這い出る者達の決起Ｂ【左翼隊】
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■ショートシナリオ担当：マレーア１ 対応レベル：8〜14ｌｖ 難易度：やや難 成功報酬：4 G 98 C 参加人数：10人 サポート参加人数：3人 冒険期間：11月14日〜11月19日 リプレイ公開日：2006年11月23日 |
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●オープニング
夜の闇の中に、闇の様なローブを羽織ったひとりのシフールが飛んでいる。「ふふ‥‥クレア様ご覧下さい、よく発酵したこの心地よい怨念を‥‥ああもう、そんなに慌てちゃ駄目、ちゃんと産み落としてあげるから‥‥」
軌跡を引きながら舞う姿の美しさと恐ろしさに、吟遊詩人は高尚ぶってこんな場所に足を運んだ己の馬鹿さ加減を呪った。蛮族軍との熾烈な戦いが繰り広げられた合戦場跡には、累々たる野晒しの骨、骨、骨。骸は未だに死した時の無念を叫んでいるかの様で、生きた心地もしないとはこの事だ。長々とした儀式めいた行為の間、動くこともままならず震えていた詩人だが、やがて立ち上がった骨が徘徊を始め、得体の知れない亡霊が湧き出すに至って、自分でも分からぬ内に悲鳴を上げ、無茶苦茶に駆け出していた。
どんな奇跡か、生きて街にたどり着いた彼はこの出来事を必死に訴えたものの、世迷い事と一笑に伏され、乱暴に追い返されてしまった。だが‥‥。
「ですから、以前から申し上げておりました。死した者の魂を、王は如何様にお考えなのですか。例え蛮族、例え王に剣を向けた大罪人とはいえ、ろくに埋葬も弔いもせず野晒しにしておくなど‥‥その様な不信心が、結局はカオスの勢力を利するのだと学んで頂かなければなりません。そもそも──」
「わかった、もう良い！」
教会関係者の話は長くていかん、と睨み付け黙らせたエーガン王は、殊更大きな溜息をついた。話を聞いた物好き達により、亡者が我が物顔に闊歩する様はすぐに確認され、その噂はあっという間に人々の間に広まってしまった。王を呪う亡者達が無念の余り蘇った‥‥なんとも人聞きの悪い話ではないか。
「聞いての通りだオットー・フラルよ。そなたらの始末が行き届かぬ故に斯様な怪異を招いたとは思わぬか」
野晒しにしておけと命じたのは王様ではないですか、という反論は、もちろん許されてはいない。そもそも謀反人の死骸の扱いとしては至極当然で、義に篤いトルク家からも市井の民からも何の異論も出ては居ない。謀反人の死骸であっても弔うべきと言う事自体、天界人が持ち込んだ概念である。はい、と頭を垂れたオットーに、王は鷹揚に頷き
「では、己で始末をつけて参れ。我が国にこの様な前例無く、亡者共の動きによってはウィンターフォルセに災厄が及ばぬとも限らぬ。魔術師を幾人か派遣し、加えてゴーレム及びチャリオット、グライダーを貸与する故、存分に戦うが良い」
「亡者と伍して戦うには、銀の武器が必要となります」
教会の助言に王は頷き、それも用意しようと請合った。オットーは再度頭を下げ、謹んで拝命する。
「教会も、この度の件には最大限の協力をさせて頂きますぞ。迷える者を救済するのは、我ら聖職者の仕事ですからな」
「よろしく‥‥お願い致します」
ぺこりとこちらにも頭を下げる。亡者を相手に戦えとの命令に途方に暮れていたオットーだが、教会がその対処法に詳しいと聞いて、幾分表情が明るくなった。だが数日後、配下の傭兵ジル・キールからの報告を受けた彼は、立ち眩みを覚えて倒れそうになった。
「亡者達は日に日に数を増やしながら、辺りを徘徊し、時に隊列を組んで辺りをぐるぐる回ったり、揃って武器を振るったりしていたよ。まるで、訓練に勤しむ兵士の様にね。奴ら、そのうち本気で何処かに侵攻するつもりなのかも知れないな」
