●リプレイ本文
●上空通過許可は事後。
越野春陽(eb4578)はエーロン王子に、ドレニック卿の港町までの上空許可申請を行っていた。
「グライダーで先行するか。良い考えだ。準備出来すぐに出発してくれ。地上に領地を持つ領主達には事後承諾になるが、直ちに使いを送ろう。万が一疫病が発生すれば、被害を受けるのも彼らだ。しかし、万が一に備えてできるだけ高度をとって行くように」
エーロン王子なら、事後であろうと文句はいわせまい。グライダーで先行するのは、越野の他にはゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)。ドレニック卿側での受けいれる体制を整え、場合によっては越野は状況報告にグライダーで往復する必要があるかも知れない。
「気をつけていけよ」
「はい」
ある意味、これから向かう先は戦場ともいえる。相手が人ではなく、正体不明の病気という違いがあるだけ。その前に、グライダーによる侵入に対して、領主たちが過剰反応すれば地上から攻撃を受ける危険もある。ショアでのロック鳥事件以後、上空からの接近に神経質になっている地域があるかも知れない。
「赤十字のように分かりやすい印でもつければ?」
グライダーの速度での移動では、それでも見えないだろう。
続いて現れたのは、カルナックス・レイヴ(eb2448)。先日の招賢令のおり、エーロン治療院において働きたいと申し出ていた。
「決心がついたなら良い。万民を救うというジーザス教とかいうそなたらの教義にも合うのだろうな。ただし、治療院自体、そなたらの教会同様にまだまだ受けいれられているわけではない。分国王らの同意と援助を受けるには成功したが、本来救うべき者たちが本心から受けいれるまでにはまだまだ時間がかかる。急進的なやり方は今のウィルの現状のとおりだ。ゆっくり着実に受けいれられるように努めてくれ。その意味では、今回はいい試金石になるかも知れない。被害が広がるようであれば、別の手も考える」
「はい。ご期待に背かぬように努力します」
「それを言うのは、王子の俺に対してではない。ウィルの民草に対してだ。それから今までの仲間たちとの関係がこじれないようにしてくれ。ルーケイで問題が起こった時に邪魔されるような事態になっては被害が甚大なものとなる」
もしルーケイでなんらかの病気が流行すれば、その周囲にも影響する。ルーケイの一部には、湿気の高い地域もある。死骸がそのまま朽ちるに任せられていた地域もある。伝染病が発生する要因はまだまだある。
「分かりました」
エーロン王子の酔狂とは、そういうことかと納得する。酔狂でもなければ、王族が民草に対してなどとは言わない。
●先遣隊
グライダーによって越野とゾーラクがドレニック卿の領地に向かう。
「夜間飛行は無理かしら?」
「死にたいのか?」
「うん、やめておけ」
アリア・アル・アールヴ(eb4304)とキース・ファラン(eb4324)の二人の鎧騎士が口を揃えてその危険を言った。確かに月精霊の力は強いが、それでもグライダーの速度では非常に危険だ。
「飛ばせば、夕方までにはつける。あちらで受けいれ体制を整えて」
山田リリア(eb4239)が旧知のドレニック卿あてに簡単な手紙を用意していた。場所の確保と船と生存者の隔離である。
「救助に入った人たちの具合を探ってください」
救助に入った人たちに、感染が広がっていたら致命的だ。村一つ完全に封鎖など長期間できるものではない。場合によっては‥‥。
「その間に、こちらもチャリオットで先行隊がとりあえず準備を整えて向かうから」
最悪の事態を考えて暗くなる気分を吹き飛ばすように言った。
後続隊は越野が持ち帰った情報を元にして持っていくものに変化があるなら、それに対応する。
「必需品はショアで揃えたらどうでしょう?」
夜光蝶黒妖(ea0163)はショア伯に領内通行許可をとって、物資を運び込む。
