●リプレイ本文
●集合
「試、別れは済んだのか?」
ライナス・フェンラン(eb4213)が、物輪試(eb4163)に話しかけた。
「メイに行く人たちとは」
月道が開くのは15日、依頼の最中では月道を管理している首都まで戻っては来られない。そのため依頼出発前に別れはすませた。依頼から帰るころには、彼らはウィルにはいない。
ライナスと試は、チームササンのメンバー。今回の依頼にはセレ以外のウィルカップ参加経験者が集まってる。全員が顔見知りだ。
「休憩時間にサッカーする余裕はないだろうな」
「その前に無事に帰還することを考えた方が良い」
テストを行う機体ということは、不測の自体もあり得る。
「今回はリカバーの使い手がいないのだろうか?」
「ジ・アースから来たクレリックか? 死んだものを生き返らせるほどの者は居ないのではないか」
「それもそうだ」
「カルテの書き方を実地で教えたいので、トルク分国に忠誠を誓う医者を1人派遣してください」
山田リリア(eb4239)は依頼人に対して逆に依頼した。健康状態を主観的でなく客観的に判断する評価基準のようなものを提示するためだ。開発は今回だけで終わるものではないし、次の機種でも行われるだろう。治療院理事長という肩書は大きく影響する。
「医者とカルテとやらを作るための羊皮紙は準備しよう」
依頼人への要求を終えると、ウィルカップで活躍したドリンクの材料手配に向かった。普通の店で手に入らなくても、マレス・リーリングラード卿ならば甘味料を持っているかも知れない。
「あの人もメタボリック確実だから、健康管理を考えてもらわないと」
ちょっと太めの世話役を思い出した。
「私の所有してるバガンやグライダーも警備や偵察、実験協力等に皆に使って頂く為に持ち込んで良いでしょうか」
シャリーア・フォルテライズ(eb4248)は申し出たが、こちらは政治的理由により却下された。ルーケイ伯与力として、ルーケイで管理することで購入したゴーレム。魔獣狩りの依頼では同じフオロ直轄領ということ、さらにエーロン王子の依頼ということもあって持ち込むことができた。今回はフオロ分国ではない。ゴーレムもグライダーも持ち込むことはできなかった。ただし、今回の依頼主はゴーレム生産者のトルク分国。わざわざ持ち込まなくとも用意はあるという。
「何を用意してあるかは楽しみにしていると良い」
●誓約
この依頼を受けた12人の冒険者は、ウィル郊外にあるスタジアムまでくると、ウィルカップ用のゴーレムを運んできたフロートシップに搭乗することになった。
「第3戦の前に時間があったため、試合用ゴーレムの整備と決勝トーナメント進出チームの提供されるゴーレムの輸送のために、トルク分国からフロートシップでの往復が行われていた。ウィルに来る時はゴーレムを搭載し、帰りはウィル経由で輸入される交易品を搭載していく。しかし、今回に限っては行き先はトルクではなく、搭乗しているのも冒険者だけだった。
「キャリアスペースは結構大きい。完全武装の騎士を馬ごと大勢運べる」
上空高くあがっても、露出のグライダーと違って寒さに震えることもない。体力を維持した状態で前線までいける。
「出発する前に誓約していただくことになります」
「騎士の名誉と剣に懸け、機密保持を誓います」
ザナック・アレスター(eb4381)が真っ先に口にした。
「この依頼で見聞きした事は、決して徒に口外はせぬ。私、エトピリカ・ゼッペロン(eb4454)は騎士の誇りと我が家名にかけて此処に誓う!」
エトピリカも。
「機密保持は守ります。騎士として」
ライナスも。続いて鎧騎士たちが次々に口にした。
「誓約って口で言うだけでいいのか?」
天界人としては、口で言っただけで効力があるというのもなかなか受けいれにくいところだが、騎士の誓いには、自らに課す絶対的なもの。文字を知らない者すら珍しくない世界では、口で誓約したことの重さが違う。騎士の誓約は実印とサインと拇印の血判が揃った契約書以上の物である。戦国時代の伊達政宗公ならば、花押の鶺鴒の目に針が通った書類に相当する。
「頼まれても、言いふらしたり喋ったりせんわい! 危機的状況で秘密兵器がカッチョヨク登場という王道をだいなしにするわきゃねぇだろうが!!」
伊藤登志樹(eb4077)はごく一部の天界人しか分からない言葉を交えながら、誓約した。
全員が誓約を終えてからフロートシップは上昇を始めた。
「こいつは貴殿らを実験地まで送り届けるフロートシップ。現地には別のフロートシップが機体を運んでくる」
そう説明を受けた。てっきり、このフロートシップに積まれているかと思った者もいる。
「今回の実験に参加するスタッフの名簿をお願いします。首に名札を下げて常に身分を把握できるようにしておくと良いでしょう」
リディリア・ザハリアーシュ(eb4153)は提案した。天界ではそうやっているらしい。
