風雲ルーケイ〜毒蜘蛛団討伐J〜救護隊

■ショートシナリオ


担当:マレーア1

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月04日〜06月10日

リプレイ公開日:2006年06月11日

●オープニング

●主の栄光
 ルーケイ伯の檄は教会関係者の耳にも達していた。
「主よ。あなたの御心が為されますように。まもなく討伐がルーケイの村を開放します。天界人を拐かし1000Gをせしめた悪人どもの日は、まもなく数えられようとしています。しかし、村には囚われた百余の人達が居られるとか。主よ願わくば、その方たちが戦いに巻き込まれず、癒され、慰めを受けますように」
「白の聖職者殿。今は祈る時では在りませぬぞ。先の話で困難にある今、立つべきでありましょう。急ぎ救護の隊を創り、伯の働きに呼応して村人を救うならば、どれほど主の花嫁が、主の栄光を現せるか判りませぬ」
 祈るクレリックの後に、一人の男が立っていた。小柄な男で、一寸変わった武器を腰に下げている。そう、ショートソードの長さに切り詰めたハルバード。
「教会で救護隊を派遣するのですか?」
 男はこくりと頷いた。

●戦場
 戦場を概略図で示すと、次のようになる。

□□□□□□□□□□□□□□□□
__□□□□□丘陵地帯□□□□□北
_____□□□□□□□□___↑
________________
________________
________畑_______
________________
____畑__◎井戸 畑____
________________
__畑__●藪____●藪___
_______■■_______
_畑_____■■盗賊の村___
____●藪______●藪__
______●藪_●藪_____
________________
____○○ ○○_○○____
______落とし穴______
_____________□□□
_____________□丘□
_____________□□□
============街道==
________________

・街道は盗賊の見回りルートとなっている。
・街道の進軍は用意だが、村からは発見され易い。街道と村との間には落とし穴が仕掛けられている。
・北の丘陵地帯は、進軍や部隊の展開に時間がかかるが、村からは発見され難い。ただし各種のゴーレム機器はその大きさから目立ち易く、日中は移動中に発見される危険が高くなる。丘陵地帯の窪地は、航空ゴーレムや大型飛行魔獣を隠すのに適している。
・村は人間の背丈以上もある柵でぐるりと囲まれている。
・村周辺に点在する藪の中には、盗賊が伏兵を潜ませる可能性がある。

●伯の作戦
 討伐戦は次の流れで行われる予定である。
《第1段階》
 内部工作部隊、遊撃部隊による事前工作および陽動。
《第2段階》
 本隊C、ゴーレム陸戦部隊、ゴーレム航空部隊、魔法部隊による第1次攻撃。敵を包囲し、退路を遮断する。
《第3段階》
 本隊A、本隊B、魔獣部隊による第2次攻撃。敵を殲滅し、村を制圧する。
 なお、どの局面でどの部隊を投入するかについては、若干の変更が見込まれる。

●村の現状
 偵察隊からの報告によれば、盗賊の総数は約50人(確認範囲)。
 朝と昼の2回、盗賊は見回りを行う。その際に剣と弓矢で武装した約20人の盗賊が、馬に乗って村の外へと移動する。
 偵察の行われた時点では盗賊団の警戒は薄く、見張りの数は少なかった。
 また、村には盗賊によって捕らえられた人々が抑留されている。彼らは日中、盗賊達の監視の下、村の中や周辺の畑で奴隷のように働かされている。
 村の内部の状況については、盗賊が闇市に売り飛ばし、冒険者によって買い取られた子ども達から情報が入った。その話によれば虜囚達が収容されているのは村の中心付近に建つ家々。盗賊達はその周囲をぐるりと取り囲む家々を住処とし、虜囚達が逃げ出さないよう厳しく見張っているという。
 虜囚の数は約60人。うち約10人は老人、約20人は子どもだという。いずれもまともな食事を与えられず、酷い状態にあるという。

●兵糧および報酬
 食料は予定日数分支給。但し、全くの無報酬である。

●ルーケイ伯よりの御触書
──────────────────────────────────
 第1条:拉致された場合、救出の努力はするが身代金は敵側に渡さない。
 第2条:勝手な判断による暴走は、結果がどうあれ認めない。
 第3条:前条を違反し被害が発生した場合には個人責任で賠償する。
     賠償能わざる場合は借金。連帯責任は無い。
 第4条:拉致された場合、他の面々は救出拒否権がある
──────────────────────────────────
 依頼に参加する冒険者諸氏は、以上の4ヶ条を心に留められたし。

