●リプレイ本文
●とりあえず結婚式はめでたい!
「これで結婚式の祝い酒を」
鳳レオン(eb4286)は、酒場のカウンターに1Gおいた。小さな樽が一つ出される。
「解禁したばかりの今年の新酒だ。ところで、結婚式はいくつもあるのかい?」
「さあ」
「さきほど、20G分もの祝い酒を購入していった鎧騎士の旦那がいたんでね」
「へぇ(俺より気張ったやつがいるのか)、どんなやつだった?」
「ササン分国の鎧騎士を名乗っていた」
(「Wカップで対戦した誰か、か?」)
ウィルからドレニック卿の領地まで担いで運ぶのには、ちょうどいい大きさのようだ。
「20Gも購入した奴は、輸送が大変だろうな」
鳳レオンが買った樽を抱えてそう言った。ペットボトルかせめてビンがあれば、良いのに。
その20G分もの祝い酒を購入したゴードン・カノン(eb6395)は、やや大きな樽をナイトウィッシュの左右にバランス良くくくりつけて、その横を歩いていた。樽を二つも載せてはゴードンの乗る場所がないし、ナイトウィッシュも重すぎてかわいそうだ。
初めて向かうゴードンに道が分かるはずもなく、以前依頼を受けたことのあるレオン・バーナード(ea8029)が道案内をかねて同行。山下博士(eb4096)、華岡紅子(eb4412)、難波幸助(eb4565)、それにコウテイペンギンのペンペンを連れた黒畑緑郎(eb4291)も同行している。
「ペンギンの歩きに合わせると、結婚式が終わってから到着しそうだ。誰かの馬に乗せてやってくれ」
博士の馬しか空いていないので、それでペンペンを運ぶ。骨格的には、ペンギンの足は長いのだが。
「地方領主の奥方が社交の場で身に付けても問題ない品質の装身具をいただきたい。デザインは流行のものではなくオーソドックスなものを。贈られた方が子供やその婦人に受け継がせられるような品ならばなお良い。予算は飾り箱込みで50G。適切なものがなければ70Gまでなら出そう」
アルク・スターリン(eb3096)は、ウィルの宝飾店を回っていた。装身具は完全に手作り、職人の腕が出る。気に入った品が見つからなかったこともある。しかし、それ以上に店そのものに問題があった。ハーフエルフに対する感情。ウィルでも少なからず、その感情はある。しかも一定以上の階級になるほどその影響は大きい。主に貴族相手に商売している者たちなら、その感情を共有している。彼らに合わせなければならないのも事実。
「教育がなっていない」
「難儀しているね。ハーフエルフの旦那」
アルクの背後から声をかけてきた者がいた。
「ハーフエルフに対する感情なんて根拠なんかありはしない。でも大勢の人が認めることによって根拠になってしまっている。探しているのは装身具でしょ。着いてきて」
声をかけてきたのは二人組の女性。片方は妙齢で妖艶、もう片方はかわいらしい少女。狭い路地に誘い込まれる。思わずアルクは物取りかと警戒する。
「か弱い女二人で冒険者に危害を加えるなんて、できるわけないでしょう?」
「どうかな」
「ここ」
先を歩いていた少女が、古ぼけた店を示す。
「気に入る品があるといいけど」
そう言うと別の路地に向かって歩いた。
「おい。名前ぐらい言っていけ」
しかし、それに答えることなく姿を消した。
「邪魔する」
案内された店に入ると、目的の物を伝える。愛想はよくないものの無下にはせずに、いくつかの品を奥から持ってきてみせる。アルクの目利きでは、予算をかなり超過しそうなものに見える。
「予算はこれだけなのだが」
「代々つたえるとなると、これぐらいのものでないとね」
見せられたのは、派手さはないが素材に凝ったもの。一部にブランが使われている。どう見ても200Gはする品に見える。
「50Gでいいよ。ここに埋もれているよりはね」
「ところで、ここに案内してくれた女性が名乗らずに行ってしまった。お礼がしたいが」
「あの子たちなら気にしなくて良い。気まぐれで客を案内するだけだから」
代金を払って、狭い路地を通って表通りに出る。
「ゆっくりしていると結婚式に間に合わなくなるな」
振り向くと、どの路地だったか分からなくなっていた。準備を整えるとウィルを出発した。
ファング・ダイモス(ea7482)は、向かう前にルーケイ伯とある相談をしてから出発した。
