廃城の戦いD【遊撃隊】
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■ショートシナリオ
担当:マレーア1
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月21日〜04月26日
リプレイ公開日:2007年05月08日
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●オープニング
蛮将デグレモの包囲より、トーエン・マウロ卿は救い出された。思いもよらぬ不覚に激怒し、この恥を血で濯ごうと躍起になったデグレモだったが、巧みな遅滞術に翻弄され、結局は辺境の森に押し止められたまま、領主軍が集結する時間を与えてしまった。集結した戦力はおよそ150。堂々たる陣容である。
「敵の数はほとんど減っていません。一度命を失った者が、再び立ち上がり戦い続けているんです。残りの敵も同様と考えれば‥‥敵は倍いるのと同じ事になります。そうでなくとも、この蛮族軍には腑に落ちないところが沢山あります。カオスの魔物が関わってもいるのですし、警戒の上にも警戒を──」
オットー・フラルの忠告を、さてどれ程の者が理解している事か。一抹の不安を感じる彼ではあったが、それ以上強く言う事の出来ぬまま、討伐に向かう彼らを見送った。騎士50に教会派遣のクレリック10という構成の第一隊が先んじて、騎士30にクレリック10の第二隊がその翌日、デグレモの首級を挙げんと意気揚々、森林地帯に踏み入ったのである。
森林地帯の縁に位置する古い時代の廃城。半壊した城壁と塔の残骸が残るばかりの物寂しい場所だが、小高い丘の上に位置しており、この辺りでは唯一周辺を見渡せる。旧街道跡が南に走り利便性が高い事から、デグレモ討伐軍の基地として、武器や食料などを運び込んでいた。あくまで討伐支援の為の拠点であり、ここで戦う事を意図してはいない。
ところが。
まだ薄暗い明け方の事。廃城に詰めていた30余名の騎士達は、ドロドロドロ‥‥という不気味なドラムの音に城外を見渡し、そして絶句した。丘の南側、麓に揺れる、無数の松明。耳障りな鬨の声は、間違い様も無い、蛮族のそれだ。
「何てことだ、何故ここに敵がいる!?」
「先行した軍勢は肩透かしを食らったのか‥‥」
辺りを漂う青白い炎と、徘徊する半ば腐り果てた蛮兵の成れの果て。それらが眼下に屯する光景は、悪夢としか言い様が無い。異変を知らせる為に廃城を出た伝令達は、気付くと幾つもの黄色い瞳に囲まれていた。羽音と共に悲鳴が響く。巨大な梟が仲間を鷲掴みにし飛び去って行くのを、彼らは見ている事しか出来なかった。
敵は明るくなると、周辺の木々を伐採し、大型の投石器を作り始めた。同時にゴブリン達が、彼らの背丈程もある大玉を幾つも作っている。何にせよ、廃城を攻め落とそうとしている事は、誰の目にも明らかだ。
「こんな所で敵と対峙する羽目になるとは‥‥。城とはいっても、ここは野晒しの廃墟でしか無いんだぞ」
「仕方あるまい。エーロン様がご用意下さった銀の武器、各家備えの武器防具、馬や驢馬、食料や酒だってある。これをみすみす渡して、一体誰に顔向けが出来るというのだ」
逃げるに逃げられず、彼らはただ、敵の動向を見守るばかりである。敵陣からは一度、オーガ戦士10匹程度から成る小隊が分離し、攻撃が始まるのかと騎士達を緊張させたが、そのまま何処かへ姿を消してしまった。中にはカオスニアンらしき者の他、人の姿もあったという。
