●リプレイ本文
●蜂蜜はなんて高価なものなんでしょ!
「蜂蜜、おいていないか?」
物輪試(eb4163)は、すでに何軒かの店をまわっていた。音無響(eb4482)も一緒に、体力回復用の蜂蜜飴の材料になる蜂蜜を探していた。来栖健吾(eb5539)も。しかし、蜂蜜を扱う店はなかなか見つからない。音無響は真っ先に後を任せて分かれた、彼には彼の別の準備があった。蜂蜜の確保が難しいことは別件でよく分かっていたから、人数が多くいてもどうにかなるものではない。
「ここにおられましたか、チームササンの選手方」
声をする方向を向くと、ササン分国の紋章を象ったサーコートを着た女性騎士が立っていた。
「あなたは?」
物輪試は相手の美貌にちょっとふらついたが、どうにか踏みとどまった。
「リーザ・ササン分国王陛下よりチームササンの方々に協力するようにと仰せつかりました」
ササン分国で、分国王の護衛を務める一人で、ネイ・シェーレン。
「蜂蜜を探していたんだ。試合中の体力低下を防ぐために」
「天界人の知恵というものですね。蜂蜜は天界では大量に出回っているようですが、こちらでは品薄です。市内での価格こそ抑えられていますが、品そのものが不足しているため、コネがないと手に入らないものです。特に今はWカップに出場するチームはバ国産の砂糖よりも、比較的安価な蜂蜜の確保に向いていますから。分国王陛下用に確保しておいた蜂蜜を分けてもらうようにします。あ、相応の代金はいただきますが」
このあたりはちゃっかりしている。
「いずれは、養蜂も盛んになるでしょう。出荷量が増えれば・・・。それでも庶民には高嶺の花ですけど」
二人は蜂蜜を練習場に届けてもらう事にして、練習に戻る。今は少しでも時間を確保したい。
●ササンチーム編成
今回のチームササンへの参加者は9名。先発は、
ウッド:フォワード:リーザ・ブランディス(eb4039)
ウッド:ディフェンス:来栖健吾
ウッド:フォワード:ラルト・バーネット(eb5848)
ストーン:ディフェンス:天野夏樹(eb4344)
ストーン:キーパー:ライナス・フェンラン(eb4213)
アイアン:フォワード:フラガ・ラック(eb4532)
物輪試、音無響、ゴードン・カノン(eb6395)の3人は交代要員として待機。待機するだけでなく、外側から敵チームの動きを分析して味方を有利に導くようなことも行う。
「今日は生身でサッカーの練習をするからね」
練習の中心になるのは、天野夏樹。前回の活躍もあるがやはり前回は孤軍奮闘に近い状態を感じた。
「(味方の練習を積ませることによって戦力の底上げをしたい)」
今回は来栖健吾が参加したことで、大幅に戦力強化になったことを期待したい。サッカー経験者の天界人は、まだまだ戦力としては大きい。
「まっ、高校の時はサッカーやってたし、活躍したらリーザちゃんに見直して貰えるかも」
という期待を来栖健吾は抱いているが、さてどうなることか。
「サッカーは集団スポーツ。こっちのWカップは6人しかいないけど、天界では11人でやるものなの」
そのため、ボールのパスやドリブルが非常に重要になる。
フォワードはまず、基本としてボールのキープ力を高めつつドリブルを練習する。ゴーレムは動きのイメージを伝えて動かすもの。そのためにはまずは生身でイメージをつかんでいくしかない。味方の練習を見る分、夏樹自身の練習時間は少なくなる。しかし、チームの総合力としては上昇するはずであった。
フラガ・ラックは夏樹の指導のもと黙々とパスワークを練習を行って、さらに今度こそ得点するために、シュートの練習を加えていく。
「天界には『キャプテン・ウイング』なる軍記物語(←漫画という概念を理解していない)があり、それによると独創的なシュートに名前をつけ、それを試合で決めることにより、味方の戦意高揚と敵の士気低下を図ると聞きました。その故事に習い、味方からのパスを、カウンターアタックの強打とポイントアタックの精密さを合成して打ち込むダイレクトボレーシュートを『サザンクロスシュート』と名づけ、これを決めることによりチームササンの勇名を世に轟かせます」
