●リプレイ本文
●精鋭達
「昨日試合のチームリグ。後半の半ばまで押していたのに、交代要員の不足で引き分けている。どんな精鋭を揃えても、交代要員がいないと厳しいってことだ」
篠崎孝司(eb4460)は今回は医療サポートに回って、選手全員の状態管理をしている。
「ゴーレム同士の接触などで揺れた時、制御胞内で頭ぶつけたりとかは? 車事故の怪我の多くも車内部で体を打つのが原因だし兜とかいるか?」
初出場の時雨蒼威(eb4097)はそのあたりに疑問を感じた。地上ではシートベルトをしていても、頭をぶつける場合もある。
「心配ならしておけばいい」
バルザー・グレイ(eb4244)はそっけない口調で言った。その視線の先には、エリザ・ブランケンハイム(eb4428)がいた。彼女はトレードマークにして最終兵器オデコを隠してなどいない。
「基本的に故意に破壊しようとしない限り、制御胞までダメージがいくことはないのじゃ」
エトピリカ・ゼッペロン(eb4454)が付け加えた。
「チームウィエが味方のゴーレムを空中に飛ばしたことがあっただろう? あの時も制御胞の中にいた鎧騎士は無事だった。自分から故意にぶつけなければ」
余程座高が高くない限り、座った状態では制御胞の上部に頭をぶつけることはない。
「いずれにしろ。今回はリカバーが使える白クレリックも怪我に対処するためにベンチ入りしてくれることだから、心配し過ぎない方が良い。かぶった方が安心できるならそれでもいいが、兜のために聞こえにくくなったらその方が問題だ」
まだ兜タイプの風信器はない。
「好きなようにするさ」
「ねぇ、甘いものの手配したい人いる?」
前回チームトルクで活躍したティラ・アスヴォルト(eb4561)が見回した。
「チームトルクはチームリグに痛い目にあってるのじゃのう」
「手に入りにくいと思うの」
「確かにウィルでは手に入りにくい」
昨日の試合で、そのチームリグの選手として活躍したエルシード・カペアドール(eb4395)が、甘いもの事情について話した。
「コネがないと無理か」
「天界だと蜂蜜も砂糖も簡単に手に入るのにね」
冥王オリエ(eb4085)は、自分は練習の時間を割かれたくないから友人を使って、ジュネに援助物資の手配を頼んでおいた。
「こういうことはやぱり、チームの‥‥」
バルザー・グレイが言い出した時に背後から声がした。
「甘いものの手配をすれば良いのだろう?」
ルーベン・セクテが姿を現した。
「もちろん、実費は払います」
「節度を持って買い占めさせてもらうか」
「買い占め?」
リューズ・ザジ(eb4197)は聞き返した。
「リグとササンも手配していた。次の試合はどうにかなるだろうが、最後の試合までは在庫が底をつくぞ」
通常どおり買う家はすでに使う分を買ってしまっているだろうから、フリーに売られている蜂蜜などの糖分は多くない。
「冒険者は金があるから、買い占めもできる」
「節度を持って買う分にはいいだろう。限度を超えれば」
「被害者が出るか」
甘いものを扱う食物屋は、ウィルでは営業していなかった。もしあったとしたら、材料がなくて営業停止に追い込まれることだろう。
それぞれ甘味なり果物なり果物なりの手配をルーベンに依頼して練習に入る。冒険者ではこれらを手にい入れる伝は少ない。時間をかければ、市場にきている出店に頼んでおくなりして確保できるが、試合は明後日。間に合うとは限らない。
「甘味料は入荷量が少ないから」
コネがないと入手は難しい。ルーならそのあたりも懇意にしている商人が多い。どうにかなるはず。相手はフォロ。その気になれば政治的に入手を邪魔することはできるだろうが、そんなことはしないだろう。
「今回のネコは小さいのだな」
ルーベンは時雨蒼威のペットに目を向けた。
「試合の時は鎖が檻でつないでおきます」
「一般人の入ってこないベンチの中だけなら、鎖でつながなくても被害をうける一般人はいない。それでも試合中にベンチからエスケープされる危険はあるか。猫は放し飼いだからな」
「セクテ侯はペットが嫌いだったのでは?」
「誤解するなよ。一般人に、物理的精神的危害が及ばなければ、拘束することは強要しない。なりふりかまわない領主なら、領民を犠牲にしてでも魔獣を用いるだろうがな。俺はそんなことはしたくない、領民あっての領主だ」