●作戦の指針
《救護部隊》
 救護部隊は教会募集の義勇軍として、運び込まれる負傷者や体の弱った村人を保護し、治療する。中核メンバーは回復魔法か応急手当が必須。万一に備え、自衛の戦いが出来る者が若干必要。
 水路を進むワンド子爵領への王家分の交易物資搬送に便乗し、本隊と合流を果たす。
 この時有る程度の物資を搬入可能。

●今回の参加者

 ea4919 アリアン・アセト(64歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea5876 ギルス・シャハウ(29歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea7935 ファル・ディア(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea9378 柳 麗娟(35歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb0420 キュイス・デズィール(54歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4181 フレッド・イースタン(28歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4245 アリル・カーチルト(39歳・♂・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4426 皇 天子(39歳・♀・クレリック・人間・天界(地球))

●サポート参加者

クライフ・デニーロ(ea2606)/ 山吹 葵(eb2002

●リプレイ本文

●物資運搬
 ボートを使い上陸。そのギリギリまで、アリル・カーチルト(eb4245)は古布を小さく切りながら麻津名ゆかり(eb3770)に天界の治療道具などについて使い方を教えていた。
 やがて何度もボートは往復し、必要物資を積んだ馬とロバを連れ、アリアン・アセト(ea4919)が冒険者達の最後尾で列に加わる。彼女のすぐ後ろに最後のクレリックがいた。
 アリアンが目を眇めて向かう村の方向を見やる。
「行きましょう」
 と、傍らのクレリックを促せば、少し前でギルス・シャハウ(ea5876)が二人を待っていた。
 しばらく歩き、そろそろ村に着くかという頃、ゆかりと並んで歩いていた柳麗娟(ea9378)が、何かに気付いたように遠くを見やる。かすかな緊張をもってゆかりもその視線を追うと、必死にこちらに駆け寄ってくる数名の武装した男達の姿が見えた。すわ討ち漏らしの賊が襲ってきたかと、ゆかりは麗娟を下がらせファイヤーボムのスクロールを掴む。すると彼等は死神でも見るような目で怯えて逃げた。
 既に戦いは掃討戦に移り、村の柵や家々は見るも無惨な有様。倒壊した家の瓦礫の下で死んだ盗賊。折れたランスに突き刺され、串刺しに縫いつけられている山賊。ある者は頭を吹き飛ばされ、またある者は生きながら引き裂かれ腸をぐちゃぐちゃに。上半身と下半身を切断されて事切れている者。恐怖の叫びのまま、冷たくなっている者。石化した後砕かれた者や黒こげになって崩れている者。そして、それらの死体に小便を掛ける子供の姿。
 アリルは目を覆いたくなった。無理もない。騎士フレッド・イースタン(eb4181)すらこんな惨い戦場は知らない。
 白衣の皇天子(eb4426)が眼鏡を拭きながら荷物を解き準備を始めると、
「あ、救護隊の皆さんですね? 今居る人達はチェック済みです」
 ディアッカと名乗るシフールが現れ案内する。

 暫くしてユニコーンの旗を掲げた見慣れぬ傭兵団がやって来た。
「あなた方は?」
 アリアンが尋ねると、
「俺は傭兵のガーガル・ズー。伯の知り合いであるスレナス殿の要請を受けた者だ」
「スレナスさんの?」
 反応したのはボルト・レイヴン(ea7906)。
「これが紹介状だ。天界文字らしくなんと書いているのかは知らんがな」
 一枚の羊皮紙には見事なラテン語の手紙。
「村の後始末は任せてくれ。それより、どの建物も崩れそうだ。早く負傷者の手当てを」
 冒険者達は村を彼らに任せ、虜囚の運び出しを始めた。