意気込みは良いのだが、『サザン』は分かるにしても『クロス』はどこから出てきたのか分からない。
それを実際にライナス・フェンランがキーパーとして構えて待つ。
「そろそろ、まともなコースに蹴ってくれぇ。練習にならないぞ」
構えて待つが、待つばかりで一向にボールが来ないので思わず叫んだ。フラガの蹴ったボールは一向にライナス・フェンランの方向に向かって飛んでくれない。
「じゃ、こっちからいくよ」
来栖健吾は、他の二人のフォワードに教えたばかりのインフロントキックでゴールを狙わせた。ゴーレムは足の形状が人間とは多少異なるが、こつは同じ。後はゴーレムに乗った時に微調整すればいい。
「チームリグは6人だけらしい」
依頼の締め切りによって対戦チームの人数が分かる。体力を無駄に消耗させて3人動けなくさせてしまえば勝てる。
「そういう勝ち方はしたくないけど」
リーザは口を濁した。予選Aリーグでは前回負けているだけに今回勝たないと決勝トーナメントは自力進出は非常に難しくなる。
「決勝トーナメント進出の4チームはゴーレムが1チーム分提供されるってのが」
ゴーレムがあれば、ゴーレムを使っての練習にもっと時間がとれる。それはチームの強さにつながる。来年は決勝進出したチームと進出できなかったチームとでは、サッカーの熟練の差が大きく開くだろう。
「向こうが勝手に動けなくなるのは、向こうの問題。こっちは全力でプレーすればいいだけ」
「ところで『キャプテン・ウイング』って何?」
「え? 天界にはいろいろあるのよ」
夏樹はごまかした。良く知っているだけに、基礎ができていないところを妙に真似されて今のフラガのような状態になるのが怖い。
「ノントラップボレーシュートなんてそう簡単にコントロールできる技じゃないの」
「蜂蜜を持ってきました」
ネイ・シェーレンが、音無響に手伝わせて蜂蜜の入った器を運んできた。
「とりあえず、これだけあれば試合には足りるでしょう」
天界人から見れば、僅かな量でしかないが、これでもウィルで集められる量としてはかなりのもの。
「ではこの先はお任せします。天界人独特の方法があるんでしょうから」
ゴードン・カノン、来栖健吾、物輪試の3人は蜂蜜を受け取るとそれぞれの方法で栄養ドリンクを作り始める。とりあえず機能優先、味は二の次。蜂蜜とは言っても、天界のものに比べると不純物が多い。塩もしかり。チームリグがあれほどの効果をあげたのは、医学関係者がいたのだろうか。
●試合
「モノにできたか?」
キーパーのライナス・フェンランは、フラガ・ラックに聞いた。
昨日は午前中だけだったが、実際にゴーレムを使ってスタジアムで練習ができた。
「う・・・私は本番に強い」
「期待しているぜ」
昨日の午後はチームリグの練習を見ていた。やはりディフェンス重視の練習をしていたようだった。
「前回のチームリグはディフェンス重視のカウンター攻撃だった」
物輪試は今回は敵の動きを見て知らせるつもりだが。
「チームリグは定員だけ、体力温存は必須」
6人ギリギリのチームリグには、体力的余力は少ないはず。
「こっちは3人も交代できる。終始攻め続けて主導権を握っていこう」
リーザの意見を否が頷く。
「エーロン王子より、良い試合をしてウィルの国威をおとしめることのないように、というお言葉がありました」
ライナス・フェンランがチーム編成を報告にいった時に、エーロン王子直々の言葉をもらった。
「相手がリグだからか?」
ラルト・バーネットが呟いた。
「フォロが引き分けた相手に勝ってくれという意味だろう。ウィルの国の意地を見せろということだろう」
ゴードン・カノンは、盛り上がった。
そして試合が始まる。
上空にはジャッジを乗せたグライダーが。ライン外にもジャッジを乗せたチャリオットが試合を監視している。ジャッジたちはすでに5試合目になる。
予想どおり、試合日は晴天に恵まれ、多少暑さが夏に戻ったような感じはあるものの、風には秋を感じる。
「日陰は涼しくなったが、選手達はゴーレムの中ではどうだろうか?」
「心配ですか。殿下」
