ワンド子爵の憂鬱〜蛮族が来るB〜料理係

■ショートシナリオ


担当:マレーア1

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月16日〜06月21日

リプレイ公開日:2006年06月24日

●オープニング

 ワンド子爵の憂鬱はまだ治らない。
「う〜む」
 今日も机に広げた地図を睨み、唸ってばかり。
「殿。もうすぐでありますな!」
 蛮族オーガとの交易担当、家来のハーゲル・ロンは努めて威勢良く言葉をかけるが、
「‥‥そうだ、もうすぐだ」
 返ってきた子爵の言葉には、まるで鬼のような借金取りどもの大軍を、明後日にでも迎え討たねばならぬかのような憂いの響き。
「やはりご心配でありますか。いや、無理もありませんがなぁ」
「心配ばかりしていても始まらぬが、‥‥う〜む」
 またも子爵は唸る。
 各地との交易は繁盛し、金蔵には金が唸っているとはいえ、ワンド子爵領に厄介事の種は尽きない。その厄介事の種はもっぱら東の、荒廃したルーケイの地からやって来る。
 ごく最近の話だが、天界からやって来たと言う一介の冒険者が、国王よりルーケイの王領代官に任じられルーケイ伯を名乗るようになった。伯は早々、東ルーケイの平定に乗り出し、目覚ましい成果を上げた。
 しかし、ワンド子爵領と接する西ルーケイは未だ大規模な盗賊団の巣窟。盗賊どもは度々、領内に侵入して被害を及ぼす。しかも西ルーケイの隣の中ルーケイには、王の討伐を生き延びた旧ルーケイ伯の反逆者どもが潜むものと目される。さらに、テロリストと呼ばれる悪しき天界人の一派が、ルーケイの近辺で跳梁跋扈し始めたという噂も聞く。先には圧倒的な武力で東ルーケイの盗賊団を殲滅したルーケイ伯だが、これらの厄介な諸勢力に対しては、今後どのような手を打って出るかはまだ定かではない。
 だが、仮にルーケイで大きな騒乱が起きれば、ワンド子爵領で最も富が集まる東部がその騒乱に呑み込まれる恐れが極めて高い。下手を打ったら、これまでの蓄財は一気に吹き飛び、大勢の領民が流民となるか餓えて野垂れ死ぬかするだろう。
 だから、ワンド子爵は領内の西に目を向けた。万が一に備えて富を分散するために、また危急に際しての領民の退避場所ともなるように。西に広がる魔獣の森の外れ、蛮族オーガとの交易が行われる地の辺りに、開拓村を設けようと思い立った。
 とはいえ、村一つを新たに作るのである。やるべき仕事は山のようにある。しかも、この西部開拓が成功するという確実な保証はない。ましてや、蛮族オーガがやって来る地とあらば尚更だ。
「して、殿。冒険者ギルドへの次なる依頼は、如何なされますかな?」
 いつまで唸り続けていても埒が開かない。子爵は決意した。
「うむ。先の依頼の結果を見る限り、このまま任せ続けても問題はなかろう。して、やって来るオーガの数は如何ほどになろうな?」
「ざっと30人ばかりでしょうな」
「見物に行く同行者の集まり具合は如何なものかな?」
「領内の村々で話を広めましたところ、こちらもざっと30人程が集まりました」
 オーガとの交易を見物しに、西の僻地にまでわざわざ足を運ぶという物見高い連中がざっと30人。この数を多いと見るか、少ないと見るべきか。もっとも見物人の中には、ルーケイの騒乱に備えて西の様子を下見しておこうという者も、決して少なくはないはず。そんな事を子爵は思った。
「そうか。見物人の人数については、最初はそんなもんじゃろうな。冒険者ギルドへの依頼については、接待、調理、会場設営、護衛その他、合わせて40人を募集するとしよう」