「ドレニック卿の領地ならショアを通らずとも行けます」
ショアはもし、ウィルで準備した装備が足りない時の補充地と考えておいた方が良い。それに水揚げをめぐってショア伯とドレニック卿は対立関係にある。しかしショア伯からみれば、ドレニック卿など取るに足らない存在だろう。しかしドレニック卿が試作品とはいえすでにゴーレムシップを持っているという事実は、ショア伯には目障りだろう。
もし対立した場合には、夜光蝶黒妖が依頼と主従関係の板挟みになりかねない。
「ゾーラクさんしっかり捕まっていてください」
「はい」
二人乗りのグライダーは、起動すると同時に下方に風を吹き出して一気に上昇する。山田がドレニック卿の領地のある方向を指し示す。
「そういえばあの二人、場所わかるのかしら」
オードリー・サイン(eb4651)は、上空を東の方向に飛び去っていくグライダーを見て呟いた。
「無事についてくれるといいですね」
ボルト・レイヴン(ea7906)は、オードリーのチャリオットに先行隊の物資を運び込んで、上空を見上げた。
「ウィルの詳細な地図が必要だ。特にウィル全域をカヴァーする予定の治療院なら」
門見雨霧(eb4637)は大声を出した。地球なら詳細な地図がある。救急車で駆けつけるなら住宅地図までも必需品だ。それに対して、こっちではだいだいの方角で飛ぶだけ。行き先を間違えるなと言う方が土台無理なこと。逆に、それが戦争の抑止力の一部にもなっている。
「それよりも、移動や患者の搬送を考えたら、チャリオットよりもフロートシップの方が」
リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が鎧騎士らしく、発言する。チャリオットは進む方法に車体を傾ける必要がある。移動中は地面と平行でない。さらに方向を変更するためには左右に車体を振らなければならない。患者を車体にくくりつけないと安全には運べない。急機動したら、落してきたではすまない。まして、それが病原菌をばらまくような結果になれば。
「キュウキュウシャみたく特別なサイレンとか回転灯とかあれば邪魔されないだろう」
技術的にはともかく、なんらかの手段を講じる必要はある。それに。
「夜の移動はできないから」
ウィルでの舗装道路といえば、首都からウィンターフォルセに至る道くらいなもの。それ以外の道はゆっくり進む商人の馬車とか、自分の足で歩く旅人。場合によっては急ぎの早馬というのもあるけど、これはよほどひどくなければ、それなりの速度で走れる。つまりチャリオットのような高速で移動続けるには、それまで障害物だと思われていなかった木や林が、障害物になってくる。例えて言うなら、今まで歩きで旅していた時には日差しを遮って暑さからかばってくれた並木も、チャリオットのみにとっては邪魔物になる。
「フロートシップか。エーロン王子でも難しい代物だろうな」
「これで先行隊の持っていく物資は全部積み込み終わりました」
先行隊として乗り込むのは、エーロン治療院の理事長(非常勤)の 山田リリアが道案内をかねて乗り込む。チャリオットを動かすのはオードリー。ボルト・レイヴンとカルナックス・レイヴと夜光蝶黒妖、それにチャリオットの操縦交代に備えてアリア・アル・アールヴも同乗する。
ここで困ったことが起きた。やはり道を知っている人が少ない。
「3台ともチャリオットを使って一緒に行きましょう」
アリア・アル・アールヴが調達してきた栄養のある果実の他、清潔なシーツや布団、衣服それに油。それらを残り2台のチャリオットに積み込む。
「チャリオットは専門ではないが、とりあえず動かせるだろう」
キースと門見がそれぞれ1台づつ。交代の時にと高円寺千鶴(eb7147)がキースのチャリオットに、リュドミラが門見のチャリオットに乗り込む。
「出発!」