出発するタイミングは多少違っても、ドレニック卿のところに着く頃には、皆合流していた。
●港町
「あれが座礁した船か」
港に来ると、座礁した船が見える。もう乗員を救助し終えているだろう。あとはあの船を港まで運ぶだけだ。
「やっと町に着いて、保存食以外の物が食えるな」
ドレニック卿の館につけば、出発するまでの間の食事は出されるだろう。
「あれ、グライダーです」
博士が西から近づく、グライダーを見つけた。
「乗っているのは、冒険者だな」
二人乗りしている。
「あれはチームトルクの、越野さんじゃないか」
こちらにチームトルクのメンバーはいないが、各チームとも情報収集には怠りない。
「Wカップの宣伝ってことはないから、何かあったってことだろう」
ゴードン・カノンが呟く。しかし、グライダーで来るぐらいだから普通ではないことは確かだ。
「とりあえず、ドレニック卿の館に行こう」
ファングが提案して歩きだした。
「港に行って魚とか」
結婚式の料理に使える魚があるか調べておきたいレオン・バーナードは、残念そうに港を眺めた。
「ここは、こんな具合なのか?」
アルク・スターリンは、以前ここを訪れたことのある鳳レオンに聞いてみた。
「そんなものだろ、田舎の港町なんて。船が漁から帰って来た時は大騒ぎだが」
漁は暗いうちに出かけて、明るくなる頃に戻る。
「とれたての魚と野菜を市で交換する」
冒険者が到着したのは、午後も遅い時刻。市はとっくに終わっている。そうでなくとも暗くなる前には店じまいする。
「夕飯に期待しよう。ここでとれた魚が出る」
●ドレニック卿の館
かつて依頼を受けたことがある緑郎が、館に到着を知らせる。
「よくきてくれた!」
ドレニック卿自らが出迎えてくれた。
「貴方の戦いに敬意を表するために来ました」
アルクが普段の無表情をゆるめて、ドレニック卿に挨拶する。ドレニック卿は初対面でも祝いに来てくれた人を無下にはしない。彼には、種族への偏見はないようだ。
「ササンの騎士、ゴードンと申します。この度の一件を聞き及び、是非祝い申し上げたく思い、参上致しました」
ゴードンも挨拶する。
ドレニック卿は、一人一人の手を取って感謝の意を伝える。
「部屋も食事も用意してあるが、まずは風呂か?」
2日間の強行軍で、ほこりもついている。途中野宿では、湯浴みは無理。紅子が混じっていることを見てドレニック卿が気をきかせた。
「豪快な方だと聞いていましたけど、細かいところにも気がつく人ですね」
紅子はちょっと安心した。ロ・ロレア姫のことは少なからず、ここまでの道中で聞いている。無神経な人だったら、どうしようかと思っていた。
岩風呂には海水が温まっている。傍らには火が焚いてあり、湯がぬるくなると、火の近くで熱くなっている石を湯船に入れる方法。最後に冷たい真水で洗い流す。
「天然のエステかしら?」
全員が湯から上がった後で、晩餐が始まる。
上座にはドレニック卿が、テーブルの左右には冒険者たちが着く。
「遠いところ、駆けつけてくれてうれしいかぎりだ。収穫祭は実は今日から始まっているはずだったのだが‥‥。収穫祭が、今年は2日間だけになった。結婚式はその明後日だ。今夜はゆっくり休んで、明日からの収穫祭を楽しんでくれ」
料理は海産物が主だった。生の魚を滅多に食べられなかったウィルでは、天界人(特に地球人)は久しぶりの感触に舌鼓を打つ。
「天界人の中には、そのように生で魚の切り身を食べる習慣があると聞いたので、うちの料理人にやらせてみた。もともと食える魚だから」
「確かに刺身というよりもぶつ切りだけど、うまい」
幸助が言うと、他の天界人(地球人)も頷く。
「結婚式の時には、天界流の刺身を俺がつくってやる。醤油がないのが残念だけど。米があれば寿司もつくれるが」
醤油なしの刺身でも、ネタが美味ければ美味い。天界(地球)でも最高級な大トロは醤油をつけない方が美味いと感じる人もいる。聖徳太子の時代は塩や酢を使って食べていたそうだ。
また、米はこのあたりにはない。サンやランやメイにならあるらしい。聞くところによるとウィルでも栽培している地方があるそうだが、他に売るほどの収穫は無いと言う。
「ウィルに気候では雨が少なくて無理っぽいけど」
「でも最近、どこまで米のようなものを聞いたことがあるような」
