●リプレイ本文
●ピクニック気分?
首都ウィルを離れて、トルクの本城に向かう。トルクのゴーレム工房は首都ウィルではなく、トルク本領にある。依頼を受けた冒険者たちは、目立たぬように工房向かった。
「馬車でお迎えぐらいしてくれたっていいじゃん」
ルーフォン・エンフィールド(eb4249)はトルクまでの道をてくてく歩きながらぼやいた。
地球人にとっては、このローテクもいいこの世界の移動手段の貧弱さには困っていた。
「工房というからてっきり首都にあると思ったけど、こっちが本物ってことだね」
天ヶ崎希望(eb4243)は、ゴーレム工房が首都にあるものだと思っていた。確かに、首都ウィルにもフォロ家の持つゴーレム騎士団を整備する程度のものはある。しかしゴーレム生産技術は、トルクが独占していてウィルの他の分国といえど公開していない。生産はトルクで行われ、販売ルートを通じて国内外へ販売した利益はトルクが独占している。
「今回の荷物はゴーレム。セレとの共同開発ということだ」
今回の依頼には鎧騎士が多く参加している。万が一、襲撃された場合には試作品のウッドゴーレムとはいえ、ゴーレムを動かす機会に恵まれる。
「大丈夫かしら?」
スニア・ロランド(ea5929)は先頭にいた。後方でピクニック気分に見える地球人や鎧騎士を心配した。セレまでは順調に行っても片道3日はかかる。襲撃できる場所は何カ所くらいだろうか。
「セレまでの道に詳しい人いる?」
鎧騎士ならトルクまでの道は大概知っているはずだ。
「ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)とティラ・アスヴォルト(eb4561)は、アトランティスのエルフだから知っているんじゃないのかな?」
高村綺羅(ea5694)も今のところは今回同じ依頼を受けた全員の様子を観察している。
「一応は知っているわよ」
ジャクリーンは、テントを積んだドンキーのエーサリアを引いていた。
「エルフだからな」
ティラは、ノーマルホースに跨がっている。セレ出身でなくても親戚の一人くらいはいるだろう。北西に向かっていけばいい。道路標識は全くないだろうが、取り合えずシーハリオンを目指していけばどうにかなるという程度のものだった。
ジ・アースから冒険者は4人。ファル・ディア(ea7935)はクレリックだから後衛にいてもらうとして、忍者の綺羅、ナイトのスニア、ファイターのエレ・ジー(eb0565)の3人は戦闘経験も豊富な冒険者だ。アトランティス人の鎧騎士も基本的には、ウィル騎士学校を卒業して鎧騎士になっているはずだから、戦闘訓練は受けているだろう。危ないのは地球人だ。特にルーフォンは、どう見ても戦闘向きには思えない。今回の依頼は護衛だが、武器も所持していない。戦力として役に立つのだろうか。と他に疑問をもたれても仕方ないところだ。魔法を使うと言うならば、もっと軽装の方が有利だろう。
「軽く考えすぎていないか」
今回の護衛は15人雇うということは、15人分の仕事内容ということだろう。誰かが人質に取られても無視するつもりだ。
「無事にいけばいいですね」
なんとなく、エレとファルはぎごちない様子。
「あの二人できているね」
リーン・エグザンティア(eb4501)はめざとく、当人達も完全に自覚していないことを察した。
「どうみてもそうだ。自覚していないあたりが面白い」
物輪試(eb4163)は、からかいがいのある相手を見つけた。
トルクのゴーレム工房に到着したのは、最初の日の夕刻を過ぎて夜になってからだった。馬に乗っているか歩き慣れしているならともかく、そうでない者にとっては最初の1日だけでも大変な苦労をしたものだ。
「遅かったな。目立たぬようにということか」
工房の表で冒険者ギルドからの紹介状を見せると、中に入れてもらえた。ゴーレム工房は最高機密だけあって、誰でも入れるわけではない。常に門番が守っている。
門番以外にも防御手段は、いっぱいあるのだろう。
「あれは、ドラゴンホーラーか?」
