●リプレイ本文
●北へ
「寒い」
アリア・アル・アールヴ(eb4304)は、一番乗りしていた。集合場所は、エーロンの館。
「陛下の供をされる冒険者か? 寒いところ大変だな」
声を掛けてきたのは、ロクデナシーズのセルベール卿。戴冠式前だが、すでに陛下と呼んでいる。
「我等は陛下の命で動いているため同行できん。陛下の本質は変わらん。今まで幾度も陛下のお供をしたことのあるアリア卿なら、陛下の本質はおわかりであろう?」
「たぶん」
と、アリアは頷く。ロクデナシーズはエーロンが次期王になることを見越して、エーロン派と呼ばれる者たちが派遣した。そのため、背後関係の利益も考えて行動する。
「先王は、治世に領主たちの意見が加わるのを嫌って、天界人を重用した。そのため少ない分国内の味方にまで敵を作ってしまわれた。陛下がどうされるにしろ、我等は最後まで陛下とともにいくつもりだ」
それだけ言うと、セルベール卿は出立した。行き先は西。
「北は、雪でひどいそうよ」
エルシード・カペアドール(eb4395)が、行き先の情報を持ってきた。治療院から療養所に薬草を届けたフロートシップが伝えたものだ。療養所には、感染を疑われる難民150人が隔離されている。
「容体は?」
リオン・ラーディナス(ea1458)は、気になっていた最新情報を聞きつけて走ってきた。
「感染の疑いって。春までは丘からは下りないらしいけど」
「全員集まっているか?」
エーロンが姿を現した。
「馬の無い者は? はぐれると迷って遭難するぞ」
「セブンリーグブーツがありますから」
草薙麟太郎(eb4313)は、セブンリーグブーツを見せた。
「リオン、まさかその犬に乗って行くつもりか?」
リオンは柴犬のフィットを連れたのみ。
「歩いて行こうかと」
「馬は苦手ではなかろう? 雪の上でも目立つ黒毛を護民官殿に用意せよ。犬は置いていけ。雪に埋もれてはかわいそうだ」
エーロンの命で、馬が用意される。
「すごい馬だ」
リオンは素直に感想を言った。
「しっかり世話してしっかり鍛えれば、良い馬ができる。大事にし過ぎて甘やかせば、名馬の子でも駄馬にしか育たん。人もそうだろう?」
「たしかに、それは‥‥」
「エーガン王の隔離についての真相をお聞かせいただきたい。城内からの感染病の発生と急な隔離‥‥地球の人間ならばこの不自然さは分かります」
そのエーロンとリオンの会話に、ベアルファレス・ジスハート(eb4242)が割り込んできた。
「では尋ねるが。地球の人間とやらは、城の中に何が運び込まれ、誰が入り込むかを過去にまで遡って石壁をも透き通して見る事が出来て、間近で診断した熟練の医師が病と診断したものを患者を見ずに病でないと診断できる能力を持っているというのか? すごいものだな。その地球の人間とやらはどこにおるのだ? そんなことができる能力を持つ者なら、高禄を持って召し抱えたい。ウィルに混乱をもたすとかいう輩の居場所を即座に突き止めてくれだろうからな」
エーロンはベアルファレスの言ったことが可能な能力をあげて、それが出来ると断言できるベアルファレスのいう地球の人間に興味を抱いた。単純に。聞く者によっては棘のある言い回しはエーロンの地に過ぎない。先王同様、期待が大きいほど言葉もきつめになる傾向がある。
「う‥‥」
ベアルファレスは言葉に詰まった。自分の知っていることで判断したが、さてエーロンに言われてみれば自分の知らぬことが存在しないこととして不自然と断定して良かったのだろうか?