教会から派遣されたクレリック達は、それを聞き険しい顔になる。亡者達が整然とした戦闘行動を取りながら襲い来るなど、空恐ろしい事である。行動を開始する前、まだ数の知れている今の内に、何としても決着をつけておかねばならない。
オットー卿の食客騎士、ラグジ・オウロが皆の前に立ち、左翼隊の役割を説明する。
「我々左翼隊は、丘陵に正面から挑む本隊に付き従い、必要に応じて横撃などを繰り返して、本隊に向かう敵圧力を弱め、その力が存分に振るわれる様、心を砕かねばならない。忘れてならぬのは、敵は恐れを知らぬ亡者だという事だ。背後を脅かしたとて、恐れ慄いて逃げ出す事など有り得ない。これは単純に動く骸を破壊する、その効率を考えての行動なのだと肝に命じておいて欲しい」
何ともそら寒い戦いではある。
「また、作戦によっては教会の者達が呪術を排除する為に強攻策を採る可能性もある。その場合は、全力を挙げて彼らの援護もせねばならないだろう」
後はいつもと同じだ、大した違いはあるまい、と白い口髭を擦りながら。豪胆なのか、心の何処かが麻痺してしまっているのか。
「敵の中には魔法か銀の武器しか効かぬ者もいるという。どちらも持たない者は必ず申告し、銀の武器の貸与を受ける様に。貸してくれるというのだ、遠慮することは無いぞ」
そう語ると老騎士は、早速に借りて来たらしい銀の剣を磨き始めた。
戦場は、街道を僅かに外れた、森の中の低い丘陵地になる。周囲は森だが丘陵自体は視界が開け、遠くまで見渡せる。構築物は撤去されているが、堀など整えられた構造は軽度の防塁としての機能を十分に果たすだろう。以前は敵を誘き寄せ、散々に打ち破った場所だ。十分な配慮の上で挑まねば、こちらが骸を晒す事となるだろう。
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※斥候による亡者の概要。数は戦闘開始時の予想報告
解説は教会関係者による
・スカルウォーリアー×４０
骸骨の戦士です。生前身につけていた武具を装備していることもあります。
隙間ばかりなので、Ｔ（突き）攻撃でダメージを与えることができません。
・レイス×２０
青白い炎のような外見をしています。成仏できない幽霊が凶暴化したものです。
触れられるだけでダメージを受けます。魔法か銀の武器でなければダメージを
与えることができません。
・グール×５
ズゥンビによく似たアンデットモンスタ−ですが、はるかに俊敏です。
さらにどんなダメージを受けても怯む事がありません。通常の武器でもダメージを
与えることができます。
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●今回の参加者
ea1819 シン・ウィンドフェザー（40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国）ea1984 長渡 泰斗（36歳・♂・侍・人間・ジャパン）
ea6382 イェーガー・ラタイン（29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国）
ea7482 ファング・ダイモス（36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国）
ea8218 深螺 藤咲（34歳・♀・志士・人間・ジャパン）
ea9515 コロス・ロフキシモ（32歳・♂・ファイター・ジャイアント・ロシア王国）
eb2448 カルナックス・レイヴ（33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国）
eb4096 山下 博士（19歳・♂・天界人・人間・天界（地球））
