ロメル領攻略戦〜エルフ王の深慮A
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■ショートシナリオ
担当:マレーア1
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月19日〜07月24日
リプレイ公開日:2007年08月13日
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●オープニング
●総司令官の策謀
ロッド・グロウリング卿は毒蛇団討伐戦の指揮官として作戦にかかりきりだ。西ルーケイと王領バクルにおける討伐戦は順調に進んでいる。ロメル子爵領については、セレ分国王配下のゴーレム弓兵部隊を主体として攻略戦を行う予定でいた。
ところが、ここに来てイムン分国から横槍が入った。
イムンの誇るゴーレム空挺部隊を、何が何でも討伐戦に参戦させろというのだ。その求めに対し、ロッド卿は遠慮会釈もなくこう宣ったという。
「あんなキワモノ部隊など足手まといになるだけだ!」
もともとジーザム王の出身分国であるトルクは、イムンとは仲が悪い。
イムン王の虎の子たるゴーレム空挺部隊にしても、ロッド卿はまるで評価していなかった。
パラシュート降下における最大の難点は、パラシュートを有効に作動させるためにかなりの高々度から飛び降りなければならないことだ。それも、雲を越える程の高さである。地球の航空機とは違い、フロートシップは墜落時の危険を避けるため、高度を出来る限り低く押さえるのがウィルの常識。その事を考えれば、パラシュート降下のために高度数キロもの高みまでフロートシップを飛ばす運用法は言語道断である。
また、そのような高度から降下した場合、目指す地上の目標地点に降下できる確率は非常に低くなる。地球と比べたら遙かに未熟な降下技術なのだから、誤差数メートル何に収まればまだいい方だ。霧や強風などの悪条件が加われば、誤差は数十メートルにも及びかねない。
加えて降下させるのは重量0.9tのバガンである。これにやたら馬鹿でかいゴーレムサイズのバラシュートを付けて降下させるのだ。スカイダイビングの経験者なら自明のことだが、ただでさえ着地の衝撃は強烈だ。これをバガンでやったらどうなるか?
心配すべきはバガンとその中の鎧騎士よりも、むしろ降下地点の周辺に居合わせる人間だ。降下地点がズレにズレて、密集する味方兵士や民家の真上にでも降って来たら即、大惨事である。
「見境もなしに所構わず降下して、町や村をぶち壊しまくるならともかく、こんな物騒な代物を討伐戦の主戦場などに投入できるか!」
平定戦の目的は毒蛇団の殲滅だけではない。捕らえられた人質達を解放するという大事な仕事もある。作戦の遂行に当たっては綿密な計画と用意周到な準備、そして戦場での正確な行動が要求されるのだ。それを任せるべきドラグーンという高性能兵器をウィルは保有しているのだし、フロートチャリオットを利用して低空からバガンを降下させる精度と安全性の高い降下方法も、既に実用化の段階に入っている。イムンのキワモノ戦法に頼る必要などまったく無い。
そう判断したロッド卿は、イムンのゴーレム空挺部隊をどうでもいい戦場に投入することにした。それがロメル子爵領である。
今はウィル王国の側についたテロリスト・シャミラからの情報によれば、ロメル子爵領に毒蛇団の首領が潜んでいる可能性はまず無い。人質になっているロメル子爵の一族は、毒蛇団の言いなりになっている没落貴族。毒蛇団の支配下に置かれた領民達も、今や毒蛇団の手足となってその悪事を手助けするような不逞の輩ども。となればロッド卿にとっては、どうでもいい存在である。たとえ空から降ってくるゴーレムに潰されて死のうが、知ったことではない。
そこでロッド卿はイムンのゴーレム空挺部隊に対し、次のような通達を出した。
「諸君ら、誇りあるイムンのゴーレム空挺部隊には、最も困難なる使命を与えよう。毒蛇団の人質となったロメル子爵の一族を救出し、毒蛇団の支配下にあるその領民を解放するのだ」