3台のチャリオットが浮上し、前傾姿勢にはいる。まだウィルの市街地。チャリオットが高速で移動するには向いていない。城門を潜るまでは低速で。その間に、残り2台の方も、チャリオットになれるようにしておく。スピードを出し過ぎないことが重要。
城門はチャリオットに立ててあるエーロン王子の紋章で止められることなく優先的に道を譲られる。
「治療院の紋章も作っておきたいな」
どこの、誰の領地でもフリーパスできるような治療院の紋章を。
それには、実績を積み重ねていくしかない。
●上空飛行
グライダーは上空に上がると平行飛行にうつる。最高速度では時速200キロまで出せるというものの、最高速度を維持し続けれるものでは無い。直進か緩やかなカーブ以外の操縦はできないし、仮に神業を実行できるとしても、そんな速度で飛行し続けたら到着する前に寒さと疲労で墜落する。消耗を抑えつつ、地上の様子を確認しながらでは時速60キロもだせればいい方だ。
上空に上がる前に、山田から示された方向と首都の位置を確認しておいた。
「ナビとかあればいいのに」
「そうね」
どうにか会話も聞こえる。
二人とも寒さ対策ではないが、ペットを体にくくりつけている。そうでなければ、寒さから体力を大幅に奪われてしまったことだろう。一風変わったペットの使い方だが。実際のところ時速60キロでも寒さという点では厳しい季節になっていた。
「1時間飛行したら、休みを入れましょう」
後部に乗っていたゾーラクが声をかけた。
「そう‥‥しましょう」
ミッドナイトスーツでも、手足から這い上がってくる寒さまでは遮断できない。ゾーラクの腕ではまだ飛行は難しい。
「休憩いれても、夕方までにはつけます」
目標方向を見失わないように高度を下げる。再び飛び上がった時に行き先を見失っては、到着できない。
地上に降りて保存食を口にする。
「戦場で短時間使うのとは、消耗が違うわ」
戦場では速度は速いが、短時間。しかし、今は速度こそ戦場ほどでないものの長時間の飛行は、遠慮なく体力を奪っていく。長距離移動はグライダーではつらい。
「治療院は長距離移動するから、フロートシップが必要ね」
それもグライダーなみに速度の出せる新型が。
「ゴーレム機器となると、トルク分国でないと無理かな」
「ジーザム陛下に交渉できないかな」
すでに援助はもらっているが。
「そろそろ行きましょう。次回はともかく、今はあるものでどうにかしないと」
再びグライダーで上空に舞い上がる。
その後3回の休息を経て、ドレニック卿の領地上空に達した。
「どこに降りればいいかな」
ゾーラクが地上を見渡す。
「お屋敷ってあそこ?」
越野も上空からでは確信が持てないほど小さい館にみえる。
それでも高度を落とせば、まあ地方領主の館っぽくは見える。
「地上に怪しい一団」
しかし、その怪しい一団は、結婚式に招かれた冒険者たちだったことが分かった。
●受けいれ体制
「無事に到着して何より」
ドレニック卿が出迎えてくれた。
「上空から怪しげな一団を見ました」
「あれは、結婚式の祝いに来てくれた冒険者たちだ。上空からでは怪しげにも見えるな」
ウィルから2日間での強行軍で地上を移動したのなら、状況はわかる。
ドレニック卿から二人は、今後拠点となるように用意された家に案内された。
「自由に使ってくれ。治療院関係者の宿舎だ。それと患者はうちの船医のところに隔離してある」
と岬の方向を指す。
「変わり者で独り暮らし。時々食料を届けに行っている」
幸いにも患者から感染が広がる心配はないようだ。
「それで今までの状況だが」
ドレニック卿から今までの経過を切り出した。
船の座礁した位置は入り江の外側、沖合から入江に入る途中にある浅瀬に乗り上げていた。港への進入経路はある程度限られていた。それが海賊対策になる。沖の堤防のようなもの。この港に進入する場合には水先案内人が船を安全なルートに導くようになっている。今回も本来なら沖合から合図によって船が出るのを待たずに突っ込んできたようなもの。
「船の中で生きている者たちは船医に任せ、死んでいた者たちは」