とはいえ、ルーベンの周囲には一般人がいることが多い。ウィルで起きたペット問題は、一般人がどう脅威に感じたかが重要であって、実際に魔獣が危険かどうかは問題ではないのだ。
「相手はチームフォロ。王家であるフォロ家に楯突くなどという輩がいるかも知れないが無視しろ。もしォロ家が王家の名を出して負けることを強要したなら、自ら威信を地に落とすことになるだけだ。弱いチームなら、恥を掻かさない程度に手を抜いてもかまわない。しかし決して弱いチームではない」
「試合の方針は‥‥」
試合のゲームメイカー冥王オリエが口を開く。
「一切任せる。練習メニューも試合運びも。私は選手諸君が試合で全力を出せるように条件作りだけを行う。これからも。では物資の手配に行ってくる」
「味方にしているなら良い人物ね」
リューズ・ザジ(eb4197)は小気味の良さを感じた。今回チームセクテにはトルク領男爵の時雨蒼威と男爵待遇のリューズ・ザジがいる。赤備準団員のエリザ・ブランケンハイムとエトピリカ・ゼッペロン、セレ家従騎士のエルシード・カペアドール。ティラ・アスヴォルトとリューズ・ザジはチームトルクのメンバーでもある。背後関係どうこう言いだしたら、フォロ内部で離反が起こり、セレとトルクがこぞってフォロに侵攻するようなことになる。
「Wカップに政治を持ち出す奴がいるんだろうか?」
オードリー・サイン(eb4651)は疑問を口にした。チームを変えても良いという布告が出ている。
「一応建前は友好のためだろうから、表立ってはやらないだろうが」
篠崎孝司も地球のスポーツに国を思惑が混じることがあったのを覚えている。
「騎士道を重んじる国で、それはないと思いたい」
「そういえば、エルシードは次回どうする?」
セクテの次の相手がリグ。昨日のリグの試合にも出ている。両方のチームがあてにしていたら。ルール上はともかく、人間関係は気まずいかも知れない。
「自分の実力の発揮できるチームに入ればいいさ。少なくとも、前半後半で別チームに出場するわけじゃないんだ」
オードリーが言い放った。
「元気がよいな」
エーロン王子が激励に来た。
「殿下自ら、おいでくださるとは」
「良い試合をしてほしいからな。ゴーレムを破壊しない程度に、健闘を祈る。ゴーレムが壊れると、ゴーレムニストたちが大変だろうからな」
「ご期待にそうよう、チームセクテ全力で戦うことを誓います」
「頼もしい」
と一言。帰り際に振り返って。
「そうそう忘れるところだった。今回別チームから参加している者もいるようだが、経験を積むには実戦が一番だ。いろいろ経験して一番良いところに腰を落ち着けるが良い。自らの騎士道に照らして後ろめたいことがないなら何も問題はない。主催者としては、フォロに来いとは言えないからな。この試合でチームセクテがチームフォロを破っても、政治的には何も問題は起こらない。ま、選手間の問題までは保証せんぞ」
●練習
チームセクテの司令塔は、キーパーのオリエ。今回は前回よりも参加人数が多い。しかも、篠崎孝司がチームドクターの役目をするし、エトピリカ・ゼッペロンはどこで聞きつけたのか『マネエジャ』なる役目を引き受けている。
時雨蒼威とティラ・アスヴォルトのサッカーボールを使って、天界のサッカーの動きを確認することから始める。
「チームリグではクライフターンを使って簡単にフォワードがディフェンスを抜いていた」
「クライフターンか。2トップでも有効な戦術、しかも攻撃の幅が広がる」
習得できるだけの時間があるかというと難しい。決勝までには使えるようになっているだろう。試してみるにはいいかも知れない。
「できる?」
「まさか」
「だろうね。試合は何人かが良く見ていたはずだから」
決勝トーナメントまでには物にできる選手いるだろう。
練習はオリエの指揮のもと、連携プレイ、パスワークそして、フォワードとディフェンスに分かれての試合形式の練習が行われる。
フォワードはディフェンスの穴を探し、ディフェンスはフォワードの動きを読む。
パスを出すタイミングやボールの捌き方をサッカーの試合を見たことがある地球から来た天界人が教えていく。
アトランティス人とどれだけサッカーに慣れさせるかが、長期的に見た場合の戦力アップにつながる。
●チームセクテ編成
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ウッド:フォワード左:エリザ・ブランケンハイム
ウッド:フォワード右:バルザー・グレイ
