廃城の戦いA【本隊】

■ショートシナリオ


担当:マレーア1

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月21日〜04月26日

リプレイ公開日:2007年05月07日

●オープニング

 蛮将デグレモの包囲より、トーエン・マウロ卿は救い出された。思いもよらぬ不覚に激怒し、この恥を血で濯ごうと躍起になったデグレモだったが、巧みな遅滞術に翻弄され、結局は辺境の森に押し止められたまま、領主軍が集結する時間を与えてしまった。集結した戦力はおよそ150。堂々たる陣容である。
「敵の数はほとんど減っていません。一度命を失った者が、再び立ち上がり戦い続けているんです。残りの敵も同様と考えれば‥‥敵は倍いるのと同じ事になります。そうでなくとも、この蛮族軍には腑に落ちないところが沢山あります。カオスの魔物が関わってもいるのですし、警戒の上にも警戒を──」
 オットー・フラルの忠告を、さてどれ程の者が理解している事か。一抹の不安を感じる彼ではあったが、それ以上強く言う事の出来ぬまま、討伐に向かう彼らを見送った。騎士50に教会派遣のクレリック10という構成の第一隊が先んじて、騎士30にクレリック10の第二隊がその翌日、デグレモの首級を挙げんと意気揚々、森林地帯に踏み入ったのである。

 森林地帯の縁に位置する古い時代の廃城。半壊した城壁と塔の残骸が残るばかりの物寂しい場所だが、小高い丘の上に位置しており、この辺りでは唯一周辺を見渡せる。旧街道跡が南に走り利便性が高い事から、デグレモ討伐軍の基地として、武器や食料などを運び込んでいた。あくまで討伐支援の為の拠点であり、ここで戦う事を意図してはいない。
 ところが。
 まだ薄暗い明け方の事。廃城に詰めていた30余名の騎士達は、ドロドロドロ‥‥という不気味なドラムの音に城外を見渡し、そして絶句した。丘の南側、麓に揺れる、無数の松明。耳障りな鬨の声は、間違い様も無い、蛮族のそれだ。
「何てことだ、何故ここに敵がいる!?」
「先行した軍勢は肩透かしを食らったのか‥‥」
 辺りを漂う青白い炎と、徘徊する半ば腐り果てた蛮兵の成れの果て。それらが眼下に屯する光景は、悪夢としか言い様が無い。異変を知らせる為に廃城を出た伝令達は、気付くと幾つもの黄色い瞳に囲まれていた。羽音と共に悲鳴が響く。巨大な梟が仲間を鷲掴みにし飛び去って行くのを、彼らは見ている事しか出来なかった。
 敵は明るくなると、周辺の木々を伐採し、大型の投石器を作り始めた。同時にゴブリン達が、彼らの背丈程もある大玉を幾つも作っている。何にせよ、廃城を攻め落とそうとしている事は、誰の目にも明らかだ。
「こんな所で敵と対峙する羽目になるとは‥‥。城とはいっても、ここは野晒しの廃墟でしか無いんだぞ」
「仕方あるまい。エーロン様がご用意下さった銀の武器、各家備えの武器防具、馬や驢馬、食料や酒だってある。これをみすみす渡して、一体誰に顔向けが出来るというのだ」
 逃げるに逃げられず、彼らはただ、敵の動向を見守るばかりである。敵陣からは一度、オーガ戦士10匹程度から成る小隊が分離し、攻撃が始まるのかと騎士達を緊張させたが、そのまま何処かへ姿を消してしまった。中にはカオスニアンらしき者の他、人の姿もあったという。