その言葉に嘘はない。確かにこれは困難な任務だ。しかし、たとえ失敗に終わったところで、ロッド卿にとっても大ウィル国にとっても痛くも痒くもない。むしろ何かにつけて余計な口出しをするドーレン・イムン分国王の鼻っ柱を叩き折るなら、大失敗に終わった方が好都合というものだ。しかし心に秘めた策謀などおくびにも出さず、ロッド卿はさらに言い添える。
「これはイムン分国にとって華々しき晴れ舞台。イムン分国王陛下に敬意を表し、総司令官たる俺からも特別の配慮をさせていただこう。ロメル子爵領における降下作戦においては、空挺部隊の保有する6機のバガンに加え、さらに6機のバガン使用を認める。合計12機による降下作戦、さぞや見事なものになることだろう」
どうせ失敗させるなら、盛大に失敗させた方がいい。勿論、ロッド卿が貸し出す6機のバガンはガタのきた中古品である。
ロッドにとってロメル子爵領は捨て石。捨て石にされた方のロメル子爵一族とその領民はいい面の皮だ。
●エルフ王の深慮
しかし、セレ分国のエルフ王コハク・セレの考えは、ロッド卿とは異なっていた。
「ロメル子爵家も領民も、望んで毒蛇団の支配下に置かれた訳ではあるまいに。人間というものは、どうにも性急に事を運び過ぎる」
長命であり、太古の昔から森と共存してきたのがエルフという種族。熟慮を重ねた上で慎重に物事を進めるのを良しとする。
ロメル領攻略戦において、コハク王配下の兵団はイムンの空挺部隊を支援する立場にあったが、コハク王にとってもイムンのやり方は無謀とも思えた。その失敗を誘うようなロッド卿のやり方もどうかとは思うが、それが失敗すべき作戦ならば失敗するに任せるのが道理に叶うとも考える。人は失敗から学び、失敗を乗り越えて前に進むもの。あの融通の利かぬドーレンの性格を考えれば、イムンの無謀な作戦に対して今は余計な口出しをする時ではない。
とはいえ、囚われの領主一族やその民にまで、不必要な犠牲を強いる必要は無い。
そう考えたコハク王は、冒険者ギルドに次なる依頼を出した。
『ロメル子爵領攻略戦において、ロメル子爵一族とその領民の安全確保に携わる冒険者を求む。弓兵ゴーレム部隊を含めたセレの兵団も援護につく』
空挺部隊の降下前に、領主の一族と領民をこっそり安全圏へ連れ出すもよし。盗賊どもは魔法を使って眠らせておくもよし。くれぐれも、上から降って来るバガンの下敷きにならぬようご注意あれ。
●攻略地域の概略図
┃〜〜┃─
┃湖┏┛─ 攻略目標?:領主館
┃〜┃?森 攻略目標?:村
┃┏┛─森
┃┃?畑森
┃┃畑─森
┃┃──森
●攻略目標A
【領主館の概略図】
〜│_____________森森
〜│____┏━━━━━━┓_森森
〜│____┃______┃_森森
〜│____┃_領■■■_┃_森森
湖│____┃_主■■■_┃_森森
〜│___正┻_館■■■_┃_森森
〜│___門┳__■■■_┃_森森
〜│____┃__■■■_┃_森森
〜│____┃__■■■_┃_森森
〜│____┃______〓裏森森
〜│____┃■■←馬小屋┃門森森
〜│____┗━━━━━━┛_森森
〜│_____________森森
_:平地 ━:防護壁
1マス5×5平方メートル
【領主館の状況】
館内には毒蛇団首領の影武者と、その部下10名が潜む。
館内に捕らえられたロメル子爵の一族は次の通り。
・ロメル子爵家当主
高齢の老人。重度の薬物(阿片)依存症で寝たきり状態。
・ロメル子爵家当主の息子夫妻
共に薬物(阿片)依存症で、判断力・行動力に難あり。
・ロメル子爵家当主の孫たち
8歳の少年と7歳の少女の合計2人。
・ロメル子爵家の使用人達
料理人の男性1人、侍女2人。年齢は14〜45歳。
●リプレイ本文
●支援金
ロメル子爵領への出陣前。
「ロメル子爵領への戦後支援だと?」
訪ねて来た時雨蒼威(eb4097)に、総司令官ロッドは怪訝な顔を見せた。
