サン・ベルデ監獄〜準備A偵察任務

■ショートシナリオ


担当:マレーア1

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:03月26日〜03月31日

リプレイ公開日:2006年04月03日

●オープニング

 フラル家と、これを助けた冒険者達の奮闘により、凶暴極まりないオーグラ軍団が撃退されてから一月の時が過ぎた。その折にフラル家より提出された報告書に基づき、敵が目指していた節のあるサン・ベルデ、カーシアス両監獄に対する調査が行われたのは、実はつい先日の事であった。嘆かわしい鈍重さではあるが、その事はさておき。調査に向かったのは、トーエン・マウロ卿。エーガン王により引き立てられた、いわば子飼いの一人である。
 トーエン卿は何事も無くカーシアスの視察を終え、継いでサン・ベルデに足を踏み入れた。
「‥‥埃っぽいな」
 トーエン卿は服に付着する砂埃を払いながら、憮然とした表情で辺りを見遣る。削り取られ断崖となった山肌は、まるで巨大な怪物に食いちぎられたかの様。周辺の木々は残らず切り払われ、その風景は寒々しいばかりだった。剥き出しの岩肌にぶつかった風は強さを増して体を叩き、石に楔を打ち込む甲高い音が耳障りに突き刺さる。切り出された大きな石の塊を、ただひたすらに運び続ける囚人達。サン・ベルデとは、この石切り場に付けられた名前なのだ。囚人達は、ここで危険な重労働に従事させられている。
 ふと、トーエンの視線が止まった。
「ここはカオスニアンも収容しているのか」
 囚人の中に混ざる、浅黒い肌の者達。足に填められた鎖の先には、大きな鉄球が繋がれている。それを引き摺りながら、黙々と石を運ぶ彼ら。
「あれは、存在自体が罪な様なもの。その上に悪事を働くのですから救い様がありません。せめて、幾許かでも世の中の役に立ってから死ぬべきでしょう」
 獄長の説明に、うむ、と頷いたトーエン卿。おもむろにその傍らに歩み寄った。
「さては、お前達を救い出そうという腹づもりだったのかも知れんな」
 憐れみの篭った笑みを浮かべて彼は言う。
「しかし、全ては水泡に帰した訳だ。オーグラどもはフラルの小僧に蹴散らされ、ほうほうの体で逃げて行ったぞ。見掛け倒しとはこの事だな。全く、面白くも無い話だ」
 ふん、と言い放った彼に、男は顔を上げて、にっと笑った。
「そうか。こんな場所にいると、世情に疎くなっていけない‥‥」
 男は石を放り出し、ぬっと背筋を伸ばす。自分を見下ろす男に、トーエン卿は鼻白んだ。彼を見据えたまま、鎖を手繰り寄せる男。
「何をしておるか!」
 怒鳴りつけた獄吏は、男が力任せに振るった鉄球の一撃で吹き飛んだ。彼を縛る筈だった枷は、今や恐るべき武器となってその手に収まっている。
「こ、殺せ! トーエン卿をお助けしろ!」
 男を取り囲み、槍を突きつける獄吏達。そして、脱兎の如く逃げ出したトーエン卿。荒れ狂う鉄球を食らい、捻られた鶏の様な声を上げて獄吏達が倒れて行く。咄嗟にトーエンを庇った獄長は鉄球に肩を砕かれ、ぎゃっと叫んで昏倒した。各所で湧き起こる恐ろしい雄叫び。突如として反旗を翻したカオスニアン達を前にして、獄吏達は為す術も無く狩られて行った。
「薄汚い罪人どもめが、目に物見せてくれる!」
 命からがら脱出したトーエン卿。激怒した彼は控えていた30程の手勢を率いて再び挑んだが、一度立て篭もれば監獄は恐るべき砦と化した。取り付く場所とて無い断崖、その上から転がり落ちて来る巨大な石塊。腕に覚えの騎士達も、ただ空しく押し潰されて行くばかり。トーエンは配下の者に山を出る唯一の道を封鎖させ、この異変を知らせるべく王都に向かった。
「‥‥と、この様な次第なのだ。王は大変お怒りになり、ひとり残らず駆逐せよと命を下された」
 王の側近に呼び出されたドナート・フラルは、話の成り行きに面倒事を嗅ぎ取って、この寒いのに滲み出る汗を拭っていた。作り笑顔も強張り気味だ。
「この件に関しては、ホルレー男爵に出兵するよう、既に命を下した。蓄えを吐き出させるには良い機会ゆえな。失態を拭う機会をと懇願するので、ドナート卿にも参戦する事を許している。オットー・フラル卿もこれに加わり、蛮族討伐の経験者として、両者に助言を与えてもらいたい。事に繋がりがあるのなら、そなたらでなければ見えぬものもあろうからな」
 は、と頭を下げたドナート。これは内々の打診だから、断る事も出来る。ただし断れば、次の機会を得るのに、また大変な骨折りをしなければならなくなる。
「願っても無い事。謹んでお受け致します」
 うむ、と頷いた側近。
「良い機会だ。トーエン卿とも親睦を深めておくがいい」
 ご配慮痛み入ります、と有り難がりながら、内心頭を抱えるドナートだ。トーエン卿とは、領地を隣り合わせる間柄。多くの場合がそうである様に、間に様々な問題を抱えている。あまり仲は良ろしくない、というより、かなり悪い。ホルレー男爵にしても、相当な難物との噂。この組み合わせに、身も細る思いのドナートである。