知らせを受けた第一隊、第二隊は、翻弄された自らを呪いつつ取って返し、廃城へと向かう途上にある。妨害に遭わなければ、第二隊は作戦開始当日に、第一隊は翌日、到着出来る筈だ。無論、急ぎ戻って来る彼らを即投入して良いのかどうかは、考え所ではあるのだが。
廃城に最も早く駆けつけられる戦力となったオットーとトーエンは、廃城救援の為の作戦を立てる必要に迫られた。
「ここはやはり、廃城に拠って先行の軍勢が取って返すのを待つのが常道か。持ち堪えられれば、敵を前後から挟み撃ちにも出来よう」
トーエン卿の策に、頷くオットー。ただ、頼みとするに、廃城はあまりに頼りない。そこに舞い込んだのが、新型サイレントグライダー実戦使用の打診である。
「新型のグライダーは、風だけでなく地の精霊力を用いる事が出来、12m以下の低空ではチャリオットの如き静穏かつ滑る様な飛行が可能なのです。墜落の心配も無し! まあ完全にコントロールを失っていればその限りではありませんが、そんな時の為に救命具も用意しております。速力、搭載力、安全性共に従来機を上回る最新鋭兵器なのです!」
オーブル・プロフィットが差し向けた技術者は話し始めたら止まらない様子。半分も理解出来ないオットーだったが、使わせてくれるというものは有難く使わせてもらう事にする。そこでふと、こんな策が頭に浮かんだ。
「いっそ、廃城は敵に明け渡してしまってはどうでしょうか。物資は敵の手に渡ってしまいますが、敵を森の中から引き出して廃城の中に押し込められれば、むしろ戦い易くなる様な気がします。城壁や塔だって、ゴーレムやグライダーを使えるこちらにとってはあまり障害にならないでしょうし」
「‥‥意外と思い切った事を考えるのだな、オットー卿」
トーエン卿が呆れた様に呟いた。作戦の詳細は、冒険者の助言を得た後に決定する事とする。
フラル家お抱えの傭兵、ジル・キールは、皆の前に立つと説明を始めた。
「敵の一部が別行動を取っている事は、聞いていると思う。情報では、奴らは『略奪隊』の名を与えられている様でね、ゴーレム兵器を狙っているという話もあるんだ。そこにカオスニアンだの謎の人物だのが加わって‥‥となると、これは話が穏やかじゃ無い。だいたい、人間とカオスニアンと蛮族が一緒に仲良く働いているという時点で、くさい臭いがぷんぷんするのさ。出来れば捕らえて、情報の一片なりと得たいと思うのが人情ってものだろう?」
彼は楽しげに、ふふん、と笑った。
「現状で、第一隊、第二隊の到着を阻むものがあるとすれば、この敵だけだ。ゴーレム兵器を奪われない為に警戒するといっても限度がある。どんな大事な局面で出て来るかも知れず、あるいはこの敵が一足先に森を抜け、村落を襲う危険だってある。奴らに自由に活動されたのでは、各隊が思う存分戦えない。そこで、こちらで一手に引き受けてしまおうという訳だね。奴らの行動を暴き、制圧し、情報を得る。それがこの隊の役割だ」
状況を確認しておく。
第二隊(騎士30、クレリック10)は作戦開始当日に、第一隊(騎士50、クレリック10)は翌日に到着する。廃城に30名の騎士、オットー隊及びトーエン隊20は、森林地帯の外、廃城から半日程の場所に待機中。
デグレモ軍の陣容は、オーグラ40、オーク戦士30、ゴブリン戦士10。アンデットと化したオーグラ10、オーク戦士が20、レイスが30程確認されている。これらが混在した状態で、旧街道跡との連絡を遮断するかの様に廃城南側に布陣しており、着々と攻城の準備を整えている。周辺の森ではジャイアントオウル(大梟)が目撃されている。夜行性の凶暴な猛禽だが、その数は不明。カオスニアンと人、オーガ戦士10から成る別働隊の行方は分かっていない。
●リプレイ本文