「そういえば、ナーガの使節を迎えに行ったフロートシップで騒ぎがあったらしい。空戦騎士団副長の名前を使って病を持ち込む危険を省みず、隔離先に行くように圧力をかけたとか。しかも使節を乗せたまま。もし隔離先に向かったとしたら、使節をのせたままフロートシップを陸地に戻る前に撃破しなければならなかっただろう。折角隔離した病をウィルに持ち込むわけにはいかない。貴重なフロートシップと運用要員を失い、ウィルはナーガ族との全面戦争に突入する。それがどのような惨状を招くか考えられぬ者がいた。どうやらそれを示唆したのはルーケイ伯らしい。配下の男爵を先王に会わせるように言ってきた。シムの海の離宮とまで名前を出したのだから、布告前に感染の危険性までも含めた情報がいずれかから流出したのだろう。布告は聞いたはずだ。それが真実だ。前護民官も身勝手なことをほざいていたらしいな。自分が病にかかるのはかまわないというが、ウィルに戻ってきて、他の者にうつせば護民官ではなく、殺民官になってしまうだろうに」
エーロンは民を害するのも構わずと判断した者たちに怒っていた。もしルーケイ伯や前護民官がエーロンと親しくしていて、その信頼を得ていたのなら、エーロンが彼らの人となりを知っていたなら、今回の彼らの行動に対する評価も変わっていただろう。笑って「あやつも、噂にたばかられたな、病が広がるのを未然に防げて良かった」ぐらいで終わっていたはずだ。エーロンは信頼できる相手とそうでない相手との対応に違いがあり過ぎる。信頼高き者、忠誠高き者を厚遇するなら、厚遇されようと努力するだろう。逆に、努力する者もしない者も同じに扱えば努力しなくなる。
「情報は冒険者の酒場で‥‥」
酒場の情報は、冒険者にとってのみであり、冒険者以外は根拠になりはしない。
「天界では、危険性を考えずに為政者が実行した方策によってウィルスセイカンエンとかコウテンセイメンエキフゼンとかチュウヒシュとかいう重い病が広がったそうだな。治らぬ病に掛かった者に、考えが足りませんでした。で済むのか? フロートシップの件は公にはしないが」
エーロンも名前だけの治療院長とはいえ、多少は勉強しているらしい。
「俺は斥候として先に行く」
オラース・カノーヴァ(ea3486)は待ち受けるであろう危険に対処するため、セブンリーグブーツで先行する。バックパックに大荷物を詰め込んだまま。一応道が分かる、雪が降る前の景色での話だが。
「北部に入る直前に、一軒家の宿屋がある。そこで落ち合おう」
エーロンは集合地点を言った。
「聞こえたかな」
山下博士(eb4096)はオラースの後ろ姿が遠くなりつつあるので懸念した。
「雪の中では野宿もできないでしょうから、大丈夫でしょう」
富島香織(eb4410)は、そう言って馬を進めた。
●復権?
「北部問題対策として、レーガー卿の復権を改めて具申します」
麟太郎は、エーロンの馬と並走しながら言った。
「北部問題対策に限らず、エーガン王時代に謀反人にされた者のうち、自らの潔白を証明し、復権を求める者どもは、その人となりを見た上で判断する。麟太郎はレーガー卿をどの程度知っている?」
麟太郎は知る限りのことを教えた。同様のことはエーロンの耳にも入っていることだろう。あるいはもっと以前の事も。
「実際に会ったことは?」
エーガン王より王家調査室室長に預けると言われたが、当のレーガー卿との接触はまだだ。
「風聞だけでの評価は避けたい。人から聞いた話には希望や憶測、願望が混じっている。場合によっては教唆されている場合もある。語った者が騙すつもりではなくても。というわけで、情報の裏取りはしっかり頼むぜ、王家調査室室長殿。酒場の噂ではなく」
「はい」
途中より雪が降り出し、吹雪となった。馬同士をロープでつないで遭難を防ぐ。馬に乗っていない麟太郎が一番辛い。
「麟太郎、目を覚ませ!」
気がついた時には、宿屋にいた。
「あれ?」
「もう少しで凍死するところだったわよ」
エルシードがお湯の入った木碗を差し出す。ゆっくり飲みほすと人心地着いた。
「この吹雪のせいか、襲撃者は誰もいなかった」
オラースは暖炉の側にいた。ひどい目にあったようだ。相手が自然では、分が悪い。
「女手一つでは、宿の切り盛りは無理だろ。宿屋をやりたい者がいれば、売り払って俺の館で働くというのはどうだ?」