●キャンプ設置
 幸い、虜囚達はすでに魔法部隊の仄華に応急処置を受けていた。医療キャンプが設けられたのは、村の北側にある麦畑の隣。井戸から近いというのが理由だ。治療をするにしろ炊き出しをするにしろ、水は必要だからだ。
 しかし‥‥。
「ダメだな、こりゃ」
 汲み上げた水を見た瞬間、アリルは鼻の頭にシワを寄せた。毒味をするまでもない。水は濁っていて嫌な臭いがしていた。
「任せとけ」
 濾過装置の作り方に思考を巡らせていたアリルの呟きに答えたのはキュイス・デズィール(eb0420)。
 彼は空のワイン樽を用意し、中に井戸水を汲んでいる。
「俺が浄化してやる。‥‥そっちも何か方法があるのだろう?」
 早いトコやろう、と目で促す。
 テント内部の整えや清めた水を湯にする作業などはフレッドに任せ、アリルは教会クレリックの何人かと協力しあい、砂や小石、炭などを用いた濾過装置を組立てる。
 仲間達が飲料水を作っている間、ファル・ディア(ea7935)は救出した者達と協力してテントに搬送していた。
 酷い怪我人はいなかったが、衰弱者が多いようだ。毒蜘蛛団に人とは思えないような仕打ちをされてきたのだろう。運びこまれる人々に、ファルは励ましの言葉をかけた。
 しばらくすると、フレッドが大量の布と湯を運んできた。これで治療が始められる。

●紛れ込んでいた盗賊
 方針として、盗賊の治療は行わない。
 行わないが‥‥。
「こうなると、誰が何だか‥‥」
 一つ一つテントを巡察していたファルは、苦笑混じりのため息をもらした。
 それは共に歩くフレッドも同じである。無事だった者はチェック済みだが、手当の必要な者は誰も彼も惨憺たる姿。人数も多すぎた。
「持ち物チェックをしましょう。武器など隠し持っていて暴れられても困りますし」
「そうですね。では私は虜囚達にお互いの確認をしてもらうとしましょう」
 フレッドの案に頷きつつ、ファルも自分の考えをまとめた。長く集団でいた筈だ。見知らぬ顔があればすぐに気付くだろう。二人は分かれて行動に出た。
 しばらく後、ほとんど持ち物らしい持ち物もない虜囚達の私物チェックをしていると、外で騒ぐ声。
 急いでテントを出ると、三つほど離れたテントから二人の男が転げ出るところだった。続いてファルが男達を追うように飛び出してくる。
「フレッド殿、盗賊です!」
 フレッドは一人の盗賊に飛び掛り、組み敷いた。ファルもすぐに逃げるもう一人の腕を掴む。騒ぎを聞きつけ、散っていた冒険者達も駆けつけて、盗賊を捕らえた。
 ファルは二人の前に立つと、厳しい面持ちになり冷えた声で言った。
「‥‥弱者達を食い物にしてきた罰です。神妙に裁きを受けなさい」
 盗賊達は即刻討伐軍へと送り届けられた。

●治療
 アリアンの提案を承けキュイスが具体化した方法。重体・重傷・軽傷の順に○△×を割り振り、布に炭で記すこととなった。一人でも多く助けるためである。
 詳しい診断は天子に任せることにして、冒険者達はそれぞれテントに散っていった。ぐずぐずしている時間はないのだ。
 アリアンと共に最初のテントに入ったボルトは、惨状にかすかに顔を歪めた。彼らは皆栄養失調状態で、よくこれで今まで動いてきたものだと思うほど痩せ細っていた。加えて酷い打撲の痕。常に盗賊達から暴行を受けてきたのだろう。目を潰された者、耳や手の指を切り落とされた者、足の指を潰された者、刃物で切りつけられたであろう傷跡。不潔な井戸水を飲料水としていたため、病を抱えている者も多い。
 二人の体が盗賊達への怒りに強張る。
「ボルトさん、始めましょう」
 心を静めたアリアンに促され、ボルトは布と炭を手にした。まずは分類だ。
 幸い今すぐ死にそうな患者はいなかった。怪我も皆軽傷だ。
 アリアンは分類ごとに患者達に移動してもらい、自身は傷を負った者達への治療に当たる。あらかじめ用意しておいた湯に清潔な布をひたし、固く絞ると傷口をきれいにしていく。リカバーをかけるのはそれからだ。
 ボルトはクローニング担当となった。
「もうじき食事を持ってきますから、もうしばらく辛抱してくださいね」
 手当てする患者にやわらかく声をかけると、虚ろな目にかすかに光が甦る。
 アリアンとボルトは痛む心を押し込めて、安心させるような微笑で患者に接した。

