●リプレイ本文
●チームリグリプレイ
「セレの騎士として、及ばずながら微力を尽くさせていただきます」
今回チームリグに初参加するエルシード・カペアドール(eb4395)は、チームリグの世話役であるマレス・リーリングラード卿に挨拶に来た。
セレとリグとシーハリオンを介してお隣同士。地理的にはウィルの中では一番近いはず、今後の友好関係のためにもなる。
「ご高名はかねがね。噂では治療院の創設のためにセレまでグライダーを操っていたとか。さらにWカップの開催準備委員会にも尽力されている。ウィルとリグの友好のために感謝します」
「山田リリアは欠場か。残念だが、いたしかたない」
前回はリリアの知識と機転で、数に勝るフォロと互角の勝負ができた。今回もリームリグは6人編成。どうにか定員そろったが、交代要員がいない。相手であるササンチームは9人。3人消耗しても交代できるというのはかなりの強みになる。しかし、天界人の数だけを見れば、向こうは4人でこちらは3人。一人しか差はない。今の段階では9人のうち誰が先発で出場するかは分からない。
「今回は我々で、試合用の飲み物を用意します」
ハルナック・キシュディア(eb4189)、鳳レオン(eb4286)、アリア・アル・アールヴ(eb4304)、穂妻雪久(eb5653)の4人はその金を準備していた。
「それは助かる。しかし、金を準備しても、物が手に入るかは分からない。君らは金を出して、物の調達は私の方で行おう。その時間も練習に費やしてほしい」
4人はそれぞれの準備金を手渡す。
「生身の練習用にはリグ大使館の庭を用意させているが、どうする?」
リグ大使館の庭なら、観客なりスパイなりに見られずに練習に集中できる。しかし、サッカーそのものの人気を高めるには、人目に見せた方が良い。
「基礎的な練習は、人目につくところで行おう」
草薙麟太郎(eb4313)が提案した。
「では秘策の練習をする場合には、大使館庭の庭を使ってください」
そろそろ、サッカーの作戦もチームごとの色が出てくるはず。
「では途中から利用させていただきます」
「壊れ物はないはずですから」
リグの大使館といえど、ガラスなどはない。庭に面した窓の鎧戸を閉めるだけ。わざわざ狙ってシュートでもすれば壊れそうだが、そうでなければ壊れないくらいの頑丈さはある。
「では私は、物の手配をしてくる」
「それじゃ、俺たちはその分練習に打ち込もう。それにチームリグの知名度をあげるために」
「マレス卿も口では軽く言っているが、手配は大変だろうに」
地球から来た天界人にとっては、こちらの食料事情は良く分かっている。甘いものは天界に比べるべくなく貴重品。それでもウィルには貴族の館が多い事もあって比較的多く入ってきているが、かなり高価。冒険者は高額報酬のため、高くても買えないわけではない。しかし、品薄である以上は売り物がない時も多い。時に甘味は。
「甘いものというと、お菓子とか懐かしいな。疲れた時のチョコレートとか」
アトランティス人には分かりにくい会話だ。アトランティスにまだないチョコレートが言葉は音のまま伝わるが、どのような食べ物なのかは分からない。
そんな会話をしながらも、練習は行われている。パスワークやドリブルを一通りやると、周囲を観客が囲っていた。スタジアムの最も低い、席すら用意されていない場所は試合観戦では一般庶民も安い入場料で入ることができる。最初はゴーレム珍しさに来た者たちも、試合そのもの、サッカーというゲームにも興味を広げていた。
「最初の第一試合のフォロ対リグは、一般庶民席は無料だったらしい。スタジアムに行くためには城門の通行税もフリーになっていたようだ。娯楽の提供ということらしい」
ゴーレムに乗ってのサッカーはできないものの、サッカーボールに見立てた布製の球体を蹴るような行動がウィルのあちこちで見られるようになっていた。天界人をサッカーという一つの文化で受けいれるという試みとしてが成功しているということだろう。