「私が仮に敵なら、ウィルの王達は互いの意地と利権のために民を見捨て、ゴーレムを降らせ虐殺したと広めます」
ロッド卿は露骨に嫌な顔。
「イムン王の横車さえなければ、全て上手く行ったのだ」
しかし蒼威はなおも訴える。
「今は国が一つに纏まるべき時。気苦労が多いとはいえ、敵に隙を見せ将来への怨恨を残す事になっては困ります。この支援は、今回の戦が決して当てつけや捨て駒ではなく、民を救う為の戦だったと示すためでもあります。自分も支援として100Gを寄付しましょう」
ぽんと目の前に置かれた金袋を見に、ロッドは意表を突かれたようだ。
「この、物好きが。‥‥しかし貴殿の言う通り、敵の付け入る隙が少ないに越したことはない。貴殿にその気があるのなら、貴殿の支援に口出しはしないと約束しよう」
蒼威は微笑み、さらに言葉を続けた。
「それに‥‥イムン側の冒険者が何とかするやも。もし戦場で良い物が見れたら報告しますのでこちらも改良し取り入れましょう」
ロッド卿も皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「せいぜい面白い見世物を期待するとしよう」
●作戦に備えて
セレ分国王の座乗艦、中型フロートシップ『ラナンシー』の艦内に調子っ外れな歌声が響いている。まるで子どものふざけ歌のような。
「しょっちゅう喧嘩ばかりの二人だけどー♪ ホントは仲良しになりたいだけなのー♪」
「‥‥あの、ヴェガ様」
と、通りかかったエルフの女官が、歌い手たるヴェガ・キュアノス(ea7463)に耳打ちした。
「あまりそのような歌を広めては。ロッド卿に睨まれては面倒ですわ」
「いや、あの二人を見ているとな。まるで子どもの喧嘩じゃろう?」
女官はくすっと笑い、
「だって人間ですもの。人間達のいらぬ諍いには首を突っ込まず、諍いが収まるまで傍観を決めるのが賢い生き方というものです。私達、エルフにとっては」
この忠告もヴェガが同族のエルフだからこそ。思わずヴェガも笑いを誘われて、
「まー、そう簡単に大ウィルとして纏まるワケ無いわの。‥‥さて、がきんちょ共の喧嘩に利用されておる哀れな子羊達を救いに参ろうか」
そうこうするうちに船の目的地も近づいた。イムン側との連絡はイコン・シュターライゼン(ea7891)がこまめに取ってくれていたので、作戦も固い連携で結ばれて着々と進行中‥‥という訳にはいかないようである。残念ながら。
「イムン側の作戦決行は、夜明けからきっかり1時間後ということです。時間の計測はこの蝋燭時計で」
と、イコンはイムン王から渡された蝋燭時計を、セレの武官達に示す。蝋燭時計はこの世界では、時間の計測によく使われるアイテムだ。
「これで計測を?」
セレの武官は怪訝な顔に。
「ちなみに、これがセレの蝋燭時計だが‥‥」
武官から渡された蝋燭時計は、さすが細やかな性格のエルフ族が作っただけあって、まるで磨かれた象牙のように精巧な出来映え。これと比べたらイムンの蝋燭時計は、かなり雑な作りに見える。
「試しに時間を計ってみましょうか?」
時雨蒼威の持っていた手巻き懐中時計を借りて、蝋燭が目盛り1時間分まで燃える時間を計ってみると、セレの蝋燭時計は1時間と35秒。対してイムンのそれは54分とだいぶ燃えるのが早い。もっともイムンの騎士にとっては、数分の違いなど誤差のうちに入らないのだろうが、細かい点にも几帳面なエルフにとっては頭痛の種だ。
「先が思いやられますね。救出作戦は出来る限り早く切り上げましょう」
白銀麗(ea8147)はロメル子爵の館への接近について、セレ王に進言する。
「夜明け前にフロートシップは湖に降ろした方がいいでしょうね。空を飛ぶよりは目立たず近付けるでしょうし、森に降りるよりは安全です」
「いや、館は湖に面している。こんな巨大な船が湖に現れれば、直ぐに気づかれるぞ」
と、武官の一人が反対を表明。
「それに、我等セレの民は森での行動に馴れている。案ずるには及ばぬ」
セレ王は武官の意見を聞き入れ、救出作戦は森の側から行われることに決定した。