「決勝トーナメント出場チームには1チーム6体のゴーレムを提供するということは、Wカップはトルクにそれだけの利益ともたらしているということだろうな」
「それは殿下の思いのままに」
「Wカップのゴーレムの動きは通常の戦場で行う動きよりも、素早く繊細だ。それを付与したゴーレムをどう使うか、問題はそこだな」
「トルク家はフォロ家に協力しています。それを忘れぬように」
「では楽しみにしているとしよう」
●いきなり失点
前半はリグのキックオフで始まった。
フォワードの3人は、リグ陣地に入っていく。予想どおり、リグはアイアンのワントップ。残りはキーパーとディフェンスのみ。
「アイアンでも一人なら十分にボールを取れるだろう」
来栖健吾のウッドが攻め上がってくるアイアンに接近する。ストーンの天野夏樹はその背後で警戒にあたる。リグ陣営はディフェンス重視といえど、ディフェンスのラインがゴールよりではない。一人くらいサポートに入ってくる可能性はある。
「塞がれたらバックパスして、フリーになったところでパスを受け取るなんてのはお見通しだよ」
天野夏樹は来栖健吾とゴールの間に待機する。
「なんだって」
ライナス・フェンランは敵の動きに目を剥いた。ウッドの来栖健吾が軽く抜かれた。
「ボールを足で踏んで回って?」
初めてみるクライフターンにライナスはあわてた。
「あのアイアンは天界人で、サッカーの経験者!」
クライフターンなど、簡単に習得できるものではない。来栖健吾が軽く抜かれたのはクライフターンを使ってくるとは思わなかったことが原因だろうけど。
「クライフターン使うアイアンに、スピードで対抗できるか?」
自問してみるが、その前にアイアンが迫ってきた。
マークして時間を稼ごうとする。その隙に来栖健吾と挟めれば、カウンターにつなげることができる。
しかし、天野夏樹が自覚していない動揺がゴーレムの動きに出た。心で動かすゴーレムは気づかないほど小さな動揺も、動きに影響は出てくる。アイアンがその天野夏樹の脇を抜けていく。
「天野夏樹まで抜かれた? 絶対に止めてやる」
前回の1点の失点で負けた今度はそうはさせない。ディフェンスの二人が抜けたことで逆に闘志が燃え上がった。リグのアイアンにも伝わるのか、向こうも決意が動きに現れる。
アイアンからのシュート。コース取りが絶妙。ライナスは再び失点した。
「闘志が空回りか!」
「気にしないでいいよ。あのコースはとれない。敵のテクを褒めよう。でも次は止めよう」
天野夏樹が脇で励ました。
「リグめ。いい気になるなよ」
フラガが何もすることなく自陣に戻る。先制点を取ったことで浮かれているリグに目を向ける。
「冷静になれ、熱くなり過ぎると見える物も見えなくなります」
ラルト・バーネットが初戦にも関わらず、アドヴァイスしてきた。
「協力してくれ。サザンクロスシュートをうつ」
「リーザさん、どうしますか?」
「前半でコントロールできるようになるか?」
「してみせる」
「分かった。できる限りボールを回す」
防御重視でカウンターするなら、こちらも対抗手段を講じなければ。
ササンからのキックオフ。フラガは真っ先に上がっていくが、そこにリグのウッドがマークしてきた。
「こいつ」
完璧にマークされてフラガへのパスはほとんど通らない。しかも、ラルトやリーザにもマークが付いてパスも出しにくい。マークの僅かな隙を付いて出したパスももう1体のディフェンスがパスコースを読んでカットしてしまう。しかしマークされるよりもマークする方が消耗は激しいはず。
ササンのディフェンスも先程の失点によって敵のアイアンを2体で完全にマークしてカウンターを封じていた。シュートされても、味方のディフェンスの方に弾いて、クリアする。
リグのワントップの攻撃には対処できるようになっていたが、マークされた者が蹴り出すパスを同じくマークされた者が、新しい技に使おうを試す。攻勢の方も膠着していた。
リグの体力が消耗するまでここまま推移するのか。
「そんなことはさせない」
前半終了間際、フラガがサザンクロスシュートを放ったが、ゴールの上を越していった。
●覗くな!