 知らせを受けた第一隊、第二隊は、翻弄された自らを呪いつつ取って返し、廃城へと向かう途上にある。妨害に遭わなければ、第二隊は作戦開始当日に、第一隊は翌日、到着出来る筈だ。無論、急ぎ戻って来る彼らを即投入して良いのかどうかは、考え所ではあるのだが。
 廃城に最も早く駆けつけられる戦力となったオットーとトーエンは、廃城救援の為の作戦を立てる必要に迫られた。
「ここはやはり、廃城に拠って先行の軍勢が取って返すのを待つのが常道か。持ち堪えられれば、敵を前後から挟み撃ちにも出来よう」
 トーエン卿の策に、頷くオットー。ただ、頼みとするに、廃城はあまりに頼りない。そこに舞い込んだのが、新型サイレントグライダー実戦使用の打診である。
「新型のグライダーは、風だけでなく地の精霊力を用いる事が出来、12m以下の低空ではチャリオットの如き静穏かつ滑る様な飛行が可能なのです。墜落の心配も無し! まあ完全にコントロールを失っていればその限りではありませんが、そんな時の為に救命具も用意しております。速力、搭載力、安全性共に従来機を上回る最新鋭兵器なのです!」
 オーブル・プロフィットが差し向けた技術者は話し始めたら止まらない様子。半分も理解出来ないオットーだったが、使わせてくれるというものは有難く使わせてもらう事にする。そこでふと、こんな策が頭に浮かんだ。
「いっそ、廃城は敵に明け渡してしまってはどうでしょうか。物資は敵の手に渡ってしまいますが、敵を森の中から引き出して廃城の中に押し込められれば、むしろ戦い易くなる様な気がします。城壁や塔だって、ゴーレムやグライダーを使えるこちらにとってはあまり障害にならないでしょうし」
「‥‥意外と思い切った事を考えるのだな、オットー卿」
 トーエン卿が呆れた様に呟いた。作戦の詳細は、冒険者の助言を得た後に決定する事とする。
 皆の前に立ち、丁寧に頭を下げたオットーは、今回の作戦について語り始めた。
「私達は第一隊60名と合流し、可能な限り速やかに戦いに加わる事で、デグレモ軍との戦いを決定付けなければなりません。第一隊が到着するのは、作戦開始2日目の予定ですが、もしもこれを僅かでも早めるアイデアがあるなら、是非とも申し出て下さい」
 細かな点については他隊と相談の上で、と早々に話を締めようとしたところに、
「他にも言っておく事があるだろう」
 と、トーエン卿が割って入った。
「良いかな? 恐らくだ、こちらで相談も無しに決めてしまった作戦に、領主連中は皆、不満を持つだろう。これだけの恥を掻いたとなれば却って意固地になり、己の機転で状況を変えようとするのが人というものだ。彼らにとって、オットー卿もこのトーエンも、鎬を削る競争相手なのだからな。だが、敵の足止めさえ出来ない間抜けの体面に気など配っている暇は無い。上手く言い包めて従わせ、最善の動きをさせねばならん。最終的には決定した策通り、この場でデグレモ軍を壊滅させられる様に計らう。それがこの隊の役割だ。面倒は覚悟しておけ。以上だ」
 あまりのドギツイ表現にオロオロするオットーを捨て置き、トーエン卿は共に戦うエリル隊の方へ行ってしまった。以前、彼に対して同じ様に冒険者が画策した事があったのだが、果たして本人、気付いているのか、いないのか。
「えー、と、とにかくです。揉め事で貴重な時間を浪費してしまわない様、考えておいて頂けると、とても助かります。それから‥‥」
 それまでの笑みが消え、真剣な表情になった。
「敵の大将デグレモと、彼と行動を共にしているだろう黒きシフール‥‥敵を追い込む事が出来たなら、敵の殲滅よりも彼らの逃亡を許さない事を念頭に置いて、行動して下さい。もしも逃がす様な事があれば‥‥きっとまた、同じ事の繰り返しになってしまう‥‥そんな気がするんです」

