●リプレイ本文
●会場警備
王都ウィルの城壁外にこの競技場はある。
元々、城壁の周りには勝手に住み始めたスラムがあったが、この一区画を撤去し、急ピッチで建築されたのがこの競技場である。故に少し目を離すと、そこかしこ勝手に住居を建てる者が出始める。それを見つけては取り壊す。そんないたちごっこが繰り返されていた。
目の前に、直径2m、深さ1m程の大きな穴が空いていた。
「これはゴミ捨て場の様ね」
取り壊し現場に、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)とシン・ウィンドフェザー(ea1819)の姿があった。地面に開けれらた大穴からは生ゴミと雨水が一緒くたになり、何日も腐敗を続けた凄まじい異臭が立ち昇り、多くの羽虫が飛び交っている。
ニルナは眉をひそめ、それをじっと眺め、徐に指示を出した。
「すぐ埋めて頂戴」
「へい‥‥」
商会の者が連れて来た日雇い人足数名に、早速この穴を埋めさせる。
シンはこの現場を興味薄げに見渡し、呟いた。
「まじいな‥‥」
「何が?」
ニルナの問いに、ジロリと左目だけで見返す。
「競技場の周りに、人が集まり過ぎだ。勝手に店を開こうとする奴も出るし、居座りを決め込む輩も居る」
「ええ。元々、ここはそういう場所だったんだから。追いやられた人達には同情をしない訳でも無いわ。でも、許可もなしに居座ろうものなら、商会の人達がさっさと排除するのは当然だし‥‥」
そう言葉を濁す目の前で、粗末な平屋が引き倒される。
商会の者達にぼこぼこにされた家族らしき数名が、それをうずくまり諦めた表情で見つめている。
もうもうと舞う土ぼこり。
ハッと我に帰ると、それらの目線は、ニルナやシンらにジッと向けられていた。
「チッ‥‥マーカスの方針じゃ仕方ねぇな」
●入場券作り
樽の底を抜き、羽と染め粉を混ぜて色付けする。
そして別のたらいに空けては、板に乗せて乾燥させる。
表に出すと風に飛んでしまうので、部屋の中で干すのだ。
すると室内は異様な匂いが充満し、そこに5、6人が働くのだ、それはそれは凄まじい臭気となる。
そんな中、紅く色付いた鳥の羽を手につまみ、ルイス・マリスカル(ea3063)は鼻を押えながら出来栄えを確認する。
「どうですかい、旦那?」
傍らには両の腕を真っ赤に染めた男が、もみ手で立っている。
「ふむ。まぁまぁですね」
「そりゃ、どうも」
「今回はこの人手で間に合いますか?」
「売子の子供の手を真っ赤にゃデキネェとかで、ちいと厳しいですがネ。全く、みぃ〜んなあっちに持っていっちまって、ちったぁこっちの事も考えて欲しいもんでさぁ」
せせら笑う男に、ルイスはちらりと見やる。
「で、どうするつもりです?」
「へい、それはそれ。外に持ち出そうと思っておりやす。うちの息のかかった所に心当たりがありやしてね。こっから先は、旦那にもお話する事は出来やせんが」
「まぁ、大概の想像は付きますが、マーカス殿の腹の内ならば問題ないでしょう」
「あっしの方から、話は通させて戴いて宜しいですね?」
「判りました。その先はお任せします」
ルイスは頷き、その部屋から退散した。
●売子教育その1
その日、競技場の一室に浮浪児達が集められていた。
「皆さ〜ん、よく聴いて下さいね〜。今からお兄さんがやってはいけない例をしますよ〜」
パンパンと手を叩く美人のお姉さんに続き、柄の悪そうなお兄さんが前に進み出た。
「まず、悪い例からやるからよく見てろよ。『‥‥いかがっすか〜!? (柄悪く大声で)』‥‥コレじゃ絶対客が寄って来ねぇ。次、良い例やるぜ。『‥‥いかがですか〜〜? (超愛想よく紳士的に)』とにかく! 声は明るく大きく、愛想と礼儀を忘れずに! わかったかお前ら!」
「いいじゃん、最初ので!」
「そうだよ!」
「何かかたっくるしいよな!?」
「そうだそうだ〜!」
「てめぇ〜ら、いい度胸だ‥‥」
ワッと喚き出す小憎たらしいガキ共に、口の端を引きつらせながらヴォーディック・ガナンズ(eb0873)は両の拳をばきばき鳴らす。
「まぁまぁ。落ち着いて、落ち着いて」
これを静止に入る七三に分けたサラリーマン風の男、信者福袋(eb4064)。内心、これはてこずると額に汗をかく。