「買い手はいますが」
「無理にとは言わないが、考えておいてくれ。ウィルで一番酔狂な男の館と言えば分かる。これを見せれば分かるようにしておく。働き者は重宝だ」
リオンはエーロンと宿の女将との会話を聞いていた。
「寡婦を口説いているということですか?」
「寡婦ではない。しっかり子供もいるさ。この宿は10年以上前から使っている。こんな場所で、亭主に先立たれてはやっていけない。新しい護民官としてどう見る」
リオンはふと考えた。
「自分がやってきた技能を生かせる仕事を世話するのは、救ったことになるのではないでしょうか?」
「ここだけで言えば、しかし救われずにいる人の方が多い。悪く言えば不公平だ。目の届く範囲にだけ気を配って、見えないところに目をつぶったのではな。俺はまず自分の目の届く範囲を広げる。護民官殿には、俺の目の届かぬ範囲を知らせてもらおう。今後はより以上に重要な役目になるだろう。セクテ候はその裏側にも相当通じている。もし協力が得られれば」
「セクテ候の協力ならば」
限定ではあるが、協力を得られることを告げた。
「分かつ封土があれば、正式にセクテ候と封建契約を結びたいところだ」
今はその余裕がない。
「これをエーガン様にお渡しください」
リオンは手紙を渡した。
「預かるだけは、預かろう。いつ渡せるか保証はできぬぞ。それとこの雪だ。地方領主どもで、ウィルまで来られる者は少なかろう。戴冠式すら寂しいものになろう」
エーロンはリオンの提案に対して、先のばしにするしかないことを告げた。地方領主が動ける時期を選ぶしかない。
「陛下」
博士がアリアと話し合った諌言者のグループ「国家に忠実な反対党」の話をした。
「しもべとカーロン党か、提案は面白い。ところでマリーネ派は排除か?」
マリーネと関係が深い博士に尋ねた。
「立場上、答えづらければ答えずとも良い。確かにかつておまえが看破した通りマリーネの子がフオロ分国王位を継承することはありえん。そのためにも悪いようにはせん」
エーロンはらしくもなく好意的な笑みを浮かべ、意味深げに目配せした。
「陛下、私の部屋にきていただけませんか」
そこへ、香織がエーロンを誘った。
「誰も邪魔するなよ」
エーロンは香織の肩を抱いて部屋に入る。残された二人は、何となく耳を済ませる。
「盗み聞きもするな!」
怒鳴られて退散する二人。
「陛下としもべの関係か?」
「子供だからわからない」
逃げながら二人の憶測は広がる。こうして吹雪の一夜が更けていった。
●待ち伏せ
「夕べはお楽しみでしたね。陛下(セレ王にどちらに肩入れするか進言するのに、判断に迷うわ)」
エルシードが話しかけた。
「エルシードも楽しみたかったのか。欲求不満は身体に良く無いぞ」
「そ、そんなんじゃありません!」
「朝食ができたそうだ」
食堂にせき立てていく。
「焼きたてのパンとは豪勢だな」
エーロンはそう言って食べ始める。焼きたてとは言っても、小麦ではなく雑穀のパン。冒険者から見れば貧しい食事でも、このあたりでは豪勢食事なのだ。吹雪のために宿に泊まった他の客も喜んでいる。
「ひさしぶりに殿下が来てくれたからね。3年前に殿下が、モンスターから助けた悪ガキども自警団気取って山賊から村を守っていたよ」
「そうか。じゃ今は」
「食料輸送の護衛。セクテ候が首都まで運んでくれたのを、北部までね。殿下が叩き込んだ義侠心って奴にすっかり乗せられちゃって、国王が来たら殴るって。ウィルを見たからね。ところで夕べから気になっていたけど、あだ名が殿下から陛下に変わったの? お連れの顔ぶれも違うし」
女将の一言に、冒険者の全員が唖然とした。
「教えていなかったの?」
エルシードがエーロンを見る。
「どうだったか」
「ここにおわす御方を何方と心得る、分国王になられるエーロン・フオロ様であらせられる」
博士が言い放った。全員が凍りついた。
「これで印籠が出てくれば、ミトコウモンのノリだ」
麟太郎が、呟く。
「子供の言う事だ、真に受けるな」
エーロンがそう笑うと、もとに戻った。女将が給仕を手伝っていた子供に、耳打ちして外に行かせた。
「陛下、もしここが北部の監視役だったら」
オラースは、そう言って立ち上がって追いかけようとした。
「食事中に席を立つな、行儀が悪いぞ」
エーロンが止める。
「呑気な」
