這い出る者達の決起A【本隊】

■ショートシナリオ


担当:マレーア1

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月14日〜11月19日

リプレイ公開日:2006年11月23日

●オープニング

 夜の闇の中に、闇の様なローブを羽織ったひとりのシフールが飛んでいる。
「ふふ‥‥クレア様ご覧下さい、よく発酵したこの心地よい怨念を‥‥ああもう、そんなに慌てちゃ駄目、ちゃんと産み落としてあげるから‥‥」
 軌跡を引きながら舞う姿の美しさと恐ろしさに、吟遊詩人は高尚ぶってこんな場所に足を運んだ己の馬鹿さ加減を呪った。蛮族軍との熾烈な戦いが繰り広げられた合戦場跡には、累々たる野晒しの骨、骨、骨。骸は未だに死した時の無念を叫んでいるかの様で、生きた心地もしないとはこの事だ。長々とした儀式めいた行為の間、動くこともままならず震えていた詩人だが、やがて立ち上がった骨が徘徊を始め、得体の知れない亡霊が湧き出すに至って、自分でも分からぬ内に悲鳴を上げ、無茶苦茶に駆け出していた。
 どんな奇跡か、生きて街にたどり着いた彼はこの出来事を必死に訴えたものの、世迷い事と一笑に伏され、乱暴に追い返されてしまった。だが‥‥。

「ですから、以前から申し上げておりました。死した者の魂を、王は如何様にお考えなのですか。例え蛮族、例え王に剣を向けた大罪人とはいえ、ろくに埋葬も弔いもせず野晒しにしておくなど‥‥その様な不信心が、結局はカオスの勢力を利するのだと学んで頂かなければなりません。そもそも──」
「わかった、もう良い!」
 教会関係者の話は長くていかん、と睨み付け黙らせたエーガン王は、殊更大きな溜息をついた。話を聞いた物好き達により、亡者が我が物顔に闊歩する様はすぐに確認され、その噂はあっという間に人々の間に広まってしまった。王を呪う亡者達が無念の余り蘇った‥‥なんとも人聞きの悪
い話ではないか。
「聞いての通りだオットー・フラルよ。そなたらの始末が行き届かぬ故に斯様な怪異を招いたとは思わぬか」
 野晒しにしておけと命じたのは王様ではないですか、という反論は、もちろん許されてはいない。そもそも謀反人の死骸の扱いとしては至極当然で、義に篤いトルク家からも市井の民からも何の異論も出ては居ない。謀反人の死骸であっても弔うべきと言う事自体、天界人が持ち込んだ概念である。はい、と頭を垂れたオットーに、王は鷹揚に頷き、
「では、己で始末をつけて参れ。我が国にこの様な前例無く、亡者共の動きによってはウィンターフォルセに災厄が及ばぬとも限らぬ。魔術師を幾人か派遣し、加えてゴーレム及びチャリオット、グライダーを貸与する故、存分に戦うが良い」
「亡者と伍して戦うには、銀の武器が必要となります」
 教会の助言に王は頷き、それも用意しようと請合った。オットーは再度頭を下げ、謹んで拝命する。
「教会も、この度の件には最大限の協力をさせて頂きますぞ。迷える者を救済するのは、我ら聖職者の仕事ですからな」
「よろしく‥‥お願い致します」
 ぺこりとこちらにも頭を下げる。亡者を相手に戦えとの命令に途方に暮れていたオットーだが、教会がその対処法に詳しいと聞いて、幾分表情が明るくなった。だが数日後、配下の傭兵ジル・キールからの報告を受けた彼は、立ち眩みを覚えて倒れそうになった。
「亡者達は日に日に数を増やしながら、辺りを徘徊し、時に隊列を組んで辺りをぐるぐる回ったり、揃って武器を振るったりしていたよ。まるで、訓練に勤しむ兵士の様にね。奴ら、そのうち本気で何処かに侵攻するつもりなのかも知れないな」
 教会から派遣されたクレリック達は、それを聞き険しい顔になる。亡者達が整然とした戦闘行動を取りながら襲い来るなど、空恐ろしい事である。行動を開始する前、まだ数の知れている今の内に、何としても決着をつけておかねばならない。