eb4249 ルーフォン・エンフィールド（20歳・♂・天界人・人間・天界（地球））
eb4326 レイ・リアンドラ（38歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス）
●サポート参加者
物見 兵輔（ea2766）／ イレイズ・アーレイノース（ea5934）／ ベアルファレス・ジスハート（eb4242）●リプレイ本文
●行軍左翼隊鈴々と鈴の音を鳴らしながら、亡者達を埋葬する為の軍が行く。その様はなかなかに立派なもので、出発前、押し寄せるボッタクリ保存食売りに慄き、はたまたやれゴーレムが届かないの、銀の武器が間に合わないだのと大騒ぎしていたのが嘘の様。これでもかと磨き上げられたゴーレム兵器は眩しい程だし、負けじと衣装を揃え、隊列を組んで続く司祭達の姿には、何とも言えない厳粛さが漂っていた。チャリオットに乗って寛ぐ年老いた魔術師達の雑談も、遠目に見れば学術を極めんとする賢人達の語らいと見えなくも無い。何より、珍しい武具を身に纏い、魔獣グリフォンまで従えた冒険者達‥‥近寄るのは怖くとも、戦って来てくれるというならこんなに頼もしいものは無かろう。街道でこの行軍に行き当たった者達は、皆足を止め、行過ぎるまで見守っていたという。
軍勢は、死者に占拠された丘を遠目に捉えたところで停止。先行した斥候が近寄って襲われたとの報告があった為に、グライダーを飛ばし、状況を確認する事にした。冒険者達は各人所有の風信機を集め、各隊に配備して連絡体制を整える。通信の具合を確認した後、レイ・リアンドラ（eb4326）と山下博士（eb4096）が飛び立ち、高度を取りながら丘の上へと向かった。
「ほぼ、予想通りの数ですね」
博士は眼下を徘徊する亡者達を数え、溜息をつく。呪術の在り処は目視では分からないが、怪しいシフールが儀式をしていたのは陣の中程だという。
「堀の一部が草で分かり難くなっていますね。敵が湧いているのは南側斜面各所‥‥」
レイの見ている前で、陣の中にいたスケルトン達が行進を始めた。南斜面をぐるりと回って戻る内に、新たな亡者がこれに加わる。以前の戦いでは、オーグラ達は誘導されるがままに南側の斜面に押し寄せ、堀と柵とで幾重にも守られた陣をその凄まじい暴力で踏みにじったものの、遂に押し切ること叶わず、数多の屍を残したまま壊走した。亡者の苗床は、概ねその範囲という事になるのだろう。
レイが戻ろう、と合図を送る。了解の意思を示し、博士は機体を旋回させた。猛烈な勢いで駆け上がって来るレイス達を残し、２機のグライダーはさっさと逃走。
「反応するまで、２分と無かったか」
「少々厄介ですね」
２人はすぐに、これらの事をラグジ・オウロに報告した。
「なるほど。術の所在は接近して調べるしか無いか‥‥。ご苦労、明日の戦いに備え、しっかりと休んでおいてくれ」
ラグジは彼らを労うと、作戦を詰める為、オットーの元へと向かった。
この時既に、空は茜色に暮れかけていた。彼らに与えられた最初の試練は、亡者達が次第に増えて行く様を間近に見ながら朝の訪れを待たねばならない、この焦れる時間に耐える事だった。
辺りが暗くなると、丘はレイス達の放つ青白い光で不気味に飾り立てられた。そんな光景を眺めながら長渡泰斗（ea1984）は、よくもこれだけの数が湧いたモノだな、と呆れ気味に呟いた。
「死んでもまだ戦おうってのは、妄執のさせる業か、それとも別の何かか‥‥。戦の度に手厚く葬られなかった魂が化けて出るなら、世界は亡者だらけになっていると思うんだがね」
まあ、そうだな、とシン・ウィンドフェザー（ea1819）。
「だが、自分の意志なら兎も角、死んだ後まで戦いを強制されるのは憐れだねぇ。さっさとぶちのめして成仏させてやらないとな」
