トーエン卿救出作戦D【誘導隊】
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■ショートシナリオ
担当:マレーア1
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月24日〜03月29日
リプレイ公開日:2007年04月05日
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●オープニング
カオスの魔物を追って辺境の森林地帯に踏み入ったトーエン・マウロ卿は、蛮将デグレモ率いる軍勢に包囲され、窮地に陥っている。オーグラ、オーガ、オーク、ゴブリンのオーガ諸族から成るデグレモ軍は総勢150を超えており、疲弊困窮した20人が残るばかりのトーエン隊を押し潰す事など容易な筈だ。ところがデグレモは騎士の倣いに従い一騎打ちにて勝負を決する事に固執しており、トーエン卿がこれを受けぬ為、未だに包囲が続いているのだ。
デグレモはオーグラでありながら『エーガン王の唯一正しき息子にして臣』を自称しており、後継者エーロンを誹謗によって貶めた上、自分と戦って精霊と剣に正義を問え、と、決闘状の如き口上を伝えて来る始末である。
この道化じみた蛮将に対しエーロンは全く取り合わず、凡百の蛮族に対するのと同様、地方領主に対し討伐令を下した。指名された各家は出兵の準備を進めている所だが、フラル家は先んじて事に当たり、トーエン卿の救出を試みる様、直々に命じられる事となった。
エーロンは拝命の為に訪れたオットー・フラルの手を取り、
「このエーロンに成り代わり、騒乱を振り撒く不逞の徒を討ち果たして欲しい。頼む」
と、そう言葉をかけたものである。
「か、必ず臣下たる者の役目、果た、果たしてご覧に──」
主君からこの様に扱われた事の無いオットーは狼狽してしまい、たった一言の返答を返すのに10回以上もつっかえて、エーロンを苦笑させたという。
トーエン隊は沢の辺に身を潜め、森から僅かな糧を得つつ、ひたすら困窮に耐えている状況である。敵の中核を為すオーグラ隊50は、ならだかで見晴らしの良い包囲北側に堂々の陣を構え、トーエン隊を威圧している。その脇をオーガ隊20、ゴブリン隊20程が固めているが、このゴブリン達は戦いに獣を用いたり、毒黴を使ってトラップを仕掛けたりと特殊な技を用いる事が判明しており、一定の警戒が必要である。包囲の半分程、主に南側を担うオーク隊はその数70程。起伏があり木々の密集するこちら側は視界も通らず、地形そのものが沢地を封じ込め押し潰そうとしているかの様な印象を与える。
トーエン隊の置かれた状況は実に厳しいものだが、敵の包囲に隙が無い訳では無い。包囲軍の内、南側を担当しているオークの軍勢は広い範囲に分散し、一方的な戦いに緩み切った様がありありと見て取れるのだ。そこで、この一角を突破してトーエン隊を脱出させる作戦が計画される事となった。
フラル家お抱えの傭兵ジル・キールは、皆が集まったのを見計らい、おもむろに説明を始めた。
「さて、今回の俺達の役割なんだが‥‥包囲南側からトーエン隊を脱出させる、その段取りを整える事にある。具体的には、何らかの方法でこの作戦をトーエン隊に伝え、内と外で同時の作戦行動が取れる様にする事。疲弊の極みにある連中を奮い立たせて戦力にしつつ、速やかな敵中突破を果たさせるには、こちらでいろいろと工夫しなくちゃならないだろうね」
キールは憂いに満ちた表情を作ると、芝居じみた仕草で小さく首を振った。
「起伏があり木々が密集、視界が通らない南側に脱出すれば、敵にとって追い縋り難く、そもそも状況の把握すら容易じゃなくなる。‥‥あくまで上手く運べば、だけどね。移動が困難で状況が把握し難いのはこちらにとっても同じ。しかもヘロヘロの20人を伴っての事となれば、余程の段取りを整えておかなければ、ろくでもない事になるのは目に見えてる。行動を察知されたり、決行後にもたもたしていれば、あっという間に取り囲まれ、味方との連携も取れないまま嬲り殺し、と、そんな結末だって有り得るだろうさ」