ウッド:ディフェンス右:エルシード・カペアドール
ストーン:ディフェンス左:時雨蒼威
ストーン:キーパー:冥王オリエ(ストーン)
アイアン:ディフェンス中央:オードリー・サイン
控:リューズ・ザジ、エトピリカ・ゼッペロン、篠崎孝司、ティラ・アスヴォルト
――――――――――――――――――――――――――――――――――
堂々の10人態勢。もし4人が消耗し尽くしても4人の交代要員がいる。
「前回よりも余裕がある上に、もしも怪我にはクレリックまでいてくれて、健康管理のチームドクターがるうえに、ちょっとトウは立っているが美人の『マネエジャ』がいる。これで勝てない方が不思議だ」
時雨蒼威は景気づけに言ったが、背後から殺気のようなものを感じた。エトピリカ・ゼッペロンがにらんでいる。美人は当然としてもトウが立っているというのは、エルフだから仕方ない。
司令塔はキーパーのオリエ。前回同様にオリエがキーパーとして活躍するようだとチームは危ない。前回と違って、今度の相手はフォロ。
「活躍しそうかな」
キーパーが活躍するということは、それだけ試合が押されているということ。そんな事態にはなりたくない。
「敵のフォワードのシュートはすべて止めてやるさ」
ディフェンスの中央、アイアンに乗るオードリーからの声が聞こえる。
チームフォロのキックオフ。ツートップでアイアンがボールをドリブルで上がってくる。逆サイドにはウッドが上がっていた。
「エルシード、ウッドをマークして」
ルエラの指示が飛ぶ。敵陣に入ってしまうと指揮は厳しいが、こちらの陣地内なら全体が見渡せる分指揮しやすい。
フォワードのバルザーは敵陣に侵攻しているが、早くもマークが付いている。そしてもう一人のフォワードのエリザがドリブルでゆっくり上がってくるアイアンにウッドの瞬発力と全重量をかけたスライディングタックルをしかける。相手の足にあたれば、確実にファールを取られる危険な手。上空とライン側の両方のジャッジが視線を向けているのは分かる。
相手のアイアンにとってはまさかのスライディングタックル。エリザのウッドの足はボールを蹴る瞬間にボールをあたった。ボールの後方には蹴ろうとしたアイアンの足があった。体重がすでに移動していたアイアンは前に着くべき足をボールで弾かれてエリザのウッドを飛び越えるようにして頭から大地にダイビング。頭の部分には大きな穴ができる。その程度で動けなくなることもないが、精神的なショックはあったようだ。
「今のうちに」
エリザは輝くゴーレムヘッドを前傾させて、ドリブの速度を速める。逆サイドにはバルザーがいるが、すでにフォロのストーンがマークに着いている。
「ここは私は頑張らないと」
予定していた早いパスワークは敵の素早い反応によって、遮られた。サイドに分かれずに2体とも中央をパスで突破していけば良かったかも。
そう考えた時背後に、気配を感じた。
「パス封じ?」
そして前方からストーンが近づく。
「ぶつける気、いいじゃないぎりぎりまでつきあってあげるわよ」
ボールにタックル仕掛けるからともかく、ボールをもっていない状態でぶつかれば、相手のファールになる。直前にボールを離して回避すれば。そのために背後のゴーレムに取られない位置にしなければ。
向こうのぶつかる直前で回避、こちらもボールを離した位置にそのまま走り込む。背後のウッドから間一髪のところで再びドリブルに入る。
「ストーンは?」
ゴール前に走り込んでコースを塞ぐ気だ。
「バックパスいつでもいいぞ」
ボールがフォロ陣地に入っているため、オリエのー采配でディフェンス中央のアイアン、オードリーがセンターラインを越えて上がってきていた。
「敵のフォワードは時雨蒼威とエルシード・カペアドールが完全にマークしている」
特にエルシードはササン戦でアイアン相手に、試合時間のほとんどをマークして動きを封じた経験がある。
「分かったわ。いくわよ」
単純にバックパスを出したのでは敵に奪われる。サイドに向かうと見せかける。前方のストーンが、逆をつかれたように動きが変わる。後方のウッドも方向を変える。今度はミドルシュートの態勢。そしてシュートを打つと見せかけてバックパス。
オードリーがアイアンの胸でワントラップ。完全にフリーな状態。そのまま中央を駆け登る。ゲイザーがサイドからストーンを引き離して前進する。エリザも敵のスートンに邪魔されずにシュートを打つ位置に付こうと走り回る。しかし、これもフェイント。
