廃城の戦いB【廃城支援隊】

■ショートシナリオ


担当:マレーア1

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月21日〜04月26日

リプレイ公開日:2007年05月07日

●オープニング

 蛮将デグレモの包囲より、トーエン・マウロ卿は救い出された。思いもよらぬ不覚に激怒し、この恥を血で濯ごうと躍起になったデグレモだったが、巧みな遅滞術に翻弄され、結局は辺境の森に押し止められたまま、領主軍が集結する時間を与えてしまった。集結した戦力はおよそ150。堂々たる陣容である。
「敵の数はほとんど減っていません。一度命を失った者が、再び立ち上がり戦い続けているんです。残りの敵も同様と考えれば‥‥敵は倍いるのと同じ事になります。そうでなくとも、この蛮族軍には腑に落ちないところが沢山あります。カオスの魔物が関わってもいるのですし、警戒の上にも警戒を──」
 オットー・フラルの忠告を、さてどれ程の者が理解している事か。一抹の不安を感じる彼ではあったが、それ以上強く言う事の出来ぬまま、討伐に向かう彼らを見送った。騎士50に教会派遣のクレリック10という構成の第一隊が先んじて、騎士30にクレリック10の第二隊がその翌日、デグレモの首級を挙げんと意気揚々、森林地帯に踏み入ったのである。

 森林地帯の縁に位置する古い時代の廃城。半壊した城壁と塔の残骸が残るばかりの物寂しい場所だが、小高い丘の上に位置しており、この辺りでは唯一周辺を見渡せる。旧街道跡が南に走り利便性が高い事から、デグレモ討伐軍の基地として、武器や食料などを運び込んでいた。あくまで討伐支援の為の拠点であり、ここで戦う事を意図してはいない。
 ところが。
 まだ薄暗い明け方の事。廃城に詰めていた30余名の騎士達は、ドロドロドロ‥‥という不気味なドラムの音に城外を見渡し、そして絶句した。丘の南側、麓に揺れる、無数の松明。耳障りな鬨の声は、間違い様も無い、蛮族のそれだ。
「何てことだ、何故ここに敵がいる!?」
「先行した軍勢は肩透かしを食らったのか‥‥」
 辺りを漂う青白い炎と、徘徊する半ば腐り果てた蛮兵の成れの果て。それらが眼下に屯する光景は、悪夢としか言い様が無い。異変を知らせる為に廃城を出た伝令達は、気付くと幾つもの黄色い瞳に囲まれていた。羽音と共に悲鳴が響く。巨大な梟が仲間を鷲掴みにし飛び去って行くのを、彼らは見ている事しか出来なかった。
 敵は明るくなると、周辺の木々を伐採し、大型の投石器を作り始めた。同時にゴブリン達が、彼らの背丈程もある大玉を幾つも作っている。何にせよ、廃城を攻め落とそうとしている事は、誰の目にも明らかだ。
「こんな所で敵と対峙する羽目になるとは‥‥。城とはいっても、ここは野晒しの廃墟でしか無いんだぞ」
「仕方あるまい。エーロン様がご用意下さった銀の武器、各家備えの武器防具、馬や驢馬、食料や酒だってある。これをみすみす渡して、一体誰に顔向けが出来るというのだ」
 逃げるに逃げられず、彼らはただ、敵の動向を見守るばかりである。敵陣からは一度、オーガ戦士10匹程度から成る小隊が分離し、攻撃が始まるのかと騎士達を緊張させたが、そのまま何処かへ姿を消してしまった。中にはカオスニアンらしき者の他、人の姿もあったという。