ラルフ・クルーガー(eb4363)は、工房内部ですれ違ったナーガを見つめた。もちろん一人ではない。
「ナーガのこと?」
リュード・フロウ(eb4392)は、大荷物の入ったバックパックをやっと下ろせた。
「ああ、ゴーレムの開発だろう」
冒険者ギルドをジーザム・トルクが後援しているだけあって、ここでも冒険者の待遇はいい。それだけ期待されているということだろう。
「お疲れの方もいるようだが、詳細を説明しよう」
冒険者たちは会議室に案内された。
「セレまでの荷物の輸送。荷物と言っても中身は、セレ分国との間で共同開発することになっているウッドゴーレムの試作型だ。あくまでも荷物であって、戦闘を行うことは本意ではない。そのため整備済ではあるが、梱包状態で輸送してもらう」
「え〜!」
幾人かは、ゴーレムの制御胞の中に入れると期待して参加していた。
「もし、ゴーレムの梱包を解いてゴーレムを使用した場合には、報酬を減額させていただく。さらに、ゴーレムを損傷させられた場合には・・・わかりますね」
ゴーレムを破壊されたら、どんなことになるか。
「出発すると夜もぐっすり眠れないだろう。今夜はここでゆっくり休むといい。その間に荷物の梱包を行う。実のところ、遅くなってくれて良かった。先程まで、荷物の起動テストをやっていた」
「だったら、梱包する前に見せてくれないでしょうか?」
フラガ・ラック(eb4532)が、思い切って口にだした。
「いいでしょう。ただし梱包の邪魔にならないようにしてください」
「やった!」
フラガが喜びの声をあげる。
工房は予想以上に広かった、ジ・アースから来た冒険者には。しかし地球から来た冒険者にはそれほど広くは思えなかった。もっと大きな工場は、あちこちにあった。それに比べれば何程のことも無い。しかし、あちこちにある製作途中のゴーレムの威圧感は、映像で見慣れた戦車などよりも大きい。地球人でそうなら、ジ・アース人やアトランティス人にはより大きいだろう。
「あれが今回の荷物です」
ストーンゴーレムよりも小さい。
「これがゴーレムというものか。試作というが既存のゴーレムとはどう違うのだ?」
鎧騎士であるゲイザー・ミクヴァ(eb4221)は、妙な言葉を口にした。
「まさか、ゴーレムに乗ったことないなんていうんじゃないでしょうね」
希望が耳聰く聞いていた。
「実は鎧騎士なのに、ゴーレムに乗った事が無いじゃねぇーの。それって最高に笑わせられる冗談じゃん。陸を歩いたことのない陸軍がいたら俺だって笑うじゃん」
子供は素直なもの、ルーフォンは思わずそう言ってしまった。
「ウィルの鎧騎士なら、騎士学校でゴーレムの操縦くらい練習しているはずだろう」
もぐりでなければ、の話だ。
「そっちの話は終わったか。長引くようなら作業を再開するぞ」
ゴーレム製作を担当しているゴーレムニストが、冒険者の方を睨んでいた。冒険者に対する不信感が顔の表面にまで出ていた。作業を中断されたうえに、冗談で時間を潰されてはかなわない。
「もう邪魔しませんから、説明お願いします」
リュードが真っ先に口を開いた。これから運ぶウッドゴーレムの特徴を聞いておかないといざという時に使えない。
「もう起動させたことは?」
いざという時に知らないといけない。もし起動しなかったなら。
「起動? そんなのはとっくに行っている。経験豊富な工房専属の鎧騎士によってな。お前たちは無事にセレまで運んでくれればいい」
よほど不機嫌なのか、口調がきつい。
「娘を嫁にやる父親みたいだ」
試はつぶやいた。
「地球ではそんなものか」
ラルフは試作のゴーレムに見とれながら聞き返した。練習用の使い古されたものとは、すべてにおいて異なる。輝きからして違う。どの程度使えるものかは、実際にやってみないとわからない。ウッドだからランク的にはストーンよりも下だろうが、戦いは力だけ決する物ではない。小柄でひ弱そうな奴が、筋肉隆々たる偉丈夫を倒す場合だってあるのだ。
「アトランティスでは?」
「結婚は家同士のつながりだからな。ときどきそのような聞き分けの無い御仁もいるらしいが」
ゴーレムは人の子以上なのかも。
