●リプレイ本文
●手がかり
トーエン隊が最後の伝令を送り出したキャンプに到着した冒険者達。
「それじゃ、もう一度おさらいをしておくアルね」
孫美星(eb3771)がファンタズムのスクロールを使い、追うべき者達の幻影を作り出した。
「トーエン卿は、ひょろっこくて目つきが鋭くて、無理に生やしたお髭があんまり似合ってない威張りんぼうさんアルよ。家臣の騎士さん達は、みんなコワモテでちょっとやさぐれた感じアル。で、こっちが『占い師』ゲールさん。青白い肌に赤い瞳。でも、普段はフード付きのローブを纏ってて、顔を見せないアル。黒翅さんは渾名の通り翅が黒くて、シフールにしては大柄アルね」
「ゲールは鳥に変身したり、魔法を使ったり‥‥それから、人を信用させて意のままに操る魅了の技を使えるフシもある。黒翅は隠密行動が得意で神出鬼没。機転も効くから、気をつけてね」
モニカ・ベイリー(ea6917)が、さりげなく補足。
「合戦の裏で蠢動していたのがそのゲールなら、死者を操る技も持つ事になるが‥‥」
さてどうかのう、とヴェガ・キュアノス(ea7463)。
「商隊の生き残り達によると、賊の襲撃はあっという間の出来事だった様じゃ。ゴブリン達は、ごちゃごちゃとポーチやら小瓶やらマスクやら、やけに色々なものを身につけておったらしい。それから‥‥妙な臭いがしたと」
「ゴブリンが臭いのは当たり前アルよ?」
きょとんとする美星に、ヴェガが笑う。
「虫と獣を一緒くたにした様な、得体の知れない悪臭がしたらしいのじゃ」
想像し、美星、う〜、と顔を顰める。
「ゴブリンの略奪などは、欲を掻いてもたもたした挙句に討ち取られるのが定番だがな。連中はそれなりに戦い慣れしていると考えておいた方が良いかもしれない」
グレイ・ドレイク(eb0884)の指摘に、皆が頷いた。
「トーエン隊には連絡の為に何人かの伝令シフールが同行していたという。捕らえられたか、あるいは森を彷徨っておるやも知れぬの」
最悪の可能性は、口にせずにおくヴェガである。
「ちょっと辺りを見て来た。しっかり馬蹄の痕跡が残ってるから追って行けそうだよ」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)の報告に、幸先がいいな、とジル・キール。
「精霊に問うてみたのじゃが、トーエン卿、トーエン隊、ゲール、ゴブリン盗賊団では失敗だったのじゃ。ただ、トーエン隊の伝令、で返答が‥‥痕跡とは少々違う方角で、かなり歩かねばならぬ距離なのじゃが」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)も、ひとつの手がかりを掴んでいた。
「では、伝令を追う班と隊の痕跡を追う班に分かれるという事で良いかの?」
ヴェガの提案をキールは採用し、即座に着手する事となった。
手早く森に分け入る為の準備を整え、追跡を開始する彼ら。こうしている間にトーエン卿の領地で変事が起こるのでは、という不安がヴェガの脳裏を過ぎったが、頭を振って、目の前の問題に集中する事にする。卿に代わり領地を守る夫人に、その可能性は伝えておいた。後は任せるしかあるまい。癇の強い夫人の顔を思い出し、ヴェガは苦笑する。少なくとも、不安に押し潰されて手を拱くタイプでは無いだろう。
●隊の行方
隊の痕跡を追うニ班は、朽ち果てた城砦跡に辿り着いていた。半壊した城壁と塔の残骸が残るばかりの物寂しい場所だ。
「この辺りでは唯一、周辺を見渡せる場所だ。とは言っても一面の深い森、茂る木々の下で何が起きているのかは皆目見当もつかないが」
グレイは、そう言って肩を竦めた。
「ここで一夜を過ごし、更に奥地へと踏み入った様ですね。予備の馬と物資を置いて行く辺り、すぐに戻って来るつもりでいたのでしょうが‥‥」
