●リプレイ本文
●エーロン王子の憂鬱
シャルグ・ザーン(ea0827)と毛利鷹嗣(eb4844)は、旧ベーメ領に向かう前にエーロン王子のところをやってきていた。
「食い詰め傭兵の略奪程度であっても、我等だけでは収める事が難しいゆえ、領主不在の状況で治安を守るには、兵が必須と考え申す。無論、占領軍の兵には」
シャルグがそこまで言うとエーロン王子はそっぽを向いた。エーロンの脇にいたルーカスが説明する。
「人手が足りないと思えば途中なり、現地なりで募集すれば良い。討伐のおりにベーメ卿に雇われていた傭兵どもの一部は、ライナス卿が雇いあげて現地に向かっている。急ぎ合流された方が良かろう」
雇いあげた傭兵をどのように管理するかが、シャルグの役目となるだろう。傭兵にも質の上下があるから、人選を間違えると後々大変な事になる。
「王子殿下にお願いがあります」
鷹嗣はライナス卿のことを調べるために、エーロン王子でなければできないことを頼むことにしていた。ジェトの頃のライナスのことを調べる。月道使っての調査となると王子でなければできない。
「その件については調べさせよう。月道つかって調査し往復するためには、それなりに時間がかかるぞ」
月1回の月道なら今月に向かっても戻ってくるのは早くても来月。
「ライアット卿については、堅物の御老人なら以前のことは知っているだろう」
「堅物の御老人?」
「たぶん、ザモエ卿のことだろう」
シャルグは山賊集団を討伐に参加したことがある。ただし、討伐が行われたのだから、表の事情だけだろう。裏の事情となると別の人物の方が良いかも知れない。
「裏の事情を知りたければ、あちこちにスパイを送り込んでいそうな人物でないと分からないかも」
そんな人物というと、ロッド卿だろうか。別動隊に参加した誰かか、あるいは城砦修復の依頼を受けた誰かなら接触できだろう。グレイ・マリガン(eb4157)かフラガ・ラック(eb4532)。あるいはセシリア・カータ(ea1643)かスニア・ロランド(ea5929)。
「ロッド卿なら、Wカップ開催準備で当分首都に滞在しているはずだ」
ルーカスが鷹嗣の考えていることを察して付け加えた。
●領主館
「もっとも秩序の整った状態というのを知ってるかね、冒険者諸君」
旧ベーメ領に先乗りしたライナス卿は、遅れて到着した冒険者たちを相手に、演説に近い口調で話していた。この時点で到着していたのは、エーロン王子のところに出向いたシャルグと鷹嗣以外の8人。予想していたよりも、いや予想していたとおりの人物のようだった。
「秩序を乱す者が存在しない状態、つまり無だ。とはいえ、そんなものには価値もない。そこでだ。基本的な方針だが、まずは状況を調べ上げる事。ベーメ領での収穫状況報告、収支報告なんでも良い。できるだけ過去さかのぼって、この領地経営状態を調べ上げる。また提案のあったように、残党の捕縛も含めて現地での状況調査も行ってほしい。食料を所持していない場合には、現地での調達を許可する」
現地調達と言っても、別に収奪するわけではない。住民がどのようなものを日頃食べているのかを調査することが目的。金を払うなり、反乱者討伐の勇者と食事をともにしたという名誉を与えるなりやり方はある。当面、金で解決しておく。
「何を日頃食べているか。どのような服装をしているか。家畜は、畑の状態はどうか。そういったこまこまなことについてできるだけ詳しく調べてほしい。基本的な日常を知る事によってその地域の状態を知ることができる」
ライナス卿は早速、首都から連れてきたセトタ語の読める幾人かととも館の調査を始めた。セトタ語がそれなりに使えるアリア・アル・アールヴ(eb4304)は、護衛兼執務補佐として館に残る。その他に、ライナス卿が雇ってきた傭兵を治安維持のために編成する。
「雇ってきた傭兵たちの指揮は任せる。傭兵は金を払いが良ければ裏切らない。個人差はあるけどな」
ライナス卿は20名ほどの傭兵を冒険者に引き合わせた。討伐戦の時に雇われて、ウィルからの道筋に配置されたが、こちらの討伐隊を発見できないままに雇用期間が切れてウィルに来ていた。
「ベーメ卿の管財人が生きていれば楽だったのに」
アルは、書類探しでぼやいていた。あの討伐のおりに館内にいた人物はことごとく殺されていた。ベーメ卿も相応の手練だったはずだが、一刀のもとに首を切り落とされていたらしい。
「エーロン王子が見たのはそいつ一人だったが、これだけ始末するには足りない」
館の掃除は終わっているが、それでもまだ血の臭いが時折することがある。この館が拠点になることから、館で働く者を村で出すように言いつけた。
「報酬という訳ではないが、ここで働く場合にはこれを着用するように」
代官赴任、見目麗しいと判断された村娘が3人ほどやってきた。代官に取り入って負担を軽くしようと思うのはどこも同じ。ライナス卿個人の趣味か、最近首都の一部で流行りだしているゴスロリ風の衣装を手渡した。