●略奪隊を追尾せよ
敵本隊から離れ、行方知れずとなってしまった略奪隊。ジル・キール率いる遊撃隊は、その発見と撃破、情報収集を託された。しかしこの森の中、恐らくは積極的に自らの存在を隠匿しようとしている集団を探し出すのは、容易な事では無い。
「敵がゴーレム狙いというなら、ゴーレムが通過出来る道を中心に、周囲の足跡、木々の傷付き具合、草の踏み締め具合を調べれば、痕跡を見つけられるだろう」
ケヴィン・グレイヴ(ea8773)の指摘に、アシュレー・ウォルサム(ea0244)がふむ、と思案。
「ゴーレムが通れる道、というのは、絞り込むのが難しいね。最初の痕跡が失われているのも痛いよ。デグレモの陣付近は散々踏み荒らされていて、遊撃隊の残した跡だけを見分けるのは難しい。ウロウロしていて見つかると厄介だしね」
「水の声を聞くことが出来れば良かったのですが」
残念そうに肩を落とすクライフ・デニーロ(ea2606)。無論、時間をかければ彼らは確実に痕跡を見分けて見せるだろう。だが、それでは駄目なのだ。略奪隊が行動に出る前に発見し殲滅、それが無理でも友軍にその所在を知らせなければならないのだから。
「となると、まずは彼頼りという事になるのかな?」
キールが振り向いた先には、陽の当たる草むらの中で、金貨を掲げてもにょもにょと呟くユラヴィカ・クドゥス(ea1704)の姿がある。
それにしても、とフレッド・イースタン(eb4181)が、深刻な顔つきになった。
「ゴーレムを狙っているのかもしれないと言う話ですから、積極的にしろ強制的にしろ、天界人の協力者がいるのかも知れませんね」
「あら、もしかしたら鎧騎士かも知れないわよ?」
まさか、と驚くフレッドに、ちょっと意地悪な笑顔を向ける陣内風音(ea0853)。彼女は変わりだねの保存食をずらっと並べ、よっし今日はこれ、と小豆味の保存食を手に取った。にこにこしながら頬張る様は、なんだか実に幸せそう。
大きな木の幹にもたれかかり、キールは腕組みをして目を瞑る。
「略奪隊が村を襲うつもりでいるなら、そろそろ最初の被害が聞こえて来てもいい頃だ‥‥そういう程度の連中なら、苦労も無いんだが」
「到底、許せはしませんけどね」
武具の手入れをする手を止め、呟いたウェルナー・シドラドム(eb0342)。片目を開いたキールが、もちろん当然、略奪は憎むべき行為だね、と言いつつすぐに目を閉じてしまったのは、些か後ろめたいところがあったのかも知れない。
「第二隊は既に到着。ヘロヘロではあるけどね。同様の有様だろう第一隊を襲うつもりなら、旧街道跡の何処かで待ち伏せをしているだろう。これだと、発見までの猶予は一日になってしまう。皆の言う通りゴーレム狙いだとすると、本隊か先鋒隊の様子を伺っている可能性が高いのか。それなら、先鋒隊が第二隊と合流する前なんか、実に狙い目だったと思うのだけどね」
わからないな、とキール、首を捻る。
「単にゴーレムを奪取できればいい、という考え方では無いのかも知れない。戦いの帰趨に絡めれば、それだけ衝撃は大きくなる」
ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の言葉に、なるほどね、と彼。
「話を聞くに、敵軍はそれなりに悪知恵が働く様じゃ。対人、対ゴーレムの罠を張り巡らせて待ち受けておるのではないかの。そうしておいて、動けなくなったところを鹵獲するという塩梅じゃな」
割波戸黒兵衛(ea4778)の話に、アシュレーはうーん、と天を仰いだ。
「敵にはゴーレムの進行経路を絞り込む策があるのかな。だとしたら恐ろしい事だけど‥‥」
