●リプレイ本文
●狂王子の酔狂
エーロン王子肝入りの治療院。施設用の屋敷と土地こそエーロン王子が用意してくれたが、治療院は施設の外側だけでできるものではない。中身が重要。医療器具などは最初の一つから揃えなければならないし、薬にしても現在ある知識から作り上げていかなければならない。稼働できるまでには、まだまだ時間も費用もかかる。既存の医療団体との軋轢が生じれば、どのような方向から妨害がはいるかわからない。特に医者は患者の命を握っている存在である。圧力をかけられる立場の人の身内に患者がいればその命を盾にとって圧力をかけさせる荒技も可能だ。
「天界ではそのようなことをやっているのか?」
ルーケイ伯アレクシアス・フェザント(ea1565)は、山田リリア(eb4239)の懸念の一部について疑問を呈した。
「天界には医師法があるから、正面から要求を通すために治療拒否はしないけど。どのような治療を行うかは主治医が判断するものだから」
と口を濁した。
「教会も怪我の治療魔法や解毒の魔法を使って治療を行いますが、治療内容に応じた寄付金をとっています。それに教会の場合にはエーガン王陛下などのお歴々の怪我などに対処することで信頼もあります」
ボルト・レイヴン(ea7906)は教会が、今のところ既存医療機関との軋轢が生じていないことを言ってみた。ただし、治癒魔法は即座に効果が出るたため、怪我や毒を盛られた場合の対処などは有効であるし、毒の種類も関係ない。しかし、病となると状況は異なる。
「教会には病気を治療する魔法はないの?」
アトランティスに来たばかりの天界人カーテローゼ・ウェイン(eb6641)は驚きの声をあげた。今回の依頼を受けている者の中で唯一神聖魔法を使えるのがボルト・レイヴンだけでありそれ以外の者は神聖魔法には門外漢、魔法で治療もできると神聖魔法のない地球からきたカーテローゼが驚くのも無理は無い。
「こういうことよね。神聖魔法は自然治癒能力はもちろん、条件付きだけど欠損部分の再生までもできる。魔法による効果は体を治すというだけでなくウィルスの活動まで助けちゃうみたい」
殺陣静(eb4434)が自分の理解した範囲で解説した。
「寝てれば治るくらいの軽い夏風邪を肺炎にまで悪化させちゃうってことよね」
冥王オリエ(eb4085)は、思いついた実例をあげてみた。
「まぁ、そんなとこだ」
篠崎孝司(eb4460)も、その例えに同意する。
「ウィルスとは見えない程、小さな悪魔を想像して下さい」
殺陣静がさらに続けた。
しかし、この説明にはアリア・アル・アールヴ(eb4304)、キース・ファラン(eb4324)、エルシード・カペアドール(eb4395)の3人が、顔色を悪くした。
「どうしたの?」
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が3人の反応の異常さに気づいた。
「いや、その説明を聞いた途端に、なんていうか恐怖というか」
3人とも程度に多少の違いはあれ、恐怖を感じていた。それはジ・アースからきた冒険者もそれに似たような反応をしている。
「悪魔って言葉ね」
地球からきた冒険者にとっては、縁遠い存在でもアトランティス人やジ・アース人にはより身近な恐怖の対象。アトランティス人には別の名前に変換されているのかも。
「説明には注意してください」
ボルトは困り顔で言った。こちらの人たちに恐怖を与えるのはもちろんだが、病気は神聖魔法で治すことができないのだ。
「そうね、病気を神聖魔法で治せない。つまり教会で対処できないとなると」
教会は悪魔を倒せないという風評になりかねない。
「やっと根付きつつある教会の信頼を根こそぎ取り払うことにもなりかねません」
「それでは説明に注意するとして役割分担をしましょう」
●役割分担
「今回の依頼で解決すべき問題は?」
リリアが問いかける。放れたところで行動するには、全員の共通認識が必要。
「まずは資金集め。分国王にエーロン治療院の趣旨説明を理解していただいて、快く寄付をいただく」
越野春陽(eb4578)の発言。
「既存の医療団体との軋轢を起こさない」
ゾーラクが即座に答えた。
「伝染病施設に対応した内装」
カーテローゼが付け加える。