●館への侵入
セレ軍の操船は非常に手際良く、夜も明けぬうちにセレ王配下のフロートシップは目標地点の間近に到着。ロメル子爵領でのごたごたが続いたお陰で、館に忍び込んだ経験のある冒険者も少なくない。その知識は今回の救出作戦を立案する上で大いに役立った。
「ふむ‥‥毒蛇団に乗っ取られたとはいえこうもあっさり捨石にしたりすることは後々不信を植え付けると思うのだけどもねえ。イムンにしても態々遺恨が残りそうなことしなくてもいいものを」
などとアシュレー・ウォルサム(ea0244)がぼやきつつ森の中を歩いていると、近くの茂みがガサガサと物音が。
「敵か!?」
違った。慌てて飛び立ったのは人の接近に気づいた鳥。気を引き締め、仲間の先頭に立って森の外れまで歩を進め、エックスレイビジョンのスクロールを使って館の塀の向こう側を透視。外を見張る賊は裏門に立つ1人だけ。窓辺に立つ者はいない。
白銀麗はミミクリーの魔法で鳥に化け、上空から館の周辺を伺う。夜が明けぬ暗闇の中、夜目を効かせて敵の姿を探したが、見つかったのは表門に立つ見張り1人のみ。
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)もパーストの魔法で館を調べる。裏門の近辺に秘密の出口があるかとも予想したが、それらしきものは見付からなかった。
続いてアシュレーはインビジブルのスクロールで姿を消し、さらに隠身の勾玉で気配を消し、塀を慎重によじ登って館の中に侵入した。見張りは何も気づかない。開いていた通用口から建物内に侵入すると、ブレスセンサーの魔法を発動して探りを入れた。
食堂に5人の気配。踏み込んでみると5人の盗賊がいびきをかき、テーブルの上には酒瓶や杯がだらしなく並ぶ。酒宴の果てに眠りこけたらしい。
物置部屋に2人の気配。鍵をこじ開けて入ってみると、ロメル子爵の息子夫妻が閉じこめられていた。粗末な敷物の上に身を横たえている。
使用人の部屋には5人の気配。やはり鍵がかかっていたが、ここには子爵の孫と使用人達が監禁されていた。
息子夫妻の部屋には4人の気配。ここに寝ているのは全て賊の男どもだ。
そしてロメル子爵の部屋には2人の気配。中を確かめようとしたが部屋の鍵は相当に曲者な作りで、アシュレーの腕では開けられない。中にいるのは影武者の首領と、ロメル子爵当人だと推定する。
館の内部を調べ尽くしたアシュレーは急ぎ仲間の元に戻り、探り出した情報を伝えた。
●強襲
「裏門を壊すのに少し手を貸してくれんか?」
と、武藤蒼威(ea6202)が森に潜むゴーレム弓兵隊の隊長に求める。
「ゴーレムの矢なら2・3発で裏門の門扉位粉々だろう」
「それはいいが、森の中からでも視認できる目印が欲しい」
と、隊長が言う。木々の密生する森の中からだと、まだ薄暗い朝方では森の外の目標を
見定め難いのだ。
「裏門の前で火を焚いてくれるか? 我々はその火めがけて矢を射る」
「分かった、そっちは任せてくれ。後は頼んだぞ」
夜明けが近づくと蒼威は裏門に走り、持ち寄ったボロ布に火を放つ。めらめらと燃え上がる炎は森の中からも良く見える。
「撃て!」
隊長の号令一下、ノルンが矢を放つ。
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
木の葉を散らし、枝を折り、森の中から裏門に殺到する矢。その威力は凄まじい。10本、20本と命中した矢は、裏門をあっけなく残骸に変えた。
「さて陽動を始めるか。派手に行くぜ派手によ」
腰の刀を鞘走らせ、破壊された裏門を愛馬で駆け抜ける蒼威。呆然としている門番を擦違い様、馬上からの斬撃で斬り伏せる。
「何事だっ!?」
騒ぎを聞きつけた賊ともが館の中からぞろぞろ現れたが、たちまちその足が凍り付く。ゴーレム剣で武装したノルンが裏門に迫って来たのだ。操縦するのはキース・ファラン(eb4324)。破壊された裏門を踏み越えて立ち塞がり、賊の逃走を阻む。
「表門に回れ!」