「かかったわね」
オードリーからのインフロントキック。エリザ高く上がったボールを待ち構える。
「ここままヘディング。まずい」
フォロのウッドが、コースを塞いでいた。とっさに走り込んできたバルザーの足元にヘディング。それをバルザーはノントラップでシュート。
フォロのキーパーもヘディングを予想していたが、目の前の味方のゴーレムに塞がれて、とっさに出したボールが死角を突く攻撃になった。
「どんなにキーパーが優秀でも、ボールが見えていなければとれないだろう」
試合は1対0のまま前半を終えた。
●インターバル
「エルシード、まだ大丈夫?」
フォロのフォワードのアイアンをマークし続けているエルシードの消耗が心配だ。
「フォレストノートを振りかけたタオルだ、使ってくれ」
時雨蒼威の用意した香水を振りかけたタオルで、多少はメンタル面を補強したはずだ。
「全員水分補給と糖分補給を忘れないように」
実際に走っているわけではないが、糖分の消耗は同じくらいだろう。糖は頭の栄養。
「オードリー、まだ動ける?」
「あと少しなら、でも交代しておく」
後半が始まってからでは交代している間は、チームが1名減の状態になる。一発で機動に成功しても、時間的には1点ぐらい入る可能性はある。
「それでは私がかわろう」
ティラが名乗り出た。前半から、ベンチで応援の声をあげて雰囲気を盛り上げていた。一般庶民席(椅子も座布団もない)には、チームセクテのサポーターがすでに結成されていた。ティラの声援に呼応して大きな応援の声があがっていた。
「セクテだからでしょうか」
チームフォロには、まだ組織だったサポーターはいない。カーロン王子の人気で、ある程度は集まっているようだ。
バルザーはエトピリカと交代する。エリザも前半からの積極的な攻勢で、リューズと交代する。
「エリザにあやかって」
リューズは前髪をピンで留めて、額を出す。
時雨はまだ余力を残している。
「後半はフォロも追い詰められている。本来なら前半で得点して守りきりたかったところだろう。逆にあせりを突いて、一気に突き放す」
「そういえば、フォロのチームワーム微妙に悪くないか?」
時雨にはどうも連携が悪いように思える。こちらに攻め込んでいる間はパスワークもいいが、フォロ陣営では悪くなる。
「司令塔はキーパーじゃない。ディフェンスの誰か。しかし」
それだけではなさそうだ。
●後半戦
チームセクテは後半戦も積極的な攻勢に出た。リューズとエトピリカ、さらにアイアンのティラが前に出てパスワークでフォロのゴールを幾度も脅かす。
ディフェンスの防御にほころびのようなものを感じる。
「フォロのキーパーなかなかじゃ」
エトピリカは絶妙のコースを止められて、称賛した。
「今度はワンツーパスで」
3人とも後半からの投入のため、最初から全力で飛ばす。
「邪魔だけなら徹底的に邪魔してやる」
時雨は、フォロのディフェンスから送られてくるロングパスをカットしてはフォワードの3人に送っていた。
2点目が入る。
その後一時的に時雨がマークしていたウッドが、交代する。
セクテもタイミングを合わせて、篠崎が時雨と交代する。
「天界人か」
ボールを追う動きが違う。やはり、サッカーを見慣れている者の方が即応力が高い。
「簡単にはロングパスをカットできなくなったが、ボールを奪うのはパスだけじゃない」
篠崎は、ドリブルに入る相手からボールを奪い取る。
そして。時間終了。結果は2対0
「勝者チームセクテ!」
ヒロインインタビューはエトピリカ・ゼッペロン。
「何はなくとも、『ボールと友達』になるのが肝要と聞くのじゃ!」
●事後
「リューズ、ティラ二人とも明日からはチームトルクに戻ると聞く。この試合で得たことをチームトルクで活用してもらいたい。チームセクテメンバー称号は、名誉称号を思ってくれ。たった1戦であっても共に戦った仲間であったと。それからエルシード、チームセクテの次の対戦相手はチームリグ。敵となるか味方となるか分からないが、良い試合をしよう。皆も今後の活躍に期待する。白クレリックの二人の祈りが通じたせいか怪我人がでなかった礼を言う。じゃメシでも食いに行くか」
「どうせ『竜のねぐら』でしょ!」
「よく分かっているじゃないか」
ルーベンの発言によると兼任は問題ないようだ。勝ち点6、得失点差3点。決勝トーナメントへの進出は確実だろう。