「薬草の調達に」
「医療を学びたい人の確保と組織づくり」
リリアが最後に締めくくった。
依頼の発端は、リリアがエーロン王子に人工的に伝染病を蔓延させるものの危険性を説いたことに始まる。伝染病なるものの原理こそエーロン王子には理解外であったが、結果については理解したつもりだった。そのため、治療院用として数年来無人で荒れるに任せてあった元貴族の大邸宅を用意した。内装には手を入れる必要はあるものの、外側や表の敷地は掃除すれば問題なく使える。しかしその後の運用資金までは保証していない。たぶん、膨大なものになることが予想されているからだろう。そのため運用資金を広く集める必要がある。それと同時に広く資金を集めることで、この制度をウィル全体に広めることも想定している。
まずは分国王に。
フオロ家以外の分国王はトルクを筆頭にセレ、ウィエ、ササン、イムンの5カ国。Wカップの観戦のために、ほとんどの分国王が首都ウィルに滞在していた。Wカップ観戦以外にもいろいろ所用はある。滅多に集まれることのないウィルでは滞在期間もそれなりにとる。
「分国王達はおそらく第2戦までは滞在しているはずだ。それ以降は最低でも一時は帰国する。各国とも秋の収穫時期。収穫祭もある。分国王といえど、自分の直轄領での収穫祭に顔を出す事はある」
このようなことは鎧騎士の方が詳しい。
「では役割分担をしましょう。寄付金集めは分国王に面会できる人物ではないと」
アレクシアスはルーケイ伯という爵位ではあるが、ルーケイの代官にすぎない。面会はできるだろうが、反発もあるだろう。どこでも、急成長した新参者への風当たりは強い。特に旧態依然とした者たちにとっては。脅威を感じた時に排除に向かうものだ。そして、ルーケイ伯の実績は、妬みを受けるに充分である。
「私はササン分国のリーザ様のところに行ってくるわ」
オリエは早速自分の交渉相手を決めた。先日のWカップではチームセクテのメンバーとしてチームササンと対戦している。試合後は互いのチームの熱戦を称え会っただけに、親近感もある。
「では、これを」
リリアがオリエにエーロン王子の紹介状の羊皮紙を渡す。
「やっぱり関係のある人が説得にいった方がいいよな」
キース・ファランと越野春陽は、同じチームトルクのメンバー。連れ立ってジーザム・トルクへの面会に向かう事にした。
「直接が難しければ、ロッド・グロウリング卿に仲介を頼む」
城砦での依頼を受けているだけに、キースはロッドと昵懇という感覚がある。
「この前は体調崩して試合に出られなかったから、それのお詫びにかねて」
越野春陽はこの前の試合に欠場していた。勝利に貢献できなかったのは心苦しい。
「トルク分国の協力は絶対にほしいわ」
経済的に最も豊かな分国。多少の条件をつけられても協力がほしい。特にゴーレム技術を、正確にはゴーレム付与魔法による精霊力コントロール技術をこちらで開発が無理そうな医療機器への応用という点で、のちのち協力が必要となってくる。
「確かにそうだな」
篠崎孝司は即座に理解した。グライダーを飛ばすために風精霊のコントロールできるなら、酸素濃度の高い空気を作り出すこともできるのではないか? 陽精霊をコントロールできればレーザーの代わりに使えないか? こちらでそれらの装置を作り出すのは数十年はかかりそうだ。しかしゴーレム技術を応用できれば。
「アトランティスにはなかったアイディアだから、まだ構想すらされていなかったでしょうけど」
「責任重大ってわけだ」
「そうね。‥‥ナノテクノロジーと合体させて、直接ウィルスと戦う遠隔操作ゴーレムなんかできたりするのかなって思って」
越野春陽の話は、キースには半分くらいしか分からなかった。ゴーレム製造技術に不案内なたちゆえに、夢は大きく膨らむ。
「ではこれを」
リリアが2通目の紹介状を渡す。
「あたしはセレ分国担当ね」
エルシードはセレ家従騎士であるため、交渉には有利なはず。逆にセレ家従騎士という立場上、セレ家の利益にも重きを置かなければならないという制約が加わる。
「もしコハク王が首都ウィルにいないなら、グライダーを借りてセレまでいきます」
「エーロン王子に王家の使者と同じ扱いにしてもらえれば、上空通過にも特例が認められるでしょう」