と町外れにある丘を指さした。
「すでに埋めた。遺品は預かっている。アイスコフィンでも使えるウィザードがいれば、保存しておくこともできたが、あいにくうちには収穫祭目当てにやってきたバードしかいなかったからな」
一部腐乱の始まった遺体を放置しておけば、別の病が蔓延する。それを避けるためには、埋めるしかない。
「それから遺体の搬出および生存者の救出を行ったのは」
ドレニック卿と吟遊詩人のエストゥーラ、それにドレニック卿のところの騎士たち、ドレニック卿の船の船員数名。
「全員腕っぷしの強いものを使っている。滅多に病気にならない者ばかり選んでやらせた」
その上、作業が終わった後は、塩水で完全に洗わせていた。その後ワインを浸した海綿で拭い衣服は全て焼却したと言う。
「今のところ、死んだ奴はいないし、腹痛を訴えた者もいない」
「それを聞いて安心しました」
ゾーラクはやっと口を開いた。
「では今度は、エーロン治療院の指示をきこうか」
越野はまず、山田から預かった手紙を渡した。
ドレニック卿は丸まった羊皮紙を広げると読み始めた。
「エーロン治療院の理事長はリリアか。なら、安心できるな」
以前の依頼で築いた信頼関係は後々ものをいう。逆に信頼関係を破壊してしまうと、それを回復するのは難しい。
「結婚式に影響を出さないように最善の努力をします」
「こちらからもよろしくお願いする」
ドレニック卿はとりあえず、二人に食事を用意しようとしたが、それは遠慮した。もしもの場合を考えて、持ってきた保存食で済ませる。その後、ドレニック卿の騎士の一人が、二人を患者が収容されている家に案内する。
「後続のチャリオットは今頃、どこまで来ているかな」
エーロン王子の旗を見れば、チャリオットを阻止しようとする人はいないだろう。邪魔されなければ、今日暗くなる直前まで進めば、明日の午前中には到着するだろう。
「無理に急いで遭難ってことにはならないでしょうけど」
●後発隊
「先発隊にはずが」
3台のチャリオット全部が一緒にでるため、事実上後発隊になってしまっていた。
先頭を走るのはオードリーの操るチャリオット。オードリーの脇では山田が、ドレニック卿の領地のある方向へ道案内している。
「ショアへの道と違って、まだまだ道が狭いな」
もっともショアにしても、海からの荷を川船に移しかえて運ぶこともあるから。陸路での移動はトルク方面が主となる。ラオやハンとの貿易はもちろん、南回りでやってくるチからの首都への荷も大半がショアで下ろされる。荷の移動のために、馬車を従えた商人の移動が自然と道を作っていくことになる。
「ドレニック卿も水揚げを増やしてしまいたいらしいけど」
ラオやハンからの荷は無理でも、南回りで運ばれてくるチからの荷の一部だけでも水揚げがあれば、かなり家計が助かることだろう。
しかし、それは妨害されている。
「そろそろ視界が限界だ」
先頭のチャリオットはオードリーからアリアに代わったが、そのアリアも周囲の暗さに、移動の危うさを感じた。後方の2台もそれぞれ、操縦者が変わっていた。
「先頭が速度を落した。こちらも速度を落とす。ゆっくりだ」
後方の2台も、装備は満載状態。縛ってはいるが、それでも急制動をかければ、荷物がはねとばされることもある。高円寺はゆっくり、速度をゆるめていった。
「どうにか休めるな」
チャリオットを操っていた6人は疲労が大きい。
「道路の整備は、移動には不可欠だって良くわかるな」
あまり前のように存在していた地球の道路。アトランティスに来てみてからそのありがたさが分かる。
「ここはどのあたりだ?」
カルナックスが周囲を見渡す。この時間なら夕食の準備で竈を使っているはず。近くに民家があれば、煙がみえるはずだ。
「このあたりには滅多に人はいないから」
それは、政治的空白地帯。誰の領地でもなければ、通行を阻害されることもない。
「ウィルにも、まだまだ土地は余っている。人口さえいれば、このあたりも」