 状況を確認しておく。
 第二隊(騎士30、クレリック10)は作戦開始当日に、第一隊(騎士50、クレリック10)は翌日に到着する。廃城に30名の騎士、オットー隊及びトーエン隊20は、森林地帯の外、廃城から半日程の場所に待機中。
 デグレモ軍の陣容は、オーグラ40、オーク戦士30、ゴブリン戦士10。アンデットと化したオーグラ10、オーク戦士が20、レイスが30程確認されている。これらが混在した状態で、旧街道跡との連絡を遮断するかの様に廃城南側に布陣しており、着々と攻城の準備を整えている。周辺の森ではジャイアントオウル(大梟)が目撃されている。夜行性の凶暴な猛禽だが、その数は不明。カオスニアンと人、オーガ戦士10から成る別働隊の行方は分かっていない。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1819 シン・ウィンドフェザー(40歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea9515 コロス・ロフキシモ(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・ロシア王国)
 eb0420 キュイス・デズィール(54歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb4096 山下 博士(19歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4242 ベアルファレス・ジスハート(45歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4304 アリア・アル・アールヴ(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4313 草薙 麟太郎(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4392 リュード・フロウ(37歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4639 賽 九龍(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●第一隊急行
 デグレモ軍にまんまと肩透かしを食らってしまった第一隊の騎士達は、懸命に森を駆けていた。誰しも無言で、荒い息と、甲冑の鳴る音だけが辺りに響く。意気揚々と森に踏み出した時に比べ、彼らは随分と身軽になっていた。一刻も早く戦場に至る為、他は全て捨てて来たのだ。
「その決断、決して後悔はさせません」
 グライダーを駆り、空から彼らを誘導しながら、草薙麟太郎(eb4313)は呟いた。そうする様、騎士達を説得したのは彼である。無論、算段があっての事だ。
(「リュードさんには、後で何か奢らなくてはいけませんね」)
 機体に制動をかけ、後方に脱落者が出ていない事を確認すると、彼は一気に速度を上げた。
 少し離れた森の開口地に、1隻のフロートシップが待機している。甲板に出て空を見渡していたリュード・フロウ(eb4392)は、遠くに翼の煌きを認め、艦橋に走った。
「もうすぐ到着します、すぐに出せる様に準備をお願いします!」
 艦長はうむ、と頷きクルーに命令を下し始めた。この森の奥地から、戦場となっている廃城の近くまで、第一隊を船で運ぶ──単純かつ有効な方策だが、第一隊と船を何処で合流させられるか、その一点で有効性が大きく変じる賭けでもあった。迷う麟太郎に『必ず良い場所を見つけてみせる』と大見得を切った自分を思い出し、今になって内心冷や汗をかくリュードである。だが、彼らは賭けに勝った。
 フロートシップはその速力をもって、僅かな時間で数度の往復を果たし、騎士達を戦場へと送り込んだ。短縮された一日は、何にも代え難い貴重なものだ。しかも、昼夜を問わぬ強行軍で疲れ果てている筈だった騎士達は、十分な体力を温存している。