(「地元の、しかも子供では追いきれません」)
いらだつオラースに、香織が小声で言った。もし襲撃があるなら戦力を分散する方が不利。雪の中で迷ったら、凍死しかねない。
小一時間後、準備を整えて宿を出る。
「さきほどは言いそびれましたが、御父上のご病気が回復されることを願っています。もし薬草の手配などセレに援助できる事があったら主君に伝えますので」
エルシードはエーロンの側に馬を寄せた。もし自分が害されることがあれば、セレは黙ってはいない。しかし逆にウィルに戦乱を望む者たちには、都合の良い展開になるだろう。
「もし純粋な好意からの申し出てくれるなら、父一人よりも、より多くの民の病に備えた薬草をいただきたい」
「よろこんで、伝えましょう。しかし、良くご決断なさいました。感染率の高い病とはいえ、肉親は最後まで一緒にいたいもの。もしなんらかの病が流行った場合、親子を引き離す必要もでるでしょう。分国王自らが肉親それも父親を隔離した先例があれば、病を広がらせないために隔離するとしても文句は言わないでしょう」
積もった雪のために進みが遅い。道すら見えない。ところが、途中から道が現れた。
「路上の雪がない」
途中から道の雪が取り除いてあった。
「これなら歩き易い」
セブンリーグブーツとて、雪に埋もれた状態では効力を発揮しえない。
「おいおい、あれは」
「総掛かり? こっちは9人なのに」
「陛下、どうされます?」
さすがに、冒険者たちも動揺した。前方には領主の騎士団らしい騎乗した軍勢と領民であろう者たちが手に何らかの得物を持って待ち構えている。数えきれないし、向こう側も見えない。
「人気ありますね。陛下」
アリアがエーロンの前に出る。
「多少なりとも時間を稼ぎますから、お逃げ下さい。キミは最後まで陛下を」
エルシードは香織を見て告げた。
「落ち着け、この状況で逃げきれるわけなかろう。それに、待ち伏せするならもっと近づいてから姿を見せる。このまま進む。覚悟のできない者は逃げていいぞ」
エーロンはそう言って馬を進めた。
「そうです。このまま進みましょう」
香織はエーロンとともに進んだ。
「陛下のお供はいつもああなのか?」
麟太郎がアリアに尋ねた。
「なんせ狂王子様だったから」
アリアもそう答えて続いた。
「豪胆というか無謀というか、逃げるわけには行かない」
他の面々も進み出す。怯みもせず、堂々とした一団となって。
「寒い中、出迎えご苦労。エーロン・フオロだ」
エーロンの声に、歓声が沸き起こった。
「お待ちもうあげておりました。陛下」
宿の子供が知らせに走り、集められるだけの人手を集めて雪かきを行った。知らせが届いた順に人々が集まって来る。国境警備のおり、アリア卿がエーロンの来訪を約したが、すぐに実行されるとは思っていなかった。しかも土地の者とて外に出ないような吹雪の中を。
「北部の者たちよ。父の病により、このエーロンが次の分国王になる。エーロンを信頼し、忠誠を誓って付いてくる者を、決して見捨てはしない。フオロ分国王として誓おう」
歓声が大きくなる。ときおり陛下万歳の声までも飛び出す。
「その証に、今療養所になっている丘の館に、北への備えとして我が庶子の一人を置く。まだ嫡子はいないから」
そう言って、エーロンは香織に片目をつぶって見せた。
事実上、人質に近いだろう。嫡子がいたら派遣すると暗に言うことで、北部重視を思わせる。
「待て待て!」
人の壁をどうにかしてくぐり抜けてきた数人が出てくる。
「分国王だかなんだか知らないが、今まで見捨てておいて都合のいいことを言うな」
ビシ! っと、ベアルファレスを指さす。そして周囲から人違いを指摘される。
「だって、一番怖い顔」
いやそれは鬼面付けているだけだから。
「それじゃ、こっちの生意気そうなガキだろう」
博士を指す。
それはパコパコ子爵。
「てめえら、わざとやっているだろ!」
エーロンが怒鳴った。ビクっとして振り返る。
「殴るんじゃなかったのか?」
「いや、殿下が陛下だって知らなかったし、命の恩人は殴れないし、かっこ悪くて戻れないし」
エーロンは馬を下りて近づく。未遂とはいえ、ただでは済むまい。
「最近は頑張っているそうじゃないか」
周囲が同意したのを確認してから、頭を撫でてやりながら言った。
「良くやった。でもここの中も精進させろよ。状況判断を誤れば、仲間を危険にさらす」