だが、必死に表門へ駆けつけた賊が見たものは、イコンを乗せて空から襲来したヒポグリフ。表門の見張りはヒポグリフの足の下だ。
「大変だ! 馬小屋の馬が!」
賊どもの混乱に追い打ちをかけるように、馬小屋の馬達が暴れ馬と化してそこら中を駆け回る。蒼威の策だ。蒼威は馬小屋の戸を開け放ち、全ての馬の手綱を斬り飛ばすと、刀の峰で馬の尻を叩いて追い立てたのだ。
●救出
「随分と派手にやってくれたな」
と、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)が呟き、オラース・カノーヴァ(ea3486)、ヴェガともども堂々と通用口から館に乗り込む。表にいる賊どもは混乱し、彼らのことなど眼中にない。難なく使用人の部屋に辿り着いた。
「助けに来た。今すぐ館を出よう」
「我等が来たからには、もう安心じゃ」
部屋に捕らえられていた子爵の孫と使用人達も、怯えてはいたが健康状態は良好だ。冒険者達の言葉に感謝の眼差しを向ける。
「俺に掴まれ」
オラースは2人の孫を抱え、バルバロッサは使用人の前に立って部屋を出る。ところが待っていたのは、息子夫妻の部屋に寝ていた4人の賊。
「逃すかこの野郎!」
「邪魔立てするならば、容赦はせぬぞえ?」
咄嗟にヴェガがホーリーフィールドを張り巡らし、バルバロッサは剣と盾とを手にして皆の前に立つ。賊どもはムキになってダガーを投げつけて来たが、バルバロッサにとっては蛙の面に水。威嚇するようににじり寄ると、賊どもは恐れを為して館の奧へと退散。その隙に孫と使用人達は、イコンの守る表門に辿り着いた。
「大丈夫です。怖くなんかありません」
ヒポグリフの姿に孫達が怯え、イコンがなだめる。
「2人とも、俺がいいと言うまで目を閉じてろ。いいな?」
オラースの言葉に、2人の孫はぎゅっと目を閉じてその体にしがみつく。
「敵が追って来たら援護を頼むぞ」
イコンに言い残すと、オラースは2人の孫を抱いて表門から全力疾走。後から使用人達も必死で追いすがり、彼らは安全圏へと逃れた。
「さて、お次は息子夫妻か」
館に残ったバルバロッサは物置部屋へ向かう。だが、部屋に横たわる息子夫妻を見て、バルバロッサは言葉を失った。息子夫妻は虚ろな目で死んだように横たわり、生きている証といえば呼吸で上下する胸の動きだけ。
「助けに来たぞ」
呼びかけても返って来たのは、
「お願い‥‥ここに‥‥いさせて‥‥」
「もう‥‥どこへも‥‥行きたくない‥‥」
弱々しい呟きだけだ。
「完全に麻薬の虜じゃ。もはや一人では身動きも出来ぬ」
抑えたヴェガの声は、子爵一族を麻薬漬けにして利用した賊への怒りを孕んでいる。
「アシュレー! 銀麗! ゾーラク!」
バルバロッサが大声で呼ばわると、空飛ぶ絨毯を抱えたアシュレー達が現れた。ヴェガが求める。
「さあ、早く空飛ぶ絨毯に2人を乗せて安全な場所へ。急ぐのじゃ」
●退避
息子夫婦の移送が済むと、残る人質はロメル子爵のみ。
「部屋の扉は開きそうもない! ベランダから突入するんだ!」
アシュレーは空飛ぶ絨毯で仲間達を片っ端からベランダに運ぶが、ベランダの扉も内側から鍵がかかっている。
「イコン! ツグロで頼む!」
イコンの駆るヒポグリフがベランダに舞い降う。猛々しく叩きつけられたかぎ爪が扉を粉砕するや、部屋の中から恐怖の叫び声。
「く、来るなぁ!!」
踏み込んだ冒険者は、恐怖に目を見開きガタガタ震えながら、ダガーを握る毒蛇団首領の影武者を見た。ダガーの切っ先は死人のようにベッドに横たわるロメル子爵の首筋に突き立てられている。
「近寄ればこの爺ぃをぶっ殺す‥‥」
唐突に言葉が途切れ、影武者は口を開いたまま彫像のように硬直。ヴェガがコアギュレイトの魔法で動きを封じたのだ。
「さあ、今のうちに子爵を」
「こいつはどうしよう?」
と、硬直した影武者を指してアシュレーが訊ねる。
「このまま置いとけ。後はイムンの空挺ゴーレムに任せりゃいい」
オラースが無造作に答えた。