 かくして、再びフラル家に出陣の命が下る。今、サン・ベルデは、トーエン卿の手勢60程が封鎖し、応援の到着を待っている状態だ。フラル家は先遣隊として、傭兵ジル・キールに冒険者を加えて派遣する事を決めた。既にキールは現地に入り、情報収集を始めている。
「囚人の数は全部で200名程になり、内30程がカオスニアンです。元々隔絶された場所ですから、食料等の蓄えもあり‥‥道を封じても、半年は持ち堪えられるでしょう。まともな武具は我々が使っていたものが少数あるだけの筈ですが、つるはしやシャベルなど、使い様によっては十分な武器になります」
 辛うじて虎口を脱した獄吏のひとりが、そう証言する。また、実際に戦ったトーエン卿配下の騎士は、
「連中が立て篭もる最上部の石切り場に至る道は、石を運び下ろす為の道一本切り。上からは丸見えで、石を落とされても逃げる場所とてない。2度斬り込もうとしてしくじり、ならばと夜陰に乗じて攻め入ったが、勝手知ったる者どもには及ぶべくもなく‥‥」
 そう、口惜しげに語った。
「ただ、一本切りの道に縛られているのは囚人どもも同じ事。幾度か押し寄せて来はしたが、我らだけで追い返してくれたわ」
 せめてもの武勲を誇る騎士に相槌を打ちながら、キールは独自の情報収集を心に決めていた。
「攻め口はこの一箇所のみ、なんて売り口上が事実その通りだった例が無いのでね。周辺の状態はもちろん、可能ならば内部の様子も知っておきたいところさ。フラルの坊ちゃんが役目を果たすには、せめて情報くらいは握ってないと不味いだろうからね」
 さて、とサン・ベルデを見上げるキール。敵は不気味に沈黙している。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0602 ローラン・グリム(31歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3641 アハメス・パミ(45歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea5858 音羽 朧(40歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb1144 グレリア・フォーラッド(34歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb4657 セシル・ローズ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

荒神 紗之(ea4660)/ バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)/ ファルド・トラニッシュ(ea5636)/ 飛 天龍(eb0010)/ 御多々良 岩鉄斎(eb4598