冒険者が依頼として動く場合には、冒険者ギルドに連盟している領主の領地は通行できることになっているが、この規定を決めた段階では空を通過することまでは想定されていなかった。そのための追加協議はいずれしなければならないだろう。
コハク王が首都ウィルに長期滞在しているという保証はなかった。今年になってから幾度か訪れているため他の分国王ほど首都での用務は多くないはず。
「では、気をつけて」
リリアが3通目の紹介状を渡す。会うための紹介状というよりも、今はエーロン王子の依頼で動いていることを証明するものになるだろう。セレ家従騎士だけでは、交渉という席にはつけない。
「任せておいていいわよ」
「地球から来た人で一緒にいける人がいた方がいいでしょうけど」
リリアが地球人の視線を向ける。
「俺はイムン分国王のところに行く。W杯の際にイムン分国王代理人だったオスム・エンフェール男爵にドーレン王との間をうまく取り持ってもらう」
門見雨霧(eb4637)は、視線が会うと言い出した。
「ならば任せます」
4通目の紹介状は、門見雨霧が持っていく。
「セレには私が同行しましょうか」
殺陣静が言い出した。
「お願いできる?」
「任せて」
重装備でなければ、グランダーは二人乗りには十分に耐えられる。まして細身の殺陣静なら余裕だ。
「となると残りはウィエ家にね。伯爵閣下にお願いしていいかしら?」
「任せておいてもらおう」
内装に関してはカーテローゼとボルトが主となって現状をチェックし、越野が戻ってきたら設計に入る。
ゾーラク、篠崎孝司、アリアが既存の医療団体との交渉にあたる。
リリア自身は、ここで行うことになる医学の教本をセトタ語で作成する。表現的な部分については多少心もとないわけではないが。それそのものを印刷して売り出す訳ではないから、そのあとで改版することもできるだろう。
●町医者ランゲルハンセル・シミター
役割分担を決めて、交渉での内容をリハーサルする。
「各王家でもお抱えの医者がいるでしょうから、彼らに敵意を持たれない言い方にした方がいいのだけど」
このなかにこちらの医者がいないので、どんなことに敵意を持たれるか分からない。
そこに、尋ねてきた人物がいた。
「エーロン王子が酔狂で言い出した治療院はここか。ある人に頼まれて来た」
と言って入ってきた。
「ランゲルハンセル・シミター、町医者をやっている」
ランゲルハンセルは(地球人から見れば)初老の人物。ウィルの町医者として、庶民には信頼のある人物。ただしアクが強い。言い渡したことを守らない患者は、病人であっても殴りつけるという噂がある。そのため、皆従っているらしい。誰が殴られたのかは、分かっていない。
「今寄付を集めるための説得方法を考えていたところです」
「聞いてやろう」
ランゲルハンセルを前にして分国王のところに向かう7人が、これまで話し合った内容で説得を試みる。
「悪くないな。しかし役割分担のことはもっと大きく出した方が良い。それに医術には国境がないことも。地元の医者は、地元特有の病気を知っている。ときおり地元の者にはかからない病が他で、流行することがある。今までは人や物の行き来が少なかったから、滅多にあるものでもなかったが」
人や物の行き来を盛んにすることは病の動きをも盛んにすることにつながる。
「できるなら、各国からも見習い医者を出させるのが良かろう。軌道に乗ればここと同じ物を分国にも設置すると」
地球にはない、あるいは発見されていない病が、アトランティスにはあるかも知れないのだ。
「それから病人を隔離するのは辛い仕事になることは覚悟しておけ」
隔離と簡単に言えるし、エーロン王子の後ろ楯となれば、邪魔できる者もいない。しかし、患者には家族もいる。病人を見知らぬ者に取り上げれるという感情を抱かせないような活動も必要だろう。
「信頼される治療院というイメージが大切だということですね」
リリアが患者親族の心証を理解した。
「ランゲルハンセル先生はお手伝いしてくださるのでしょうか?」
「そのために来た。及第点をやるよ」
●交渉ササン
「リーザ様、エーロン王子の紹介状を持ってきた冥王オリエなる天界人が来ています」