 毎年、この時期に行われるオーガとの交易は、宴の形をとって行われる。オーガ達を酒や料理で持てなし、向こうの酔いが回って上機嫌になった頃合いを見計らい、物々交換を行うのだ。オーガ達からは毛皮、淡水真珠、砂金、鳥の羽などを献上させる。そして、その健気な振る舞いの褒美に、こちらからは酒、甘いお菓子、斧などの鉄製品といったものを与えるのだ。
 程なくして冒険者ギルドに出された依頼では、次の人員を募集して交易隊を編成することになった。

《接待係》
 接客係はオーガ達の酌の相手となり、あるいは歌や踊りなどの芸事でもって、オーガ達を上機嫌にさせる。
《料理係》
 料理係はオーガを持てなすための、また交易隊の者および同行する見物人に供するための料理を作る。
《会場係》
 会場係は整地やテントの敷設など、交易会場の設営を行う。大がかりな催し物を行う場合には、その準備も行う。
《護衛》
 オーガが機嫌を損ね、暴れ出した時に備えて護衛も募集する。交易隊や見物人に被害を及ぼすことなく、またオーガを殺傷することなしに、平和的にトラブルを解決する能力が求められる。

 なお、オーガとの物々交換による取引は、ハーゲル・ロンが取り取り仕切るが、その手伝い人も若干名を募集する。仕事は荷物の持ち運び、会計の補助などである。

●今回の参加者

 ea0144 カルナック・イクス(37歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ノルマン王国)
 ea1384 月 紅蘭(20歳・♀・ファイター・エルフ・華仙教大国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea4169 響 清十郎(40歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 ea7378 アイリス・ビントゥ(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・インドゥーラ国)
 eb4501 リーン・エグザンティア(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4798 桜桃 真希(30歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4852 イリーナ・ソーマ(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)

●サポート参加者

夜 黒妖(ea0351)/ ユパウル・ランスロット(ea1389)/ 焔依 仄華(eb3419

●リプレイ本文

●腕章作成
 現地へ向かうフロートシップの一室。
 足りない分のスタッフ用腕章を作る冒険者三人。
 指揮を執るのは月紅蘭(ea1384)である。
 白い布に紐をつけて縛るという簡単な作りのものだが、およそ五十人分ともなれば作り上げるのにはけっこう時間がかかる。
 搭乗前に作っておいた分が多少はあったが、まだまだ足りない。
 紅蘭は出来上がった分とこれから縫う分の布と到着までの時間を比べた。
「よしっ、無休でがんばるわよーっ。二人とも、覚悟はいいわね!?」
 鬼気迫るような目を仲間二人に向ける紅蘭。その瞳に挑戦的な笑みで答える利賀桐真琴(ea3625)。
「魂(タマ)張ってやりやすぜ!」
 もう一人の桜桃真希(eb4798)は対照的に可憐な笑顔で頷く。
「頑張ろう、ね」
 そして目標通り、フロートシップが着陸態勢に入る頃には充分な数の腕章が出来上がっていたのだった。
 しばらく三人は燃え尽きていたとか。

●町での買い出し
 ワンド子爵領の発着所に降りたフロートシップの貨物庫から、次々と運び出されてくるのは生きたニワトリやブタの大群。
 響清十郎(ea4169)が王都ウィルの市場で買い込んだものである。
 彼がフロートシップの積載限度を確認したところ、150トンまで積めると聞き、当初絞めたニワトリ等を運ぶつもりだったのを急遽生きたままのものに変更したのだ。
 ニワトリとブタの鳴き声で耳がどうにかなりそうな中、満足そうにしている清十郎へイリーナ・ソーマ(eb4852)が子爵への報告書に当たる羊皮紙を抱え、周囲の喧騒に負けない声で言った。
「書類の確認をお願いします」
「ん」
 短い返事で受け取り、内容をチェックしていく。
「ここでの調達での報告書はリーンさんにも協力してもらいます」
 イリーナの傍らにいたリーン・エグザンティア(eb4501)も持っていた羊皮紙を清十郎に見せた。こちらは他の仲間とも話し合った買い出しメニューである。もちろん内容は清十郎も知っている。
 項目の横の数量に思わずハーゲル氏の言葉を思い出す三人。
「オーガは人の2〜3倍は食うぞ!」
 それに冒険者や見物人の分も合わせると、100人分ほどの料理を作ることになるだろう。
 ある意味未知の領域である。