●リプレイ本文

●獄吏の話
「中の状態が知りたい。見張り台はあるのか?」
 風烈(ea1587)の問いに、獄吏は簡単な図を書いて説明する。サン・ベルデは非常に切り立った岩山である。この、剥き出しになった巨大な岩盤を切り出す作業に、囚人達は従事させられていた訳だ。今、封鎖が行われているのはサン・ベルデの南側。山肌を削って作られた道がついており、その幅は精々甲冑を着た騎士3人がすれ違える程度といったところか。更に登れば、間もなく広場に出る。ここが石切り場だ。この広場から道を上がって来る者達は丸見えで、落石攻撃の餌食となる訳だ。何といっても、石は売るほどあるのだから、遠慮などまるで無い。広場にずらりと並ぶ草臥れ切った木造の建物は、囚人達が寝泊りする宿舎となる。
「広場の端に、道に出る者を監視する為の見張り小屋があります。2階建てになっていて、下を通る者達を監視するのです」
「不用意に近付くとバレてしまうかもしれぬという事じゃな」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が、ふむう、と考え込む。
「弓兵が見張っている可能性は?」
「弓は備え付けのものがあったので、使われている可能性はあります。ただ、矢の蓄えはそれ程はありません」
 そうか、と一先ずは安堵する烈。
「仲間から聞いたんだけど、随分と恐れられてるみたいだね、この監獄は」
 グレリア・フォーラッド(eb1144)が険しい表情で呟いた。その作業は過酷、かつ危険極まりなく、囚人の多くは事故で死ぬ。来たばかりなら未熟の為、しぶとく生き抜いた者でも3ヶ月も経てば衰弱し、結局は事故を起こして死ぬ事になる。後は、怪我を負う前に病気になるか、耐え切れず飛び降りて命を断つか。ここに来るくらいなら火炙りになった方がまだマシと、言い切る者さえいる程だ。

「基本的な事をお伺いしたいのですが」
 ジル・キールに対し、アハメス・パミ(ea3641)が質問を。
「カオスニアンとは、結局どういう存在なのですか? 風聞や迷信を除いた、実際のところが知りたいのです」
 キールは、少々困った顔をした。
「普通に剣で斬れば血が出るし、魔法で黒こげにする事だって出来る。風聞や迷信を除いてしまうと、何の実態も無くなってしまう、よく分からない存在。カオスニアンは、そういうものだよ。混沌界の住人だのなんだのと大仰ではあるけどね‥‥そう滅多に見ないが、何処にでも湧いて出るものでもある。敢えて言うなら、道徳や社会性に束縛されないその精神構造が特殊という事くらいかな」
 分かった様な分からない様な。

 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)は、フラル家に是非ともと頼み込んで、今回もシフール伝令を手配してもらった。実際の合戦でも、これは導入される事になるだろう。
「これでよし、と」
「‥‥アレクシアス殿の役に立つと良いのう」
 頬杖ついてにやにやしているユラヴィカに、ディアッカはそっぽを向いてしまった。

●内部調査
「石切り場を見下ろせる場所があればいいんだが」
「確かに、下からでは状況が分かり辛いな」
 烈の呟きに答えながら、セシル・ローズ(eb4657)は双眼鏡で監獄を眺めてみる。少し離れてサン・ベルデを見れば、何か巨大な怪物に齧り取られた様な、奇妙な形をしていた。
「元々険しいものが、削り取られて一層険しくなっているんだな」
 一体何処から取り付けというんだ、とローラン・グリム(ea0602)が呆れ気味に呟く。しかも、
「あの木造のボロ宿舎は、周辺の木を伐採して作ったか。燃料なんかにも使っているに違いない。おかげで周りは丸裸だ。迂闊に近付けもしない」
 ふう、と溜息をつくセシルである。そして、もうひとつ気になる事が。耳元で、ごうごうと鳴る風の音。上空で舞う風が、甲高い音を立てている。
「‥‥風が随分と強そうだ」
 セシルが眉を顰めた。

 シルバー・ストーム(ea3651)は、インビジブルのスクロールを使い、完全に姿を消した上で、唯一の道を登って行った。トーエン卿の騎士達が落石攻撃を受けた場所だろう、石の破片が散乱する場所を通過したが、攻撃は無い。しかし見上げれば、こそこそと動き回る影を見出す事が出来た。
 ここで、ひとつ実験を。手にしたスクロールを置いてみる。消えたまま。おかげで危うく無くしてしまう所だった。もちろん、透明なスクロールは読む事が出来ず、使えもしない。ならば、身を隠せる場所を早く見つけなくては。彼は急ぎ、坂を登って行った。この時彼は、少々路肩によりすぎた。突然に足下が崩れ、危うく転落しそうになる。
「なんて脆い‥‥」
 少なくともこの道を使ってゴーレムを乗り入れるのは到底無理、と判断せねばならなかった。