 オットー卿は皆の前に立ち、本隊の役割を説明する。
「僕達本隊は、亡者達のいる丘陵に正面から挑みます。ゴーレムも配備されますし、装備の面では充実していますが、恐れを知らぬ亡者を相手に真正面から挑むのは決して楽では無い筈です。でも僕達が敗北すれば、たくさんの人達が亡者の恐怖に晒されるという事を忘れず、心してかかって下さい」
 緊張の面持ちでそう彼が語った後、叔父のドナートが相変わらずの弛み切った体を揺すりながら現れ、この一戦の意義を滔々と語り出す。裏に回ったオットーは、深い溜息とともに座り込んだ。やはり緊張せずに悠々と、とは行かない様で。
「ああ、やっと領地の経営にも慣れて来たのに、また戦いに駆り出されるなんて‥‥あ、今回の出征費用、どのくらいになるのかな。前の軍役で作った借金も返せてないのに」
 大雑把に計算してみて、青ざめる。この上敗北などしようものなら弱り目に祟り目、フラル家としては、国の平和を抜きにしても負けられない戦いなのだ。

 戦場は、街道を僅かに外れた、森の中の低い丘陵地になる。周囲は森だが丘陵自体は視界が開け、遠くまで見渡せる。構築物は撤去されているが、堀など整えられた構造は軽度の防塁としての機能を十分に果たすだろう。以前は敵を誘き寄せ、散々に打ち破った場所だ。十分な配慮の上で挑まねば、こちらが骸を晒す事となるだろう。

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※斥候による亡者の概要。数は戦闘開始時の予想報告
 解説は教会関係者による

・スカルウォーリアー×40
 骸骨の戦士です。生前身につけていた武具を装備していることもあります。
隙間ばかりなので、T(突き)攻撃でダメージを与えることができません。

・レイス×20
 青白い炎のような外見をしています。成仏できない幽霊が凶暴化したものです。
触れられるだけでダメージを受けます。魔法か銀の武器でなければダメージを
与えることができません。

・グール×5
 ズゥンビによく似たアンデットモンスタ−ですが、はるかに俊敏です。
さらにどんなダメージを受けても怯む事がありません。通常の武器でもダメージを
与えることができます。
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●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 eb3336 フェリシア・フェルモイ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb4131 リーベ・レンジ(29歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4155 シュバルツ・バルト(27歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4221 ゲイザー・ミクヴァ(46歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4271 市川 敬輔(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4428 エリザ・ブランケンハイム(33歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb6105 ゾーラク・ピトゥーフ(39歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

クレア・クリストファ(ea0941)/ 陸奥 勇人(ea3329)/ バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857

●リプレイ本文

●行軍本隊
 鈴々と鈴の音を鳴らしながら、亡者達を埋葬する為の軍が行く。その様はなかなかに立派なもので、出発前、押し寄せるボッタクリ保存食売りに慄き、はたまたやれゴーレムが届かないの、銀の武器が間に合わないだのと大騒ぎしていたのが嘘の様。これでもかと磨き上げられたゴーレム兵器は眩しい程だし、負けじと衣装を揃え、隊列を組んで続く司祭達の姿には、何とも言えない厳粛さが漂っていた。チャリオットに乗って寛ぐ年老いた魔術師達の雑談も、遠目に見れば学術を極めんとする賢人達の語らいと見えなくも無い。何より、珍しい武具を身に纏い、魔獣グリフォンまで従えた冒険者達‥‥近寄るのは怖くとも、戦って来てくれるというならこんなに頼もしいものは無かろう。街道でこの行軍に行き当たった者達は、皆足を止め、行過ぎるまで見守っていたという。