ファングが最近コメのようなものがあるとどこかで聞いたことを話した。ただし、ファング自体コメには詳しくないからあやふやなもの。
「天界人は、すべての魚を生で食べるのか?」
この天界人は、地球人をさす。
「ものによるかな。人の体内に侵入する寄生虫を持っているのは、加熱する。ライギョとか」
「酢はこっちにもあるから、酢でしめた魚もいいかも」
紅子は考えてしまう。
「そういえば、魚醤って無いのかしら?」
「ギョショウ? ガルムのことか?」
ジ・アースの冒険者も一部なら知っている。ノルマン漁師出身のレオン・バーナードは昔ローマで作られていた調味料を思いついた。その製造法は細々と受け継がれている。
「イワシの内臓と塩を一緒に発酵させてつくる」
「ほう、それはできるかもしれない」
ドレニック卿は興味をもったようだ。
「独特の臭いがあるけど」
えー、という声があがる。
「醤油が作れないなら、代わりにはなるな」
それでも今回には間に合わない。試しに仕込むだけは仕込んでみた方がいいだろう。
「それ、ここでの産業にしたら、きっと売れる」
「うまくいったらな」
ドレニック卿は、笑って答えた。異文化の味が定着するのは時間が掛かるのだ。
晩餐が終わってからのこと。
結婚の祝いとして持ってきた品をドレニック卿に渡す。
ファングはラッキープローと、月道利用チケット。
「これはいつまでも新鮮なままビールを封印した物です。お二人の仲が、このビールよりも永く、いつまでも新鮮な喜びと共にありますように。日に新しく、日に新しく、日に新しく」
と、博士は天界の缶ビール。
紅子はロ・ロレア姫にドレスとして『聖女の残り香』を、さらに『フラワーティアラ』を持ってきていた。そして30もの発泡酒も。
「それとこれはアハメスさんからのお祝いよ。『お二方の航海が幸多きものにならんことを』ってね」
ロ・ロレア姫に『マリアヴェール』と『身代わり人形』を。『ロイヤルヌーヴォー』をドレニック卿に。「そうか。アハメスは来られないのか。頼りになる女戦士だった」
なんとなく、『身代わり人形』は今の状況にはいいかも。
「今回祝いの品を用意しましたが、奥様に渡す時期と方法は貴方に判断して欲しい。私は奥方が現在どのような状況か分からないし、私が顔を見せると当時のことを思い出してしまうかもしれない。‥‥祝いの品で祝う相手を落ち込ませる趣味はないのでね」
アルクは50Gで買い求めたロ・ロレア姫への宝飾品を渡した。
「顔か。今更美形に乗り換えられては、確かに困るな。結婚式直前に花嫁に捨てられたら、一生恥ずかしくて陸に上がれないぞ。種族など、気にしない者は気にしない。俺も、ロレアも。花嫁を取らない程度に近づいてくれていい」
緑郎は、ペンペンに芸をさせると言い。ゴードンは、苦労して持ってきた20G分の酒を贈った。幸助はニョルズの釣竿をプレゼントする。
そして鳳レオンは、小さな樽に入った新酒を出した。
「現金を渡すのは無粋。何かドレニック卿のところで購入してそれをプレゼントすることにしたい。できれば1日だけでも、一瞬だけでも、船のオーナーになってみたいから、船がいいのだが」
「それでは収穫祭の2日間だけ、例の船をお売りしよう」
例の船とは、ミンス卿のところを往復した試作品のゴーレムシップである。ドレニック卿にとっては換金できる品では一番高そうだ。
「40Gでは少し高い買い物だったか?」
「‥‥」
「では結婚式の披露宴クルージングをお願いできますか。船長?」
「え? は、はい」
鳳レオンは、戸惑って答えた。
「ところでウィルを出発する前に」
冒険者たちが口を開いた。座礁した船とその乗員のことで、エーロン治療院が動いていることを知っている。もしかして、何らかの感染症ではないか。
「途中でグライダーを見ました」
「そうか。生きている者は収容し、遺体はすでに埋めた。この季節でも遺体が腐敗してしまえば、そちらの病気が出る」
そちらの問題を避けるためには、仕方ない処理だったのだろう。
「関わった者たちは塩水を浴びさせ、体中をくまなく洗うように言い渡している。ワインを浸した海綿で拭い衣服は全て焼却した。今のところ、こちらの住民で腹痛を訴える者はいない」
エーロン治療院は、ここの受けいれ体制を作るために先遣隊をグライダーで寄越した。