 期待とは裏腹に、新たな経路を見つけられぬまま、時間は無為に過ぎて行く。アリオス・エルスリード(ea0439)が音羽朧(ea5858)と烈を伴い、とある場所にやって来たのは、そんな時だ。作りかけの地図の上で指し示した場所は、道の封鎖が行われているサン・ベルデ南側の丁度反対側、北側の辺りだった。ここも他と同様、切り立った崖が人の侵入を拒んでいるのだが‥‥。
「どう思う? 俺は行けると思うんだが」
 アリオスが呟く。それは、岩山の端に深々と走った亀裂だった。まるでチーズにナイフで切れ込みを入れた様に、無造作に口を開いている。
「狭いでござるな」
 朧がその幅を確かめながら、中へ中へと踏み入ってみる。バックパックを背負ったままでは、行動に支障を来たしそうだ。
「確かに、ここからなら無警戒の敵の背後に出られるだろう。だが、見つからずに果たして登り切れるものだろうか?」
 烈の地図には、確認できる限りの敵の物見が細かに書き込まれていた。その全ては、南側に集中している。登って来られる場所が、そちらにしか無いのだから。そうする間にも、アリオスはロープと保存食を取り出し、バックパックを烈に預ける。上を向くと、引き千切られた様な空が見えた。場所によっては出っ張りやへっこみがあり、身を隠す事も出来なくはない。
「とにかく、やってみよう」
 出っ張りに手をかけ、身体を持ち上げる。ある程度まで上がれば、突っ張って身体を保持できそうだ。アリオスの、無謀なクライミングが始まった。
 ぷう〜。両手両足を力一杯突っ張って登るので堪えきれずにガスが出る。落ちたら命がない緊張が、この一発で和らいだ。

 シルバーは宿舎の一郭で、狭苦しい独房に押し込められている獄長とドワーフ技術者達数名を発見していた。ただ、連れて逃げる事は到底叶わない。必ず救出に来る事を心に誓いつつその場を離れた。
 一方、上空から敵情を探ろうとしたユラヴィカとディアッカのシフール2人。しかし彼らには、思わぬ試練が待ち構えていた。
「のわーっ!」
「こ、これは‥‥」
 周辺を裸にされた岩山は、その上空にとんでもない突風を引き起こした。しかも、極めて唐突に、だ。遥か上空まで吹き上げられ、目を回す2人。地面に叩きつけられなかったのは、せめてもの幸いだった。
 話を聞いたセシルは、状況から風の強さを計算し、そして、大きな溜息をついた。
「グライダーを使うのもやめておいた方が良さそうだ」
 強行すれば、突風に煽られて墜落し兼ねない。

「案外と行けるものだな」
 アリオスは途中何度かの放屁をしつつも無事に裂け目を登り切り、石切り場の裏手に潜んでいた。ここからなら囚人達の動きが手に取る様に分かる。当初の予想通り、彼らの装備は貧弱だ。大半は工具を持っているだけ、ごく少数が鎧や剣、弓などを所持している。囚人達は各所に張り付き、眼下の騎士団が今にも攻めて来るのではと緊張を強いられている。一方で、カオスニアン達は悠々としたものだ。
「おい、お前そんなとこで何やってんだ」
 二人の囚人達に見咎められた彼は、思い切った行動に出る。
「あの糞カオスニアンどもの言いなりになってられっかよ。やってらんねぇぜ」
 囚人達は、ちがいねぇ、と笑い合う。封鎖している騎士達をからかいに行くというので、同行する彼。
「‥‥お前、ここの者じゃないな?」
 突然言われ、アリオスは振り返らないままに歩き続ける。
「何故分かった?」
「臭いがしねぇんだよ。過酷な労働の血と汗と糞石の粉が混ざった強烈な臭いがな」
 これからは気をつけておこう、と彼。そして、問いただした。
「何故、カオスニアンに力を貸す?」
「こうなった以上、大人しく投降したところで結局待っているのはあの世行きだ。もう、あいつらに懸けるしかねぇのさ」
 彼らの読みは正しい。王よりの命は、速やかに駆逐せよ、というものなのだから。咄嗟にアリオスは計略を巡らす。
「助かるとしたらどうする? いや‥‥恩賞も貰えるとしたらどうする? 言うことを聞くなら助けてやってもいいぞ。あんた達は叛乱鎮圧のために送り込まれた密偵。と言うことにしてやる。あんた達だけは‥‥助かるぞ。その後は、恩賞を元手に小商いでもして真人間になると誓うならばな」
 取引であった。同時に、もし彼等が秘密を仲間に漏らし場合、内部の結束に亀裂が走るのは必定となる計略だ。証に、服を裂いてイギリス語とゲルマン語で囚人では無く密偵である旨を記す。
「た、助かる‥‥」
「恩賞? 恩賞だと?」
 脈有りと見たアリオスは彼等の心をかすめ取る挙に出た。金貨を無造作に一掴み見せると、二人の目の色が変わった。
「こ、これだけ有れば人生やり直せる」
 証の布を二人に渡し、
「手柄次第でこの何倍もくれてやる。さぁ、こいつを手首に巻いておけ。時が来たら再び来る。その時は俺の部下として離れるな。いいな?」