「おいおい。名簿はともかく、品評会に出される豚じゃないから名札は無理だ。早く顔を覚えてくれ」
とはいえ、天界人の中には、種族の違いで個人識別できない可能性もあった。
「ナーガ族の男性だと難しいかも」
冥王オリエ(eb4085)が、首を傾げながらいった。
「服にはぞれぞれ紋章が縫い付けてあるから、それで区別してくれ。あまり人数は多くない」
名札も写真付きでなければ、あまり意味はない。今回はここでゴーレムを製作するわけではないから、スタッフも少ない。調整するだけの人数。ゴーレムが実戦で使われるようになった場合でも、前線にはその程度の人数しか派遣されない。特別な場合を除いて、その最低人数のみ。
「トルクの工房でもゴーレムを大増産しているから、大勢養成したゴーレムニストでも手不足ってことらしい」
「大増産? そんなに」
加藤瑠璃(eb4288)が驚きの声をあげる。
「やっと生産体制が整ったってところか。そして秘密兵器の登場。これぞロボットものの醍醐味」
登志樹が、興奮しきったように声をあげた。
「北への対処か」
キース・ファラン(eb4324)がぽつりと言った。
「北?」
サトル・アルバ(eb4340)が耳聡く聞いていた。
「ハンとの国境あたりがきな臭いらしい」
「ハンにもゴーレムはあるのか?」
登志樹が尋ねた。
「ある。国境線を挟んで対峙する可能性もある。いや近々そうなるだろう。とりあえず、これも機密だ」
誓約の影響か、口が軽い。
フロートシップがかなり上空を飛行し、目的地に向かう。周囲には、追跡する存在はいないように見えた。輸送用の旧式とはいえ、フロートシップを追跡できるのは、魔獣かグライダー。いずれも姿を見えない。それでもフロートシップでは周囲警戒を行っていた。地上からおいかけるのは、さらに難しい。森林に邪魔されて上空を見渡せない上に邪魔な障害物のせいでフロートシップを追跡できる速度も出せないだろう。あらかじめ、監視員でもおいていなければ。
目的地までおよそ1日、冒険者たちはテスト内容についての説明を受けた。
今回テストを行うのは銀素材のものであり、より精霊力を集められるプラチナ素材のものは開発されているが、銀素材ではそれよりも精霊力を集める力が弱いことから今までの開発データがあてにならないことなど。
「アイアンまでなら」
ウィルカップはアイアンまでのゴーレムしか使用していない。シルバーゴーレムさえ動かしたことがないのに。という不安が持ち上がってくる。
「詳細は現地での説明になるが、初心者から上級者まで扱う者がばらけていた方がテストとしての意味がある」
●フロートシップ
「静かだ」
試はフロートシップが天界の飛行船のようなイメージで考えた。飛行機とは違って静かだ。しかし、けっこう速い。
「寝た方がいいんじゃない? 明日は早い」
ライナスが呼びにきた。
「ああ、地上は暗い。天界とは大違いだ。これじゃ夜間飛行は難しい」
翌朝、目を覚ます頃には実験地に着陸していた。横には大きさはほぼ変わらないが、デザインの全く異なるフロートシップがあった。
「あれが実験用のフロートシップ?」
シャリーアが目を輝かせる。
「急ぐぞ」
キースが寝ていた者たちをたたき起こして回る。冒険者が乗ってきたフロートシップはここで冒険者を下ろし別方向に移動する。
「このあたりにはオーガたちはいないか?」
魔獣の森の依頼のようにオーガの狩場を荒らしたと言われるのは心外だ。
「このあたりには居ない」
実験を行うドラグーンの前で説明を受ける。
「ドラグーン、銀翼の騎士、か。なんと美しいのだろう」
「こ、これが、ドラグーン! 竜の鱗と翼を持ったゴーレムとは!」
リディリアを始め、ドラグーンの方へ注意の向いている者が多い。
「聞いているか?」
「ああ、我々は4人ずつ3班編成で実験と警備にあたります」
「その前に、だいたいの能力を知りたい」
初日は、これまでの経験の聞き取りと体力検査となった。さらにリリアとトルクから派遣された医師による健康診断も行われる。
「健康面倒だな」
アトランティス出身者は健康診断など受けたことはない。
「天界のやり方とも違うな。レントゲンとかないよな」
登志樹はそう言ったが、女性全員から敵意のこもった視線で睨まれただけだった。
「冗談だったのに」
「信頼回復の機会はあるさ」
ザナックが登志樹の肩をたたいて慰めた。
その原因は、健康診断なら、俺にも手伝えそうなんで手伝うと宣言した。
「よし!女子共の診断は、俺が」
として言ってしまった。
「それはある意味、男のロマンなんだろうけど」
「天界ではそういうのをセクハラって言うの」
「言葉までできているとは、天界ではセクハラをするような男が多い世界か?」
妙な誤解を与えてしまったかもしれない。
健康診断は、今後搭乗の前後に行う。疲労度や精神への影響を調べることになる。
●テスト開始
「まずは起動テスト」
第1班の登志樹、ライナス、シャリーア、瑠璃の4人が続けざまに起動を行う。起動して終了させるだけのことを繰り返す。成功回数、失敗回数。起動の成功確率を出していく。