 市場に並ぶ食材は予想以上に豊富であった。
 カルナック・イクス(ea0144)は、キャベツを手に取り、満足そうに頷く。
「いいキャベツだ。値段も手ごろだし。材料費にお金をかけ過ぎたらワンド子爵の利益を損ねかねないし、かといって材料をケチったら器量が狭いなどと言われかねないからな」
「そうね。‥‥きっとウィルの市場ではお肉が品薄ね」
 共にいた紅蘭がふと思い出したように呟いた。これからこの市場の品もごっそり減ることを思ったのだ。
「まぁ、でも、ここの様子からするにちゃんと蓄えていたようだし、それほど心配しなくてもいいんじゃないかな?」
「だといいわねぇ。ああ、塩はやはりそこそこ値が張るわね」
「調味料の類は仕方ないね。他で切り詰めるしか」
「そうね」
 あちこちの店を回り必要食材の注文を終えると、一行は先行して料理の試し作りをしているであろう仲間のもとへと急いだ。
 これから戦場よりも酷い場所になると思われる広くて立派な厨房で、アイリス・ビントゥ(ea7378)は保存食から作ったスープで帰って来た仲間達を迎えた。
「ほ、保存食の味が濃いので薄めのスープにしてみました‥‥」
 疲れた体には調度よい味だった。

●下ごしらえに作り置き
 短い休憩の後、冒険者達はさっそく下ごしらえに取り掛かった。
 まずは肉からだ。間違っても食中毒など起こさないために、刻んだ肉と殺菌作用の強いハーブをよく混ぜ合わせたり煮込んだりしていく。
 いくつもの大鍋で煮込まれる肉や野菜をしばらくそのままに、カルナックは次の作業に移った。料理と料理の間のつなぎのための料理である。
 種類としてはオニオンスープに干し魚のシチュー、腸詰とキャベツの煮込みといったところか。冷めてもまた火をかければ良いものばかりだ。
 火の側にはカルナックと真希がいるので、清十郎は二人に少し場を離れることを告げてあるテントへ入った。
 とたんに煙臭さと香ばしい匂いが鼻を突く。そこには適当な間隔で吊るされた肉、ゆで卵、チーズがあった。燻製を作っているのである。
 清十郎はそれらをざっと見て回り、
「もう少しかな」
 と、呟くと外の二人のところへ戻った。
 次は野菜炒めを作るつもりだ。
 作り置きしておく分の肉や野菜を切り終えた真希は、鼈甲飴作りに挑んでいた。
 酒や料理の合間に食べることや疲れたスタッフのちょっとした休憩などに調度良いだろう。
 真希が地球で見てきた鼈甲飴は食べるのに苦労しそうな大きなものがほとんどだったが、今回はごく普通の飴玉サイズにしておいた。
 後で三人でこっそりいただいたのは内緒である。