「亡者にまで憐れみをかけるなんて、意外と優しいんですね」
愛馬ブリッツの向こう側から、イェーガー・ラタイン（ea6382）が顔を出した。
「死者よりも生者です。ウィンターフォルセや、ウィルの街‥‥縁ある人々が亡者に苦しめられるのを見たくはありませんから」
積み直した矢や武器を確認し、よし、と彼は呟いた。
「ま、ここであれこれ考えるのは俺の役割ではない。戦場に立つ限り、俺は一人の武人でありつわもの。ただ、それだけさね。目の前の敵を倒して、生きて帰れば良いのさ」
「分かり易くていいな。俺は好きだぜ、そういうの」
泰斗の言葉に、シンが笑った。
●あの丘を制圧せよ
翌朝、軍は動き出した。
進路に伏兵、仕掛け共に無しとの合図を受け、彼らは２機のゴーレムを先頭に森を抜け、遂に亡者達の前に姿を晒した。１匹のレイスが猛烈な勢いで飛んで来る。
「かかれっ！」
オットー卿の心許ない掛け声は、各隊指揮官の張りのある声に置き換えられ、全軍に響き渡った。頭上を舞うグライダーが斥候とも思えるレイスを叩き落した時、亡者の群は紛う事無き一個の軍隊と化した。無駄な動きを止め、不気味な程の静けさに包まれる。
「うーん、思った程には良く無いかな‥‥」
博士、グライダーの尾に取り付けた鎖分銅に目をやった。わざわざ職人にお願いして銀メッキをしてもらったそれは、確かにレイスにも効果があったのだが、僅かこれだけの戦闘で早くもメッキが剥がれかけていた。だが矢など一度使いの武器ならば十分に廉価版が作れそうなことが収穫と言えよう。
幾重にも魔法が炸裂し、ゴーレムが陣を抉じ開け、左翼隊が斬り込んで行く。博士はそれを先導する様に飛び、味方に群がる骸骨戦士達の頭上に砲丸をお見舞いした。
ちらりと空を見遣り、その働きに満足げな笑みを浮かべたラグジ。堀の切れ目の開口部で手薬煉引いて待っていた敵に、幾許かの混乱が生じたこの時が好機。銀の剣を背負い、ラグジは先頭を切って突進した。その頭上を飛び越えて、コロス・ロフキシモ（ea9515）とグリフォンのギルゴートが敵中に踊り込む。
「退け！ 骸どもッ！ ムンォオオオオオオオオオッ！！」
あつらえてもらった銀のランスを掲げ、群がる骸骨戦士達を突きまくる。彼が作った足場に左翼隊がなだれ込み、一気に押し広げた。
「逸れるな、囲まれたら終りと思え！」
斬り込んだシンの目前に眩い雷光が幾重にも走り、亡者達を打ち据える。仲間の助けが感じられるほど、心強い事は無い。
泰斗は巧みに敵の攻撃を避けつつ返す刀で斬撃を見舞っていた。だが、煩わしい骸骨戦士をあしらう内に、突然躍り出たグールに組み付かれ、その恐ろしげな牙を突き立てられてしまった。減り込む牙に、鎧が軋む。
「満足か？ んん？」
泰斗に虚ろな目を向けたグールの頭に、真横から剣が突きたてられた。そのまま斬り上げ、頭の半分をこそぎ取る。
「どうせ腐れてるんだ、必要あるまい」
すぐに次の敵を求めるシン。泰斗はグールを押し退け、動かなくなるまで解体した。とにかく、オーグラが素材になっている故か、その侮れない俊敏さと異様なしぶとさは厄介だった。
「ちょろちょろと‥‥」
舌打ちをするシン。すると、カルナックス・レイヴ（eb2448）は悔しげに首を振りながら、
「男の注文に応えるのは非常に遺憾ではあるが‥‥」
コアギュレイトでグール達を拘束した。その時、再びグール達の体が光った。後方を突っ切るチャリオットから、力いっぱい振られる小さな手。シンの顔に笑みが浮かぶ。
「ああ、あんた『も』有難うな、カルナックス」
大変失敬な親バカぶりを発揮しつつ。見るからに動きの鈍ったグール達に、左翼隊が襲い掛かった。
「凄いなー、これ、ゴーレムとか要らないんじゃないか？」