「弓が標準装備されている。それにストーンよりも小柄なだけに森林での行動は容易だろう。森林では、大振りな剣は使いにくい。戦場を選ぶことで、上位機種よりも有利に戦える」
それも使い手である鎧騎士の能力によるだろう。
「さて、そろそろ梱包にかかる」
お開き。冒険者たちは興奮しながら用意された部屋に戻った。
●出発
ゴーレムを載せた馬車が1台、セレでゴーレムの実地テストの整備調整を行うゴーレムニストら5人を乗せた馬車が1台。冒険者はゴーレムを乗せた馬車とゴーレムニストを乗せた馬車に分乗する者たちと周囲を警戒する者、さらに集団に先行して調査する者に別れた。
「セレまでで危険そうな場所は?」
工房で得ていた情報では数カ所ある。トルク本領内ではさすがに手出ししないだろうが、本領を出ればどうなるか分からない。少なくとも、ゴーレムを載せた馬車では走って振り切ることはできない。もし襲撃を受けたら、相手を殲滅する。さもなくば、撃退するか。一部が踏みとどまって、荷物を先に行かせるというのは戦力をこちらの戦力を分散させることになる。一部のみが残って撃退できる程度の戦力なら最初からゴーレムを奪うために襲撃などしないだろう。勝算あっての襲撃。ならば確実な方法を取るだろう。一部が残れば、荷物を守る護衛が減る。それを2度もやれば、ゴーレムの側に残る戦力は僅かになる。
「綺羅とティラの二人の斥候に期待したいところだ」
ゲイザーは、馬車の周囲を警戒しながら言った。
「昼間は襲撃はないからゆっくり眠らせてもらうわよ」
スニアは、振動がダイレクトで伝わる馬車の上で眠りについた。
「ジ・アースから来た冒険者って図太いじゃん」
ルーフォンは、横で眠りについたスニアを見て驚いた。起きていても道からの振動で座っている尻がいたい。
「昨日歩いて足が痛くなければ」
歩いた方がいい。しかし、昨日こっちに来るまでにできたマメが、行動を制限していた。
「ねえねえゴーレムのこと教えて」
希望は、ゴーレムニスト達に話しかけた。
「ゴーレムニストになりたいのか?」
「どっちかというと乗る方かな」
「だろうと思った」
ゴーレムニストたちも最初からそうだろうと思っていた。
「こんなゴーレムはどうかな。考えたんだけど」
試が話しかけた。
「ジ・アース人の高い戦闘能力を生かせる様に、武器管制や戦闘の担当と操縦や機体制御の担当を分けた複座式にするとかしたら?」
「地球人は奇妙なことを考えるな。じゃ試しみるか。そこの若いのを肩車して若いのに剣を遣わせてみな」「え、俺?」
ルーフォンは若いのと言われて反応した。さっそく試がルーフォンを肩車して、ルーフォンに剣を振ってみた。タイミングが会うわけが無い。
「地球人は何をやっている?」
リュードは二人の無様な姿を見てリーンに話しかけた。
「まともに剣も握ったことない深窓育ちなのよ。剣は腕だけでも上半身だけでも扱えるものじゃないってことを知らないのよ。なんかこの護衛任務、命落とす人いなきゃいいけど」
甘く見すぎている。
「大半の怪我ならなんとかしますよ」
ファルがジーザス教の布教をかねて、太鼓判を押す。
「でもあれをみると」
ライナス・フェンラン(eb4213)も不安になった。鎧騎士なら一応戦闘訓練は積んでいる。しかし。
「手が空いていたら、馬車の周囲だけじゃなく、捜索範囲を広げないか」
前方斥候との距離が開いている。斥候も2名だけでは見落としがあるかも知れないし、斥候が通った後に待ち伏せする可能性もあり得る。
ゲイザーが提案し、ジャクリーン、ラルフとともに、馬車から見える範囲で前にでる。
ライナス、リュード、リーン、フラガの4人が馬車の前後左右を固める。
「このあたりは道付近まで木々が張り出していないからまだ視界がいいけど、セレに近づくと」
「だろうな」
セレに近づけば、森も増えて、木々の密度ももっと高くなるだろう。襲撃にはもってこいのポイントになる。
「斥候さんたち、無事ならいいけど」
斥候は相手が待ち伏せしているならけっこう危険な役目になる。確実に一撃で仕留められるなら。
●斥候