リーザはウィルに滞在していた。Wカップが一般庶民だけでなく、各地の貴族たちにも好評だったことでチームのサポートについて、専用のゴーレムと専属のゴーレムニストを手に入れられないかと水面下で妹の配偶者であるジーザム・トルクと数回の協議を重ねていた。
「冥王オリエ? エーロン王子の紹介状?」
リーザは紹介状を一読し、通すように伝えた。
「お初にお目にかかります」
「チームセクテの冥王オリエか。チームササンに移籍したいという話であれば、うれしいが」
「高く評価していただいて光栄です」
「試合でこそ、目立っていなかったが、チーム全体を把握した指揮ぶりは高く評価できる」
「本日参上しましたのは」
「治療院を作るとか。エーロン王子の酔狂もまともなことをやるようになったのぉ」
感心しているのか、馬鹿にしているのか、その表情からは分からない。
「もちろん、各分国にも見習いの医師を派遣していただき、天界の医学を習得していただきます。伝染病は首都ウィルのみが無事では意味がありません。できるだけ早期に、態勢を作り上げて各分国にも同様の施設を作りたいと思います」
「寄付には応じよう。詳細については国元と相談の上返答する」
「ありがたき幸せ」
「そなたの自由意思でチームササンに来るならいつでも受けいれる用意がある。考えておいてくれまいか」
「仲間を裏切るのは騎士道に悖ると思います」
「では治療院の成功に期待しよう」
●交渉トルク
「Wカップ活躍したではないか。準備委員会に参加したため、多少の経験の差が物を言ったというところだろうか。ゴーレムを動かせるだけでなく、サッカーのイメージを持てないとコントロールはもちろん、必要以上に消耗するらしいな。練習時間を増やすのが一番だろう」
「今日参上したのは、Wカップのことではなく」
「エーロン王子の酔狂につきあっているらしいな。少し前はもベーメ討伐で活躍したとか」
「よくご存じで」
「ロッドは必要な情報を必ず入れる。今回もロッド経由である以上は来た者の素性から最近の行いまで調べ上げて知らせる。エーロン王子の治療院のことだろう。話を聞こう」
「説明は天界人の越野春陽から行います」
「エーロン王子の治療院は伝染病対策として考えられておられます」
こちらの国における公衆衛生の概念がないことなどをあげて、一旦伝染病が発生した場合には大規模な災害になることを説明した。
「伝染病は作るものがいれば、簡単につくることができるものです」
「そのような者がいるのか?」
「まだ分かりません。しかし、冒険者ギルドに保護されなかった天界人の中には」
生きていくために、どのようなことをやっているか分からない。もしかしたら?
「寄付金はだそう。詳細は追って知らせる」
「ありがたきしあわせ。きっと役に立てる施設にしてみせます」
「さらに、治療院は首都ウィルのみでなく各地にも広げたいと思っています。そのためには医師見習いの者を教育していく必要があります。トルク分国からも幾人か推薦していただきたく」
「よかろう。その件についても希望者を募っておこう」
天界の医術が学べるとなれば、希望者もいることだろう。
●交渉セレ
「しっかり捕まっていて」
「はい」
エルシードは、殺陣静を背後に乗せてグライダーで一路セレを目指していた。途中旧ベーメ領で休息をとった。コハク王は、一旦セレに戻っていたためだ。
障害物の無い上空を飛んでいるため、距離は稼げるが風圧は体力を奪っていく。地上は森が多く、物資の輸送はかなり難しい。
「夏だからまだいいけど」
「冬になったら大変そうね」
エーロン王子に派遣された代官が、軽い食事と飲み物を用意してくれる。
「このあと休めそうなのは、ヴァンパくらいか」
暗くなってからの飛行は危険だ。
「ここで一泊するか。ヴァンパで一泊するか」
どちらもエーロン王子の息が掛かっているから問題ない。
「まだ時間があるヴァンパまで足を延ばして、翌朝早く立って午前中の謁見に間に合わせよう」
ヴァンパに着いたのは午後遅く。翌朝は暗いうちに出発準備に入る。セレ到着は午前の謁見にどうにか間に合った。
殺陣静が治療院の設立の意義と役割を説明する。
「で、セレとしてはどのような協力をすればよいのだ」
コハク王の周囲にいた者たちから疑問が呈される。