「ではサッカー先進の天界人としては、ちょっとした技をみせてあげしょうか」
鳳レオンはディフェンスのハルナックと草薙麟太郎とエルシードの3人を相手に、ディフェンスの防御を切り抜けるためのクライフターンをやってみせる。
「クライフターンか」
草薙麟太郎は鳳レオンの技を見極めた。
「クライフ?」
エルシード・カペアドールが聞き返す。
「ああ1974年の西ドイツワールドカップで、オランダのクライフという選手があの技を使って活躍した。そのためクライフターンという名前になった」
今回はフォワードは鳳レオン一人、ドリブルとターンの組み合わせで敵陣に切り込むことになるだろう。
3人の抜いた鳳レオンに周囲から拍手が巻き起こる。
「そろそろ休憩にしよう。無理して後が続かないと厳しい」
アリアは声をかけた。
練習に夢中になっていたためか、かなり時間が経過していた。
「あと一人か二人いてくれると楽なんだが」
「ねぇ提案なんだけど」
エルシードが話しかけた。
「なんだ?」
「サッカーでフォワードがディフェンスを抜く時の技できる限り見せてくれない?」
「そういえば、どんな技があるか分かればボールの軌道を予想できるか」
さっきのクライフターンはクライフターンを知らない二人は簡単に抜ける事ができたが、草薙麟太郎は抜きにくかった。
「そうだよな。ボールを見てからでは間に合わない」
事前の態勢や足の向きからターンを見極めれば、カットすることができる。
「それじゃここから先は大使館の庭でやるか」
観客達に手を振って大使館に向かう。選手は少なくとも一般人の声援は十分に高い。これから暗くなるまでチームリグの秘密特訓が始まる。
●リグチーム編成
ウッド:ディフェンス:草薙麟太郎
ウッド:ディフェンス:エルシード・カペアドール
ウッド:ディフェンス:穂妻雪久
ストーン:ディフェンス:ハルナック・キシュディア
ストーン:キーパー:アリア・アル・アールヴ
アイアン:フォワード:鳳レオン
リームリグのメンバー編成を大会委員会に報告する。
「ルールは分かっていると思うが、3人退場になれば失格だ」
エーロン王子が報告にきたアリアに声をかけた。
「殿下に良い試合をご覧にいれます」
「しもべであり、狩りの供までしたものが、無様な試合をしたら」
エーロン王子の威厳に傷がつく。
「勝て! フォロと引き分けたチームが負けることは許さん」
それがエーロン王子流の声援なのだろう。
「エーロン王子、一応大会主催者としての立場上どちらかのチームに入れ込むのはどうかと」
ロッド・グロウリング卿が、エーロン王子を牽制する。
「そうか、ならチームササンにも同じことをいってやろう。もっとも向こうにはしもべはいなかったが。それなら文句はあるまい」
「はぁ、ならば」
エーロン王子から激励があったことをアリアが伝えた。もちろん、あったというだけ。
「チームフォロを引き分けたチームリグがチームササンに破れればチームフォロはチームササンよりも弱いことになってしまうという意味もあるのでしょう。いずれにしろ、王子まで激励して下さったわけですから十二分に戦ってください」
マレス・リーリングラード卿は、初日のうちに、蜂蜜やら葡萄やらジャムを揃えてくれた。
「作るだけはつくりましたけど」
やはり、前回の方が味は良いようだ。効果は同じだと思いたいが。
「リリアさんは天界での医学的知識がありましたから」
鳳レオンが低い声で言った。抜けた影響力は大きいのだろうか。
「レオンいるか? 差し入れもってきてやったぞ」
「ドレニック卿? どうしてウィルへ」
湾岸地帯で取れる果物を持って、以前鳳レオンが依頼を受けた時に依頼主が現れた。
「いろいろあってな。責任取ることにした」
「結婚ですか?」
公にしているということはイムンと話をつけたのだろうか?