綺羅とティラは馬車が工房から出発する前に、工房か出発していた。本隊に先行してセレまでの道の危険の有無、襲撃ポイントを確認する。できれば襲撃を受けにくい野営地も。
ルートについては、出発前に確認しておいた。簡単には見分けられないような目印もつけておく。
「隠密行動だけど大丈夫?」
「パラのマント使うから」
綺羅は不安を感じたが、最初の1日は襲撃はないだろうと思っていた。そこで状況を見て、その先をどうするかと考えることにした。一人では調べられる範囲は狭い。
「道酷いな」
歩くには問題はないが、馬車でこの道を行くならそれなりの覚悟がいるだろう。
「これがウィルでは当たり前だ、町の中を除けば。ジ・アースでは違うのか?」
「主要な街道ならもっといい」
物資の流通量が少ないと主要街道もこの程度のもの。道が整備されるには大量の物資流通と街道筋に道を整備する村なら町なりがなければならない。
「ウィルでの物資ってあまり動かない?」
「封建体制って、自給自足が基本でしょ? 生活必需品の大半は自分のところでどうにかある。足りないものは僅か。それも馬車で物資を運ぶほど一つの集落に住んでいる人は多くない。だから道も整備されない。首都みたいに人が大勢集まるところは、動きがあるから、周辺は活発だろうけど、ウィルには水運もあるから、完全に道だけじゃない」
流通を担っているのはそれ専門の商人だから、道も知っている。だから標識もあまりない。
「下手すると道に迷う危険も多い」
「ここまでは、気配はなさそう」
印を残す。
「出発したばかりだから、向こうの手勢集めるのに手間取るかも」
だとするとやっかいなことになる。
「やっぱりセレに入ってからかな」
「境界線あたりが危ないかも」
分国の国境は一応定まってはいるが、線が引かれている訳ではない。住民の過疎地域になると、見とがめられずに人数を伏せるにはちょうどいい。
「そろそろ野営地を探して周辺を偵察した方がいいかな」
まだ昼だが、馬車に移動速度を考えると、このあたりだろう。まだトルク本領を出て少しだが、夜はまだ安全なうちの方がいい。仕掛けてくるなら、明日の昼間か、夜か。
「じゃ、私は周辺を見てくる」
野営地にティラを残して綺羅は、周辺警戒に出る。侵入しそうな場所に鳴り子の罠を張る。でも、けっこう野生動物がかかったりするから、低すぎてもいけない。
「このあたりにはどんな動物がいるののだろう?」
アトランティスの動物の知識があれば、いいのだろうが。
「馬車はまだ来ないけど、薪は準備しておいた」
ティラは、夜に使用する薪の準備を終えていた。そろそろ馬車が到着してもいいころ。かなり暗くなってから到着した。
「やっと着いた」
馬車で来た者たちの第一声はそれだった。
「遅かったな」
「遠すぎるぞ」
ゴーレムを積んでいる分馬車の速度は、普通よりもゆったりしたものだった。ウッドとはいえ重さも重さ。それに道の悪さが拍車をかけた。
「実際に戦争にゴーレム使う為には、馬車じゃ移動は難しいな。フロートシップでも使って運ばないと移動時間ばかりかかってしまう」
ゲイザーは将来のことを考えていた。
「アトランティスでは戦場の日時や場所、戦力まで事前に取り決めるのだろう」
試は尋ねた。そんなことするよりもいきなり攻撃した方が勝てるだろう。
「互いに場所知らせずにいきなり攻撃仕掛ければ」
「そんなことしたら、軍勢がぶつかる前に互いの領域で村の潰しあいになって、共倒れになるだろう」
地球のような衛星で見張るわけにはいかない。軍勢に隠密行動を取らせれば、容易に城までも近づくことも不可能ではない。こちらがやることは、相手も行う。その結果は、互いを破滅させるだけだ。
「それを規制する必要があるだろう。戦力に関していえば人数まで、個々の騎士が強いかどうかまでの取り決めは無い。だから少数でも凄腕がいれば侮られない」
「そんなものか」
●夜
「ルーフォン、見張りだ。寝るんじゃないぞ」
希望はそういうと、移動の疲れで眠った。
ゴーレムは梱包状態のままだ。
「この状態ではゴーレムはすぐには使えないじゃん」
ルーフォンはゴーレムを載せた馬車の付近にいた。