「寄付とは金銭とは限りません。セレには多くの植物があり、その中には薬効豊かなものもあります。それらは伝染病に有効なものもあるでしょう」
「薬草か。首都で育てられる物は種子なり苗なりを送り、こちらでしか育たない物は治療院用の区域を用意する。そのようなものでも良いだろうか」
「できれば、それらの薬草の栽培できる人や薬効に詳しい人。さらに、治療院での技術を学び、セレでの伝染病に対処できる態勢を作る医師の見習いを」
できれば内装用の木材も欲しかったが、セレからの輸送手段を考えると難しい。近場でどうにかするしかないだろう。
●交渉イムン
「こんなところにドーレン王が?」
門見雨霧はいまだに青い服を着ているオスム・エンフェール男爵とともに、ウィルの市街地の酒場に入った。
「隠れスポットか」
「あそこにいる。あくまでもお忍びだ」
オスムの指した先のテーブルには3人の男が談笑とは言い難い雰囲気で話していた。
「優男に、船乗りって感じ。とすると」
「その最後の人がドーレン王だ。少し待ってろ。取り込み中でなければ」
てっきりイムン家の館での交渉になると思っていたが。
「お一人ですか?」
ゴスロリ風の衣装を来たウェイトレスが、声をかけてきた。
「いや。あのテーブルの人に用があるんだが」
「なるほど」
意味深な言葉でそのまま強引に案内される。近づいてきた時にオスムは振り返って頷いたのが分かる。
「我がイムンに勝利をもたらした選手か。歓迎せねば。極上なワインを」
「うちのは全部極上ものですよ」
案内してきたウェイトレスは、相手が分国王でも全く口調を変えずに言い返した。
「違いねぇ」
ドーレン王も気にしない。ここはそういう場所のようだ。
「内密の話なら、我々はテーブルを移動するが」
「いやエーロン王子の酔狂で始める治療院のことだ」
「例の各分国王に寄付を求めて運用資金を出すという」
「エーロン王子の治療院は、伝染病対策のもので」
説明を始める。アトランティス人に概念がうまく伝わるように表現を注意しながら。
「伝染病による被害は戦の被害とは比べ物にはならない。悪い話ではない。貧民を甘やかして食い物をやるようなのとは雲泥の差だ。問題はどのように協力するかだ」
その時ワインが運ばれてきた。
(「本当に極上物だ」)
門見雨霧は、一口味わった。
「イムン経由で首都に持ち込まれる商品に、治療院資金用として1%賦課すればいいでしょう」
「ドレニック卿は簡単に言いよる。ショアが反発するのではないか」
「ショアには1皿3Gのたこ焼きを買うような裕福な人もいるらしいですから」
「たこ焼きが3G! 普通5Cくらいのものだろう」
門見雨霧が目を剥く。天界人の金銭感覚としてもたこ焼きに3万円は異常だ。
「いや。いくら材料費が高くても、買って行くのは一山当ててのぼせ上がっている冒険商人くらいでしょう。そう言う人物を見抜いて売りつけるのも商才でしょうが」
「そんな裕福なショアに水揚げするなら1%でもかなりの額になります。できればうちの港で水揚げしてもらえればありがたいんですが。貧乏領主としては嫁もらうには、もうちょっと甲斐性をつけなくてはいけないので」
「イムンにも特有の薬草がありましたね。それを提供してやってはどうでしょう。ウィル1国でも各地のさまざまな薬草があるはず。それらを研究すれば効果も高まるでしょう」
優男の言葉に、ドーレンも同意する。
「ではエーロン王子の治療院への援助の詳細は追って知らせることにする」
「はい。できればもう1杯ワインを」
「ジュネ、もう一杯持ってきてくれ。それとルインを呼んでくれ」
優男がウェイトレスに注文した。程なくして店主のルインがやってきた。
「何か不都合でも?」
「いや、ワインの製造所でもっと強いのは作れないだろうか?」
「強くなると味もありません。酔えますけど」
「飲むのではなく、エーロン王子の治療院で消毒用に使えるかと思って」
「じゃこれを」
ルインは一旦地下室に行って何やらもってきた。
「レインを製造所に少しの間預けてみたが、とんでもないものを引き取らされた」
「飲むのはちょっと遠慮したいな」
発酵が進みすぎてワインではない。しかもごまかそうとして何かしたらしい。
「消毒用になら使えるだろう。あとどのくらいある?」
「樽3つ」