●もうすぐ宴会
 充分に下ごしらえを終えると、冒険者達はそれらを丁寧にフロートシップへ積み込み、次なる目的地ワンド子爵領の西にあるオーガとの交易所に移動した。すでに会場の準備はおおかた済んでおり、オーガ達も集まってきている。冒険者達は会場の一画に設けられた炊事場に手早く食材を運び、調理を始めた。
 広い調理台で真琴とアイリス達はパン生地と格闘している。ナンにするためだ。このナンはリーンもメニューにしている。次々に出来上がっていく生地を、リーンが窯で焼いていく。
「こっちは少し固めに焼いてください」
 普通に焼く分と別にした生地を示すアイリス。それらはスープに浸して食べてもらうつもりでいた。
 それからアイリスはパンにする分に塩を振り、保存がきくようにした。焼きあがるまでの時間も惜しみ、真琴はさらに生地作りに励む。そして出来たものを別の調理台で生地をてのひらの大きさに分けていた紅蘭のところへ運んだ。
 ここではクッキーを作っていた。プレーンからドライフルーツを練りこんだもの、またはジャムやヨーグルトを合わせたものやハーブを混ぜたものなど、種類が豊富だ。ハーブの選定もぬかりない。
 また紅蘭はエプロンドレスの装いで、それがきびきびと立ち働く姿は見ていて可愛らしくもあり清々しくもある。
「足りるかい?」
「今のところは。危なくなったら助けてね」
「任せとけって」
 真琴は頼もしい笑顔で胸を叩く。続いてリーンの様子を見に行くと、ナンに挟む具を作っている。肉にワインや香辛料で味付けをしながら、リーンは真剣な顔で傍らに立った真琴に確認するように言った。
「やっぱり普段食べられないようなものを求めているわよね」
「でしょうねぇ。肉体派ばっかみてぇでやすし、濃い目の味がウケやすいんじゃねぇかと」
「なるほど‥‥こんなかんじかしら」
 と、味付けされた肉を一口、真琴の口に入れる。真琴はオッケーとばかりに親指をグッと突き出した。
 以上、ここまでは傍から見ればうかつに冗談も言えないような緊迫した空気が漂っていたが、ある意味秩序があり整っていた。
 以下、一時この場は血の雨が降ってもおかしくないようなささくれ立った場と化す。
 それは、リーンがナンに挟むための肉や野菜を大皿に盛っておき、生地の焼き上がり具合を確かめるために窯を見に行っていた束の間に起こった。
 肉の焼ける香ばしい匂いや完成したクッキーの甘い香りにつられ、ふらふらとオーガがやって来た。
 始めのうちは話しかけてくるでもなく、ただ眺めているだけだったので軽く挨拶を交わす程度で調理を続行していた。オーガにとっては人間が調理する場面は珍しいものだったのかもしれないと思って。
 が、彼はおもむろにリーンが作った味付け肉に手を伸ばし、豪快につまみ食いをしたのだ。
 あまりにも自然な手の動きと、堂々とした動作に止める間もなかった。
 言葉もなく呆気に取られて見つめるリーンに、オーガは「ウマイ」とご満悦。
 どう反応すべきか脳が迷っていると、今度は別のオーガがやって来て食材の山積みになっている調理台の隙間に無理矢理鹿を一頭でんと置いた。
 これを捌いて食わせろと言うのだろうか。
 言うのだろう。
「こいつを料理すればいいんでやすね」
 とびっきりの笑顔ですらりと牛刀を見せる真琴。この炊事場に誰かが気を利かせて置いたものである。
 しかし気のせいか、真琴の背後に黒い炎のようなものが見える。
「できやしたらお運びしやすんで、しばしお待ちを」
 わざわざ刃の方をオーガに向けて告げるが、笑顔のためオーガはその禍々しさに気付いていない。オーガ二人が少し離れたところで見守る中、真琴は低く笑いながら手早く鹿を捌きにかかった。
 誰も何も言えなかった。アイリスはあからさまに顔をそむけ、紅蘭はクッキー作りに集中し、今まで女同士の楽しみにほくほくだったリーンでさえ押し黙っていたという。