「この子をつかうような自体になって欲しくはありませんね」
ジャクリーンがいつのにかルーフォンの背後にいた。ロングボウでいつでも応戦できるようだ。
「素手で戦うつもり? 襲撃者を甘く見ないほうがいいよ」
交代時間になって、横なるファル。
「怪我人が出なくて良かった。これもセーラの導き」
就寝中にふと目を覚ますと、エレが所在無さ気に傍に居るのに気付いて丁度良いとばかりに会話。色々と会話して何時も通りの雰囲気に戻った後に、微笑みながらポツリと一言。
「‥‥最初の顔合わせの時に貴女の姿を見た時、心臓が止まるかと思う位驚きましたが‥‥それ以上に、また貴女と逢う事ができて嬉しかったですよ」
「こうた」
エレに交代の時間を知らせに来たフラガは、綺羅に背後から口を手でふさがれた。
「邪魔しない方がいいでしょう」
その後二人はどうなったかは、不明。翌朝睡眠不足そうなファルとエレが同じテントから出てきたのを目撃されたが、騒がなかった。
「大人のやることだから」
しかし、寝不足のファルがまともに神聖魔法を使えるかは難しいところだ。
●襲撃
「このあたりが一番あぶなさそうだけど」
先行した綺羅は、森林が迫ってきた感覚にそう感じた。それに冬とはいえ、このあたりには鳥の鳴き声が少ない。
「いるかも」
ティラも似たような感じを持っていた。
馬車が着くのは昨日の速度では野営間近になるだろう。
「私は森の中を探るから、ティラは知らせに走って。戦う余力をもってここの到着できるようにしないと」
「場合によってはゴーレムの起動もあり得る」
「調べが着いたら戻るから」
ティアの知らせで、馬車の一行はゴーレムの梱包を解く準備をしながら、森林に向かった。別の道でもあれば、危険を回避した方がいいのだが、馬車が通れそうな道は他には無い。
「綺羅が戻らない。まだ調べが着かないのだろうか」
すばるを胸元に入れたままの綺羅は、森林の中を動いていた。
「静かすぎる」
矢の音に体が反応する。僅かに間に合って耳の横を矢が通過していく。木の背後に回るもののこちらでも矢が飛んできた。
「くっ」
疾走の術で逃げる。右肩に矢が突き刺さったままだ。矢が幾本か飛来するが、すべて回避した。
「すばる、うごかないで」
危険を感じてすばるが動く。わずかにバランスを崩したところに、背後から矢が突き刺さる。呼吸が止まる。
「人数が多い」
リカバリーポーションを飲み込む。矢は刺さったままだが、なんとか動けるようになる。
「知らせにいかないと」
そうは思っても下手に動けば、今度こそ危ない。バックパックからリカバリーポーションを取り出す。
「綺羅の足ならもう来てもいいはずだ。それが来ないのは、捕まったかやられたか」
スニアは危険性を感じた。
「ゴーレムを起動させよう」
森林まではあと僅か。そろそろ、こちらの姿が見える頃だろう。ゴーレムの梱包が解かれる。報酬は減額されるがやむを得ない。
シールドを持っている試、ライナス、ラルフ、リュード、フラガの5人が最前列にいる。
「殺気は感じるが、綺羅はどこかに潜んでいるのかもしれない」
無事ならいいが。
「ゴーレム起動準備よし。あとは鎧騎士の腕次第だ」
ウッドゴーレムの制御胞が開かれる。梱包を解かれたゴーレムが薄暮の中に横たわっている。
制御胞の中にジャクリーンが入り込む。エルフ仕様を前提にしているため、座席にはなんら問題はない。
「相手は山賊、近づかずに長弓を使え」
起動! ジャクリーンは精神を集中する。起動に失敗すれば動けない。その時には二度目のチャンスは無いだろう。ジャクリーンが初めに搭乗したのは、武器がゴーレムと同じ弓を使うからだ。射撃もできない者にゴーレムで弓を扱わせたら矢が前に飛ぶかどうか分かったものじゃない。下手をすれば弓の方を味方に飛ばしかねない。ゴーレムを扱えて射撃もできるのはジャクリーンだけだった。
制御胞の壁が外の風景を映し出す。起動に成功したようだ。
「暗くなる前に、なんとかしないといけないわ」
ウッドゴーレムがバランスを取りながら立ち上がる。一緒に梱包されていた弓をつかみ取る。