繋がれたままの馬達を撫でながら、レイ・リアンドラ(eb4326)は考える。追跡を続けるならばこれらの物を置いては行かぬ筈。戦闘になると踏んでの判断とすれば、ここから然程離れていない場所で敵に追い付ける確信があったのだろう。
「辿った道筋は、旧街道の名残なのじゃな」
ヴェガは崩れた城壁によじ登り、眼下を見下ろす。森に埋もれた街道跡だが、それ以外の場所と比べればずっと歩き易い。こうして見ると、そこだけが浮き立って見えた。未踏の森を歩くのは酷く草臥れるから、賊もトーエン隊も自然、街道跡に沿って移動する事になる。そして。
「火事‥‥アルか?」
靄の様な濁りが、行くべき進路を覆っていた。目を凝らしたグレイがレイの肩をトンと叩き、指し示す。靄の向こうに、数頭の倒れた馬と、微動だにしない甲冑が見て取れた。プットアウトのスクロールを弄りながら火元を探そうと羽ばたいた美星を、ヴェガが制す。鼻を刺す臭いが、明らかに煙とは異なっている気がする。肺と鼻腔を刺す微かな痛みに、彼女はハッとなった。
「皆、下がるのじゃ! これは黴、毒黴の胞子じゃ!」
「なるほど‥‥これは性質が悪い」
グレイとレイが武器に手を掛けながらじりじりと下がる。周囲の木々に、辛うじて見止められる工作の跡。皮を破り、菌糸が露出しているのも見えた。僅かな衝撃で、猛毒の胞子を吐き出し始めないとも限らない。こんな場所で襲われでもすれば‥‥。
「大丈夫、近くに呼吸しているモノはいないアル」
美星の言葉で、皆の緊張がようやく解けた。
「馬は見える範囲で10頭、人は2人確認した。それから‥‥道の外れに小さなのが、寄り添って蹲っているのが見えた」
忌々しげに首を振るグレイ。美星が悲しげに目を伏せる。
「罠で伝令と馬を失い、追い立てられながら森を敗走‥‥か」
ぞっとしないな、とキール。
●報告、3月1日
その頃、一班は獣道を掻き分け、森の中を進んでいた。
「この辺りの筈なのじゃ‥‥」
ユラヴィカと飛天龍(eb0010)が、高く飛びながら辺りを探索した末に戦闘の痕跡を発見したのは、もう日も暮れようとする頃だった。ユラヴィカが魔法の反応を、モニカが石の中の蝶を確認する。天龍は木々の陰に身を隠し周囲を警戒しながら、音も立てずに接近を果たした。そこには数匹のオーク戦士と騎士がひとり、息絶えて倒れていた。天龍は慎重に辺りを伺ってから、仲間を招き寄せる。
「死後2日ってところだね」
モニカが首を振った。幾本もの矢を受けており、致命傷は冑が潰れる程の強い力で頭部を殴打された事。
富島香織(eb4410)は進み出て、ここで過去視を試みる。
「‥‥向こうから逃れて来たものの、追い縋られ‥‥オーグラに敗れた様です。何か言伝を持っていたとしても、目ぼしいものは奪われていますから‥‥あ、待って。止めを刺される前に何か‥‥髪を止めている革紐を解いてみて下さい」
天龍が紐を解いてみると、思いのほか長さがあり、そこにはどうにか読める程の細かな字が記されていた。
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我が隊、敵の包囲下にあり
敵、不埒にも先王の臣を名乗り、騎士の慣わしを弄ぶ痴れ者なり
一騎打ちの求めを拒み睨み合うも、我ら困窮せり
オーグラ4部族、オーガ2部族、オーク5部族、外来のゴブリン族
総数100を超え、なお集まり来る模様
救援を求むものなり
3月1日 臣下トーエン・マウロ
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「場所が書いて無いな」
「きっと、自分達でも分からなくて書き様が無かったんですね。でも、トーエン隊の進軍と、彼が徒歩で脱出を試みた行程を考えれば、それだけの軍勢、見逃さない程には絞り込めます」
任せておいて下さい、と香織。彼らは場所の特定を急ぎ、二班との連絡を試みた。
●包囲