そのためには、人口増加要因を阻害する伝染病を発生させないこと。
「ウィルの過去に記録にも、病で人口が激減した公式な記録は無い。しかし」
記録が無いことが、存在しなかったという訳ではない。地方の領地まるごと一つが死に絶えたなら記録として残らない可能性はある。地方にも文字として記録を残せない人達もいる
「天界では当たり前のことでも、こちらでは画期的なわけだ」
門見の発言は全員に目的意識を強くさせた。
「ここまでくれば、明日明るくなると同時に出発すれば、午前中に到着できます」
「今夜は3交代。チャリオットを操縦する3人と山田を除いて残った6人を二人ずつで番をしましょう」
その土地の領主に館なりを使えばとりあえず安心して眠れるが、野外ではモンスターが出る可能性もある。
「問題は起こらないと思うが」
チャリオット3台に冒険者が一緒にいれば、野生動物も滅多に襲ってくることはない。彼らの野営した周囲には、冬ごもり前の熊が餌をあさっていた跡は残っていたが。
明るくなると同時に出発し、午前中にドレニック卿の領地に到着する。運良く、ウィルに戻る途中の越野のグライダーと合流できた。
●調査開始
「既にお察しかと思いますが、伝染病発生の可能性有りと判断されたため私達が派遣されました。例の難破船がある場所の封鎖と、難破船乗組員に接した方の調査及び必要な場合の隔離にご協力をお願い致します。ただ、できれば男爵様の配下の騎士は今の仕事から外さないでください。万が一のこと(男爵暗殺)が起これば私達が関与を疑われ、医療院の後援者方や殿下の名にまで傷がつきかねませんから」
山田の提案にドレニック卿は頷いた。
「仔細については言う通りにしよう」
難破船は、収穫祭を大々的に行うことで村人は近づいていない。収穫祭でそれどころではない。そのため、魔法の品についての偽装は必要なかった。
「魔法の品については、逆に好奇心から近づくものがいる。あの位置なら船ではないといけないが、ゴーレムシップを出しておけば、近づく者もいるまい」
ゴーレムシップはそのために出すわけではないが、そこに存在することで同様の役割を担える。
「ゴーレムシップ? そんなものがあったのですか」
夜光蝶黒妖が驚きの声をあげる。ショアではそのゴーレムシップを作るために造船所の改造やゴーレム工房を造船所の脇に作ったばかりだ。ショア初のゴーレムニストが赴任するとあって、町をあげてお騒ぎ下くらい。ところが、すでにショアよりも小さな貧乏領主が持っているという。
「トルク分国王と何か関係していますか?」
思わず聞いてしまった。
「ジーザム陛下か。あいにく直接の面識はない。異母弟殿となら、酒を酌み交わしたことがあるが」
異母弟殿とはルーベン・セクテのことだろう。治療院の支援者の一人。
「ゴーレムは実際に使ってみなければ、どのように使うか、まだまだ分からない物だ。そういった意味では、うちはネズミ、じゃなくてモルモットだな」
「そのネズミですが」
「船のネズミはどうしたでしょうか?」
「船のネズミか。救助に行った時にはもうネズミはいなかったな。船乗りの間では、沈む船にはネズミが乗らないというから、前の港を出航する前に逃げていたのかもな」
「だといいのですが」
カルナックスを媒介にした病の浸透を危惧していた。
「では私は病人たちのところにいきます」
ボルトはキース、ゾーラクとともに、まだ生きている3人のところに向かった。
カルナックス、門見はドレニック卿の言葉を信用しないわけではないが船内に入って、探索を行うことにした。ネズミさえもすでにその餌食になっている可能性もある。リュドミラは船には入らず、周囲を調査する。
山田が全体の状況把握として拠点に残り、残った他のメンバーは収穫祭の状況を調べることにした。
「丁度収穫祭で、船のことが取り沙汰されないが」
それは逆に収穫祭で出される食べ物での危険もある。それに明日には結婚式もある。収穫祭を利用して費用を節約しようとしたことだが、裏目に出ては。