その指示にしたがって受けいれ体制を準備してうる。
「食中毒だか伝染病だか判らんが、結婚式に影響は出させないぞ」
緑郎は気合を込めていった。
「場合によっては、手を貸してもらうかも知れない。エーロン治療院からは、理事長自らがこっちにくるらしい」
「理事長って、あ、山田リリアか」
山田リリアも以前は、ドレニック卿の依頼を受けた旧知。それで結婚式に参列しないのか、と彼女を知る幾人かは納得する。結婚式と領地を守るというのも、大きな贈り物だ。
それで解散となったが、ファングは自主的に陛下の名を騙る悪党が、ドレニック卿や、姫を暗殺しようとしない様に守る準備を整えていた。賊の入ってきそうな進入路のチェック。
「ファング殿、今宵はゆっくりお休みください。夜はこの私が見張っていますから」
ファングは、不意に背後から声をかけられた。吟遊詩人のエストゥーラがいた。
「月精霊の力の強い夜は、私の領分。ご安心を」
以前の依頼で一緒でなかったなら、怪しいと思うところだ。なんせミンス卿の港に取り残されて、陸路ウィルまで戻って来ている。信用さえおければ、安心して任せられる存在。
「それでは、昼間は任せてくれ」
そのエストゥーラは翌日、ゴードンに姫救出までの一部始終をせがまれた。そして、領民たちにもぜひにと頼まれて、収穫祭でドレニック卿のサーガ・姫君救出編を披露して喝采を浴びる。
「そんなこともあったのか」
アルクは収穫祭を見て歩きながら、そのサーガを聞いた。より詳しく。来月メイに行く予定だから、その前に良いものが聞けた。
紅子は明日の式にそなえて、ドレニック卿のクローゼットからロ・ロレア姫の結婚に使用できそうなものを探し出していた。
レオン・バーナードは鳳レオンが限定3日間船長であるゴーレムシップを海に出してもらって、幸助が調理に使えそうな魚をとりにいく。
船の移動については、治療院の人たちが調査を終えないうちには行われないことになった。今の場所なら収穫祭騒ぎの領民には害が及ばない。船の移動を手伝おうと思っていた冒険者たちにとっては、手持ちぶさというか。ゆっくり収穫祭を楽しむことができた。
海の材料をレオン達(ふたりともレオン)に任せた。幸助は収穫祭に出されている素材を探していた。
「地球の物と似たようだな」
品種改良されていないという点では、違いがあるものの。栄養成分的にはこちらの方が良いかも知れない。
「ニンジンなんて栄養成分が低下する一方だったしな」
「ドレニック卿の館に滞在している天界人のお客人だね」
狭い地域だけに情報は知れ渡っている。普通の時期なら、よそ者が入ってくればすぐ分かるようなものだ。ただし、この収穫祭の時期は、周辺の村からも客がやってきたりするから、見知らぬ顔があってもノーチェックとなる。
「危険だよな」
ファングは、結婚式のために準備してある野外式場の周囲を調べていた。収穫祭の中心地に、結婚したことし知らしめるために用意された場所。
「どうですか?」
博士が赤い顔をして、声をかけてきた。
「こちらは未成年でもエールを飲んでいますね」
アトランティスには、未成年の飲酒を禁じる法律はない。
「エールも味がいろいろあって」
だから、アトランティスはジ・アース以上にまだまだエールの規格も定まっていない。そのため、作る場所によってエールの材料にもそして味にも違いが出る。
「ここは船に積むエールも作っているから、種類も多いのだろう。おい、寝るな。風邪ひくぞ」
酔いつぶれた博士をそのままにもできず、ファングが博士を館まで運ぶ。
「子供のお守りか?」
「これでも彼は子爵の称号を持っています」
「大変なことだ。爵位の乱発は、旧来の者たちの反発を買うだろうに」
ドレニック卿は、少し哀れみを込めた視線を走らせる。
「ルーケイ伯と話し合ったのですが」
ファングが話を切り出した。以前、海賊達より助けた捕虜達の事を、気に掛けていた。最近の捕虜の様子を知り、もしも捕虜達がルーケイへの移住を望み、働く意志・意欲が有るかどうか。
「捕虜と言っても、皆帰るところがある者たちは送り出したし。行くあての無い者たちは、ここで働いている。もともと船乗りだからな。内陸のルーケイでは潮風もないしな」
「これは出過ぎた事を」