●大忙しの炊事場
 猫の手も借りたいほど忙しい炊事場からも、宴会が非常に盛り上がっていることは見ることができた。注文取りに行っていたイリーナの話では、様々な芸や美味い料理でご機嫌のオーガ相手に、ハーゲルの商売も大儲けとのことだ。
 そして、予想外にオーガは早食いであちこちでちょっとしたトラブルが起きているらしい。
 もちろん酒が入ればトラブルの種もまた増える。つい先程も、酔っ払いオーガが炊事場にやって来て、手当たり次第に盛大なつまみ食いをやらかした。何とかしてくれて護衛の仲間達に頼んだら、やがて族長の次に偉いオーガの小頭(こがしら)がやって来て、酔っ払いオーガをこっぴどく叱りつけた。それでその場は収まったが、忙しく飛び回る護衛の仲間達を見るに、まだまだトラブルは尽きない様子だ。
「大事に至らなければいいのですが‥‥」
 イリーナが心配顔で呟いた時だ。
 町からやって来た見物人の専用区画から悲鳴が上がった。
「ちょっと行ってきます!」
 仲間の声も待たずに走り出すイリーナ。
 そこには人だかりができていた。
 近くの人に何があったのか尋ねてみれば、料理の取り合いに負けたオーガが見物人の専用区画に乱入し、護衛達に取り押さえられたというのだ。そのオーガは今、族長にこっぴどく叱られているそうな。
 イリーナは何ともいえないため息をつき、炊事場へ戻った。
 事の次第を話すと、仲間達も苦笑気味に「う〜ん」とうなった。
 しかし作り置きもだいぶ減った今、うなっていても仕方がない。
 と、そこへハーブの採取に行っていたカルナックが帰って来た。
 すぐにアイリスと真希が駆け寄り、必要なハーブを分けてもらう。
「これで何とかなりそうです」
「カリーだっけ?」
「あ‥‥それは香辛料が足りないので、調達できるハーブだけで別のソースを作ろうと思います」
「そうなんだ。手伝えることがあったら言ってね」
 そう言ったカルナックへ、アイリスは「ありがとうございます」と微笑んだ。
 しばらくするとナン生地で食欲をそそる独特のハーブソースを包んで油で揚げたアイリスの創作料理が大皿いっぱいに盛り付けられた。味見用に一回り小さいものが冒険者達に用意されている。
 その味見用に一時和み、出来も充分と判断するとすぐにイリーナが宴席に運んで行った。
 アイリスは追加の作成に取り掛かる。そして真希もハーブをふんだんに使ってローストチキンを完成させていた。
 それだけではない。鶏肉をまるごと使った『鶏肉の贅沢詰め』も作っていたのだ。これは肝を抜いた鶏に野菜や豆を詰めて焼いたものである。地球でのクリスマスに出す七面鳥料理からアイデアを得たものだ。
「あと、ハーブティも作ったの」
 と、ポットを置く。油を使った数々の料理にはちょうど良いだろう。
「あ、カルナックさん、良かったらホットケーキ作るの手伝ってもらってもいいかな」
「いいよ。それじゃ、ここ借りるね」
 カルナックが火の場所の一つを陣取ったのと同時に、戻ってきたイリーナがローストチキンを持ち上げた。そしてちらりと流しを見て、次の作業は洗い物だと決める。
 まさに息つく間もない炊事場だったが、わずかの待ち時間には隙を見て真希が作ったサンドイッチを口にできた冒険者達だった。

●月竜
 純粋な宴会参加者には至福の、スタッフにはあの世が見えそうな激戦の時間は夜中を過ぎても静まることはなかった。
 食材のストックは、底を付かないよう常にチェックしているのでその点に問題はないが、炊事場スタッフの体力は底を付きそうだった。もはや気力と意地で動いている状態と言ってもいい。
 それでもだいぶ忙しさは減ったのだ。オーガ達の腹もくちくなってきたのだろう。
 このままだと夜明けになっても騒いでいそうだ、と思った時、ふと夜空を見上げた誰かが「あっ」と声を上げた。
 そこには悠々と空を飛ぶムーンドラゴンの姿。下界のあまりの賑やかさに様子を見に来たのだろうか。オーガ達もドラゴンに向かって歓呼の雄叫びをあげている。ドラゴンへの崇拝は人間に限ったことではないのだ。
 歓迎の意が通じたのか、ムーンドラゴンはしばらくの間上空を旋回していた。
 そして、そのドラゴンがゆっくりと帰って行ったのを合図のように、盛り上がっていた宴も終わりを迎えた。
 夜明けが訪れ、オーガ達が森へ帰っていくと、炊事場メンバーは立つのも億劫というようにへたり込んだ。
「疲れた、けど‥‥楽しかった、ね」
 色濃い疲労を見せながらも微笑む真希に、仲間達も笑顔になる。
 少し休んだら後片付けだ。もうひとふんばり。
 でも、もう少しだけこの達成感に浸ってもいいだろう。