 知らせを受けた第一隊、第二隊は、翻弄された自らを呪いつつ取って返し、廃城へと向かう途上にある。妨害に遭わなければ、第二隊は作戦開始当日に、第一隊は翌日、到着出来る筈だ。無論、急ぎ戻って来る彼らを即投入して良いのかどうかは、考え所ではあるのだが。
 廃城に最も早く駆けつけられる戦力となったオットーとトーエンは、廃城救援の為の作戦を立てる必要に迫られた。
「ここはやはり、廃城に拠って先行の軍勢が取って返すのを待つのが常道か。持ち堪えられれば、敵を前後から挟み撃ちにも出来よう」
 トーエン卿の策に、頷くオットー。ただ、頼みとするに、廃城はあまりに頼りない。そこに舞い込んだのが、新型サイレントグライダー実戦使用の打診である。
「新型のグライダーは、風だけでなく地の精霊力を用いる事が出来、12m以下の低空ではチャリオットの如き静穏かつ滑る様な飛行が可能なのです。墜落の心配も無し! まあ完全にコントロールを失っていればその限りではありませんが、そんな時の為に救命具も用意しております。速力、搭載力、安全性共に従来機を上回る最新鋭兵器なのです!」
 オーブル・プロフィットが差し向けた技術者は話し始めたら止まらない様子。半分も理解出来ないオットーだったが、使わせてくれるというものは有難く使わせてもらう事にする。そこでふと、こんな策が頭に浮かんだ。
「いっそ、廃城は敵に明け渡してしまってはどうでしょうか。物資は敵の手に渡ってしまいますが、敵を森の中から引き出して廃城の中に押し込められれば、むしろ戦い易くなる様な気がします。城壁や塔だって、ゴーレムやグライダーを使えるこちらにとってはあまり障害にならないでしょうし」
「‥‥意外と思い切った事を考えるのだな、オットー卿」
 トーエン卿が呆れた様に呟いた。作戦の詳細は、冒険者の助言を得た後に決定する事とする。
 フラル家の食客騎士、ラグジ・オウロは、皆を前に説明を始めた。
「我らの役割は、敵の脅威に晒されている廃城の味方を支援する事だ。廃城に入り共に戦うも良し、脱出を手助けし仕切り直すも良し。方法は色々あるだろう。ただし、敵が廃城を狙い続けるか、城内に留まる状況を作っておく必要がある。敵が廃城攻めを放棄して森を抜け、所領に侵入すれば、人々に大変な苦難を与える事になろうからな」
 ラグジは白い髭を摩りながら、ふむ、と顔を顰めた。それは余りに恐ろしい想像だ。デグレモの侵攻を、何としてもここで終わらせなければならない。
「敵は廃城の南側に布陣しているが、包囲している訳ではない。ただし、辺りを彷徨うレイス、ゴブリンどもが使う烏や狼、梟も目となっているのだとすれば、接近は察知され、何らかの行動を引き起こすと見ておくべきだろう。廃城の防備について言えば、城砦というよりは遺跡に近いものだ。城壁や塔は、激しい攻撃に晒されればそれだけで崩れかねん。強化補強が可能ならば用いる事も出来ようが、そうでないなら頼みにはせん事だ」
 だがな、とラグジは、丘の様子を思い起こしながら語る。
「硬く突き固め整えられた地形は、今でも十分に有用と見た。人の手が入らぬゆえ、木々は城に近い所まで迫っているが、それでも物見さえ立てておけば敵の接近に気付かぬという事は無い。道は南側から上り、城から見渡せる場所をぐるりと通って北側に入る。道を無視し、丘の斜面から迫る事は可能だ。しかし、草木が根を張り随分と崩れてはいるが‥‥所々に堀状の窪みや絶壁がその形を残している。こうした場所でもたつく者は、格好の的となるだろう」

 状況を確認しておく。
 第二隊(騎士30、クレリック10)は作戦開始当日に、第一隊(騎士50、クレリック10)は翌日に到着する。廃城に30名の騎士、オットー隊及びトーエン隊20は、森林地帯の外、廃城から半日程の場所に待機中。
 デグレモ軍の陣容は、オーグラ40、オーク戦士30、ゴブリン戦士10。アンデットと化したオーグラ10、オーク戦士が20、レイスが30程確認されている。これらが混在した状態で、旧街道跡との連絡を遮断するかの様に廃城南側に布陣しており、着々と攻城の準備を整えている。周辺の森ではジャイアントオウル(大梟)が目撃されている。夜行性の凶暴な猛禽だが、その数は不明。カオスニアンと人、オーガ戦士10から成る別働隊の行方は分かっていない。

●今回の参加者

 ea1135 アルカード・ガイスト(29歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4819 ガスコンティ・ゲオルギウス(54歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea4944 ラックス・キール(39歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●リプレイ本文