「店では、不良在庫になるな。私が引き受けて治療院に寄付という形にしよう。こういう寄付でも良いのだろう」
「はい。もちろんです」
「うちからは海藻でも送るか?」
船乗り風の男が言った。
「(海藻にはヨウ素が豊富なはず)ありがたく」
●交渉ウィエ
「どうじゃなかなか良い出来じゃろう」
エルート・ウィエはWカップで提案されたグッズの出来に満足していた。また売れ行きも上々、価格は3Cから高い物でも15C。そのうちゴーレムの形をした置物(天界ではフォギュアというらしい)も作ろうという提案もあった。
「はぁ」
アレクシアス・フェザントはウィエ家の屋敷に来ていた。
ウィエでもエーガン王の思えめでたきルーケイ伯の到来とあってその人となりを見たいところであった。
「ルーケイの地は、セクテ領を挟んでウィエに通じる。そこを任せられるルーケイ伯は文武に秀でた人物であるともっぱらな噂。ところで、ルーケイの地が固まったら、東西からセクテを挟撃せんか?」
言葉こそ軽いが内容は重い。
「え?」
「ドーレン王を巻き込んで、南からトルクを牽制してもらえば容易に落ちると思うが、どうか?」
エルートの声のトーンが下がる。
「戦を仕掛けるには、大儀が必要です。大儀なき戦は騎士道に悖る」
「あの私生児は、父なし子の分際で家督を奪った。奪われた者の頼みを聞いて助力をする。理由にはならないか?」
「その家の内輪目のこと。他家が口出しするのはどうかと。できるとすれば、上級領主にあたるトルク分国王のみかと」
アレクシアスの返答を聞いて、エルートは口調を元に戻した。
「安心した。そのような言葉の出るアレクシアス殿のことなら治療院の運営も大丈夫だろう。試して悪かったな。後先考えぬ提案をエーガン王に耳打ちする輩が多いと困っていたところだ」
「招賢のことでしょうか?」
「理想は分かるが、あまりに現実的でないものが多い。いや、出来ることから始めたいので、割り引いて聞かれることを前提に、景気の良い事を言っているのかも知れぬが」
「‥‥」
「そう考えると、今回の治療院はエーロン王子が動かれたとか。酔狂な御仁と思っていたが、エーロン王子もなかなか期待できそうな」
「では」
「寄付の内容については追って知らせる」
●交渉既存医療団体
エーロン王子の酔狂で始まった治療院が、各分国王の協力を得たという噂が広まってから慌ただしくなってきた。
「今ので今日は2人目?」
「いえ3人目です」
首都の医者が何人いるか知らないが、貴族お抱えの医師とかが無料で治療するという部分に反応して抗議にきている。
「あくまでも伝染病のみと説明していますのに」
ゾーラク、孝司、アリアは困惑を隠せない。なぜ聞きかじりで抗議にくるのか。噂のみを信じて説明を聞こうとしないのか。
「そんなものです。分国王達を説得できましたから、政治的圧力はないと思いたいところですね」
リリアも医師教育のためにセトタ語への翻訳で難航していた。表現が見つからない。妙な誤解を生じる可能性も考えると、なかなか先に進まない。もっとセトタ語に堪能な人がいたら。
「説明会を開いた方が早い」
「伝染病専用ということになれば、他の医療団体も攻撃する意味を失うでしょう」
そして治療院についての誤解を解くために、エーロン王子の館に部屋を用意してもらって説明会を開く。エーロン王子にも同席してもらう。
「権力的に押さえるって方法もありでしょう。聞くだけは聞いてくれる」
王子は王子で、この茶番を面白そうにしている。ある程度の大御所もきたが、エーロン王子に圧力をかけるわけにもいかず、またもう一人の同席者ランゲルハンセル・シミターに視線を向けられると、口を閉ざす。
「あの人けっこう有名なのかも」
誰が頼んだか知らないが、いるだけで効果はある。説明会も無事に終わり、誤解からくる圧力だけはなくなった。
●治療院改装
「こちらにはガラスがないから、UVはどうだろう?」
測定装置がないから計れないが、日焼けしている人がいるからあるはすだと思う。
「風通しを良くして」
内装のための準備にチェックが行われている。伝染病も種類によっては空気感染することもある。その場合には外に漏らさないようにしなければならない。