 軍勢は、死者に占拠された丘を遠目に捉えたところで停止。先行した斥候が近寄って襲われたとの報告があった為に、グライダーを飛ばし、状況を確認する事にした。冒険者達は各人所有の風信機を集め、各隊に配備して連絡体制を整える。
「各隊からの連絡、滞りなく入っています。風信機に問題は無い様ですね」
 アリア・アル・アールヴ(eb4304)の報告に、オットーが頷く。報告によれば、敵の数はこの時点でほぼ、予想通り。呪術の在り処は目視では分からないが、怪しいシフールが儀式をしていたのは陣の中程だという。堀の一部が伸びた雑草で分かり難くなっており、注意が必要との事だった。
 そんな中、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は敢えて危険を冒し、森の切れ目辺りまで飛んで丘の様子をその目で確かめた。
「これはまた、盛大に湧いておるのう‥‥」
 彼が見ている前で、陣の中にいたスケルトン達が行進を始めた。南斜面をぐるりと回って戻る内に、新たな亡者がこれに加わる。以前の戦いでは、オーグラ達は誘導されるがままに南側の斜面に押し寄せ、堀と柵とで幾重にも守られた陣をその凄まじい暴力で踏みにじったものの、遂に押し切ること叶わず、数多の屍を残したまま壊走した。亡者の苗床は、概ねその範囲という事になるのだろう。
 レイスが一匹、猛烈な勢いで迫って来るのに気付き、彼は三十六計、遁走を決め込んだ。
「レイスはすぐに飛んで来たが、他の骨やら半生の奴らは決まった行動を繰り返しているだけに見えたのじゃ。亡者それぞれに役割が与えられておるのかも知れんのう。新しく防塁など造り足した様子は無かったのじゃ」
 彼の話を聞きながら、アレクシアス・フェザント(ea1565)が記憶にある情報を付け足した。
「柵の類は後の戦いで撤去し利用したから、もう残ってはいない。ただ、空堀はオーグラの動きを封じる為、かなり深めに掘ってある。ゴーレムでも場合によっては、足を取られて擱座しかねない」
 ゴーレムを任される事となったシュバルツ・バルト(eb4155)とアリアが真剣な表情で聞く。他隊からの報告では、堀は雑草で分かりづらくなっている部分もあるとの事。
「本隊はゴーレムの破壊力で、多少強引にでも突き進み、少しでも多くの怪物を倒すべきではないかと思います」
 強く訴えるのは、フェリシア・フェルモイ(eb3336)。
「先陣は武人の誉れである。喜んで引き受けさせて貰おう」
 不敵に笑うシュバルツを、頼もしげに見詰めるフェリシア。
「アンデッドの跳梁、聖なる母に仕える者として捨ててはおけません。‥‥ユラヴィカ様から体格や動きなど聞きますに、生前の能力をある程度受け継いでいる様に思えますね。幾分弱体化したオーグラの能力に倍の体力と、その様にお考え下さい」
 厄介じゃのう、とユラヴィカ、渋い顔。
「魔物なんて、気合いよ気合い!」
 おでこを光らせてエリザ・ブランケンハイム(eb4428)が身を乗り出す。

 この時既に、空は茜色に暮れかけていた。彼らに与えられた最初の試練は、亡者達が次第に増えて行く様を間近に見ながら朝の訪れを待たねばならない、この焦れる時間に耐える事だった。
 ユラヴィカは陽の精霊力が失われてしまわぬ内に、懐から金貨を取り出して捧げた。天から世界を見渡す陽の精霊に、探し物の在り処を問う魔法。と。
「この場におらぬなら、良かったのじゃ」
 安堵の表情を見せた彼は、しかし、すぐにしょんぼりと肩を落とす。単に術者が居続ける必要が無い、そういう術なのかも知れないから。
 辺りが暗くなると、丘はレイス達の放つ青白い光で不気味に飾り立てられた。そんな光景を眺めながら、わかりませんね、とアリアが首を捻る。
「こんな騒動を起こして幾許かの兵を招き寄せたとて知れた事。暗躍を旨とするカオスが姿を現すほどの価値があるとは思えません。王都で事を起こす為の策略? ‥‥いや、それにしても都には主要な戦力が丸々残っている訳ですし、結局意味はない」
 自問自答を繰り返す彼に、ユラヴィカが取り出したのは神秘のタロット。
「わしは久々に、これに聞いてみようかのう」
 この戦闘が意味するところは、と呟きながら、カードを次々に置いて行く。
「‥‥悪戯者の無邪気な遊び。果たされるべき大事は遅れ、不本意な未来が到来する。また、真の悪意は隠される‥‥なんだこりゃ、なのじゃ」
 ユラヴィカとアリア、ふたりして、むう、と考え込んでしまった。と。
「もしかして、治療用のお酒を半分以上も飲んでしまったのは貴方達?!」
 突然やって来て大変ご立腹のゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)に、全力で首を振り否定する2人。誰の仕業なのかしら! と憤懣やるかたない様子で去って行く彼女が可笑しくて、男二人は難しい顔を止め、大笑いしてしまったのだった。