「あの時の冒険者たちも招待する予定だ。準備があるから、もうちょい先になるが。試合楽しみにしているぞ」
「ドレニック卿? 豪快な方ですね」
マレス・リーリングラード卿から見ると正反対のような人物。
「真逆でもウマは合うかもしれません」
「思い出した、治療院に海草を送ってくれた人だ」
エルシード・カペアドールが思い出した。
「これどんな味だ。すっぱそうな」
「すっぱい。けど、美味い」
そして試合が開始される。
上空にはジャッジを乗せたグライダーが。ライン外にもジャッジを乗せたチャリオットが試合を監視している。ジャッジたちはすでに5試合目になる。
予想どおり、試合日は晴天に恵まれ、多少暑さが夏に戻ったような感じはあるものの、風には秋を感じる。
「日陰は涼しくなったが、選手達はゴーレムの中ではどうだろうか?」
「心配ですか。殿下」
「決勝トーナメント出場チームには1チーム6体のゴーレムを提供するということは、Wカップはトルクにそれだけの利益ともたらしているということだろうな」
「それは殿下の思いのままに」
「Wカップのゴーレムの動きは通常の戦場で行う動きよりも、素早く繊細だ。それを付与したゴーレムをどう使うか、問題はそこだな」
「トルク家はフォロ家に協力しています。それを忘れぬように」
「では楽しみにしているとしよう」
●速攻
鳳レオンがドリブルで上がっていく。たった1体での敵陣突入。
ササン側は3体のゴーレムが鳳レオンをスルーしてリグ陣地内に入っていく。味方のディフェンスを信頼した行動。
「相手が二人なら抜きやすい」
しかし、ササンの二人のディフェンスはともに天界人。最初はウッドが向かってきた。
「スピードだけならついてこれるって?」
左に向かうとみせて、クライフターンで、右から突破した。
この時、もう1体のストーンに動揺が走った。ディフェンスをあげてバックパスを出すかと思ったとところを突破した。
その動揺をついて、レオンがストーンも突破した。
キーパーとの1対1勝負。
「ディフェンス突破しても、ゴールを奪えなかったら意味はない」
追いすがるディフェンスを引き離す勢いで、キーパーに肉薄する。相手のキーパーの気迫も伝わってくる。
「あっちのキーパーも前回点を取られているのか。しかし、譲るつもりはない」
レオンのシュートがゴールに突き刺さった。
「先制点をとったぞ!」
レオンの大声が味方のゴーレムの風信器から飛び出す。
「ボールの確保頼むぞ」
「抜かせないよ」
エルシードは、ササンのアイアンを徹底マーク。暑さ対策のために、制御胞の中では下着姿。制御胞から外側は見えるが、外から制御胞の中は見えないから安心。もし制御胞まで破壊されるようなことがあればまずい事態になるだろうが、故意に破壊する気がない限り破壊されるはずはない。
ディフェンスの数はリグ側は4人。それに対してササンは3人。そのうち一人が完全にマークされた状態では戦術はかなり制限される。
しかし、数回に1回完全にマークされているアイアンに対してパスを送ってくる。エルシードのマークによって邪魔される上に、草薙麟太郎や穂妻雪久によってパスはほとんどカットされている。そのカウンターがレオンへのパスにつながるが、さすがに今度は相手のウッドがパスカットにストーンがレオンのアイアンの前で牽制に入る。
「こいつできる!」
クライフターンは有名な分だけ、相手が天界人でサッカーの経験者では、予想されやすい。
それでも幾度かはシュートに持ちこめた。
キーパーは弾くだけ弾いて、味方のディフェンスに任せる方針に変えたようだ。こぼれ球を取りにいくところをストーンに動きを読まれて牽制され、ウッドにクリアされている。
リグの陣地でも攻防は徐々に激しさを増してきている。
草薙麟太郎や穂妻雪久が攻め上ってくる2体のウッドをマークして最小限度の動きでドリブルを封じてパスを出させて、ハルナックはパスカットに動く。苦し紛れに、ササンはペナルティエリアの外からシュート態勢に入ったりもするが、それはアリアは確実に抑える。3対3の練習は効果をあげている。例え弾いても、ペナルティエリアの外から来る前に、自分自身でこぼれ球を処理できる。
そしてリグ1点先取のまま前半終了。
●インターバル
「どう思った?」
スタジアム上部から眺める人がいれば、敵の戦術について分かるだろうが。
「マレス・リーリングラード卿いかが思いますか?」
「あれ? エルシードは?」
ちなみに、ゴーレムの制御胞から出るのに時間が掛かっているようだ。
「エルシードがいかに敵のアイアンを抑えられるかが、後半の決め手になる」
「そうだな。前半エルシードが完全にアイアンの働きを封じたから、ササンの戦術は単純になりがちだったけど」
穂妻雪久はササンの方を見た。なにやら騒動が起こっているが、それだけまだ元気だということだろう。
「アイアンがエルシードのマークを外すようになると、厄介だな」
草薙麟太郎もササンのパスが予想以上に練習されていることを考えた。
「それに、アイアンに強引につなぐようなパス。何かありそうだ」
ハルナックも不自然さを考えていた。