改装用の資材はウィルのあちこちから届いている。治療院の趣旨が伝わって新材ではないが、まだ使える物や残り物などが届いている。
「庭の方は雑草が生い茂ってしましたが、有志の方々が来られて」
薬草が植えられるように整備耕して行ってくれた。
越野春陽が、カーテローゼの調査を元にして設計に入る。天界のような水道の無いウィルでは水を上に運ぶのも大変だろう。
「蛇口から水が出てくるのを当たり前と思っていたけど」
それがないとなると。水を使うものは下の階に集中した方がいいだろう。と思ってリリアの方を向く。
「何?」
「屋上に大きな樽を設置して、リリアには毎朝その樽にクリエイトウォーターで水を入れてもらえたらと思って」
「何もして居ない時ならいいけど、依頼で遠くに行っていたりしたら?」
冒険者である以上は、日帰りの依頼や首都だけでの依頼というわけにはいかないだろう。
「ウィザードギルドに新鮮な水の供給で協力してもらえればいいのだけど」
新鮮でないと、水を媒介にした伝染病もある。
「当面はリリアに頑張ってもらうとして、エーロン王子なりコネのある人なりを使ってウィザードギルドに協力取り付ける前提で水の配管を考えましょう」
金管楽器のような加工は無理でも、単純な直線ならウィルの金属加工技術でも大丈夫だろう。階段のスロープは距離的に登れないほど角度が急になって無理だった。
設計図が完成すると作業に入る。
ここでも協力を申し出る庶民が集まっていた。自分の手で自分の家を作るぐらいのことは大勢のところでやっている。天界の図面の見方を分からないでも、指示されれば作業には支障ない。
ものの数日で内装の改修は終わってしまった。
その頃各分国王からの寄付の知らせが届きだした。
セレから薬草の種子や苗木が届いた。他の分国でも各地特有の薬草の種子や苗木が届いていたが、セレのが一番種類が多そうだ。
イムンからは南周り航路で輸送する商品の水揚げに1%を課税をして、首都ウィルの城門に入る時に治療院あてに入金するようになる。南航路が盛んになれば、治療院の収入も増えることになる。
ササンからは当面の運用資金として毎月300Gを送ってくるという。さらに病室用のシーツ用の生地類も。分国王が女性ならではの配慮。
トルクも資金面での協力の他に、治療院で治療用に使えそうなゴーレム技術の応用研究を始めることでも協力するという。
ウィエはチからの交易品(主に塩)に1%課税し、毎月送るという。さらにWカップグッズ販売の利益の半分も、提供するという。
「Wカップが盛り上がらないとグッズも売れない」
イムンに負けたウィエとしては、ハッパをかける意味もあったのだろうか。
「この樽何?」
樽が3ついた。
「消毒用のアルコール代わりに使える強い酒」
門見雨霧が答えた。リリアが中を確かめると。
「確かに使えそうね。でも誰から?」
「ドーレン王と一緒にいた優男が、店の不良在庫になるのを買い取ってこっちに寄付してくれた」
「優男に酒場? もしかしてそこのウェイトレスってゴスロリ服着てなかった? ワインは上物だった?」
天界人の門見雨霧ならイメージは分かる。
「ゴスロリ服を着ていた。ワインも美味かった」
「心当たりあるのか?」
アレクシアスはリリアに尋ねた。
「ウィルの一般庶民が妙に協力的だから、変だと思っていたの。あの人が手を回していたってことね」
「あの人?」
「エルシードはベーメ討伐で補給隊に参加していたよね。それにチームの支援者だし」
「まさか」
「多分ね」
「ランゲルハンセル先生。先生をここにくるように頼んだのはどなたですか?」
「口止めされたわけではないから言うが、ルーだ」
「やっぱり」
「恐ろしい人だ。ウィエが恐れるわけだ。分国王や国王よりも庶民を動かせる」
アレクシアスは、試したように言った挟撃の話が試しだけではなかったような気がしてきた。恐怖を感じた時、人は攻撃的になる。
翌月には、各分国から天界の医学を学ぶための医師見習いがやってくる手筈になっている。教室はできたが、教材は当面。
名目上はエーロン・フオロが(責任者として)院長であるが、実務ができないため、実質的な代表は山田リリアとなるが、冒険者の立場上常に治療院にいるわけにもいかないので町医者のランゲルハンセル・シミターが副院長として治療院の管理することになった。