●あの丘に向かって
 翌朝、軍は動き出した。
 進路に伏兵、仕掛け共に無しとの合図を受け、彼らは2機のゴーレムを先頭に森を抜け、遂に亡者達の前に姿を晒した。1匹のレイスが猛烈な勢いで飛んで来る。
「かかれっ!」
 オットー卿の心許ない掛け声は、各隊指揮官の張りのある声に置き換えられ、全軍に響き渡った。頭上を舞うグライダーが斥候とも思えるレイスを叩き落した時、亡者の群は紛う事無き一個の軍隊と化した。無駄な動きを止め、不気味な程の静けさに包まれる。
「恐れる事は無い、あの手の敵とは、幾度も戦った事がある」
 緊張した面持ちのオットーを、アレクシアスが励ました。首にかけていた十字架を外し、祈りを込めてくちづけをすると、それを彼の首にかける。笑顔を向けるオットーの、幾許かでも緊張の解れた様子に満足げなアレクシアス。ただ‥‥オットーが腰に下げた『ムラクモ』は彼が貸し与えたものなのだが、その実に様にならない様子には、どうしたものかと困惑している。
 リーベ・レンジ(eb4131)は目の前に広がるおぞましい光景に、怒りの気持を新たにしていた。こんな事が、許されて良い筈が無い。
「竜と精霊に見守られて眠るべき死人を、地の底から呼び起こすとは、まさしく言語道断の所業ですね。悪は許さない、討つ!」
 アレクシアスが、銀のランスにオーラパワーを注入する。オットー卿が自分を見詰めていると気付いたリーベは、にっと笑って見せた。
「力なき民草の為ならば、パラと言えども戦に赴くのです」
 ふわりと浮き上がるグライダー。リーベ、決まった、と拳を握る。なかなか格好良い事を言う、と感心しながら、市川敬輔(eb4271)も後を追う。
「‥‥さすがに整備は確かだな。いい反応だ」
 シュバルツは堀の切れ目のひとつを確保し、排除しようと群がる骸骨戦士達をゴーレムハンマーで片端から粉砕していた。ウッドは最下級の機種で実際脆いのだが、操縦の再現性は高い。この機体、彼女は決して嫌いではなかった。
 右翼隊から放たれる幾重もの雷光が、敵の圧力を減じてくれる。群がるレイスはエレメンタルフィールドを侵す事が出来ず、恨みがましく辺りを漂うばかり。
「鬱陶しい、これでも食らえ!」
 拳で殴りつけられた一匹が、ふらふらと退いて行く。敬輔はゴーレムを包囲しようと群がる骸骨戦士達の頭上に、狙い澄まして砲丸をお見舞いした。この戦法は、相手が密集していると実に効果が高い。
「左翼隊も陣に取り付きました。ここまで計画通りです」
 アリアは辺りをざっと見回し、良い出だしです、と頷いた。

 リーベの敵は、レイス達だった。高度を稼ぎつつ眼下に視線を走らせ、青白いレイスの姿を見出すや、一点目掛けてダイブする。串刺しになったレイスが霧散して行く様は、実に気持が良かった。
 しかし、レイス達とて容易くやられてはくれない。最初の襲撃が決まらないと、手痛いしっぺ返しを食う事も多かった。僅かに触れただけでも、体力をごっそり削られてしまうのだ。焦っちゃ駄目だ、無理は禁物、と自分に言い聞かせ、隊に戻った彼。
「もっとこまめに戻って下さい。空の上で気でも失えば、命に関わりますよ」
 やっぱりフェリシアに叱られてしまい、頭を掻くリーベである。
 一方、敬輔は砲丸攻撃を繰り返し、ゴーレムの進行を助けていた。そして。
「あー、こちら市川。敵陣調査ポイントまでの通路確保されたぞ。ただし、まだ敵に勢いがある。判断は任す。以上」
 判断を求められ、オットーは進めて下さいと返答した。埋葬隊が動き出す。