個人的にも好評だったのか、館の中では生き生きとして表情で何の苦情もなく働いてくれている。副次的効果として掃除しながら、幾つかの書類を見つけてくれた。
「これ見つかりました」
と、まだ発見されていない領地に関しての資料を持ってくる。文字自体は読めないから外れもあるが、重要なものが見つかる場合もある。
領地内の人口、男女比率、賦役がどの程度まで可能か。徐々に資料が明らかになってくる。
「作業は進んでいますか?」
富島香織(eb4410)は、今日3人娘たちの探し出した書物を持ってきた。
「まだあるのか」
アルが悲鳴をあげる。アルの悲鳴を聞いて疲労回復効果のあるハーブティが用意される。アリオスも館の捜索から戻ってきた。
「ライナス卿はエーロン王子と同期と聞いています。王子はどのような人物でしたか?」
ライナス卿が本物ならエーロン王子の騎士学校時代のことを知っているはずだ。
「今の性格と基本的には変わっていない。以前よりも慎重だ。討伐では自ら前線に立たれたと聞いている」
「それに詳しいのは、同じ隊にいたシャルグやコロスです」
「無茶は相変わらずか。生身でゴーレムの前に立ちふさがるなど」
鎧騎士としてゴーレムの力を知るアルは頷く。
「巡回している者たちから連絡はどうだ?」
ライナス卿は香織に尋ねた。
「その前に。ゴーレム関係の調査を先に聞いてください」
フラガがこの数日間ゴーレムを整備していたところを調査していた。最初は館を調査しようと思っていたが、館の方がはすでに人手がいたためゴーレムの方を調べることを優先した。一番乗りしたのはアリオス・エルスリード(ea0439)。フライングブルームで真っ先に乗り込んだ。ベーメ卿の館は戦いのあと、遺体を片づけただけで封印されていた。代官に引き継ぐまで王子が派遣した数名の兵が館の守備についていた。
アリオスは事情を話して中に入ろうとしたが、彼らは認めなかった。無理やり押し入るわけにもいかず、結局ライナス卿の一行が到着するまで一緒に館の保全を行うことになった。アリオスの見るところ、館は完全に封印されているため、内部はいじられていない。もし相手方にジャパンの忍者のような者たちがいたとしたら、話は別だろう。
「館の者たちは全滅か?」
半ば呆然とそのことを知った。一人残らず、館にいた女子供も含めて。
「ひどいものだ。黒い甲冑の騎士か」
「リド卿のところに加わっていたらしい」
「リド卿と旧知?」
「いやリド卿にしても手勢が少ないから使っただけだろう」
エーロン王子からの派兵要請を断れるわけもなく、とはいえリド卿の領地ヴァンパは軍役が課されない特殊は領地、そのため軍役に参加できる人数もさほどいない。押しかけ援軍でも欲しかったのだろう。
「討伐はリド卿の領内でエーロン王子を暗殺しようとしたのが原因。リド卿も最大限の働きをしなければならなかったわけか」
ベーメ卿に恨みがあるので無報酬で加わると。
館をライナス卿とともに開封したあとは残っている血の後を掃除しながら、捜索を始めていた。途中から3人の村娘が手伝ってくれた。一応の範囲を調べたあとは、リド卿らの進行したルートを探る必要を感じた。さらにリド卿にも聞き込みが必要だろう。
「かなり徹底している。しかしベーメ卿もどこかに隠しているはずだ」
●ゴーレム
フラガも鎧騎士であるし、あの戦いでのベーメ卿側のゴーレムの攻撃力の高さに興味を覚えた。
Wカップの都合上ウィルに滞在していたオーブル・プロフィットに面会を求めた。
「ロッド卿の紹介でなければ会えないところでした」
だろうと全員が頷く。オーブルはそれほどの重要人物。
討伐が発せられた当時ここにいたゴーレムニストらは、ゴーレムが配備された当初からいた者たちがほとんどだった。試作品のテストを行っていたらしい。ゴーレムの可能性はまだまだ計り知れない。
「機嫌を損ねない範囲でしか聞き出せませんでしたが」
機密を平気で話す者をオーブルは信用しない。ここに派遣された者たちはその意味では非常に口が固い。他の分国に派遣されていた者たちだ。ゴーレム技術をほしがるものたちからの誘惑が多いだろう。
「テストの内容は分かりません」
「それはここの統治には関係ない。ただし、テストが行われていた事での住民への影響は関係ある」
討伐戦では、一般の住民には被害は出ていない。傭兵も、かなり質の良い者たちが多かったようで、住民への被害を出すような者たちはほとんどいなかった。ベーメ領外に配置された者たちは別として。
「そこで今日まで探していましたが」
ゴーレム実験関係の資料は、すべて持ち去られたらしいことが分かった。
「ゴーレムの装備の幾つかは残っていました」