皆は空飛ぶ絨毯やヒポグリフを使い、銀麗も鳥に変身し、急ぎ屋敷を離れる。下を見れば賊どもが、退避する冒険者を指さして口々に喚いている。が、走って追って来る者など一人もいない。それもそのはず、セレの弓兵ゴーレム部隊が館を取り囲み、動く賊がいれば次々と矢を射かけて来るのだ。
飛んで来る矢の凄まじい勢いと来たら、あれではとても地上を歩けない。飛行アイテムに飛行魔獣が仕えて本当に良かったと、冒険者達は思った。
●連絡不能
イコンがヒポグリフに乗り、急ぎフロートシップに戻ると、セレ製の蝋燭時計は目盛り1時間分の3/4、イムン製のそれは4/5まで燃えている。
「イムンのフロートシップはもう上空に来ているはず」
空を見上げるが、分厚い雨雲が空一面を覆っている。
「人質は全員救出。そちらの状況は?」
イムンの船に連絡を取ろうと風信機に呼びかけたが、応答が無い。船は風信機の通信圏外、とてつもない空の高みにいるとしか思えない。ヒポグリフに乗って連絡に飛ぼうにも、重力に逆らって真上方向に飛ぶのでは時間が掛かり過ぎる。
どうしようかと思案しながら空を見上げていると、雨雲の中から1機のグライダーが降下して来たのだ。イムンの船から様子を見に来たのだ。
「後は任せました!」
イコンの声を聞き届け、館の位置を確かめたグライダーは上昇して雲の中に消える。
それから時を置かずして、ゴーレム部隊の降下が始まった。
●癒し
結果から言えば、イムンのゴーレム降下作戦は失敗だった。新案のパラグライダーを装着させるなど、イムンに協力する冒険者達は工夫を凝らしたものの、悪天候が災いして空挺ゴーレムは館の屋根を突き破ったり、湖に突っ込んだり、強風で散り散りにされたり、着地の失敗で故障したりと散々な有り様となった。
結局、何とか動けるゴーレムで館に立て籠もる賊を一掃したものの、これなら最初から全てをセレに任せても良かった程だ。
ともあれ、作戦は終了。後に残るは救出した人質達を回復させる仕事だ。
「この飲み物で水分と滋養分の補給を」
ゾーラクが用意した特製の飲み物、それは蜂蜜と少量の岩塩をお湯に溶かしたものだが、2人の孫は喉が乾いていたと見え、魔法瓶から杯に注がれたそれをごくごくと美味しそうに飲んだ。
聞けば孫達の面倒を見ていた使用人達は、賊のやり口に絶えず目を光らせて麻薬を身辺から遠ざけ、お陰で2人の孫は麻薬の餌食にならずに済んだのだ。
しかし、息子夫妻はそうは行かなかった。
「この手の患者なら、わしには治療の経験があるぞえ」
メイの国で麻薬患者の治療に携わった経験がある。だから最初にやるべき事は分かっていた。アンチドートで薬物を体内から除去することだ。
「魔法で薬物を除去する場合、患者に禁断症状は出ませんか? 出るようでしたら、少なくとも48時間以上、拘束して患者をサウナに閉じ込め、適度な栄養と水分補給をさせながら発汗作用で症状を緩和させる処置が必要です」
と、ゾーラクが自分の知識を元にアドバイスする。
「そういう場合にはメンタルリカバーの助けを借りても良いが‥‥」
メンタルリカバーの魔法には精神的ショックを和らげる作用がある。禁断症状の苦痛に襲われた時、苦痛の恐怖を取り去ることは可能だ。但し、苦痛それ自体を取り去ることは出来ない。
結局、息子夫妻の治療には2人の意見が併用されることになった。
治療を行う場所は船の浴室を利用した暖かい治療室。魔法で体内の麻薬を取り除かれると、やはり息子夫妻に禁断症状が現れる。しかも苦しみは思ったよりも長引き、なかなか消え去る兆しを見せない。
「兎に角、今は出来る限りの手立てを講じましょう」
最も重症なのはロメル子爵。老齢に加え、麻薬が体に及ぼしたダメージが大きすぎる。果たして麻薬を体から取り除いても、激しい禁断症状に体が耐えきれるかどうか。
「‥‥おじいさま」
2人の孫が子爵の枕元に寄り添うが、子爵は孫の顔さえも分からず虚ろに目を見開いたまま。
「何とかしてやりたいものじゃが‥‥」
ため息混じりに言葉を吐き出すヴェガ。それでも孫達が無事でいられた事は、大きな救いには違いなかった。