そんなヘマを最後に人生を終えるなんて、絶対に御免被りたいところさ、と彼。
「突破を開始するその瞬間まで、敵に一切、作戦を察知させない事。速やかにトーエン隊を脱出させ、カバーに入る味方部隊への負担を最低限に抑える事。その為にはどうすべきか、考えなくちゃならない」
さてこれは難題だ、と彼は、まるで人事の様に笑った。
●リプレイ本文
●誘導隊潜入
森の中の包囲網は、以前の報告のまま、その場所にあった。オーク達は小さなキャンプを幾つも作り、それぞれが好き勝手に行動している。過ごし易い場所を取り合った結果の配置であり、互いの距離もまちまちなら完全に孤立している集団もある。こちらにとっては、願っても無い状況だ。
10名のクレリックを加えたキール隊は密かに敵に接近し、如何に付け入るべきか、慎重に検討していた。
「‥‥と、敵の配置はこんなところでござる」
音羽朧(ea5858)が調べ上げた敵情を報告し終えると、イリア・アドミナル(ea2564)は地面に書き上げた簡単な地勢図を指し示しながら言った。
「進入路は、最短距離を行きましょう。険しい場所ですが、この辺りはオーク達も面倒がって放置している様ですから」
そうだな、とルクス・ウィンディード(ea0393)も頷く。
「だが、トーエン隊を逃がすには些かキツい」
ルクスの指摘に、如何にも、と朧。
「脱出には、多少は平坦なこちらの迂回ルートが良いでしょう。経路上にあるキャンプを他隊に排除してもらえれば、短時間で駆け抜けてしまえると思います」
「なるほど、悪くない。異論のある者は?」
ジル・キールが皆に問う。反対する者はおらず、作戦は決定された。他隊と連絡を取りつつ、与えられた休息時間を思い思いに過ごす。
「よかったら、どうぞ」
クライフ・デニーロ(ea2606)が提供してくれたソルフの実を、イリアとディアッカ・ディアボロス(ea5597)は恐縮しながら受け取った。いいんだよ、とクライフが笑うのに合わせ、ぐう、とルクスの腹が鳴る。周囲を警戒していたディーネ・ノート(ea1542)が、しー、と口に指を当てて、笑いながら。はい、と差し出された保存食を、ルクスも有難く貰っておくことにする。
(「火が使えれば、何か作るのにな‥‥」)
しかし、今は僅かでも敵に察せられる危険を冒す訳には行かない。味気ない保存食で腹を満たしていたディーネは、咽る様な土のにおいに空を見上げた。彼女の頬で、ぽつぽつと水滴が踊っては流れ落ちて行く。その冷たさに、慌ててマントを手繰り寄せた。
「雨か」
導蛍石(eb9949)が、表情を曇らせる。雨は、こちらの姿と気配を隠してくれる。しかし同時に、疲弊したトーエン隊を更に打ちのめすに違いないのだ。
進入の為に選んだ経路は、異様に密集した木々が根を縦横に絡ませ足下が不確かな上、幾重にも段差が重なり、しかも元々緩い地面が雨を吸ってぐずぐずになっているという最悪の場所だった。ただし察知され難いという一点において、最高の条件を備えている。故に、雨に濡れ泥に塗れ、擦り傷だらけになりながらも行こうとする者達がいる訳だ。
「便利ですね、これ」
イリアが美しい柄の絨毯を摩り、感心する。翅を持たない者にとっては、ディアッカの空飛ぶ絨毯が大いなる助けとなった。
「‥‥待って、絨毯を下ろして」
イリアのブレスセンサーがごく近くに反応を見つけた事で、一行に緊張が走った。窪地から細木をそっと掻き分け顔を覗かせたディーネは、緩み切った表情で立小便をしているオークを発見し、暫し様子を伺った後、すすっと引っ込んだ。
「大丈夫、気付かれて無いみたい」
オークがおしっこしてた、と後ろの方はごにょごにょと。イリアも、ほっと胸を撫で下ろした。頷いたディアッカは周囲を警戒しつつ、沢へと接近。テレパシーでトーエン卿との交信を試みる。ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)は木々の枝に隠れながら進み、テレスコープで沢を見遣った。木々の間に、小さな水の流れが見える。注視すれば、木々の陰に身を潜め、獣の様に辺りを伺う騎士達の姿を捉えることが出来た。