コロス・ロフキシモ(ea9515)の盾を粉砕した巨大ハンマーはバガンの攻撃力を高める武器だったようだ。輸送手段を準備できなかったのか、それともベーメ卿が所有権を主張したのか。
「城壁破壊用と考えた方がいいようです」
分厚い城壁を破壊することを目指して作成したハンマーなら、人の持てる盾など破壊することは造作もない。
「もちろん、命中率は別でしょうが」
城砦破壊用なら動かない目標だ。これなら滅多には外さない。
「分かった。引き続き、ゴーレム関係の調査を行ってくれ。エーロン王子に有利になるようなものが残っているかも知れない」
ゴーレム技術はトルク家が独占している。外には製品しか出していない。異母弟あるルーベン・セクテにさえも技術は公開していない。
「その秘術は霧の中、ですか?」
地球人の香織にしていれば、ゴーレムは機械のようであって魔法の産物。機械なら製造施設をみればある程度のことは分かるだろうが、ゴーレムの場合にはゴーレムニストの匠の技。
「ゴーレム魔法を使える者がこちら側にいれば多少は違うのだろう」
ゴーレムニストにしてもトルク家が押さえている。ゴーレムの導入によってウィル国内はもとより、隣国にも製品が輸出されているのに。
「ウィルを相手にゴーレムを戦場で使えないという制限がつけられる。ゴーレムを完全状態に維持するゴーレムニストを引き上げられてしまえば戦場では使えないのだから」
アルは精神的に回復したのか。ハーブティの香りを楽しんでいた。
そこに巡回から一時戻ってきた者たちが加わってきた。
シャルグ、セシリア、スニア、コロス、グレイの5人がある程度手分けして反乱を起こそうする者がいないかどうか、領内を回っていた。
●民衆の反応
コロスは、一般民衆の前に出て新領主の赴任を告げ、民衆の安全の確保の為にも受け入れる様に説得を試みた。実際のところ、民衆には受けいれるしかないのだが。
「ライナス卿の補佐を務める、コロス・ロフキシモだ!」
武勇伝はすでに伝わっていた。名前を名乗っただけでどよめきが起こる。
「ベーメ卿亡き後、この地は今日より臨時ではあるがライナス卿が治める事となる。領内は現在、不安定な状態にある。お前達の安全の為だ、快く受け入れて欲しい」
「反論のある者は怖れず前に出て申してみせよ!」
集まっていた民衆にそんな度胸はない。後ろの方にいた一人が、逃げ出すと、次々に逃げ出して最後には誰もいなくなった。
「あれじゃ逆効果よね」
スニアはため息をつき、頭痛に耐えるように額を押さえた。
「民衆怖がらせてどうするのよ」
「あっちは丸腰、武器を使う訓練もしていない。それをゴーレム生身でわたりあった勇者(バケモノ)相手に反論はおろか、目を合わせることも怖がるでしょう」
そんなやりとりがあった。
「というわけで、初動は不調です」
セシリアは村に残って反乱阻止のための情報を集めていた。
「ベーメ卿は領主としてはまともだったようです」
コロスらが立ち去ると、家から出てきて畑仕事に向かった。領主が代わろうとも自分の仕事は行っている。ただし全員に不安そうな表情がある。
ベーメ領は、フオロ直轄領よりも良い待遇だったようだ。逆に言えば、時折やってくる行商人から聞く情報を聞いているだけに、不安が高いようだ。
「諸君はフオロ直轄領で行われていることをどのくらい知っているだろうか?」
ライナス卿はその場にいた冒険者を見渡して言った。
「首都ウィルにはこれまで滅多に人里に来た事も無いモンスターや猛獣やらは跋扈しているらしい」
「え〜と」
身に覚えるある冒険者が幾人か。
「それは最近のことらしいが、エーガン王即位後の7年間はフオロ分国内の豊かな領主の所領が没収され、そこがフオロ直轄領に編入されて、エーガン王が派遣した代官が治める土地になっていった」
代官は領主であるエーガン王に代わって統治を行うのであるが、優秀な代官とは多くの収穫をあげる者である。
「つまり苛烈な賦役や収奪が行われていると?」
シャルグが尋ねた。フオロ直轄地での依頼はそれほど多くない。
「生産が上がらない、いやむしろ下がった状態で、王家の取り分が増える。さらに代官も私腹を肥やす者も出てくる。自分の領地ではない気軽さがある」
「確かにそうね」
スニアが同意した。
「今のところ反乱の兆しは見えないようだが」
領民の不安が取り除かれなければ、今後の収穫にも影響する。そろそろ秋まき小麦の準備をしなければ、ならない。領民に不安を取り除くための収穫祭は派手にやりたいところだ。
「あの一つお聞きしてよろしいですか?」
シャルグは傭兵を雇った資金の出所を尋ねた。
「私財だ。出費の方が多い。ウィンターフォルセの復興資金を集めるということで、エーガン王が各地の代官に臨時徴収を命じた。新たに赴任する代官には赴任税を課すという。子供の食事を減らす家もあるだろう。ウィンターフォルセは他のところよりも豊かな土地のはずだ。ここではそんな自体にならないようにしたい」