「これを、顔色悪いようですが大丈夫ですか?」
山田はドレニック卿に結婚祝いを用意できなかったため、150Gほど包んで用意していた。新郎の衣裳合わせで衰弱したドレニック卿に渡した。
「ああなんとか。これは大金だ。ありがたく使わせてもらう」
「村の方で病気の危険は今のところ無い」
オードリーと夜光蝶が報告にきた。
「収穫祭も取れたばかりのものを使っているから、食中毒の危険はないようだ」
アリアは収穫祭で供された食べ物をサンプルとして持ち帰る。
「港に大きな魚が上がったぞ」
港の方から騒ぎが聞こえてくる。
「どうやら、結婚式の招待客の冒険者が大物を釣り上げたらしい」
ドレニック卿も走って港に向かった。
「この魚、顔がグロイわ」
高円寺は気味悪そうに顔をみた。
「シーラに似ているかな」
越野がつぶやいた。
「治療院関係者集まってくれ」
船を調査に行っていた門見が声をかけた。
「場所をかえよう」
治療院のメンバーに用意された家に戻ると、門見が船の調査報告を始めた。
「船にネズミは死骸しかなかった。面倒だが、これから」
ネズミの腹を割いて、何を食ったか調べる。
「腐っているだろうから、何もでないかも知れないが」
「それから船には、海上用の保存食は浸水されずに残っていました」
と言ってサンプルを持ち出す。
「これをそのままのものと、魔法で浄化したものを」
小動物で実験する、とカルナックスが言った。
「保存食に毒が入っていた可能性もある」
毒であれば、実際に食べた者しか影響はでないし、食べた量や個人差によっても生き残る可能性がある。
「シアン化カリウムならごく小量でも生き残ることは無理だが、生き残った人を見る限りその可能性はありません」
ゾーラクも戻ってきていた。
「3人は一応、意識が戻りました」
3人によると、日にちについては定かでないが、食事をしてある半日以上時間が経ってから腹の具合が悪くなった。
「何か普通でない物を食べたとか?」
「ショアで作り方を覚えた天界流の調味料を使ったとか」
「天界流の調味料?」
「ショアか。そういえばTAKOYAKIってショアで売られていたよな」
「12個で3Gとかいう」
「え?」
その金額設定に、高円寺が驚く。
「それで売れるの?」
「船乗りたちは給金の大半使って買っているらしいぜ」
「ステータスシンボルって奴?」
「にしても」
「タコヤキに使われる調味料といえば」
ソースとマヨネーズ。
「天界のソースはまだこちらでは作れないだろうけど。マヨネーズなら作れる」
「卵と酢と油だよな、材料は」
酢と油はともかく卵か、問題は。冷蔵庫の無いところで作り置きしていたり、作った容器に前に作ったのが付着していたりしたら?
「サルモネラか?」
「サルモネラ菌といえばラジニーシーが生物テロやったことがあったけど、今回のは、事故っぽいわね」
危険性を考えずに使って、菌血症を起こした可能性がある。
「食べ物だけでなく、ネズミも媒介したことでしょう」
しかし、サルモネラ単独では死に至る事は少ない。もっとも海上で、病気の原因も分からなければ適切な処置はできない。きっと幾人かが重症化して、そのうち。
「ドレニック卿たちは大丈夫かな?」
「救助から数日は経過している。サルモネラの潜伏期間はながくても4日。今症状がでなければ」
感染していないか、健康保菌者だったという可能性もある。ただし健康保菌者の場合には、発症はしないが、排菌はある。
「抗菌剤とか作れればいいけど」
越野が今までの調査結果をもってグライダーでウィルに戻る。治療院のランゲルハンセル・シミターに知らせて、こちらでの治療薬があればそれを用いることにする。
「天界料理って危険なのか?」
ドレニック卿が思わず尋ねた。
「いえ、衛生管理がしっかりしていれば問題ありません」
山田は言い切った。見よう見まねで導入すれば、今回のようなことになる。