●合流
 まだ夜も明けぬ暗い内。ラグジ・オウロ率いる支援隊は密かに味方の元を離れ、丘の北側に回りこんでいた。廃城内の味方を助け、無事に脱出させる為である。
「おしろのひとたち、だいじょうぶか──わわっと!」
 レン・ウィンドフェザー(ea4509)が木の根に躓いてたたらを踏むのを、咄嗟にラグジが受け止めた。レンは口を塞いで辺りをきょろきょろと。敵に見つかりはしなかった様で、一安心。
「足下が暗いのだ、気をつけねばな」
 気遣うラグジに、レンは照れ笑いをしながら頭を掻く。と、そこに、黒衣のシフールがふわりと舞い降りた。斥候に出ていた飛天龍(eb0010)である。
「敵の姿は無い。ただ、獣の死骸を幾つか見た」
「死骸の様子はどうでした?」
「抉る様に引き千切られたものと、無傷のものとあったな」
 アルカード・ガイスト(ea1135)の問いに、天龍が答える。
「えぐるみたいに、っていうのは、騎士のひとが見たっていうふくろうのしわざかな」
「無傷のものは、レイスに精気を奪われたのかも知れません」
 レンとアルカードの見立ては、当を得ていると思われた。話を聞き、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が考え込む。
「廃城は、実質包囲されている様なものなのかも知れません。人間やカオスニアンが入れ知恵をしている節もあり、あらゆる悪意を疑っておくべきでしょう」
 彼の指摘に、うむ、とオウロが頷いた。
「‥‥その悪意って奴に、早速出くわした様だな」
 ラックス・キール(ea4944)が素早く鉄弓を構え、急速に迫る黄色い光点に向けてひょうと放つ。耳障りな金きり声を発した物体は、突風と共に彼らの頭上を掠めた後、失速して落ちた。周囲の細木を圧し折りながらのた打ち回るそれは、体長2m、翼を広げれば5mにもなるというジャイアントオウルに間違い無い。
「次が来るだろうか‥‥」
 ガスコンティ・ゲオルギウス(ea4819)が、剣に手をかけたまま、辺りを警戒する。どっちにしろ長居は無用だ、と止めの矢を容赦無く射込むと、ラックスは皆を促した。先に立って皆を先導する飛龍は、色の変わり始めた東の空に目をやった。森の暗闇に目を向ければ、遠くに瞬く青白い光。ガスコンティは距離を測りつつ、オーラの力を用いるタイミングを探っていた。

 丘の南側斜面には、木々のかげに隠れながら敵陣への接近を図るリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)の姿があった。蛮兵達は手頃な木を伐採して加工し、盾板を作っている。そして、一際目立つ投石器。その傍らには大きな石と、彼ら自作の大玉が並べられていた。
(「城攻めの準備は抜かり無いって事ね‥‥」)
 と、敵陣が俄に騒がしくなった。息を切らせながらキイキイと喚き立てるゴブリン。現れた黒いローブ姿のシフールが、それを聞き何事か指示を与える。彼女がくるくると指を振ると、何処からともなくレイスが集まって来た。
 ビィン、と弦の震える音が木々の間に木霊する。リュドミラが星天弓から放った矢は黒きシフールを捉えたかに思えたが──魔力を帯びた矢は、魔物を僅かに傷つけこそしたものの、深手を負わせる事無く、空しく飛び去って行った。放つと同時、リュドミラは駆け出している。全速力で走り、振り向き様に追って来るレイスに向けて再び放つ。と、追っ手にオークの一隊まで加わっている事に気付き、彼女は、ふう、と息を吐いた。
「これは‥‥さすがに厳しいかしら?」
 彼女はもう一射してオーク達を足止めすると、全力で逃走にかかった。置いておいたグライダーに飛び乗り、発進。‥‥慌てたせいで張り出した枝の中に突っ込み、散々体のあちこちに引っかき傷を作る羽目になったのだが。