 味方は陣の中程まで押し込んだものの、亡者達は更なる執拗さで失地を取り戻すべく襲来していた。オットーは、戦い続けの鎧騎士達を心配している。ただ、これらが貴重な戦力である以上、大勢が決するまでは、下げる訳には行かなかった。
「埋葬隊、魔方陣を発見、これから破壊を──」
 そんな知らせが伝えられている最中の事。足下から突然湧いて出た骸骨戦士に、アレクシアス飛びずさり、抜き打ち様に斬り伏せた。しかし見回せば、何処と言わず、四方で新たな亡者が湧き出している。最悪の予感と共に振り向いた彼が目にしたのは、骸骨戦士の棍棒を受け、地面に伏せるオットーの姿だった。アレクシアスは鬼神の如き速さで迫り、追い討ちをかけようとする亡者の得物を斬り飛ばすや、その頭蓋を叩き割った。オットーから出血は無し。ただ、腕を押さえて蹲っている。
(「これは‥‥不味い」)
 フラルの騎士達は果敢に戦っていたが、数と間合いが悪すぎた。今、彼らが居るのは一段目の堀の前。思えば、最も多くのオーグラが息絶えたであろう場所である。次第に圧され、亡者の波に囲まれ‥‥。フェリシアが咄嗟にホーリーフィールドを張り巡らせたのは上出来だった。遂に騎士達を押し切った亡者達は、己を拒む壁に群がり、斬りつけ、引っかき、凄まじい執念で迫り来る。だが直後、背中からチャリオットに突っ込まれ、何体かは地面に擦りつけられる羽目となった。
「戦ともなれば、功の一つでも上げてみせねばな!」
 ゲイザー・ミクヴァ(eb4221)が、にっと笑う。乗れ! と彼が言うまでもなく、一同は既にしてチャリオットに飛び込んでいた。
「ああ、器材が、器材が!」
 おろおろと頭を抱えるゴーレムニスト達を、必ず後で回収するからと説き伏せ引き摺り込んだのと同時、結界が耐え切れず、消滅した。間に合わないか、と冷や汗をかいたゲイザーだが、飛来した矢が牽制となり、重量オーバーのチャリオットは、間一髪で発進した。
「この化け物どもめがぁー!」
 予めチャリオットを走らせるに適した場所は把握してある。猛烈な勢いで亡者を突破、彼は皆を安全圏の救護所まで送り届けたのだった。

「一体何が起こった!? オットー卿は無事なのか!?」
 風信機から聞こえるシュバルツの声にも、焦りが滲んでいる。一度撤退を促すか? いや‥‥と、アリアは首を振った。
「ゴーレムの行動は目立ちます。我々が動揺を見せれば、本当の負け戦になりかねない。敵の数は、今の戦力で抗し得ないものでは無いと考えますが」
「ああ、その取り澄ました物言い、大嫌いだ! 了解!」
 突進するシュバルツ機。その機体が跳躍──微かに浮いた。
「喰らえ、ブラックバンカー!」
 全ての力はハンマーに込められ、グールの頭上に叩き落とされた。ミンチと化した肉片を振り払いながら、シュバルツは次の獲物に狙いを定めた。

「‥‥折れてはいないと思いますけど、リカバーは受けておいた方がいいかも知れません。暫くは無理をしない方がいいと思います」
 ゾーラクはオットー卿の治療を終えると、暖かい飲み物を用意した。オットーは、透き通ってしまうのではないかと思える程に、青ざめていた。危うく死にかけたのだ、無理もあるまい。
「オットー卿の安全は確保できた。仲間は皆、持ち堪えている様だ。俺は皆と合流し、戦闘を継続する」
 話を進めるアレクシアスと、フラルの騎士達。と、目の前にオットーが立ち、首を振った。
「私も戻ります。戦いの役には立ちませんけど、せめてちゃんと見届けないと‥‥」
 ムラクモが、カタカタと鳴っている。
「分かった。では、共に行こう」
 ならば、とユラヴィカ、
「わしがひとっ飛び伝令に立つのじゃ。本隊の健在を皆に伝えてやらねばのう」
 と、申し出た。彼は徘徊する骸骨達から身を隠しながら戦場を前進。状況を把握するため伝令に飛んだ埋葬隊のディアッカと合流し、置き去りにした風通信に辿り着いて、そこから全軍にオットー卿の無事を伝えた。
 オットーが再び戦いに加わる頃には、各隊が自力で持ち直していた。埋葬隊、敵呪術を破壊、との知らせが齎されたのは、それから間もなくの事だった。残った亡者達も、まるで操り糸が切れてしまったかの様。掃討戦は、すぐに終わった。
「まあこんなものだ。けど、交代がいないというのは、やはり辛いな‥‥」
 シュバルツはふらふらと制御膀から這い出し、そのまま倒れ込んでしまった。アリアに至っては、中でくたばっていたという。