墨を流し込んだかの様に暗い森の中に、幾つもの火が揺れている。その揺らめく点の数は、眩暈を覚える程だ。思い思いに屯し焚き火を囲んで獣の肉を食らい酒を呷り。蛮族達は悠々と、まさに勝者の余裕。アシュレーはその油断を突き、スクロールで姿を消し隠身の勾玉で気配を断って、包囲の内へと入り込んだ。
トーエン隊の騎士達は小さな沢の辺に陣取って‥‥というより追い詰められていた。仲間を失って20人程に減り、満足に眠る事も食べる事も出来ぬまま、獣の様にその身を潜め、揺れる火を凝視している。彼らの戦意は、今にもへし折れてしまいそうだった。それだけにアシュレーは、自分を迎えた彼らの喜び様に、胸の痛みを覚えずにはいられなかった。
「残念だけど、すぐに皆を救う手立ては持ち合わせていないんだ。ただ、既に準備はされている。この苦境は名に賭けて確実に伝えるから、今少し耐えて欲しい」
隠し様も無い落胆に、アシュレーは晒された。しかし、情に流されはしない。無理に脱出を試みても、彼らを殺し、仲間をも危険に晒す事になるのだから。
トーエンの落胆も大変なものだったが、彼は訥々と現状を語り出した。
「どうやら奴らは、騎士の慣わしに従ってエーロン王の臣下である我々に勝ち、その上で寛大に許し配下に加える‥‥というのがやりたいらしい。愚弄するにも程があるというものだ‥‥だが、そう長くは耐えられそうにない」
そして、エーロン様の耳には入れたくないが、と前置きした上で、黒翅が代わって言い放ったという、敵将の口上を再現した。
我は軍を起こし先王に挑んだが、先王の使わした者にさえ力及ばず敗れた者である。しかし先王は寛大なるお心にて我を許し、命を奪わなかった。敗れて許されたからには、我は先王の息子となり、血肉となったも同然である。ところが聞き及ぶに、先王は邪な息子に国を盗まれ、追い遣られたという。天が裂け精霊界が溢れ出し、地が裂けて闇が噴出す程の驚きである。先王の息子デグレモは、忌わしき息子エーロンに正義を問うて戦いを挑むものである。不実な息子は、精霊と剣の下に裁かれるだろう。
同刻。敵陣の動向を探っていた音羽朧(ea5858)は、そこから離れる2つの影を追い、陣の外れに至っていた。
(「あれが黒翅でござるか‥‥一緒にいるのは、カオスニアンか」)
黒翅と共にいるのは、浅黒い肌に刺青を刻んだ長身の女戦士。男の様に短い黒髪と、ぎらぎらした黒い瞳は、一度見たら忘れられそうになかった。
「──だから、あんたが奴らの中から使えそうなのを選んで、略奪軍を編成して欲しい。何ならゴーレムでも奪ってやればいい。どうせ頼まずとも、大袈裟に有難がりながら運んで来るだろうからな」
黒翅の言葉に、女がにい、と笑みを浮かべる。と、女は朧の方に視線を向け、怪訝そうな顔をした。朧には察知されたのでは無い自信があったが、人の勘は侮れぬもの。安全を優先し、彼は後ろ髪を引かれながらも、そっとその場を後にした。女は気のせいだと思ったのだろう、すぐに黒翅との話に意識を戻した。
●デグレモの行啓
ドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロ‥‥
翌朝。森の静寂は、低いドラムの音で破られた。現れたのは、オーグラの一団。その先頭に立つ者は、屈強のオーグラ達の中でも一際大きな体を鮮やかな化粧と羽根飾りで飾り立て、自らが特別な存在である事を誇示していた。
彼が鷹揚に手を掲げると、蛮族達は拳を振り上げ気勢を上げる。
「デグレモ! デグレモ! デグレモ! デグレモ!」
不思議な発声でこうとしか表記し様が無いのだが、それが彼の名であるらしい。遠巻きにこの様子を見守る冒険者達も、暫し言葉が無かった。
デグレモの傍らには、ゲールの姿があった。モニカが眉を顰め、一体どんな繋がりなんだか、と呟く。
「ゲールの背後にいたのが彼ら‥‥違うわね、どう見ても。ゲールが彼らを扇動したとしか思えない」