●脱出
 支援隊は戦闘を強いられはしたものの、リュドミラが掻き回した効果もあってか、それ以上の敵の追撃も無く、無事廃城に入る事が出来た。この城は大昔に破壊されたまま放棄されたものだという。修復する者もないまま風雨に晒され続けた結果、城壁は各所で破れ、崩れている状態。内部には所々に石壁と塔の残骸が残るばかりという有様だった。
「‥‥ここを敵に明け渡すというのか」
「ただ逃げるというのではありません。敵の意識をこの廃城に向けさせ、もう何処にも逃げられぬ様に引き込むのです」
 アルカードが丁寧に説明し、何とか騎士達に承諾してもらう。デグレモ軍が動き出したのは、もう昼も近い頃だった。
 戦いは、投石器による攻撃で始まった。巨大な石が宙を舞い、頭上から降って来る恐怖。目と鼻の先に生えていた巨木が、メリメリと音を立てて圧し折れる。脆くなった城壁は轟音を立てて崩れ落ち、ついさっきまで居た場所に大穴が穿たれる。砕けて散った破片ひとつでさえ、恐るべき凶器と化すのだ。次々に放たれる石の下を、蛮兵達が盾を掲げ、押し寄せて来る。ラックスは恐れを知らぬのか、それともそんなフリをしているだけか、飛来する石を気にも止めず城壁の上に腰を据えると、オーラの力で己の感覚を研ぎ澄まし、じっと敵の様子を伺った。先頭を進んでいたオーク戦士は、盾から僅かに頭を出した瞬間、矢に脳天を打ち抜かれ、斜面を転がり落ちて行く。怒りの声を上げ突進して来る蛮兵達を、ラックスは次々に射抜いて行った。騎士達の内で弓を扱える者は彼に倣い、ありったけの矢を並べて放つ。と、何処からとも無く現れた腐乱死体と共に、倒れた骸が起き上がり、蛮兵達を導く様にヨタヨタと前進を始めた。黄泉からの援軍に、蛮兵達が得物を打ち鳴らして歓喜する。
「化け物め」
 オーラを込め、神の名を唱えながら放とうとした時、
「あ‥‥」
 騎士達が、小さく悲鳴を上げた。投石器によって石の代わりに打ち込まれたのは、ゴブリン達が作った怪しげな大玉だったのだ。着弾し破裂するや、もうもうたる粉塵を辺りに蒔き散らす。それを吸った者達は激しく咳き込み、胸を掻き毟り苦しみ出した。
 毒黴か、と吐き捨てたラグジは、飛び散る胞子の範囲から皆を下がらせ、物資の中から解毒剤を持って来させる。ラックスも薬を呷りつつ、城壁から駆け下りた。それと同時、蛮兵達は斜面を駆け上がり、レイスの青白い炎までが、いつの間にか廃城の周囲を漂っていた。城壁の上には、大梟の姿までがあった。ふわり、と舞ったかと思う間もなく、哀れな騎士を鷲掴みにして塔の上まで連れ去り、嘴で突き始めた。騎士の悲鳴はだんだんと小さくなり、やがて聞こえなくなってしまった。
「慌てるな、仲間と連携し、壁を上手く利用して戦えば必ず凌げる!」
 ガスコンティはオーラの力を、アルカードは炎の魔力を仲間の武器に付与して回る。押し寄せる敵に歯を食いしばり耐えていた騎士達は、爆炎に包まれ横倒しになる投石器を目の当たりにし、うおお! と歓喜の叫び声を上げた。眼下の敵陣地に突進し、暴れるバガン。次々と炸裂する炎に焼かれて行く投石器。この奇襲は短時間で終わったが、与えた影響は多大だった。廃城の周囲にはまだ敵が溢れていたが、直前までとは騎士達の目の色が違う。集結する友軍の存在を、彼らははっきりと感じ取ったのだ。
 直後、飛来した大梟は、廃城内に毒黴玉を落として行った。慌てて避けたものの、これには何も詰められていなかった。投石器を破壊しても毒黴攻撃は可能なのだ、というデグレモの警告だったのだろうか。
「敵の一部が道を辿って登って来ます!」
 グライダーで舞い降りたリュドミラが皆に知らせる。彼女は自力での足止めを試みたのだが、矢を撃ち尽くしてしまい、戻って来たのである。西側の斜面を見渡せば、確かにオーグラを先頭にした一隊が廃城北側に至る道を駆け上っていた。こちらの矢の的となる事を辞さない強行手段だが、北側に兵を置かれると、脱出の大きな障害となる事は目に見えている。
「デグレモめ、挟まれるのを嫌ったか‥‥」
 毒黴を使わないのは、この廃城を使いたいからだろう。敵将の中に芽生えた焦り。しかし、この勢いで攻められ続ければ、先に力尽きるのはこちらだろうと思われた。
 本隊に現状を伝えていたディアッカの表情が、唖然としたものに変わった。あまり感情を露にしない彼にしては珍しい事だ。
「報告します‥‥第一隊は、既に到着。各領主の了承を得たので、速やかに撤退せよ、と‥‥」
 伝えるディアッカ自身、キツネに摘まれた様な顔をしている。