「後半最初に一気に攻勢をかけよう」
アリアが提案した。今のところ、フォワードのレオンのみの攻撃では敵陣を突破できない。後一点とれれば、敵に焦りを誘うことができる。やっとエルシードもゴーレムから降りてきた。
6人の視線がマレス・リーリングラード卿を向く。
「勝ち負けは考えないで、後悔しない試合をしてください。責任は私がとりますから」
Wカップの経費は少なくないだろうが、それを言い切ってしまうあたり、信頼されているのだろうか。
「責任を取らされるようなことはしません」
ハルナックが全員を眺める。それに残り五人が頷く。その後穂妻雪久の用意した洋梨ジャムを食べて気合を入れる。
●後半
後半はササンのキックオフで始まる。フォワード3体が、ゆっくりドリブルしながら前進を開始する。そのボールに穂妻雪久がスライディングタックルをかませる。避けられはしたが、草薙麟太郎がボールを奪いそのままササン陣地に走っていったエルシードにパス。さらにハルナックを経てレオンにボールがわたる。
これにはササンのフォワードが動揺した。カウンターできれば、邪魔されずにゴール間際までいける。しかし、そこまで楽観はできないと思ったのだろう。3体のうち2体が後方に下がる。
しかし、その時間を与えずレオンがゴール前に切り込む。進路をストーンにふさがれて、草薙麟太郎にバックパス、さらに逆サイドの穂妻雪久へ。パス回しでディフェンスの防御を崩して再びシュート。キーパーの弾いた球をハルナックが蹴り込む。フォワードが一人ならディフェンスが処理できたこぼれ球もこうなると、厳しい。態勢を崩しながらも、ボールに向かって手を延ばす。かろうじてゴーレムの指先がボールに当たるが、それでも勢いには勝てずに、ボールはゴールの中へ。
「敵のキーパーも良い守備している」
ハルナックは敵の動きを素直に評価した。
さすがに5人、攻撃はその時限り。1回の攻勢でも、今後試合終了までの時間を考えるとギリギリに思えた。エルシードは常にアイアンをマークし続けていた。しかしその分、体力の一番先に低下していた。攻勢の時間が長ければ、その分体力を温存できるのだろうが、あいにくフォワードはレオン一人。レオンもそろそろ限界に近い。それでも、攻勢をかけなければ敵に余力がある分、逆転すらありえる。
後半も残り僅かになった頃、レオンの動きが目に見えて悪くなった。
ここからササン側の連続攻勢が始まった。アイアンをマークし続けていたエルシードの動きも限界に近い。ササン側は3人の交代要員を動きの悪くなった者たちを次々に交代。かろうじてディフェンスの3人が動いてクリアするも、敵陣にいるフォワードのレオンには、ボールをキープし続ける体力は残っていない。ササンのディフェンスからのパスがリグ陣地にいるフォワードに届く。そして‥‥。
フォワードからのパスをマークがはずれたアイアンから、ノントラップのシュートがアリア・アル・アールヴを襲った。かろうじて弾くものの、あやうくこぼれ球をシュートされそうになって、ゴーレムで覆いかぶさるようにしてこぼれ球をゲットする。
「なんて威力だ」
一度の成功に味をしめたのか。ササンの攻撃はアイアンからのノントラップのシュートが中心になる。他のフォワードには3人のディフェンスがどうにかシュートコースを塞いでくれるが、アイアンはエルシードのマークを簡単に外してシュートをうってくる。
「チームワークがうまくなってきている」
エルシードのサポートに入ろうとすると、マークしていたフォワードにボールが回る。
「きついですね」
ハルナックも余力はない。アイアンにパスがわたらないようにカットし続ける。
「そうなんども」
アイアンがノントラップシュートを打つ瞬間。エルシードのゴーレムが体を張ってコースをふさごうとする。
「無理はするな。ウッドでは破壊される」
キーパーとしてボールを捌いたことのあるアリア・アル・アールヴが、叫ぶ。エルシードも反射的にずらすが。ボールを受けた部分が砕ける音が響いた。ジャッジは反則ではないと判定。シュートコースに体を入れたのはエルシードの方。動けなくなったエルシードのゴーレムを放置したまま試合は継続。
ササンのアイアンはそのままゴール付近まで接近してシュートを放つ。アリア・アル・アールヴのゴーレムの脇を通過してボールはゴールに入っていった。
エルシードはある事情によって、ゴーレムから出るのに手間取ったが、予備のウッドに乗り換えて試合に復帰。しかしエルシードが戻るまでに間に、もう一点取られていた。
「2対2で同点?」
人数差は大きかった。全員の動きは目に見えて悪い。キーパーのアリアのみはまだ体力を残していたが。彼だけでは。しかし、それでも、それ以上の攻勢をどうにかしのぎきった。
●引き分け
「ま、しかたありません。悔いのない試合なら」
人数がギリギリというのは悔いにはならないだろう。次回交代要員がいれば。
「ウッドの損害は、私の方で何とかしましょう。責任取ると言った手前。けっこう痛いですが」
マレス・リーリングラード卿は、太っ腹なところを見せた。体型も太っ腹だが。
この結果、チームリグは勝ち点2得失点差0。