 別のテントで、天子も厳しい目をしながら患者の診察を続けていた。ここも栄養失調の者が多い。彼女の傍らではアリルが布に診察結果を記しながら
「美人のナイト役ができるたぁ、男冥利に尽きるねぇ」
 おどけたようなアリルの言葉に天子は苦笑、意識もしっかりした軽傷患者からは
「俺も護衛してやろうか?」
 などと申し入れがあったりしたが、
「嬉しいお話ですが、今はしっかり休んでください」
 と、やわらかだが有無を言わさぬ口調。
「つれないなぁ」
 と、その患者が笑うと、テント内にはようやく和んだ空気が生まれた。

 全ての診察が終わると天子は次のテントへ移り、アリルは治療魔法を使える仲間へ診察結果を伝えに走った。
 アリルの連絡を受けた麗娟とゆかりはすぐにテントへ走った。
 アリルは引き続き天子の補佐と護衛である。

 診断結果に沿い、麗娟はリカバーで傷の治療に当たり、魔法治療するまでもない者は、ゆかりが麗娟の指示で調合した薬で手当てをしていく。
 清潔にした傷口に薬を塗るゆかりへ、身を任せていた子供の口から弱々しい声がもれる。
「おねぇちゃん‥‥」
「あ、しみましたか? もうすぐ終わりますよ」
 何も返事はなかったが、口元には注意して見ないとわからないほどの笑みがあった。
 胸が締め付けられるような笑みに、ゆかりもあたたかく微笑みかけ、小さな頭をやさしく撫でた。

 麗娟も麗娟で治療中の女性に励ましの声をかけている。
 しかし、彼女の生気のない表情は変わらない。
「その人は‥‥ダメかもしれないな」
 かけられた声に目を向けると、ぐったりと痩せた身を横たえた男がいた。
「その人‥‥目の前で子供を殺されてから、もうずっとその調子だよ‥‥」
 そういう男の声も抑揚がない。
 麗娟は言葉もなく目を伏せた。外側の傷をどんなに治しても、内側の傷までは治せないのだ。

 ペットのルーニーとファニーに辺りの警戒をさせながらギルスは汲み上げた井戸水の浄化を続ける。その側でフレッドが患者用に消化がよく栄養のつくものを作っていた。
 料理に加える栄養として麗娟からもらった調合薬があった。薬湯にすれば味覚を破壊されるほど苦いが、料理に混ぜれば抵抗なく摂取できるだろう。
 と、そこにファルを連れてキュイスが様子見にやってきた。
「そろそろできたか?」
 キュイスに声をかけられ、フレッドは椀に鍋の中のものを一口分よそって渡した。
 口にしたキュイスは何とも言えない顔になる。
「まぁ、味はあまり期待しないでください。皆さん弱ってますから、刺激のある味は良くないですし」
「そりゃま、そうだな。比較的元気なやつはそれでいいとして、そうでないやつには固形物はもうちょい先がいいだろうな。‥‥ん? 何だよシケた面して。患者の前でそんな顔するなよ?」
「わかってます。大丈夫ですよ」
「ファルさん、お疲れなら少し休みますか?」
「いいえ、まだまだいけますよ」
 やんわりと微笑むファル。
「はぁ‥‥しかし今回はあれだなぁ。眼福も何もあったもんじゃないな」
「‥‥キュイス殿はいっそ何も見えないほうが幸せかもしれませんね」
 キュイスの呟きにとたんに黒い笑顔になるファル。言っている内容も物騒だ。
「えーと! 食事はご老人、子供、女性、男性の順でいいですよね?」
 フレッドは慌てて話題を変えた。
 ファルの黒さが増す前に、キュイスもギルスも素早くその話に乗ったのだった。