●主導権を握れ
 オットーの天幕に現れた第一隊の領主達3名は、バツの悪さを居丈高な態度で隠そうとした。
「ご苦労だったなオットー卿よ。後は我らに任せてもらいたい」
 だが、鬼面の奥からじっと見据えるベアルファレス・ジスハート(eb4242)の双眸とコロス・ロフキシモ(ea9515)の巨体に出迎えられ、最後は尻すぼみになってしまった。
「こちらへどうぞ」
 山下博士(eb4096)の微笑みは、彼らにとって天からの救いの手だったに違いない。既に、トーエン・マウロ卿と第二隊の領主2人も揃っている。皆が席に着くと、状況説明から始めよう、とアレクシアス・フェザント(ea1565)が、オットー・フラルを促した。
「現在、敵は丘の南側から、廃城に対して攻撃を仕掛けています。こちらは廃城との間に敵を挟みこむ形で第二隊、トーエン卿の隊、エリル隊が布陣し、廃城にはオウロ隊が入りました。城の兵力と共に防戦に努めていますが、敵の攻撃は激しく執拗なものです。ご存知の通り、あの城は拠って戦うに足りるものではありません。そこで──」
 オットーが額を拭いつつ懸命に説明をするのだが、領主達は難癖でもなんでも付けて主導権を握りたいのだから、当然素直に受け入れる筈など無い。が。
「なるほど、エーロン様が好まれそうな策だ」
 領主達が異を唱えるより早く、アレクシアスが頷いた。確かに、とアリア・アル・アールヴ(eb4304)が間髪入れずに話を継ぐ。
「逆境に対し視点を変えて好機とする事は、エーロン様の好む所です。例え敵に覚られても問題の無い所も良い。ですが最も重要なのは、被害が最小限に抑えられる事です」
「し、しかし、敵はエーロン様を悪し様に罵った輩ではないか。それを前にして一時とはいえ退くなどと‥‥我らお叱りを受けるのではないか」
 ようやく口を挟んだ領主達に、何を仰りますか、とアリアは大袈裟に嘆いて見せた。
「陛下にとり諸卿は何にも変えがたい宝。これが国と国との誉れ高き決戦であれば涙を飲んで死守せよとも仰せでしょう。ですが敵は蛮族と死人の軍勢なのです。包囲網を完成させ領地領民を守り、皆様の被害を抑える事こそが重要でしょう」
 むう、と唸るばかりの領主達に、ともあれ、とベアルファレスが畳み掛ける。
「作戦を成功に導いた者こそが真の功労者と言えましょう。そうあってこそ、ジーザム陛下やエーロン様のお目にも止まろうかと存じますが、如何?」
 暫し、沈黙。領主達は寄り集まり、ヒソヒソと話始めた。
「戦に運不運は付き物。不覚を取ろうとも、その事をエーロン様が咎め立てする事は無いだろう。だが、出来る働きをせぬままに敵に名を成さしめたとすれば、ここにある我ら全員、厳しい叱責を受けることになる。一度失った信頼は、容易には取り戻せまい」
 淡々と語ったアレクシアス。領主達が、ぶるっと身震いをする。
「既に戦いは始まっているのだ、逡巡している暇もあるまい。私はオットー卿の策で良いと思うが」
 トーエン卿が、水を向けた。アレクシアスが、オットーの背をとんと叩く。
「では、その様に運んでよろしいですか?」
 反対の声は上がらなかった。
「時間が惜しい。‥‥先に行くぞ」
 大きな体を揺らし、さっさと天幕を出て行くコロス。否を唱えたい者がいたとしても、もうその機会は失われた。トーエン卿が、これで貸し借り無しという事にして頂こう、とオットーに囁き、いや安い買い物であった、と満足げに天幕を出て行った。後に続き、とぼとぼと天幕を出る領主達を、アリアが追いかけて話しかける。彼らの中にも、とにかく手柄を望む者もあれば、ただただ安泰を望む者もいる。大筋希望通りのところを是非ともと頭を下げ、話を纏めてしまうのだ。これで後に確執を残す事も無いだろう。その手際の良さに目を丸くするオットーに気付き、アリアがにやりと笑って見せた。

 天幕からオットーと共に現れたアレクシアス。それを見て、キュイス・デズィール(eb0420)が可笑しげに顎を摩った。
「ったく、泣く子も黙るルーケイ伯も、あの坊やの事となるとただの世話焼き兄ちゃんだな。そこがまたそそる訳だが‥‥。ちったぁ俺が手ぇ貸してやんねぇとな。これもセーラ神の慈悲って奴だ」
 女神様は今、全力で首を横に振っているに違いない。
「出番だ、青年」
 ベアルファレスに声をかけられ、ゴーレムの足下をキコキコ磨いていた賽九龍(eb4639)が、やっとか! と喜びの声を上げた。自分の乗機となるバガンを見上げ、頼むぞ相棒、と冷たい石肌をペチリと叩く。
「私は後発に回る。存分に暴れて来るがいい」
「任せとけ。でも、おっさんが出る頃には敵がいなくなってるかも知れないな」
 嘯く九龍に、手並みを拝見させてもらおう、とベアルファレス。九龍機に貸し与えた風信機が積まれているのを確認し、バガンが起動するのを見守った。
「よし、ちゃんと動く‥‥チャリオットは動かした事あるけど、コイツも操縦してみたかったんだよな〜」
 水晶球を何度も握り直しながら、ずらりと並ぶ隊列の最前列に機体を運ぶ。初陣への期待で、彼ははちきれそうだった。
「行きましょう」
 オットーが命を下す。
「前進!」
 アレクシアスの声が響き渡り、隊列は廃城の丘に向かい、歩み始めた。