「森が動きた」
最前列の5人に向かって森から集団が走り出してくる。10人ぐらいだろうか。
ゴーレムが、ゴーレム用の巨大な矢を弓につがえる。するとジャクリーンの正面の壁に遠くにいたはずの山賊の姿が間近に見えた。接近速度を目算して狙いを定める。引き絞られた弦が、巨大な矢を打ち出す。
矢は前衛の5人の頭上を越えて、接近してくる集団の目の前に突き刺さる。矢の突き刺さった衝撃で地面が大きく抉れて、山賊達の方に礫となって飛び掛かる。
突進が止まった。目の前には突き刺さった矢が彼らの戦意を失わせた。そこに最前列の5人が攻撃を仕掛ける。人数は半分であるものの、士気崩壊を起こしかけている相手に優勢に戦いを進める。
「背後にもいる」
リーンは、ゴーレムの背後を警戒していた。目の敵が囮でないとも限らない。そしてその予感は当たる。
ティラが、接近してきた山賊の一人と刃を交える。スニアが、ラージハンマーを振り回して3人を相手に防いでいる。
エレが日本刀でフェイントアタックをかけて、一人に手傷を負わせた。
ゲイザーが右手のサンソードで相手の攻撃を受けて、左手のスタンガンを使おうとしたが空振りに終わった。希望とルーフォンは自分の身を守るので精一杯。致命傷は受けないものの、次々に切り傷が増えていく。
一番余力を持っているのはスニアだが、ゴーレムニストらを守っているので、他の冒険者が危機に陥っても助けに行く余裕はない。むしろ大立ち回りを演じている分。相手も近寄れない。あえて強い敵に当たる気がないようだ。だからと言って、スニアも護衛対象からは離れない。
「冒険者なら自分で自分の事ぐらい守れ」
冒険者を助けに言って、ゴーレムニストらを人質に取られる訳にはいかない。接近戦を行っていては、ゴーレムの矢では味方をも巻き込む。
「少し離れた敵なら」
ジャクリーンは、離れた一人に狙いをつける。
鋭い弓弦の音ととにも矢が打ち出される。矢は目標の人物をアーマーごと突き破って地面に突き刺さる。苦痛に呻くこともなく、こと切れる。
それから数分後、山賊たちは後退していった。殺された者を打ち捨てたまま。ファルが怪我人の回復をはじめる。森の中から満身創痍の綺羅が姿を現した。
「森の中の弓兵が、こっちに意識を集中させた時に、仕留めてきた」
それだけ言うと、がっくりと倒れ込む。ティラが抱き留める。
「ファル殿、早く来て!」
綺羅は、持っていたリカバリーポーションは使い切っていた。
「瀕死の重傷ですか?」
ファルは、落ち着いてリカバリーで回復を図る。
どうにかけが人の手当てが終わったのは、夜もかなり過ぎたころだった。ファルは、もうへとへとに近い。エレに抱えられるようにしてテントに運ばれていった。
「警戒は解くな」
怪我の手当ての終わった者は、周囲の警戒を続けていた。相手側にはクレリックはいないはずだが、まだ敵がいないとも限らない。
「ジャクリーン、おつかれさま。ねぇ、私のテントもう一人分空いているのよ、こない?」
リーンが、ジャクリーンを誘った。ジャクリーンはゴーレムを動かし終わった後、緊張の糸が切れて疲れが一気に出ていた。目を開けているのもやっとの状態だった。
「さぁ、いきましょう」
その無言を承諾と取ったリーンが、ジャクリーンを横抱きにかかえて自分のテントへと運び込んだ。その後テントの中で何か行われたかは、当人たち以外は知らない。
その後は襲撃もなく、セレまで無事に到着した。倒した者の遺体からは、正体が分かるものは一切持っていなかった。
梱包を解いてしまったため報酬は減額となったが、どうにかゴーレムの輸送は無事に終わった。倒した者の所持金でアイテムや減額分がほぼ補填されたのが望外の幸運と言えよう。
帰り道は、手ぶらの冒険者を襲うものはなく無事にウィルまで到着したが、ライナスは保存食が不足したため、リュードに恵んでもらうはめになった。
ファルとエレは絆を深めた。ただしロマンスというよりもコメディタッチ。一方ジャクリーンはリーンとの一夜の内容を全く覚えていなかったが、リーンの方は忘れられない夜だったようだ。一体ナニがあったのやら。