「エーガン王のやっている政策のようなものか?」
「それを言って」
「ねぇ」
例が適切だったのか笑いが漏れる。天界人の提案をそのまま実行するのでなく、有能な現地のサポーターをつければ成功するものもあったのに。エーガン王には有能はサポーターをこれまでに排除し尽くしていたから、それができない。
「そういえば治療院は」
「エーロン王子の肝入りです」
「ほう」
「今回のことはショアにも報告を送った方が良いのではないか?」
「ええ、こちらでは天界よりも卵は貴重品、残った物を廃棄しない場合には同様の事故は起こるでしょうから」
報告は夜光蝶がショアに運ぶことになる。船1隻の被害にとどまらず。町一つ壊滅する可能性とてある。
「強い者のみは、どうにか生き残るだろう」
しかしそれでは事実上の崩壊。
「生き残った船乗りは特に強壮な者だけでした。一般の船乗りとて普通よりは体力あるのに」
翌日、結婚式でマヨネーズが使われるということはあってヒヤリとしたが、どうやら無事に乗り切った。
収穫祭も終わり、結婚式の招待客も帰った後ようやく、船の移動が始まる。太いロープで座礁した船をゴーレムシップで引っ張って離礁させ、港まで曳航する。船を軽くするために、積み荷はすべて下ろした。
「荷主は分かったか?」
「ショアで積み込んだはずですが」
記録は残っていない。
「密輸品」
密輸と言っても、夜間になるとは限らない。むしろ昼間にやる方が多い。
「積み荷の調査は、別の依頼で出す」
結婚式翌朝のドレニック卿は疲れたような表情をしていた。
「新婚だから、ロ・ロレア姫が寝かしてくれなかったのか?」
「いや、聞いた話では」
暗殺者が来たらしい。
「穏やかじゃないな。積み荷のことか、それともエーガン王のことか」
「両方かも」
これまでもあったらしいから。
船も完全に消毒した。船主と連絡をとって、今後船のことと積み荷のことを決めるらしい。
「生き残った3人は、積み荷のことは知らない臨時雇いだ。逆に正規の船乗りは船長含めて全滅? ウィルの船乗りではなかったのかも」
他の国から、密輸品を運んで。
「サルモネラだけが原因ではなく、別の何かによってショック状態が引き起こされた」
いずれにしても、船主なり荷主なりが現れてくれるといいが。
「ここは隔離状態が良いから、3人はそのままお願いします」
「分かった。チャリオットで運んでいたら、無事なはずが無事では済まなくなる」
「治療院用のフロートシップがあれば良いのですが」
「フロートシップか。見たことないが、本当に空を飛ぶのか?」
「ええ」
「狸か狐に化かされていて、気がついた時には肥だめで目を覚ますってことはないよな」
「ありません。グライダーだって飛ぶじゃないですか」
ドレニック卿の反応は、アトランティスの一般人の反応と言える。飛行機械のある地球人なら受けいれられるようだが。もともと空飛ぶ生き物でない物が空を飛ぶのは、許容範囲を越えるようだ。
「ルーにジーザム陛下への口添えをしてもらったらどうだ?」
「ルー? ルーベン・セクテですか」
「俺の方からも頼んでみる」
「そういえば」
ドレニック卿がハン方向から届いてくる話を聞いていた。まだ噂にすぎないが、ハン王国の南の2つの分国ウスとハランで争いが再燃するらしい。被害を受けた住民が大挙して南下するかも知れない。
「ハンとの国境の川のこちら側は北部領主たちの領地だ。今までの疲弊で食っていくのもやっと。そこに難民がなだれこんだら」
食料難はもちろんのこと、どのような病気が発生するかも分からない。しかもそれを人が運んでくる。
「わかりました。難民は別の方に任せるとしても、感染対策の準備は進めます」
越野がグライダーで有効そうな薬草を運んできた。
「天界の医学は進んでいますが、その進んだ医学で使う薬を作れるのはまだ先になります」
こちらで薬草なども取り込んでいけば、効果の高いものができるかもしれない。
「治療院の今後の活躍に期待する」