●廃城に死す
 廃城に残っていた兵はオウロ隊と共に、激しい攻撃に晒されながらも脱出を果たした。デグレモ軍は嵩に掛かって、一気呵成に廃城内へと突入。奪った物資を掲げ持ち、勝ち誇って気勢を上げた。半壊した城壁の上に奪った酒樽を抱えてよじ登ったオーグラは、蓋を素手で打ち抜くや、抱え上げてぐいと呷る。蛮族どもはやんやの喝采で、騎士達を肴に酒盛りを始める始末だ。
 無論、これはあくまで策。いつまでも蛮族達を喜ばせておく必要も無い。エリル隊にトーエン隊、休息中だった第二隊も加わり先鋒隊が南側から押し寄せると同時、城兵とオウロ隊も取って返して出口を封じる。第一隊と共に前進した本隊が廃城東側より迫るに至って、廃城は一瞬にして蛮兵どもを押し込める檻と化したのである。

 ただ、蛮兵達も黙ってはいない。東の斜面では、包囲を崩そうとする敵の斬り込み隊との間で激しい戦闘が繰り広げられた。相手も死に物狂い、その勢いは凄まじいものがあった。
 九龍はゴーレムの巨体に慄く蛮兵達を、次々に剣で薙ぎ払う。だが、全ての敵から狙われる恐怖。無残な骸の有様が何度も蘇り、吐き気が込み上げて来た。
「くそ、怖気づいてる場合じゃない! やけでも何でも魂を奮い立たせろ、俺!!」
 剣の重みに振り向いた彼は、真っ二つに胴を断たれ、そのままアンデットと化したオーグラと目が合った。内臓を毀れ落ちさせながらも腕に絡みつくその姿に混乱し、必死で自分の腕を振り払う。棒立ちとなったゴーレムにオーグラの戦士達が襲い掛かった時、彼を救ったのは、リュードのウッドゴーレムだった。素早く間合いを詰めたリュードは、組みついたオーグラの腕を斬り払い、敵の反撃をかわしながら、連携できる体勢を作り出す。その光景に、九龍もはっと我に返った。
「落ち着け俺‥‥見るんじゃない、感じるんだ!」
 怪鳥音を発しながら突進し、叩き付ける剣筋は無茶苦茶だったが、その勢いに後続の騎士達が続き、敵を押し遣って行く。
 と、突然敵が錯乱し、仲間同士で争い始めたではないか。見上げるとそこには麟太郎のグライダーが舞っている。彼が敵に幻影を見せているのだ。と、敵もこれに気付いたものか、大梟が一斉に襲い掛かって来た。
「おっと‥‥」
 彼はこの襲撃に些かの傷を負いながらも、まるで羽虫がそうする様に、すとんと垂直に落下して捕らわれるのを巧みに避けた。直下で体勢を立て直し、再び襲い来ようと追って来る大梟達に魔法を掛ける。
「そんなに好きなら、思う存分どうぞ」
 互いをグライダーと思い込んだ大梟達が、激しい空中戦を始めていた。
 味方が作った道を辿り悠々と廃城に迫ったベアルファレスは、丈夫な縄と帆布で作ったゴーレムサイズのスリングを持ち、手頃な岩を集めて積み上げると、これを廃城に向けて次々に飛ばし始めた。突如として移動砲台が出現した様なもので、狙われる方は堪ったものではない。
「なるほど、少しコツがいる様だな」
 ゴーレムを通した際の微妙な動きのずれ、動作再現の限界を確かめながら、感覚を慣らして行く。スリングから弾を飛ばすなどというのはさして難しい行為ではなく、すぐに概ね思い通りの場所に撃ち込める様になっていた。
「ふん、鼠がこそこそと!」
 弧を描いて飛んでいった岩が城壁を崩し、蛮兵達を巻き込みながらガラガラと崩れて行く。この崩れた裂け目の前に立ち、コロスはにやりと振り返った。第一隊の面々が、ごくりと息を飲む。
「今度はこちらが奴等を屠る番よ! 鬨の声を上げろォーッ!!」
 うおお! と騎士達が、拳を突き上げ声を上げる。ふん! むう! どりゃ! と力任せに城壁を粉砕、入り口を広げると、行くぞ、と一声。グリフォンのギルゴートを駆り、城内へと躍り込んだ。彼が不幸なオーグラをギルゴートの餌にしている間に、騎士達は手柄を立てるのはこことばかりに挑みかかった。思いの外やりおるな、とコロス、レイスが上空に寄り集まりつつあるのを発見するや、聖剣アルマスを掲げて飛翔する。精気を吸い尽くそうと寄って来るレイスを一喝。
「そんなもので俺が殺せるものか!」
 ムウン!! と斬り払う彼の眼下で、剣にオーラを付与したゴーレム達が、死者の群を蹴散らし始めている。
 もはや、南と東からの圧力に蛮兵達は耐えられなくなっていた。戦力の薄い北側に退路を求めようとする敵もいたが、轟音と共に城壁が崩れ、その瓦礫が幾度となく頭上から降り注ぐ。そして頼みの死者が炸裂する劫火に次々と焼かれて行く様は、蛮兵達から戦意を奪い去った。
「見つけましたよデグレモ‥‥」
 麟太郎は、基礎しか残っていない間仕切りの一角に、まるでそこが玉座でもあるかの様にどっかと腰掛け、戦を見守るデグレモの姿を発見した。万が一にも逃げられぬ為、一騎打ちも拒絶はしない、というアレクシアスの話に、領主達が不安の声を上げる。彼らに、博士はこう答えた。
「ルーケイ伯は万夫不当。蛮将デグレモがカオスの輩では無く誓いを守る騎士の心の欠片でも持つならば、伯は自ら威徳をもって降伏させ、エーロン陛下の忠実なしもべとしたいとお望みです。しかし、カオスの輩であれば是非もありません。伯自らが武勇を見せる事はあっても、一騎討ちは軍略としてちらつかせるだけで、その性根と振る舞いに相応しい扱いをいたします」