「そろそろ限界だ」
シャリーアが最初に限界に達した。瑠璃、登志樹とつづきライナスが最後。1班が終わると2班に交代する。2班が終わると3班に交代する。その調子で初日は全員が、この単純なテストを行った。意識を失うまでするにはいたらない。限界に達した後は再び健康状態をチェックする。
「こんなにへばったら、周囲の警戒なんかできないぞ」
休憩を終えた1班は、どうにかまともに動けるようになった。
2班のオリエ、リディリア、ザナック、エトピリカもようやく動けるようになった。
「テストだからね」
オリエは諦めたように言った。
「戦場でここまで酷使はしない。それ以前に勝負は着いているだろう」
ザナックはWカップは別にして、と思った。少ない人数で戦うチームウィエがいつも限界に挑んでいる。
「明日は実際に地上で動かすテストに入るそうだ」
3班の試が伝えに来た。リリアは起動テストのみで明日からは健康チェックに専任する。周囲の警戒も明日から交代で出ることになる。
「ドラグーンの横に、バガンにグラシュテ、キャペルスまであった気づいたか?」
「砦で見たクロスボウ付きまでも」
サトルとキースはパラ本質の好奇心が、疲れに勝っていた。
「最終日のテスト用だそうじゃ」
エトピリカが聞き込んできたことを楽しげに話した。
しかし、楽しげだったのはその日まで。
翌日からはドラグーンの地上での平地機動から、森林機動までを行う。制御胞内に設置されている風信機から無理な要求が飛び込んでくる。
「ランスを構えたまま、つっぱしれ」
「目の前、木だぜ」
ザナックは木をギリギリで本体は避けたが、翼がぶつかって木をなぎ倒す。
4日目になってようやく、飛行テストに入る。それでも最初は浮かぶことから。
「シャリーア、そんなに高度をあげるな。足を浮かせる程度の高度を維持」
グライダーに乗り慣れたシャリーアも、ホバリング状態で長時間滞空することは予想以上に精霊力のコントロールを必要とする。
「巨大な人型の物を飛ばすのは、空気抵抗とかの関係で飛ぶのに不向きなはずなんだ」
登志樹は同じテストを行って、その難しさに短時間で地上に戻った。
「それを言ったら竜だって同じでしょ」
「そうそう経験不足ってこと」
リディリアとオリエに言われて、登志樹はへこむ。
(「まだ根に持っているな」)
上空での飛行テストは、これまでの状態を見て、シャリーアとエトピリカに限定して行われる。
「次こそは」
グライダーを別にすれば、飛行するゴーレムを操る経験はない。ふたりとも緊張していた。
「(まったく、あれじゃ失敗するぜ。ここは一発)どんだけ緊張しているか、俺が健康診断してやるぞ」
登志樹はわざと大声で言った。
「またそれをいうの?」
「懲りぬ奴じゃのう」
とはいえ、二人とも緊張は取れた。
「まずは無理な機動はしない。上昇して降下するだけだ。姿勢は直立を維持」
「はい(グライダーとでは感覚が全然違う。これが飛んでいる?)」
難なくできる。
「すごいものじゃ」
まずは単純飛行のみのテスト。今回の飛行テストはここまでで終わる。
そして最終日は。
「オリエはキャペルスに搭乗、リディリア、瑠璃、登志樹、ライナスはグラシュテ、試、サトル、ザナックはバガン改良型、キースは‥‥」
「射撃型だな」
「経験があると聞いた」
「はい」
「最初は単純な力比べだ」
シャリーアのドラグーンが、オリエのキャペルスと組み合う。力においてキャペルスを押し退ける。
「次は」
グラシュテとの単純な力比べでは比較にならない。
「ドラグーンの構えたシールドに打ち込め」
シールドもドラグーンのパワーを想定して作製したもの。それにグラシュテとバガン改良型が打ち込むを行う。
「どうだ?」
「衝撃は感じるのじゃが、シールドごと吹き飛ばされることはないようじゃ」
エトピリカは、なかば呆然となるように感じた。
「次は射撃テストだ」
キースが射撃管制システムのサポートを受けて狙いを定める。
その横ではシャリーアがドラグーン用の弓を構える。
クロスボウの方が弓特有のゆがみを矢に受けないはずだ。しかし、ほぼ結果は同じ。
「難を言うとじゃな、弓の形状が連射しにくいのう」
エトピリカは射撃後に意見を付け加えた。
テスト中の意見は、記録されている。
「結局強奪も誘拐も起こらなかった」
リディリアはテスト日程を終えて帰りの空中で緊張を解いた。
テスト終了日の夕刻迎えのフロートシップが到着し、テストで疲れ切った冒険者を乗せてウィルに向かった。同時にテストを終えたドラグーンを載せたフロートシップも別方向に向かって飛び立つ。
冒険者たちは疲労こそしているものの、怪我人はいなかった。
「今夜はささやかだが、酒を用意した。地上に落ちない程度にやってくれ」
しかしリリア以外の全員は、疲れ切って眠っていた。
「過酷でしたから」
リリアは少し笑って説明した。