●やっぱり狂王
視察は無事に終わり、帰路に就く。
「分国王となっても酔狂は変わりませんね。今度は狂王と呼ばれますね?」
狂王の狂とは酔狂の謂いである。
「それは良いな」
エーロンは、香織の冗談で笑っている。
「とんでもない王様だ」
オラースは、エーロンをそう評した。
(「エーロン様はある意味、恐ろしい御方」)
エルシードは、今回のことでそう思った。
「これで問題が一つ片づいた」
アリアは呟いた。とはいえ北部の苦境は変わっていない。しかし北部は希望を、エーロンは信頼と忠誠を得た。成果としては大きい。
「ベアルファレス、マリーネの親衛隊隊長だったな。俺やカーロンが暗殺されず、マリーネの身が脅かされるのは、なぜかわかるか?」
エーロンは唐突に言った。
「アネット家の勢力拡大を快く思わぬ者が居る。しかしそれなら暗殺という手段は使わない。個人として怨みを買っているからだ。マリーネに近いなら分かっていよう」
最初の頃のマリーネの行動を思い出す。子供故の残虐さ、それを実行してしまう力を併せ持ったこと。
「しかし、最近の姫君は」
「多少マシにはなったが、過去7年分のツケは大きいぞ。今まで見てきた北部。滅んだり、離散した村。村が無事でも餓死者の数。正確な数は分からないが、1万はくだらないだろう。自分の子供を餓死させてしまった親、家族の為に娘を売った親。この怨みは深い。離散した者たちの一部は深い怨みを抱いたまま、ウィルに潜んでいるかも知れない。いや、行く先はウィルしかなかろう」
「しかしその全てがマリーネ様のせいではない」
「そうだ‥‥根本問題として父上の政策にある。が、彼らは北部領地での命ぎりぎりの生活からウィルに流れ込み、マリーネの姿をみて憎しみを持った。母を失った心の隙間を埋めるためにしてきた、彼女の贅沢が際立っている。相応の仕事をしていれば、納得はしよう。しかし、今はともかくかつての行動は暴君そのものだった。憎しみの象徴には十分だ」
「しかし、あのお年では‥‥」
「赤子を餓死させられた者にとって年齢が関係あるのか? 妊婦を放り出したりはしないし、待遇を極端に悪くしたりする心配は無用だが、くれぐれも楽観視するな。生まれた後も」
「いわれないでも(エーロンなりの配慮か?)」
●狂王始動
「護民官殿、ウィルの貧民層で帰農したい者を募ってくれ。丘の付近に村を開墾させる。いくら庶子でも、領民なしに送りだすわけには行かない。できるだけ北部出身者を選ぶように」
エーロンはウィルに戻るなり、リオンにそう命じた。選ぶにはまず、調べなければならない。
「陛下なりの配慮ですか?」
「何を言う。その土地に住んでいた者の方が、そこの自然を理解している。もと農民の方が農業には慣れている。うってつけの人選だろう?」
「そういうことにしておきますよ(怨みを希望に代えさせることができるかは、難しいだろうけど)」
「それから、効果が薄くとも現段階で実用できる初期的な天界の農業技術の導入も検討する。効果を出すことで天界技術の有効性を示す。事実として見せつけねば、受け入れまい。地に根を生やした農民とは、そういうものだ」
「ルーケイでも同じような試みはなされると思いますが、あくまでも地域の民主体ということですね」
だからあの馬の話があったのか、とリオンは納得する。
「王家調査室室長」
「はい」
「エーガン王が任命した各地の王領代官ども全員を調べ上げろ。風聞ではなく」
「本当に横領代官かどうかということですね」
麟太郎は山下が付けた名前を使った。物と金、代官が自ら輸送していなければ輸送した者から足が付く。商人なら帳簿を付けているはず。初期的な単式簿記なら裏帳簿との矛盾を見いだすこともできるかも。
「アリア、「国家に忠実な反対党」だが、仮名ということにして、呼び易い名前にしてくれ。そこに属するメンバーは誰か一人の意見に付和雷同するようなことがないよう、見識ある者を集めければ意味がない。それから一つ条件を付ける。俺が信頼できる人物にしろ」
「噂だけをよりどころに軽々しく動く人物を除き、結果の及ぼす影響に考えの至る人物を入れる」
アリアは北部への往復でのエーロンの言動から、そう答えた。
「人選を誤れば、民に甚大な被害をもたらしかねん」
こうして狂王子と呼ばれた男は狂王となり、最初の動きが始まった。