 この俺と一騎打ちをする勇気のある者はいないのか、と挑発するデグレモ。その前に立ちはだかったのは、アレクシアスとオラースだった。コイントスに負けて先を譲る事になったオラースが、無念げに忠告を。
「あの金棒は危険だ。無数の窪みがオーグラの怪力と相まって、骨を砕き肉を深部まで引き千切って行くぞ。確実にかわして行け」
 それは苦手だ、と少し困った風に。進み出たアレクシアスの力量を察してか、デグレモは満足げに笑うと、金棒を彼に向けた。
「何故カオスなどに組する」
 デグレモから発せられた問いに、我が耳を疑う。制止する間も無く、恐るべき一撃が振り下ろされた。辛うじて盾で受け、振り上げようとするところをそのまま押さえ込んで、横一閃。凄まじい跳躍力で飛びずさったデグレモだがかわしきれず、ぱっくりと傷が開き、血が溢れ出した。
「カオスに侵されているのはお前達だデグレモ」
「幽鬼までもが貴様らと戦おうとするのに、何故そんな妄言が吐ける? 誑かされて目まで曇ったか」
 盾で防いでさえ、昏倒しそうになる。だがムラクモの切れ味は、アレクシアスを裏切らなかった。みるみる傷ついて行く自分に、デグレモは驚きの眼で己が敵を見詰めた。
「何故お前がカオスの手先なんだ。そうでなければ仕えてやっても良かったものを」
 血を失い、デグレモの息が上がっている。駆けつけた博士が、デグレモに言った。
「なら、縛についてエーロン様の前で申し開きをするがいい。きっと己の思い違いにも気付くでしょう」
 デグレモは、グハハ、と笑った。騎士の真似事をしているとはいえ、力が法のオーガ族に、それは通じない論法だった。
「俺を捕らえて連れて行くか? いいだろう、エーロンの頭をカチ割って、何が詰まっているか貴様にも見せてやろう!」
 正面からぶつかり合う両者。デグレモの指が飛び、金棒が唸りを上げて宙を舞う。振り向き様に振るった刃はデグレモの脇腹を抉り、命の継続を不可能にした。どうと前のめりに倒れ、事切れた後、デグレモは再び立ち上がる。だが、それはただの戦う肉塊だ。デグレモの形をしたものは、すかさず飛び出したオラースによって足を破壊された後、騎士達が突き込んだ数十本の銀の剣によって引導を渡された。頼みの蛮将を失って、蛮兵達も投降を始めた。いつしか、徘徊する死者の姿も見えなくなっていた。
「‥‥その頑迷さが無ければ、命繋ぐ道を用意してあげられたのに」
 博士はデグレモの骸を見遣り、残念そうに首を振る。
 ぽむ。と肩に手を置くアレクシアス。博士は識らず右の親指を銜えていた事に気付き赤面した。
「黒きシフールが見当たりません」
 戦いを終えたアレクシアスに、麟太郎が耳打ちをした。教会に動いてもらっている、とアレクシアス。確かに、クレリック達とキュイスの姿が見えなかった。