●弔い
 負傷者の治療を終えると、クレリック達は散乱した骸を集めて埋葬し、弔いの儀式を執り行った。皆が見守る中、滔々と歌う様に弔いの言葉が紡がれる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
 汝、迷える者よ。
 汝は土より生まれしものなれば、汝が身は土に還れ。
 魂は主より承けしものなれば、主の御許へ。
 汝が罪は今、主によって贖われた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「死人達よ、安らかにお眠りなさい。これが僕からのせめてもの手向けです」
 リーベは碑に花束を捧げ、その魂を慰めた。彼はクレリック達に向き直ると、人好きのする笑顔を浮かべて言った。
「ありがとうございました。今後も人々の安らぎのためならば、いくらでも協力しましょう。尤も、訳の分からない神を信奉する気にはなれませんけどね」
 あっはっは、と笑う彼。悪気は無いのだ、悪気は。
「カオスは心の隙を付き、人の和を崩さんとしております。人は、真の邪悪に立ち向かうため、小異を捨て手を結ぶべきなのです。このウィルに天界人がやってきましたのは、その助けになる為ではと‥‥分国同士の仲違いを繋ぎ止め、争いを止める為ではとわたくしは思っております」
 フェリシアの訴えに、明確な反応を示す者はいない。それぞれの者に、それぞれの立場がある故に。
 同じ悲劇を繰り返させたりはしない‥‥強い決意を秘め、碑の前を立ち去る彼女。後に残ったのは、リーベが捧げたものとは異なる、微かな花の香りだった。

 全てが一段落した後、魔方陣があった場所にバーストを使う幾人かが立ち、過去視を試みた。幸い、呪術が為された日時は判明している。
 すぐに、黒いローブのシフールを見つける事が出来た。何か有益な情報は無いものかと更に遡った時、そこにシフールと共にいたのは、この場にはまるで似つかわしくない仮面の男だった。彼はまるで喋らず、シフールだけがお任せ下さい、きっと上手くやりますと訴えている。高く澄んで、綺麗な声だ。この男が『クレア』なのだろうか?
 と、シフールが突然こちらを見た。過去の事なのに、まるで見咎められた様で心臓に悪い。白いのを通り越して青白い肌と、血の様に赤い瞳‥‥印象が強すぎて、夢に見てしまいそうだった。
 彼らは揃って、見たままをオットーに伝えた。
 オットーは戦勝の報告と共に、調査結果も合わせて王に進言する。
「今後カオスに利用されぬよう、近頃戦場となった地の慰霊を執り行っておくべきかと愚考致します。この度の一件で不安を抱く民草に、安心を与える効果もありましょう」
 エーガン王は気に入らぬ風ではあったが、良かろう、と結局は受け入れた。見事役目を果たした教会は王より直接お褒めの言葉を賜り、大いにその面目を施す事となったが、オットー卿への言葉は少なかった。あくまで失点を回復しただけという扱いだろうか。
「オットー卿の働きもまた目覚しく、王への忠節は比類なきものであります。どうか、お言葉を賜ります様」
 敢えて口にしたアレクシアス。エーガン王は立ち上がり、
「‥‥オットーよ。この度の事、苦労であった。しかし、事はこれに留まらぬ様だ。しかと調べをし、不穏の種を払拭せよ。果たされし後には、その時こそ厚遇をもって応えようではないか」
 体よく面倒事を押し付けられた訳だが、オットーは、
「大変ですけど、機会を与えて頂きました。きっと期待に応えて、家を盛りたてたいと思います」
 そう、皆に語った。アレクシアスは、教会に100Gの寄付を行い、庇護者の名簿に名を連ねる事となった。また、フラル家には軍費の足しにと200Gを譲渡したが、後日オットーとその父、病身のヨドーク卿の連名で切々たる感謝の文を貰う事となり、却って恐縮してしまったのだった。