暫し、沈黙。そして、ユラヴィカを見る。
「オーガ戦士の群‥‥駄目かの。群というのが曖昧なのか。それとも、どこか他にもオーガが巣食っておるのじゃろか。嘆かわしい話なのじゃまったく」
ぶつぶつ言っていたユラヴィカは、皆の視線に気付き、ぽとりと金貨を落とす。
「も、もう少し待って欲しいのじゃ」
失礼、と皆、視線を戻す。どきどきしながらユラヴィカ、改めて金貨を握り直した。
「やった、大当たりなのじゃ!」
と、そんな声が聞こえて来たのは、それから間もなくの事。
「カオスニアンとオーガと人間の混成部隊で問うたら答えが返ってきたのじゃ。場所は‥‥この辺りになろうか」
簡単な図を書き、ユラヴィカが指し示す。分かってみれば、さして主戦場からも離れていない。
「先鋒隊が近いな」
ルエラが小首を傾げた。エリル隊のゴーレムが狙いなのか、それとも第二隊を襲うつもりなのか。どちらにしろキールの言う通り、合流前に襲えば良かったではないか。そう考える内、もしかしたら敵は、第二隊が援軍と合流するのを待っていたのではないか、と思えて来た。疲弊した軍勢は、僅かなきっかけで崩壊する。それに巻き込まれると、戦意のある精強な軍勢もまた、簡単に崩れてしまう。つまり、疲れ果てた第二隊そのものが罠の様なもの。混乱の中でゴーレムを守る体制は崩れ、奪われる事で更に混乱は拡大する‥‥考えすぎか、とも思うのだが。
「急ぎましょう」
シルバー・ストーム(ea3651)が立ち上がり、先に行く。びっくりまなこで、彼を見送った風音。
「‥‥あの人、喋れたのね」
彼女は最後のひと欠片を水で流し込み、その後に続いた。
●発見
「どう思う?」
「ああ、間違い無いだろうな」
略奪隊のものと思われる痕跡を、ケヴィンとアシュレーはすぐに見つけ出した。シルバーがスクロールを使い、植物達に直接問う。頷いた彼に、二人がよし、と頷き返した。範囲が限定されれば『臭い』を撒き散らして行く軍勢の追跡は、そう難しくはない。
「敵も警戒しているかも知れないな。俺達コソコソ行くのが得意組で、先行して探って来るよ」
アシュレーにケヴィンとウェルナー、シルバーに黒兵衛も加わり、気配を殺しながら森を駆けて行く。彼らは、獲物の姿を見出しすぐに戻って来た。敵の間近に居ることに、緊張が漂う。彼らの案内のもと歩を進め、距離を置いて一度止まった。茂みの中に身を潜め、ユラヴィカがテレスコープで敵のキャンプを観察する。
「オーガが10、人が2‥‥いや、ひとりはカオスニアンじゃな」
ルエラも双眼鏡で自ら確認。
「大きな木の陰に居るのは、グライダーから発見されるのを嫌ってか。知恵は回るが‥‥統率という点では問題がある様だ」
カオスニアンと人が互いに向き合い、何やら激しく言い争いをしている様子。それをオーガ達がニヤニヤと眺めている。彼らは本来ならば相容れない間柄。むしろ共に居る事の方が異常なのだ。
現状を報告する為、本隊と風信機による通信を始めたルエラは、驚きの表情で振り返った。
「第一隊が既に到着しているそうだ。戦いが動くぞ」
「なら、その前に略奪隊には退場願おうか」
キールの口調は軽かったが、その目に冗談の色は微塵も無かった。
ケヴィンがブレスセンサーのスクロールを開き、周囲に把握していない脅威が無い事を確かめる。シルバーの石の中の蝶も静止したまま。加えてクライフが念の為、熱と敵意による探知を試みた。
「付近に他の敵は見当たりません」
彼の報告に、よし、とキールが頷いた。
「カオスニアンの方が出来ると見るが、どうじゃろうな。人の方が組し易かろう」
黒兵衛の見立てにより、情報源として人を確保。オーガは殲滅し、カオスニアンは運が良ければ最後の止めは刺さずにおく、という事で方針が決まった。