「いや、気にかけていただいたことには感謝する」
「ところで」
「国王の仕返しのことか? 実は」
「エストゥーラ殿が仕留めたのですか?」
「知っていたか。国王の刺客という証拠はないが、金銭目当てで命を狙われる覚えはない」
ドレニック卿の性格なら、偶然ぐらいにしか怨みは買わないだろう。
「明確な証拠がない以上騒ぎ立てることもない。無事だったのだ。無駄だと思えばやめるだろう。依頼された者たちがメンツをつぶされたと思わなければ」
そこに紅子がつかれたような顔をして現れた。
「コーディネイトはどうだ?」
「難しいわね。どれも合うように、これと言ったものがないの」
「それは済まんな」
「ドレニック卿の持ち物が少ないというのではなくて」
アルクの用意した宝飾品が目立ち過ぎるらしい。
「先にあなたから片づけることにするわ」
「え?」
紅子が有無言わせず、ドレニック卿を連れて行く。
「お達者で」
●大漁大漁
沖に出た二人のレオンは、大物相手に格闘していた。鳳レオンがトローリングの話をした事から、つかまえた小魚を餌にして試してみた。フィッシングロッドセットの使い所。
竿が大きくしなると、大きな当たりが。全身で合わせると、巨大な魚影が海面から飛び出す。
「カジキの体に、シーラの顔?」
レオン・バーナードの声に船を止めて上がってきた。鳳レオンが見た通りの事を言う。
「なんて力だ。ゴーレムでもないと取り込めないか!」
鳳レオンは思わずロッドのしなりを見てさけんだ。
「魚との戦いは力じゃない。ほんの一瞬が勝負」
どんな魚でも、ヒレが完全に閉じた時には推進力が鈍る。その一瞬が勝負。
「引き寄せたら」
「分かっている」
鳳レオンは、船に積んである大きな銛を手にした。
格闘すること1時間。ようやく巨大魚を銛で仕留めた。
「はっきり言って、船にあげるのはむりだ」
大きなウィンチでもないと上がらない。
「このまま横にくくりつけて曳航していけばいいだろう」
港に戻ると、もちろんこんな大物をつり上げてと大騒ぎ。
「これはすごい」
豚肉を使った料理を作ろうと豚肉を回してもらった幸助が、早速血抜きを行う。
収穫祭で遊んでいた村の男たちも大物の出現に、駆けつけてくる。滅多に使う事の無い、巨大な包丁(もとはグランドシャムシールのようなものだったようだ)を取り出して、文字通り解体していく。
「こんな魚この付近にはいなかったようだが」
やっと衣裳合わせから解放されたドレニック卿がやってきた。
「バ国付近で時折あがる魚に似ているようです」
エストゥーラが解体されていない頭の部分をしげしげと眺めてから言った。
「そういえば、以前トリケラトプスとかいう恐獣の骨を積んだ船が、漂流しているのを見つけたとか聞いたことがあるな」
ヒスタ大陸との間には嵐の壁があるから、物流はない。近場では月道でウィルとメイのみがつながっているにすぎない。ま、カオスの地を突破し、ヒスタ大陸の半分とアプト大陸を丸々横断してくればシムの海に出る。シムの海を越えれば、ウィルの海岸に出る。
なんと言うか、その道のりだけで吟遊詩人が喜びそうな立派な英雄伝説ができるくらいの気の遠くなる距離だ。
「海はつながっているから、なんらかの理由でこっちに流れ着いたのかも知れない」
そしてたどり着いたあげく、謎の巨大魚も収穫祭の料理にされてしまった。
●結婚式
「どうだロ・ロレア姫のぐあいは?」
緑郎が紅子に尋ねた。
「マリッジブルー状態になっているかと心配していたけど、そんな兆候まったくないの」
「良いのか悪いのか」
海賊のところでどんな目にあわされたか、いやそれ以前にミンスの変態領主にどのように仕込まれたか。
「それだけ、ドレニック卿は安心できる存在なのでしょう。ちょっとうらやましいかも」
「寂しかったら‥‥」
「ペンペンは大丈夫?」
「ああ、まかせておけ。本番には強いんだ」
今日はずっと練習していたが、途中で転んだりして失敗し続けている。
「直前リハなし、やり直しなし。だからね」
結婚式には冒険者たちばかりでなく、周囲の領主や関係のある貴族たちも呼ばれていた。
「食中毒だが、毒だかは?」
エーロン治療院の本隊が到着してからは、完全な隔離状態で結婚式には影響がでていない。
「原因が分かればいいけどな」
「手の空いている人、卵を後10個調達してきてくれ」