 廃城内には、結構な数の酒樽が運び込まれていた。生水は危険故‥‥というものの、何につけ戦いに酒は付き物。何も無い戦場で、数少ない楽しみのひとつでもある。ディアッカは用意していたウォッカと酒樽を交互に見遣り、どう使ったものか思案した末、辺りに麻袋など無造作に放り投げ、そこにこの強烈な酒をごく自然に零しておいた。充満する酒のにおいの前には、デグレモの軍令も意味を成すまい。
 ささやかな罠を仕掛け終えると、ディアッカの魔法の絨毯を広げ、負傷者を運ぶ準備を整えた。絨毯からあぶれてしまった一人には、ガスコンティが肩を貸す。
「剣を持てる者は抜刀せよ、行くぞ!」
 ラグジの号令と共に、一団は群がり来るレイスを切り伏せながら、北側の斜面までを一気に駆け抜ける。南側城壁付近で敵を牽制し続けていたラックスは、得物を長弓に持ち替え、一度に二本の矢を番えて放ち、器用に矢衾を作りながら後退を始めた。その僅かな隙を突いて獣の様に転がり込み、ラックスに襲い掛かろうとしたオーグラは、突然目の前に飛び出して来た天龍を打ち払おうとしてかわされたのが甚く気に障ったらしく、醜い顔を怒りの形相に歪めて吼えた。天龍の熾烈な攻撃を巧みに凌いだこの敵は、しかし不意に延髄に蹴りを叩き込まれて、堪らずその場に蹲る。
「さすがに頑丈だな」
 その間にも、敵は続々と踏み入って来る。長居は無用。ラックスと視線を交わすと、天龍は共に仲間の後を追った。彼らに追い縋ろうとする蛮兵達の頭上を、リュドミラのグライダーが挑発する様に掠めて飛ぶ。怒り狂い、撃ち掛けて来る矢などが機体の底に当たる音を気持ちよく聞きながら、彼女はたっぷりと敵の頭上を旋回して注意を引きつけてから、一発だけ積み込んでおいた鉄球を武器庫代わりの地下室に放り込む。
「‥‥うん、まあ良しとしましょう」
 鉄球は狙いを大きく外れ、手前の塔へ。がらがらと崩れた残骸が入り口を塞いでしまったので、結果オーライ。
 北側の斜面を下ろうとしていたレンは、道を辿って押し寄せる敵の姿に気付き、くるりと振り向いた。
「しつこいひとは、きらわれるのー」
 お見舞いしたグラビティキャノンには、これまでの我慢が詰め込まれていた。重力波に飲み込まれ、地面に這い蹲ってもがくばかりの蛮兵達。幸運にもこれを免れた者達は、大慌てで廃城の中へと逃げ込んで行った。
「これは‥‥凄い」
 感嘆するガスコンティに、あーすっきり、と満面の笑顔を向けるレンである。

●廃城に死す
 廃城に残っていた兵はオウロ隊と共に、激しい攻撃に晒されながらも脱出を果たした。デグレモ軍は嵩に掛かって、一気呵成に廃城内へと突入。奪った物資を掲げ持ち、勝ち誇って気勢を上げた。半壊した城壁の上に奪った酒樽を抱えてよじ登ったオーグラは、蓋を素手で打ち抜くや、抱え上げてぐいと呷る。蛮族どもはやんやの喝采で、騎士達を肴に酒盛りを始める始末だ。
 無論、これはあくまで策。いつまでも蛮族達を喜ばせておく必要も無い。エリル隊にトーエン隊、休息中だった第二隊も加わり先鋒隊が南側から押し寄せると同時、城兵とオウロ隊も取って返して出口を封じる。第一隊と共に前進した本隊が廃城東側より迫るに至って、廃城は一瞬にして蛮兵どもを押し込める檻と化したのである。

 負傷者を後退させた後、彼らは再び舞い戻り、廃城北側に布陣した。何とか脱出路を確保しておこうとする蛮兵達が必死の抵抗を見せたものの、南側と東側から味方が廃城内に突入する中、助けも無いままでは敵おう筈もなく。手薬煉を引いて待ち構える騎士達の手で、問答無用に斬って捨てられる事となった。
「ふふー、どっかーん!」
 レンが交互に放つローリンググラビティとグラビティキャノンによって、ただでさえ脆くなっていた城壁は、耐え切れず次々に倒壊。更に一層、蛮兵達から戦意を奪い去った。既に恐れ慄く心すら失ってしまったアンデット達には、アルカードが機械の様に正確にファイヤーボムを打ち込み、火葬にしてゆく。
 デグレモが要求した一騎打ちを受け、これを見事討ち果たしたのは、それから間もなくの事である。