「‥‥お待たせしました」
クライフがヘキサグラムタリスマンの準備を終え、ごく狭い範囲ながら結界を生み出した。対カオスの備えである。
●略奪隊制圧
接近は、細心の注意を払って行われた。ケビン、アシュレー、フレッド、そしてユラヴィカとシルバー、クライフが距離を置きつつ射線を確保する間に、黒兵衛が音も立てぬまま滑る様に間合いを詰める。ウェルナーと風音もその後を追い、忍び歩きで慎重に接近。ルエラは射手達を守る為、待機した。
水を飲んでいた男は、突然湧き起こった気配に振り返りはしたものの、黒兵衛の強烈な当身を食らい、為す術も無く昏倒した。驚いたオーガが立ち上がる中、トトト、という軽い音と共に、座っていたオーガの首筋に、獣の肉を貪っていたオーガの脳天に、そして立ち上がったオーガの胸に、深々と矢が突き立っていた。引き抜こうとするところに、第二、第三の矢が突き刺さる。
女カオスニアンの動きは早かった。異常を察するや低い体勢を保ったまま、遮蔽物を求め転がる様にして巨木の陰へと走る。だが、薄暗い森の中に一筋の眩い光が降り注ぎ、彼女を刺し貫いた。よろめきながらも動きを止めない彼女の足を、アシュレーの放った矢が刺し貫く。
襲撃者の姿を求め、毒矢を番え辺りを見回すオーガ達の前に、ひょっこり飛び出した風音。猛然と射掛けて来る敵の矢を巧みなステップで‥‥若干食らいながらも大半は避け、逃げ出す彼女。
「わーたいへんだどうしようー」
棒読みだが気にしない。彼女が弱いと見て嵩に掛かったオーガ達はしかし、自分達が射線を遮る何本かの木によって命永らえていたことを知らなかった。クライフ、そしてシルバーがスクロールを開くや、轟音と共に雷が地を這い、オーガ達を打ち据えた。狭い範囲に密集していた彼らはことごとく雷光の餌食となり、更に矢を射ち込まれ、為す術無く倒れ伏した。
「成仏してね」
手を合わせる風音だが、しかし聞き入れてはくれなかった様で。一度事切れたオーガ達は、再び生ける死者となって立ち上がり、敵を求めて彷徨い出した。再びの雷が死者を焼く。何とも言えない異臭が漂う中、出現した黒兵衛のガマ助は、その太い前足で半生の死体を打ち払う。なんとも面倒臭そうな表情で。
「なんじゃ、アンデットは嫌いか。我侭じゃのう」
黒兵衛、やれやれと首を振る。
「降伏し、全てを話して下さい」
ウェルナーは女カオスニアンと対峙していた。彼女の背には、幾本もの矢の狙いがつけられている。それは彼女とて感じているだろう。貴重な二人目の捕虜を確保しようと、フレッドが縄を持ち接近しかけた時。
「敵軍が動いたぞ、攻撃するなら今しか──」
突然の声に、皆が一斉に振り返る。そこには、剣を携えた男の姿があった。彼は一見して状況を察すると、剣を引き抜いて躍り込んだ。風音が小さく叫ぶ。男が真っ先に斬り付けたのは、仲間である筈の昏倒した男だったのだ。恐ろしく正確で強い太刀筋。同時に、カオスニアンが反撃に転じた。唸りを上げる鉈の如き剣を辛うじて体捌きでかわしたものの、続けてもう一太刀が降って来る。ウェルナーはそれをエスキスエルウィンの牙で受け流し、もう一方を突き込んだ。喉笛を突く鋭い突き。だが、確保した捕虜を失った今、他の誰かを生かしたまま捕らえなければならない‥‥その思いが頭を過ぎってしまった。鈍った切っ先は急所を捉える事無く、空を切っている。
(「しまっ──」)
その時、女の右肩を、アシュレーの矢が貫いた。女が剣を取り落とす間に、ウェルナーは女の左手に斬り付ける。が、獣の様な叫び声を上げた女は、歯を剥き出して彼の首筋に噛み付いた。苦痛に顔を歪めるウェルナー。僅かに外した頚動脈を、今度こそは食い千切らんと女が頭を上げた時、その延髄をケヴィンの矢が貫いた。