「インターバル中に少しでもさっぱり出来た方が、後半の気力も上がるかなぁと思って。えっと、ちゃんとベンチの隅の方は布で囲っておきました」
音無響は自慢げに言ったが。
「まさか覗く気じゃないでしょうね」
リーザと天野夏樹に言われた。
「そんなことありません」
とはいえ、シャワーでもないと。しかしシャワーほどの時間はない。
用意していたドリンクを飲んで渇きを癒す。
「ゴーレムから出ると、前回よりも涼しさを感じる」
前回はゴーレムから出ても暑かった。
「ラスト5分に集中攻撃ってことでいこう」
リグの体力の消耗なら最後まではもたないはずだ。
「ディフェンス重視でもあのマークなら勝機はある」
ゴードンは言い切った。
「まだ試合はできそうか?」
物輪試は全員の顔色を見る。無事そうだ。
「後半の半ばまではあたしとラルトで敵を走らせる」
そしてボールをラインアウトさせて、消耗した二人を物輪試、音無響、ゴードンのいずれかと交代。その後は、連続攻撃で一気に逆転する。
「リグのアイアンは任せて」
天野夏樹は後半はリグのアイアンを完全にマークするつもりだ。
「来栖健吾、ゴーレムはどうだ? ってどこに行った」
せっかく作ってきた果物の蜂蜜付けをリーザに食べてもらおうとしたところ、ベンチ隅の布の中から聞こえる。
「それでその瘤ってわけ」
夏樹のあきれ顔。
「まさか、事故だ。下着姿なんて思っても見なかった」
「後半まだ動ける?」
「動いてみせる」
●追いつく!
後半はササンからのキックオフしかし、ゆっくり上がっていったドリブルがリグ側のゴーレムがスライディングタックルに入った。スライディングタックルはかわしたものの、ボールはかなり放れた。それを狙ってリグ側のゴーレム達が走り抜ける。
「え?」
リグ側はキーパーを除いて、ディフェンスまでも攻撃に入っている。
アイアンのフラガを残してフォワード二人が僅かに自陣に戻り始める。しかしその前に、5対2の戦いの末にパスワークで防御の隙を突かれて2点目が入ってしまった。
「またか」
しかしキーパーは1回目のシュートを弾く。そのこぼれ球を本来ならディフェンスがクリアするところが、こちらの陣地には敵数が多すぎるため、クリアされずに敵側のボールになってしまう。
そこをゴールされた。
「今度はこちらの番だ」
フォワードの3体がチームワークを発揮させつつ、ボールをパスで回していく。
後半の半ばから、リグのアイアンの動きが悪くなってきた。
「そろそろか」
さらにフラガをマークし続けたウッドも、目に見えて動きが悪くなってきている。
ササンの猛攻が始まる。
マークを外したフラガはリーザのパスに合わせて、サザンクロスシュートを放つ。キーパーはかろうじて反応してボールを弾いたが、かなりの手応えを感じた。こぼれ球をササンのフォワードにゴールを決められないように、ボールを体でかぶさるようにしてゲットする。
「敵も必死だな」
リーザとラルトはタイミングを見計らって物輪試とゴードンに交代する。
リグ側は徐々にではあるが、消耗しているようだ。フォワードが交代したことで、交代要員の有無の差を見せつける。
フラガはフォワードの二人が交代したことで、パスの位置に違いが出たが、それでもチャンスさえあればサザンクロスシュートを放った。
絶対ゴールに入る位置からのサザンクロスシュートに、厳しいマークをしていたウッドが体をボールび軌道に割り込ませた。ウッドの一部が砕ける音がした。ウッドはそのまま動かない。
ジャッジは反則をとっていない。ボールに当たりに言ったのはリグ。
邪魔されたボールを自分でドリブルしていって、ゴールをたたき込む。
そして、ウッドが破損したためゴーレムを交換して再出場にもたついている間に、同点のシュートをきめた。
「時間か」
結局試合は2対2で引き分け。しかし、サザンクロスシュートによって攻撃力は大幅にアップした。
これでチームササンは、勝ち点1得失点差−1。