一方、香織が少しほっとした表情なのは、ワンド子爵家と関わりのあるオーガ族が、どうやらいない事を確認したからである。おっかなびっくりの供応も、無駄ではなかったという事だろうか。
「オーグラは、ざっと50といったところかの」
ユラヴィカの見立ては正確だ。オーガが20程だろうか。
「トーエン卿からの情報で、南側を調べてみた。ここらを囲んでいるオーク隊は6、70と数は多いが、広い範囲に分散しているし、それぞれ好き勝手にウロついているんだ。討たれた伝令も、ここから包囲を抜けたらしい」
アシュレーの話にグレイがなるほどな、と頷く。
「南側は特に木々が密集していて獣道すらあまり無く、起伏もあって歩くのさえ一苦労だ。それだけ連中同士の目も届いていないという事だな。逆に、デグレモとやらが陣取っている北側は開けていて平坦で見晴らしもいい。一時間ほど北上すれば、街道跡にもぶつかる」
「街道跡に出れば馬を走らせる事もどうにか出来る。廃城まで最速で1日といったところかのう。人の手が入らぬ森ゆえ、森の中を踏破しようとすれば確実にその倍、いや3倍の時間と体力を消耗する事になろうな」
ヴェガの言葉には実感が篭っている。森を抜けるのが余程に堪えたらしい。
「今のところ、死者の姿は見えぬでござるよ。これから出て来るのかも知れぬでござるが──」
朧が話していたその時、ニ匹のゴブリンがやって来た。身を隠し声を顰めるものの、彼らが従えていたジャイアントクロウが突然、けたたましく鳴き始めたのだ。すっと木の陰から現れたアシュレーの弓は、いっぱいに引き絞られている。放たれた矢が、この騒々しいカラスを黙らせた。早くも逃げ腰のゴブリンは先回りした天龍を跳ね除けようとするものの、この小さな拳法家をどうしても突破する事が叶わない。仲間を呼ぶべきだとようやく気付いた彼らだが、時既に遅く、美星の沈黙魔法の影響下にあった。狼狽の極みに達した彼らに。すっと間合いを詰めたレイは、撫でる様にその首を刎ね飛ばす。布で覆われたままのグレイの槍で叩き伏せられたもう一匹も、キールに短剣を奪われ、急所を一突きにされて息絶えてしまった。
「大丈夫、気付かれてはいないでござるよ。されどこの軍勢、蛮族にしてはなかなかの統制。何れ、この者達が戻らぬ事で異変を察知するでござろうな」
腕組みをしたまま枝にぶらさがり、敵陣を見据える朧。
「ここまでで得た情報を、確実に伝えるべきと考えます」
香織の言葉に、皆が同意を示す。
「もう少し探りを入れたいところだったが‥‥美しいお嬢さんの忠告には素直に従っておくとしよう」
当たり前の様に言うキールに、そうしてください、と屈託なく微笑む香織である。
美星は敵陣を見詰め、悲しげに俯く。
「ゲールさん黒翅さん‥‥こんな‥‥こんなことにみんなを巻き込もうとしていたアルか?」
目を潤ませる美星を、モニカが抱きしめた。
「取り付く巣を変えたということか」
救えないな、と天龍。わしらは、今の巣を懸命に温めるだけなのじゃ、とユラヴィカ。天龍は吹っ切る様に、行こう、と皆を促した。
香織は情報を纏め、オットー・フラルに報告をしたところ、彼と共にエーロンに説明をする役目も与えられた。報告を聞いたエーロンは、怒りのあまり血の気が引き、青ざめる程だった。香織は彼の感情が爆発してしまわぬ様に、務めて冷静に言葉を発する。
「この罠は、トーエン卿一人を飲み込んで良しとするものではないでしょう」
それだけ言えば、エーロンにも分かる。そしてそれだけのエーロンの信用を香織は築いて来た。故に、憮然とした表情のままではあったが己を御し、どう対処すべきか、と問い掛ける理性を、彼は見せる。
「蛮族がまた性懲りもなく暴れ出した、駆逐せよ、とお命じになれば良いかと心得ます」
かくして、エーロンより通常通りの蛮族討伐令が発せられ、辺境に近い幾つかの領主が兵を出す準備を始める事となった。異なるのは、教会の義勇兵と顧問が伴う事だけである。既に出兵可能なフラル家は先んじて事に当たり、トーエン卿の救出を試みる。
MG