ルーフォン・エンフィールド（eb4249）は彼らの後に続きながら、その戦いぶりに驚くばかり。ただ、僅かでも敵が衰えればずっと安全に戦えるのだという事は、見ていてはっきりと分かった。彼の手には、この手の有り難くない敵を鈍らせるという『鳴弦の弓』が握られている。
「‥‥がんばろ」
掻き鳴らされる弦の音に、グールも、骸骨戦士も、レイスさえ、不快そうに身を捩る。彼の肩をぽんと叩き、労ったのはファング・ダイモス（ea7482）。嬉しくはあったが、なんだか周りから、亡者達の怨嗟の声が聞こえて来そうで。
「取り合えず、遅れない様にだけはしよう、うん」
おっかなびっくり皆に続く彼なのだ。強引に敵中を斬り渡る左翼隊に、亡者達の圧力は次第に強くなって行った。隙あらばと頭上を舞うレイス達。その動きは、愛馬ブリッツを駆り、やや後方から隊を追っていたイェーガー・ラタイン（ea6382）には手に取る様に分かった。
「悪いけど、好きに暴れられる訳には行かないんですよ」
三百歩撃ちを構え、狙い澄まして魔力を秘めた矢を放つ。貫かれ、身を震わせて飛び交うレイス達は、更に炎を纏い飛翔する深螺藤咲（ea8218）の追撃を受る事になる。
「私の技術では滞空時間は短いんだもの、無理は禁物‥‥」
自分に言い聞かせる様に呟き、舞い上がる彼女。離れたものは、敢えて追おうとはしない。何故ならすぐに、レイ、博士のランスの露となるのが分かり切っているからだ。
「オーグラだったものに、航空騎士が空中戦で遅れを取る訳にはいきませんからね」
彼らは、味方に纏わり付くレイス達を煽る様に擦り抜ける。時に天地を入れ替え、至近から機体を捻って振り払い、空の所有者が誰であるか、思い知らせる。
「私と遊ぶ気になりましたか？ いいでしょう」
レイは機体を大きく振り、戦場を横切る様に飛んで行く。白いグライダーに青白いレイス達がうねり群がる様はおぞましい美しさで、まるで悪夢を絵にした様だった。振り切ってしまわないぎりぎりの速度でレイス達を誘う彼。すぐに、眼下に右翼隊を確認。グライダーが頭上を擦り抜けた後、重なり合った火球が空を赤く染めた。狂った様にきりもみしながら炎を突きぬけて来たレイスには、魔力を秘めた矢の洗礼が待っていた。
「‥‥これで幾らかは楽になったと思いたいですが」
戦いは、味方の優位に進んでいる。
味方は陣の中程まで押し込んだものの、亡者達は更なる執拗さで失地を取り戻すべく襲来していた。
（「このまま押し切れたらいいんですが‥‥」）
調子が良いと、何となく不安になってしまう。これは、慎重なのか心配性が過ぎるのか。とにかくイェーガーは、オットー卿の一団を横目に見ながら、仲間に急な異変が起きないか、見守っていた。
悪い予想というものは、何故か当たってしまうものである。
「埋葬隊、魔方陣を発見、これから破壊を──」
そんな知らせが伝えられている最中の事。足下から突然湧いて出た骸骨戦士に驚き、ブリッツが棹立ちになった。必死でしがみ付きながら、必死で愛馬を宥める。しかし、何処と言わず、四方で新たな亡者が湧き出していた。仲間も、そしてオットー卿も、敵の只中に置かれる形となっている。
（「どうする、どうすればいい！？」）
訓練を受けているブリッツは、すぐに正気を取り戻した。双方に視線を送り、取るべき行動に迷う彼。だが、オットー卿の一団に乗り付けるチャリオットを見た時、迷いは晴れた。
（「一端脱出するつもりですね？ なら、それを助け、その後に隊に向かう。それでいい、それでいい筈」）
得物をキューピットボウに持ち替え、ブリッツを走らせながら追い縋ろうとする亡者に向けて、立て続けに矢を射込む。走り去るチャリオットを確認してから、イェーガーは馬首を巡らし、仲間の元へと急行した。
「そんなに歓迎してくれても、生憎、この場を退く訳には行きませんよ」