「大丈夫、健在なのじゃ。戦闘が起きている様子も無い。相変わらず敵は遠巻きに囲んでおるだけの様じゃな。だが、やはり相当に衰弱しておる様に見えるのう」
彼らの目は何処か虚ろで、とても戦える状態とは思えなかった。それでは困るのだ。
「‥‥駄目です」
首を振るディアッカに、まさかトーエン卿は既に!? と、どよめく一同。
「いえ、そうではなく‥‥また幻聴が聞こえる、とかなんとか言うばかりで」
キールが、思わず苦笑した。手間のかかる御仁だ、と肩を竦める。
朧の技とイリアの魔法、ディーネの感覚を駆使し、キース隊は数名をトーエン隊に送り込んだ。彼らを前にしてようやく、騎士達は助けが来た事を理解し、歓喜したのだ。泣き出す者まで現れる始末で、幻覚かも知れないというので、男どもは遠慮なくぺたぺたと何度も何度も触れられる羽目になった。作戦の説明がされると、死人の様だった彼らの顔に幾許かの生気が戻る。どんな危険な作戦でも、ここでこのまま蛮族の見世物になっているよりは、余程マシというものだ。
蛍石と朧は、本隊から預かった水筒を配った。中身は水と蜂蜜と塩を混ぜたものだ。
「‥‥甘い」
呟いた言葉に、言い表せない喜びが篭っていた。蛍石は負傷者や衰弱激しい者には自らの生命力を分け与え、最低限脱出に必要な力を蓄えさせた。自身、ポーションを呷りながらの奉仕である。
トーエン卿は、精々捻挫と打ち身程度の傷しか負ってはいなかったが、その疲労は著しかった。しかし彼は、休息よりもまず、話したかった様である。
「昼には蛮族どもが大音声に挑発を繰り返し、夜には狼どもが徘徊し‥‥それに、あの黄色い大きな目が我が騎士を啄ばんでいる姿など、ああもう思い出したくも無い! いっそ降伏しようと言い出す家臣達とも、何度対立したことか。見てみよ、やはり私が正しかったではないか!」
応急手当を施しながら、うんうん上に立つ人って大変だよね、と相槌を打つディーネ。思いの丈や愚痴を聞いてあげるのも、大切な心の救いだ。
「どうだい? 敵が合流に気付いた様子は?」
キールの問いに、ディアッカとユラヴィカが首を振る。この点に関しては、雨はこちらの味方となった様だ。しかしもう十分です、と翅を打つ水滴を煩わしげに払いながら、ディアッカが呟いた。
「作戦開始までには、止んでくれると良いのですが‥‥」
そんな彼の願いも空しく、作戦は雨中での決行となってしまった。
●誤算の中で<誘導隊編>
翌朝。騎士達は武装を整え、トーエン卿のもとに集っていた。動けない者は健常な者が背負い、一人は朧が背負う。蛍石が、ディアッカから預かった追儺豆を数人の騎士に配っておいた。オーガが酷く嫌う豆、と説明したが、怪訝な顔。まあ、気持は分からないではない。
「では、行くでござるよ」
歩みだそうとした時、ディーネが、はっと振り向いた。木の陰に隠れ、こちらを伺うゴブリンに気付いたのだ。蛍石殿、と朧が叫んだ声に反応し、蛍石が逃亡を図ろうとしたゴブリンの行く手を遮る。どこをどうしたものか、派手に転倒したところに、鳩尾への一撃。哀れ、泡を吹いて昏倒してしまったゴブリンを、蛍石は草むらの中に放り込んだ。
「入りは緩くとも、逃さぬ為の警戒はしてあったという事でござろうかな」
妙に落ち着き払った朧の一言。彼の視線の先に、一匹、また一匹と狼が現れる。
突破! との掛け声と共に、トーエン隊が一斉に飛び出した。
作戦は、胸の空く様な突破劇で始まった。オークが犇いている筈の包囲南側を、これまで身を縮めているばかりだった騎士達が駆け抜けて行く。デグレモは呆然とこの光景を眺めていたが、やがて怒りの余り、己の額を割れる程に強く殴りつけたという。
だが、この脱出劇は、遠目に見る程楽なものではなかった。雨でぬかるんだ、獣道ですら無い傾斜地は、殺人的な悪路となって彼らを苦しめる。
「背負っている方々をこちらに。鎧や武器は諦めて下さい!」
フレッド・イースタン(eb4181)は愛馬ブレーを伴い、歩けぬ者達を馬の背に預かる。イリアは木々の向こうで蛮族達を食い止める仲間の姿を確認すると、自分達を追う獣の群に視線を向けた。今や狼の群に、オークの姿が混ざっている。狼達の遠吠えが、蛮族を呼び寄せているかの様だ。