「だってよぉ〜、たった一日働くのに何だよこれ?」
「どっかの小間使いにでも成れってか?」
「あははははは!」
「みなさん、駄目ですよ。そんな事を言ってはいけません」
フェリシア・フェルモイ(eb3336)は言葉優しくなだめてまわった。
そんなありさまに首を左右に振り、ため息をつくシャルロット・プラン(eb4219)。
「やはり面接して、条件にあった子供だけを雇わないと駄目ね」
「やはり育ちの問題かな?」
何時の間にか、冷徹な眼差しで子供等を眺め、メレディス・イスファハーン(eb4863)がシャルロットの傍らへと立っていた。
「その日暮らしの子供たちには、大人の道理で形を押し付けようとしても駄目だよ。マニュアルなんて意味が無い。みんな、ここが自由だからね」
そう言って、メレディスは自分の胸をとんとんと叩いて見せた。
「君はどうなの?」
「僕? やだなあ、僕は幼い頃から親に帝王学を完璧に叩き込まれたんだ。こんな底辺の浮浪児達と一緒にして欲しくないなあ」
「まぁ」
さらりと言ってのけるメレディスに、シャルロットはその青い瞳を大きく開き、その少年とも少女とも見まごう端正な面差しを驚嘆の念で眺めた。
●試作会
マーカスの前に並べられた品々。それは今回、売り出そうという試作品の数々だった。
しげしげと眺め、野菜炒めやら串焼きやらの盛り付けた木の皿を手に、マーカスはそこに集まった一同を見渡した。
「貴族の口に合うかねぇ〜?」
そう言われると、つい答えにつまるフェリシアだった。
「でも、屋台を出して匂いでお客様の気を引けば‥‥」
「おうおう、フェリシアよう。観戦に来て下さった貴族の方々に、焼肉の匂いを嗅ぎながら観戦してくれって言うのか? それならそれで、もっと本格的にしねぇとな」
すると今回初参加の少女が、屈託の無い笑顔で前に出た。
「お客様というのは、欲しくなるから買い物をするんです。この基本を忘れてしまっては、何をやっても失敗します」
そう切り出し、富島香織(eb4410)はマーカスへ説明を始めるのであった。
「お客様に対して親切にわかりやすい対応をする。これが基本です。そして、状況に合わせて味や温度を調整した食べ物・飲み物を用意することを提案します。食べ物の味を少し濃い目にすることで、飲み物が欲しくなるように仕向けませんか? それと、注文を受けたお客さんには一緒に他のメニューも要りませんかと提示するのはどうでしょうか? 買う気になっている時と言うのは気分が大きくなっていて、より多めに買ってくれることが多いんですよ」
肉と野菜の串焼きや、ワインのカップ等を並べてみせる。
それを無造作に手にし、口に運ぶマーカス。
「ふむ。ふむ‥‥まぁ、基本だな。大して目新しい事でも無いが、それは大事だ。ただ、こりゃあ、どこに行っても食えるな!? 貴族の方々なら、この程度のものは普段から口にしている程度のものだぜ。俺ぁ〜言いたかったのは、もっとこう、ここでしかお目にかかれない! そんなインパクトのある物が欲しかったんだ。例えば、こう〜天界の食い物とかな!」
身振り手振りを交え一気にまくしたてると、マーカスはぐっと押し黙ってしまった。
「あの‥‥マーカス様」
「なんでぇ?」
ぎろりと睨むマーカスに、少し離れた位置で、シャルロットは少し伏し目がちに話を始めた。
「記念品など、作って見ませんか? 売り上げ増のため次回以降、記念&限定品の販売を行いたいのです。会議の題目にあげてはどうでしょう?」
「そりゃぁ、具体的にどんなのか考えてあるのか?」
「いえ、それは‥‥」
するとマーカスは、パンと自分の顔を叩き、いつもの高笑い。
「か〜っかっかっかっかっか! それじゃあ駄目じゃねぇか! せっかく金出して働いて貰ってるんだぜ。もうちょっとサービスしてくれても良いんじゃねぇか? 試作品作って来るとかよぉ! 記念コインや木の玩具だったらもう出店にあるよな。普通の物はもうある。それ以上の物は、お客が喜んで買い込んで下さる様な物は何か無ぇのか!?」
具体的な案は、その場では出なかった。
そしてマーカスはパンと手を叩き、その場はお開きにした。
●ギャンブル!
