわ」
今のところはね。そんな語尾のニュアンスを感じながら、オラースはカップを空けた。
「そういう事かね‥‥」
海戦騎士団『ラ・バレーヌ』は、沿岸部の諸侯が参加している。故に、海戦騎士団のゴーレム化は、イムンも当事者なのだ。
そんなやりとりをメーアメーアの右にちょこんと座り、不思議そうに眺める真帆。ちょっと頬に赤味がさしている。
反対がわにはフォーレが座り、その独特の目線で、大人達のやりとりを眺めていたが、ふと黒妖の姿が見当たらずに、周囲を見渡した。
「あれ? 黒妖さん‥‥?」
きょときょとと見渡すが、黒妖は目に付くところには居ないみたいだ。
「では、イムンの国情は如何かしら?」
くすくすと艶のある声で、エルシードが問い掛ける。
「特に変わりは無いみたいですね。Wカップがあるから、どうなるか、最近の話題はそれぐらいかしら? でも、イムン本国からは一人も騎士が出て無かった気がするから、名前だけ?」
「あら。あなたがそんな事を言っちゃ、いけないんじゃないかしら?」
「うふふふ‥‥」
そんな突込みも笑顔で軽く流し、カップを空けるメーアメーア。
「でも、船が領地代わりだろうだけど、イムンでは普通なのかしら?」
「ん〜、専任で雇われて爵位を賜るケースもあるから、一概には言えないわ。私の場合は、15歳の誕生日に、おねだりしたの。おじ様に。そうしたら、笑って爵位と船を下さったわ。お陰で、この年になっても独身で、GCRにと呼び戻されてしまった訳。実家は兄が継ぐし、居ても居なくても良い身分。気楽でいいなぁ〜と思ってたのにね」
そう言って苦笑するメーアメーアは、新しいカップを船員に持って来させた。
「貴方、何歳なの?」
「ん‥‥18‥‥」
「ええっ!?」
ぴょんと飛び起きる真帆。
「わ、わ、わ‥‥」
余りの衝撃に、開いた口が塞がらない様子。
「どうしたの、真〜帆ちゃん♪」
つんつんとほっぺを突かれ、真帆はメーアメーアを見ながら自分の胸の辺りをぽんぽんと。
「そんなぁ〜っ!!」
その叫びは、甲板で陽気に騒いでいた連中の酔いを一気に醒めさせた。
「大変だ!!」
バタバタと下から駆け出した船員が急を告げた。
「どうした!?」
「馬が産気づいた!!」
「何ぃっ!?」
艦尾の納屋に駆け込んだ一行を待っていたのは、既に破水したモンシェラだった。
モンシェラは横たわり、肺を大きく上下させ、その下半身からは血塗れの細い足が出ている。
「もしかして逆子!?」
「ほわわ〜、それって危ないの?」
メーアメーアは表情厳しく頷き、馬のお腹の辺りに跪く。
「これは‥‥みんな、手伝って!」
「ああ!」
オラースは言われるがままに、家畜用の側舷の扉を開け、モンシェラをロープで海中に下ろす。そして頭が水上に出る様に支えた。
(「この方が母体は楽なのか?」)
真帆は、地球でも水中で出産する方法が有ったこと思い出した。産まれてくる子供も、胎内から水中、そして空気中と移行するので、ストレスが少ないのだと言う。
海中にはオラースと真帆、そしてフォーレがメーアメーアと共に立ち泳ぎ。
真帆とフォーレは、ぷかぷか浮きながら左右からモンシェラのお腹をさすり、子供が出る様にと必死に促し、サラとエルシードは船の上からロープを持って完全に海に没する事を防いでいた。
するとどうだ。お腹をさする二人の手に、そして海中で支えるオラースの腕に、細く青白く光る手が幾つも加わり、そして水中深くにも青白いうろこの巨大な何かが、そっと皆を押し上げてくれた。
「これって!?」
誰もが驚きの声をあげるかと思いきや、この騒ぎを眺めている港の人々は、何事も無いかの様に、青白い光の競演を眺めている。
そしてにゅるんと海中に飛び出す馬の赤ん坊。それを無数の水の貴婦人達が支え上げ、メーアメーアと共に海上へ押し上げてくれた。
「ありがとう、海の精霊達」
一同、ホッと胸を撫で下ろす。すると、人々が一斉に暖かな拍手を贈り、この生まれ出でた新しい生命を祝福した。
片や闇の中。
のそりと立ち上がる影二つ。そこはショア城の城壁の裏手。
「やはり‥‥」
「止めるで御座る。我等が争う必要は無いので御座る」
「笑止‥‥」
スッと制止する一つの影に、もう一つの影が音も無く襲い掛かる。閃く白刃。微かな音を発て、城壁の岩に火花散る。
暗闘はひっそりと行われた。