「そいつは諦めろ、もう一人を捕らえる!」
ずるずるとずり落ちて行く女カオスニアンを一瞥し、ウェルナーが立ち去ろうとした時。千切れかけた手が、彼の足に纏わりついた。
哀れな、と呟いた彼は、力の代わりに鋭さと知恵を失ったその肉塊を、徹底的に破壊しにかかった。
この間、男はポウチから取り出した毒黴玉を自分の足下で弾けさせ、思い切り吸い込むと、口から血の泡をふきながら、射手達目掛けて突進していた。敵うならば後で解毒すれば良し、そうでなければここで死ぬまでという訳だ。
クライフは男を拘束しようとしたが、氷の棺は抵抗に遭い結実しなかった。仲間の盾となるべく身構えたルエラ。渾身の力を込め振り下ろしたキサラギの一撃を受けて、男の小さな盾が砕け散る。だが、破片が飛び散る中、男は怯みもせず肉薄し、微風の盾の守りを貫く恐るべき突きを放った。無駄な動きの一切を削ぎ落とした、正確無比の剣。それは、彼女の薄い体をあっさりと貫通していた。
(「これは‥‥兵士の剣だ。正規の訓練を長年受けて来た者の剣‥‥」)
ルエラは大出血に飛びそうになる意識を必死で保ちながら、男に組み付いてその動きを妨害する。背後からの風音の接近は上出来だった。そこから間髪入れず打ち込んだ鼠撃拳の鋭さも。だが、男はそれすらかわし、万力の様な力でルエラを押し遣りながら、風音に向き直った。構えを取り男を牽制しながらも、この状況、そして男の恐ろしい眼力に、内心涙目の風音である。
男は気付いていた筈だ。足下に大量の水が湧き出ている事に。しかし、ルエラと風音の為に対処出来なかった。やがてその水が生き物の様にうねり、男の顔面を覆った。もがき苦しみながら男は、水から逃れようと体を捩る。彼が全力で動けばクライフのコントロールは間に合わず、脱出出来ていただろう。だが今の彼に、それは許されていない。
窒息し意識を失った男に、全員が駆け寄る。
「男に蘇生と解毒剤を! ポーションを持っている者はいるか!?」
「そんなの後にしなさいよルエラさんが死んじゃうよーっ!!」
叫んだ風音が、くたくたとその場にへたばる。彼女だって毒を受けているのだ。皆の用意の良さと素早い治療によって、死者が出る事は避けられた。そして、情報源が失われる事も。
●尋問
予想出来た事だが、男は全く非協力的だった。むっつりと口を真一文字に結び、一言も発しない。男の身につけていた物に身元や出身を示す物は何も無かったが、能力を高める装飾品など、容易くは入手出来ないだろうものも見受けられ、またその立ち振る舞いには拭おうとしても拭い切れない礼法と教養が見て取れた。男が一介の傭兵や流れ者と言ったところで、信用出来る筈も無い。
ユラヴィカが目の前で魔法を用いると、男は一瞬顔を顰め、しかし、すぐに無表情に戻った。
「おぬし、邦は何処なのじゃ? 何故蛮族などとつるんでおる?」
全く無視。ユラヴィカは肩を竦め、後ろに下がる。
「おやおや、捕まったら恐ろしくて口も利けない臆病者だったか。もっとも、仲間を殺しておいて自分は生き残るなんて、そりゃ恥ずかしくて黙り込みたくもなるのかな?」
にこにこと穏やかな笑みを浮かべつつ、辛辣な言葉を投げ続けるアシュレー。男の目には怒りや侮蔑が見て取れるものの、激昂して感情を露にする事は無かった。自制され過ぎていて、逆に怖い。
「もうひとりの人‥‥あの方は鎧騎士ですね? 見れば分かりますよ、私もそうですからね」
フレッドの言葉に、一瞬ぴくりと反応した。しかし、やはり返答は無い。
「‥‥面倒だ、体に聞くか?」