「黒きシフールが、ここにいるのーっ!!」
 突然のレンの大絶叫に唖然としていたゲールは、取り繕おうとして無駄と悟り、舌打ちをしながら逃走にかかる。
「生者ならぬ者の反応を追って来てみれば‥‥ふん!」
 キュイスが放ったホーリーを食らい、ゲールは本来の姿に戻って行く。鈎の尾が、確かに揺れていた。クレリック達の包囲網の中で、彼らの放つ聖なる力にゲールは焼かれ、もがき苦しむ。
「クレア様、た、すけ‥‥」
 倒れた彼女は、やがてぐずぐずと崩れ、消えてしまった。

 蛮将デグレモの乱はここに終結した。そこで、生き残りの蛮兵達をどうするかが大変な問題となった。彼らは元々人に仇為す者であり、しかもデグレモ同様、ウィルがカオスに侵されていると信じている。容赦無く撫で斬りにすべしとの意見が強かったが、オットーは解き放つべきと主張した。
「カオスを憎み種族を超えて結束した皆さんをこうして解き放つ事が、私達がカオスになど組していない証と受け取って頂きたいのです。もしも再び私達にカオスの影を感じ取ったなら、その時は是非もありません。しかしそうでないなら、この噂を口にする者達を、それは間違っていると嗜めて欲しいのです」
 この様に伝え、彼らの身に死者化の呪いが残っていないか調べた後、蛮兵達は解放された。150を超えた蛮族軍も、生き残ったのは僅か30程。骸は教会により念入りに弔われて、埋葬されている。亡者となって仇を為さぬよう、既に王家の了解は得ていたからである。

 九龍は、汚してしまった制御胞の中を、せっせと掃除していた。
「‥‥平気で殺せるようになんなきゃダメだな」
 すっかり萎びた顔でぶつぶつ言う彼。と、
「そういう事では無いと思いますよ」
 ひょいと覗き込んだリュードが、沸かし立ての白湯を差し出した。
「まあ、初戦は皆、多かれ少なかれ色々あります。焦らず、自分なりの戦いを見つければいいんじゃないですか?」
 九龍はずず、と白湯を啜りながら、ぼんやりと考え込むのだった。

●報告
 オットー・フラルと辺境領主達は、エーロン王に無事、戦勝の報告をする事が出来た。忠義厚きフラル家をきっとお取り立て下さいますよう、と願い出たアレクシアスに、エーロンは、必ず何がしかの形を以って報いよう、と大きく頷いたものである。また、些か落ち度のあったトーエン卿および各領主達ではあるが、一切咎め立ての言葉は無く、同様に労われたのである。本来ならば無事に役目を果たし終え、ほっと胸を撫で下ろすところであろうが、オットーの表情は沈んでいる。
「この件にリグの国が関わっているというのは、本当なのでしょうか‥‥リグの王はジーザム陛下とも深い交流があり、ウィルにはとても理解があるお方と聞いております。それが、何故私達を──」
 エーロンは首を振り、そこまでにしておけ、とオットーを制した。
「この話は、暫し忘れておくがいい。軽率な言動で信頼を失ってはならない。分かるな?」
 は、と頭を垂れるオットー。だが、どう振舞って良いのか分からず途方に暮れるばかりである。アレクシアスは彼の背をどんと叩き、『背筋を伸ばせ』と囁いて、先に行く。オットーは丁寧に頭を下げて、彼を見送った。

 余談ではあるが、ベアルファレスのゴーレムスリングは真に結構な実績を示したため、安価なゴーレム用攻城兵器として採用される事になった。勿論生身の敵に対する攻撃は、騎士道が適応されぬ戦いに限定されることは言うまでもない。