マーカス商会で担当となる者は、顔色の悪い四十絡みの男であった。
「へぇ、トーマスで御座います」
ペコリと頭を下げるトーマスは、大きな眼をぎょろりとさせ、福袋とシャルロット、二人の顔を交互に眺めた。
福袋はにっこりと笑顔を絶やさず営業トークを展開した。
「マーカス様からこちらで話をする様に言われて参りました。私、信者福袋と申します。で、その用件と申しますと、私思いますにもっと賭け事を気軽に楽しめる様にしたい訳なのです。つまりはバリエーションを増やし、間口を広げ、増収を図るわけですね」
「へぇ、具体的にはどの様に」
そこで福袋は現行の単勝式以外に、複勝式、連勝単式、連勝複式について見事に説明してみせた。
「へぇ、それは駄目で御座いますな」
「何故? ふむ、やはりこの世界の方々には難しい話でしたか?」
少し残念そうにする福袋に、シャルロットも肩を落とす。
「まぁ確かに配当計算とか大変そうですものね」
「へぇ、そいつぁ〜手間が掛かり過ぎで。始めたばっかりの事で御座いますし、月に一回だけの事に、そう難しい事を求めるのはどうで御座いましょう? 庶民は10まで数えるのがやっとの者もおりますぞ」
「それは対応の事かしら?」
「半分は左様で。あとの半分は、まぁ、大口の貴族のお客さんは、そう難しい事は望んじゃいねぇと思うんで御座いますよ。どこをひいきになさるか、その証みてぇなもんで御座いますからねぇ。では、あたくしはこれで‥‥」
ひひひと笑い声を漏らし、トーマスは席を立つのであった。
●競技会当日早朝
入場口から少し離れた一画に、入場料や供託品の保管庫が設けられた。
当然、前回と違う場所に設置された訳だが、これの番に選ばれたのは意外な存在だった。
戸口にはぴっちりと土気色の壁の様なものが張り付いた。
これを連れて来たルイスは、それに触れにやり。
「何だよそれは?」
馬を連れたシンが怪訝そうにそれを眺める。
「これは『魔法で動く壁』、マジックアイテムの『ような』もの」
「へぇ〜。で、金を運び込む奴は、どうやって中に入るんだ?」
「当日は、会場受付での入場証販売・売上金回収と、その警備に当たります。だから、私が付いていくので、出入りは私がいなければ出来ません」
納得した様子で、シンは連れて来た馬に話し掛けた。
「なるほどねぇ〜。まぁいい。おまけにこいつも置いていくぜ。アインヘリヤル、この色男の顔をよ〜く覚えておけよ。こいつや俺以外の奴が来たら、みんなに知らせるんだ」
「よく、訓練された馬の様ですね」
「ああ‥‥アインヘリヤルだ。こいつが騒ぐ様だったら、様子を見てくれ」
そう言って、シンは会場内の巡察へと向かうのであった。
●応援合戦の珍事
前半の競技が終了しても、観客の熱気は収まる所を知らずにこの会場にざわざわと渦巻いていた。
そして、この休憩を利用した応援合戦が始まる。
人々の見守る中、突然に競技場内にいっぱいに霧が発生した。
この演出に、人々は期待を込めて見入った。そしてそれは始まった。
突如、奇妙な音楽が流れたかと思うと、妙にテンションの高い声が響き渡ったのだ。
「は〜っはっはっはっはっは!! この会場は、我々『ブラック××(ぺけぺけ)』団が占拠した!!」
黒いローブを頭から被った人影が、会場のそこかしこに現れる。
そして、ポールにするすると黒い大きな旗が。それには白で××と記されている。
「お前達は全員、我々『ブラック××』団の人質なのだ!! さぁ、我々のセトタ征服の野望の為に、戦闘員として改造してやろう!! それ!! 子供を捕まえるのだ!!」
「きゃー!! 助けてー!!」
子供らしい違う声色が響き渡る。
廊下にもドッと霧が入り込む。
「何でぇこれは!? 応援合戦んじゃねぇのか!?」
遠く馬の嘶き声。シンはダッシュでその中へ。
「くそっ! あいつらか!」
屋台の傍に居たヴォーディックは、その踊る様な全身黒づくめの人影に向かい走り出そうとするが、集まった人々にはばまれ思うように進めない。
「どけ! どけってんだよ!」
「通して下さい! 通して!」
必死に進もうとするニルナも、観客に阻まれ進めないでいた。
「そこを開けろ『通行止め君1号』!」
ルイスの命令に、その生きた壁は静かに道を開ける。
暴れるアインヘリヤルを静め、シンはその様を見た。
半分ほど開いた所で、ルイスはサッとその中へ飛び込む。それにシンも数名の手勢を率いて突入した。
薄暗い一室。それはそこに居た。
不気味にのっぺらぼうのフルフェイスヘルムに、全身タイツと言った風の黒づくめの衣装。男はかなりの金が入った重そうな皮袋を片手に、黒いマントをはためかせくるくると壁際に立った。
「は〜っはっはっはっは!! 悪徳商人の犬どもよ!! よくぞ気付いた!!」
「俺のアインヘリヤルを甘くみたな!! お前の気配を教えてくれたぜ!!」
「観念しなさい! 最早逃げる術はありません!」
だが、この男は余裕しゃくしゃく。
「は〜っはっはっはっは!!」
「何がおかしい!」
「仕方ありません。少し痛い目に合って貰います」
するりと木刀を構えるルイス。
しかし、怪人の高笑いは止まらない。
するとどうだ。最初は目の錯覚かと思った。
徐々に怪人の身体は石の壁に溶け込んで行く。
「汚れた金、確かに『ブラック××』団が頂戴したぞ。は〜っはっはっはっはっは!!」
「待てぇ〜このやろうっ!!」
「し、しまった!!」
片手で印を結ぶ怪人は、高笑いと共に壁の中へ消える。
抜き放ったシンの斬撃は、石の壁を数センチ切り込むが、そこで刃が止まる。
「これは魔法か‥‥?」
「何だ今のは!?」
「外だ!」
数名が表へ走る。
だが、あの珍妙な怪人の姿は、表に停まる大量の馬車群に阻まれたか、どこにも見つける事は出来なかった。
「どういう事でぇ〜っ!? 誰も中に居なかったってぇのはどういう事だって聞いてんだ!!?」
報告に飛んで来たマーカスが、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。