●布石
 いつもの様にサン・ベルデ周辺を巡回していたグレリアは、薄闇の中で蠢く影を見出し、矢筒から矢を引き抜きながら誰何の声を上げた。
「何者だ! 答えなければ構わず射殺す!」
 狙っているのは足下なのだが、ハッタリは大切だ。軍馬を駆って駆けつけたローランに退路を塞がれ、彼らはとうとう観念した。
「ま、待ってくれ、助けてくれ!」
 それは、サン・ベルデの囚人達、数人だった。酷く傷だらけなのは、無茶な逃げ方をしたからに違いない。彼らは捕らわれるとがっくりと落胆したが、その後、安心した表情になっていた。
「助けの来ない篭城戦に救いは無い。待てば待つほど敵の戦力は増す状況の悪化、そろそろ緊張が限界に達する頃だと思ってたよ」
 なかなかに美しい読みでしょ、と自慢されて、まあ、そういう事にしておこう、とローラン。
「確かに、妙ではあるのじゃ。今のところ、サン・ベルデの周辺で我ら以外に活動しておる輩はおらぬ様なのじゃ。あるいは、これから来るのかも知れぬが‥‥」
 ユラヴィカはがペシ、と囚人達の額を叩くと、彼らは見逃してくれと懇願し始めた。
「それは無理な相談だな」
 ローランが冷たく言い放つ。

 ディアッカは、サン・ベルデにカオスニアン達が収監された経緯を調べようとしたのだが‥‥。とうとう、それを発見する事が出来なかった。探しても探しても、まるで行き当たらないのだ。ディアッカの瞳が、厳しく光る。
「獄長を救い出して、直接問い正すしかないということですか」
 いいでしょう、と彼。今頃獄長、牢屋の中でくしゃみをしているに違いない。

 進入経路がばれぬ様、先の混乱に乗じて正面からの脱出に成功したアリオスは、囚人と間違えられて攻囲軍から矢を射掛けられた。その傷は深かったが、幸いにも命に関わるものではなかった。彼が見つけ出したルートに関して、獄吏は言う。
「ええ、知っていますよ、岩山の天辺から麓までぱっくり割れた‥‥私達は精霊の爪研ぎ跡と呼んでいましたが。でも、まさかあそこを登るなんてそんな事、出来る訳がないでしょう‥‥え? 本当に? からかわないで下さい!」
 その言葉を聞き、朧が頷く。キールがにやりと笑った。
「どうやら、虚を突ける可能性は高そうだね」
 癒しの術を施されたアリオスは、元気になるやいなや、急ぎ王命を賜った三卿の幕舎を訪ね、
「首尾良く『密偵』を潜入させました。賊徒にばれなければ彼等が攻撃の手引きを致します。手の者は囚人そのままの格好ですので、決して賊徒とお間違い無きよう‥‥。手首に、天界文字の書き付けを巻いております」
 馴れない上品な言葉遣いで説明して回る。
 こうしてひとつ、とんでもない進行ルートが開拓されたのだった。