ファングの周囲には、ばらばらになった骨と肉片が散乱していた。大斧『恐獣殺し』を振り翳し、迫る骸骨を脳天から断ち割って、ぐるりと体を捻りながら向き直ると、今度は横から来る一体に引導を渡す。手傷も厭わず敵を間引く事を優先した結果、彼は満身創痍となっていた。もっとも、左翼隊の面々は多かれ少なかれ、似たようなものではあったが。敵に揉まれていると、グライダーからの情報で知る数の、遥か数倍を相手にしている様に思えて来る。これだけ死ぬ思いをして、ようやく納得が入ったところだ。カルナックスが傷の深い者から癒し、ルーフォンは必死に弦を掻き鳴らす。八幡大菩薩の加護ぞ我に有り‥‥鎧の下のお守りに手を当て、泰斗は小さく呟いた。
「本隊は健在。オットー卿もご無事です。作戦は変更無し。復唱を求めます」
風信機からの連絡が齎され、胸を撫で下ろすイェーガー。唯一の懸念が無くなり、ラグジが好々爺の様な顔つきになる。
「死なない様には考えてやるから、思う存分戦ってくれ。骨は拾ってやるぞ」
カルナックスによる矛盾しまくりの鼓舞も、意気を上げるには役立っている。彼らの奮戦で、辛うじて埋葬隊が包囲される事は避けられていた。魔力の尽きた藤咲が斬り合いの列に加わり、コロスが叩き潰した敵の数を忘れ無念の唸りを上げている頃、右翼隊が前進し、側方からの魔法攻撃を開始した。これにより、左翼隊の負担は一気に減じる。何よりそれは、仲間が立ち直りつつある事の証だった。
埋葬隊、敵呪術を破壊、との知らせが齎されたのは、それから間もなくの事だった。残った亡者達も、まるで操り糸が切れてしまったかの様。掃討戦は、すぐに終わった。
●弔いの後
負傷者の治療を終えると、クレリック達は散乱した骸を集めて埋葬し、弔いの儀式を執り行った。皆が見守る中、滔々と歌う様に弔いの言葉が紡がれる。
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汝、迷える者よ。
汝は土より生まれしものなれば、汝が身は土に還れ。
魂は主より承けしものなれば、主の御許へ。
汝が罪は今、主によって贖われた。
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厳粛な儀式の傍らで、コロスは舐める様な執拗さで丘の至る所を見て回る。強力な装備でも落ちていないかと漁っているのだが、残念ながら見つかるのは凡百な、しかも朽ち果てたものばかり。疲れは倍増するし、クレリック達には眉を顰められるしで、踏んだり蹴ったりとはこの事だ。もっともそんな風評、彼はまるで気にしていないのだが。
ファングはオットーの元に顔を出し、
「今までの各戦場でも、カオス勢力が同様の事件を起こす可能性が有ります。早期の埋葬を提案します」
と、そう訴えた。同様の意見は他にもあった様で、この事は進言しておくつもりですと返答を得て、彼は安堵したのだった。
養父のシンと養女のレンは、ラグジと共に。いつもながらのお日様笑顔に、ラグジはその大きな手でレンの頭を撫でて微笑む。男爵様と一介の食客騎士がこんなざっくばらんでいいのかとも思うが、偉い方が満足げなのだから、多分良いのに違いない。
全てが一段落した後、魔方陣があった場所にバーストを使う幾人かが立ち、過去視を試みた。幸い、呪術が為された日時は判明している。
すぐに、黒いローブのシフールを見つける事が出来た。何か有益な情報は無いものかと更に遡った時、そこにシフールと共にいたのは、この場にはまるで似つかわしくない仮面の男だった。彼はまるで喋らず、シフールだけがお任せ下さい、きっと上手くやりますと訴えている。高く澄んで、綺麗な声だ。この男が『クレア』なのだろうか？
と、シフールが突然こちらを見た。過去の事なのに、まるで見咎められた様で心臓に悪い。白いのを通り越して青白い肌と、血の様に赤い瞳‥‥印象が強すぎて、夢に見てしまいそうだった。
彼らは揃って、見たままをオットーに伝えた。