「卵10個?」
幸助は持てる知識と、庶民では許されない貴族の財力を駆使して、ポークソテーや、豚カツ、魚介類と豚の合成スープなど、天界風の豚料理にウィルの味を取り入れようと張り切っていた。こちらには天界人でいうソースがない。したがって天界のソースでないこちらの味付けでいかなければならない。そもそも無理に天界風の味にしても、こちらで受けいれられるかは分からない。
「酢豚ならどうにか」
と思ったが、パイナップルがない。あれがないと、食べた胃がもたれる。せめて梨とか。
「天界で覚えたレシピよりも、俺のハートで行くぜ!」
どうにか届いた卵は、生み立て。軽く洗って黄身とわけた白身を拡販し、酢と油を混ぜて‥‥。
出来上がった料理を次々に運び、野外結婚式が行われる。式が終われば披露宴クルージング。昨夜のうちにゴーレムシップは飾りつけてある。
コウテイペンギンのペンペンは、ゆっくりだが、転ばずに、くわえた花を花嫁の所まで運んだ。そのユニークな歩き方は、参列者に受けた。もちろん花嫁のロ・ロレア姫にも。
式もクライマックス。
「天界の結婚式ではどうやるんだ?」
ドレニック卿が、冒険者に尋ねた。
「シンプが神の名において夫婦にするわけだが」
ジ・アースを代表してアルクが言った。
「カンヌシサンとか、オボウサンもありかな」
指輪の交換とか。数珠の交換(仏式の一部)とか。
「サンサンクドの杯、もっとも、両家のつながりは」
「それだけはない」
ミンス卿とドレニック卿は絶対に和解することはないだろう。ロ・ロレアにしても、ミンス卿と血がつながっているわけでもない。
「やっぱり最後は口づけだよな」
「うんうん」
「それはこっちも同じだ」
ドレニック卿とロ・ロレア姫の口づけを合図に、拍手が巻き起こる。
「ドレニック卿、ロ・ロレア姫、結婚おめでとう」
ペンペンを抱いた緑郎が言った。
博士はフラワーボーイをどうにかこなした。
「貴方と奥方の行く道に大いなる父のご加護があらんことを。私は来月の月道でメイへ向かいますが、お二人が苦難に打ち勝つことを願っていますよ」
アルクがジーザス黒教徒としての祝福の言葉を口にした。
『お二人の結婚に、精霊の祝福を』
幸助はこっそり、ショアで祝福してくれた精霊の方々へ、お二人にも祝福を願いした。
「さてお待たせした。天界人の料理人、幸助が腕をふるいし料理を心ゆくまで堪能してくれ。
紅子やゴードンらが持ってきた酒がそのまま出される。
「さすがにウィルの酒は美味い。うちの醸造も負けるなよ」
「おー!」
酒が入れば、後はもう‥‥。
ところが、料理に手を着けようとしたところ、治療院から待ったがかかった。
「漂流船の原因がわかりました」
ショアの港で売られていた食べ物の中に生卵を使った調味料から発生した細菌にやられたらしい。
「この料理の中に、生卵を使ったものは?」
「マヨネーズ風のものがあるが」
早速、細菌が発生していないか調べる。
「大丈夫のようです」
「古くなって細菌の繁殖した物を食べたようです」
「船に持ち込んでか?」
それだけではなさそうだが、とりあえず結婚式としては無事だった。
披露宴クルージングも、鳳レオンの操船で滞りなく終わった。
「今夜あたりは一番気が緩む。それに新郎新婦は初夜だからな」
と、その寝室から大きな物音が、聞こえてきた。
「ドレニック卿って激しいのか?」
ゴードンは思わず言ってしまったが。
「そんなわけないだろ!」
緑郎は突っ込む。
寝室の扉を開けると。
「無粋な見届人は、退散した」
ベッドに突きたったロングソードと部屋に残る血痕。
「いつものくせで、枕元にダガーを忍ばせておいて良かった」
「追うぞ」
アルクが言った。
「やめとけ。わざとらしい血痕だ。誘導されて、面倒なことになるだけだ。本気で殺るつもりなら、寝室でロングソードなど使わない」
言われて見れば、そのとおりだ。
「邪魔されないように、今夜だけは警護してくれ」
その後襲撃はなく、翌朝血痕の跡を調べるとショア伯と関係のある貴族の滞在場所に続いていた。
「もし、追って踏み込んでいたら」
ショアと大事を構えることになっていたかもしれない。
冒険者たちは、新婚の二人に見送られてウィルに戻る旅路についた。
「今回の礼は、いずれ必ず」