ディーネの掲げた掌に渦を巻きながら水滴が集まって行く。たあっ! と放たれた水球は、凄まじい勢いでオーク戦士の腹を抉り、後方へ弾き飛ばした。
「‥‥ふむ、先を越されてしまったな」
クライフは魔法で生み出し溜めに溜めていた水を、ほれ、と斜面に落とした。ただでさえぬかるむ斜面に大量の水が流れるのだから堪らない。先頭を切っていたオーク達が、怒りの怒声を上げながらずるずると滑り落ちて行く様は、なかなかに愉快だった。だが何より、イリアに集う冷気が尋常ではなかった。突き出した両手から吹き出した猛吹雪は目の前の視界を一瞬にして埋め尽くし、蛮族達を白い世界に飲み込んでしまった。吹雪が消えた後には、半ば白く包まれた蛮兵が点々と倒れ伏すばかり。
イリアは魔力を秘めた黒の十字架を握り締める。内なる力を漲らせ、一瞬にして唱えた魔法で、辺りは濃密な霧に閉ざされていた。
「行きましょう、これで少しは時間が稼げる筈‥‥」
こちらの動きに合わせ、救助隊も後退を始める。作戦は順調に進んでいた。
息を切らして座り込んだ騎士達を出迎えたのは、黒衣の鎧騎士ルヴィア・レヴィア(eb4263)だった。にこにこと微笑みながら、彼らに労いの言葉をかける。
「無事で本当に良かった。頑張ったご褒美に、ささやかなご馳走を振舞うよ」
どんな美味珍味が並ぶのかと期待に胸膨らませていた彼らの前に、大きな皮袋が運ばれて来た。用意された木皿の中に、袋の中身が柄杓で取られ、差し出される。どろりとした冷たい何かが。
「何?」
「穀物の保存食と干し肉を少々、コトコト煮込んでみた。温かいのをご馳走したかったんだけど、敵に見つかるといけないから、作りおきになっちゃたんだよね」
失敗失敗、と拳骨でぽこんと自分の頭を殴る。凄まじい落胆の表情が実に愉快。
「ああ、油の滴る様な肉が食いたい‥‥」
今そんなもん食べたら胃が引っくり返るよ、と思いながらも、その気持をしっかり利用。
「無事にこの森を脱出できたら、肉とワインとチーズがお腹いっぱい食べられる。向こうのキャンプに用意してあるからね」
騎士達がおおお、と歓喜の声を上げた。
「ようし、ならば我らも取って返してフラル軍に加勢し、これを勝利の宴にしようでは──」
威勢良くブチ上げていた若い騎士の後頭部を、柄杓でカポンとドつく。
「だ・め・だ・ぞ? ちゃんと助かる事を第一に考えないと!」
いいのかな、今は気分が高ぶってるだけで十分回復もしてないんだし、もしも万が一不覚を取る様な事になったら‥‥と、さも心配げに耳元で囁く。ぶるっと身を震わせ何度も頷いて見せる彼に、分かってもらえて嬉しいよ、と微笑むルヴィアである。
どろりとした何かは、食べればまあそれなりには美味しかった様で。材料を提供したイリアとクライフも一安心だ。
クレリック達の治療を受けさせた後、隊は転進。戦場を迂回し、北に向けて進み始めた。
二回目の大休止で、騎士達には幾らか薄めた酒が振舞われた。冷え切った体にこれは有難い。酒を差し出され、感謝する、と呟いたトーエンに、ユラヴィカは言った。
「約束したこと、忘れてはおらんじゃろな? せっかく改心するというに死んでしまわれては寝覚めが悪いしの。乗りかかった船なのじゃ」
トーエン卿、貧相な髭が濡れてぺっちょりと張り付いて、まるでハラペコの痩せ鼠の様な有様になっていた。何とも哀れなものである。
「そう睨むな、嘘はつかんよ、嘘は‥‥」
と、その時。風信機が音を発した。
「聞こえるか? 敵の一部が回り込みに掛かってるんだ! このままだと北進中のトーエン隊とカチ合うかも知れない。空から頭を押さえてみる、以上!」
思いもかけない知らせ。やがてその気配は、容赦無くキール隊に圧し掛かって来た。雨音に混じって、蛮族どもの鬨の声が耳を打つ。音は木々の間で反響し、まるで百の軍勢が千にも万にもなった様に錯覚させる。安堵から一転、窮地に立たされ、騎士達から、終りだ‥‥と声が漏れる。ルクスは若い騎士の冑をゴチンと鳴らし、ふざけてるのか? と一蹴した。
「このままだったらお前らは負けて死ぬんだ。どうせなら勝って派手に逝きやがれ!」