●食事
 虜囚達の手当てが全て終わる頃、食事の準備も整った。保存食を消化が良いように調理しなおしたものだ。万が一鍋のものがなくなっても、追加分を作ることはできるだろう。
 起きることのできない者の分はわけておき、冒険者達は動ける者達を先導してやって来た。
「熱いから気をつけて食えよ」
 椀に注ぎながらアリルは一人一人に声をかける。
 何人目の椀に注いだ時だろうか。列の後方が急に騒がしくなった。かと思うとそれはたちまち前列にまでおよび、気がつけばアリルの前には人が殺到していた。
「早くよこせよ!」
「こっちが先だ!」
 騒ぎ出したのは後方の男性達のようだ。煽られるように女性達や子供達も騒ぎ出す。冒険者達が止めに入るが、どうにもこうにも収まらない。
 場が崩壊する寸前で事態を収拾したのはキュイスの一喝だ。まるで盗賊のような怒声に、彼らは一斉に口も動きも止めた。
 キュイスはにっこりと笑んでみせる。
「‥‥ちっ、そんなこと言って、本当は俺達の分はないんじゃないのか?」
 後方に促される若い男の呟きに、キュイスはピクリと耳を立て、素早く彼の横に立つと、顎を捉えて無理矢理目を合わせた。
「おまえの分がなくなったら、俺が他のもので満たしてやるよ」
 キュイスの目の奥に妙な気配を感じ取った男は、怯えたように目をそらし、その後は文句一つ言わなかったと言う。
 そしてやはりというべきか。ゆっくり食べるように言っても、たいして噛まずにやたらと詰め込む者はいて、救護班はそちらの対応にも大わらわ。

 その頃ファルは、衰弱した者のための食事を運び頭を起こして匙で与えていた。
「食べれば元気になりますよ」
 食材を細かく刻むか潰すかして煮込んだものである。

●名簿
「昔のことは全て忘れました」
 いったい何度このセリフを聞いただろうか。アリアンは内心ため息をついた。
 虜囚達の今後の身の振り方を決めるため、彼らの名簿を作ろうと名前や出身地を尋ねて回ったのだが、詳しいことを聞き出そうとすると決まってこのセリフが返ってくるのだ。この分だと名前も本名か怪しい。
 救急患者に備え、明かりの確保をしていたアリルが苦笑混じりに言った。
「ルーケイに逃げ込んだやつらなんて、ワケありな過去のやつばっかなんだろ。みんな出身地に送り返されて処罰されるのが嫌なのさ」
「それはそうでしょうが‥‥」
 アリアンは納得できなかったが、言いたくないものを無理矢理聞き出すこともできず、名簿作りは断念。今は未だ精神不安定な彼らのため、力(つと)めるしか他はない。その甲斐あって、少しずつ彼等は人間らしさを取り戻していった。

●終章
 平和をみだす雲と霧が、今晴れ渡る東ルーケイ。厳かに、虜囚達が参加する礼拝が行われる。そんな中、キュイスの要請を受けたルーケイ伯が姿を現した。
「‥‥もはや苦しみは過去のものとなった」
 伯が締め括る時、歓喜に震え静かに涙を流す者もいた。彼等は良き領主の民と為ったのである。やがて彼らは用意された馬車に乗せられ、東ルーケイの北にあるルムスへと運ばれていった。
 最後の馬車を見送ったファルは、小さくなっていくその影に心からの祈りを捧げた。
「この地が、いつの日かセーラの御光で輝かんことを‥‥」

 かくして、図南の翼を張るルーケイ伯の毒蜘蛛団討伐は前代未聞の戦果を挙げた。トルクに対する備えの地ルーケイ。そこにエーガン王を主君として忠義を誓う伯と与力達が大勝利を修めた。
 王は喜んで軍費を支払い、功に応じた分配をするよう伯に促す。そして、伯の募兵に参じた与力以外の全員に感状を発行することを薦めた。伯が夥しい感状を前にこの合戦最大の苦戦を強いられたことは言うまでもない。
 余談であるが『無垢なる破壊神』と呼ばれる稚さき貴婦人が立てた勲は、毒蜘蛛団討伐の華として多数の人士の人口に膾炙された。
 吟遊詩人は歌う。児を持つならば当にウィンドフェザーの如くあるべしと

 その頃。
「天界人恐るべし‥‥。国を興すか滅ぼすか、ウィルの安危は彼等の動きに関わっているのやも知れぬ」
 報告を読んだ禿頭の君主は静かに目を瞑る。自らの戦術の対抗策を探るフオロの仔犬。自らの功績身命よりも伯の身を重視する独眼の騎士。魔獣を従えた恐るべき剛の者達。そして自身に忠誠を誓う手紙の主、蒼威卿。
 彫像のように動かぬ時間が過ぎ、側近に祝いの手紙を書き取らせる。
「フオロの信を得し卿らが、ウィル全地のために良き働きを為すことを期待する」