ケヴィンは半ば本気だ。拷問は意思とは関係なく生存への欲求を引き摺り出すのが腕の見せ所。とはいえ、男の目はすっかり覚悟を決めている。
「出来れば人道的に行きたいんだが」
言いながら、簡単に出来る拷問の準備を始めるケヴィンである。男の真横に陣取り、じーっと監視する風音。
「あのね、黙ってればなんとかなると思ったら大間違いだからね? 拷問なんて見て喜ぶ趣味は無いんだがら、さっさと話しなさいよ」
「いや、もう良いのじゃ」
ユラヴイカは風音を制し、前に出る。誰かが質問をするごとに魔法を使うこのシフールを、男はひどく警戒していた。
「喋らぬというならそれでもよかろ。ここで引導を渡してしまうのじゃ。望みが叶って良かったのう。思い残す事があれば聞いておくのじゃ。尤も、誰にも伝わりはせんのじゃがなぁ」
あっはっは、と陽気に笑って膝を打つ。それが策と知りながらも、酷、と内心引く者多数。く、とそっぽを向いた男を置いて、ユラヴィカはキールとルエラのもとに行く。
「二人の人間は、正騎士と鎧騎士。王命によりこの地を訪れた様なのじゃ。デグレモ軍に加わったのも王の命で、大変な名誉と思っておる。国と人々を救う使命に燃えておるのじゃ。あやつはわしらが拷問をすると言っても全く驚かぬ。もっと酷い事が当たり前に、そこここでされていると思っておるからの」
ふう、とユラヴィカ、溜息をつく。
「あやつら、リグ王家の家臣なのじゃ。残念ながら、間違い無い。カオスの侵略拠点と化したウィルを正せず、己が国もウィルも救えなんだことが心残り、なのだそうじゃ」
青ざめた顔を上げて、ルエラはキールに言った。
「‥‥略奪隊を討ち果たした旨、すぐに報告を‥‥ただし、他国に関わる情報は‥‥軽率に扱われるべきものではありません。重要な情報がある事のみを伝え‥‥直接、オットー卿にお知らせすべきです‥‥」
オットーが担うにも重過ぎる話だが、とルエラは嘆息する。この先どうすれば良いのか、血を失った頭はまるで働いてはくれなかった。
この話がオットー卿に伝わった頃、廃城の戦いも決着の時を迎えていた。
デグレモが要求した一騎打ちを受け、これを見事討ち果たしたのは、それから間もなくの事である。すぐには行方の知れなかった占い師ゲールと黒翅も、クレリック達によって追い詰められ、引導を渡されたという。
捕らわれたリグの騎士は、内々にトルク城へと送られた。だが、彼は護送途中、隙を突いて剣を奪い、己が命に始末をつけてしまったという。
●報告
オットー・フラルと辺境領主達は、エーロン王に無事、戦勝の報告をする事が出来た。忠義厚きフラル家をきっとお取り立て下さいますよう、と願い出たアレクシアスに、エーロンは、必ず何がしかの形を以って報いよう、と大きく頷いたものである。また、些か落ち度のあったトーエン卿および各領主達ではあるが、一切咎め立ての言葉は無く、同様に労われたのである。本来ならば無事に役目を果たし終え、ほっと胸を撫で下ろすところであろうが、オットーの表情は沈んでいる。
「この件にリグの国が関わっているというのは、本当なのでしょうか‥‥リグの王はジーザム陛下とも深い交流があり、ウィルにはとても理解があるお方と聞いております。それが、何故私達を──」
エーロンは首を振り、そこまでにしておけ、とオットーを制した。
「この話は、暫し忘れておくがいい。軽率な言動で信頼を失ってはならない。分かるな?」
は、と頭を垂れるオットー。だが、どう振舞って良いのか分からず途方に暮れるばかりである。アレクシアスは彼の背をどんと叩き、『背筋を伸ばせ』と囁いて、先に行く。オットーは丁寧に頭を下げて、彼を見送った。