彼が漆黒の槍を構えると同時、霧の如く舞う雨を突いて、オーガ戦士の一団が現れた。びりびりと響く雄叫びを上げ、一糸乱れず突進して来る。空を舞う大烏の姿に、ディーネが眉を顰めた。あれが蛮族の目になるのなら、こちらの動きは丸見えだ。
「後ろのオーガ、弓を構えてるぞ、気をつけろ!」
ルクスの忠告は僅かに遅かった。イリアは飛来した矢に右肩を貫かれ、その場に崩れ落ちた。すぐに立ち上がろうとしたものの、腰に力が入らない。
(「毒矢‥‥ね。恐らくはポイズンドート辺りの‥‥」)
クライフもすぐにそれを察し、動物毒の解毒剤を差し出した。
「嫌らしい戦い方をする。騎士道じゃなかったのか」
蛮族の言い草を真っ正直に信じて怒る彼に、イリアがくすりと笑う。
雨空を切り裂き現れたグライダーが、一瞬にして木々の向こうに飛び去った。投下された鉄球はオーガ達の中に吸い込まれたかと思うと、彼らを壊れた人形の様に薙ぎ倒した。取って返し、今度は吹雪を浴びせ掛ける。乱戦の中で騎士が必死で投げつけた豆に、オーガが慄き怯むのを見て、騎士達は剣を取り直した。後方から、ゴブリンの一団が迫って来る。フレッドは馬上の騎士達に解毒剤とポーションを手渡すと、素早く長弓を引き絞り、ひょうと放った。一匹が射抜かれてのたうち回る中、喚き散らし、狼の鎖を外そうと大騒ぎを始める。
本隊が到着したのは、その時だ。
「ここは任せ、後退する!」
キール隊は本隊の背後に抜け、そのまま待機中のフロートシップを目指す。煌々と灯りを照らし、雨に輝く船を目の当たりにした時、騎士達はその場にへたり込み、暫し動く事さえ出来なかった。
無事、トーエン隊の騎士達を船に預け、後は船の脱出を待つばかりとなった時。朧は森の中で、厄介な相手と出くわしていた。浅黒い肌に刺青を刻んだ長身の女戦士。男の様に短い黒髪と、ぎらぎらした黒い瞳。忘れる筈も無い。
「船を襲うつもりでござるか‥‥」
妙な気配を感じ、不用意に確かめに来てしまったのは、やはりどこか気が緩んでいたのかも知れない。急所こそ外したものの、肉厚の鉈の如き短剣は、朧の腹を抉っていた。朧は指笛を吹き鳴らし、仲間に異常を知らせる。ぎりぎりと剣に力が加わり、剣を伝った血が、女の手を濡らしていた。
と。雨が乱れ、木々が揺れ、木の葉が舞った。船が、今、飛び立ったのだ。
「‥‥残念でござったな」
剣に、更なる力が篭る。が‥‥。異常を察したディーネが仲間を伴い駆けつけた時、女の姿は何処にも無かった。
「トーエン隊は森林地帯を脱出した。繰り返す──」
この報せを受けたオウロ隊、エリル隊も離脱を図り、本隊、キール隊と合流。トーエン隊という枷を外された後、戦いは辺境の森を縦横に用いての時間稼ぎに移行した。デグレモ軍が押し出れば、こちらは組し易い所を叩き、足を鈍らせて退くという具合で、援軍が到着するまでの時間を稼ぐという役割を、オットー・フラルと冒険者達は見事に果たしたのである。
しかし、オットーの表情には、不安の色が滲み出ていた。
「デグレモ軍に、人が加わっていたという情報があります。複数で一に当たる戦い方、負傷した者を下がらせ治療を行っている形跡もあり、一騎打ちを受けるとの申し出にも、儀式で事を決するのは最後の時のみ、と一蹴する程で、策の用い方や戦い方にも、蛮族らしからぬ部分が多々見受けられます」
報告をするものの、エーロンも俄には信じ難い様子。
「この件に人の思惑が絡んでいると、そう考えるのか」
いえ、と、これには言葉を濁すしか無い。そんな軽々しいことを、言える筈など無いのだから。
「カオスに組するなど、本来ならば蛮族の中でさえ、あってはならない事なのだ。故に私は、デグレモなる者を決して許しはしない」
ジ・アースと違いオーガ達が無条件討伐の対象と為らぬのは、ひとえに彼らがカオスに属さぬ者である故である。己の分を守り人々の生活を脅かしさえしなければ、生きて行く権利は認められている。現に、一部では彼らとの交易による共存共栄関係も成立しているのだ。
エーロンは、デグレモ討つべし、と重ねてオットーに命じた。討伐軍の集結は、間もなく完了する予定だ。