 皆が一騎打ちに夢中になっている間、レンは瓦礫に腰掛け、じーっと空を眺めていた。行方の知れない黒きシフール、占い師ことゲールが、今にも飛んで逃げるのではないかと、そう思っての事だ。
「レン様、何をなさってるんですか?」
 ひょっこり現れて隣に座ったのは、部隊で雇っているシフール伝令。
「でもホント、争い事とか騙しあいとか、そんなのばっかりで嫌になっちゃいますね」
 いつの間にか、雑談大会になっていたが、それはさておき。
「黒きシフールだ、黒いローブのシフールがいたぞ!」
 叫び声を聞きつけ飛んだ天龍。彼が駆けつけた時、カオスを憎む騎士達や殲滅を命じられたクレリック達が既に小さな魔物を追い詰め、一斉に魔法を放った瞬間だった。為す術もなくボロキレの様に倒れ伏したそれに、天龍が近付く。誰だ? と怪訝な顔。やがてはっとなり、黒翅か! と叫んでいた。
「ゲールは何処だ、正直に話すなら治療を頼んでやる!」
 天龍を見た彼は、に、と笑い、諦めろと呟いた。
「ゲールは‥‥悪意をバラ撒くのが楽しいだけの下っ端だ。‥‥あいつを操ってた奴が動いてる。もう手遅れなんだよ‥‥」
「ふざけるな、知っている事を話せ!」
「‥‥お前たちが魔物と、その手先として扱われるのさ。羨ましい、俺も一度、魔物ってのに、なってみたかった‥‥」
 事切れた黒翅を抱え、呆然とする天龍がいる。
「でしょ? だからね、レン様はもっと好きな様にやったらいいと思うの。その方がみんな喜ぶ筈だもの。反対する人は、きっと悪い人なんだわ。ね、そう思わない?」
 その目を見ていると、なんだかぼーっと気持ちよくなって来る。にこやかに話す彼女の頬には、一筋の傷があった。結構深そうだな、血は出てないけど、痛くないのかな‥‥と思う内、だんだん頭がはっきりして来た。そして思い出す。リュドミラが、黒きシフールに一筋の魔法の矢傷を与えたと‥‥。
「黒きシフールが、ここにいるのーっ!!」
 突然のレンの大絶叫に唖然としていたゲールは、取り繕おうとして無駄と悟り、舌打ちをしながら逃走にかかる。
「生者ならぬ者の反応を追って来てみれば‥‥ふん!」
 キュイスが放ったホーリーを食らい、ゲールは本来の姿に戻って行く。鈎の尾が、確かに揺れていた。クレリック達の包囲網の中で、彼らの放つ聖なる力にゲールは焼かれ、もがき苦しむ。
「クレア様、た、すけ‥‥」
 倒れた彼女は、やがてぐずぐずと崩れ、消えてしまった。

●報告
 オットー・フラルと辺境領主達は、エーロン王に無事、戦勝の報告をする事が出来た。忠義厚きフラル家をきっとお取り立て下さいますよう、と願い出たアレクシアスに、エーロンは、必ず何がしかの形を以って報いよう、と大きく頷いたものである。また、些か落ち度のあったトーエン卿および各領主達ではあるが、一切咎め立ての言葉は無く、同様に労われたのである。本来ならば無事に役目を果たし終え、ほっと胸を撫で下ろすところであろうが、オットーの表情は沈んでいる。
「この件にリグの国が関わっているというのは、本当なのでしょうか‥‥リグの王はジーザム陛下とも深い交流があり、ウィルにはとても理解があるお方と聞いております。それが、何故私達を──」
 エーロンは首を振り、そこまでにしておけ、とオットーを制した。
「この話は、暫し忘れておくがいい。軽率な言動で信頼を失ってはならない。分かるな?」
 は、と頭を垂れるオットー。だが、どう振舞って良いのか分からず途方に暮れるばかりである。アレクシアスは彼の背をどんと叩き、『背筋を伸ばせ』と囁いて、先に行く。オットーは丁寧に頭を下げて、彼を見送った。